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迷い

 宿で宛てがわれた狭い部屋は、半ば無理やり配置された二つの寝台で満杯だ。

 フェリクスは久々に湯で身体を洗い、そこそこ清潔な寝台に横たわると、大きく伸びをした。


「やはり、野宿とは雲泥の差だな」


 (ひと)()ちながら、彼は、村での暮らしを思い出した。

 毎日、快適な寝台で寝起きしていたのも、決して当たり前のことなどではなかったのだ。


 ──俺は、ずっとモンスとシルワに守られていた。それなのに、何も返せないまま……


 帝国軍に襲撃された晩、もし自分が村を離れていなければ、あるいはモンスとシルワだけでも守れたかもしれない──フェリクスは幾度も考え、後悔し続けていた。


 ──いつか、二人のいた村に戻りたい、その為には生き延びなければならない……だが、自分だけが逃げられればいいのだろうか……


 ほんの一か月ほどだが、この旅の間に、フェリクスは様々なものを見た。

 戦火で家族も住むところも失い、行き場のなくなった多くの者たち──力無き者は、理不尽な暴力に晒されても、成すがままになる(ほか)ないのだ。フェリクスやアーブルのように、体力に恵まれていれば、逃げ延び生き残れるかもしれないが、弱い者にとって、今の世界は過酷すぎる。


「そろそろ寝るか?灯り、消すよ」


 風呂から上がったアーブルが、髪を拭きながら言った。


「あぁ、いいぞ」


 フェリクスが返事をすると、アーブルが灯りを消して毛布の中に潜り込む気配がした。

 暗がりの中、しばしの静寂が舞い降りる。

 フェリクスが微睡みかけた頃、アーブルが口を開いた。


「……起きてるか?」


「……あぁ」


「これから、どうする?」


「…………」


 アーブルの言わんとすることを、フェリクスは、何となくだが察した。

 海を越えた国までをも、一瞬で大きな打撃を与えることのできるアルカナム魔導帝国──彼らが「世界統一」を掲げて進軍を続ける限り、いずれ落ち着き先どころか逃げ場さえなくなるのは目に見えている。


「……俺たち、逃げてるばかりでいいのかな」


「…………」


「ごめん、変なこと言った」


「いや、たぶん、俺も同じことを考えていた」


「俺は、普通の人間よりは力があるけど、これっぱかりの力じゃあ、何もできないってのがさ……悔しいなぁ……」


 アーブルが、深く嘆息した。

 事態が切迫してくれば、他人を気遣う余裕などなくなるし、それを責めることは誰にもできない。

 それでも彼は罪悪感を抱いてしまう人間なのだと、これまで共に過ごしてきたフェリクスは理解していた。


「アーブルは、優しいな」


「……そんなんじゃねーよ」


 フェリクスが言うと、アーブルは頭から毛布を被った。

 相棒が寝息をたて始めたのを確認して、フェリクスも目を閉じた。

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