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マクシミリアンの報告が終わると、ジャクリーンとのお茶会は強制終了させられてしまった。
婚約破棄が決定したので、さっそく婚約破棄の書類を作成しているらしい。
おそらく粗方の作業は終わり、後は私のサインを入れれば良い状態になっているだろうとのこと。
こういった書類は書記官を呼んで立ち会い人の下で作成されるのだが、王太子の権限を使って呼び出したのだろうか。
さすがに展開が早くてついていけない。
「殿下、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
王太子の執務棟へと向かう道中、気になったことを質問してみる。
視線で続きを許されたので、私は疑問を口にする。
「あまりの早さで驚いてるんですけど、陛下の許可ってもちろん取ってあるんですよね?」
いくら王太子でも王命を勝手に変更はできない。
そんな暴走してないとは思うが、確認しなきゃ書類にサインなんて書けない。
「当然だろう。あいつはいつから逢い引きしてたと思ってるんだ」
つまり、アンドリューの浮気はマクシミリアンには筒抜けであったらしい。
その上で泳がされ、婚約破棄を言い出したので即処分なのだろう。
さすがは仕事のできる王太子である。
「それにエイダ、お前の結婚に関しての権限は私の婚姻と同時にこちらに移っている」
「殿下、それは…?」
「お前の結婚相手は、父親だけじゃなく私の許しも必要だということだ」
良い笑顔で言うのはやめて欲しい。
遠巻きで見ていた侍女やメイドがふらついてるから。
でも、私はちっとも嬉しくはない。
「ジャクリーン様のために手段は選ばないのは、結婚してもお変わりないようで」
「今日のリーンも美しかったな」
私はマクシミリアンを見つめながらげんなりした。
私の人生はジャクリーンと仲良くなってしまったがために、この王太子に振り回されることが決定してしまった。
アンドリューは同志だと思っていた。
仕事の愚痴を言い合ったり、王太子の無茶振りに二人で笑いあったり。
そんな夫婦になりたかった。
これからは再び私一人で頑張らなければいけないようだ。
まだ成人する前、貴族令嬢はお茶会のみ集まることが許された。
女性だけのお茶会に当時王子だったマクシミリアンは干渉できない。
第一王子の婚約者となったジャクリーンに嫉妬して苛める、嫌がらせをするなど、それは多種多様な攻撃があった。
それらを表立って回避するのは私の役目。
ジャクリーンにそんなことをした人間を報告しては、マクシミリアンは報復していた。
デビュタントを迎え、私達が学院に入学する頃には、誰もジャクリーンには怖くて手出ししないようになっていた。
国内の貴族がマクシミリアンを敵に回してはいけないと認識した有名な話だ。
有り難くも私はその恩恵を受けているのだが、まさかマクシミリアンの庇護がここまでとは思っていなかった。
「お前達、まだいたのか」
執務棟の応接室の一つにマクシミリアンと共に入室した。
そこには私の父親と共にアンドリューとその父親のコーマン侯爵がいた。
後は、書記官が二名、居心地悪そうに座っている。
マクシミリアンはコーマン親子を一目見るなり怒気を噴出させる。
「私が戻って来る前に去っておけと言わなかったか?」
マクシミリアンに凄まれ、 コーマン侯爵は顔面蒼白だ。
「で、ですが殿下!あまりにも処分が重すぎませんでしょうか…」
侯爵からは、たかが女遊びにあまりにも処分が重いと不満が出ている。
コーマン侯爵自身は王都を守護する第一騎士団の団長を勤めている猛者だ。
文官の父親とは厳つさが違う。
しかし、こういったテーブルのある場では、冷や汗をかく侯爵より我が父親の方が平静でいられる。
「わかっていないようだな、コーマン卿」
地を這うようなマクシミリアンの声に、不運な書記官が意識を飛ばしかけている。
「アンドリューは陛下の命令を無下にし、私と陛下の信頼を失ったのだ。近衛騎士としては不適当だろう。これ以上何か言うのであれば、監督不行き届きを理由にコーマン侯爵家にも罰を与えることになるぞ」
「そ、そんな…殿下…」
侯爵が肩を落とす。
そんな父親の横に座るアンドリューは、私を睨みつけている。
こんな大事になって、左遷されるまでの騒動に発展したことを恨んでいるのだろうか。
「恐れながら殿下…」
「なんだ、アンドリュー」
「エイダには何か処分を…?」
「なぜエイダ嬢が処分されねばならない?すべてお前が引き起こしたことでエイダ嬢は何一つ悪いところはない」
アンドリューが驚いた。
どこに驚いたところがあったのか。
「お前はエイダ嬢が私達の結婚式の準備に追われている時に、侍女とよろしくやっていたそうではないか。一層身を引き締めねばならぬ時期なのにだ」
マクシミリアンの目の色は呆れと失望の色に染まっている。
信頼している近衛が簡単に女性に靡くなど、王太子を身の危険に晒す行為だ。
「エイダ嬢はこれからも私達のために尽力してくれると誓ってくれた」
ここで発言が許されるなら、全力で訂正したいようなことをマクシミリアンが述べる。
私はこれから先も王太子と王太子妃のために頑張って働くしかないようだ。
「コーマン家の手続きは済んだのか?」
マクシミリアンの問いかけに、書記官がうなずく。
「ならば、コーマン卿とアンドリューは退室してもらおうか。そうだ、言い忘れていた」
うなだれる二人にマクシミリアンは無情にも告げる。
「あの女は1ヶ月以内に退職させる。アンドリューは責任取ってあの女を妻に迎え、任地に連れて行くように」
「殿下、あんな女を我がコーマン家の嫁にとおっしゃるのですか!?」
「当然だろう。卿、息子の望みくらい叶えてやれ」
本来なら優しい台詞のはずなのに、空々しく聞こえた。
殿下の意志が翻らないことを理解した二人は、すごすごと退室していった。
こうして、私は作成されたばかりの書類にサインし、7年していた婚約が破棄された。
昨夜のアンドリューの言葉から半日強というハイスピードだった。




