家族と女神と有給(前編)
人に対しても物に対しても投資しない人材派遣業界の行く末は知れていますね
女神は次回です
メイドの一人が食堂のドアを叩く。
「どうしたの?」
「旦那様の馬車が屋敷の前に到着されました」
「わかった。直ぐ迎えに行くよ!」
「キャロ、行こう!」
「ええ!お供します!」
ヨシムネとキャロラインは急いで食堂から出ると、廊下を走って屋敷の玄関口まで走って行く。
「帰って来たぞ!ヨシムネ!!」
玄関にはヨシムネの父であるケンゾウの姿があった。
「おかえり!父さん!」
「お帰りなさいませ、旦那様」
「うむ!二人とも元気そうで何よりだ!」
ケンゾウはヨシムネを抱え上げた。
「おお!また大きくなったな!私も大きい方だが、お前はもっと大きくなりそうだ!」
(最低保証は正直有難いなぁ。遺伝子に感謝)
そして、ヨシムネは一番したかった質問を投げ掛ける。
「母さんは?」
「まだまだお楽しみだ」
「まさか…」
ヨシムネがキャロラインに視線を送る。
彼女はあらぬ方向を見て、視線を反らした。
ケンゾウはヨシムネを抱えたまま食堂へ向かって歩き出す。
キャロラインはその後をスタスタと付いて行く。
一行が屋敷の食堂前に着くと、彼女は恭しくドアを開けた。
そこには会いたかった女性の姿があった。
「母さん!」
「ただいま。ヨシムネ。元気にしてた?」
ケンゾウはヨシムネを腕から降ろすと、彼の背中を押した。
ヨシムネが母であるエゼルカの側まで近づくと、彼女の方から抱きついて来た。
「わぷっ!」
豊満な胸がヨシムネの顔に押しつけられる。
「私の大事なヨシムネ…会いたかった」
「かっ、母さん。どうして先にココへ?」
「ふふふ。実はね…」
「裏の窓から入って来たのよ」
(ええ~っ!?)
「ハハハ!!相変わらずお転婆だな!エゼルカは!」
ケンゾウが大声で笑う。
「さ!3人とも揃った事だし、頼めるかしら?キャロライン?」
「はい。かしこまりました。奥様」
キャロラインは扉を開けると、控えていたメイド達に目配せしながら厨房へと向かって行った。
「父さん!色々と話したい事があるんだ!」
「ふぅむ。何だ?」
「つい先日なんだけど、キャロと買い物に出掛けたんだ」
「ほう!どこまでだ?」
「街の北東。そこで市が開かれてて…」
「お前も商売に関心を持つ年齢になったのか。感心感心」
「あはは…まあね。そして小遣いで買い物したんだ」
「あら。何を買ったの?ヨシムネ」
エゼルカがヨシムネの顔を覗き込む。
「実はね…キャロに銀のアクセサリーを買ってあげたんだ」
「まあ!」
「もうメイドに手を出すようになったのか。血は争えんな…しかしキャロラインは手強いぞ」
「あなた」
エゼルカがケンゾウの手を叩く。
「すまん。つい…」
「ヨシムネ。貴方は金の使い所が分かっているようね。投資とは『物』では無く『人の心』に対してする物よ」
「『人の心』に対して投資すれば『物』が無くなってもまた再起出来る。だけど『物』だけに投資していれば、いざ『物』が無くなった時に貴方を助けてくれる人は誰も居なくなるわ」
「キャロラインはとても喜んでいると思うわ」
「確かに…キャロはとても嬉しそうだったよ」
「あの子は基本的に無償でも報いてくれるとは思うけど、贈り物を貰った事で貴方の事をより大事にするようになる。間違い無いわよ」
ケンゾウがエゼルカの言葉に対して相槌を打つ。
「うむ。祖父も言ってたな。まずは『人』を豊かにすれば、幾らでも良いサイクルは作れる」
「だが、『人』が貧しいままだと悪循環だ。これは商人である私達に取ってとても良くない事だ」
「打算も含まれてはいるが、『人』に対して投資する事は商売に関する一面の真理だ」
「流石は私達の子だ。急いで帰ってきた甲斐があったよ」
そう言って父のケンゾウは茶を啜った。