要注意お嬢様遭遇警報
円とドルの中間ポジになり為替市場を永遠に彷徨うのだ
投機家達はその内考えるのをやめた
そして遂にその日がやって来てしまった。
ケンゾウは一週間前と比較して、身体の動きが明らかにロボット染みていた。
(大丈夫かな父さん…)
「良し!なんとか間に合ったわ!これで最低限のラインにまでは持って行けた!」
エゼルカは満足げに腕を組んだ。
「皆様方、お迎えに上がりました」
キャロラインが扉を開いて部屋に入ってくると、スカートの両裾を詰まんで一礼した。
「イイわ!キャロ!どこからどう見ても瀟洒で洗練されたメイドって感じ!」
「ありがとうございます。エゼルカ様」
「出立の準備の方は整っております」
「ありがとう。分かったわ。アナタ!」
「ハイ」
「ヨシムネも用意出来たわね?」
「はい。母上。準備は出来ております」
「母上…ああ、良い響きだわぁ~…」
(母さんもしかしてこれを言わせたいだけだったりしないか…?)
「さ!行くわよ!いざ社交という名の戦場へ!」
エゼルカのテンションは最高潮に達していた。
屋敷から引き摺り出されるように魔導馬車に乗ったケンゾウの表情は完全に終わっていた。
御者が魔導馬車を起動させ、無慈悲にも馬車は今回パーティーが行われる市長邸へと向かって行った。
市長邸は市の中心部北東寄りにあり、一行は割と直ぐに辿り着いた。
門の付近には魔導馬車だけでなく、小型の魔導飛空艇も停泊していた。
「間近で見るのは初めてだよ…!」
「あら。ヨシムネは魔導飛空艇に興味があるのかしら?」
「はい!母上!いつかアレに乗って、この世界を旅してみたいです!」
「ヨシムネ様は冒険好きなのですか?」
キャロラインが彼に質問した。
「というよりは本や魔導板で見た所を直に回って見てみたいというか…」
「そうだったの?ヨシムネ?」
エゼルカがヨシムネを抱きかかえて問い掛ける。
(うわ…柔らか…)
「15になったら世界中を飛び回ってみたいと思ってるんです、母上」
「何故15歳なの?もっと早くても良いと私は思うけどなー」
「…自分はまだまだ学ばねばならなかったり、鍛えなければならない事が沢山あるので、それに一旦目途が付いたらなーって考えてます」
「ああもう何でそんなにお利口さんなのかしら!ヨシムネは!ケンゾウが15の時は女の子引っ掛けて遊ぶ事しか考えて無かったわ。貴方ぐらいの歳の時には女の子のスカートをめくったりイタズラをする事ばかりやってた記憶しか無いわ」
「エ、エゼルカ!俺はもっと優等生な感じだったろ?」
ケンゾウが正気に戻った。
「記憶の捏造は頂けませんわね。確かに学業は優秀でしたけど、素行は学園でも一二を争うほどの問題児では無かったかしら?」
「アナタが泣かせた女の子の相談にも乗ったりしたのよ?私」
「うぐぐぐ…」
「今日は!しっかり見張っていますからね!」
「ハイ」
ケンゾウはまたエゼルカ専用ロボットに戻った。
「さ!着いたわ!アリサカ家の出陣よ!」
「では私が先に降りて皆様を先導致します」
キャロラインが真っ先に魔導馬車を降りた。
キャロラインの手を借りてエゼルカが降車する。
エゼルカは馬車を降りたが、その降り方は優雅そのものだった。
(凄いな母さんは…!)
ケンゾウもそれに続き、事前に仕込まれた通りの降り方をした。
(父さん…もう少しの辛抱だから…)
(さ!次は自分の番だ!言われた通りに…)
ヨシムネはぎこちないながらも、キャロラインに支えられて馬車を降りた。
「戦いは門の前から始まってるのよ」
エゼルカが意気込んだ。
ヨシムネ達はキャロラインに先導されて、門を通って中庭に至った。
だが、突然バレーボール大の何かがヨシムネに向かって飛んできた。
「危ない!!ヨシムネ様!!」
キャロラインが咄嗟に飛び出し、バレーボール大の何かを弾いた。
「あ~つまんないの!余計な事してくれちゃって!このバカメイド!」
ドレスを着た茶髪ツインテールの少女がこちらを見て、舌を出していた。
ヨシムネはキャロラインに駆け寄り、声を掛ける。
「大丈夫!?キャロ!ケガは無い?」
「大丈夫です、ヨシムネ様。どうやらタダの遊具だったようで」
「ほっ…それなら良かったよ」
キャロとやりとりしているとその茶髪ツインテールの少女は不満げな表情をしながら、近づいて来た。
「ちょっとアナタ。なんで主人がメイドなんかの心配してるのよ」
「キャロは大事な『家族』だからだ。『家族』の心配をする事がそんなに不思議かい?」
「な、何よその目は…!タダの遊びじゃない…!」
「…遊びなのは分かったよ。でもキャロに対して『バカメイド』って言った事だけは謝って欲しい」
「従者の名誉は例え些細な事であれ、主人が守らないといけないんだ」
「う…ちょ、ちょっとからかっただけじゃない…」
ヨシムネの剣幕に少女はたじろいだ。
「僕にじゃなくて、キャロに謝って欲しい」
「う…あ…だって…その、でも…」
少女は半ば泣きそうな顔になっている。
「ヨ、ヨシムネ様…お気持ちは嬉しいですが、私は全然大丈夫ですから…」
キャロがヨシムネを宥めようとした。
「気を使わせてごめんね、キャロ。でもここは社交の場なんだ。例え些細なイタズラであれ、冗談は済まされない事だってあるんだ」
「さぁ、謝ってくれ」
「グスッ…ヒグッ…そ、そこまで言わなくたって良いじゃない…グスッ…」
少女は遂に泣き出してしまった。
「そこまでよ。ヨシムネ」
エゼルカが事態の仲裁に入った。
「ヨシムネ。従者の名誉を守るのは良いけど、女の子を泣かせてまでやる事では無いわ。やりすぎよ」
「ごめんなさい母上。キャロがバカにされてついカッとなって…」
「分かればよろしい♡」
エゼルカはヨシムネの頭を撫でた。
そして彼女は泣いている茶髪ツインテールの少女に向き合って、屈みこむと優しく彼女の手を握った。
「ヨシムネ達と遊びたかったのね?」
「…うん。でもどう話し掛けたら良いのかわかんなくて、ボールを投げて、こっちに振り向いて貰おうと思ったの…」
「…そうだったのね。だけどヨシムネならちゃんと正面から話し掛ければ、貴方の遊び相手になってくれるわ」
「ほら、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃ。レディは身だしなみと表情が勝負よ」
そう言ってエゼルカは少女の涙や鼻水をハンカチで拭ってやった。
「貴女、お名前は?」
「…アマネ・ウィンターフィールド」
「アマネちゃん。ヨシムネとキャロに対してごめんなさいは出来る?」
「…うん」
「素直で良い子ね♡」
エゼルカは少女の頭を撫でた。
アマネはヨシムネに向き直ると頭を下げた。
「…ごめんなさい」
「…こっちもごめん」
エゼルカは両者の和解を見届けると、二人を抱き寄せた。
「良し!一件落着!」
ケンゾウはこういう時における、自分の無力さに打ちひしがれていた。
(すまんヨシムネ…!父は手が出せなかった!だがここからは勇姿を見せてやるぞ!)
アマネは本来素直な子ですが、不器用でもあります。