壁の外
パリエスは、この近辺に存在する自治都市同盟の一角を成す城郭都市だ。
街を取り囲んでいる高い城壁は、かなりの歴史を感じさせる。
居住地や商店街の他に耕地なども内包しており、都市単体で自給自足が可能だという。
しかし、現在、城壁の門は固く閉ざされていた。
「まいったなぁ……ここに来る途中で擦れ違った連中が言った通りだ」
アーブルが嘆息した。
彼は、先刻まで、街に入れて欲しいと門番に頼み込んでいたが、許可を受けた者しか出入りできないと、文字通りの門前払いを食らったところだった。
「自給自足は可能でも、余所者を受け入れるほどの余裕はないということか」
フェリクスは、侵入者を拒む城壁を見上げた。
「戦争で、物資の流通経路も途切れ途切れになっていますからね……」
そう言って、セレスティアが、不安げに、フェリクスの服の端を摘まんだ。
「悪いな、姫様。街に入ればマトモな食い物も宿もあると思ったのに、この有り様で」
「それなら、今まで通りというだけです。野宿にも、だいぶ慣れました」
若干、落ち込んだ様子のアーブルを気遣ってか、セレスティアが言った。
「街に入れないなら、迂回して別の目的地を探すしかないな」
フェリクスの言葉に、アーブルとセレスティアも頷いた。
城壁に沿って歩いて行くと、今にも倒壊しそうな掘っ立て小屋や、粗末な天幕の並ぶ区域が現れた。所々から、煮炊きによると思われる煙が上がっている。
その一帯は、生気のない人々が蹲っていたり、あるいは力なく立ち尽くしていたりと、沈んだ空気に包まれていた。
「あんたたちも、住むところを追われてきたクチかね」
いつの間にか近付いてきていた、みすぼらしい身なりの老人が、アーブルに声をかけてきた。
「似たようなもんさ。街に入りたかったんだけど、門前払いを食らったところだ。ここの門番は優秀だよな」
アーブルは老人に答えながら、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「……ここにいる人たちは?」
「帝国軍の攻撃で住むところを失くして、あちこちの国から、ここまで逃げてきた連中さね。難民ってやつさ。儂も、そうだがな。ここら辺には、城郭都市が幾つかあって、自治都市同盟と呼ばれているが、どこも、儂らみたいな者たちの受け入れを渋ってるそうだ」
「そうなのか……」
「すまんな……あんた、この前死んだ孫に感じが似ていたから、つい声をかけちまった。何で、儂なんぞが生き残って、孫が……」
老人は、そう呟くと、足を引きずりながら歩き去っていった。
少し離れたところからは、諍いが起きてるのだろうか、怒声が聞こえてきた。
「うちには、小さな子供が三人もいるんだ!もっと寄越せ!」
「こっちだって、もう二日は食ってねえんだ!」
「これっぱかりの食糧で足りるかよ!」
どうやら、難民たちの窮状を見かねた善意の街の住人が、個人的な持ち物と思われる物資を運んできたらしい。
しかし、人の数に対しては焼け石に水もいいところで、却って諍いの種になってしまったのだろう。
困っている者を助けたいという善意、家族を守りたいという思い……そこに悪意など存在しない筈なのに、状況が変化すれば、それらさえも争いを生むのだ。
全ての元凶は帝国の侵攻──フェリクスの胸中に、村で過ごした時の暖かな思い出と、恩人である老夫婦の死を知った際の悲しみと怒りが蘇った。
と、傍にいるセレスティアが、フェリクスの腕に、そっと触れた。
「あの、大丈夫ですか。すごく、怖い顔をしていたから……」
青ざめた顔で、彼女はフェリクスを見上げた。
「……何でもない。君こそ、顔色が良くないが」
「ここにいる方たちを見ていたら、故郷のことを思い出して……」
そう言って、セレスティアは俯いた。
彼女の故郷であるウェール王国が、どのような状態であるのかという情報は入ってこない。それは、発信できる者がいない為ではないか、とフェリクスは考えていた。
しかし、口に出せば、セレスティアを傷つけてしまうかもしれないと、フェリクスは、その考えを胸の内にしまい込み、代わりに彼女の肩を抱き寄せた。
セレスティアは、一瞬、驚いた様子でフェリクスの顔を見上げたが、安心したように彼の胸に顔を埋めた。
フェリクスも、腕の中の温もりが、自らの波立った心を次第に鎮めてくれるかのように感じた。




