矜持
グスタフを逃すまいと、押さえ込む腕に更に力を入れたフェリクスは、ふと、違和感を覚えた。
細身の青年だと思っていたが、こうして密着すると、筋肉の柔らかさや骨格が自分とは違う──フェリクスは、一つの結論に達した。
「お前……女性なのか?!」
動揺したフェリクスの腕が僅かに緩んだ隙を、グスタフが見逃す筈もなかった。
強烈な肘打ちを食らったフェリクスは弾き飛ばされ、地面に這いつくばった。
「女だから何だと言うんだい?」
態勢を立て直そうとするフェリクスを、腰に手を当てたグスタフが、忌々しげに睨めつける。
「そうやって、僕を侮った者がどうなるか、教えてやろうか」
よく分からないが、「彼女」の逆鱗に触れてしまったらしい……だが、標的が自分に移ったのであれば好都合だ──立ち上がったフェリクスは、そう考えて、再び身構えた。
瞬間、グスタフが一気に間合いを詰め、上段からの強烈な蹴りを放つ。
「普通」の人間であれば全身の骨を砕かれる程の威力だろうが、フェリクスは、かろうじて両腕で防御した。
更に、一発でも無防備な状態で食らえば致命傷になりかねないグスタフの拳が、雨霰と襲ってくる。
それらを、フェリクスは腕を盾に、全身の関節を緩衝材として衝撃を和らげながら受け流す。
もはや、常人の目では捉えられない攻防だ。
グスタフの目に、焦りの色が浮かんだ。
これだけ打ち込んで、相手に決定打を与えられないという事実が、彼女にとっては信じられないことらしい。
逆にフェリクスは、グスタフの動きに目が慣れたのか、その攻撃を紙一重で躱せるようになっていた。
不意に、グスタフが後ろに飛び退り、距離を取った。
「何故、反撃しない? 女は殴らないとか、くだらない理屈か?」
「俺の目的は、仲間を逃がす時間を稼ぐことだ」
フェリクスは、他者を傷つけ、生命を奪うことへの抵抗を感じていた。
彼は、戦いの中で、村が帝国軍に襲撃された夜、先に相手が攻撃してきたとはいえ、反射的に兵士たちを殺してしまったことを思い出すと共に、あの時に感じた、自身への恐怖と嫌悪感が蘇っていた。
「──虫唾が走る!」
フェリクスの答えが気に入らなかったのか、グスタフは吐き捨てるように言うと、腰の辺りから棒状の何かを取り出した。
拳二つ分ほどの長さのそれは、刃の付いていない、剣の柄の部分にも見える。
と、柄の先端から、羽虫の飛行音に似た音と共に、光の刃とでも形容すべきものが出現した。
フェリクスは、アーブルが持ち歩いている魔導絡繰りの一種、着火装置を思い出した。
神速とも言うべき踏み込みから、グスタフの光の刃が袈裟懸けにフェリクスを襲う。
フェリクスは咄嗟に身を逸らし、光の刃を躱した。
胸元を刃の先端が掠め、切り裂かれた衣服から、繊維の焦げた臭いが立ち昇る。
どうやら、光の刃は着火装置などよりも遥かに高出力の魔導絡繰りらしい。人間の四肢なども容易に切断が可能だろう。
間髪を入れず、グスタフが、無数の斬撃を繰り出してくる。
しかし、フェリクスは、これまでの戦いの中、彼女の動きの癖を掴んでいた。
白く輝く刃の嵐を掻い潜り、フェリクスは素早くグスタフの背後に回った。
敵の姿を見失い、たまゆら、動きが止まったグスタフの右肩に、フェリクスは渾身の手刀を叩き込む。
骨の折れる感触が自らの手に伝わり、彼は少しだけ顔をしかめた。
続けて、フェリクスは、彼女の残る腕や脚にも閃光の如き蹴りと拳を叩き込んだ。
一瞬のうちに身体の数か所の骨を砕かれ、立っていることも叶わなくなったグスタフは地面に倒れ伏した。
「うそだ……僕が、こんな……」
彼女は、呆然とフェリクスの姿を見上げた。
「……すまない。こうでもしなければ、君は納得しないと思った」
フェリクスは、倒れているグスタフの傍に屈んで言った。
「ふざけるな……殺せ! トドメを刺せ! こんな生き恥を……ッ」
「そんなことはしない。俺の恩人が、女性は労り大切にするものだと言っていたからな」
起き上がることもできずに歯噛みするグスタフを残し、フェリクスは、アーブルたちが向かった方向へと走り出した。




