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王太子宮へと先触れを出し、訪問の旨を王太子妃に伝える。

王太子妃ジャクリーンは幼少の頃からの友人だ。

お互い親友と公言しているので、普通なら許されない当日訪問も許されるのだ。

私はジャクリーンからの返事を待って、王宮への馬車に乗り込んだ。

午後のお茶の時間に呼ばれたから、午前中の内に父とコーマン侯爵、そしてこの婚約に関わる人間達にもこの騒動が伝わっているかもしれない。

本当は騒ぎにならないように、両家で内密にことを進めるべきなのだ。

だが、この婚約は王の息子である王太子とその伴侶への愛情の一つとして結ばれたものだ。

将来王太子が玉座に座る時、少しでも二人の負担が減るように。

孤独な地位の二人に、側に信のおける人物を。


私はジャクリーンを支えるために側仕えとなる。

そのために、王太子夫婦の婚礼が終わったら結婚することになっていた。

そろそろウェディングドレスの製作に取りかかろう。

アンドリューとしたこの前のお茶会の時の話だった。


「どうしてやろうかしら…」

優雅に紅茶を口に運んだジャクリーンが、その美麗な顔に怒りを滲ませた。

「結婚前の一度の浮気くらい…許せって人も多いんでしょうけど…」

「今の時代、そんな考えはそぐわないわ」

そもそも子供の頃に婚約したり、政略結婚も今は少なくなってきている。

しかし、高位貴族や要職に就く家柄になればなるほど婚姻の自由は少ない。

特に王族に近い人間ほど、一族の素性が明らかでなければならない。

だから、外交官をしている我がモーズレイ伯爵家と騎士をしているコーマン侯爵家を王太子夫婦の側近とするために婚約が結ばれた。

すべては国と王族のための関係だ。

そこに恋愛感情などという私情を入れて良いわけがない。

「ほんと、ごめんなさいね。あなたが私の結婚の準備を手伝ってくれていたから…」

「ジャクリーンの結婚式のためでもあるけど、私はお父様の仕事をお手伝いできてとても良い経験になったの。だから、謝らないで」

もしかしたら、アンドリューは働く女性というものが嫌だったのだろうか。

そうは考えてみるが、アンドリューのお相手は王宮の侍女なので働く女性が嫌だということはないだろう。

では、何がいけなかったのか。

昨夜から、そんなことばかり考えていた。

「とりあえず、お菓子でも食べましょう」

そう言って、ジャクリーンが果物をふんだんに使ったタルトを自ら取り分けてくれた。


「王太子妃様」

スルリと近付いてきた侍女がジャクリーンに耳打ちする。

ジャクリーンはそれに頷くと、侍女が部屋の扉を開けに行く。

扉の方を見ていると、近付いてくる複数の足音。

先程の侍女に先導されながら、王太子がやってきた。

私は立ち上がり、王太子へと礼をする。

チラリと見えた同伴の騎士は、いつものアンドリューではなかった。

「楽にしてくれ」

いつもの形式的なやり取りをして、王太子はジャクリーンの横の席へと座った。


「どうなさいましたの?」

ジャクリーンが不思議そうに、怒りを隠しきれずにイライラと座る夫マクシミリアンを窺う。

私は気になって閉じられた扉付近に立つ近衛騎士団団長へと視線を送る。

いつもならアンドリューなのだが、私がいる場にアンドリューは連れて来られないのはわかるから別の人なのはわかるが、何故王太子付の第三隊近衛騎士団の人間ではないのであろうか。

私はマクシミリアンの背後に立つ側近メレヴィス・アクトンを見た。

「リーンはアンドリューの話は聞いたか?」

「ええ、先ほど。何か動きがありましたの?」

マクシミリアンが扉の前に立っている近衛騎士団団長を手招きした。

「王太子妃殿下、私は近衛騎士団をまとめておりますケルビン・スカットと申します。そして、エイダ・モーズレイ嬢。この度は部下の失礼な行い、誠に申し訳ございません」

そう言って、私の前に膝をついて頭を垂れた。

「頭を上げて下さい!なぜ騎士団団長様が謝られるのです!?」

ただの令嬢である私に、アンドリューのことでそこまでしてもらう理由がわからない。

私は困って、マクシミリアンを見た。

「アンドリューは今日付を以て私の近衛の任は解いた」

「えっ!?」

さすがに動揺して、驚きの声が出てしまった。

急展開すぎないだろうか。

「今朝、アンドリューがエイダとの婚約を解消したいと言ってきてな」

昨夜、私が王太子には言うように言ったからなのだろう。

アンドリューは素直に私ではなくララミーとの結婚を許して欲しいと告げたらしい。

「そこで、登城して話し合いをしていたモーズレイ卿とコーマン卿を呼び出して話をした」

ちょっと王太子、仕事が早い。

まさか数日から数週間かかるだろう婚約に関する話し合いをまとめてきたのか。

「私と二人の前でもアンドリューはララミー・テーラと結婚したいとのたまってな」

マクシミリアンがハハッと怒りのこもった冷笑を漏らす。

「アンドリューは王命を反故にすると宣言したんだ。そんなヤツを私の側には置いてはおけない」

マクシミリアンの怒りの原因は、アンドリューの浮気でも、婚約破棄でもないらしい。

国王とそして王太子に忠誠を誓った騎士であるアンドリューが、王命を無視したことにある。

近衛騎士団団長が謝罪に出てくるくらいの罪だ。

王太子の友人として取り立てられていた面もあるアンドリューは、マクシミリアンの信頼を裏切ったのだ。

「よって、エイダとの婚約はアンドリューの瑕疵で破棄。アンドリューは王命に背いたとして近衛騎士団から退団、3ヶ月の謹慎処分の後国境警備隊に転属することになった」

マクシミリアンが淡々と告げることに、私は恐怖を感じる。

マクシミリアンとアンドリューは今まで友人同士だったはずだ。

しかしアンドリューが一人の女性を愛したが故に、マクシミリアンは王太子として冷徹なまでの処分を行った。

団長は王太子夫婦に向かって床に額が付くくらい平身低頭で微動だにしない。

アンドリューは自分のやらかしたことで近衛騎士団団長というこの国の騎士団のトップの人にこんな風に頭を下げさせているのを知っているのだろうか。


「エイダとアンドリュー、どちらかを取れと言われたら私は迷うことなくエイダを取る」

「殿下…」

「アンドリューくらいの騎士はいくらでもいる。しかし、私の妃に信頼され、我が子が生まれれば乳母の役を担うであろう女性はそうはいない」

「身に余る有り難きお言葉にございます」

いずれ王となるマクシミリアンには、後宮という妻子が住む場所の安全を守るために私が必要なのだ。

私はソファから降り、床に膝をついてマクシミリアンに頭をたれた。

「王太子殿下並びに王太子妃殿下の信頼にお応えするよう、これからも尽くして参ります」

「そうしてくれると助かる」

マクシミリアンが少し笑ったようだった。


「さあ、二人とも頭を上げて」

ジャクリーンが声をかけてくれる。

団長は立ち上がり再び扉の前へと戻り、私は椅子に座り直した。

「エイダ、これからも変わらず私に力を借してくれる?」

「もちろんよ、ジャクリーン」

ここからはいつもの通りだ。

「でも、結婚できないなら職業夫人は難しいから側仕えは無理かしらね。ジャクリーンの侍女にでもなろうかしら」

「それはいい案ね!」

ジャクリーンが嬉しそうに手を叩く。

「いや、それはダメだ」

しかし、妻のワガママはたいてい聞いてしまうマクシミリアンが否を唱える。

ジャクリーンはマクシミリアンに反対されて気分を害したのか、隣の夫を睨んでいる。

「エイダが侍女の身分になったら、公的な席で通訳として同席できない!」

「まあ!!」

マクシミリアンの言葉にジャクリーンは驚き、後ろで控えていたメレヴィスが吹き出した。

「それなら、エイダは侍女はダメね!」

私が侍女になるのはいい案だと思ったのに。

そういえばこの二人は、私がまとめた結婚式に出席する近隣諸国の要人の情報をヒーヒー言いながら暗記していたな。

一応、王太子教育、王太子妃教育は完璧に終わらせたはずなのだが。

「エイダのフォローは大事!」

ジャクリーン、嬉しいけど未来の王妃がそんなコメントすると不安になるからやめて欲しい。

まあ、人払いしてあるから大丈夫なんだけども。

マクシミリアンも、「ヤバかった」とか口にするのはダメだろう。

呆れた私は後方のメレヴィスを見ると、顔がひきつっていた。

この二人に振り回されるという意味では、私とメレヴィスは同じだ。

「まあ、エイダなら結婚相手なんてすぐに見つかるだろ」

「今度はちゃんとエイダのことを幸せにしてくれる男じゃなきゃ許しませんわ」

ジャクリーンの言葉にウンウンとマクシミリアンがうなずいていた。

嬉しいけど、王太子夫婦っていう権力者なんだから、未来の夫に圧をかけるのはやめて下さい。


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