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◆回れ右して前に進め

 その姿を見た瞬間、アーブルは、氷水を浴びせられたかの如く身が竦んだ。

 七、八歩離れたところに立っている細身の青年──その身にまとっているのは、紛れもない皇帝守護騎士(インペリアルガード)の制服だった。


皇帝守護騎士(インペリアルガード)……?!」


 思わず呟いたアーブルは、フェリクスに、青年が何者なのかを尋ねられた。


「帝国の、皇帝の身辺を守るのが役割の連中だよ。全員が『異能(いのう)』で、例え話なんかじゃなく一騎当千って言われてる……俺も、(なま)で見るのは初めてだ」


 答えながら、アーブルは脚が震えるのを必死に(こら)えていた。

 皇帝と「智の女神」の命令にのみ従う、全員が「異能(いのう)」で構成された戦闘集団──帝国民であれば、実際に会ったことはなくとも、その恐ろしさは骨の髄まで染み込んでいる。

 そして今、自らの目で皇帝守護騎士(インペリアルガード)を見たアーブルは、フェリクスに初めて会った時と同じく、自分が絶対に勝てない相手を前にしているという、本能的な恐怖と絶望に包まれていた。

 アーブルは、フェリクスと皇帝守護騎士(インペリアルガード)のやりとりを、ただ黙って見ていることしかできなかった。

 グスタフと名乗る皇帝守護騎士(インペリアルガード)は、セレスティアを保護する為に来たと言い、それに対しフェリクスは、信用できないと答えた。

 当然のことだ。帝国軍が、セレスティアの故郷であるウェール王国に侵攻した際、彼女の家族である王族は皆殺しにされたのだから。

 セレスティアを帝国に渡す訳にいかないというのは、アーブルもフェリクスと同じ意見だった。

 だが、彼女を渡すことを拒否したところで、そうですかと引き下がってくれる相手ではない。

 一体どうすればいいのか──アーブルの思考が空回りしかけた、その時。


「アーブル、彼女を頼む」


 フェリクスが、セレスティアをアーブルのほうへ押しやった。

 彼の、覚悟を(たた)えた目を見て、アーブルは、その意図を理解した。

 次の瞬間、アーブルはセレスティアの身体を軽々と肩に抱え、弾かれたように走り出した。

 彼は、全力で、息の続く限り、振り向くことなく走り続けた。

 フェリクスがグスタフを足止めしている間、できる限り遠くに逃げるのだと、アーブルはそれだけを考えた。

 走りながら、アーブルは、セレスティアが、自分の腕の中から逃れようと力一杯抵抗しているのを感じた。


 ──彼女は、フェリクスのところへ戻ろうとしているんだ。


 セレスティアとフェリクスが互いに惹かれ合っていることを、アーブルは察していた。

 だからこそ、セレスティアを自分に託したフェリクスの信頼を裏切る訳にはいかない──アーブルは、セレスティアの身体をしっかりと抱えた。

 どれほど走ったのか……流石に限界を感じたアーブルは、徐々に速度を落としていき、足を止めた。

 セレスティアを、そっと地面に降ろすと、アーブルは大の字に寝転んだ。

 早鐘のようだった鼓動が徐々に鎮まり、落ち着いて呼吸ができるようになったアーブルは身を起こした。

 傍らでは、地面に座り込んだセレスティアが、時折フェリクスの名を呼びながら、顔を覆って、子供のように(すす)り泣いている。


「……大丈夫だよ。フェリクスは、武装した帝国軍の一個小隊を軽く()しちまう奴だぜ。そのうち、追いついてくるさ」


 アーブルは、そう言って、セレスティアの背中を優しくさすった。

 昔、家族が(みな)元気だった頃、小さな弟や妹が泣く度に、こうして慰めてやったのを思い出して、彼も目の前がぼやけるのを感じた。

 セレスティアは小さく頷いたものの、その目からは、とめどなく涙が溢れている。

 ──自分も、フェリクスと共に戦うべきだったのだろうか。

 アーブルは、そうも考えた。

 しかし、仮にフェリクスとアーブルの両者が倒れてしまえば、セレスティアを守る者がいなくなってしまう──この選択が最善だったのだと、彼は自身に言い聞かせ、歯を食いしばった。

 それに、先刻セレスティアにも言ったように、フェリクスなら、皇帝守護騎士(インペリアルガード)が相手でも、何とかしてくれるかもしれない、という希望があった。

 不意に、魔導絡繰(まどうからく)りの微かな駆動音と共に、周囲が薄暗くなった。

 空を見上げたアーブルは、自分たちの頭上に、小型ではあるが、飛空艇が浮かんでいるのを認めた。


 ──もう、帝国軍に発見されてしまったのか?!


 アーブルは慌てて立ち上がった。

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