家族と女神と有給(後編)
ドルオタで干物女とか終わってますね
家族団欒で食事を取る。
これだけは『前世』でも余り出来なかった。
共働きの両親が机の上に置いていった1000円札で、ほ○とも○とのカツカレーを買って食べていた記憶が甦る。
カツカレーはそれなりに美味しかった。ほ○とも○とだから当たり前だが。
しかし、今こっちの世界での家族全員とメシを食べる事が出来る。
かつて日間無だった男はエゼルカの胸で窒息しそうになりながら、物思いに耽っていた。
「あら。ごめんね、ヨシムネ」
彼女は大きな胸のお陰で、またあっちに逝きそうになっていたヨシムネから離れる。
「とっ、父さん」
「?」
「国王の会見見た?」
「見たぞ。全くエラい事になったもんだ。商会の各支部では原価計算からのやり直しだ」
「そうね。こっちでもその話題で持ちきりになりそう」
「サロンでは今頃喧々諤々の議論が行われている頃でしょうね。でも議論より家族とのディナーが優先よ」
「サロンの集会は行かなくて大丈夫か?」
「ふふふ。心配ないわよ。それに一部の銀行家達はこの動きを予測していたようだし」
「うーむ。社交界の情報網恐るべし」
「いい加減貴方もこちらに顔を出して貰いたいモノなのだけど。毎回誤魔化すの疲れるのよ?」
「ま、またの機会にな!」
「今度という今度こそは出席して貰います。実務だけやってれば良いお立場では無いのよ?分かってる?」
「…わっ、わかってるぞ!うむ!」
「じゃあ約束ね」
エゼルカからケンゾウに対して圧が向けられる。
「はい」
彼はにべもなく彼女の要求に屈した。
(父さん…)
(そんな顔で見るな我が息子よ。お前も20年後はこうなるかもしれないのだ)
二人が顔を見合わせている間にも簡単な料理がキャロラインの手によって運ばれてくる。
「今日のメニューは何だ?キャロライン?」
「バトルマグロのムニエルとふわふわ羊肉のシチューです」
「おお!今はバトルマグロが手に入りづらい時期なのでは無いか?」
「魚市場のメヒラさんから連絡があって、今日は外港に沢山掛かったから優先して届けてくれるとの事だったので、有難く頂きました」
「漁業組合とは仲良くしておく物だな…しかし冷凍魔導を使える人員を良く確保出来たな。今は魔導電光板の工場に引っ張りだこと聞くし」
「丁度冷凍魔導を使える冒険者の方が居て…仕事に飛びついて来たとか」
「ハハハ!!如何な仕事であれ、チャンスに飛びつくのは冒険者のサガって奴だな!」
「最近は冒険者市場の規模が大きくなりつつあるって、王都の学者さんが仰ってたわ」
「正直我が国では冒険者をそこまで必要としてないが、これは文化や経済構造の違いだろうな」
「ええ。『冒険者』とは聞こえが良いけど、実態は期間労働者と便利屋を兼ねた存在でしかないわ」
「そもそもダラン帝国発祥のシステムなのよ。『冒険者』ってのは」
「あー…雇用の流動化を目的として作られてる、とは思っていたがな」
「それに自由に生きるって事は想像以上に厳しい。最近じゃ一部の出版社が持て囃しているが、デメリットを全く考慮していない。ハッキリ言って帝国の頭脳達が考えた新しい搾取システムだな」
(どうしよう。二人の会話はある程度理解出来るけど、この年齢で割って入るのも不自然だなぁ)
「どうした?ヨシムネ?」
「ごめんね。ヨシムネ。ちょっと難しいお話だったかしら?」
「いや。一応意見を聞いてみよう。この子は賢い。私達の話もある程度理解出来ているだろうな」
「ヨシムネ。1つ質問を良いか?」
「いいよ。父さん」
「『ダラン帝国と冒険者の関係性』についてどう考える?」
「冒険者はダラン帝国にとってただの労働者では無いと思います」
「ほう。続きを」
「彼等は仕事で海外に行く事も多いはずです。彼等が海外で集めた情報や構築した人間関係は帝国に取って経済においても軍事においても非常に価値があると思われます」
「80点って所だな。お前の年齢でなら満点以上の回答だが…」
「敢えて厳しめに採点しよう」
「残りの20点は?」
「うむ。答えよう。それは彼等の精神に関わる事なんだ」
「探求心と開拓心と征服欲。この3つが彼等の原動力だ。それを体現しているのが『冒険者』という職業なんだ。だからこそあの国でこのシステムは生まれた」
「…!」
「何かに気付いたようだな。ヨシムネ。答えが纏まったらまた聞かせてくれ」
「うん。ありがとう父さん!」
一方、キャロラインはすまし顔でやりとりを聞いていた。
(((あの表情は絶対に理解出来てないな…)))
「あらあら。二人で盛り上がっちゃって。私も混ぜて♡」
エゼルカが二人の間に割り込んでくる。
「サロンの話も聞きたいな。母さん」
「そうね。何から話したら…」
その時、時間が静止したように周りの動きが止まった。
「!?」
「おーい。元気にしてた?元完全社畜」
神々しいような終電を逃した疲れ切ったOLのような雰囲気の女が、いきなりヨシムネの隣に現れた。
「あっ!あの時の…誰でしたっけ?」
「『女神エンドル』よ!もう言わないからね!!」
女神はいきなりキレた。
「あ、ごめん」
「こちとら貴重な有給使って来ているんだから、感謝しなさいよ!」
「はいはい」
「はいは1回!あ~もうまたこのやりとりから始めなきゃいけないの!!?」
「落ち着いて…」
「すぅ~っ…ハァーッ!はぁーっ…!」
女神は怒りを鎮める為にヘタな深呼吸をする。
「最近ストレスで呼吸がおかしくなってるわ…」
(女神でもストレスで身体おかしくなるのか)
「…で、本題なんだけど」
「貴方の場合は最低でも5年から5年半ごとに経過を見て来いって大黒天様に言われたのよ」
「あー…って事はその経過観察分の休暇は増えた感じですかね?」
「ええ。休みはそれなりに増えたわ。お陰でだらけ…いやゆっくり身体を休められるから一応貴方には感謝してるのよ」
「まぁ、見た感じこの世界での生活を満喫しているようね。私も超長期休暇が欲しいわぁ~…」
女神は凝った身体を解すようにして背伸びする。
「長期休暇が欲しいとか前の世界での同僚と同じ事言ってますね。転職しないんですか?」
「女神が何処に転職するってのよ!?出来りゃしてるっつーの!!」
女神はまたキレた。
「うわっごめん…」
「まあこの世界のメンテというか不安定要素は今の所見られないって、インフラ関連の天使達から連絡あったから、貴方が生きている間は大きな事件そのものが起こらないと思うわ」
「良かった。何か不穏な感じの世界観だからどうなるかと思っていたんですよ」
「あっもしかしてこの世界はエンドル様が作ったんですか?」」
「うーん…半分正解ってトコロかな。実は女神学校の卒業課題で共同制作したのよこの世界は」
(学校とかあるんだ…)
「だけどそれ以上は言えないわ」
「何か事情があるんですね?深くツッコまないでおきますよ」
「元社畜はこの辺りの理解早くて良いわね。助かるわ」
「まあ質問があるなら今言って欲しいの。後で聞かれても忙しくて相手に出来ないかもだし」
「聞けと言いながら聞くな自分で考えろって例のアレですね。薄々思っていたんですけど、天界はブラック労働が蔓延ってるんですか?」
「蔓延ってる所か本場よ。神権もクソもありゃしないわ。時間神達は好き勝手に時間止められるから悠々自適らしいけど」
「メンテ関係には彼等なりの苦労がありますよ多分」
「私の苦労に比べればぜーんっぜん大した事無いわよ!」
「ハイソウデスカ」
「まあ良いわ。貴方が15の時になったら一杯付き合いなさいよ」
「ええ。その時にはもうちょっと労働環境マシになっていると良いですね」
「どうかしらね…ま!今日はもう休みだから、これからウズメちゃんのライヴ行ってくるわ!じゃ!」
女神エンドルは颯爽と法被を羽織って鉢巻きを締めて何処かへ消え去り、時間がまた動き出した。