合流
フェリクスは、アーブルがセレスティアを連れて逃げたと思われる方向へ、荒れ地を走った。
皇帝守護騎士のグスタフは、フェリクスによって身体の数か所の骨を砕かれた状態だ。
頑強な肉体を持つ「異能」とはいえ、流石に行動不能というところだろう。
彼女が、部下などを連れずに単独行動していたのも幸いだった。
現時点で、更なる追手が現れる可能性は低いと思えた。
「……それにしても」
しばらく走って、フェリクスは足を止めた。
「通信手段が無いことを忘れていたな」
彼は、きょろきょろと周囲を見渡した。
グスタフとの戦闘は数分程度の出来事だが、アーブルの脚なら、かなり遠くまで逃げられた筈だ。
下手に自分が移動することで進路がずれてしまった場合、このままアーブルたちと再会できない可能性もある。
「狼煙でも焚くか? しかし、燃やす物がない……」
考えてみれば、村で暮らしていた頃は、モンスやシルワが様々なことを教えてくれたし、アーブルと行動を共にするようになってからは、彼が要所要所で知恵を貸してくれた。
──俺は、一人になると思った以上に何もできないな……
フェリクスは、溜め息をついた。
──こういうの、心細い……と言うのだろうか。
そんなことを思いつつ空を見上げた彼の目に、飛空艇が映った。
フェリクスが実物の飛空艇を目にするのは初めてだったが、それは小型のもののように思えた。
飛空艇は、徐々に高度を下げ、明らかにフェリクスのほうへ向かっているように見える。
他国にも飛行可能な乗り物は存在するが、揚力を生む翼を持たず、魔法の力で飛行する「艦」に近い形状の飛空艇は、ほぼ確実に帝国のものだと思われた。
帝国から見れば、既に何度か敵対行動を取っている自分は「敵」と認識されているのかもしれない……逃げたほうがいいのか──と、フェリクスは考えた。
その時、人の背丈の倍ほどの高さまで降下してきた飛空艇の底に、丸い扉らしきものが開いた。
飛空艇の底に開いた扉の中から、数人を乗せた籠状の昇降装置が、ふわりと降りてくる。
そこに乗っていたのは、アーブルとセレスティア、それと見知らぬ小柄な男だった。
予想外な事態に、フェリクスは目を丸くした。
昇降装置が地面に着くか着かないかのうちに飛び出してきたのは、セレスティアだった。
「フェリクス!!」
半ば悲鳴のように叫ぶと、彼女はフェリクスに向かって走り出した。
足元も見ずに夢中で走っていた様子のセレスティアが、石にでも躓いたのか、よろめいて転びかける。
フェリクスは、瞬時に駆け寄って、彼女の身体を支えた。
セレスティアが、涙ぐんだ目で彼の顔を見上げ、その両頬に手を伸ばす。
彼女の温かく柔らかい指が、フェリクスの存在を確かめるように、その頬を撫でた。
「……怪我は、ありませんか?」
「あちこちぶつけたが、大したことはない。君こそ、無事でよかった」
そう言ってフェリクスが微笑むと、セレスティアは、彼の胸に縋って顔を埋めた。
フェリクスも、セレスティアの背中に、そっと腕を回した。
皇帝守護騎士のグスタフを足止めしようと考えた時点で、セレスティアとは二度と会えないかもしれない、と覚悟はしていた。
しかし、やはり、彼女と再び会えたことは、フェリクスにとっても、この上なく嬉しかった。
「……大変だったんだぜ。姫様、ずっと泣き通しだったんだから」
セレスティアの後から歩いてきたのは、アーブルだった。
「アーブル……お前が、俺の言いたいことを直ぐに理解してくれて助かった」
「助かった、じゃねーよ!」
アーブルは唇を尖らせると、フェリクスの鼻を思い切り摘まんだ。
「ちょ、それ痛い……」
「あんた、結構単純だから、何を考えてるかは直ぐ分かったけどさ……あんなの、二度と御免だからな!」
そう言うと、アーブルは、フェリクスの鼻から手を放し、両手の甲で目をこすった。
「泣いているのか……心配させて、すまなかった」
摘ままれて、ひりひりする鼻先を押さえつつ、フェリクスは言った。
「うるせぇ! 目から汗が出ただけだ」
「……?? 目から汗は出ないと思うぞ」
アーブルの言葉に、フェリクスは首を傾げた。
「……そーいうトコ腹立つな! まったく……」
腹が立つと言いながらも、アーブルは笑い出した。
「あなたたちは、仲がいいんですね」
二人のやり取りを見守っていたセレスティアが、微笑んだ。
「あの……」
昇降装置でセレスティアたちと降りてきた小柄な男が、瓶の底のような眼鏡をずり上げながら言った。
「再会を喜ぶのはいいけど、そろそろ、撤収した方がいいと思います」
「お前は、誰だ?」
「詳しい話は、艦内でしますから」
瓶底眼鏡の男は、フェリクスの問いかけには答えず、一同に飛空艇へ乗るよう促した。
「フェリクス、心配ないよ」
アーブルが言った。
「敵の敵は味方、ってやつさ」




