◆焼け跡にて(挿し絵有り)
「何だ、その反抗的な目は?いいだろう、気に入らなければ俺を殴ればいい。その代わり、貴様は一生監獄入りだろうがな」
煽るように言って、小隊長は下品な笑い声をあげた。他の兵士たちも、愛想笑いをしている。
「異能」の者は、強い力を持つゆえに、法の上で様々な制限が設けられている。
事情にもよるが、「異能」の者が、そうでない人間を故意に傷つけた場合は、通常よりも遥かに重い量刑を課せられるのが通例となっていた。
日頃から小隊長は、「異能」であるがゆえに手出しできないであろうアーブルを挑発し、はけ口にしているのだ。
アーブルは、自分の中で、何かが切れる音を聞いた気がした。
次の瞬間、小隊長の身体が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。
誰も止められない程の素早い踏み込みから、アーブルが小隊長の額を指で弾いたのだ。
唖然としている同僚たちを尻目に、アーブルは天幕から走り出た。追いつける者はいなかった。
「……やっちまったなぁ」
月明かりだけを頼りに暗い森の中を、しばらく走ってから、アーブルは足を止めた。
「でも、一応は手加減してやったんだから、ありがたく思って欲しいよ。全力で殴ったら、小隊長の頭なんて、なくなってただろうし」
彼は、戦闘服から認識票を引きちぎって、草むらの中に放った。
軍に戻る気はなかったが、かといって、行く当てがある訳でもなかった。
「ま、逆に考えれば、家族もいないし、どこへ行こうと自由ってことだ」
アーブルは、半ば自分に言い聞かせるように呟いた。
やがて、遠くから砲撃の音が聞こえてきた。
振り向いたアーブルは、森の木々の向こうに火の手が上がっているのを見た。
「作戦」が始まったのだろう。
あの、赤く燃えている炎の下に、抵抗することすらできずに殺されている人々がいるのだ──そう考えて、彼は一瞬、身震いした。
いくらアーブルが「異能」とはいえ、最新の装備を持った小隊を止められる訳がなかった。
しかし、彼は、少しの間逡巡した後、もと来た方向へと走り出した。
突然、理不尽に生命を奪われる者たちのことを思うと、身体が勝手に動いていた。
──俺は、何をしているんだ。今なら、どこへでも逃げられるのに……
アーブルが村に着いた時、その様相は、一変していた。
家々は砲撃で吹き飛んだか、燃えているかのいずれかで、見る影もなくなっている。
生きている者の姿は見当たらない。既に、何もかも終わった後だ。
ふと、彼は違和感を覚えた。
自分がいた部隊の兵士たちの姿も見えないのだ。
──いくら何でも、こんなに早く撤収するものか?
村の中に歩を進めたアーブルは、あの小隊長が深手を負って地面に倒れているのを発見した。
どうやら、既にこと切れているらしかった。
彼は、慌てて周囲を見回した。
小隊は、全滅していた。
最新の装備を持った彼らが、何故このような有様になっているのか──
混乱していたアーブルだったが、少し離れた場所に人の気配を感じた。
ほんの少し顔を出した朝日を背に立っているのが、逆光で顔は見えないものの、若い男だということは見て取れた。
アーブルの中に、これまでにない恐怖が湧き上がった。