◆抑圧
「──魔導砲による砲撃の後、まだ残っている者がいれば掃討する。作戦内容は以上だ。新兵でもできる簡単な仕事だ」
木々に隠されるように設置された、迷彩柄の軍用天幕の中、小隊長がこれから行われる作戦の説明を終えた。
彼は、居並ぶ戦闘服姿の部下たちを、じろりと見回した。
「あの……」
燃えるような赤毛の短髪に琥珀色の目をした若い兵士が、おずおずと手を上げた。
「あの村にいる人間は全員殺すってことでありますか」
「アーブル、貴様、耳が詰まっているようだな。殲滅というのは、皆殺しにするという意味だ。それ以外に何がある」
嫌味たらしく答える小隊長に気圧されながら、アーブルと呼ばれた兵士は言った。
「でも、あそこにいるのは民間人だけって……俺たちの役目は、国を守ることなんじゃ……」
「この作戦は、『智の女神』様のご指示によるものだ。それに、帝国民以外は人間とは認められん。我々が行うのは『駆除』だ」
小隊長が、当然だと言わんばかりの口調で答えた。
「あァ、貴様は、たしか併合領出身だな。劣等民族の出なら、『智の女神』様のお言葉の尊さも理解できんか」
幾度目か分からぬ侮辱に、アーブルは歯を食いしばった。
アルカナム魔導帝国の周辺には、「併合領」と呼ばれる地域が幾つか存在する。
いずれも、かつて帝国と争い、敗北した結果、帝国の領土となった場所だ。
小隊長の言う通り、アーブルも併合領の出身だった。
併合領の住民は、建前上は帝国民と同等に扱われる筈だが、実際には根強い差別が残っている。
本国よりも重い税をかけられるにも関わらず、生活に必要な社会的基盤の整備は後回しにされるなど、併合領は冷遇されていた。また、併合領の者が本国に働きに出ても、劣等民族呼ばわりされ、あからさまに待遇に差がつくのだ。
多くの住民たちは、働けど一向に豊かになることはできず、貧困の中にいた。
併合された当初は、帝国に抵抗しようとする者もいたが、圧倒的な力の差で捻じ伏せられる度に、そのような気力は失われた。
アーブルの家も貧しかった。両親と兄弟は、流行り病に罹っても満足な治療を受けられずに亡くなった。一人生き残った彼は、しばらく放浪した後、帝国軍に入ることを選んだ。
アーブルは「異能」だ。生まれつき、常人を遥かに超える力と高い敏捷性を有している彼は、軍であれば働き次第で認められると考えた。
しかし、軍に入っても、併合領の出身であることは付いて回った。むしろ軍の内部こそ、出身と縁故が幅を利かせる場所だった。