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熱い背中

「……私は、ここに残ります。お気遣いありがとうございます」


 二人の様子を黙って見つめていた少女が、口を開いた。


「そんなこと、できる訳がないだろう!」


 フェリクスは、思わず声を荒らげた。

 彼の語気に、少女が、びくりと身を縮めたのが分かった。

 少女の思わぬ言葉が、フェリクスの中に、激しい焦燥を生んでいた。


「『ばあや』が、お父様も、お母様も、兄様も殺されてしまったと言っていました……そして、『ばあや』も死んでしまって……私には、もう、何もないんです」


 ぽつぽつと、呟くように少女は言った。


「私は、とっくに死んだことになっている人間だから……もう、いいんです」


 もはや、少女の表情からは、何の感情も読み取れない。

 彼女は、深く絶望しているのだ。


「だが、君は、現に生きている」


 フェリクスは、少女の両肩を掴んで言った。


「さっきは、怒鳴ったりしてすまなかった……でも、もういいなんて、言わないでくれ」


 色を失っていた少女の目に、いつしか、驚きが浮かんでいた。


「俺は、君を死なせたくない。必ず、守るから」


 フェリクスの言葉に、少女は目を伏せて、微かに頷いた。

 ふと、さっきまで感じていた、胸の奥のざわつきが消えているのに、フェリクスは気付いた。


 ──俺が感じていたのは、この子の存在だったのだろうか……


 疑問は晴れなかったが、少女が死へと近づくのを止められたということのほうが、フェリクスにとっては重要だった。


「……俺の名はフェリクス、こっちの男はアーブルだ。君の名前を、教えてくれないか」


 まだ自己紹介もしていなかったことを思い出して、フェリクスは言った。 


「……セレスティア……です」


 少女──セレスティアからは、さっきまでの頑なさが消えている。


「綺麗な名だな」


 フェリクスが言うと、血の気の無かったセレスティアの頬に、少し赤味が差したように見えた。

 彼は、セレスティアの肩を掴んだままなのに気付き、慌てて手を離した。


「……なんか、俺、すごいものを見せられた気がする」


 アーブルが、ぽつりと言った。


「譲れないと思ったから、しつこく食い下がったんだが?」


 フェリクスの言葉を聞いたアーブルは、ハハハと気の抜けた笑いを漏らした。


「それもあるけどさ……まぁいいや、のんびりしてると、本当に帝国軍が来るかもしれないし、移動しようぜ」


 フェリクスとアーブルは、出発する前に「ばあや」の亡骸(なきがら)を埋めてやり、そこに手頃な岩を置いた。


「こうしておけば、次に来た時に、分かりやすいと思うよ」


「……また、必ず、ここに来ます」


 アーブルの言葉に、セレスティアが頷いた。

 フェリクスは、まだ歩くのが辛いであろうセレスティアを背中に()ぶった。

 しばらく歩いていると、彼は不意に背中が熱くなるのを感じた。

 セレスティアが、フェリクスの背に顔を押し付け、声を殺して泣いていた。


「……我慢しなくても、大丈夫だぞ」


 フェリクスが声をかけると、セレスティアは、子供のようにしゃくり上げ始めた。

 背中に感じる熱と柔らかさに、フェリクスも、何故か泣きだしてしまいそうな気持になって、夕闇の迫る空を見上げた。

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