違和感まみれの中で吐き出した一つの答え
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コンフォタブルのドアを開き歓迎してくれる綺麗な鈴の音を聞きながら店内に入った俺は、ただマスターの近くに入れるカウンター席へと座る。
「いらっしゃい・・」
「マスター、ブラックをお願いします」
「かしこまりました」
初めてブラックコーヒーのホットを注文する俺のことを、いつも通り受け入れてくれるマスターはそのままコーヒーを淹れてくれる。
過去に一度だけ高校受験勉強の目覚ましということで、夜に家を飛び出し自販機で買ったブラックコーヒーが苦過ぎて飲めず子供だった苦い記憶を思い出し呟く。
「・・飲めるかな〜」
マスターが作ってくれたブラックコーヒーを残す訳にはいかないため、ジワジワと押し寄せるプレッシャーを感じる俺は、何も考えず注文してしまったことを後悔するもあとの祭りだ。
「・・お待たせ、ブラックコーヒーだよ」
「あっありがとうございます。マスター」
「無理しなくていいから、コレはサービスね」
「あはは・・」
コーヒーカップと一緒に白く小さなカップに入ったミルクを持って来てくれた優しさが嬉しい。
「・・・・やっぱ、苦いや」
大人の男達が好んで飲むコーヒーはあの時と同じ苦味に耐えきれず、まだまだ子供だった俺は二口飲んだところでギブアップして、ミルクと砂糖を加えてしまう。
「マスターごめん・・まだ無理だった」
「良いよ」
手元にあるブラックコーヒーをカフェオレのような見た目へと変えた俺は意識をコーヒーだけに向けていたため、近くの席を片付けていたマスターに独り言を聞かれてしまい、恥ずかしくてカウンター席から窓際席へと移動させてもらった。
夕方から夜へと向かい通りにある街灯が点灯し明るさを保っているのを眺めているのに、俺の心は暗いままな気がする。
「・・・・帰ろ」
あまり帰りが遅くなると妹の那月が心配して電話してくるだろうと思い、飲みやすくなったコーヒーを飲み干してから支払いを済ませマスターと別れてから通りへと出る。
「・・少し、遠回りして帰るか」
すれ違う見知らぬ女性の顔を見た後にふと那月の顔が浮かんだため、真っ直ぐこのまま家に帰ることなく普段は通らない繁華街のある通りの方へと寄り道して、途中にあるケーキ屋で売っている1番人気のフルーツ激盛りケーキをお土産に買って帰ることにした。
思い付きで寄ってみた初めて入るケーキ屋のショーケースには、1番人気のフルーツ激盛りケーキが最後の一個だったため迷わず購入し、形を崩さないよう両手で紙製の箱を持ち那月の笑顔を思い浮かべながら帰る。
「那月、喜んでくれるかな〜」
早く帰りたい気持ちとケーキの形を崩さないようにとせめぎ合う感情と戦っている途中で、ふと繁華街の路地から手を繋ぎ姿を見せる幸せそうなカップルをチラ見し、幸せを分けてもらおうと思った俺の視線はカップルと視線が重なり外せなくなった。
「ち、ちがうの・・違うの諒ちゃん」
「りょ・・諒太。お前がなんで、この時間に・・」
幸せそうなカップルはどうやら俺の幼馴染のようで、数秒前まで幸せそうな空気を周囲に撒き散らしていたのに、今は重たい空気に包まれ、何も聞いていないのにいろいろ俺に話しかけてくるから仕方なく相手をすることを選んだ。
「よっ! さっきぶりだね!? あそこのケーキ屋で、1番人気のケーキを那月に買った帰りなんだ。2人はクラス委員か何かの買い出しの途中なのか?」
「諒ちゃん、聞いて・・お願い、違うのわたしね・・」
「諒太、お前なんだよその反応は!?」
急にパニックになる彩音と声を荒げる湊斗の両極端な2人の反応に驚き、グッと両腕に力が入るのを耐えて那月のケーキは守れたはずだ。
「なんだよお前ら急に・・俺は、那月のケーキを買った帰りなんだから帰るわ」
「待って、諒ちゃん・・諒ちゃん」
このまま2人の前を素通りして行こうとすると、彩音が急に湊斗から離れ俺の右腕を強く掴み引き留め離さない。
「あぶなっ・・揺らすなよ那月のケーキが・・」
大事なケーキが入った箱を左手で持ち、掴まれた右腕を離してくれない彩音を振り払うため反射的に強く右腕を払い退かせて距離を取る。
「諒ちゃん、どうして!?」
「その汚い手で俺に触れるな!!」
咄嗟に出た言葉は彼女にはもちろん、女の子に向けて言ってはダメな言葉なのに彩音の後ろにいる湊斗の顔をみた瞬間に吐き出してしまった。
「ぅえっ?」
「ふざけんな!!」
ストンと膝から崩れ落ちる彩音と突然怒りを爆発させ、飛び込んで来た湊斗に反応できない俺は左手に持つ小さな箱を正確に蹴り飛ばされた直後に視界がぐらついて、胸ぐらを掴み顔を殴る湊斗に何も抵抗できず硬い路上に勢いよく転がり全身が痛い。
「いってぇ・・」
転がった勢いで顔を打ったようで痛みで右目が開けられない状況でも、さっきまで持っていた那月のケーキを探すと街灯のふもとで無惨に潰れた姿に変わり果てていた。
「ごめん、那月。兄ちゃんケーキを・・・・」
「諒太ぁ! お前が先に謝るのは彩音だろ!!」
「・・・・」
もう彩音を名前で呼んでる湊斗のことより、ゆっくりと立ち上がり那月の笑顔が見たくて買った小さなケーキの箱へと手を伸ばす俺の背中を蹴り飛ばす湊斗のせいで、そのまま受身が取れず顔面を強打し汗ではない何かが左目に入り半分視界を失うも、左腕で擦りなんとかケーキの箱を手に取ることができた。
「ゴメンな、兄ちゃん那月のケーキすら守れなかったよ・・・・」
「お兄ちゃん?」
「・・・・」
ここにいるはずのない妹の那月の声が聞こえハッと顔を上げると、驚いた顔で俺を見る那月の姿が目の前にあった。
「えっ・・お兄ちゃん? 顔怪我してる。大丈夫? 何があったの?」
ズキズキする顔を左手で触れてみると、ヌメっとした感触があり離して確かめると街灯の灯りでもわかるぐらいの赤い血が付いていた。
「いっ・・ちょっと兄ちゃん転んだみたいでさ・・ごめん那月。那月に買ったフルーツケーキ落としちゃってさ・・・・」
「お兄ちゃん」
那月は手に持つ潰れた箱に視線を落としつつも歩み寄り、痛みで少しフラつく俺を支えてくれる。
「那月、お気に入りの服が汚れるから離れて」
「そんなことに関係無いよお兄ちゃん。買ってくれたケーキ、ありがとうね。今は、わたしが持つね・・・・・・それよりも、そこの2人か? 大切なお兄ちゃんにこんなことしたのは?」
那月はケーキの箱を持ってくれた後に、急に声が一気に低くなり彩音と湊斗へと顔を向けた。
「那月ちゃん、コレは諒太が悪いんだ。彼女である彩音の手を汚いと罵ったから」
「だから、あんたが私を名前で呼ぶな!! そこの女の手が汚いのは当たり前でしょ!? いいえ、あんただって同じだ! お兄ちゃんの彼女だった女を部室で・・」
「那月やめろ! もう、いいんだ。ありがとう」
妹の那月が通りを行き交う人々の前で、爆発する感情に任せ全てを暴露しようとしたためギリギリのところで制止する。
「でも・・」
「那月、ありがとう。ここからは、俺が話すから」
「うん・・ごめんなさい」
那月を俺の後ろへと下がらせ彩音と湊斗の前に出た俺は、抑揚の無い口調で2人に聞いた。
「・・彩音、湊斗。もうこんな時間だけど、少し俺に付き合ってくれないか?」
「「 ・・・・・・ 」」
彩音と湊斗は何も言わずにただ互いに見合ってから俺を再び顔を向けるも、チラッと那月の方を見た。
「・・那月、ゴメンけど先に家に帰ってくれるか?」
「でも・・うん。待ってるから」
那月は2人を睨みつけるような軽蔑した瞳で見た後に、潰れたケーキの箱を大事そうに抱えて家に帰ってくれた。
「えっと、そろそろ返事を聞かせてくれないか? ここじゃあれだし場所を変えて、どこか店にでも」
「俺は帰る」
湊斗は拒絶し、そのまま踵を返し俺から逃げるように彩音を置き去りにして歩き去る。その背中を追いかけようと一歩踏み出すも止めて俺に向け再び湊斗の背中へと顔を向ける反応を俺に見せてくれる。
「・・それが、彩音の答えなんだね」
「えっ? その吉岡くんが先に帰って行くから・・」
「吉岡じゃなくて、彼氏が・・だろ?」
「なんで? 付き合っているのは、諒ちゃんだよ? 幼馴染の吉岡くんだって気になるから」
「彼氏の俺よりもか?」
「なんで、そんな意地悪をずっと言うの? 諒ちゃん、酷いよ」
傷付けられたのは俺の方のはずなのに目の前にいる彩音は自分が傷付けられたような態度に、俺の奥深くに消え去ったはずの想いが叩き起こされる。
「俺が酷い・・・・か。そうかもな・・俺は酷い彼氏だったんだよずっと・・」
「諒ちゃん?」
「だからなんだな、きっと・・・・うん、そうだ」
「諒ちゃん?」
「俺が酷い彼氏だったから、大好きだった彩音を親友だと思っていた湊斗に寝取られたんだ!」
「諒ちゃん! 急になに言ってるの? 湊斗くんは、何も関係無いよ!?」
「湊斗と何も関係が無い? 今も本気でそう言ってるのか?」
さっき俺と偶然出会った場所は繁華街からラブホ街に続く路地なのに、そこから手を繋ぎ仲良く歩いて出て来た姿を彼氏に見られた現実を、まだ誤魔化せると彩音は本気でおもっているのだろうか。
「無いもん! 絶対に何も無いもん!!」
「彩音、落ち着けって・・これ以上ここで話すのは目立ち過ぎるから」
「もう帰る!! 諒ちゃんなんて知らない! さよなら!」
このまま彩音を帰らすと喧嘩別れになる口実になり2人の思い通りになり、2人が付き合うのが正当化される結果だけは回避したい俺は、足速に歩く彩音を追いかける。
「待てよ彩音!」
「またない! 知らないもん、さようなら!」
彩音からの強引な幕引きを避けるため、俺は今日のデートの終わりに告げるはずだった想いを吐き出す。
「橘彩音!! なんで、先に俺と別れて湊斗と付き合わなかったんだ!?」
「・・・・」
彩音は俺を無視して歩き続ける。
「男バスの部室で湊斗と隠れてシテいたい関係でいるなら、俺にバレないようもっと上手くしろよ! 昼休みの弁当を食べた日もクラス委員のやり残した作業って言った日もデート前のラブホもさっきもだ!!」
彩音と湊斗が隠れてシテいた行為を告げたことで、ピタッと足を止め彩音はゆっくり振り返る。
「・・み、見てたの?」
「全部知ってんだよ! お前らのことなんか」
「きもっ・・気持ち悪い・・気持ち悪いよ、諒太」
「あぁ、気持ち悪くて何度も吐いた・・お前が喘ぐ声が、すげぇ気持ち悪かった!!」
今日まで溜め込んでいただろう感情を全て吐き出した俺の心は、なんだか軽くなったような気がする。その反対に、軽蔑した視線を向けていた彩音は明らかに表情が悪くなり震える唇を紡いでいる。
「逆にお前らの方が気持ち悪い・・今日はずっと彩音の顔と声を聞くだけで吐きそうだったのをずっと耐えてたからな? こっちから言ってやるよ彩音・・・・もうお前と別れる。さっさと、大好きな彼氏の湊斗を追いかけろ!」
言いたいことを言い切った俺は、彩音に背を向け歩き出す。すると背後から、叫ぶような声で呼び止めてきた。
「ねぇ待ってよ!! 待って待って! 待ってよ諒太ぁ!!」
背後で呼び止める声の3回目で俺は立ち止まり振り返り、彩音が俺を罵倒する前に口を開いた。
「言っとくけど、俺だけじゃないからな!? 三原先生も一緒に聞いていたからな! これからは俺に構わず2人仲良く好き勝手にしろ!」
「うそ・・・・ウソウソウソ」
目を見開き信じられないかのように固まる彩音を置いて俺は妹の那月が待ってくれている家に真っ直ぐ帰ったのだった・・・・。
感想&評価に感謝です。
コレで一区切りできた気がします。
気分転換に書き溜めた作品なので・・・・。