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囚われる  作者: 久保田ひかる
3/4

破:しょうけらの謀る夜半 (Ⅱ)

(Ⅱ)

 窓の外には、ちらちらと白い雪が舞っている。灰色の空と白んだ空気に、庭に並んだ桜の黒い肌がくっきりと浮かび上がっている。まだ硬い蕾には、今日も雪が降り積もる。桜に囲まれて、庭の中央には池が据えられている。設えてある鹿威しにも、等しく雪は積もる。水面は辛うじて、雪の降るに任せて波紋を浮かべている。

 そんな景色をゆっくり眺めるのも、結子には久々だった。侘び寂び、なんて言葉が浮かぶが、その言葉が果たしてどんな意味なのか、正確には知らない自分を思う。それに、と彼女は続ける。この不思議な違和感をまだ自分は掴めていない。掴めないままに、絶景は新鮮さを失っていた。


 結子は天狗と女を見たあの日から忙しい日常をもう二週間ほど送っていた。ぼんやりとした不安と不信とを抱える事にも多少は慣れた、なんて思う度にずるりと足を引きずり込まれるような、そんな不安定がつきまとった。

 浜久里邸での彼女の仕事は、相変わらず浜久里氏の膳の上げ下げと、氏の気まぐれやお使い、それから帰り際の“開き”が主だ。最近はそんな日常に、覚の店に顔を出す事と、雨降りと遊ぶ事が増えた。ついでに言えば、夕食前に倩兮女の元で床拭きをするのも習慣になっていた。相変わらず、毎晩のように天狗は彼女の家に眠りにきた。彼がどこで夜を過ごすかは気になるが、すっかり彼とうまく話せなくなってしまった結子は、布団の中に入って寝たふりをして待つ事もままあった。

 覚は毎日優しい目で彼女に問うたし、雨降りは毎日笑顔で明日を約束した。その度に彼女は自身の心が削られ、尖っていくのを感じた。今の彼女は、自身の苛立ちや不安を、尖った心を誰かに突き立てないように抱え込むことが精一杯だった。


 今、時計は14時、昼八つを指している。覚が目覚める時間。

窓から見る雪が、いつもより寒そうに見える。代わりにあてがう理由があれば何でも良かった。結子はぐずぐずと、浜区里邸の入側縁に立っていた。

「結子、結子はどこか。」

屋敷に浜久里の声が響いた。おやつ時の呼び出しは、お使いだ。

 覚の店へも、雨降りの元へも行けない理由が出来た、これ幸いと結子は寝殿へと歩き出した。

「あの二人は、昨日の約束なんて知らないんだし。良いよね。」

気安く口に出したら、多少気が軽くなるかと思ったのに、彼女の胸には彼らへの裏切りに対する苦い思いが澱として沈んだ。


もうすっかり見馴れた壮大な宝船。事務的な動作で二度叩いた。

「結子です。失礼します。」

襖を引いて、松明の揺れる大寝殿に足を踏み入れる。

「おお、来たか。ちと使いを頼まれてくれ。」

御簾の奥から、一羽のウグイスが飛んできた。足には細く畳まれた文を掴んでいる。結子の手前まで来て、ふわふわと空中に停止した。彼女が差し出した掌に文を落とすと、鳥は元来た御簾の奥へと帰っていった。

「お手紙ですか?」

「うむ。これを至急届けて欲しい。」

浜久里の愉快そうな声が結子の神経を逆撫でる。

「お急ぎですか珍しい。どちらまで届けましょう。」

「しょうけらの所だ。」

「…しょうけらさんの所ですか。」

「なんだ、嫌なのか?」

「いえいえ、急ぎ行って参ります。」

結子は、言葉の上でこそそう答えたが、嫌そうな顔も声も、隠そうとすらしなかった。いつかの日にコンビニを首になった時と同じ、面倒事を前にいっそ逃げる口実が欲しいようなそんな卑屈な性格が表に出てこようとしている。なんにせよ、彼女は疲れていた。


 浜久里の寝殿を出て、自室に戻って半纏を掴んだ。一杯熱い茶でも飲んでやろうかとも思ったが、今日は珍しく急ぎの用事だからと思い直す。ただし、もし目の前にお茶が置いてあったら、結子はきっとゆっくりと時間をかけて飲んだだろう。部屋の中にあって、すぐに口に入るものは封の開いたミントキャンディくらいで、結子はそれを舐める気にはならなかった。

 台所にいるであろう高女に「行ってきます」も言わずに、結子は浜久里邸を出た。重い足取りで、彼女は石段を降った。

 雲は厚く、時折吹く海からの風は冷たい。風に乗った雪が顔に当たる度に、結子は苛々した。


「こんにちは、しょうけらさん。」

海の家の扉をノックして、声をかける。彼女はわざとしょうけらの名を呼んだ。

 結子が手をかけようとした扉は内から開いた。

「あ、お姉さん!寒い中よく来たな!」

昨日の約束など覚えていない雨降りが、結子を笑顔で出迎えてくる。

「やあ、結子さんこんにちは。」

暖炉の火にあたるしょうけらの姿が見えたのは、多少救いだった。

「こんにちは。しょうけらさん宛てに、浜久里さんからのお手紙をお持ちしました。」

結子は家に入りつつ、早々に切り出した。

「浜久里さんから手紙、ですか。わざわざありがとう。…ああ、それで今日は遅かったんですね?」

「ええ、まあ」

結子には、行き渋って雪を眺めていたとは言えるはずもない。

「ふふふ、そうだ結子さん。私はこれからこの手紙に目を通して、それからすぐに返事を書きましょう。少しお待ちいただけませんか?」

「はい。浜久里さんが珍しく急ぎと言っていたので、そうしていただけたら有り難いです。」

「良かったね、雨降り。結子さんには時間があるみたいだ。」

しょうけらは、雨降りに優しい笑顔を向けた。

「ああ、失礼。これでは結子さんに強制しているようなものですね。…どうでしょう、雨降りの相手を今日もお願いできますか?彼は無論覚えていないでしょうけれど、昨日も嬉しそうに言ってたんですよ。お姉さんと明日も遊ぶんだって。」

紳士は、結子を気遣うような言葉を慌てて付け足した。しかし、その口調には“社交辞令として付け加えるが、勿論引き受けてくれるでしょう?”とでも言いたげな、善性を前提とした響きがあった。

「ん?ご主人、おれそんな事言ったんですか?」

「ふふ、あんまり考えすぎると頭がむずむずしてしまいますよ。君は、お姉さんが大好きなんですよね。」

「違います!」

雨降りの顔の赤いのを見て、しょうけらがふふと笑う。

「じゃあ、嫌いかい?」

「それは、…嫌いってわけじゃないです、」

「ふふふ、どうでしょう、結子さん。頼まれてくれますか?」

「はい!勿論です。私は雨降りくんと遊ぶの大好きですから!」

結子はにっこり笑って見せた。親子のように微笑ましい主従を前に、彼女には他に答えようがなかった。

「雨降りくん、今日も鬼ごっこしようか!」

「おれ、鬼ごっこ好きだ!鬼ごっこならしてもいいぞ!」

結子に向ける雨降りの顔はいつも通りに子供のそれだ。

「雨降り、ちゃんとお姉さんにお願いしなきゃダメでしょう。」

「いいんですよ、しょうけらさん!私が雨降りくんと遊びたいんですから」

「じゃあお姉さん、おれとじゃんけんするぞ!」

 結子がじゃんけんに負けると、雨降りは一目散に外へと飛び出していった。

「じゃあ、ちょっと行ってきますね。しょうけらさん。」

結子は愛想笑いを浮かべてそんなに言ってから、雨降りの後を追いかけた。


 雨降りはきゃあきゃあ言いながら砂浜を駆けている。結子は声だけは明るく飛ばしつつ、だらだらと後ろを走った。思えば、砂浜を走ることにも慣れたものだ。毎日毎日石段を上り下りして、砂浜で鬼ごっこをして。始めのうちは随分身体に疲労がきたが、今の結子はゆっくりのペースなら砂浜をしばらく走り続けられるようになっていた。

 雨降りははしゃいで、もう随分先を走っている。「お姉さんおせえな!」と叫ぶ声が、風に混ざって微かに届いた。時折、雨降りが振り返るので、その時だけはペースを上げてみる。たまには大きな声で雨降りを呼んでみる。結子は、彼女なりに気乗りのしていない自分を隠そうとした。

 走り続ける内、やがて珍しい事が起こった。結子と雨降りの距離が次第に縮まって行ったのだ。雨降りは、初めに飛ばしすぎてすっかり息が上がってしまったらしい。対して結子は、だらだらと無理のないペースで一定に距離を詰めていく。逃げる雨降りに合わせて、自分も疲れたフリして休もうか、それとも捕まえてしまって、鬼を変わろうか。そんな事を思っていたら、目の前の雨降りが消えた。

 追いつかれると焦った雨降りは、海辺に出来た岩場の影にするりと滑り込んだのだ。

「雨降りくん!危ないよ!」

結子は大慌てで岩場に向かう速度を上げる。雨降りが消えた岩場は、浅瀬にある。彼女は必死に声を張り上げて、少年の名前を呼びながら雪の海へと駆け込んだ。

 足袋も裾も濡れるのに構わず、岩場にすり寄ると、岩と岩の隙間で小さくなって息を潜める雨降りと目が合った。

「雨降りくん、ダメでしょう、…あぶないよ、」

一気に加速した事と、精神的動揺から結子は息も絶え絶えである。とりあえずそれだけを絞り出した。

「ごめんなさい…、お姉さん…」

結子の必死の形相に、怯えつつ雨降りは謝った。見つかった途端に、彼も肩で息を始めた。相当疲れていたのを、隠れるためにと必死に息を殺していたらしい。それだけ熱中していたのだと言うことと、雨降りの無事とが確かめられて、結子は一気に力が抜けていくのが分かった。

「ほら、出てきて雨降りくん。」

結子の呼びかけに、雨降りは立ちあがろうとするが、うまくいかない。岩と岩の隙間には滑り込むだけの広さはあるが、体勢を立て直すには狭いらしかった。

「こっち、私の手をつかんで、引っ張ってあげる。」

「うん、」

「ちゃんと傘閉じないと、岩に引っかけたらやぶれちゃうよ。じゃあ、いくよ」

結子は隙間に手を差し入れて、雨降り小僧を引っ張った。隙間から傘を出すような形でやっと彼は立ちあがった。

「おれ、あとは出られる、ありがとうお姉さん。」

這い出てきた雨降り小僧と結子は、浅瀬を通って戻った。

「はー、疲れたね。雨降りくん。」

結子は、砂浜にどっかりと腰を下ろした。足先は凍えそうで感覚が鈍いし、体も汗が冷えてきて寒かったが、一度休まないことにはしょうけらの家まで帰れそうもなかった。

「うん。…ごめんなさいお姉さん。」

「危ないから、もうあんな所に逃げちゃダメだよ。」

「うん、…でも良い隠れ家だと思うんだけどな。おれ一人でも出られたよ?」

「でも、じゃないの。ダメです。」

疲れてしまった結子には、それくらいしか言葉が出てこない。男の子を育てる母親ってこんな毎日なのかな、なんて考えた。

「ごめんなさい。…寒いね、お姉さん。」

「すぐお家戻るから、ちょっと待って。私まだ立てない、あ、雨降りくんこっちおいで。」

「ん?ここか?」

「そう。」

結子は雨降りを座った自分の膝の間に入れた。後ろから抱きかかえるような形である。妖怪の少年は暖かかった。

「お姉さん、おれ子供みたいでいやだよ。」

雨降りは逃げたそうに身を揺する。

「雨降りくんのせいで私寒いし疲れちゃったんだから、ちょっと我慢して」

言ってから結子は、自分の語気の強さに驚いた。雨降りはすっかりいい子に抱かれている。息が整ってくると、結子には、段々膝の間で抱かれて小さくなっている少年のことがなんだか可哀想に見えてきた。

「ねえ、雨降りくん。明日も鬼ごっこしようね。」

「ううん。いいよ、お姉さん。」

「え、どうして?」

「お姉さん、鬼ごっこ好きじゃないだろ?」

雨降りの声は、主人と喋るときのそれに似て、大人びた声色をしていた。彼の顔は、結子の顎の下にあって海を見つめている。彼女からはその表情が窺えない。

「そうだなあ、鬼ごっこ…好きだよ、…でも、そうだね。お姉さんは雨降りくんと比べて少しおばさんだから、あんまり走るのはちょっときついかも。」

「そうか、お姉さんは疲れてたか。じゃあ、また元気になったら遊ぼうな。今度はお姉さんの好きな遊びで良いぞ」

雨降りの言葉には、はっとするほど優しい色があった。──気を遣ってくれているんだ、それも私を傷つけないように、幾重にも好意を好意で包んで。──結子は自分の面の皮にやすりをあてられるような気がした。膝の間に収まった少年が、彼自身でなく自分の為に見せたそんな姿から、彼を抱きしめたい衝動に駆られた。けれど、彼女はそれをしなかった。純粋な好意に、彼女も同じものを以て返さねばならないと感じた。

「じゃあ、…今度までに何するか考えてくるね。」

「うん。」

雨降りは、顔をあげて笑った。いかにも子供っぽい笑みだった。

 明日になれば、雨降りにとって今日はなかった事になる。今度がくるとき、今日の約束を雨降りは覚えていない。それは結子にも分かりきっている。それでも、自分が覚えていたい、自分が覚えている事が重要だ、今の結子には再びそう思えた。数時間前までは重く沈んで澱になっていた心が揺すられて再び浮かび上がっているようだ。多少感傷的な気分だった。

「帰ろうか、雨降りくん。」

 結子が言うと、今度は雨降りが先に立ちあがって結子に手を差し伸べた。

 彼らは並んで、家へと帰った。


──「おかえりなさい。二人とも」

しょうけらが出迎える。

「ただいま帰りました。しょうけらさん。」

見れば、紳士の表情は少しばかり堅かった。

「雨降り、帰ったばかりの所悪いが、お茶の準備をお願いできるかな?それから、私が呼ぶまで少しの間、台所で待っていてくれ」

「はい!ご主人!」

雨降りは言われるまま健気に台所へ駆けていった。彼がいなくなると、しょうけらは結子に席に着くよう手で促した。

「結子さん、どうか驚かないで聞いて欲しいのです。これに関しては、あなたたちが遊びに出ている間、話すかどうか私も相当迷いました。でも、あなたには雨降りの遊び相手を務めてもらった恩もありますし、それに何より、私はあなたの気持を既に知ってしまっている。それにも関わらず黙っているというのは、どうにも…寝覚めが悪い。」

紳士は眉をひそめ、器用に表情筋を動かして苦悶の表情を浮かべる。右手で左の手首をさすりながら喋る姿まで含めて、本題に入ることを引き延ばしているように結子には見て取れた。

「え、なんですか?ごめんなさい察しが悪くて…、まるで何のことだか、」

「いえ、違うのです。私がわざと本題を隠しているんです。…愚図々々言ってても仕方ないですね。ここまで来て、やっぱり何でもないなんて事は許されないでしょうし…」

しょうけらは、音を立てて長く息を吐いた。

「結子さん、あなたに聞いて欲しい、いや見て欲しいものが…これです。」

机の上に、一本の手紙が載せられた。結子はしょうけらに目で伺う。彼はジェスチャーで「どうぞ」と示す。結子は、丸まった紙を丁寧に開いた。

「それは、あなたが先程届けてくれた浜久里さんからの手紙です。書いてあるのはただ一行、──天狗を監視せよ──。」

紙面には、力強い筆文字が踊っていた。結子の胸の内に最初に訪れたものは疑問であった。驚きも、焦りも、恐怖も後れてやってきた。

「これは、一体…どういう事なのでしょうか?」

「ごめんなさい、結子さん。説明の前に少し。雨降り!お茶をもらえるかな?」

 雨降りは盆に湯飲みと急須を載せて飛んできた。しょうけらは自ら薬缶を拾って茶を淹れた。彼が素手で掴んだ薬缶から注がれたお湯は、口から出ると同時にもうもうと湯気を起こした。やがて、湯飲みが机に三つ並ぶ。

「雨降りくん、ここにいても良いんじゃないですか?台所寒そうだし、それに明日には…」

結子はその先を濁した。

「そうですね、まあ結子さんが良いなら、それでも構いませんが、」

「いえ、ご主人。おれは大丈夫です。そうだ。ちょっと早いけど夕飯の準備をします。火を使えば台所は熱いくらいです!」

「そうか、雨降り。じゃあ、悪いが…お願いできるね?」

「はい!」

雨降りは、まだ熱いお茶を2、3口で飲み干して、台所へ駆けて行った。

「ありがとう、結子さん。」

「え、」

「あなたが雨降りと仲良くしてくれるので、私も安心です。さて、説明を差し上げましょう。まずは、そうですね。私と言う妖怪について。どうでしょう、結子さん、あなたはしょうけらを知っていますか?」

「しょうけら、ですか。あれですよね、庚申待ちの…」

しょうけらは一瞬、ぎょっとした。

「…ふふふ、お詳しいんですね。結子さん。その通り、私は庚申待ちに関連する妖怪です。人の身体に巣喰う虫、即ち三尸虫が帝釈天の元へ登る夜。それが庚申ですね。虫は、人の悪行を神に報告する命を背負ってます。それでは困ると思った人間は、その夜を寝ずに過ごすことで、虫が身体から出ていく隙を与えまいとした。これが庚申待ちですね。」

「はい、確か三尸虫の報告した悪事を元に、神様は人の寿命を縮めたり、その人が死後行く先を決めたりするんですよね?」

「その通り。しょうけらは三尸と同一とされる事も多くありますが、この私は石燕の書いたしょうけらです。人を監視する妖怪でありはするが、身体の内ではなく、その外から覗き込むように人を見るのが氏の描いたしょうけらです。」

「そうですね、石燕のしょうけらは屋根の上にいました。」

「何故、こんな話から始めたかと言えば。この海市にあっての私という存在を理解すれば、そこの紙に書かれた内容もきっと理解して貰えるでしょう。」

「というと、しょうけらさんは、この町の人というか妖怪を監視する妖怪なんですか?」

「結子さんは案外冷静ですね。そうです、私の仕事はこの町に棲むもの達を外からこっそり監視すること。そして、この町の神たる浜久里御大に、彼らの悪行を報告すること。」

「悪行、ですか。」

「私の報告を元に、御大は世界を作り替えます。結子さん、天狗君は今浜久里氏から狙われています。彼の人が直接手を下すことはないでしょうけれど、いや、それも含めて、浜久里氏の考えていることは私には量れません…。」

しょうけらはすっかり憔悴しきったような顔をしている。しょうけらの表情にあてられて、結子は少しずつ焦りだした。

「あの、私は、私はどうしたら良いんでしょうか。」

「どうか、どうか君が天狗君を守ってください。あの男は決して悪い妖怪ではないのですが、ただ少し、少しだけ危うい所があります。彼が悪事を成さなければ何の問題も起こらないのです。数日もすれば浜久里氏は飽きるでしょう、これはまあ、いつもの氏から想像する限り、ではありますが…」

「悪事、ですか?」

「そう。あの男と浜久里との間で交わされている契約に違反すること、それがこの町に於ける悪事です。天狗君は…、私の事を嫌っていますから。私は彼がどんな契約を交わしているかは知りません。推測は出来ますが、あなたから直接聞いた方が彼は答えてくれるでしょう。」

「答えて、くれるんでしょうか…?天狗さんのお仕事の事って、聞いても良いものでしょうか」

それは結子の頭の中で、ずっと廻っていた議題の一つである。しょうけらの話が少しずつ掴めなくなってきていた結子は、思考にすっかり馴染んでいる目の前の話題に飛びついた。

「あなたが、彼を救おうと思うなら。きっと必要な事だと思いますよ。」

しょうけらは真っ直ぐに結子の目を見た。

「…聞いてみようと思います。あ、そうだ。私、天狗さんを呼ぶ鈴を持ってるんです。今ここで呼べば、ちゃんと説明すれば、しょうけらさんのことも悪い人じゃないって分かってくれると思いますし、」

「いや、それはやめておきましょう。この町で起こることは、浜久里氏がその気になれば全て彼の人に筒抜けです。あなたが天狗と接触するのは外が良いでしょう。」

「浜久里さんってすごいんですね…、分かりました。多分今夜も天狗さんは私の家に来ると思うので、その時に聞いてみます…」

「不安ですか?」

しょうけらは、優しい目をして訊いた。

「そうですね、…不安はあります」

「その不安というのは、私が訊いても良いものですか?良ければ、話し相手くらいには」

「あ、いえ。あの、ありがとうございます。しょうけらさんに聞いてもらえるのは有り難いんですけど、もう少し自分で考えてみようと思います。」

結子は、未だ自分でも掴みきれていない仄暗い想いを、簡単に明かそうとは思えなかった。それが例え、目の前の優しい紳士相手だとしても。しょうけらは、残念だと言いたげな顔で微笑んだ。結子にはそう見えた。

「では、結子さんはそろそろ帰った方が良いですね。あまり遅いと御大も怪しむかもしれません。」

「はい。ありがとうございます。…しょうけらさん。あなたが教えてくれなかったら、私は天狗さんの事を何も知らないままでした。」

結子は、お礼の内に自身の決心までを込めた。

「いえ、あなたが天狗君の事を好いてくれていることはよく知っていましたし、それに彼は私の…謂わば弟みたいなものですからね、ふふふ」

しょうけらは、極めて愉快そうな笑みを漏らした。天狗の事を、弟と呼んだ気恥ずかしさを隠しているのかな、と結子は想像した。

「兄弟だったんですか?弟みたいな、と言いますと…」

「いや失礼。これはまた別の機会にでも話しましょう。ああ、無論私たちの間には血縁のようなものはありません。あくまで兄弟“みたいな”関係です。」

「じゃあ、そのお話を聞けるの。楽しみにしてますね。」

「約束しましょう。では、行ってらっしゃい。結子さん。…彼を救えるのは、おそらくあなただけです。どうぞ、よろしくお願い致します。」

しょうけらは、席を立つことこそしないが、椅子を少し後ろに引いて丁寧に頭を下げた。結子はややたじろいだ。

「私だけ…ですか。はい、行ってきます!あ、雨降りくん。またね」

最後に大声で台所に呼びかけると、結子は席を立った。そのままの勢いで扉を開けて、振り返らずに家を出ると、力強い足取りで浜久里邸へと歩き出した。


「さあ、どう転ぶか。…私はどうやらあなたを見誤っていたようですからね。今夜の演出には、私も一役買いましょうとも。…それにしても、御大が出張るとは珍しい。若い男女の仲を裂くにしても、あんまり性格が捻くれすぎている。ふふふ、嫌な手口ですねえ。」

しょうけらは机の下、膝の上に載せてあった一枚の巻紙を広げた。そこに書かれたのは「結子にも内容を明かすように」との言葉。昂ぶった紳士の脳内は饒舌である。

──ふふふ、結子さんごめんなさね。私の言葉は嘘だらけでしたねえ。浜久里氏が“その気になれば”というのは嘘です。彼は町の内で起きた事は、全てを把握する事が出来る。…ああ、だからあの老神はあなたが欲しいのですね。ふふ、あなたの落ち度は一つです。ただ少しばかり男を見る目がなかったようで──

「ふふふふ…」

しょうけらは、今夜眺める会合への期待に胸を膨らませ、部屋の中で一人笑った。少しずつその口が歪んでいく。笑い声の高くなるにつれて、唇の端は耳まで裂けた。大きく開いた口にはするどい牙が幾本も幾本も美しく並ぶ。そんな口を覆う手もいつの間にか包丁のように大きく鋭い一本のかぎ爪に変わっている。

「ああ、そうだ。雨降り、もういいですよ。戻っておいで。」

雨降りが台所から戻ると、紳士はいつも通りに優しく微笑んでいた。

「ご主人、今日の夕飯には魚がありましたんで、焼き魚です。」

「どうもありがとう。今日はどうでしたか?結子さんとは沢山遊べました?」

いつも通りの夕食に無感情に礼を言いながら、しょうけらは尋ねた。

「うーん、楽しかったです。でも、お姉さんはなんだか疲れているみたいでした。」

珍しい返答に、しょうけらはやや面食らった。

「あら、そうでしたか。…明日は楽しく遊べると良いですね。約束したんでしょう?」

問われて雨降りはもじもじした。

「約束ですか?お姉さんが元気になったら遊ぶ約束はしましたけど、でも明日ってわけじゃねえです。お姉さんにも事情があるでしょうし…」

大人びてみせた雨降りは、どうやら“明日も約束するほどお姉さんが好き“だと言うことが恥ずかしいらしい。俯いている彼は、しょうけらの目の光を見逃した。

「ふふふ、……こちらへおいで、雨降り。」

珍しい呼びかけに戸惑いながらも、雨降りは主人の前に近寄った。主人の右手が彼の頭へと伸びる。

「傘が冷たいね。ねえ、雨降り。君は侍童としてよく働いてくれているけれど、それじゃ不十分なんだよ。分かるかい?」

まるで雨降りが顔を上げることを許さないかのように、しょうけらの右手は重く彼の頭を撫でる。

「おれは、出来が悪いですか?ご主人。」

撫でられている雨降りの方では戯れのような声を出している。

「ふふふ、君には私の言う意味がよく分からないだろうね。愚かで鈍い子供。昨日すら覚えていない君みたいな子には──」

突然、さくっという小気味のいい音がした。途端に雨降りの頭に激痛が走る。頭の左後ろ、痛みの方向を見やると、傘に貼られた和紙に一本、大きな亀裂が走っている。亀裂の先に見える主人の右手は、巨大な一本のナイフのように変化していた。

「ふふふ、大丈夫。明日がくれば君は全て忘れるさ。君は何も覚えていないで良いのです。傷ついた君、結子さんの気を引くことの出来る君が必要なだけですから。」

紳士の口調には先程までの艶が失われていた。暴力的に吐き捨てられた言葉と共に、彼の腕は再び傘を撫でる。すると、侍童の頭にはあらたな裂け目が生まれる。

「ごしゅじん、ごめんなさい、ごめんなさい、いたい、いたいです、やめてください、ごめんなさい、やめて、やめて──」

「あ、雨降り聞きなさい。私、良いことを思いつきました。(ふふふ、あまりに急激な展開を彼の人は嫌がるでしょうか、…いいやそんな筈はありませんねえ…)若い二人の夜を盛り上げる道化の役を、君に差し上げますよ。ふふふ、予定とは少しズレますが…いいですねえ。君も祈りなさい。結子さんが君を見捨てないように…ふふふふ…──」

主人の言葉は、半狂乱の少年には何一つとして捉えられなかった。彼の頭を支配するのは痛みと恐怖。疑問符を浮かべる余裕すら既になかった。

町の外れ、海辺の家に響く叫びは、誰の元にも届かない。全て聞き届けるはずの神にも、彼の声は些事と判断された。


***


 石段を駆け上る結子の頭の中に、雑多な思考がぐるぐると飛び交った。

──天狗さんは話してくれるだろうか、あの人は何を隠しているのだろう。天狗さんは一体何者で、いつかの日に隣りにいた女性は何者で、浜久里氏に狙われるのは何が理由で…、結局のところ私が知りたいのは──

 彼女は、しょうけらの醸し出す緊迫感にあてられて、なんだかよく分からないままに飛び出して来てしまった事を後悔しつつあった。ただし、よく分からないなりにも前進もあった。

ふと、数時間前に石段を下っていた時の自分との違いに彼女は笑いを漏らす。──ああ、やっぱりこうするしかないんだ。──彼女は明るい気持になっている訳でも、靄が晴れた訳でもなかった。それでも、何もかもを捨てて崖の先に立つような、清々した気分だ。ある意味では、自らそうあろうとしたのかもしれない。

 勢いよく雑多に派生していく思考を眺めていた結子は、少しばかり議題を整理する気になった。まず、今目の前にある問題は、浜久里が天狗を監視している事だ。天狗の行動次第で罰がくだる可能性がある。これはしょうけらが話していた。そして、どう天狗を守るべきかを考えなければならない。その為には、天狗が浜久里との間でどんな契約をしているか探らねばならない。

 結子は、考える内に少しずつ自らの意識を落ち着かせて行った。問題を整理して順序立ててみたら、段を登り始めた時に持っていた熱は、思考に変換されて、彼女に問題の輪郭を見せた。天狗に、仕事の話をきくという事はそれ即ち、彼女の知らない彼の世界に踏み込むという事を意味する。そこには、あの女がいるかもしれない、いや、“そこ”にいなかった時が彼女には余計に怖いのだ。仕事の話に出てこないとなれば、私的な交友が暗示される。

結子の中で、結子自身と天狗とを結びつける線は、自分が彼によってこの町に連れてこられた特別な存在であるという事。天狗が毎晩のように泊まりにきている事も、彼が優しく微笑みかけてくれる事も、手渡された鈴の力も、そう意味を成しているとは思えなかった。自分が天狗にとっての特別な存在であるという拠り所は、本当は自分自身の思い込みに近いものであると、結子は十分に理解していた。そして今ついに彼女は胸の内でそれを言語化しようとしていた。

 楽しく酒を飲んだ後にやってくる二日酔いのように、抱えていた熱の分だけその代償としてやってくる意識は暗く研がれていた。頭に浮かんできたのは、しょうけらのセリフ。「彼を救えるのは、おそらくあなただけです。」頭を下げた紳士の姿を思い出す。何故その言葉が、光景が思い出されるのか、それは結子自身がよく分かっている。

 彼女の胸の奥に眠った仄暗い自己愛。うっすらと感じる不快感は石段を登る足を重く重くする。それでも足を止めない事には、結子はもう子供でもなくなっていたのだと、ただそれだけだった。愛しい男の為は不十分だった。可愛い自分の為は否定したかった。結果彼女は、しょうけらの命を遂行するという事務的な思考に縋った。

 上気した頬に雪が乗る。拭った指先は雪よりも冷たい。

 浜久里邸の正門が大きくなって来た頃、脇道から出て来た何者かが結子に危うくぶつかりそうになった。よろけた彼女の身体を、見知った腕が抱きとめた。

 

 ***


 天狗は一人、町を歩いていた。

その日の仕事は早々に終えて、馴染みの店に顔を出そうという道行き。両足の高下駄は均一に、無感情に石段を鳴らした。

 彼がその店に行くのは久方ぶりになる。町には酒を供する店が少ないために、安酒の茶割りを好んで飲む彼は、少し前まではそれなりの頻度で店に通っていたものだった。最近顔を出していなかったのは、酒を飲む場所に別のお気に入りが出来たから。それはつまり、彼が毎晩のように通う結子の家だった。

 道を行く彼の頭の中は空っぽだ。男は考え事の苦手なたちだった。しかし決して頭が悪いという訳ではない。あまりに悲観的な考え事を突き詰めてしまう性格が故に、意識的に思考を停止させる術を身につけていた。

 ぴたりと立ち止まった視線の先、看板には「覚の店」と書かれている。準備中の札を無視して、男はがらがらと引き戸を開けた。

「やあ、こんばんは。」

「あら、まだ準備中なんだけど。」

店のカウンターには、毛むくじゃらの妖怪が入り口に背を向けて立っている。何やら奥の調理場で仕込みの途中らしい。

「まあまあ、ほら。僕ですよ。ママ」

天狗は気にせず店に入って行くと、勝手にカウンターの端に座った。突然の不躾な客に、覚も流石に振り向いた。その顔には既に色の濃いサングラスがかけられ、唇は紫に塗られている。どうやら顔の周りの毛には櫛も入れたらしい。

「ああ、狗じゃない。別にいたっていいけど、まだ開店もしてないから何も出さないわよ。」

「僕の酒と緑茶だけください。それにしても安心したな、忘れられてなかったみたいだ。」

「あんた本当に人の話を聞かないのねぇ、…ちょっと飲んだらすぐ帰んなさいよ。」

覚の言葉には、迷惑だという意図が剥き出しにあった。それでも、お茶と酒と湯飲みをばらばらと天狗に寄越した。

「ありがとうありがとう。今日はー、文車姐さんはいないんだね。」

「文車?開店したら来るかも知れないけど、客が来るか来ないかまであたしは把握してないわ。」

「うんうん、そうだよね。それは当然だ。」

適当な会話を広げながら、天狗は確認作業を行っていた。久々に来ても、覚の覚えている事と忘れていることには、何の変わりもない事が分かって彼は少し安心した。

「ねえ、ちょっとママと文車姐さんに相談したい事があったんだけど、うーん。日を改めたほうがいいかなあ?」

「…相談?狗にも人の話を聞いてみたい事があるっての、珍しい」

覚は作業の手を止めた。毛むくじゃらの店主の持つ天狗に対してのイメージからは、どうにも離れた頼み事だった。

「うん。僕だって偶には人の意見を聞きたくなることもあるさ。大抵のことはうまくやるけど、そんな僕にも困り事はあるんだ。」

「面白そうじゃない。良いわよ、話していきなさい。」

覚は再び調理に戻りつつ、背中にいる天狗に向けて言葉を投げた。

「僕には今、好きな人がいてね。」

「あんた、恋愛相談を持ってきたの…?」

覚は再び作業を止める事になった。今度は腰を据えるべく、客の方へ向き直って調理場の縁に腰を預けた。

「恋愛、なのかなあ。僕の仕事には恋愛は含まれないからよく分からないけれど。まあ兎に角、その人が好きなんだ。彼女の事が好きで、素敵だと思ってる。多分、相手も僕のことは好きだと思うな。優しくて良い人だよ。」

天狗は真面目な顔をしてそんな風に言った。あまりに明け透けに好き好きと繰り返すものだから、聞いている覚の方が照れて赤くなった。

「それ、相手は誰だか訊いていいのかしら?ああ、いや隠したければ構わないけど。」

普段だったら大人しく聞き役に徹するのが、店主の信条である。それでも、珍しくその日の覚は興味を抑えきれなかった。

「ああ、ママは知ってるかな。結子さんって言うんだ。浜久里さんのとこで下働きをしている女性だよ。」

「ああ、結子なの…。」

覚の頭の中に、客として現れた女の顔が思い出される。詳しくどんな会話をしたかは全く思い出せないが、確かに顔を知っている女。しかし、覚は敢えてその情報を伏せてみることにした。その方が話を聞くに都合が良いと計算した。

「結子さんのこと、知ってるんだ。」

「ああ、そうね。直接は喋った事ないけど、浜久里さんとこの下女で人間の女って、町じゃ有名よ。あたしもどこかで見た事があるようなないような」

「ねえ、ママ。ちょっと面倒になっちゃったから、僕の頭の中読んでくれないかな。それで大体分かるでしょ?」

「あたしは構わないけど、いいの?余計な事まで見えちゃうかもしれないけど。」

「うん。大丈夫だよ。」

覚は色眼鏡を外した。顎を引いてチラと見るわけではなかった。念入りに、男の脳内を嘗め回すように丁寧に睨み付けた。

「どう?面白いものでも見られたかい?」

天狗は茶割りで満たされた湯飲みを傾けながら、サングラスを着け直した覚に言った。

「あんたが見ろって言ったんでしょ。何よその言いぐさは。」

「ママがそんなに真剣に誰かを見るなんて珍しいからさ。」

「そうねえ。あんたにも人の心のようなものがあるのね。まあ、あたしたちは妖怪だけどもさ。」

覚は先程までとは変わって、妙に落ち着いた声を出した。

「最近、結子さんが変なんだ。でも何か訊くと明るい顔になって。でもまたすぐ暗い顔に戻っちゃうんだよね。僕は、結子さんには笑って欲しいんだけど、どうしたら良いのかな。女の人って難しいね。」

「あんたは器用な割に馬鹿ね。簡単な話よ。そのまま言えば良いのよ。多少の隠し事が素敵なのは恋の初めだけよ。効かせすぎたら辛いだけ」

「ううん、そうか。」

天狗はそれきり一度言葉を切ると、二、三口酒を煽った。空になった湯飲みに酒と茶を注ぎながら、再び続ける。

「でも、隠し事って誰にでもあるでしょう?これは聞いて良いことなのかな。僕はどうやら結子さんに嫌われたくないようだ。」

「馬鹿ね。その程度の考えはあたしにはもう筒抜けよ。その上で言ってるの。どうせ相手だって同じ事考えてるに決まってるわ。さっさと話しちゃいなさい。」

「そうだなあ、やっぱり話した方がいいのか。」

天狗は天井から照らされた明かりを凝っと見つめている。

「良いこと教えてあげるわ。隠し事とか、悩み事は放っておいたら少しずつ少しずつ毒を廻らせるの。すぐに確かめれば大した傷にならなかった事が、放っておいたせいで取り返しのつかない事になるって言うのは、色恋沙汰じゃ腐るほどある話よ。」

「ふうん。ママ、それは女心の話?」

「あら、このひねた狗は何が言いたいのかしら?」

覚は腰をあげると仕込みの作業に戻った。

「まあ、試してみるよ。うん。」

天狗は四杯目の茶割りを空にすると腰を上げた。袂から紙入れを取り出すと雑に札を抜いて机に置いた。

「これ、お酒奥戻して置いて。お代は置いておくね。」

「あんた、本当にそれだけ聞きに来たのね。」

「ん?さっき僕の中覗いたんだから分かってるでしょう?」

「読んだ事と、信じられるかどうかは別の話よ。」

「ふうん、やっぱり難しいね、人の考える事は。ごちそうさま。」

「まあ、またいらっしゃいよ。あんたの酒はまだ残ってるから。」

覚は机の上に残された酒瓶を取り上げて軽く揺すって見せた。口の開いたままの酒瓶には、中身の酒がちゃぷちゃぷと音を立てた。

「ありがとうママ。」

天狗は店を後にした。


一歩外へ踏み出せば、雪の降る町に充ち満ちた冷気が身体を舐める。それでも男は空を見る事も、震える事もしなかった。常冬の町も、彼にとっては気に留めるだけの特別を持たなかった。

仕事も終えて、馴染みの店にも顔を出して、あとは夜遅くに浜久里の元へ報告に行くだけだ。数時間の暇を持ったわけだが、かと言ってどう暇を潰すか考えるでもなかった。袂からミントキャンディを取りだして一つ口に入れると、颯爽と足を進めた。

石畳を蹴る高下駄が、カラコロと心地良い音を立てる。美しい山伏は、土壁に挟まれた裏路地と薄く積もった雪の背景によく映えた。

彼が路地を抜けようとしたまさにその時、右手側の角から勢いよく表れた影と、危うくぶつかりそうになった。驚いて相手を見れば、見知った顔がよろけて後ろに倒れ込もうとしている。天狗はつっと右足を踏み込むと、自身の右手を相手の腰に伸ばした。掌に感じた女の身体が重心を取り戻す感覚で、その場の無事に安堵する。

「やあ、結子さん。大丈夫?」

言いながら、男は自分の口角がうっすら上がるのを感じた。先程までどうしたものかと悩んでいた相手だとしても、その顔を見る喜びは自動的に彼の身体を動かしていた。

「あ、天狗さん…」

抱き留められた女は引きつった顔をしている。男に抱き寄せられるようにして姿勢を整えて、やっと顔のこわばりが取れても、その目だけは変わらず曇っていた。

「ごめんね、僕が不注意だった。結子さん怪我はない?」

「いや、私の方こそごめんなさい。あ、ありがとうございます、捕まえてもらっちゃって…。」

女のおろおろと慌てた姿を見て、男はほんの少しだけ自分の心に影が差すのを感じていた。何が自身にそう思わせるのか、男は内心不思議に思った。

「ううん、とりあえずは無事で良かったよ。」

「あの、天狗さんは、どうしてこんな所から?」

女は視線でもって男が今来た路地を示した。

「ちょっとね。馴染みの店に顔を出してきたんだ。」

「それって、覚さんのお店ですか?」

女の目は故の掴めない影を残したままに、なんらかの熱を宿していた。

「うん。そうだよ。結子さんはママを知っているの?」

「えっと、ちょっと浜久里さんのお使いでお酒をもらいに行ったことがあって…」

浜久里という神が酒を口にしない事を男は知っていた。

「ふうん、そうなんだ。ああ、そうだ。今夜も結子さんのお家に行こうと思うんだけど、もし良かったら起きていてくれたら嬉しいな。」

「それは勿論です!待ってますから。絶対帰ってきてくださいね。」

「うん、そうだね。ちゃんと帰るよ。」

「はい!約束ですよ。」

男がわざわざ選んだ表現に呼応して、女の顔は少しだけ明るくなった。その瞬間の男にはそれで十分だった。

「じゃあ、またね。結子さん。」

女の腰に回ったままだった手を引き抜いて、彼女の横をするりと躱すと男は石段を下っていった。

 天狗は振り返りもしなかったし、どこへ向かうでもなかった。ただカラコロと心地良い音に任せて足を運んだ。


***


「好きか嫌いか、素敵かどうか…ねえ。」

天狗が出て行った後の店で、覚は一人呟いた。それは、先程覗いた天狗の頭の中に深く深く刻まれていた言葉。覚から見れば、それは特別な価値を持つ言葉には見えないが、天狗は大切に大切に抱いているようだった。

覚の、先の男に対する思い入れはそう深いものでもなかったが、生来のお節介な性格が顔を出していた。彼の頭の中を覗いた覚には、彼が得てしまった好意の危うさとその重さが手に取るように理解されてしまった。それでも、覚は立派に飲み屋の店主でもあった。客に干渉出来るのは店の中にいる瞬間だけだと知っている。ぶちまけてしまえ、という自身の言葉は彼のためになるのだろうか。そんな事を考えながら、豚の臓物を小麦粉で揉んでいると、背後の引き戸がガラガラと開く音がした。

「いらっしゃい。」

入って来た客は無言で席に座る。覚の背後、右側の椅子を引く音でいつもの客だと分かった。

「ママ-、お酒。燗ね、あっついやつ。」

聞き慣れた酒ヤケ声が乱暴に飛ぶ。

「どいつもこいつも、準備中の札が読めないのかしら…?」

「ああ、札ならね。営業中にひっくり返しておいたよ。」

「まったく、あんたそんなだから男が出来ないのよ。」

覚は客を見ないままに、水を張った鍋を火にかける。奥の水屋箪笥から銚子を一本抜いて酒を注いだところで、やっと店主と客は向き合った。

「そうえば、さっき狗が来てたわよ。」

「え、天狗ちゃん来てたの。会いたかったなあ、儚い系イケメン…」

文車はだらしなく口角を上げた。

「イケメンねえ。儚さなんて欠片もないし、あたしはあんな青い男は嫌よ。」

 会話を遮るように、店の引き戸がガラガラと開いた。

「こんばんは、覚さん!」

新しい客は、目を見開いて焦った様子だ。

「あら、結子あんた、タイミングが良い、いや…悪いのかしらね。」

「あの、突然すみません」

「良いから、あんた店入んなさいよ。開けっ放しじゃ寒いわ。」

結子は開いた扉を掴んだまま、敷居に立ちどまっていた。

 言われて慌てて店に入って、後ろ手に戸を閉めはしたものの、彼女は入り口から動かずに言った。

「さっき、天狗さん来てましたか?」

結子の言葉にまず反応したのが文車。「そうよね」とでも言いたげな視線を覚の方へと向けた。その目を鬱陶しそうに見返しながら、覚は紫の唇を開く。

「狗ならさっきまでいたわよ。」

覚は、場の熱を嫌がるように気だるげな声をした。

「あの、私あとで来るので天狗さんがどんな話してたか教えてください!…出来るだけ色々忘れずにいてもらえると助かります…、詳しくはあとで来た時に話すので、すみませんがまた後で!」

結子は一息にそれだけ言うと、慌ただしく店を出て行った。返答する隙を与えまいとするような勢いがあった。

 店には、面白い事を見つけたとでも言いたげな目をした文車と、眉間に皺を寄せた覚が残された。

覚は眉間の皺を揉みつつ、すっかりアルコールの匂いをふりまくほど熱された銚子を鍋から引き抜いて、客に供した。文車は好奇の目を向けながらも、ママが口を開くのを凝っと待っている。

「あんた、それ一杯頂戴。」

「どうぞどうぞ。お酌しましょう。猪口をお持ち頂いて…」

文車は、覚が奥から取りだした猪口に恭しく酌をした。酒気がふわり昇った。

「ありがと。あ、いいわ。あんたそれ一本ただにしといてあげるから、ちょっと相談に乗りなさい。」

「あたしで良ければ。それにどうやら、あたしの得意分野とお見受けします」

文車は終始ニヤニヤと笑みを浮かべながら慇懃に振る舞った。

「まあ、あの男。狗の事よ。…あいつさっき来て何て言ってたと思う?」

「え、天狗ちゃんが?なになに」

「好きなんですってよ。あの子の事が。」

文車はわざとらしく悲鳴をあげた。

「待って、ママ。さっきのゆいちゃんの様子からして、天狗ちゃんはゆいちゃんが好きで、ゆいちゃんも天狗ちゃんが好きだけど、まだお互いの気持ちは確かめ合えてない、そんな所かしら?」

「流石にあんたも色恋沙汰が好きねえ。まあそんな感じじゃない?」

「それで、ママがあたしに相談したい事は、」

「あたしが狗の中で見た事の中で、どこまでを結子に言っていいものかしらってとこよ。」

そういうと、覚は一気に猪口を空けた。

「あ、ママもう一杯飲みますか?」

すかさず銚子を取ろうとする文車に、覚は首を振った。

「あたしは酔うわけにはいかないんだから。これ一杯でいいわ。」

「えー、ママお酒強いんだし良いじゃない」

「飲めるから良いじゃん、で飲んじゃうあんたとは違うの。」

文車は立ち上がりかけていた腰を、椅子に落ち着けた。

 ふっと息を吐いて眉間の皺を緩めた覚は、先に見た天狗について語り始めた。


 ***


 浜久里邸へと戻った結子は、寝殿へと続く大廊下を一人歩いてた。数刻前に、しょうけらに見せられた手紙の内容が彼女に息苦しさを感じさせた。──天狗さんを監視して、浜久里さんは何がしたいんだろう。──頭を働かせようとしてみた所で、結子には浜久里の意図が掴めなかった。想像しようにも、やはり自分にはまだ知らない事が多すぎるという結論にいたるのみだ。直接浜久里に問いただしてみれば良いのだという思考も確かにあった。彼女の知っている浜久里とは、十分に問答が成り立ちそうな気がされる。ただ、浜久里の事を語った天狗としょうけらの目は、確かに彼を畏れているそれだった。だからこそ彼女は結局の所、丁寧に足踏みをする事を選んだ。

 いつも通り、を目指すなら浜久里が呼ぶのを待ってから夕飯を伺いに行けば良い。しかし、むしろ自ら赴いて、早々切り上げた方がうまくいくような気にもなる。さっさと行って終わらせてしまおう、そう思えば足の動くのは速かった。

 宝船に着いた頃、最早習慣のように数えていた歩数は240だった。普段より10も少ない。知らぬ間に、早足に大股になっていたのだろう。結子には落ち着いて思考を回そうと努めていた自らの焦る気持ちを、突きつけられたような気がした。

 深呼吸をして、扉を二度叩く。何も考えずに叩いたその音すら、普段より間の詰まったように聞こえた。

「失礼します。」

ずるりと襖を引いて、灯りの揺れる寝殿に足を踏み入れる。

「おお、結子か。ご苦労だった。」

一瞬、結子はぽかんとした。自分が浜久里の使いでしょうけらの元に行ってきたという事実が、現在の状況に結びつくまでに数秒を要した。

「あ、はい。手紙は直接渡してきました、しょうけらさんはお家にいらっしゃいましたので。」

「うむ、それで結子。しょうけらは手紙を見てどんな様子だった」

浜久里は可可可と角を立てるように笑った。

「いや、しょうけらさんが手紙を読んでいる間は、私は雨降り小僧くんと遊んでいたので…直接は見ていませんが、」

「じゃあ、汝が帰る時にはどんな風だったね」

重ねての質問で、自分が何か試されているらしいと結子にも分かった。

「そうですね、別段変わった感じではありませんでしたが、慌てて…いたような風でした。」

「ほう、慌てていたとな。」

浜久里は再び可可可と笑った。結子には、その反応の意味するところが掴めない。掴めはしないが、今相対しているのは、やはり海市の神たる大妖怪蜃気楼とは思えない朗らかな笑いだった。彼女の見知った偏屈な浜久里爺さんがそこにいた。

「あ、そういえば。私と雨降り小僧が家に帰ってからも、しょうけらさんは何度か手紙を広げてたんですけど、その時に何か天狗さんがどうこうってぶつぶつ言ってたんです。あの手紙って天狗さんの事が何か書かれていたんですか?」

「…そうかそうか。あの男が天狗と呟いていた、可可可。そう申すか。」

浜久里はあからさまに愉快そうな態度を見せた。結子は、このまま踏み込んだところで、相手は揺らがないようだと諦めた。

「いえ、もしかすると私の勘違いかもしれませんし、出過ぎた事を聞きました。すみません。」

「可可、よい。構わん。ただし、手紙に書かれたことはこの町の話故に。汝が人である以上はそう簡単には明かすことも出来んな」

「私が妖怪だったら良いんですか?」

「汝がこの町の真なる住人となるなら、教えてやろうとも」

「えっと、住人になるってことは、私が妖怪になるって事ですか?」

「うむ、…しかし、そうさな。これ以上は契約違反になりかねないからな」

浜久里の言葉には、誘い込むような、そんな響きがあった。一瞬、松明の火が大きく揺れるのが結子の目の端に映る。彼女は妙に冷静な頭で、踏み込むのは得策ではないと判断した。浜久里の意図は別にあるとも知らずに。

「あまり難しい事は私には分かりません。これ以上はやめておきますね。」

「そうかそうか。珍しく賢い娘よの。…そうだ結子。今日の夕餉は山烏にしよう。」

意地の悪い声で言ってから、浜久里はまた笑った。剥き出しの悪戯心に、結子は毅然として向き合うことにした。

「カラスですか。鳥肉は私も好きですから、今夜はいつも以上に楽しみです。」

「食べ方は高女に任せよう。好きに料理するよう言っておけ。」

「分かりました。では、買い出しに行って参ります。」

「可可可、まずは味から学ぶと良い。カラスには秘密がいっぱいあって面白いぞ。」

結子は黙って頭を下げると、浜久里の寝殿を辞した。


 ***


「山烏の焼き物。美味しかったです。」

「そうだろうそうだろう。カラスはやはり食用に向いている」

「どうも、ご馳走様でした。本日はこれで失礼致します。」

「可可可、今夜はまた妙に急ぐではないか。まあよい。よく気をつけて帰るといい。明日も汝の顔を見られるのを楽しみにしていよう。」

結子は黙って頭を下げると、空になった膳を持って部屋を出た。

 空いた腕やら皿の載った膳を、置いては戸を開け、また膳を抱える。繰り返しながら、扉を一枚一枚開いて、長大な屋敷の通路を繋げていく。

 いつも通りの仕事を淡々とこなす彼女は、外見こそ平静を装っている。しかし、その胸の内は忙しい。これから向かう先で聞かされるであろう話を、早く知りたい自分と、まだ全てに蓋をする事が出来るのではないかと粘る自分とを抱えて、相変わらずうじうじしている。

 それでも、扉は一枚一枚開いていく。彼女の足は浜久里邸の鳥居の外へ出る。道は開かれ、彼女の足は酒場へと引き寄せられる。鼻緒をきつく食い込ませた足は、心と裏腹に焦った様子で石段を蹴った。真っ直ぐ正面を見据えた目に映るいろいろも、何一つ意味を主張してこない。さながら自動運転の様相で、気がついた頃には彼女はその店の前に立っていた。

 一瞬だけ、引き戸の前で立ち止まった。というのも、果たして自分が覚に何を聞けばいいのか最早分からなくなってしまっていた。

──まず、私が聞かなきゃいけないのは…、そう天狗さんの仕事の話。あの人が浜久里さんの元で何をしているか分かれば…ってしょうけらさんは言ってたから。それから、あの女の人のこと、私は…あの人の事を聞きたいのかな、あれから一度も見てないし、もう勘違いって事にしたら、それでも──

店の中からは、酒やけ声と艶っぽい低い声とが談笑しているのが聞こえる。この数週間で、もう随分と通い慣れて来た店。温かい店の中に入ってしまえば…、そんな気持ちが最終的に彼女の手を動かした。引き戸はガラガラと音を立てる。

「こんばんは…」

「あら、あんたやっと来たわね。こっちはもう温まってるわよ。ほら、早く入んなさいよ」

迎えた覚は、幾分か日頃より明るい顔をしていた。文車が自身の左隣の椅子を少し引いて、結子を招いた。結子は珍しく、文車と間を開けずに席に着いた。

「すみません、お待たせしました…」

言いながら、結子はあははと笑った。店の中は、彼女の予想以上に温かく和やかだった。

「あんた、何飲むの?」

「あ、私はお茶をいただきます。下戸なので。」

「ああ、そう。呑まないのね。」

覚はいつも通りに、背後に設えた水屋箪笥から急須と湯飲みを取りだして茶の準備を始めた。

「結ちゃん、今日はね。ママの創作料理があるんだけど。これが中々イケるのよ」

文車は結子の方に身を寄せて言った。言葉と一緒に薄く酒の匂いがした。

「あんたの口に合うかは知らないけど、まあ食べてみなさい。すぐ出すからちょっと待ってて」

覚は鍋を火にかけて何かを温めだした。辛みと味噌の良い香りがした。

「なんですか?すごく美味しそうな匂いですね」

「なんかね、お豆腐と挽肉を味噌と唐辛子で味付けしたみたいなんだけど、ママこれ名なんて料理?」

「そんなもんないわよ。豆腐の辛味噌炒めみたいな、そんな感じじゃない?」

「あはは、楽しみです。」

説明を聞きながら、結子はある料理を頭に思い描いていたが、実際に出てきたものもほとんどそれに近かった。要はとろみのない麻婆豆腐風の料理で、それから豆腐が多少大きめに切られていた。

「いただきます。」

食べる結子を、二人の目が凝っと見つめる。その期待に応えるべく、彼女は笑顔で「美味しい」と言った。実際に、それは美味しかった。

「これ、もしかして少し山椒入ってますか?」

「あら、あんた舌が良いわね。よく気づいたじゃない。そこのおばさんは最後まで気づかずに完食してたわよ。」覚は顎で文車を指した。

「え、そうなの。ママ、あたしにもそれもう一杯頂戴」

文車は、机に身を乗り出して注文した。覚は「舌が馬鹿なやつには食べさせても仕方ないんだけど」なんて言いながら、再び鍋に向き直る。

「私、これに似た料理を食べた事があって。でも、覚さんの作った方がずっと美味しいです」

「ふうん。似た料理ってのはどんな感じだったの?」

覚は喋りながらも、結子にお茶を、文車にお代わりをそれぞれ供した。

「えっと、もう少し辛みが強くて。それからお豆腐はもう少し小さくサイコロくらいに切ってあって。あと片栗粉でとろみがつけてありました。」

「そうねえ、片栗粉。それも美味しそうね。今度作る時は真似してみてもいいわ。」

結子はふふふと小さく笑った。今度は来るのだろうか、そんなことがやはり頭を掠めた。

 隣で雑に食べている文車に習って、結子も椀を持ち、口をつけてするすると完食した。

「美味しかったです。」

「はい、お粗末様。…じゃあ、そろそろ聞かせてもらおうかしら?」

「お、本題に入る?」

覚のきっかけに釣られて文車も顔を上げた。二人の視線は再度結子に集まる。視線を向けられた女は、真剣な目をして毛むくじゃらの店主を見つめる。見つめてから数秒、彼女は口を開くより先に目を泳がせ始めた。

「何よ、結子あんた、さっき顔出した時はあんなに意気込んでたじゃない。」

覚はゲラゲラと笑った。

「まあまあ、女の子には聞きたいけど怖いって事がいっぱいあるのよ。ね?ゆいちゃん。」

文車は優しい笑顔を向けてくれる。文車の左手に背中を撫でられて、やっと結子は言葉を紡ぎ始める事が出来た。。

「…あの、うまく纏まってなくて、色々と訊きたいことがあるんですが…」

「狗の事でしょう?良いわよ。悩める乙女の相談に乗ってあげようじゃない。」

覚は腕組みをしてどっしり構えた。

「…まず最初に聞きたいのが、天狗さんのお仕事の事なんです。あの人がどんな仕事をしているのか、教えてください!」

結子は卓に向かって勢いよく頭を下げた。

そして訪れたしばしの沈黙。彼女はゆっくりと不安な顔を上げた。すると、視界に映った覚は怪訝な顔をしていた。

「…仕事?…が知りたいの?」

「はい。そうです。」

「ママ、天狗ちゃんの仕事って、見たの?」

「ううん。狗とはそんな話してないもの。あいつの頭の中に仕事なんてこれっぽっちもなかったわ。」

再びの沈黙。今度は先よりもう少しだけ長かった。

「…え?天狗さんと、お仕事の話しなかったんですか?」

「しなかったわよ?あたしは、客の持ってきた話しかしないもの。」

「ええ……」

「残念がられても、そんなこと聞かれると思ってないもの。…」

覚は何やら弁解をしているが、結子の耳にはその意味は入ってこない。代わりに自身の算段が流れて行く。

──でも、問題ない。大丈夫。そもそも、お店に来たのはさっき偶々天狗さんとぶつかったから。元々予定に入ってなかったラッキーが潰れただけ。ちゃんと今夜天狗さんに聞けば大丈夫、大丈夫、──「すみません、そうですよね。…大丈夫です。」

顔を上げた結子を、覚が凝っと見つめていた。バツの悪い顔をしていた店主は、結子の目を見て眉間に皺を寄せた。

「あんた、まだ時間あるでしょ?」

「私ですか?えっと、夜に天狗さんと約束があって…」

「それ何時よ?」

「時間の約束は正確にはしてないんですけど、大体12時、子の刻あたりに来るのかな?」

「あんたもダメな女ねえ。いつ帰ってくるかも分からない男を待とうっての。…まあ良いわ。今酉三つくらいでしょ?まだまだ時間はあるわね。」

言われて結子が時計を見ると、確かにまだ18時20分を過ぎたくらい。天狗の帰宅までは時間があった。覚は結子の返事も聞かずに、水屋箪笥から銚子と猪口を取りだした。

「お、今夜はママの奢りですか?」

しばらくの間、口を挟まずに酒を飲んでいた文車がここぞとばかりに明るい声をあげた。

「なんであんたの分まで奢らなきゃいけないのよ。」

「待って下さい、私お酒飲めませんよ?」

「一滴も飲めないの?」

「いや、そういうわけではないんですけど…」

「じゃあこれ持って。」

覚は半ば強制的に結子に猪口を持たせると、カウンター越しに少々高い位置から器用に酒を注いだ。

「好きな男に会いに行くって女を、そんなに渋い顔のまま帰すほどウチの店は落ちちゃないわよ。」

「えー、覚ママ優しい…、ちょっとうるって来ちゃいました。私疲れてるんですかね?」

「馬鹿ねえ、こんなので優しいなんて言ってるからあんな狗みたいなダメ男に引っかかるのよ。」

「なんでそんな事言うんですかー。」

結子はうなだれた。そこにはいつも通りにわざとらしい装いがあったが、彼女の気分は少しだけ明るかった。

「まあまあ、じゃあ改めて乾杯しましょう、しましょう。」

文車は他二人の方をそれぞれ見ながら言った。彼女は場を茶化す役割が気に入っているらしく、酒やけの声が楽しげだ。

覚と結子はそれぞれの猪口を軽く掲げる。文車が音頭を取って、三つの猪口が控えめに持ち上がった。──

「酒の勢いって言い訳で、思ってること一通り吐いていきなさい」

一息に猪口を干した店主は、荒っぽく言い捨てた。

「もう、何から話せばいいか分かりません…」

「あ、じゃああたし質問!なんで天狗ちゃんの仕事が知りたかったの?」

「えっと、どこから話せばいいんでしょう…」

結子はそれまでの出来事を少しずつ語り始めた──


 三つの声が、温かい店に響く。少しばかり酔いの回った鼓膜は、水中にいるかのようにうすぼんやりと音を伝える。自然大きくなる笑い声、ため息、叱りの檄。時々訪れる空白には決まって、とくとくと酒が注がれる。

 人も妖もない、友人同士の酒の席が如く解けていく時間と心の壁。ぼうっと熱を持った指先と脳内に、凍るほど冷たい頬と額。

 こんな席を持つのはいつぶりだろう。熱い頭の中で、一つの感慨が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 軽快に喋っている自分と、脳内でぼんやり考えている自分と、それから次々と酒を流し込んでいる自分とが結子には不思議に思われた。いくつもの事を並行して出来るような余裕はない筈なのに、それを全て問題なく行っている自分が目の前にいて、酔っ払った自分はそれを眺めているだけのようなそんな気がした。


──「あなたが、悩んでる事はまあ大体分かったわよ。」

「そうだねえ。なんだか思ってたより大きい話になっちゃったし、あたしとママから言えるのは天狗ちゃんと直接対決するしかないって事になっちゃうよねえ。」

いつも以上に乾いた声を出す覚と、多少酔いが深まったところで普段通りの文車。

「対決ってなんだか物騒ですねえ」

結子はこぼすように呟いた。

「気合い入れて行きなさい。好きな男に寄りかかろうなんて甘えた考えじゃダメよ。本気で欲しいなら、あんたの手中に収めなさい。」

「私には難しいですね…」

「結ちゃん、確かにママは過激だけど、弱気になっちゃダメよ!」

文車の酒が最後の一滴を猪口に移したのを見て、覚は新しい銚子を鍋に浸けた。

「ねえ、そういえば結子、あんたはどうしてそんなに狗に固執するわけ?」

「固執…してるんですかね?」

「結ちゃん、あんまり難しく考えないでいいのよ。天狗ちゃんのどんな所が好きなの?」

文車は、いつもの如くちょっとした助け船を出したつもりだった。まさか結子が頭を抱えて黙り込むとは思ってもみなかった。

「何?あんた、何も思いつかないの?」

覚は眉間の皺をきつくした。

「ママってば、そういうところ相変わらず男だなあ。女の子の恋にはあるのよ。理由が分からないけど落ちちゃったなんて事が。」

文車自身、嘘をついた訳ではなかったが、結子の沈み方がそう単純なものでもないようだということも分かっていた。

「別に、一つに絞れなんてあたしだって言わないわよ。なんでも良いからなんか出してみなさいよ」

結子はしばらく黙ったままだった。顔を上げる前に、俯いたまま器用に一口酒を飲んだ。

「…お酒の勢いと言う事で、少しだけ。相談をしてもよろしいでしょうか…」

控えめなお願いをしながらも、彼女には珍しく、頭の中には受け入れてくれる二人の姿が鮮明に浮かんでいたし、実際の所その通りになった。

「今更改めて言わないでも、今日はずっとあんたの恋路が議題よ。」

「でも、ついに、本題って感じだね!」

視線を上げて、優しい顔の二人を視界に映しながら、結子は慎重に言葉を選ぼうとした。

「なんというか、丁寧に細かい所を拾えば、この時のこんな天狗さんがかっこよかったとか、好きって思った部分はいっぱいあって。でも、なんというか…それは全部どうでも良いことでもあって…。すごく、自分が汚いというか、ずるく見えてしまって、本当はこんなこと言うの恥ずかしいんですけど…。私は多分、天狗さんが特別だから好きなんです。私が生きていた人の世界と違う世界で生きて居るところとか、この町でも何か重要な人であったりとか、そんな天狗さんが私の側にいて、私の事を特別な存在にしてくれるような気がして、これって私は天狗さんを利用しているのかもってずっと思っていて。でも、もうあの人のいない自分に戻るのも怖くて。私は、どうなんでしょう、こんな思いで天狗さんの事を好きだなんて言って良いんでしょうか?どう思いますか?…もう私を罵ってください…」

結子は言い終えるなり酒を煽った。吐き出しながら、自分の内面が固まっていくような気がして、臆病なまま清々したような気分が彼女をそうさせた。

結子の言葉を聞き終えた覚は、それが一区切りであると確かめるように数秒の間を置いてから、ちらと文車を見た。

「あんた、言いたいことある?」

「いえいえ、ママを待たせてまで言うほどの含蓄はあたしなんかにはありませんから…」

文車は大げさに、顔の前で両の掌を振った。その様子を確認した覚は、小さくため息をついて、それから二つの湯飲みに冷水を注いだ。一つを結子に出し、一つを自身で飲み干してから話し出した。

「…そうねえ、どこから突っ込むべきか分からないけど。まあ、最初に思うのは、あんた幾つよって所かしらねえ。」

「えっと、私そんなに馬鹿な事を言っているでしょうか…」

「とりあえず、あたしの話を終いまで聞きなさい。青臭い悩みだなとも思うし、でも確かに恋をするってそんなものだった気もするし。別に怒るわけでなし、勿論褒めるでもなし。あんまり勝手に色々裏を読まずに、あたしの言葉をそのまま聞きなさい。」

「…頑張りますね。」

その返答に、覚はまたため息をついたが、店主の想像していたよりはずっと、注釈は正しく結子に届いていた。天狗のことを考える結子一流のなんでもかんでも悪い方に捉えようと自ら務めるような思考は、鳴りを潜めていた。それは偏に、お節介で毒舌家の店主の声が優しく温かかったせいだった。

「例えばだけど、あんたは金持ちだとか権力者で、あんたの事を特別にしてくれれば誰でもいいの?それこそ、浜久里さんとか」

「いやあ、なんだか例が極端な気がしますけど、それは違いますね…。浜久里さんは好きですけど、おじいちゃんだし、いやもし若かったとしてもなんとなく違うと言いますか…」

「極端だけどそれで良いのよ。いい?世の中に特別な人間なんてそういないわ。勿論あんたも、狗も含めてあたしから見れば、魅力で言えば普通よ。その中で、あんたはアレを特別にしたんでしょ?狗があんたを特別にしてくれるのが嬉しい、なんてのは十分に、あんあたの好きなあの男の特徴って呼んだら良いし、そう思わせてくれる男なんてそう見つからないもんよ。」

「はあ…い」

覚の説教は、結子のぼんやりした頭には難しく、聞いているような流れていくような難しい気持ちになった。

「ダメね。突っ込みどころが多いせいであたしも重箱の隅をいちいち突くような話し方になっちゃう。あのね、愛情なんて自分の為でも他人の為でもなんだって良いのよ。そんなのはどうでも良いの。その理由も根拠もどうでも良いし、悩むだけ無駄なの。」

「無駄…ですか?…いや、なんでしょう。言ってることは多分、分かるんですけど、…本当に申し訳ないのですが、うまく飲み込めないというか…」

「そういうもんだから、別に今全部飲み込まなくて良いわ。ただ、よく覚えておきなさい。あんまり一つの事を見過ぎると、普通に考えれば分かる程度の事が目に入らなくなるから。そうならない為のあたしの忠告よ。」

今度の言葉は、結子のうちにすっと馴染んだ。

「…確かに、そう言われてみると忘れていたような気がします。多分、誰かに同じ事を相談されたら私もそんな風に、あ、いやママほどかっこよくは言えませんけれど、似たような事を思う気がするんですけど、すっかり見えていませんでした…」

これを聞いて、覚が笑った。

「まあ、あんたは色んな事を考えすぎる馬鹿だから、これくらいは言えるでしょうよ。それだけ普通で当然のことすら見えていなかったのよ。…それから最後に一つだけ。これが一番大事だけど。あんたがどんな気持ちで狗を好きでいようが、何に悩もうがそんなことはどうでも良いけど。…何を言うか、何をするか決めなきゃいけない時には、あんた自身と同じくらい相手を大事にしなさい。自分が一番可愛いなんて事は当然よ。でも、それと同じだけ大切にしようとするって事が、誰かを愛するってことじゃない?」

「大事に、ですか。…あの、うまく感想を出せないんですけど。でもちゃんと覚えておきます。」

結子には、覚の言葉が嬉しく思えた。それは、その言葉に感動したからでも、衝撃的だったからでもなく、彼女にとって馴染みの良い価値観だったせいだった。

「…もしかして、なんだけど。この後にあたしも何か言った方がいいの…?」

文車は身を竦めながら言った。それを見た結子が笑うと、店には緩んだ空気が帰ってきた。

「あ、ママ、もう一杯お水ください!これ以上酔うわけにはいきません!」──



──「じゃあ、いってきます。」

そう言ってから、結子は店の戸を閉めた。

酔って火照った体にも、町の風は冷たく堪えた。ぴっと理性を引き戻された気になりながら、半纏の前をぐいと寄せて、自分の体を抱くようにしながら歩き始める。視界の先には、火の並んだ明るい道が見えるが、彼女のいる脇道はほとんど真っ暗である。障害物のある道でもないが、下を見ながら慎重に足を進めた。

視界が開けた時、彼女の帰り道は左手に延びている。しかし、彼女の目を奪ったのは右に見えるまばゆいほど明るい一点だった。その光に目を細めつつ、何事かと伺う。三つの火の玉が、一つの石灯籠の周りでゆらゆらと漂ってる。目が慣れてくると、揺れる灯の隙間から、灯籠の足下に座り込んだ少年の顔が照らされて見えた。

 その見知った姿に、結子は慌てて駆け寄る。火の玉はゆらりと脇に避けて道を譲った。

「雨降りくん…?雨降りくん?」

彼女は屈んで、少年を抱き寄せると繰り返し名前を呼びながら揺すった。

「…そいつは、生きてるよ。」

突然、結子の右後ろを漂っていた叢原火がぼそりと言った。驚いた結子がびくりと震えると、雨降りは小さくうなり声を上げた。

「本当だ…良かった…。あの、この子、何があったのか分かりますか?」

結子は周囲の火を見回した。姥が火と、ふらり火は低く唸っているだけで何も言わない。その様子を見た叢原火が再び、渋々と言った様子で口を開いた。

「…俺たちはよく知らないよ。こいつが階段を登ってる途中で座り込んだから。見に来たらぼろぼろで…。ちょっと見てただけさ…」

確かに、雨降り小僧はぼろぼろだった。まず目を引く傘には、いくつもの亀裂が入っている。その奥の顔は青白い中に頬だけがやたらと赤い、顎の辺りにはすりむいたような傷があって少しばかりの血が固まってこびりついているし、着物はだらしなく緩み、膝の辺りが少し破れて、泥と血でうっすら赤黒く染まっていた。

「一体何があったんでしょう…。とりあえず私、この子を家まで連れて行きますね。」

そう言いながら、彼女は時間を計算していた。もし、時間がどうしてもなかったとしても、彼女には目の前の少年を捨て置くことは出来なかっただろうが、それでもやはり天狗との約束は大事だった。──さっき店を出たのが亥の3つ、だから10時。あと二時間くらいはある。雨降りくんを送って戻ってくるのは、雨降りくんを背負って行くとしても一時間もあれば出来るはずだから、大丈夫。約束には間に合うはず…──


「…あんた、こいつを送ってくれるなら…ちょっと待ってな…」

叢原火がぼそりと言った。

「あ、もしかして、誰かしょうけらさんを呼びに行ったりしてますか?」

しかし、火の玉達は結子の質問には答えない。彼女が再度問うても、彼らは唸るだけだった。無視して歩き出そうかと考えながら、結子は雨降りを再度観察した。

胸の動きからして、呼吸は安定しているようだ。しかし、触れてみればその手先や足先は非常に冷えていた。結子は必死に雨降りの手をさすってやる。それにしても、彼の姿はなんだか不思議だった。膝や顎の傷は、まあ転んだのだろうと見ればそれで納得がいく。着物の様子も、焦って階段を登ったのだと思えば自然ではある。ただ、傘にいくつも入った亀裂だけは、自然についたものとは思えなかった。

彼女は、やんちゃな弟を介抱するような気になりながら、傘の傷を優しく撫でようとした。その指が、触れたか触れないかくらいの所で突然、雨降りが目をカッと見開き、そして結子を真っ直ぐに見つめた。ほんの数秒の後、目の緊張を緩めると、少年は再び混濁した眠りへと帰っていった。向けられた視線の強さに対して、相応の言葉の見つからない内に、彼女は少年の意識を掴み損ねたのだった。


「…来た…」

叢原火の声に振り返ると、炎を纏った獣が仁王立ちしてこちらを見下ろしていた。すくっと立ったその身体は異様に大きく、身長はおそらく2メートルはゆうに超えるだろう。胸部から腹部にかけてのみ白い肌が露出し、乳頭のようなものが四対並んでいる。それ以外には全身が茶色に灰色の混ざったような毛に覆われ、その周りを終始真っ赤な炎が舐めている。化け猫もしくは、角のない鬼のような顔に、黄色い目玉がきりりと光るその異形は、即ち火車であった。

「そこの小僧を運べば良いんだな?見たところ死んじゃいないようだが」

火車は傍らを浮遊する眩く輝く怪鳥、青鷺火に尋ねた。どうやら、青鷺火が火車を呼んできてくれたらしい。怪鳥は問いに答えるように高い声で一つ鳴いた。

「運んでも良いが、俺はあのいけすかないしょうけらの家まで行くのはご免だぞ」

火車はそう言って、周囲を見渡した。複数の火の妖怪が集まる中では、その顔の筋肉の一寸した動きまでもが濃い陰影で見て取れる。燃える獣が最後に視線を合わせたのは、否、唯一その獣から目を逸らさなかったのが、今一つ状況を飲み込めずにいる結子であった。

「お前も一緒に来い。しょうけらにはお前から説明しろ」

「私、ですか?」

「そう言っている」

言うや否や、火車は右手に雨降り小僧を、左手に結子をむんずと掴んだ。結子は突然伸びてきた手に身構えたが、獣の怪力はそんなことお構いなしに彼女を持ち上げる。肩に載せられるような形で抱きかかえられて、目の前で揺れる火に怯えたが、その火が彼女を舐め取る事はなかった。

 火車は抱えた荷の座りを確かめるように軽く身体を揺すり、ふんっと一つ鼻息を吹いた。鼻の周囲の毛がちりちりと焦げる。獣が気にする様子はない。

 次の瞬間、火車は恐ろしい勢いで石階を跳ね降り始めていた。



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