俺、上辺を取り繕うのに向いてないから
「ヨシムネ。アマネちゃんと仲良く遊べる?」
エゼルカはヨシムネに優しく問い掛けた。
「はい!大丈夫です。母上!」
「キャロライン。この子達の面倒を頼めるかしら?」
「はい!お任せください!奥様!」
キャロラインは胸を大きく揺らしながらお辞儀をした。
「さ!行くわよ、アナタ」
「あ、ああ…!」
市長邸の扉を、休日出勤の役人が眠たげに開ける。
「君の上司によろしくな。これはささやかな気持ちだ」
ケンゾウは彼にささやきながら、銀貨を数枚握らせる。
「こっ、これはどうもォ!」
ドアマン係の役人は帽子を脱いでを軽く礼をした。
そしてケンゾウとエゼルカは市長邸へと入っていく。
「アナタ。ここであの額のチップを渡すのは正解だった。偉いわ」
「だろ?」
エゼルカはケンゾウの尻を叩く。
「まだまだ勝負はこれからよ」
そして広間に入ると、ケンゾウが死ぬ程嫌っている立食パーティーが行われていた。
「うげ…一番嫌なパターンだ…」
そして、さらにケンゾウの眉がしかめられる。
一人の人物がケンゾウとエゼルカに気付いて近づいてくる。
「アレは市の収入役じゃないか…!」
「勘弁してくれよ…!俺あの人苦手なんだよなぁ」
エゼルカはケンゾウのつま先をヒールで踏み付けた。
「イテッ!」
(数分間くらいガマンしなさい!)
そして、二人の目の前に市の収入役がやってくる。
「ははは。お久しぶりです。エゼルカ様」
「ええ、こちらこそ。お元気なようで何よりですわ」
「今日は旦那様とご一緒にいらしたのですか?珍しいですな」
(イヤミかよ)
ケンゾウは不快感MAXになったが何とか自分を抑え、喋り始める。
「今年は丁度この時期にこの街へ帰ってこれましたからな」
「空いた時間で、家族ともゆっくり過ごさせて貰ってますよ」
先制マウントを躱され、収入役は僅かだが不機嫌になった。
「ところで話は変わりますが、最近は得体の知れない学者や冒険者がこの街にも増えましてな…」
「…税収の問題ですか?」
エゼルカが収入役に問い掛けた。
「ええ。店舗で商売していたり、行商登録をしていれば捕捉は簡単なのですが…」
「彼等は行政が関わらない場所で金銭のやり取りをするので、収入の把握が難しいのです」
「最近では盗賊達に雇われた学者が節税の相談役になって、相談料を取ったりしてますからな」
「彼等は最新のテクノロジーや法律の動きに敏感ですからねぇ」
「特に鬼族やフリーの魔導使い、ドワーフなんかだと市壁を超えたり地下から簡単に脱けてやってくるので、マネーロンダリング業務や金品の運び屋なんかもしてますよ」
「!…その話は聞いた事がありますな」
(そういう話か。多少は乗ってやるかぁ~…)
ケンゾウが収入役の話に相槌を打った。
「ほう!ケンゾウ殿もご存じでしたか!」
(『も』ってなんだよ『も』って)
「最近地下経済がもの凄い勢いで成長している。盗賊や傭兵達は冒険者のネットワークを利用し、国境を跨ぎながら商売をしているんですよ」
「今までで一番危険な動きだと思ったのは、魔導板のネットワーク上で取引される情報魔導通貨ですな」
「情報魔導通貨…」
「これはダラン帝国の魔導盗賊達とユン首長国の冒険商人達が共同開発した通貨システムでしてな」
「一部の学者や冒険者、そしてフリーの魔導士や冒険商人達の間では早くもこの通貨システムを介した取引が始まってる」
「いずれ王国にも上陸してくるかと」
「…そんなものが上陸して猛威を振るえば、市の財政は何れ御破算だ…!」
「…何より為替取引所と税関を回避してくるのが大きい」
「「両替商達も情報魔導通貨での取引を始めるでしょうな…とは言え既存の通貨での取引も続けるでしょうけれども…」
「早急に対策を練らねば…!」
収入役は焦り出す。
「そこまでご心配なさる事も無いと思いますな」
「何故です!?行政にとってこんな危険なシロモノは早く対処せねば…」
「この通貨システムには欠点もあるのですよ、それも大きな欠点が」
「欠点?」
「ええ。このシステムによって維持される通貨には『信用』が乏しい」
「…む!それは確かに…!王国の通貨も、中央銀行が認可した造幣局で作られているからこその『信用』…」
「そして中央銀行は王国の軍事力と経済力によって、その存在が強力に担保されている…」
収入役は感心しながら、呟いた。
「その通りですな。魔導盗賊や冒険商人達には大した信用も経済的・軍事的な裏付けが無い。だから一度値崩れを起こせば相場の大崩壊が起きます」
「それも頻繁に」
「頻繁に?」
「ええ。情報魔導通貨は1種類だけ発行されているワケじゃあ無い。無限に種類が増えて行っているんですなコレが」
「中には詐欺師みたいなヤツらも居て、客に情報魔導通貨を渡して金を巻き上げたらトンズラなんて事も起きます。そうなれば市場ごと再起不能ですな。ハハハ!」
収入役はケンゾウの言葉を聞いて、ニヤリと嫌な笑みをし出した。
「つまり、学者達や魔導士達に魔導板内の情報魔導通貨へ課税する魔導的技術的手段を作らせれば…」
「もぎ取り放題ですな。それに収入の区分を所得税では無く雑所得に含めれば…」
「!!…そういう事ですか。ケンゾウ殿、有意義な時間を過ごせました。感謝します」
「いえいえこちらこそ。お役に立てたようで何よりです」
(アンタにもぎ取られる程、ダラン帝国の魔導盗賊達やユン首長国の冒険商人達は甘くは無いんよなぁ)
(連中がその程度なら、海外との商売も苦労しませんがな)
「では、これにて失礼…」
ケンゾウとエゼルカは一礼してその場を去って行く。
「まぁまぁのあしらい方だったわ、アナタ。でも最後の方は少し顔に出てたわよ」
「気を付けなさいな」
「そうか?自分では気付かないモンだなぁ…」
「さぁ、次はあの方ね」
「えーっと…確かあの薄い水色の髪は…」
「ウィンターフィールド女史よ。学者でありながら、商会を経営している変わり種」
「さっきの娘の母親ね」
「マジかぁ。でも取っ掛かりがあるだけラクかもな」
またもやケンゾウのつま先が踏まれる。
(イタッ!!)
(アナタ!油断しない!)
「ハイ」
庭を見渡せるベランダの側で、第二ラウンドが始まろうとしていた。
端的に言うと情報魔導通貨=仮想通貨(暗号資産)って感じ
魔導盗賊は現実のブラックハッカーとかそんなイメージで
いやぁ…それにしてもFTXの崩壊は美しかったなぁ…
マウントゴックス以上の事件が来るとは思わなかった