放課後という時間に襲われた非日常
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「お兄ちゃん!」
廊下を走る那月が笑顔で来てピタッと俺の前で止まる姿は、さすがソフトボール部で鍛えているのか上半身が安定してブレてない。
「那月、廊下を走ったらダメだぞ?」
「だって、お兄ちゃんがいたんだもん・・ゴメンなさい」
「なんてな・・」
「お兄ちゃん、お弁当食べよ?」
「おう。自販機寄ってからな」
「うん」
那月と合流して購買近くにある自販機で同じ銘柄のお茶のペットボトルを購入して、那月が決めた中庭のベンチに座り一緒に弁当を食べる。
「お兄ちゃん、さっきあの2人呼ばれてたね」
「あぁ、きっとアレについてだろうな」
「きっと、そうだよ。もしかして停学かな?」
「停学か・・・・もしかしたら、退学もありえるかも」
「退学なの?」
「もしかしたらの話だよ。学校の部室でシテたのはヤバいだろ?」
「・・お兄ちゃん、なんかすごく落ち着いてない?」
「そうか? たぶん、2人との幼馴染の縁を切ってただの同級生として接することに決めたからかも」
「急にできる? 小さい頃からずっと一緒だったんだよ?」
那月は動かしていた箸を止めて俺を見ている。
「ん〜どうかな・・はじめの一歩として、2人を名字でよぶことにしたんだ。吉岡くんと橘さんってな感じで」
「・・私も、そうする。吉岡先輩と橘先輩って呼ぶ!」
しばらく途中で止めていた箸を動かして弁当を食べている途中に、ふとバイト先で付き合いのある香苗さんのことが思い浮かぶ。
「あのさ、那月・・」
「なぁに?」
「・・いや、なんでもない」
「変なお兄ちゃん」
喉元まで出てきていた言葉を飲み込んで、今ここで香苗さんのことを那月に伝えるのはどうなのかと考え思い留まり、残りの弁当を食べ終え買っておいたお茶を飲み一息ついてのんびり過ごす。
「ふぅ・・お兄ちゃん、私そろそろ行かないと」
「那月は昼からも普通に授業だったな・・兄ちゃんは帰るよ」
「うん。また一緒に食べようね? お弁当」
「おう」
ベンチに座ったまま手を振り教室に戻って行く那月を見送り、1人になった俺はチラッと体育館にあるあの部室の方向を見てから立ち上がり駐輪場へと歩いて行くと、誰かを待っているだろう1人の男子生徒の背中を見つける。
「・・誰だ? 自転車を探してるようにも見えないし」
歩き近付いて行くに連れてその後ろ姿が幼馴染で親友だった吉岡湊斗だと知るも、以前のように声をかけるつもりは無い。
駐輪場には同じ2年の生徒の殆どが既に帰っているため、ポツンと取り残されている自転車へと最短距離で向かいハンドルを握りスタンドを上げる音を鳴らしたところで名前を呼ばれた。
「諒太・・おまえ、マジ最低だな!!」
吉岡が俺を最低呼ばわりする資格すら無いのに、いきなり罵ってきて意味がわからず黙って聞く。
「なんか言えよ! お前のせいで、彩音ちゃんが先生達の前で辛い思いさせられたんだぞ!? わかってんのか!?」
「・・えっと、吉岡くんキミが言っていることが理解できないんだけど? その、橘さんがなんかあったのか?」
「てめぇ! ふざけんな!!」
一歩踏み込まれ自転車のサドルを思いっきり蹴飛ばされ、自転車と共に倒れ背中を地面に強打し自転車の下敷きになり吉岡を見上げる。
「彩音はお前の彼女だろ!? なんで守ってやらねーんだ? 彼女が呼ばれたら心配して駆け付けるのが彼氏だろーが!」
吉岡の顔を見上げながらお前橘が彼氏だろ?と思いながら、このまま自転車の上から踏み付けてきそうな勢いだったため、身動きが取れなくなる前に自転車を退かし立ち上がる。
「俺が橘さんの彼氏だぁ? 今はもう・・いや、かなり前からお前が彼氏だったろ?」
学校の駐輪場で吉岡と言い合いになっている途中に、なぜか吉岡はニヤついて笑い出す。
「なにが、おかしいんだ吉岡?」
「・・そりゃ、面白いに決まってるだろ? お前がいない所で嫌がる彩音の気持ちを少しづつ時間をかけて、俺の方へと傾けてさせ依存するようになっても、お前は何一つ彩音の変化に気付いていなかったんだから」
「・・・・・・」
吉岡から直接伝わってくる悪意に苛立ちを感じるも、今は目の前の男のことが汚物のように気持ち悪く感じた俺は、このままだと吐きそうと感じ足元にある自転車を引き起こす。
「諒太、彩音がお前のことなんて言ってたか、せっかくだから教えてやるよ」
「そんなん、聞く理由がない」
挑発してくる吉岡にたいして抑揚の無い言葉で告げても、コイツの言葉は止まらなかった。
「彩音は、彼氏の諒ちゃんより湊斗の方が気持ち良いんだってさ! 最近は、俺の言うことを素直に聞いてくれる女になったから、毎日お前がいない所で楽しませてもらったよ」
「・・・・」
「なんか言い返せよ、諒太!?」
「・・よかったな吉岡くん。橘さんと楽しそうで」
「ちっ・・なんだよ、その反応は!」
「別に・・それじゃ」
自転車を押して吉岡から離れる途中に視界の隅にいた生徒に視線だけを向けると、教室棟のドア近くに立っていた橘さんと視線が一瞬重なるも、そのまま俺は校門へと向けて進むも駐輪場に残されている吉岡は、まだ俺に言いたいことがあるらしい。
「逃げんな諒太! だいたいお前はな・・・・」
背後で吉岡が俺に何かを叫んでいるのが耳に入ってくるようだけど、何を言いたいのかわからないため無視して帰る。
「疲れた、帰ろ・・」
校門を抜けて自転車に跨ったタイミングでポケットのスマホが着信を知らせるように、ずっと震えるためそのまま走り出さずに電話を出る。
「もしもし、香苗さんどうしました?」
「諒太くん、急にゴメンね」
「別に大丈夫ですよー」
「あのね、今日なんだけどシフトに入れないかな?」
「あ〜全然行けますよ香苗さん。今からでも」
「えっ? 今からでも? まだ学校だよね諒太くん?」
「急に昼から休みになって、今から家に帰ろうかとしてたところなんです」
「良かった・・ゴメンね諒太くん。オーナーさんが病気で倒れて、奥さんが付き添いで・・・・私、ワンオペなの」
「わかりました! 速攻で行きますね香苗さん」
香苗さんの返事を聞く前に電話を切りポケットにしまい込んでから、俺は通学路を外れてバイト先のコンビニへと自転車を全力で飛ばす。
コンビニが面している大通りを走り抜ける間に、1人で慌てているだろう香苗さんの姿が浮かんでしまってからの俺は、1秒でも速く辿り着かないといけないと集中したことで自分にとって一番大事なことを忘れていたことに気付いていない。
自転車も歩道を走ることから車道を走るようになってからは車道の隅っこを軽快に飛ばし、迫る信号の色にだけ注意して走っていた俺の視界の先にバイト先のコンビニの看板が見えてきた。
「あと少し・・」
そう呟きながら無意識のうちに視線はコンビニへと向けていた俺は、外に出てゴミ箱の袋を取り替える香苗さんの姿を見つけ、周囲への注意力が散漫になっていたことで不意に目の前を塞ぐように現れた銀色の光り輝く壁に進路を失い、反射的にブレーキレバーを握る直後に全身に激しい衝撃を受けた視界が暗転する。
「ぅぅ・・」
次に目の前が見えた景色は黒く大きな2つのタイヤの隙間から、見えるコンビニから香苗さんらしき人影が走って来ているように見えた気がするもわからない。
「諒太くん! 諒太くん!」
女の人の声が俺の名前を何度も呼んでいるような気がするけど、口の中で広がる鉄の味と大きく息が吸えず浅く小さくしかできない呼吸を必死にしているため返事なんてできない。
全身の痛みと戦いながら本能的に呼吸をしていることに夢中な俺は、ずっと目の前で俺の名前を呼び続ける女の人の声がだんだんこもるように聞こえ、今はハッキリと聞こえないもグッと目の前に顔を寄せてきた顔を見て香苗さんだったんだと理解できた。
「・・・・かなえさん・・おれ・・」
「諒太くん、目を開けて! お願いだから! 諒太くん? ダメ!起きて諒太くん、お願いだから〜・・・・」
寝不足のような感覚が全身を襲い考えが何も定まらず気怠さに身を任せ、このまま深い暗闇へと沈んで行く自分がいることを自覚しながら、テレビの画面を消した時のように真っ暗闇に包まれプツリと意識が途切れた・・・・。
感想評価ありがとうございます。
誤字脱字報告もいただき感謝しています。
活動報告のほうで、この気分転換に描いている物語の方向性
について決めていきたいと思います。
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