◆荒野に咲く花2(挿し絵有り)
夕食を済ませ、することもなく一人で寂しくなったセレスティアは、フェリクスたちの部屋を訪ねた。念の為、渡された頭巾付き外套も羽織っている。
部屋の入口に取り付けられた呼び鈴を鳴らすと、扉を開けてフェリクスが顔を出した。
「セレスティア、どうかしたのか」
口調は落ち着いているが、その表情は、心から嬉しそうな笑顔だった。
整った顔立ちゆえか、無表情な時のフェリクスは冷たさを感じさせることもある。
しかし、彼の笑顔は無邪気な子供のようで、それを目にする度、セレスティアは胸が締め付けられた。
「宿の中を歩くくらいなら、問題ないかと思ったのですが……お話しする相手もいないから寂しくなってしまって」
「それも、そうだな。入ってくれ」
フェリクスが、セレスティアに部屋に入るよう促した。
「あ、姫様か」
寝台に寝転んでいたアーブルが、セレスティアの姿を認めて身を起こした。
フェリクスは、もう一つ空いているほうの寝台にセレスティアを座らせると、彼自身も、その隣に腰かけた。
「考えてみれば、野宿していた時は全員同じ場所で寝ていた訳だし……今更、分けられても、という気はするな」
そう言って、フェリクスが小さく笑った。
「一応、未婚の男女を同じ部屋にする訳にはいかないって思ったんだろ。一般的な常識として。ま、姫様は、よくフェリクスを枕にしてたけどな」
唇の端を釣り上げたアーブルに言われ、セレスティアは顏を赤らめた。
「あ、あれは……寝返りをうって、場所がズレてしまって、たまたま……」
「俺は気にしていないから、心配ないぞ」
気にしていない──フェリクスの言葉に、セレスティアは少し複雑な気持ちになった。
おそらく、初めて会った時から、セレスティアはフェリクスに惹かれていた。
見た目の美しさもあるが、彼の、純真と言えるほどに真っすぐな人柄も、好ましいと思った。
フェリクスが不意に見せる、本人すら気付いていないであろう好意の発露は、いつもセレスティアの心を搔き乱した。
そして、彼は身を挺して、セレスティアを守ろうとした。
フェリクスもまた、自分を想ってくれている──彼女の考えは、まず間違いないものと思えた。
しかし、フェリクスは、セレスティアの傍にいる以上のことを求めてはこない。
大抵の男性が「好意」と共に女性に向ける欲望を、彼がセレスティアに向けることはなかった。
時折、フェリクスが彼女に触れるのも、親が子供を抱きしめてやる時のような、労りや慰めの意味であり、そこに猥雑なものは感じないのだ。
それに対し、どこか物足りなさを覚えてしまう自分を、セレスティアは、「はしたない」と感じていた。
三人が他愛もない話をしているうちに、夜も更けてきた。
「明日は早いし、そろそろ寝たほうがいいか。セレスティア、部屋まで送ろう」
そう言って、フェリクスが立ち上がった。
フェリクスに伴われ、セレスティアは自室に戻った。
おやすみ、と言って部屋を出ようとするフェリクスの服の端を、セレスティアは掴んだ。
「……どうした?」
フェリクスが、心配そうに、セレスティアの顔を覗き込んだ。
「……わ、私…………」
フェリクスの服を掴む、セレスティアの手が震えた。
「……本当は、怖いんです。自分にできることをしなければ、とは思います。でも、この先に進んだら、たぶん、戻ることはできません。それなのに、あなたたちを巻き込んでしまった……」
──ちがう。私が言いたいのは、こんなことではなくて。
俯いたセレスティアの両肩に、フェリクスが、そっと手を置いた。
「君が部屋に来る前、アーブルと話していたんだ。もし、『頭領』とやらが信用できない人間だった時や、君が大き過ぎる犠牲を払うことを強いられるのであれば、三人で逃げてしまおうと」
「…………」
「君は優しいし、王族としての責任感もある。こんな世の中で、何もせずにいるのも辛いのだと思う。だから、できることを、やりたいようにやればいい。俺が、命に代えても君を守るから」
「命に代えても、なんて、駄目です」
セレスティアは、思わずフェリクスの胸に縋り、彼の顔を見上げた。
「皇帝守護騎士と会った時……あなたを残して逃げた時……私が、どんな気持ちだったか、分かりますか?」
フェリクスが、はっと息を呑んだ。
「あなたを犠牲にしなければ助からない命なんて、私は要りません。お願いです……私の前から、黙っていなくなったりしないでください……」
言ってしまってから、セレスティアは、自身の言葉を思い返して、全身が熱くなった。
却って、彼の重荷になってしまうのではないか、と。
「……分かった。君を悲しませるのは、本意ではない。死なないように、気を付ける」
まるで子供のようなフェリクスの返答に、セレスティアは、涙ぐみながら、くすりと笑った。
「もう一つ、お願いしてもいいでしょうか?」
そう言って、セレスティアは、フェリクスの背中に腕を回した。
「……ぎゅって、してください」
「ぎゅ?」
「抱きしめることです」
「……こうか?」
フェリクスも、セレスティアの背中に腕を回し、ほんの少し力を込めた。
「あまり力を入れると、君の身体の骨が砕けてしまうからな」
「分かって、いますよ」
少しの間、二人は、そのまま抱き合っていた。
触れ合った部分から、互いの体温が溶け合い、セレスティアは、彼と一つになったかのような感覚を覚えた。
「こうしていると、勇気を貰える気がします」
「俺も、君と、こうしているのが好きだ。胸の中が暖かくなって、安心する」
フェリクスが、セレスティアの顔を見つめて微笑んだ。
──もしかしたら、これが、彼なりの、最上級の愛の言葉なのかもしれない。
自分は、これ以上ないものを、既に手にしていたのだ──セレスティアも、フェリクスの顔を見上げ、微笑みかけた。




