反撃(挿し絵有り)
フェリクスは、雨霰と降り注ぐ「智の女神」の光球を、ただひたすらに回避した。
反撃しなければ、と身構えるものの、彼は先刻の「激痛」を思う度に、身が竦んだ。
「フェリクス! 大丈夫ですか?!」
そんなフェリクスの耳に、通信機を通して、セレスティアの声が届いた。
「さっき、苦しそうな声が……!」
「……大丈夫だ。何ともない」
答えながら、フェリクスは少し冷静さを取り戻した。
――そうだ。痛みが生じていても、身体には何の異常もない。あれは、俺の動きを止める為の「偽りの痛み」であって、危険信号などではない。だとすれば――――
フェリクスは、再び「智の女神」に対する攻撃の態勢をとった。
途端に、彼は、全身の内側から無数の針で貫かれるが如き激痛に襲われた。
――落ち着け。これで死ぬ訳ではない。痛みなど、意に介さなければいい……!
消えそうになる意識を必死に繋ぎ留めながら、フェリクスは、守りたい者たちのことを思った。
恩人のモンスとシルワを失い、悲しみと不安に満ちていたフェリクスに、安心と信頼感をもたらしてくれた、アーブルとの道行きの記憶。
自分の気持ちを押し付けるだけではなく、相手を思って身を引くことも愛だと示したグスタフとのやりとり。
そして、セレスティアの優しい抱擁と安心する香り、口づけした時の、彼女の唇の柔らかさ……心地良い記憶に、フェリクスは心を委ねた。
「――攻撃を一点に集中してください。一か所でも突破できれば……!」
通信機から、カドッシュが構成員たちに指示する声が聞こえた。
フェリクスも、手のひらに精神を集中させ、飛空艇が攻撃を集中させている部分に向けて、渾身の、巨大な光弾を放った。
飛空艇からの砲撃と、フェリクスの放った光弾が同時に命中した瞬間、「智の女神」が、僅かに揺らいだように見えた。
「『智の女神』の空間歪曲式防護壁、一瞬ですが不安定な状態に陥った模様です!」
通信機を通して、構成員による報告と、指令室で歓声の上がる様子が、フェリクスにも伝わってきた。
「砲撃を続行してください。フェリクスくんも、やれますね?」
「ああ、問題ない」
カドッシュの声に答えると、フェリクスは続けざまに光弾を放ち続けた。
フェリクスの光弾と飛空艇からの砲撃、それに「智の女神」が放つ無数の光球が夜空を照らし、廃墟と化した帝都中心部の上空では、今や、この世の終わりの如き光景が繰り広げられている。
時折、『智の女神』が放つ無数の光球に身体の一部を持っていかれながらも、欠損部位を瞬時に再生させつつ、フェリクスは攻撃を続けた。
「馬鹿な……何故、『七号』が、私に攻撃できるの?! あの『仕組み』の効果が消えたとでもいうの?!」
彼女にとっては、予想外の事態なのだろう。「智の女神」が、明らかに狼狽した様子を見せた。
「効果は抜群だぞ。今も、身体中を切り刻まれ続けているかのようだ」
フェリクスは、冷静な口調で答えた。
「それならば、どうして……?!」
「こんな『痛み』で、俺は、お前の自由になどならないということだ……こういう時、何と言うか知っているか?」
「……何ですって」
「クソ食らえ! だ」
そう言うと同時に、フェリクスは、更に光弾を放ち続けた。
光弾の連打と飛空艇からの砲撃を受けて、『智の女神』が、ぐらりと傾いだ。
「……『智の女神』の空間歪曲式防護壁が、斑になっています……これは、向こうの制御系の不具合……こちらの攻撃に、処理が追い付いていないのかもしれません」
報告する構成員の声が、心なしか明るくなったようだった。
「さっきの『作戦』で送り込んだ呪文による損傷を、『智の女神』が修復しきれていない可能性があります。回復する前に、畳みかけますよ!」
カドッシュの号令に合わせ、フェリクスも攻撃を加速させる。
「……『人間』のくせに……下等生物のくせに……ッ!!」
巨大な輝く球体――「智の女神」の周囲の空間が揺らいだかと思うと、燐光を放つ鱗粉のようなものが、一面に撒き散らされた。
「『智の女神』の空間歪曲式防護壁、消失しました!」
「主砲、出力最大で発射を!」
飛空艇からの砲撃と共に、フェリクスも、渾身の一撃を放った。
空間歪曲式防護壁を失い、裸同然になった「智の女神」は、砲撃と光弾の前に、なす術もなく崩壊し、爆発した。
「飛空艇も、かなり損傷していましたし、ぎりぎりというところでしたが……何とかなったようですね。フェリクスくんのお陰です」
通信機越しに、カドッシュがフェリクスを労った。
これで、セレスティアたちのところへ帰れる……フェリクスが、そう思った時――
「智の女神」が残した爆煙の中から、大口径の光線が発射された。
不意を突かれ、動くこともできずにいたフェリクスの目の前で、光線は夜空を切り裂き、次々と飛空艇に命中した。
「三番艦、制御不能です!」
「駄目です! 全艦、轟沈します!」
指令室で上がっていた歓声が、悲鳴と怒号に変わった。