◆硝子の温室に咲く花は(挿し絵有り)
腰まで伸ばされた、白に近い透けるような金髪と、染みひとつない白い肌に映える、複雑な色合いの浮かぶ青い瞳をした、美しい彼女の名は、セレスティアといった。
常に整頓された清潔な部屋と、小さな中庭だけが、今の彼女の世界全てだった。
中庭を覆う硝子の屋根の下、咲き乱れる季節の花々を愛でながら散歩するセレスティアの姿は、さながら一幅の絵画の如く幻想的だ。
しかし、その様を見ることができるのは、ごく限られた者のみだった。
二十年ほど前、森の木々に覆われた古い遺跡の一つ──「マレビト」たちが天から降り立つ時に乗っていた艦と言われている──で、一人の女の赤ん坊が発見された。
捨て子など珍しいことではないが、赤ん坊を見つけたのは、狩りに来ていた、その国の王と、息子である王子だった。
王は、何も知らずに眠る愛らしい赤ん坊を哀れに思った。彼は、赤ん坊にセレスティアと名付け、自分の子として養育した。
セレスティアは、周囲の愛情と気遣いを受けて健やかに育った。
ところが、ある時点で、身近な人々は、彼女が「普通」の人間と異なるのではないか、と気付いた。
ほんの幼い頃は目立たなかったが、セレスティアは他の子供よりも成長が緩やかであるように感じられた。
精神は年相応でも、外見は実際の年齢より幼く見えるのだ。
王や、セレスティアを世話している者たちは、彼女が「異能」の者かもしれないと考えた。
人間たちの間に時折生まれてくる「異能」の中には、そうでない者よりも成長が遅く、また成人してからは外見がほとんど変わらない者もいる。
それは、はるか昔に人間たちが受け継いだ「マレビト」の血の成せることだと言われていた。
はたして、セレスティアは「異能」だった。
彼女は、身体能力こそ普通の人間と大差ないものの、不可思議な力を持っていた。
ある日、剣術の稽古中に負傷してしまった王子──セレスティアにとっての義理の兄の傷を、彼女は手をかざすだけで跡形もなく治してしまった。
更に、セレスティアの癒しの力は、広範囲にいる、多数の人間に対しても同時に効果を発揮することが分かった。
彼女は、その力で、傷ついた国民たちを癒してやるようになった。もちろん、純粋な善意からであり、謝礼を受け取ることなどしなかった。
セレスティアは「癒しの乙女」と呼ばれ、その噂は国の外まで広まった。
やがて、他国の王族などから、セレスティアを妃や側室として迎えたいと声がかかり始めた。
表面上は、彼女の美しさや、優しく気高い人柄が好ましいと思われてのことだとされていた。
しかし、その裏で、セレスティアの力は戦争でも役に立つと考える者たちがいたのだ。
どんなに兵士たちが負傷しても、彼女の力で治療してしまえば、即座に戦場へ再び送り出せる──不死身の軍隊が作れると。
求婚者たちの中に、そのような考えが透けて見えると、セレスティアの育ての親である王は憤り、悩んだ。
愛する娘を守る為に、王は一つの決断を下した。
セレスティアは急な病で亡くなったという報せを、国民や、求婚者たちに広めたのだ。
彼女は、もう公には存在しない人物とされた。
セレスティアは、王城の奥、王室でも限られた者しか知らない隠し部屋へと移され、人目につかぬよう暮らすことになった。
自分が「普通」の人間ではないこと、そして王の判断が、娘を守ろうとする気持ちから成されたことを、セレスティアも理解していた。
それでも、既に亡き者として、限られた空間で、限られた人間としか接することのない生活は、彼女の心に翳を落としていった。