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◆それでも、生きていく2

 数分経って、子供たちが玄関から戻ってきた。


「どうした? 宗教の勧誘か何かか?」


 アーブルは、子供たちに声をかけた。


「えーと……髭の生えたおじさんに、ここはアーブルさんの家かって聞かれたから、そうだよって言ったんだけど……」


「アーブルおじさんの友達だって言ってたから、玄関で待ってもらってるよ。あと、女の人もいたよ」


 子供たちの答えに、アーブルは心当たりがないと首を捻った。

 彼は、自ら玄関に向かった。

 そこに立っていたのは、流れ者といった風体の、背の高い髭面の男と、頭巾付きの外套をまとった華奢な女だった。


「あの、どちら様で」


 不審者かもしれない――そう思ったアーブルは、油断なく、いつでも動ける態勢を取りながら、来客に向かって言った。


「アーブルか?!」


 髭面の男の声に、アーブルは聞き覚えがあったものの、事態を飲み込むことができなかった。

 そんな彼の様子をよそに、男は、自分の髭に手をかけて、ばりばりと剝がした。

 どうやら、付け髭だったようだ。


「俺は、どうも人込みでも目立つらしいから、こんなものを付けていたんだが……これで、分かるだろう?」


 そう言って、アーブルの目の前で微笑んでいるのは、十五年前そのままの姿のフェリクスだった。


「やっと会えましたね」


 女が外套を脱ぐと、中から現れたのは、やはり変わらぬ姿のセレスティアだった。

 アーブルは、にこにこと笑っているフェリクスの鼻先を、思い切り()まんだ。


「……ちょ、それ痛いって……!」


 フェリクスが、悲鳴をあげる。 


「じゅ……十五年も、どこをほっつき歩いてたんだよ!」


 フェリクスの鼻を()まんだまま、アーブルは叫んだ。


「……何か、あったのか?」


 騒ぎを聞きつけて玄関にやってきたエリカが、そこで繰り広げられている光景を見て、信じられないという顔をした。


「い、生きてたなら、さっさと出て来いよ……あんたが死んじまったって思って、俺……!」


 言いながら、アーブルは両目から溢れる涙を止めることができなかった。


「すまない……色々と事情があって……その、手を離してくれないか」


 フェリクスに懇願されて、アーブルは彼の鼻から手を離した。  


「俺は……」


 アーブルは涙を拭くこともせずに言った。


「あんたが俺たちを裏切ったと思って……心の中で責めてしまった……ずっと謝らなければと思って……」


 肩を震わせるアーブルを、フェリクスが抱きしめた。


「敵を欺くには味方から、と言うのだろう? それは、俺の目論見が成功したということだ。何も気にすることはないぞ」


「俺が! 気にするっての! そういうとこ、ちっとも変ってないな!」


 泣き笑いの顏で言いながら、アーブルもフェリクスを抱きしめ返した。


「どこかで生きているかもしれないとは思っていたが……今まで、どこにいたんだい?」


 エリカが、セレスティアに問いかけた。


「私にも、よく分からないのですが……」


 セレスティアが、マレビトとしての(ちから)によって、「智の女神」との戦いで自爆したフェリクスを再生したこと、その際、気付いた時には知らない場所にいたことを説明した。


「どうやら、十年ほど時間のずれたところに出てきてしまったらしくて……」


「信じ難い話だけど、それが本当なら、何年探しても見つからなかった訳だね」


 エリカは肩を竦めた。


「世界の様子もすっかり変わっているし、アーブルたちが、どこにいるか探し出すのに手間取ってしまったんだ。情報通信網もなくなってしまったからな」


 フェリクスが、申し訳なさそうに言った。


「父さん、その人、誰なの?」


母様(かあさま)も、知ってる人なの?」


 先刻から、大人たちの様子を呆気に取られて見ていた子供たちが、口を開いた。


「大事な、友達さ」


 アーブルが誇らしげに答えると、エリカも頷いた。


「こんなところで立ち話もナンだ。こっちに来てくれ」


 アーブルは、フェリクスとセレスティアを家に招き入れた。



 アーブルたちが作った集落は、他の集落との合併を繰り返し、最終的には、小さくはあるものの、一つの国を形成した。

 その国は民主制をとり、アーブルが、初代大統領となった。

 彼は死の間際まで国政に携わっていたが、その傍らには、常に、長い年月を経ても姿の変わらない、一組の男女の姿があったという。

 二人は多大な功績を残したというが、何故か、彼らの名は国の記録に記されていない。

 アーブルが老衰で世を去ると共に、二人は姿を消し、その行方を知る者はなかった。

 更に長い年月が経ち、時折、力無き者たちが虐げられているところに現れて彼らを救い、また去っていく一組の男女の姿が、歴史の狭間に見え隠れしていた。

 彼らが同一人物であるのか、別々の人物の逸話が一つにされて語られているのかは、歴史学者の間でも意見の分かれるところである。

 そして、今日もまた、歴史は新たな(ページ)を増やしていくのだ。



おわり

これにて本編は終了です。

お読みいただき、ありがとうございました。

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