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◆消失

 吸い込まれるように「智の女神」の中へ消えるフェリクスを目の当たりにして、アーブルの胸中では、絶望と、僅かだが怒りが()い交ぜになっていた。

 出会ってから、共に旅をする中で、フェリクスとの間には信頼関係が構築されていると、アーブルは思っていた。

 流行り病で家族を失い、一人で帝国内を放浪していた時のアーブルは、孤独だった。

 帝国内では差別される併合領(へいごうりょう)出身というのもあって、人としてまともに扱われないということも少なくなかった。

 当然、信用できる相手などいる訳もなく、いつしか彼は、如何(いか)に自分が損をしないように立ち回るかだけを考えるようになっていた。

 しかし、フェリクスと出会い、一緒に過ごすうちに、アーブルは貧しいながらも家族と幸せに暮らしていた頃の、優しい心を取り戻していた。

 腕っ節は強いのに、世間知らずで、他人を(ほとん)ど疑わず、思ったことを真っすぐ口に出してしまうフェリクスは、アーブルから見れば危なっかしく、世話の焼ける弟のような存在だった。

 しかし、その純真さは、アーブルにとって好ましいものでもあった。

 彼から見て、フェリクスは、何があっても自分に悪意を向けてくることなどない相手だという安心と、信頼を抱ける相手だった。

 フェリクスが人間ではなく「人工生命体」であると知っても、アーブルの気持ちが変わることはなかった。

 たとえ何者であったとしても、フェリクス自身の心は変わらない――そう思っていたからだ。

 だが、フェリクスは、「生みの親」とも言える「智の女神」――敵の(もと)へ行ってしまった。

 裏切られ、見捨てられたのだと、アーブルは感じた。

 次元反転絶対防御壁リバースディメンションを搭載し、どのような攻撃も通用しないという「智の女神」を前に、もはや「人間」ができることは無かった。

 たとえ、国外に出払っていた帝国軍が全て戻ってきたとしても、絶対に傷つけることのできない相手を倒すのは不可能だろう。

 フェリクスまでが「智の女神」の側についたことで、希望は完全に断たれた。

 早いか遅いかの違いはあっても、いずれ自分たちは滅ぼされるのだ――そんな絶望の中で、アーブルは、指令室にいる者たちと共に、ただ、監視用の画面に映し出されている「智の女神」の姿を、ぼんやりと見つめていた。

 突然、画面が真っ白になったかと思うと、地下施設を、これまでにない振動が襲った。

 もう終わりだ――そう思い、皆と共にアーブルも最後の時を待っていた。

 しかし、再び静けさが戻ったのを不思議に思い、監視画面に目をやった彼は、信じられない光景を見た。

 乱れた画面には、巨大な光の柱とでもいうべきものが、眩しく()(のぼ)り、辺りを昼間のように照らす様が映し出されている。

 数分が経過するうちに、光の柱は徐々に薄れ、画面は、やがて元の夜空に戻った。

 そして、そこに「智の女神」の姿は無かった。

 一体、何が起きたのか……アーブルは、はっと息を呑んだ。


「フェリクスは、『智の女神』の中で、何かしたんだ……外から攻撃しても効果が無いから、内側から……!」


 その瞬間、アーブルは、フェリクスに裏切られ、見捨てられたという考えが、間違いであったことを悟った。


 ――あいつは、最初から、こうするつもりだったんだ……それなのに、俺は、疑ってしまった……


 アーブルは、膝から崩れ落ちて、激しい後悔に涙を流した。


「おい、セレスティア王女の姿が見えないぞ」


 グスタフの声に、アーブルは我に返った。


「さっきまで……あの光の柱が出る前までは、確かに、いたぞ?!」


「まさか、外に出たのか?」


 二人は、指令室の出入り口を確認したが、鍵がかかっており、誰も外に出られる状態ではなかった。

 「智の女神」の消失と帝都壊滅の混乱の中、アーブルとグスタフは、「リベラティオ」構成員の有志の者たちと共にセレスティアを捜索した。

 しかし、数日経っても、彼女の行方は(よう)として知れなかった。

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