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92 王宮の戦い



星の輝く夜空を舞台に巨大戦艦グランデ・ラースランを

旗艦とする近衛空中艦隊が大魔王クィラの率いる飛行型

魔獣の大群と熾烈な空中戦闘へと突入している頃、地上に

おいても魔王軍の大軍勢が迫ろうとしていた。




クラゲのような輸送型の飛行魔獣から夥しい数の魔物が大地に降下する。

それだけでなく強制転移で奇襲をかけようと送り込まれた魔王軍もまた

目標に施された超強化・転移阻害結界に阻まれ付近に転出し合流、まさに

魔王軍主力となって目標へと迫っていた。



ラースラン王国 王都アークランドル


魔王軍が目指す目標の王都側も迎え撃つ態勢を整えていた。


近隣の住民、いや魔王軍の進路上の国民は全て疎開させており人的被害は

心配要らない。避難勧告は急だったが王家とプーガ商会が財産等を全て

補償してくれたため人々は身軽に動く事が出来たゆえ退避は完了したのだ。



いま魔王軍と相対するのは戦える者達のみ。



高い城壁に守られた王都の外、魔王軍が迫る王都の西側の平野に

猛将アガット将軍の率いるラースラン地上軍3万5千が展開している。


その兵士の中に新兵時代にてあの怪人モーキンと亜竜タラスクの戦いを

警護し、パニックになってモーキンに最初の矢を放った兵がいた。


彼を含め新兵だった者達もみな多くの経験を経て精鋭となり

祖国を護る為に命を捨てる覚悟で武器を構えている。




その南側に陣を構えるのはガープ戦闘部隊。先頭に立つのはサメ怪人の

リッパー・シャーク。彼を中心に戦闘態勢にある部隊は僅か200名の

戦闘員だが魔術師ギルドと王都を守護すべく予め送られていた部隊であり

未来兵器を集中配備しておいた隊としてその火力は高い。


またこの陣地には異形の忍者達も配置されていた。


「ぬはははは!!今こそ手柄を立てツツ群島の死紋衆ここにありと示すのだ!」


般若の面をつけた忍者集団死紋衆の頭領の江戸主水は竜骨機の肩に乗って

100名の配下の下忍達を鼓舞していた。


そして腕を組み魔物の群れを睥睨する3機の竜骨機。


あのツツ群島の血ヶ崎の決戦の後、穏健派の木川家忠に当主が代替わりした

血ヶ崎藩の弱体化を防ぎ藩内の過激分子の台頭を押さえる力を家忠に与える為

ガープは残存していた竜骨機を接収する際に竜骨機15機の開発と製造にかかった

費用と同額の代金を与えていた。


そうして手に入れた竜骨機4機のうち1機をツツイ幕府に献上してその

武力を補完した後、残る3機を狼賀忍軍に預けていたのだ。


3機の竜骨機、それを実戦で使用し運用経験のある死紋衆実戦部隊に

与えこの魔王軍との決戦へと送られて来たのであった。


流石に古代魔法帝国の技術を採用された兵器である。竜骨機は分解しパーツ毎に

転移で移送可能なのだった。


「烈風参謀殿の率いるガープ部隊か勇者ゼファーが到着すれば我方の勝ちじゃ。

それまでに魔王軍を殺して殺して殺しまくり大手柄を挙げようぞ!!」


江戸主水は楽観していた。一度ガープと敵対していた彼はガープの凄みを

知る故にその勝利を微塵も疑ってはいないのである。


ガープの強さと王国側の勝利を信じ切っているのは彼らだけではない。

ラースラン軍の北側に陣取っている冒険者達もだ。


この世界に出現した直後のガープ要塞を偵察した冒険者パーティー。


『緑の月光旗』 『お宝総取り!!』 『烈火の闘志』 『きらめく刃光』 


そして『自由の速き風』だ。彼らを中心に多くの冒険者や武芸者が臨戦態勢で

待機している。中にはコボル族の剣豪チュクワのように高名な者も多くいた。



壁外だけではない。城壁内では王国軍予備兵力1万が守り、さらに狼賀忍軍で

ガープ兵器を装備した科学忍術隊が側面や後方からの奇襲に目を光らせていた。


そして援軍として馳せ参じた女騎士ゼノビアの率いる大アルガン帝国の精鋭たる

1個連隊が配置に付いてくれた。ゼノビア本人は指揮戦力の少なさから城外配置

から外れた事を残念に思っていたが彼らのおかげでラースラン親衛騎士団を全て

王宮の守備に回す事が出来た。


この結果、各貴族や各地の駐屯部隊から戦力を無理に抽出せずとも万全の体制が

整い、貴族や領主達は地元防備に注力できて王国内全域での防備は高まっていた。


ただ大貴族の中には責任として自領からある程度の兵を呼び寄せた者もいる。

エラッソン侯爵も侯爵領軍のうち1000名の部隊を王都に呼び入れ、息子

オーヘルに指揮を任せ導師級魔術師でもある家令ヒラメルを補佐に付けていた。

オーヘルは王太女に立てた国の為に尽くすという誓いを果たす決意だ。


そして大量の食料や医薬品を集積していたプーガ商会では副会頭の

女僧侶グラーガの指揮のもと救護所設置が急ピッチで進んでいる。


いざ戦闘が始まり被害が出始めたら無料で治療し、必要が出れば物資の

無料配布を行う予定である。無料で、という事に彼女には少し思う所は

あったが所詮は商会の金である。そして多くの者を救護すれば彼女の

ボーナス査定がドンドン上積みされる事になっていた。


元オリハルコン級冒険者の僧侶である彼女は全身全霊を込めて治癒に専念する

つもりである。グラーガは何としても多額のボーナスをGETする決意だった。


上空の戦いは熾烈を極め地上援護に砲艦の1隻も回す余裕は無さそうだ。

だが飛行型の魔物も地上に手出し出来る状態でもない。



魔王軍とガープ・王国連合は他に目もくれず互いに睨み合いながら

今まさに正面から激突しようとしていた……




ラースラン王宮 第三宮殿


それなりに広い豪華な広間。調度品が設えられていたこの場所は

王宮内でもっとも奥にある場所の一つであり一番堅牢な所であった。


ここに王族やそれに列なる者達が集められ厳重に守護されている。


二つ有る出入り口付近には親衛騎士3個小隊が守備しており彼らを

指揮するのは副騎士団長のユピテル王子だった。


流石に鎧一式で身を包み完全武装しているのは彼だけだが男性王族は皆

帯剣している。ここは武門の国ラースランの王宮なのだ。


「……怖い。怖いよぅ……」


仔鹿のようにぷるぷる震え涙声で呻いているのは第二王女イモーテア。

年齢より幼く見える怯えた王女に優しく寄り添い手を差し伸べたのは……


「大丈夫ですよ殿下。いかな大魔王とて世界の力を結集すれば必ず

打ち破る事が出来ます。」


「嫌ぁ……お願いプレイア様ぁ、どうか学園での普段通りに振舞って…」


それはこのラースラン王国で見出された聖女プレイア・ルン・ルーンであった。

優れた治癒の力に加え邪悪を払う強い聖魔法を見込まれ王族の護衛に付いている。


イモーテア王女と同い年で王立学園のクラスメートでもあったプレイアは

少し困った顔をしたが王妃アグリッピナとアニーサス第一王子が頷くのを見て

イモーテアに明るい声で応えた。


「大丈夫だって!!魔王軍だろうと大魔王本人だろうと私が居る限り

イモーテアちゃんに指一本ふれさせないから安心して。」


いささか小ぶりな胸をバンッと叩いてプレイアは請負い、イモーテア王女の

背中を優しく撫でていた。すると王族の中で学者風の衣服を着たメガネの

若い男性が傍らに来る。


ほわほわした優しげな雰囲気の男性は肩掛けカバンから五芒星が刺繍された

ハンカチを取り出しイモーテア王女に差し出した。


「これをどうぞ、イモーテア殿下。」


「有難うございますノービタウ閣下。」


イモーテアは姉であるネータン王太女の婚約者ノービタウにお礼を述べた。

メガネの向こうのノービタウの優しい瞳が細められ、


「これは涙を無限に吸収する魔法のハンカチだよ。遠慮なく使っておくれ。」


「すごい応用が利きそうで便利な魔道具ですね!」


「涙以外の液体は一切吸収しないけどね。」


「……すごく応用が効かなそうな不便な魔道具ですね…」


何ともいえない表情でプレイアが応える。普段からノービタウが持ち歩いている

肩掛けカバンは『ドラーモンの魔法鞄』といい非常に容量の大きいマジックバッグ

となっていてノービタウがコレクションしている日用品の魔道具が詰まっていた。


第二王女こそ怯えているが流石にここまで攻め込まれる事態にはなるまい。

そう楽観した空気の中、緊迫した声が上がる。


「な、何か来ます!!強化転移阻害結界を越えて来るなんて信じられない!」


そう叫んだのはロムルス第二王子。魔術師ギルドに所属する導師級魔術師でもある

彼が驚くのも無理は無い。全ての準備を整え終えた王都は強化転移阻害結界で覆われ

転移での内部侵攻を防ぐ対策が施されていたのだから。


その最強クラスの転移阻害を突破して閃光と共に現れたモノ…


最初は黒い柱か黒い炎と思うもの。それは闇か影が濃厚に寄り集まり

火柱ならぬ闇柱とも言うべき存在。


その闇の中に二つの真紅の目が開く。どうやら闇を持参で纏った何者かが

居るようだが暗い影に紛れ赤く光る双眸しか確認できない。


スッ


その影と王族達の間に割って入り聖女プレイアは真剣な瞳で敵を睨む。


「とんでもないレベルの妖気と穢れ……何なのコイツ?!」


「ふむ、突破出来たのは私だけか。随分と強力な転移阻害だな。ゆえに油断が

あるようだ。護衛は噂に聞くラースランの聖女と導師級魔術師の王子だけで

前衛を任す戦力がいないとは……」


聖女を無視し状況を確認する赤い目の怪異。言外に戦力外通告された親衛騎士団を

代表するかのように副騎士団長のユピテルが応える。


「どうやら魔王軍の刺客のようで。何か期待させたようで申し訳無いのですが

ここには新勢力ガープの手配で頼もしい護衛が居るのですよ。」


ユピテルが言い切った瞬間にドロンと煙が上がり王族達の前に2名の小柄な忍者が

姿を現した。


「狼賀忍軍!紅影参上!!」


「同じく蒼影参上!!」


ガープの闇大将軍も実力を認めた狼賀忍軍で最強の忍者、紅影と蒼影である。

大魔王の性格を分析したガープは国王自身よりその家族に向け凶悪な刺客を送り

込んで来る可能性を読み、覇道の剣に劣らぬ戦力に王宮護衛を要請していたのだ。



「……ほほう?中々の闘気を纏っている。忍者風情にしては出来るようだ。」


「随分と舐めた口を利くじゃない?」


余裕の態度の赤い目に鼻を鳴らし応える紅影。そこにアニーサス第一王子が

言葉を掛けた。


「油断したらヤベぇぞ?そいつは大魔王に厚く信頼されてる魔王軍の総司令だ。」


「そういう事だ。最大級の警戒を向けるべき相手という訳だな。」


アニーサスの傍らで気配を消していた者が前に出ながらアニーサスの言葉を

継いで話す。


「そいつは魔王軍の四天王筆頭、統帥公ボーゼル。油断していては危険だ。」


立ち上がったマルチーズの仔犬のような姿のコボル族。

謎の剣豪プルは剣を構えながら警戒を呼びかけた。


その発言に全員がプルに注目しているのに彼が前に出てから剣を抜いた事に

誰も気が付かなかった。恐ろしく高い剣の技量を持っている達人である。


赤い目の怪異、ボーゼルはアニーサスとプルを交互に見ながら、


「……本物のアニーサス第一王子か。どうやらガープの欺瞞情報に

振り回されてしまったらしいな。まあ、どの道この場で始末するが。」


そのボーゼルに凄まじい殺気を放って紅影が吼える。


「お前がボーゼル!!ボーゼル!ボーゼル!お前に会いたかったよ!!」


「……?」


「狼賀忍軍七忍衆の1人、押陸斎さまを殺した事、忘れたとは言わせない!」


「当たり前だが忘れている。…試みに問うが貴様は今まで叩き潰してきた蚊の事を

全て個別に憶えているのかね?」


「貴様!!」


紅影の髪が逆立ち憤怒の一撃をボーゼルに放つ体勢になる。

同時に導師級魔術師のロムルス王子が強力な呪文を放とうとした……


「お待ち下さい!」


聖女プレイアが有無を言わせぬ口調で制止し。


「恋の女神チュッチュの神託です!あの悪しき闇を払ってからでないと

攻撃を仕掛けるのは危険です!!」


そう叫ぶとプレイアは両手を前に突き出す。武術の型も何も無い、ただ

迫り来る悪を押し留めようとする姿。そして彼女の心が邪悪を祓い清める

想いでいっぱいになった瞬間、聖なる破邪の力が激流となって放たれ

ボーゼルの闇を打ち消しながら押し流して行く。


剣を構えたまま剣士プルはそれを感嘆しながら見つめていた。


(これが聖女か。ボーゼルの『真なる闇の衣』の本質を見抜き

浄化霧散させるとは…なるほど、ボーゼルが勇者の傍らに居る

もう1人の聖女に何度も刺客を放ち勇者と引き離そうとした

理由はこれだったのか、)


剣士プルこと元魔王軍四天王の武闘公インプルスコーニは

ニヤリと笑い、


(厄介な『真なる闇の衣』を消してくれたならマトモな勝負が出来るな。)


真なる闇の衣、そう呼ばれる統帥公ボーゼルを覆う暗闇は尋常ではない

特殊な防御機能を備えている。敵が攻撃呪文や武技をボーゼルに向け使用

すれば真なる闇の衣が反射させ放った敵に威力を返してしまい、ボーゼルに

行くはずだったダメージを撃った者が喰らう。さらに視界を奪う濃密な闇は

通常攻撃の命中率を致命的に下げた。故にそのままでは普通に太刀打ちする

事は出来なかっただろう。




しゅううぅぅぅ……



闇が払われ現出したボーゼル。その姿は……全員の意表を突くものだった。


漆黒の髪に蝋のように白い肌を持った少年。その頭には雄牛のような角が生え

薄笑いを浮かべている。何より印象的なのは目だった。瞳と白目の区別無い一色に

染まった真っ赤な眼球が不敵に前を見ていた。


腰布のような物以外は全裸の身体から漂う妖気は尋常ではなくボーゼルが

黒い鉤爪を備えた指を立てるまで誰も動けなかった。


「チッ!!」


ハッとした紅影が攻撃を仕掛けようとした瞬間、最初にボーゼルを傷付けたのは

何とボーゼル自身だった!!


シュバっと鉤爪で自らの首の頚動脈を切り裂き激しく出血させる。

吹き出るのは漆黒の血でボーゼルの肉体で赤いのは眼球だけのようだ。


流れ出る黒い血はボーゼルの意思で操作され飴細工のように変形硬化すると

漆黒の大鎌デスサイズとなる。


大鎌デスサイズを手に取った後もボーゼルの首の右側からは黒い血が止まる事無く

流れ続け白い肌に幾筋もの黒い模様のように滴って行く。



ジャギイイイイィィィィィィィンンンン!!



ボーゼルがデスサイズを手に取る直前に紅影の攻撃が襲いかかった!

操糸術で繰で出された紅影の髪はMAXの24本。その髪が音速を

越え極限の切味とトン単位の重さでボーゼルに殺到した。


だがボーゼルは髪が直撃する瞬間に手に取ったデスサイズで紅影の

髪を薙ぎ払う。同時にタイミングを合わせて撃って来た蒼影の極細

水流ブレスをデスサイズの柄で受け止め無効化してみせた。


瞬間の同時攻撃を防がれた紅影と蒼影。だが百戦錬磨の2人は

違和感を感じつつも油断無く次ぎの攻撃を放とうと構える。


(斬れなかった……それも何か変な感じで…)


紅影はデスサイズで切り払われる事もある程度は読んだ上で

デスサイズごと斬り捨てるつもりだった。


だが斬れなかった。紅影はそれがデスサイズの硬さが理由だとは

思えなかった。手ごたえに確かな違和感を感じた故に。


「武技、瞬斬七閃!!」


間髪を入れず放たれたプルの攻撃。一瞬で七度の斬撃が鋭利な轟音を

上げながらボーゼルを襲うがデスサイズによって全て防がれる。しかし

防いで見せたがプルの技量と技の凄みにボーゼルは赤い目を細め警戒する

表情になる。


一方のプルも紅影のように違和感を感じていた。


(妙だな…このミスリルソードは研ぎ不要の魔力付加が付いた

魔剣だ。だが研ぎを怠ったように切味が落ちている。何故だ?)


プルは油断無く構えながら刀身を目で確認する。一流の剣客たる彼は

一目で確認できる。刀身に異常はない。


「ふむ、うっとおしい護衛共だな。『仕事』を優先したかったが

まず護衛の排除を優先すべきかもしれんな。」


「仕事?」


「知れた事だ。お前達王族を皆殺しにして王宮と城壁内の王都を壊滅させる。

城壁の外で奮戦する王国軍に守るべきものを先に喪失させ、絶望と悲嘆に沈む

王国人の顔の鑑賞を望んでおられる大魔王陛下に披露しお喜び頂くのだ。」


ユピテル王子の問いに応える統帥公ボーゼル。言いながらその足元に広がる

黒い血溜りの上で仁王立ちになり何の前触れも無く凶悪な呪文を放った。


「ノヴァ・インフェルノ!」


王宮を丸ごと吹き飛ばす威力の最上級攻撃呪文をいきなり放ったボーゼル!!

この距離では術者自身も無事ではいらぬ筈だが気にも留めていない様子だ。


発動した魔法が地獄の業火のような熱量と輝きを放つ熱球となり

爆裂する瞬間、聖なる浄化の光が遮り殺戮の呪文を消し去る。


「ふざけた事を言わないで!!」


聖女プレイアは聖なる力を行使しながら激昂した。


「何が『大魔王にお喜び頂く』?バカ言ってんじゃないわよ!これは『ゲーム』

なんかじゃないのよ!!誰かの都合で世界がある訳じゃないわ!!」


「フッ、愚かな聖女に正しい常識を教えてやろう。全ての世界、全ての存在は

大魔王陛下を楽しませる遊戯ゲーム、娯楽としてのみ存在する事が許されている。

そんな当たり前の事も弁えない愚者は速やかに消えるがいい。」


(とはいえ、無詠唱で撃てる呪文はせいぜいノヴァ・インフェルノ程度・・か、

やはり護衛を先に抹殺する必要があるな……)


そう決断を下すボーゼルの全身から上位のデーモンなどに見られる魔のオーラが

噴出した。その質と量はアークデーモンのそれより桁違いに強烈だ。それを見た

剣士プルが静かに呟く。


「……なるほど、統帥公ボーゼルの正体は『デーモンロード』だったのか。

道理で魔王軍が簡単に上位のデーモンを実体化させ使役出来た訳だ。」


「使役出来るのは我が眷属だけではない。こういった趣向はどうかね?」


ボーゼルが言うのと奴の足元に広がっている黒い血溜まりから何かが

出現するのと同時だった。


水深など無いに等しい筈だが何故か深い沼から這い出るように現れた

熊ほどの大きさの化物。牛のような角を持った悪鬼の頭に蜘蛛の身体を

した化物はずりずりと王族の方へと進み出した。


(あれはアロル世界固有の怪物ブル・デビルか!!おっといかん!)


剣士プルはブル・デビルに攻撃をかける紅影蒼影、親衛騎士団に

注意を呼びかける!!


「その怪物の頭を攻撃するな!!弱点は下腹だ!!」


そう、ブル・デビルの弱点は蜘蛛の身体で言うところの腹である。そして

頭を攻撃する事は危険だ。呪詛めいた力でダメージが攻撃者自身に降りかかる。

ブル・デビルの顔を切れば同時に自分の顔も切れる。目を突けば自分の目も

潰れ、頭を攻撃してブル・デビルを倒せば同時に自分も絶命してしまうのだ。


忠告するプルを訝しげに見るボーゼル。


「…………随分と博識なコボル族だな。」


(俺の正体がバレたか?)


アロル世界の知識から自分がインプルスコーニである事が

露見したかもしれない。そう思案するプルにボーゼルは疑念の

目を向けた。その間も第2第3のブル・デビルが這い出てくる。


次々と現れるブル・デビルを紅影達や魔力付与した武器で親衛騎士団が

対処するのを見ながらボーゼルは首から出る血を手で取りビシャッと

振りまいた。其処から今度は宙を飛ぶ細長い巻貝のような物が次々と

出現。サングィスシェルと呼ばれる魔物で大きさこそ体長1メートル

ほどだがあの超巨大魔獣ヴェルゴールと同系統の生物だ。


これも大魔王が元いたアロル世界のモンスター。これでプルの反応を

覗うボーゼル。だが……


「その貝の弱点は炎ですね。」


ノービタウがドラーモンの魔法鞄から取り出した道具でサングィスシェルの

弱点を見破った。


ノービタウが持っているのは直径30センチ余りのレンズに取手が付いた

大きなルーペに酷似した『なぜなにメガネ』である。相対した敵の能力や

弱点を喝破するSSS級の魔道具だ。


現場の至近で使わねばならない事と使用する度に『奴の弱点を

教えておくれ』だの『我が敵の弱みは何か?』だのと使用する

ごとに文言を変え唱えないと使えない面倒な道具であった。

しかしSSS級は伊達ではない。


尖った先端を向け王族達にミサイルのように飛翔するサングィスシェルを

魔道師でもあるロムルス王子のファイアーウォールの呪文が迎撃に成功した。


「なるほど、情報源は向うと言う訳か。」


ボーゼルがそう呟くのとユピテルの叫びが同時に上がる。


「ザコは我が親衛騎士団が対処します!狼賀忍軍最強の御二方と剣士プル殿は

ボーゼルに集中し滅ぼしてください!」


返答代わりに3人の猛攻が一斉にボーゼルに集中する。使役される

アロルモンスターへの対応とボーゼル攻撃を均等に行う必要が無くなった

実力者達の攻撃。だが流石は魔王軍四天王の筆頭。全ての攻撃を防いでいた。


そこにのんびりした声が届く。


「あのですね、そのボーゼルさんの真っ赤な目は魔力の流れを見る事に

特化してまして魔力やマナを活用した技はどんなに速くても感じるままに

対応されちゃってますよ。技量とか関係無さそうです。」


ノービタウの指摘。ボーゼルの表情が憤怒に染まり紅影とプルが

獰猛な笑みを浮かべる。ポーカーフェイスを貫くのは蒼影だけだ。


「そう言う事なら…こんなのはどう?」


紅影は操れる髪24本を全て縒り合せ、一本の太い鞭のようにすると全力で

ボーゼルに叩き込む。むろんデスサイズで簡単に防がれてしまうがボーゼルは

押さえきれず凄まじい勢いで吹き飛び大柱に叩き付けられる。


斬る事を止め質量変化で24トンに達した髪がマッハの速度でぶっ叩いたのだ。

これが人間ならペッチャンコである。呼吸法でマナを取り入れて行使する忍術を

魔力を帯びさせないのは無理なので防御の上から潰す戦略に切り替えた訳だ。


同じ理屈で蒼影も極細ではなく水圧で押しまくる通常水ブレスで攻撃開始。

忍術を介しない激流ブレスはボーゼルに直撃し始めた。物質化したデーモンロード

の肉体は強靭だが城壁に穴を穿つ激流ブレスは流石に痛い。


「ちなみにボーゼルさんはデーモンロードの物質体として『バフ効果反転』の

スキルを持ち常時発動しています。お気をつけ下さい。」


「!!。不愉快だな、他者の機密を覗き見してベラベラ漏らすとは。貴様は

楽には殺さんぞ?」


「どうせ殺すつもりでしょ?」


バフ効果反転。つまり魔法や武技のバフが逆転する。例えばボーゼルに向けた

攻撃力増強を付与した武器は攻撃力弱化となる訳だ。重大な秘密をぽんぽん

暴露され珍しく感情を露にするボーゼルだが3人を相手にしていては流石に

ノービタウの口は塞げない。



「成程。」


剣士プルはミスリル魔剣を鞘に収め、2本差ししているもう一方の

刀剣、ハイパーチタンで形成され超硬度テクタイトで仕上げられた

ガープ製の小太刀の柄に手を添える。当然こちらには何の魔力も

付与されてはいない。


一方の統帥公ボーゼルも黒い血の中に捕え収蔵していたアロル世界の

怪物を出現させ投入する事を止めた。残り数も少なくなった上に

怪物どもを使役し操っていては自身が積極的に攻撃出来ないからだ。


おまけに真なる闇の衣を纏い直す事も、実体化したデーモンロードが

存在する事で周囲に瘴気と毒素が蔓延する事も全て聖女プレイアに

邪魔されている。ボーゼルは魔王軍四天王に就任して以来初めて

白兵戦を挑む事となった。


ダッ!!


外見だけは少年のようなボーゼルは凄まじい勢いで跳躍し黒い

デスサイズを大上段に振りかぶり紅影に襲いかかった。


「そんな大降りの攻撃が当たる訳が……うわわっ?!」


ボーゼルの攻撃を回避しようとした紅影の足元の黒い血溜まりから

異様に長い黒い刃が伸びて下から紅影を串刺しにしようと迫った。


間一髪。超人的な忍者の体術で上下からの凶刃を避ける紅影。


それを切っ掛けに第三宮殿の広間の床に散乱するボーゼルの黒い血が

不規則に黒い刃に変形して紅影だけでなくプルや蒼影、親衛騎士達へ

襲いかかる。むろんボーゼル本体も同時だ。


実力者3名はともかく親衛騎士団には負傷者が出始める。指揮するユピテルも

腹部を貫通する深手を負ってしまった。だが聖女プレイアが全力で治癒に当たり

ユピテルを含め犠牲者は出ていない。今の所はだが。


ズドオオォォォン!!!


隙を突いて紅影の髪の束がボーゼルを床に叩き付け、同時に蒼影の

激流ブレスがボーゼルの心臓の位置を撃ち抜き、武技を使わぬプルの

居合い斬りが頭部を真っ二つに切り裂いた。


だがボーゼルの肉体は瞬く間に復元して行く。デーモンロードに

身体を復元させる魔力中心核が無い訳がない。それを忌々しそうに

睨みながら剣士プルは


「脳と心臓に魔力中心核は無いのか。魔力や気の流れの体内循環で

読んでも逆に膨大な魔力を流され続け中心核の隠し場所がまるで

見えん……」


そのプルにのほほんとした声が応えた。


「あ、大丈夫ですよ。ボーゼルさんの魔力中心核の位置は分ります。

えーっと……」


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


感情をむき出しに上げたボーゼルの怒声がノービタウの言葉を遮り、

同時に室内の全ての血溜りから無数の刃が伸びノービタウら寄り

集まっている王族に殺到した!!


「きゃああああ!」


悲鳴を上げ目を閉じるイモーテア王女。だが何にも衝撃など無く

恐る恐る目を開いた彼女が見たのはサファイアブルーの鱗だった。


咄嗟に蒼影が人間形態からブルードラゴンに変身しボーゼルの

黒い刃に背を向け寝そべる様に王族達を包み保護したのである。


第三宮殿の広間は広いがドラゴンの巨体なら王族全員を

保護する事が出来た。恐ろしげな姿のドラゴンだが流石に

味方だと分ったイモーテア王女は礼を述べる。


「お助け頂きありがとうございます。…あの、痛くありませんか?」


「お怪我が無い様で何よりです。この位は平気ですよ殿下。ただ王族の

皆様は戦闘が始まったらコッソリと退避して欲しかったですが。」


そう強がる蒼影だがその背中は無数の黒い刃でズタズタにされていた。

それでも、おどけた口調で王族達を安心させようとする蒼影を安堵から

なのかイモーテア王女は頬を染めて見上げるのだった。


ちょうどその時、場違いに落ち着いた声がプル達に届く。


「ボーゼルさんの魔力中心核は体内を移動してまして、ちょうど今は

右の腎臓あたりに来ていますよ。」


靴の裏から強靭なバネをビヨーンと伸ばし、蒼影ドラゴンの裏から

上に顔を出したノービタウが『なぜなにメガネ』を使いながらプル達

に伝えたのだ。ボーゼルの弱点を。



瞬間 疾風の勢いで駆けるプル。白兵戦を補助する血溜りの刃を戻すのが

遅れたボーゼルはデスサイズで見破られた弱点付近を防御しようとした。


元々、魔王軍の指令中枢として魔法や特殊能力で戦ってきたボーゼルは

白兵戦は得意ではない。防御の間に合っていないボーゼルにプルは取って置き

の必殺技を叩き込んだ。




     !!!キーン!!!



澄んだ音が一つ。その後にプルの気合が轟いた。


「絶技!!闇刻一閃!!」


魔力の流れを感じるボーゼルですら対応出来ない0時間の斬撃。

ボーゼルの目は驚愕で見開かれ魔力中心核と同時に胴体を両断された

事を知る。


ドサッ


上半身と下半身が別れたボーゼルと魔力と精力を使い果たし膝を突いて

プルがへたり込むのは同時だった。


「……ふう、さすがに闇刻一閃をこの身体で撃つのは1度が限界か…」


そのプルに憎悪の篭った罵りが浴びせられる。


「……そういう事か…生きていたのか裏切り者め!自分だけ正義の側に回った

つもりだろうが罪咎からは逃げられんぞ!!」


身体の崩壊が始まったボーゼルは最後の力を振り絞り胴体から流れ出る

黒い血からアロル世界のモンスターを呼び出す。


そのモンスターが疲れ果てたプルの頭上に飛びついた!


「!!!!!」


それは寄生生物バルーだった!!


寄生生物バルーは素早く触手を伸ばしプルの頭に差し入れ始めた。


「嫌だ!嫌だ!!俺の身体を奪うなぁ!これは俺の、俺だけの身体なんだ!!」


(これが報い、因果応報なのか?!俺は多くの者達の身体を略奪し大魔王の

命令のまま殺戮を続けていた罪の結果がこれなのか……)


「くはははははは!貴様はバルーに乗っ取られ意識を失い、自我の無い肉体は

王宮の者共を尽く殺して……ぐぎ?!ぐあああああああああああ!!!」


「よく分らない事を言ってないでさっさと死にな!!」


崩壊を始めたボーゼルを紅影の髪が縦横に切り刻んで文字通り八つ裂きにして

止めを刺すと怪物に取り付かれたプルの方を向く。心配げな表情を浮かべる前に…


ポロロッ……


あっさりと寄生生物バルーは剥がれて落下。


「あれ??え?」


呆気にとられるプル。実はボーゼルはプルことインプルスコーニが魔法で別種族に

変化したと思っていた。だが実際はガープの死神教授の手で改造されたのである。

変身ではなく改造。細胞や遺伝子単位では同族と感じ寄生生物バルーは本能で

寄生を拒絶したのだった。別の寄生先へ飛びかかる前にアッサリと紅影に両断

されたバルーの死骸を何とも言えない表情で見つめるプル。


ぽんっ


「お前は生まれ変わったんだ。過去を忘れないのは立派だがそれに引きずられる

必要は無いぜ?」


「アニーサス殿下…」


プルの肩を叩き優しく語りかけるアニーサス第一王子。


「どうしてもって思うなら贖罪として剣士らしく悪を討ち弱き人々を救えばいい。

あの新勢力ガープみたいにさ。それでどうだい親友?」


「……ありがとう。」


こうしてラースラン王宮で繰り広げられた激戦は魔王軍四天王の1人、

統帥公ボーゼルの討ち死にをもって幕を下ろす。だが戦いはここから

佳境へと突入しようとしていた。




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