なくした靴が見つからなかったので、もう片方も捨てました。
今年初めての雪が降った。
学校帰りに、みんな楽しそう。
でも、私は靴をなくしてしまったの。
ああ、靴をなくした。
もう小さくて踵を折って履いていた。
雪の中を棒で探ったけれど、出てこない。
来た道を一度戻って探す。
ふう。見つからない。
さすがに雪の降る道ではだしは辛い。
でも、もう、なんでも辛い。
お腹は空くし、
お風呂に入ってないから、学校で「ばいきん」って呼ばれるし。
テレビも知らない。ゲームも知らない。YouTubeだって知らない。
あーああ。
私は大人になれるのかな。
大きくなったら、生理とか大変そう。お金かかるもんね。
教室で冬休み前の注意で、サンタさんへのプレゼントのお願いは
ご両親と相談して無理のない範囲でするんだぞ。って言いた。
クラスの子達は、分かっている子もいたし、信じている子もいた。
幸せな夜なのね。
「幸せって」言葉が判らないけれど、多分、お母さんがお料理して、子供がそれを手伝って、あったかいキッチンにはごちそう。
リビングには、子犬か子猫がいて、お父さんがケーキを持って帰ってくるの。
そんなテレビのCMが商店街の家電屋さんでやっていたわ。
そんなのってテレビの世界だけじゃないのね。
驚いた。
お母さんみたいな人は、料理の包みを持っている。周りの子達は、ケーキとジュースを二人で分けて持っている。
あっちの、大人の男の人はケーキが入っている箱を大事に持っている。
手を繋いでいるカップルとか。
本当にあるものなのね。
うーん。
普段は唐揚げを一つくれる、お惣菜やのおばちゃんは、鶏肉を売っていて大変そう。
今日は無理ね。
お手伝いをしたいけれど、私は汚いから飲食店には向かない。
お客さんのいる仕事は出来ない。
おばちゃん、頑張ってね。
少し疲れて、商店街の横の小道に隠れた。
ここの商店街はアーケードがあるから、雨や雪が入ってこない。
でも、人が今は多くて汚い片方はだしの子供がいると目立っちゃう。
だから、誰も見えない場所に行くの。
酒屋さんの裏のビール瓶のケースを横にして座った。
膝を抱えて座り込む。
膝小僧が汚いわ。ガザガザのぼろぼろ。
足も汚い。爪も真っ黒。
こんな汚い女の子じゃ、売春もできないわ。
でも、小学3年の女子がセックスって出来るのかしら?
まあ、二週間もお風呂に入っていない女の子は嫌いよね。
図書館で虐待の本を読んだ。
暴力、言葉や精神的な暴力、性的虐待、育児の放棄、無視、だったわね。
うちは言葉や精神的な暴力とネグレクトか。
オレンジリボンに連絡しようかしら?
でも、そうなると、お母さんが犯罪者になるのよね。
難しいわ。
ネコがするりと寄ってきた。
「ごめんね。食べるものないのよ」
時折なでさせてくれるネコだ。
食べ物をもらった時はすこしあげている。
すると、ネコが膝の上に乗った。そして、私の鼻にちょんと鼻をつけた。
嬉しいな。ネコの挨拶よね。
足元にもネコがいた。はだしの足の上で寝ころがる。
まるで、はだしの足を温めようとしているみたい。
嬉しいな。
あったかいな。
なーん。
ネコが優しい瞳で見つめている。
私を真正面から見る人は居ない。
だから、私はみえない子になっている。
嬉しいな。
ネコの目はキラキラのガラス玉みたい。
ちょっと聞いてみた。
「ねえ、あたしの片方の靴を知らないかしら?」
んーん。
ネコがちょっと目を伏せた。
「ああ、ごめんね。困らせちゃって。もう、いいの」
んー?
おかしいけれど、ネコが相槌を打ってくれているみたい。
膝の上のネコは白くてふわふわ。
足元の猫は、白黒のブチと、茶トラもいる。
もしかして、猫の居場所を私が取っちゃっているのかしら?
でも、ネコはただ、傍に居てくれる。
「私もふわふわな毛皮が欲しいな。もう、小さくて履けない靴なんていらない」
「そう。なら、一緒にネコになりましょう」
「え?」
膝の上のネコが、たぶん話した。
青い目が大きくなって、ガラスの万華鏡みたい。
私は、その大きな目に魅入られて、吸い込まれて。
ころりと転がったら、ネコになっていた。
茶色と黒が混ざっていて、お腹は白。
「あたしの目は何色かしら?」
「うふふ。最初に聞くのがそれなの?奇麗な緑色よ」
「ああ、嬉しいわ。私の好きな色」
「場所を変えましょ。冬の場所があるのよ。発泡スチロールのベッドなの」
「まあ、あったかい場所があるのね。嬉しいわ」
「行きましょう」
「ええ、行きましょう」
商店街の横道の暗闇に、ネコが何匹か吸い込まれて消えた。
猫の保護団体をやっている人が呟いた。
「なんで、ここって、子供を産めなくしているのに、ネコが増えるのかしら?
きっと、温かいから別の場所から来るのね」
その人の足元には汚い子供の靴が転がっていた。