◆さらば友よ
やがて、フェリクスと飛空艇による奮戦の末、「智の女神」は崩壊し爆発四散した。
しかし、危機を脱したと思ったのも束の間、突然、飛空艇が撃墜され、情報の途絶えた指令室は、恐慌状態に陥りかけた。
「まだ生きている飛行型映像送信機があれば、最大望遠で!」
「これが限界です……!」
カドッシュの指示により、指令室中央に位置する監視用画面に映し出されたのは、白銀色に輝く金属で構成された、巨大な人型兵器の姿だった。
フェリクスからの報告により、それが「智の女神」の「核」であること、更に、『次元反転絶対防御壁』というものが搭載されており、彼の攻撃でも損傷を与えられないことが知らされた。
「『次元反転絶対防御壁』……外界からの干渉を完全に受け付けなくする技術です。理論だけは完成していましたが、実装には、早くても、あと百年はかかると言われていたのに……『マレビト』は、とうに実用化していたのですね……」
生気を失ったカドッシュの表情が、もはや打つ手は無いことを物語っていた。
そして、再び「智の女神」による攻撃が始まり、断続的な振動が地下施設を襲い始めた。
アーブルは、施設内の照明が時折、不安定に瞬いているところから、動力を供給している魔導炉にも影響が出ていることを見て取った。
魔導炉が機能停止し、空間歪曲式防護壁が消滅したなら、この地下施設も「智の女神」の破壊光線で抉られて壊滅するだろう。
それでも、セレスティアだけは守らなければ――彼女を、グスタフと共に庇う態勢をとっていたアーブルは、不意に振動が止んだのに気付き、監視画面に目をやった。
画面では、数秒前まで破壊光線を乱射していた「智の女神」が、静かに浮揚していた。
その正面には、豆粒ほどの大きさで、フェリクスの青白く輝く光の翼が見える。
飛行型映像送信機の最大望遠による映像であり、音声などは聞こえる筈もなかったが、アーブルの目には、両者の間で何か会話が行われている風にも見えた。
「……フェリクス!」
ひどい胸騒ぎを覚えて、アーブルは思わず通信機でフェリクスに呼びかけた。
「……アーブルか」
返ってきた、雑音混じりの声は、どこか虚ろな響きだった。
「俺は、ようやく人間の愚かさが分かった。主人は正しかった」
「主人……って、『智の女神』のことか?! あんたが何を言ってるのか、俺には分からないよ!」
フェリクスの言葉に、アーブルは凍りついた。
「文字通りの意味だ。そんなことも理解できないとは、やはり人間は下等な生物だ。俺は、主人の下へ還る」
そう言い残して、フェリクスは、「智の女神」の胸元に開いた穴に入り、姿を消した。
「どういうことだよッ?! フェリクス、返事しろよ……ッ!」
叫んでから、アーブルは我に返り、セレスティアの顔を見た。
彼女は、無表情に監視画面を見上げている。
グスタフも、セレスティアの肩を抱いたまま、呆然としていた。
「……終わりだ」
構成員の一人が、震える声で呟いた。しかし、それ以後、口を開く者はいなかった。
――やはり……フェリクスは「智の女神」に造られた生命体だから……「人間」ではないから……俺たちを見限ったのか……?
時が止まったかのような静寂の中、アーブルは、自身の胸の中が冷えていくのを感じた。