91 超巨大戦艦グランデ・ラースラン
無数の篝火、魔法の明かりにガープの用意したサーチライトが
夜のラースラン王都アークランドルの城壁を明るく照らす。
グオォォォォ……
大魔王迫るの報に国王親征として王の座乗艦、その超巨大な
艦艇が威容に負けない豪快な駆動音を立てながら夜空に上がる。
ラースラン空中艦隊総旗艦 超巨大戦艦グランデ・ラースラン
グランデ・ラースランの艦橋にて通信士官から緊急打電を
伝えられたコルメット提督は王専用座席の前に立つ国王
レムロス6世に報告を行った。
「報告します。我がラースラン主力艦隊は大魔王クィラ率いる
飛行魔獣の大軍勢と交戦するもその阻止に失敗した模様です。」
「被害の詳細は?」
「無人の輸送艦5隻轟沈のみ。……これは避けられましたな。」
国王は頷き、
「大魔王に相手にされず避けられたか。ネータンめの烈火の怒りが
見えるようだな。我が王女ながらあれは怖い。まあ、最良ではないが
最悪でもない。近衛艦隊が大魔王と相対すれば後を追って来るネータンの
主力艦隊と挟み撃ちに出来ようぞ。」
そう言うと国王レムロスは姿勢を整え号令をかけた。
その声と眼光には揺るぎない威厳が備わっている。
「ラースラン近衛艦隊発進せよ!!」
「「「はっ!!!」」」
提督以下この艦橋にいる士官全員が敬礼で答え、艦隊総旗艦グランデラースランは
戦列艦や装甲コルベットらを従えその巨大な船体を戦闘高度まで上昇させる。
王都アークランドルに配置された近衛艦隊と国王の座乗する
艦隊総旗艦グランデラースランが遂に迎えた出陣の時。
号砲と共に国王の訓示が艦隊全員に届くよう放送された。
「精強なるラースランの勇士達よ!!我らの故郷、先祖より託された
愛すべき祖国に邪なる死の影、大魔王クィラの魔の手が迫っている!!」
艦隊の乗組員は真剣な眼差しでこれを聞いていた。誰一人として
怯える者はいない。
「我らはこれを迎え撃ち祖国を守る!かつてない激戦になろうが決して
不利な戦いではない!我らが戦場を支えていれば遠からず勇者ゼファーや
烈風参謀殿の率いるガープ第二主力隊が援軍に駆け付けるだろう!!だが
我らは尚武の国ラースランぞ?我らだけで大魔王の首を叩き斬るも一興なり!
奮戦せよラースランの勇士達よ!祖国ラースランに栄光あれ!!」
「「「祖国ラースランに栄光あれ!!」」」
艦隊に所属する兵が一斉に歓呼し士気は最高潮となって艦隊を包む。いつもの
憂鬱な表情で政治懸案を処している時と違い国王レムロス6世は自信と威厳に
溢れており、武人として一流と評価される実力の片鱗を見せた。
通常艦の何倍もあるグランデ・ラースランを中心として左右に
戦列艦6隻、装甲コルベットと砲撃艦が10隻ずつにガンボート
20隻、そしてガープの時空戦闘機ハイドル6機が魔王軍を迎撃
すべく前進を開始。既にハヴァロン上空を抜けラースラン空域に
深く進出しているであろう敵を目指す。
グランデ・ラースランの艦橋は二層構造となっており、メイン艦橋から
階段で上がる特別艦橋がある。妙に広い特別艦橋には玉座と同じ造りの
豪華な王専用座席がポツンとあるだけ。この広さは本来なら多人数の王を
守護する親衛騎士たちが並ぶ為のものだ。だが今は誰も並んではいない。
まさに特別扱いの座席だが護衛の問題だけで引き離している訳ではない。
ぶっちゃけ、最高権力者がメイン艦橋にいては将兵たちが戦いにくい事
この上なく、王に気を遣う事無く戦闘に集中させる事が主目的なのである。
レムロス王や次の王ネータンのように軍務経験のある王ばかりではないのだ。
国王レムロス6世の傍らに居るのは艦隊指令のコルメット提督と
親衛騎士団長バーケン、そして伝声管の前に立つ連絡将校だけだ。
さて、騎士団長を拝命するバーケンという男は斜に構えた伊達男で
身分では子爵に過ぎない。ではなぜ彼が王族であるユピテルを差し置いて
騎士団長かというとラースラン軍随一の剣の達人だからである。かの高名な
剣聖ウゼンの弟子であり剣豪チュクワの兄弟子であった。
バーケンは指揮については一切口出ししない。作戦指揮については
レムロス王とコルメット提督で進めている。
本土防衛の切り札、近衛艦隊は機動性が悪く、急進する魔王軍と相対するのは
王都の夜景の輝きが後方に見える位置になるだろう。
「陛下、そろそろ斥候隊を出さねばなりませんが……」
「無用だ。接敵は近いぞ?偵察を出すだけで犠牲になろう。ここは
ガープの戦闘艇の索敵に頼ろう。彼らの正確な探知能力と連絡速度は
その火力以上に頼りになる。」
コルメット提督にガープに索敵を依頼するよう指示を出す
国王レムロス。その国王の期待以上に正確な魔王軍の位置
情報が即座に届き万全の迎撃準備が進められた。
程なく近衛艦隊の前に姿を現す禍々しい魔獣の大軍勢。
大魔王クィラの率いる魔王軍。
超巨大魔獣ヴェルゴールを中心に飛行する無数の魔獣の群れ。
そして上空から睥睨している大魔王クィラの禍々しい姿。
だがラースラン軍人達は怯む事無く戦闘配置につく。
コルメット提督が国王の方を向く。国王レムロス6世は頷き
許可を得た提督は旗艦グランデ・ラースランを前進させた。
機動性は鈍いが通常艦の数倍に達する強固な装甲を盾に
グランデ・ラースランが前進しその艦影に守られながら
艦隊が攻撃態勢を取る。
国王が座乗する艦隊総旗艦が最前列に出るのだ。武の国ラースラン王国
でもない限りありえない光景だろう。
ありえない。だが最も攻撃に有効な隊列である。
さて、先制の攻撃は魔王軍側からだった。無秩序でカオスな魔王軍の魔獣達は
隊列など変える事無く有効射程に入れば即座に攻撃あるのみなのだ。
ギュバアァァァァ!! ギュバアァァァァ!! ギュバアァァァァ!!
巨大魔獣ヴェルゴールの貝殻のような殻に生えている長大な棘から禍々しい
妖力のエネルギー弾が放たれ、他の魔獣も長距離のエネルギー弾ブレスや
魔法攻撃を放ってくる。
最前列の巨艦グランデ・ラースランの前面各所に連続して爆発が起こり
黒煙が幾筋も上がった。旗艦の陰から少しはみ出したガンボート1隻が
直撃弾を受け炎を上げながら墜落して行く。
ガンボートの所属する隊の艦から一斉にハーピー兵やホークマン兵が
飛び立ちガンボートの乗組員の救助を開始した。空の上の艦隊では
いざと言う時に必ず仲間が救ってくれる。その信頼と絆こそが尊ばれ
力になると信じられて来たのだ。ゆえに乗組員は落ちる艦から身一つで
空に飛び出すのである。翼を持つ同僚たちは信頼に応えようと懸命に
救助を続けた。
「怯むな!!反撃せよ!!」
コルメット提督の攻撃命令により万全の隊列で果敢に反撃する
ラースラン近衛艦隊。艦隊がグランデ・ラースランの影に隠れる
のは防御の為と超巨大戦艦の前方に出てその射線上に乗ってしまい
旗艦の絶大な砲撃力に巻き込まれない為でもあった。
まず最初の反撃は艦隊総旗艦からである。
撃たれまくっているグランデ・ラースランだが幸い装甲を貫かれては
おらず内部に被害は無い。支障無くグランデ・ラースランは艦中央の
超巨大魔道砲を撃ち放つ!!!
ギュオオォォォォ!!!!!!
装甲コルベット級の艦艇なら丸ごと飲み込まれそうな巨大な魔道砲が
凶悪な勢いで魔獣軍団に襲いかかり、射線上にいた体長30メートル
はあるだろうタコのような姿の飛行魔獣が消滅。その後ろにいた多数の
魔獣も薙ぎ倒されていく。そのまま超巨大魔獣ヴェルゴールの貝殻に
巨砲はぶち当たり殻に亀裂を生じさせた。
苦悶の鳴き声?のようなモノを上げながら超巨大魔獣は妖力弾を
撃ちまくる。だがラースラン艦隊も魔道砲を撃ちまくって対抗した。
グランデ・ラースランに備えられた多数の通常魔道砲にコソっと
姿を出し砲撃すると引っ込む戦列艦や砲撃艦、そしてバルカン砲や
ミサイル、荷電粒子ビームで攻撃する時空戦闘機ハイドルの支援も
加わり攻撃は熾烈を極める。
真正面からの猛烈な砲撃戦。その派手な戦闘に大魔王クィラは
手を叩いて喜んだ。
「面白き哉!面白き哉!!そうれそうれ殺し会え!!魔獣共に守りは無いぞ?
撃てば当たる。どちらも存分に撃ち殺したまえ!!」
大魔王に向かった流れ弾はその強力なバリアーで防がれるが大魔王はその
バリアーで魔獣軍団を保護しようとはしなかった。面白くないからである。
「面白い砲撃戦なれど長引けば飽く。その前に一味スパイスを加えて
進ぜよう。さあ、死の影ニトゥよ、褒美が欲しくば超一流の暗殺術を
披露するが良いぞ。ホホホホ。」
大魔王の下知。それによって戦いにもう一つの局面が発生する。
それはグランデ・ラースランの中枢で始まった。
「次に特大中央魔道砲の充填が完了したらあの巨大魔獣の殻の
入口を狙って……ん?何だ??」
コルメット提督が指令を飛ばすのを中断し突然の異変が生じた特別艦橋の隅に
目を向けた。そこに火花のようなスパークする魔法の輝きが連続発生している。
「……転移か。」
国王レムロスは手を振ってコルメット提督と連絡将校に階段から
第二艦橋へ退避するよう促した。
スラッ…
同時に近衛騎士団長バーケンが愛剣を抜き国王の前に出る。
「超強化とはいかないですが転移阻害が働いている空中艦に
転移して来るとは相当の相手のようざんす。」
そう、バーケン団長の言う通りで空中艦は大型の魔道具であり
魔道機関の魔法エネルギーを流用した転移阻害が標準装備され
艦橋への奇襲に対処されており余程の大魔術師か強力なマジック
アイテムを用いねば飛んで来られない。
来たら来たで小人数を制圧可能な白兵戦力の備えはあり貴重な
魔術師やアイテムを失うリスクを考え普通は選択されない戦法で
あった。だが……
「……転移した先に敵の国王が居るなら話は別よ…」
出現したのは細身で漆黒の装備で身を固めた骸骨マスクの男、
魔王軍に下った暗殺者ニトゥである。
ニトゥの左右に控えるのは2体のアークデーモンだ。
雄山羊の角を持った恐ろしく冷酷な表情の美形で全身から
バーナーの炎のような魔のオーラが吹き出ている実体化した
アークデーモン。デーモン共は虚空からそれぞれ鋸刃の剣と
炎を纏った鎖鞭を取り出して構えた。武器というより拷問具
の類であろう。
玉座の前に立っている国王レムロスは表情も変えずパチンと
指を鳴らす。すると特別艦橋全体が魔力障壁で覆われ国王と
騎士団長バーケン、ニトゥとデーモン共が一緒に閉じ込められた。
「これで多少の攻撃は外に洩れない。戦闘指揮を継続している
第二艦橋に手出しは出来んし逃げられんぞ?」
そう言ってニヤリと笑う国王に応えたのは暗殺者ニトゥの嘲笑だった。
「くはははははっ!愚かなり。肝心な国王を敵中に残すなど大失態よな!」
「……この暗殺襲撃はガープの量子スーパー…何とかが予想していてな、
対応は準備していたのだよ。」
そう言って国王が合図すると玉座の後ろにある床のハッチが開いた。
中は要人が避難するか切り札的な護衛を忍ばせる隠し部屋になっている。
部屋の用途は後者だ。其処から姿を現したのは………
「手前ぇをぶっ殺したかったんだ!覚悟しな!」
ハーフエルフの美少女、魔法格闘士のキャミルが吼えた。
「外道に報いを…」
烈火の格闘士フェイレンが殺気を込め構えを取る。
賢者ルシムと超戦士グウキは無言で配置に付き彼らオリハルコン級冒険者
『覇道の剣』のリーダーが眼光鋭くニトゥに問いただす。
「ライユークだ。ニトゥよ、なぜ世界の敵である魔王軍に与する?」
「知れた事よ!怨敵たる新勢力ガープを滅ぼす為だ!!」
ニトゥが叫ぶのと同時に国王に向け突進する!!
ライユークも前に出るが圧倒的に優速のキャミルとフェイレンがニトゥの
行く手を阻んだ。
「しゅっ!!」
1動作で繰り出されるフェイレンの貫手。その岩をも貫く神速の攻撃を
的確な動きで回避するニトゥ。だがフェイレンのシルエットに隠れていた
キャミルの急襲を受け流石のニトゥも前進を止める。
ニトゥの頭部へ放たれたキャミルの飛び蹴り。刺突の刃のような右足を
首を傾け回避するニトゥ。だがそれは飛び蹴りではなかった。
すかさずキャミルの左足も伸びカニ挟みのように左右の足で挟んで
ニトゥの頭部を捉えるとキャミルは全身を回転させ首の頚椎をへし折り
つつニトゥの頭部を真っ逆さまに甲板に叩き付けた……
一方、ニトゥが動くと同時にアークデーモン達も左右に展開し、
優雅だがヌルリとした不気味な速さで覇道の剣を挟撃する体制に
なり高位の呪文攻撃を仕掛けようとしていた。そこに剣を構えた
騎士が割って入る。
「死ぬざんす!!」
鎖鞭のデーモンの方に騎士団長バーケンの稲妻のような斬撃が襲いかかり
外見からは想像もつかないほど高い防御力を持つデーモンの左わき腹を
見事に切り裂く。人間なら致命傷ながらデーモンは憤怒の表情で呪文を
中断し衰えぬ動きでバーケンに向け凶悪な武器を振り上げるのだった。
さて、もう一方のデーモンが腐敗の呪文を放つのと賢者ルシムの聖域結界が
張られるのが同時だった。巨人族すら生きたまま腐敗させ殺す恐怖の呪文を
うまく聖域結界で対処した隙にライユークが必殺の武技を鋸刃を持つアーク
デーモンに叩き込んだ。
「必殺!!昇竜剣!!」
僅かな詠唱で呪文を終えていたアークデーモンは人では有り得ない速度で
鋸刃の剣を構えライユークの必殺技を受け止める。
だが、昇竜剣を押し返し逆襲に転じるつもりのアークデーモンの
目論みは潰えた。あまりにも凄まじい必殺の斬り上げを抑える術は
無く鋸刃もろともアークデーモンの身体を両断してしまった。
アークデーモンほどの最上位魔族ともなると魔力中心核から破壊された
肉体を再構成する事も出来るがオリハルコン級冒険者の渾身の武技は
魔力中心核さえ粉々に粉砕しライユークは一撃で勝負を決める。
強大なデーモンもあと1体を残すのみ。だが気を高め武技を練成していた
超戦士グウキが床を蹴り猛進した先は残ったアークデーモンではなく甲板に
倒れているニトゥに向かってだった!!
「!」
「!!」
気配の変化を感じ取ったキャミルとフェイレンが同時に倒れている
ニトゥから飛び退いて距離を取った。その瞬間だ。
グバアアアン!!!
周囲に衝撃波を撒き散らしながら倒れていたニトゥが立ち上がる。
折れた首をゴリゴリ鳴らして戻し甲板に叩き付けられ悲惨なほど
割れた頭蓋骨から血の色の触手のような物が現れあっと言う間に
傷を修復してしまった。
「なるほど、貴殿は大魔王から力を与えられ既に人間を捨てていたのですな。」
賢者ルシムが呟くのと戦士グウキが武技による攻撃を放つのとは同時だった。
「武技!豪斬撃!!!!」
グウキは水平に跳躍し瞬間で間合いを詰めると同時に畏怖すべき威力を
秘めた大剣の一撃をニトゥにお見舞いする。
音速を遥かに超える速度の攻撃。ニトゥですら回避できなかった!
ゾバアァァっと派手な音と鮮血を迸らせニトゥの身体は縦に真っ二つに
なった。しかし左右の体が倒れる前に切断面から触手が伸びて左右から
結び付き、一気に切断面を合わせ繋いでしまう。正真正銘の化物だ。
怯む事無くグウキは追撃を図りキャミルとフェイレンも攻撃に
加わろうとした時だった。
騎士団長バーケン相手に苦戦していたもう一体のアークデーモンが
其方の方向に爆裂を発生させるエネルギー波を撃つ上級の攻撃呪文
ティルトウェーブを放った!
特別艦橋の半分を巻き込む大爆発。しかし聖域結界があり何より
大陸最高の冒険者パーティーの覇道の剣にダメージを与えるまでは
行かなかった。この呪文攻撃は隙を作る為のものだ。
爆風を目くらましにニトゥは国王レムロス6世に迫る!!
「首を貰うぞ国王レムロス!!そうすれば褒美として大魔王から
ガープ襲撃の許可を得られる!!」
「懲罰のような褒美を欲するとは貴様は変態か?」
「黙って死ね!」
ニトゥは禽獣の鉤爪のように逆向きに反った黒い曲刀を国王レムロスに
向け振り下ろした!だが…
ガキーン!!!
その速い筈の斬撃を国王は無造作に見える動作で抜いた剣で受け、
一気に切り払いニトゥの曲刀を弾き返す。
「な、何いぃ?!」
「驚く暇があったら構え直すべきであろう?」
ニトゥの驚きと国王レムロスの冷静な指摘が同時に上がった。
そして間髪を入れぬ国王の攻撃。
国王の刃が煌き必殺の刺突としてニトゥに迫る。だがニトゥも
一流の暗殺者な上に大魔王の力で異常な身体能力を獲得しており
黒い曲刀で国王の突きを切り払おうと試みた。
チュイィィィン……
国王レムロスは咄嗟に突き刺す方向を変え黒い曲刀の根元と鍔の
間に剣先を刺し入れるとテコの原理で浮き上げてから黒い曲刀を
そのままニトゥが振る方向に合わせ斬り飛ばす。
かん高い金属音を響かせながら黒い曲刀はニトゥの手を離れ
放物線を描いて飛んでいった。
「そっから離れて王様!!」
「もはやニトゥは化物、我らで倒す算段をつけます!」
素早いキャミルとフェイレンが反応しグウキとライユークが後に
続く。だが、
「無用!!」
国王は長剣を構えたまま甲板すれすれの低い姿勢を取り一気に
ニトゥの足元へと驀進する。
「グウキ殿の見事な攻撃!受けて身体を修復する賊の全身の
気の流れと魔力の循環から弱点が見えた!!ここである!」
低い姿勢で突風のように迫る国王レムロスにニトゥは背後から
取り出した40センチはある長い毒針を突きたてようとした。
がっ、
「ぬぐぅああああああああ?!」
正確無比な長剣の一閃。国王レムロスは見事にニトゥの左足首を切断し
そこに隠されていた不死身の秘密である魔力中心核をも両断して見せた。
その攻撃の速さでは毒針を刺す余裕などある筈が無い。
大魔王から与えられた『因子』をスキル獲得ではなく上級魔族への進化に使った
ニトゥ。損傷を受けた身体の復元させる魔力中心核を通常の魔族のように心臓や
脳に置かず足首に隠す所に元人間らしい狡猾さが出ている。
「中心核がぁ!!……抜かったわ、これほどの手練の影武者が仕込まれて
いたとはな……」
魔族化しつつある身体を維持する魔力中心核を失い床に崩れ落ちた
ニトゥが悔しそうに呻いていると後ろから応える者の声が届いた。
「影武者??何処を探せば陛下の影武者が務まる達人がいるざんす?」
賢者ルシムの魔法援護を受けて残っていたアークデーモンを倒し終えた
親衛騎士団長バーケンだった。
「自分はラースラン軍随一の剣士ざんすが国王陛下、いや兄弟子は
ラースラン王国随一の剣士ざんすよ?」
「……っ…」
国王レムロス6世もまた剣聖ウゼンの弟子であった事実に身体が
崩壊し始めたニトゥは睨み返す事で応える。
国王は慣れた手つきで剣の汚れを拭き取りながら
「遠い少年の日、王位を継ぐはずだった兄上が王立学園の卒業パーティーで
婚約破棄のバカ騒ぎをやらかし王太子を廃されねば余は王になる事など無く
剣の道を極めていたであろうな……」
「兄弟子は才能あるざんすからねぇ。公務の合間の鍛錬だけで腕を落とさない
なんて普通無いざんす。」
ライユークも頷いて、
「こうしてみると冒険者を志向するユピテル殿下は確かに陛下の御血筋だと
分りますな!」
「ユピテルめは余よりよっぽど政治の才がある。ネータンもな。この難局を
乗り越えられたら退位して王権を譲り一介の剣士へと戻ろうかと思っておる。
ここに来て目指す目標が現れたのでな。」
「剣士プル殿ざんすね?」
「うむ、アニーサスめ、何処であれほどの達人を見出したのやら……
あんな剣士が無名だったとは世界は広い…」
「…………勝ったつもりか?随分と余裕だな?愚かな王よ…」
くぐもった声でニトゥが呻く。もはや機能しているのは首だけらしい。
その頭部すら崩壊させながら骸骨マスク越しに呪詛めいた捨て台詞を吐く。
「ここ…だけでなくアークランドルの王宮にも…取って置きの刺客が
……差し向けられた。貴様は…家族の死を嘆きつつ殺されるか、家族が
貴様の死を嘆きながら…殺されるかの違いだけ…で…結局は同じ……
末路を…辿るだ…ろうさ……」
言いたいだけ断末魔を吐き散らしながらニトゥは崩壊した。
結局、骸骨マスクの下の素顔は誰にも見られる事なく露と消えて。
「ふん、生憎だがあっちにも取って置きの護衛をガープが手配していてな。
余は何も心配する必要が無いのだよ。」
ニトゥの残骸に応えると国王レムロスは合図して魔力障壁を停止させると
再び繋がった第二艦橋に向け声を張り上げる。
「侵入したドブネズミ共は始末した!!そのまま勇戦を続けよ我が精鋭達よ!」
国王の指揮復帰に歓声が上がる。戦いが佳境になる中、やはり最前線で
剣を振るう王の存在は兵士の士気を高めるものだ。
艦隊戦はより激しい段階に突入しておりコルメット提督の冷静な指揮で優位に
戦いを進めているが残念ながら何隻かの空中艦が墜ちている。
脱出する乗組員と救助する飛行能力ある軍人達を狙って魔獣たちが近接戦闘を
仕掛け、それに艦隊が対応する為に現在砲撃戦を行っているのはグランデ・ラー
スランのみだ。単艦でも強大な火力を有するゆえ戦線は支えられている。
だが魔獣軍団はグランデ・ラースランを初め健在の空中艦に直接切り込み
白兵戦を挑んで不利を覆そうとしていた。
各艦にて待機していた戦闘部隊が応戦しグランデ・ラースランにおいても
国王が自ら剣を抜き騎士団長バーケンと共に戦闘部隊を率い獅子奮迅の
活躍を見せ、覇道の剣も力を尽くしてグランデ・ラースランを総旗艦として
維持し機能させる事に成功する。
懸命に戦線を支える近衛艦隊。ようやく前向きな一報が届いた。
「魔王軍迎撃艦隊が到着しました!!」
通信士官の報告に歓声が上がる第二艦橋。ネータン王太女が率いる
魔王軍迎撃の主力艦隊が西の空に姿を現した。ちょうど魔王軍を
前後から挟み撃ちに出来る位置だ。
「よぉーし!!攻勢に転じるぞ!!ここが戦の潮時なり!!」
「「「応っ!!!」」」
国王レムロス6世の反転攻勢の命令に持ち場に付いたまま応える
将兵達。ここからが夜空の艦隊決戦の正念場であった。




