嗚呼、憂国の烈士よ
皆様初めまして、東郷ミカサです。
今回は「小説家になろう」初投稿ということで、私が過去に書いた短編小説をいくつか上げたいと思います。1つ目の作品は、『楯の会』に所属する一人の民族派学生を中心に描いた物語です。政治色が強い作品となっていますので、読まれる際はご注意ください。
また、三島由紀夫や森田必勝といった実在の人物も多少登場します。読んでいて言動などが「イメージと違う」と思われた方は、申し訳ございませんがご了承ください。
――東京都港区、某ホテル。『821』と書かれた一室の前に、一人の若者が立っていた。
彼の名前は、田代誠一。年齢は22歳、都内の名門大学に通う学生である。田代は手を軽く握り、手の甲を扉に向けてノックをする――が、手は中々自分の思い通りに動いてくれない。一度手を引いて、再びノックを試みるが、それもまた不発に終わる。手を出しては引っ込めて、また出しては引っ込めてと、ひたすらにその行動を繰り返して、もう3分は経過しただろう。
田代は、この部屋に入ることを躊躇っていた。願わくば、何もせずにこのまま引き返したかった。しかし、それは許されない。自分は扉の向こうで、恩師と仲間を待たせている――そう考えると、そんな無礼極まりない行為は言語道断。田代は深く息を吐き、再び扉に手を伸ばす。コンコンと、叩く音が2回鳴り、田代はやっと口を開いた。
「失礼します」
口から出てきたのは、たったの一言だけであった。他に言うことがあったのではないかと一瞬不安になる田代だったが、扉の向こうから「どうぞ」と聞こえたので、彼は今一度「失礼します」と返して入室する。
「田代、お前も来てくれたのか」
田代を入口で出迎えたのは、彼とほぼ同年齢の青年――森田必勝だった。田代にとって森田は三つ年上の先輩であり、田代達が所属するとある団体の第2代学生長を務めるリーダー的存在である。期待に満ちたような瞳で話しかける森田に、田代は「え、ええ……」と答えた。
「さ、ここで立ち話もなんだ。奥で皆揃っているよ」
森田に引かれるように、部屋の奥に案内される。部屋の内部は非常に広く、ベッドが2つ設置されている。その前には、テーブルが1つ、それを囲うように椅子が5つ並べられていた。その席の内、3つが既に埋まっている。空いている椅子の一方が森田の席、もう片方が田代の席だろう。
「遅くなって申し訳ございません。田代誠一、ただ今参りました」
田代は集まった面々と視線を交わし、最後に一番奥の席に座る男を見た。男はポロシャツの上からわかるぐらいに体格が良く、今にもボタンがはち切れそうだ。眉は西郷隆盛の肖像画を思わせる程濃く、非常に特徴的だった。白い紙巻き煙草を吹かしながら、思案気な表情を浮かべる男の名は、平岡公威――またの名を、三島由紀夫。三島は、『潮騒』や『金閣寺』などの作品を世に生み出した戦後日本を代表する文豪であり、田代や森田達が所属する民間防衛組織『楯の会』の隊長である。
「おお、田代か。よく来てくれたな。ちょうど皆で話し合っていたところだ。森田の隣が空いているから、お前も座れ」
森田が三島の隣――元々居たであろう席に戻ると、三島は田代にも着席を促す。それを見て、田代は息が詰まった。普段から時間に厳しいはずの三島が、遅れてやってきた自分に対して何の叱責もないなど、通常はあり得ないことだ。
それだけ、先生はこれから成そうとしている事に本気で頭を悩ましていらっしゃる――田代には、三島がそう見えたのだった。
「お気遣いありがとうございます。しかし、自分は……」
またしても、それ以上言葉が続こうとしなかった。集まった会員達の顔を一通り見た時、彼らの目は熱意に満ち溢れていた。森田も、他の会員達も――そして今、三島の目がまさにそれだ。
そんな彼らに比べて、今の自分はどうだろうか。自分は、彼らと同じような目をしているとは到底思えない。ましてや、自分には彼らと共に行動するような勇気はない。そう思うと、自分という存在が場違いに思えて、次に続く言葉が出てこない。出すわけにはいかなかったのだ。
「田代」
三島が声を掛ける。はっと顔を上げる田代を、彼の力強い目が射抜いていた。
「何か言いたいことがあるなら、はっきり言え。黙っていてもわからん。男たる者、いつまでもめそめそしていたら駄目だ。もっとシャキッとせい! シャキッと!」
「は、はい!」
三島の喝が入り、田代の姿勢が正される。それを横で聞いていた森田らの会員も、背筋が鉄骨でもなったかのようにピンと伸びているように見えた。
「それで、何だ?」
「はい……じ、自分は……」
またも言葉が詰まりそうになったが、先程の喝が効いたのか、田代は意を決して言う。
「自分は、今回の決起には……参加、できません……」
田代の口から出てきた言葉には覇気がなかったが、その瞬間室内がさらに静まり返ったように感じた。三島や他の会員から叱責を受けることは覚悟の上であった。だからこそ、田代は今ここにいる。しかし、その沈黙に耐えられなくなり、三島や森田達に頭を下げて、そそくさと部屋から退出する。
そもそも、自分のような生半可な気持ちの人間が来るようなところではなかったのだ。学生長の森田から声が掛かった時点で、即座に断るべきだった。にも関わらず、自分は「時間をください」と言ってその場を逃れ、今日までその返答を引きずってしまった。これは、明らかに自分の失態だった。判断力が大いに欠けている自分が恥ずかしくてたまらない。そして終いには、志を同じくする者達が集う場で「参加できない」と言う――これ程、自分が情けないことはない。こんなことになるくらいなら、もういっその事『楯の会』に入るのでは――。
「待て、田代」
部屋を後にせんとする田代の背中を、またも三島の声が貫いた。その声は、早々と動く足を制止させ、身体を自然と振り向かせる。三島は椅子に背を凭れさせて腕を組み、何かを感じ取るように目を閉じていた。
「理由は、女か?」
ああ、やはりこの方に隠し事は通用しない――そう思った田代は、観念するかのように「はい。私事では、ありますが……」と答える。
「何年目だ?」
「3年目になります。来年には……大学を卒業と同時に、入籍する予定です……」
「そうか、よくわかった」
三島は静かに頷くと、ゆっくりと上体を起こして、カッと目を見開く。次にどんな言葉が出てくるのか、田代の背中を汗が伝う。そして、
「……幸せにしてあげなさい」
と、三島は一言。それは、いつも見る三島とは思えない優しい一言だった。「日本男児が女に現を抜かすとはけしからん!」と叱責されるのだろうかと心配していた田代は、思わず「え」と言葉が漏れる。周りの会員達を見ても、自分を罵倒しようとする者は誰一人としていなかった。
「田代……我々が国の事を想うように、妻子の事を想うのも日本男児の務めだ。だから、断じて恥じることはない。俺には瑤子という妻がいる。そして、森田にも彼女がいる。本来、我々は常に家庭の事を第一に想わなければならん。しかし、俺達は妻子じゃなく、この日本を想って、決起するに至った。そうだろ? 森田」
「はい、先生」
三島の問いを受け、森田が覇気のある声で答えた。それを聞いて、三島はもう一度田代に向き合う。
「国を想うか、人を想うか――ただ、それだけの違いだ。その分、お前は将来妻となるであろう女性を選んだ。それは、この国の為に――天皇陛下の為に立ち上ろうという決意と同じくらい立派な判断だ。いや、俺よりはまともか?」
自嘲気味にそう言うと、周りの会員達から笑いが起きた。1年前、三島が参加した東大全共闘との討論会の時でもそうだったが、この人は本当に人の心を掴むのが上手な方だと、田代は改めて思った。
「――と、いう訳だ。だから田代、お前が自分で下した判断を恥じることはない。むしろ、男として誇るべきことだ。ただし、これだけは言っておく」
三島の目は先程より強さを増したように見え、田代は固唾を呑む。三島は「いや、これはよそ者の俺が言うことではないんだが……」と言って、続けた。
「命をかけて彼女さんを守り、彼女さんを幸せにしろ。いいな?」
それを聞いた田代に、頭を殴られたかのような衝撃が走る。悩みに悩んで、自分自身でも「情けない」と思って出した答えが、恩師によって是認された。森田達は何も言わなかったが、否認も批判もしなかった。ああ、自分は間違っていなかった――田代は涙を流し、「はい、日本男児として……いや、『楯の会』の一会員として、決死の覚悟で必ず……必ず幸せにしてみせます!」と返事をした。
それを聞いた三島が「おいおい、泣くな泣くな。それに、そういうのは彼女の親御さんに言うもんだろ」と笑いながら言うと、また会員達から笑いが起こった。田代も涙で顔を濡らしてはいたが、彼らに釣られて笑った。
* * *
一頻り泣き笑った田代は、三島達に「ご武運を」と一礼をして、821号室を後にした。ホテルのロビーまでは、森田が見送りに来てくれた。
「森田さん、今日は申し訳ございませんでした。あのような場で、見苦しいところお見せしてしまって……」
「気にするな。お前の気持ちがわからない程、俺達も堅物じゃないさ」
「しかし、折角お声掛けしていただいたのにも関わらず……もっと早く、返答しておけばよかったのですが……」
「それだけ、お前も悩んでいたんだろ? 彼女を幸せにするか、俺らと行動を共にするかってな。そう考えれば、お前も愛する人と愛する国を想う立派な愛国者だ」
「そうでしょうか……」
「それに、だ。さっきも言ったが、俺はお前の気持ちがわからん訳じゃない。俺にも彼女がいる。彼女を取るか、国を取るか……そう考えた結果、俺は国を選んだ。それが俺の使命だと思ったんだよ。俺は彼女を捨てて、最期まで三島先生に付き従うと決めたんだ……」
田代は、前を行く森田の拳に力が入るのがわかった。場所は既に1階ロビーに変わっていた。
「俺達はお前が抜ける代わりに、もう一人声を掛けるつもりだ。だから、田代……お前はこれ以上この事について何も心配する必要はない。そして、最後に……」
森田の足が止まり、「田代」と呼んで振り返る。その時の森田の目は、決意を固めた三島のそれと全く同じような気がした。
「今日、この場で話した事は、一切他言無用だ。わかったな?」
「……勿論、重々承知しております」
「ならいいんだ、じゃあな」
「森田さんも……お元気で」
短い会話を済ませると、森田はそのまま振り返ることなく、恩師や同志達が集う821号室へ戻っていった。
* * *
それからというもの、田代はいつも通り『楯の会』の訓練に参加する傍ら、就職活動に奔走した。その間、三島や森田などから決起の話を聞くことはなく、田代自身も三島達の計画を他の会員に話すことはなかった。
そうして月日が流れたある日――。
『自衛隊にとって健軍の本義とはなんだ。日本を守ること。日本を守るとはなんだ。日本を守るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることである』
1970年11月25日――『楯の会』の制服に身を包み、日の丸を頭に巻いた文豪・三島由紀夫は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地のバルコニーで『檄』を飛ばしていた。
その姿を田代は畳の上で正座をしながら、自宅のテレビを通して静かに見守っていた。家には自分以外誰も居ない。田代もテレビに映る三島同様、からし色が特徴的な立襟の制服を着込み、右隣には兜の紋章をあしらった同色の制帽、左隣には日本刀――打刀と脇差の二振――が置いてあった。これは、『楯の会』でも「決死隊」に選ばれた会員のみに与えられるものだ。そして、白い手袋に包まれた田代の両手には、水引の下に『田代誠一』と書かれた真っ白な封筒が握られていた。
この時刻は『楯の会』の11月例会があるため、市ヶ谷会館に向かわなければならないはずだった。会館には既に三十名の会員が集まっているらしく、他の班長からも「早く来い!」との電話を何度も受け、今でもベルが家中に鳴り響いているが、田代はテレビの前から離れようとしなかった。
田代が握っている白い封筒――三島が送った3ヶ月程早い御祝儀袋が昨日届いた時、田代は三島達が明日決起することを察していた。いざ会館に行ったとして、この事態に気付いた会員達から「お前は何か知っていたんじゃないか」と問い詰められれば、自分としてもどうするべきだったのか――森田と交わした「一切他言無用」の約束を破るべきだったのか、わからなくなってしまうだろう。そこで田代は、最後の最後まで三島の勇姿を見届けることにした。市ヶ谷に赴いて良からぬ混乱を生むのではなく、画面越しに恩師を見届けることこそが、自分の使命だと彼は思った。
しかし、その姿はあまり綺麗とは言えるものではなかった。
『お前ら聞けぇ、聞けぇ! 静かにせい、静聴せい! 話を聞けっ! 男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんぞ』
自衛官や警察官による野次と怒号が飛び交う中、三島は必死に吠える。しかし、誰一人として彼の言葉に耳を貸す者はいなかった。三島が命をかけて自衛隊を想い、天皇を想い、日本を想って訴えかけているというのにも関わらず、最後まで、誰も――。
ニュースが始まってから1時間ぐらいが経った、12時30分頃。『楯の会』隊長・三島由紀夫と、その学生長・森田必勝が割腹自決を遂げたとの情報が入った。映像には、市ヶ谷駐屯地から二つの棺が運び出される場面が放送されていた。田代は落胆し、絶望した。
田代は三島が腹を切ったことに衝撃を受けたわけではない。この決起の話を聞いた時から三島が、そして後を追って森田が腹を切ることは予測がついていた。武士にとって名誉の最期であるはずの切腹――田代には、今回のそれが美しいとは決して思えなかった。言うなれば、犬死に近い最後だと思った。
どれ程、決死の覚悟で国の為に立ち上がっても、この国では誰もそれを望んでいないということが、今回の決起でわかった。果たしてそんな国に、自分達が存在する意味はあるのだろうか。「日本の伝統と文化の死守」は本当に必要なのだろうか――田代は5ヶ月前に三島が自分に掛けた言葉を思い出す。
『命をかけて彼女さんを守り、彼女さんを幸せにしろ』
「こんな国で……本当に、あいつを幸せに出来るのか……?」
英雄が声を上げてもこの国は変わらなかった。その声を汚らわしい野次と怒号でかき消したこの国で、自分が命をかけて彼女を幸せにする必要があるのか。ましてや、この一件で「国賊」となってしまった『楯の会』の妻として生きることを彼女の両親は望まないだろうし、彼女自身そうして後ろ指を指されることに耐えられるわけがない。そんな状況で、彼女を幸せに出来るわけがない。三島が最後に与えてくれた使命を果たせなくなってしまう。この国において、そんな自分が存在する価値がどこにあるというのか――。
頭を抱え、畳に額を打ち付けていると、左脇に置いた一振の刀――脇差が目に入った。
――そうだ、自分も腹を切ろう。
この国を守る価値と自分自身の価値に気付いた田代の行動は早かった。手袋を脱ぎ捨て、机から引きずり出した原稿用紙とボールペンで遺書を書いた。『先立つ不孝をお許しください』に始まり、自分が切腹に至った経緯について、これまで送ってきた人生について、自分自身の両親について、彼女の両親について、彼女自身について、そして、恩師・三島由紀夫と『楯の会』の同志達について、殴り書きにして認めた。自分は判断力が鈍い人間だ、思いとどまる前に済ませてしまおう――これは、そういう思いから来る焦りでもあった。辞世の句は書かないことにした。三島や森田のような句が書けなかったからだ。
文末に『田代誠一』と添えると、田代は肩甲骨の辺りから腰下まで並んだ制服のボタンを一つ一つ外し、中に着ていたシャツもはだけさせる。露わになった腹は三島のように割れてはいなかったが、これでも入会前より腹筋が付いた方だった。そして、左脇の脇差に手を伸ばし、鞘から刀身を抜く。流石、先生が選んだ刀だ――刃は白銀に輝き、波紋も流れる川のように波打っている。鏡のような刀身に、自分の顔が反射する。
「……よし」
暫く見惚れていたが、直ぐに持ち替えて、脇差を自分の腹に向ける。介錯は不要。刃先が腹に触れると、全身の血流が一気に加速するのを感じた。鼓動が激しく打ち、額から汗が滲み出る。自分が今、死を恐れていることがよくわかった。
しかし、今の自分に未練はない。思い残すこともない。今、自分の心にあるのは憂い――恩師や同志を犬死させ、完全に救いがなくなったこの国に対する憂い、ただそれだけだった。
「やらなきゃ、やらなければ……やらねば」
次の瞬間、刃が左脇腹の皮膚を突き破り、畳一面に血液が飛び散る。彼の身体を今までに感じたことのない激痛が襲う。
「うがあああああああ……!」
熱い、熱い、熱い、熱い――余りの苦痛に、脇腹を抑えて転げ回りたかった。しかし、田代は刺さった脇差を引き抜こうとはしなかった。むしろ、それをさらに深く差し込み、左から中央へ、中央から右へと移動させる。
唾と絡まって血が口から噴き出る。それでも、田代は耐えた。極力声を上げないために必死で耐え続けた。刃が右脇腹に到達した頃には、腹部は端から端にかけて、しっかりと切り裂かれていた。血で真っ赤に染まった傷口から、何か細長いものが見える――腸だった。滝のように流れ出る血と共に、己の腹に詰まっていた小腸と大腸が体内から零れ落ちる。腹を切る時に一緒に切れたのであろう腸の断片から腸液が流れ出し、血と混じって畳の上で赤黒い池を作っている。腸に釣られて他の臓器がボロボロと零れ落ちる――これは、どこの臓器だろうか。頭の中は痛みと苦しみによって支配され、思考も機能しなくなる。
――先生や、森田さんも……こんな、きもちだったのだろうか……。
しかし、彼の信念だけは正常だった。田代は脇差を持つこともままならない腕を持ち上げ、最後の仕上げに取り掛かる。これ以上は、ただ苦痛が続くだけ。ただし、介錯人はいない。ならば、介錯は自分自身で――己の手で、己に止めを刺すしかない。
血の滴る刃先で喉を突くと、それに連動して喉仏が上下に動く。これで、全てが終わる――すると、右側に置いていた帽子が目に入った。今となっては返り血で赤くなってしまったが、制服と同じ色に、兜を模した帽章――『楯の会』の紋章が取り付けてある制帽。これを見て、田代は先に逝った三島と森田を思う。
――ああ、せんせい……もりたさん……じぶんは、やっぱり……はんだんのにぶいおとこです……。こうなるのなら、さいごまで……あなたたちに、ついていくべきだった……。
痙攣する両手を無理やり抑え込んで、刃を押し付ける。
――みしませんせい……もりたさん……いまと、なっては……もう……おそいかも、しれませんが……じぶんも、これで……。
刀身は喉仏を経由し、項部を貫いていた。断片と脇差の僅かな隙間から、息が漏れ出る。頭の中を支配していた苦痛もすーっと抜け、それと比例するように意識もだんだん遠くなる。それは、刹那の安らぎであった。そして、
――ゆうこくの、れっしに……なれた、で……しょう……か……。
皺が寄った真っ白な御祝儀袋は、血の池によって真っ赤に染まっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
他の短編作品も投稿する予定ですので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。また、今後は過去作意外にも新作も上げていきたいと思いますので、応援の程をよろしくお願い致します。