逃げ場なし
「なぁ、この『ウサギ肉の煮込み』も頼んでいい?」
注文した料理を平らげ、壁に貼られた品書きを眺めていたアーブルが、懇願するような目をフェリクスに向けた。
「ああ。俺は、もう十分食べたから気にしなくて大丈夫だ」
フェリクスの答えを聞いたアーブルは、安心した顔で、ウサギ肉の煮込みを注文した。
「俺が大食いな所為で食費が嵩むんだよなぁ……フェリクスは、そんなに食べないのに」
湯気を上げるウサギ肉を旨そうに食べながら、アーブルが呟いた。
「必要な栄養分には個人差があるらしいし、仕方ないさ。足りなければ、十分に動くことができないだろう」
フェリクスは小さく笑うと、グラスに残っていたエールを一口飲んだ。
こうしていると、自分たちが戦火を避けて逃げているなどということを忘れてしまいそうだった。
と、無線通信機から流れていた、雑音混じりの流行歌が、ぷつりと切れた。
不意に訪れた静寂に違和感を覚える間もなく、無線通信機から聞こえてきたのは、慌てふためいた様子の男の声だった。
「重大なお知らせです……今入った情報によりますと、トォイ共和国の首都ファアに、アルカナム魔導帝国の新兵器が着弾した模様……ファアは壊滅状態と言われていますが……詳しい状況は不明とのことです……」
先刻まで賑やかだった店内が、不安げな空気に包まれた。
「宣戦布告も無しにか」
「トォイ共和国って、海の向こうにある国だろ」
「どうやって、そんなところを一瞬で攻撃するんだよ」
「もう、帝国の魔法技術なら何でもアリってことか」
「そんな国と戦争して勝てる訳ねぇ。さっさと降伏したほうが、被害が少ないんじゃないか」
客たちも、落ち着かない様子で話している。中には、慌てて勘定を済ませて帰る者たちもいた。
「帝国の新兵器……お前は、何か知らないのか?」
フェリクスは、声を潜めてアーブルに尋ねた。
「俺は下っ端だったし、難しいことは分からないよ。ただ、空間転移装置ってやつの噂は聞いたことがある。遠い場所に、一瞬で物を移動させるとかいう話だ」
「仮に、その空間転移装置とやらが実用化されたなら、離れた場所に爆弾でも何でも送り込めるという訳か。それにしても……」
フェリクスは首を捻った。
「帝国は、何らかの利益を得たくて戦争を仕掛けているというより、ただ自国以外の国を破壊したいだけに見えるが」
「たしかに本国の連中には、自分たち以外は人間と認めないなんて奴もいるけど……」
「これでは、何もせず降伏したところで、どうなるか分からないのではないか?」
フェリクスの言葉に、アーブルは目を伏せて溜息をつくだけだった。
「でも、海を渡った場所なら大丈夫かと思ったんだけどなぁ。逃げ場なんてないってことじゃないか」
そう言って、アーブルはカウンターに頬杖をついた。




