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86 太古の真実






その日その時、俺はまだ16歳、羊飼いの小僧っ子だった。



夕闇が迫る時刻だが俺達の住む荒地と魔法帝国中枢とを仕切る結界の彼方、

帝都である魔法都市ダーナの山より高い摩天楼群の頂上から七色の強烈な

輝きが放たれ周囲を昼間のように照らす光景を俺はずっとみつめていた。


美しかった。


魔法帝国中枢バードラ。この俺、ルーシオンのような魔力の乏しい

最下層の賎民には決して立ち入る事の出来ない別世界。


だいたい、この魔法帝国グレイゼンベールにおいて主権者は

一握りの貴族階級と帝国臣民。大多数の魔力に乏しい賎民は

奴隷以下、まるで家畜のように扱われている。


その格差はまさに天と地だ。


バードラに近い地域に住む俺は帝国臣民の姿を垣間見る機会も多い。

先日も俺と同年代らしい少年の臣民が馬無し馬車リムージーに乗って

俺の傍ら駆けて行った。上等な身なりの彼は運転手に運転させながら

何不自由ない生活を満喫しているようだった。


対する俺はどうだ?


下帯の上からボロの貫頭衣を着て革サンダル姿。持ち物は杖が一本に

俺と大差ない痩せ細った山羊が5頭。1日に1ないし2度の食事で

必死に働かねば暮らして行けぬ。


思わず心の奥にドス黒い感情が沸き起こりかける……


「駄目だ!!魔法帝国バンザイ! 魔法帝国バンザイ! 魔法帝国バンザイ!

魔法帝国バンザイ! 魔法帝国バンザイ! 魔法帝国バンザァァイ!!」


その時は慌てて感情を抑え、俺は帝国への忠誠を念じ続け事無きを得た。


俺たち賎民は全て生誕の時に『隷属の呪印』を刻まれる。

隷属の呪印により俺達は無制限の『ギアス』をかけらる

状態にされ帝国に支配されていたんだ。


帝国や上級国民に敵意を持つだけでギアスにより精神が崩壊しそうな

ほどの凄まじい激痛が全身を襲い決して逆らう事が出来ない。


恐ろしい事に帝国貴族なら好きなだけギアスを重ねがけが出来る。

数も内容も無制限のギアスがどれほど恐ろしい事か。ある貴族が

退屈凌ぎに1人の賎民に飲食禁止のギアスをかけ、自死も禁じて

緩慢な衰弱死を嘆く賎民を見て楽しんだ。


魔法帝国において魔法力の少ない賎民を害しても罪に問われない。

そもそも賎民が上位者を訴える事も禁じられている。


(何でなんだよ……)



賎民と呼ばれる国民の大多数の全てを吸い上げ繁栄を謳歌している

帝都ダーナの眩い輝き。俺は込み上げる想いを押さえながら見詰めていた。


まさにその時、魔法帝国は膨れ上がった欲望と野心を満たすべく

神を隷属させるという邪な計画を実行し……取り返しの付かない

大失敗をやらかしているとは知りもせず。




不意に…何の予兆も無く、また異音ひとつせず異変が発生。

その異変は唐突で……圧倒的だった。


突如として結界の向こう側、帝国中枢地域の地面に穴が開いた。

いや、穴が開いたなどという表現では足らない。結界の向こう側の

地面が全て消失したと言った方が正しい。


帝都ダーナを始めとする帝国中枢は赤黒い稲妻を放つ暗黒の穴の底へと

引きずり込まれて行った。広大なバードラ地域が全て闇の彼方に消えていく。


「……ダーナが…いや魔法帝国が地の底に墜ちて行った?!」


これほど凄まじい現象なのに轟音はおろか一切の音が鳴らない事が

非現実的すぎて俺は目を皿のように見開いたまま立ち尽くしていた。


見渡す限りの広さ、見通せない程の深さの穴を俺は呆然と見ていたが

穴が出現した瞬間から発生していた音無き赤い稲妻が消える頃、穴の

底から奇怪なモノが現れた。


穴全域から一繋がりの長大なモノが姿を現し蠢いている。半透明なそれは

大蛇といった感じではなく超巨大なヒルを思わせる姿。


ゾクリ……


ソレを認識した途端、俺の背筋に冷たいものが走る。


(あれは……関わったら駄目な奴だ…)


遅きに失した決断だが俺はこの場を離れようと決めた。

だがドタバタ走って逃げたらアレに見つかるかもしれない。


向きも変えず、そーっと1歩ずつ下がりながら用心の為に左右に

目を向けた時、俺は絶望した。


遠方で長い胴体が蠢いているが俺から見て右側、極至近距離にアレの頭部が

鎌首を上げて真っ直ぐに俺の方を向いていたのだ!!


半透明のソレの頭部には口があった。いや、口しか無かった。

人間の口にソックリだが唇は黒く牙のように鋭く長い歯が

3列もある。その巨大な口が俺の方を向いてニイィィと微笑んだんだ。


俺が絶叫を上げ走って逃げようとするのも無理は無いだろう?


  (悪シキ帝国ノ犠牲者ヨ。逃ゲナクトモ君ハ安全ダ。怯エルニ足ル

   状況ダガ罪無キ君ニ手出シハシナイ。コレ本当。)


年齢も性別も不明な謎の声が頭の中に響き、俺は足を止めて怪物の方に

目を向けた。今のは間違いなくコイツが語りかけて来たんだろう。


俺は怪物の安全を保証する言葉を信じた訳でもなければ取って付けた様な

おどけた言い回しに油断した訳でもない。


(悪しき帝国の犠牲者!!)


それは俺の心の奥で必死に押さえ込んでいた想いと一致する言葉だった。

そう呼ばれただけで俺は怪物と対話する事を決めたんだ。 


「今のはアンタの呼びかけでいいんだよな?」


「アア、済マナカッタ。実際ニ発声シテ語ルベキダッタナ。間違イ無ク

最前ノ念話ハ我ダ。ソシテ君ノ安全ハ本当ダヨ。今ノ我ハ実体ノ無イ

幻影ノヨウナ物。『神罰』ノ対象デハナイ君ニ危害ヲ及ボセナイ。」


「神罰?!」


「ソウダ、悪事ヲ重ネ神ヲ冒涜シタ悪ノ帝国ニ神罰ガ下ッタノダ。

魔法帝国ハ自ラノ罪ノ重サデ苦獄ノ底ヘト墜チ滅ビヲ迎エタ。」


魔法帝国グレイゼンベールに神罰が下った!俺は…俺の頭の中は

それだけでいっぱいとなり、こみ上げる歓喜を押えるのに必死になる。

ギアス発動を押さえ込む事に精一杯で根源的に信頼出来ない怪物への

疑念を感じる余裕は失せていた。


「偶然ノ出会イノ中ニ運命ノ黄金律、世界ノ必然ガアル。君ヨ。

我ト契リ『ゼノスの心臓』トナリ我『ゼノス』ヲ顕現サセヨ。」


「心臓?!何を訳の分からない事を!!」


俺の必死の声にゼノスと名乗った怪物は可笑しそうに言い放つ。


「何ヲ必死ニ心ヲ抑エテイルノカネ?既ニ魔法帝国ノ呪縛ハ

消エテイルノニ?」


俺は目を見開いて固まると自らの胸を確認した。ボロの貫頭衣を

脱ぎ捨てる間も惜しい。俺はボロい衣の胸元を引き破り、左胸の

心臓の位置に刻まれていた隷属の呪印が消滅している事を確認した。


「う、うわああああああああああああああ!!!!!!」


隷属の呪印と全てのギアスが消え、俺は押さえ込んでいた

全ての感情が激流となって迸るのを言葉にならない叫びを

上げながら感じていた。俺の頭の中にはもう二度と会えない

人達の顔が浮かぶ。


帝国に労役に駆り出され遂に帰って来なかった両親。結婚を目前に

貴族から自死を強要された姉の涙。凶作の年でも容赦無く重税を

取り立てられ発生した飢饉の中で俺に食べ物を与え続け餓死した

祖母は最後の肉親だった。


愛する人々を悼む気持ちと帝国の理不尽に対する怒り。それらを

禁じていた強制力が無くなった今、俺は溢れる憎悪と歓喜を

押し留める事など出来なかった。その俺の耳にゼノスの甘い言葉が

流れて来る。


「我ヲ顕現サセヨ。ソウスレバ魔法帝国ハ完全ニ破滅シ苦獄ノ穴、

時空ノ裂目ハ閉ジル。ドレ程ノ魔法文明デモ蘇ル事ハ無イシ、顕現シ

肉体ヲ得タ我ガイレバ帝国ノヨウナ存在ノ出現ハ許サヌ。ソシテ君ハ

我ガ心臓トナル事デ不死身ノ英雄トナレル……」


俺の心の片隅にはゼノスに対する確固とした不信感があり、根源的に

相容れないと感じていた。だが激流となって溢れる感情に流された

俺に取れる選択肢は一つだけだった。あまりにも魔法帝国が憎かった。


「いいぜ。それで魔法帝国復活が無くなるなら何でもしてやる。

で、どうすればいい?」


「君ノヤル事ハ簡単ダ。自ラノ意思デアルト明言シ自分ノ口デ

名ヲ名乗リ『ゼノスの心臓』トナル事ヲ宣言スルダケダ。」


「わかった。俺の名はルーシオン!!俺は自分の意思でゼノスの心臓に

なる事を望む!!」


「汝、我ガ心臓ナレ。」


ゼノスの口から真っ黒で長い舌が伸び、蛇行しながら俺の所に

来るとそのまま先端が俺の全身を包んだ。


「ルーシオン!ルーシオン!我ガ心臓ノ名ハルーシオン!!」


奴の叫びを聞きながら俺は落雷の直撃を受けたらこんな感じかなと

思うような衝撃を受け気を失ってしまった……



(夢……じゃないな…)


気が付いた俺の目の前には広大な平原が広がっていた。

魔法帝国グレイゼンベールのあった場所は真っ平らな

地面に変わり果てていたんだ。


「目ガ覚メタカネ?」


うつ伏せに倒れていた俺が身を起こそうと四つん這いに

なった時、俺の眼前に奇怪な物が現れた。


何とも言えない色合いの人の頭ほどの球体。

それがゼノスである事を示す真っ黒な口が

微笑んでいた。


俺はゼノスに平伏しているような自分の姿勢に気が付いて

素早く立ち上がると全身の土汚れを払いながら応えた。


「随分とコンパクトになったな。」


「我ノ大キサヤ形状ハ自在ダ。アノママ物質化シテハ

今後ノ活動ニ不便ナノデネ。ソレニ形状ガ変ワッテモ

力量ニ変化ハ無イ。」


そうして俺はゼノスから俺の身体が不死身になった事と

乏しかった魔力を完全に失い無魔力の人間になった事を

知らされた。


魔力を失った事は魔法文明社会で戦う力を失った事である。

だがゼノスはその埋め合わせに俺に加護とやらを与えてくれた。


ゼノスの加護によって俺は状態異常に特化した力を得た。

全ての状態異常を無効化するだけでなく俺の攻撃に相手の抵抗を

無視して状態異常を叩き込む力を得た。毒、麻痺、石化そして

致死などを受け俺に殴られた敵は簡単に倒れた。


やらねばならぬ責務がある。そう言ってゼノスは去り、

俺は不死身の肉体と状態異常の力でのし上がって行った。


巨大帝国の滅亡は混乱を引き起こし、魔法帝国軍によって

討伐されなくなったモンスターも増加。俺は弱き人々の

安寧の為に戦い続け、2年も経つ頃には不死身の格闘戦士

ルーシオンの名は広く世に知れ渡った。


そうした戦いの日々に世界を揺るがす大事件が起こる。

魔法帝国消失の影響か次元の壁に歪が発生し、そこから

別世界の魔の王バローガルの率いる魔王軍が出現しこの

世界に全面侵略戦争を開始したんだ。



バローガルを討つ勇者として覚醒した少年ウルクが

バローガルの差し向けた魔軍に苦戦している所に

俺は助太刀に入り、魔将の1人を討ち果たして勝利

するとウルクから感謝の意と懇願を受けた。


「高名なる格闘戦士ルーシオンよ。どうか世界を救う

戦いに力を貸して貰えませんか?」


「勿論だ。むしろ俺の方から共に戦う事を志願するつもり

だったしな。さっさと魔王軍を討伐し平穏な世界にしよう。」


一歳年下で俺に純粋な瞳を向けるウルクに快諾し、俺は

ウルクの肩を叩いてニカッと笑う。


(ん??)


俺はウルクが首から下げているメダルに微かな違和感を

感じウルクに尋ねる。


「その鎖で吊り下げたメダルは何だい?」


「これですか?…これはある賢者から託された巨大な魔力が

封じられたメダルで魔王との決戦に役立つらしいです。特に

呪いとかも無いし、確かに大きな魔力を感じるので持っている

のですよ。」


「そっか。まあそんな物に頼らず魔王バローガルを倒せるよう

頑張ろうぜ。」


今にして思えばそのメダルの正体に俺が気が付かなかったのが

異常なんだ。気が付いたら即座に捨てさせただろう。


その歯を向いて笑う口の文様が描かれたメダルのせいで

あんな結末を迎えるなんてこの時の俺は思いもしなかった。




そうして始まった魔王討伐の旅。


激戦を続けながら新しい仲間を迎えて行った。


物静かで淑女の神官ミーム。少女のような神官ながら

世界の平和にかける思いは人一倍強い。


吟遊詩人のラッツは猫のように機敏な少年だが熱血漢で

常に前向きなムードメイカー。優れた呪歌の歌い手で

様々な歌でバフをかけ戦いを支援してくれた。


そして女魔法戦士レスフィー。神懸りな剣の技量と高位魔術師なみ

の魔法力を持つ魔法戦士。美人で豪快な姉御肌。…ウルクの恋人で

あり俺の初恋の人だった。



勇者一行となった俺達は重要な戦いを幾つも征しバローガルの

本拠地『暗夜の城塞』へと迫った。


バローガルは自身の実力に相当の自信があったのだろう。各地へ

深く進攻している侵略軍を呼び戻さなかった。勇者ウルクを自分の

手で始末すれば侵略で獲得した各地の領土を手放さなくて済むからだ。


欲と自信から魔王は自身と親衛隊だけで迎え撃とうとしている。

勇者ウルクにとって絶好のチャンスだ。



「僕は魔王を倒し平和を取り戻したらレスフィーと結婚する。」


いよいよ暗夜の城塞に突入する前夜、ウルクはレスフィーの

手を取り宣言した。俺達は皆で祝福した。ラッツは祝いの歌を

歌い、ついでに失恋した俺を慰める歌を歌った。余計なお世話だ。


俺達は魔王を倒し平和を取り戻した後の希望を語り合った。

熱く語り合ったんだ。あんな結末を迎えるなどと知りもせず。





決戦の日、暗夜の城塞の玉座の間、俺は絶望にかられたまま

身動きも出来ず地獄の光景を見ていた。




玉座の間で魔王バローガルとの最終決戦、魔王の猛攻を凌いでいた

勇者ウルクが独り言を叫んだ事に俺達も魔王も困惑した。


「それは本当なのか?!いいだろうメダルよ!君の力を

今こそ開放してくれ!!」


(どうやらゼノス・・・とウルクにだけ聞こえる会話のようだ?!)


その瞬間、俺は俺自身に驚愕した。メダルがゼノスだという事が

分かっていたのに認識出来なかった事に今気が付いたんだ。俺の

認識が狂わされていた事実に呆然としている間に事態は最悪の状況を

迎える。


ウルクが返答した瞬間、メダルから正体を現したゼノスが勇者ウルクと

魔王バローガルに襲い掛かり二人同時に貪り喰らい始めたのだ。


ウルクの裏切られた困惑とバローガルの怒号が叫びとなって現れ

俺達は魔軍親衛隊を率いていた魔将と共闘してゼノスに向かった。


俺達はウルクを魔将はバローガルを救う為に。だが結果は

惨憺たる物だった。


魔将と神官ミームは原形を留めない無残な姿で死んだ。意識を失った

吟遊詩人ラッツはゼノスの協力者らしい宝石の仮面を付けた賢者と

名乗る連中に何処かに連行されていく。


そしてウルクの恋人であり無敵だった魔法戦士のレスフィーは

ゼノスの使徒と称するエネアド、コロシア、ヤソと名乗る三匹の

怪物に包囲されズタズタに嬲り殺しにされている。


そして俺は……俺はゼノスに加護を取り上げられ無力な一般人に

成り下がった。初歩的な麻痺をかけられ身動きも出来ず泣きながら

仲間達の破滅をみつめていた……


その瞬間だった。俺の中で勇者としての使命が生まれ覚醒したのは。

ゼノスが野望とこの世界に対する野心を露わにした瞬間に対ゼノスの

勇者が覚醒した。それはこの俺だったんだ!!


(手遅れだ!!俺は全ての力をゼノスに奪われた!)


絶望の中、俺は一つの事を確信する。


(何が偶然の出会いだ!ゼノスの奴は俺が奴に対する勇者に

覚醒すると知っていて心臓にしやがったんだ…)


動けない俺の傍らにいつの間にか宝石仮面の賢者とか言う奴が

立っていてゼノスに尋ねていた。


「手筈通りコレ・・を『ゼノスの下僕』共が造っている迷宮に設置するぞ。

あと忠告だが今後は獲物・・を喰らう時は宗教的儀礼とか神秘的な儀式

とかに偽装したまえ。こんな邪魔が毎回入ったら能率が悪いだろう?」


「善処シヨウ。」



そう応えたゼノスは俺に一瞥もくれず夢中で獲物を貪っていた。

そのまま俺は賢者に連行され……どれだけの時間が過ぎたか

分からないまま完成したらしい迷宮とやらに移送された。


迷宮の最奥、白いドーム状の空間の中央に立たされる俺。

無魔力で魔法が効かない体質となった俺でも薬品による

脱力で抵抗能力を奪われている。


「君は間も無く異空間の狭間に立つ事になる。時の流れの影響を受けない

場所でゼノスの心臓としての勤めを永遠に続けるといい。ゼノスの注文で

この世界との繋がりも残るし狂った魔力の中で生存出来る者がいれば何時か

面会する者も現れようさ。ではさらばだ。ゼノスの心臓にして対ゼノスの勇者

たる封印されし愚者よ!」


そう言って赤い宝石を装飾された仮面の賢者が転移して立ち去ると

床一面の魔法陣や魔法術式が光り輝いて作動し、異音を轟かせ開いた

次元の裂目に俺に取り残された。


以来、俺は世界の狭間に立っていたが不思議と時間が経過した感覚が

無かった。飲食も排泄も睡眠も必要としない。賢者と会話した瞬間から

体感では時間経過は無い。おそらく時間の流れの無い異空間に半分身体を

突っ込んでいたからだろう。だが、ゼノスに食われた勇者達の絶望と悲しみ、

魔王共の怨嗟と憎悪、それらを調味料に食を楽しむゼノスの悦楽などが

何度も俺に伝わり何百年もの時が過ぎたと推察していたが…間違っていた。


そんな時を過ごしていた俺の前に最上級怪人クリスタルテラーと名乗る怪物が

手下を引き連れて現れ、あれから三千年以上の歳月が過ぎた事を告げられ俺は

愕然としたのだった……





     ○  ○  ○  ○  ○





ガープ要塞のディスカッション・ルーム




古代の壮絶な体験を語り終えたルーシオンは一旦口を閉じる。彼は禁忌の迷宮から

助け出されてから新勢力ガープによって保護され、このガープ要塞にやって来た。


ルーシオンの話を聞いていたのは烈風参謀に改造人間カノンタートル、

戦闘員№76ワガハイと戦闘員№100のカタブツ君にガープ情報局員。

そしてわざわざやって来た魔術師ギルド総帥のバーサーン最高導師だ。


他の幹部、闇大将軍の帰還は明後日の予定で死神教授は手がけている

今日の仕事を終え次第に来る予定。モーキンとウオトトスは休養日で

電脳空間都市に入っているがこの場の様子はモニターしているはず。

ちなみにピクシーのソアとリルケビットもウオトトス達と電脳空間

に付いて行っている。


ルーシオンの話には様々な情報が含まれており今後の戦略の為に

整理し討議する必要があった。まず、バーサーン最高導師が口火を切る。


「太古の囚われ人よ、貴殿に聞きたい事がある。」


「あんまり仰々しくしないでくれ。苦手なんだ。」


「そんじゃルーシオンさんや、アンタがいう『ゼノスの心臓』で不死身ってのは

どういう意味だい?」


「難しい事は分からん。だがゼノスと契約した時に頭の中に流れ込んで来た

情報というかイメージとかを説明するから学問の出来そうなアンタ達で

考えてくれ。」


ルーシオンの説明によるとゼノスの心臓とは比喩的表現で実際に内臓になる訳では

ないらしい。神格を持ったゼノスが物理世界で『存在の証明』を確立する為の触媒

としてゼノスの命の半分をルーシオンに植え込んだ。と言った内容を箇条書き的に

説明されバーサーン最高導師が推論を提示する。


「こいつは魔道でも科学でもなく神秘学の領域の話だね。ルーシオンさんは

間違いなく人間さ。この世界に根付く勇者であり人間であるという『存在』が

この世界にゼノスという『存在』がある事を担保させる楔。だから生物として

完全に人間ではあるが根源的に別次元の存在なのさ。」



「よー分らんけど、その代償で魔力を失い不死身になったという事かいな?」


カノンタートルの質問にルーシオンは頭を振り、


「亀の魔獣さん、そいつは違うな。魔力はただゼノスの奴が一方的に奪い喰らい

やがった。それとは無関係に俺とゼノスの肉体は同時に不死身になったんだ。」


「同時に不死身?!」


「ああ、俺が死のうが消滅しようがゼノスが生きていたら即座に復活する。

逆にゼノスを滅ぼしても俺が生きていれば一瞬で蘇生される。俺とゼノスの

クソ野郎は互いが生きている限り絶対不滅だ。」


それは衝撃の情報であった。それが事実ならば対ゼノス神戦略は根本から

練り直さねばならない。烈風参謀は打開策を探るべく質問を重ねる事にした。


「単刀直入に伺うが貴殿とゼノスが同時に死亡した場合は?」


「そいつが第一の希望だよ!!クリスタルテラーさん!」


「今は戦闘形態では無いので烈風参謀とお呼び願いたい。それで希望と

いう事は同時に倒せば復活は無いと言う事ですかな?」


「そういう事だ。完全・・同時に倒れればゼノスの『存在の証明』は解除され

奴の肉体は消滅し本体は神界の彼方へと追い払われ2度と物理世界に来られない。

俺の肉体も消滅し……俺はようやく冥府に行ける。」


「完全同時……ですか?」


ワガハイの疑念にルーシオンは頷きながら応える。


「そう、一瞬の時間のズレも許されない。倒す時間が少しでもズレたら

復活条件が成立してしまう。」


これは難問かもしれない。不死身以外は一般人と変わらないルーシオンと

多くの生贄を喰らい強大なポテンシャルを獲得をしたであろうゼノスと

では条件が違い過ぎる。同時に倒すのは極めて困難だ。しかも狡猾な

ゼノスはその事を熟知している。


「ふむ、その戦術を採用する場合は充分な作戦計画が必要だな。」


「そうか?俺はアンタ達ガープの軍事力をそこの当代随一の大魔術師の

婆さんから聞いた。アンタ達なら俺がずっと考えてきた戦法が使える筈だ。」


「……ほう、参考までにその戦法っての聞かせてくれるかい?」


婆さん呼ばわりされたバーサーン最高導師に促されルーシオンが語る。


「アンタ達の火力ならゼノスの奴を一時的に弱らせられる。そこに高位魔術師が

『空間破壊』の呪文を全力で込めたアイテムを抱いて俺がゼノスに体当たり。俺と

ゼノスを中心に一定範囲の空間を一瞬で丸ごと破壊し消滅させるのさ。」


「そりゃ駄目だね。」


バーサーン最高導師はバッサリとルーシオン案を蹴った。


「アンタはゼノスに魔力を食われた。魔法が使えないだけじゃなく生命の本質から

魔力が失われた無魔力の人間。治癒魔法も効かなきゃ転移も出来ない存在。だから

空間破壊の呪文も正確に作動する訳きゃない。」


チラっと烈風参謀を見ながらバーサーンは無魔力の人間について熟知している事を

示しながらルーシオンに反論する。ルーシオンは顔を顰め首肯し、


「確かに。魔力の消えた無能の俺には空間破壊は効かんかもしれん。それじゃ

出来るだけ威力を高めた爆裂の呪文を使えばどうだ?俺の肉体なんか簡単に

消し飛ぶはずだ。」


「それも失敗の可能性が高いでしょうな。」


そう烈風参謀は評価した。如何に強烈だろうと爆裂では同時に倒すのは

ズレる危険がある。例えコンマ0,00000001秒以下だろうと同時でなければ

悪神は即座に復活だ。


「そちらの方法は我らで戦術的検討を加え量子スーパーコンピューターで

計算し作戦計画を立案する。ただ他の可能性の追求も進めたい。そこで

ルーシオン殿に聞きたいのだが先程は第一の希望とおっしゃったという事は

第二、第三の方法もあると言う事ですかな?」


烈風参謀に促されルーシオンは難しい顔で頭を振りながら搾り出すように

語り始める。


「もう一つあるが…勝てる可能性はもっと低いぞ。」


ルーシオンの前置きに烈風参謀は頷いて応えた。そのままルーシオンは

詳細を説明する。


「もう一つの方法は俺が直接ゼノスを倒す事だ。俺は邪悪なるゼノスを

倒す勇者だからな。だが……残念ながらこの方法は不可能だろう。」


ルーシオンは小さく溜息をつくがバーサーン最高導師は目を見開いて

喝破した。


「そうだよ!勇者は相対する邪悪に対して優位の相克関係にある!!

対ゼノスの勇者なら不死身なんぞ関係無く倒せるはず。それも元の

神界へ追放ではなく消滅させられる筈さ!」


「水を差すようで悪いがそいつは無理なんだ。確かに優位の相克で俺は

ゼノスの肉体ではなく本体にダメージを与えられる。ただし、それは

俺が直接攻撃した場合だ。そして今の俺は……一切の魔力を持たない

無力な人間さ。勇者としてのスキルも武技も使えない一般人。無魔力の

役立たずなのさ……」


そこで戦闘員№100のカタブツ君が疑問を挟む。


「何故ゼノスはそんな二度手間のような事をしたのでしょうか?ルーシオン殿を

抹殺しゼノスの心臓となる人間を確保した方が合理的だと思うのですが。もしか

してルーシオン殿の事を自分に対する勇者と気が付かなかったとか。」


「二度手間じゃないよ。むしろ……そう、アンタ達の世界の格言で言う所の

『一石二鳥』と言う奴さ。」


バーサーンがカタブツ君の疑問に応えていく。


「公式記録にある最初の勇者ウルクから続く全ての勇者は魔王と共に食われた

らしいから実証は出来ないけど、おそらく魔王を討伐できず勇者が倒れたら

新しい人間が勇者として覚醒する仕組みだろう。ルーシオン殿を殺しても次々と

新しい勇者が出現する。ならばいっその事……」


「そうか!!ルーシオン殿を無力化して幽閉、さらにゼノスの心臓にしてしまえば

一石二鳥だ!!」


「そう、魔力を奪われたルーシオン殿以外は生きられない暴走魔力の荒れる

禁忌の迷宮に幽閉すれば本来なら誰も救出できなかった……」



「ふむ、ゼノスの狙いは其れだけではないだろう。」


バーサーンとカタブツ君の話に烈風参謀が加わり、ルーシオンにある事を

確認する。


「ルーシオン殿、仮に貴殿が勇者の力でゼノスを滅ぼした場合、

ゼノスの心臓である貴殿はどうなるとお考えか?」


「……まあ、元の人間に戻る可能性も有るが低いだろう。十中八九、

奴と一緒に死んじまうだろうな……そう言う事か!」


「そう言う事ですな。万が一にルーシオン殿が戦う魔力を取り戻したとして

自分も死ぬ可能性があるゼノス攻撃を躊躇させようと意図した。なかなか

ゼノスは狡猾だ。」


「舐められたもんだ。俺は相打ち覚悟で奴を消すつもりなんだぜ。」


「それにしても勇者のおかわりがあるなら勇者ゼファー捕獲作戦が未遂なのは

かえって都合が良かったですな。我らがゼファーを確保していたら手段を選ばず

暗殺し、代わりの勇者発生を狙われたかもしれません。」


「恐らく狙ったろうね。現在は大きな力を蓄え美味・・に育ったゼファーに

固執しているようだが食えないとなれば別の手段を探ろうさ。」


戦闘員№100のカタブツ君の呟きにバーサーンが応えるのを聞いていた

ルーシオンが吼える。


「悪食野郎め!!俺が自由になったからには現代の勇者を食わせはしないぜ!!」



そのルーシオンの言葉に烈風参謀は凄みのある笑みを浮かべ、


「ゼノスの姦計は裏目に出ました。奴にとって弱点であり天敵でもある

ルーシオン殿が自由を取り戻し我らの味方になった。このまま貴殿には

勇者としての助力を賜りたい。心苦しいですが困難な決断を貴殿にお願い

する事になるかもしれません。」


「何を今さら。とっくに俺は奴と相打ちになる覚悟は出来ているさ。」


「そうではなく、我々は第二案を主軸にゼノスに対処しようと

考えています。」


「……何度も言ってるがそれは無理だ。俺は魔力の無い無力な

……一般人だぞ。」


そのルーシオンに生暖かい目を向けていたバーサーン最高導師は

どこか可笑しそうな声で


「あのね、ここにいるガープの連中は皆アンタみたいに魔力が無い存在

なのさ。なにせ魔法が無い世界から渡来した異世界人だからね。」


「だが、彼らは途轍もない力を持った怪物に変身する能力を持っているだろう?

俺とは基礎の戦闘力が違い過ぎる。」


「フッ、我々とて生まれた時は普通の人間だった。我々は『改造人間』だ。

改造手術により俗称『怪人』と称される兵器人間となった身なので。」


烈風参謀の言葉にルーシオンが応える前にディスカッション・ルームに

入室して来た人物が烈風参謀の言葉を継ぐ。


「ここに来るまで話は全てモニターしておった。魔力の無い人間でも

力を与える改造手術、こちらの世界の人間でも改造可能だと証明出来た

ので連れて来た。運用試験を終えたばかりじゃが皆に新怪人の能力を

お披露目しようと思っての。特にルーシオン殿にも見て欲しい。」


見るからに怪しい科学者風の男を胡散臭そうに見るルーシオンに


「そう言えば初対面じゃったの。ワシはガープ最高幹部の1人の死神教授じゃ。

改造手術などもワシの担当でのう。」


そう言って怪しい男、死神教授は開発局所属の戦闘員2名と凄まじく凶暴そうな

姿の新怪人を率いて入室して来た。


新怪人、その姿はウオトトス系統の魚型怪人であった。その凶悪な姿は正に鮫、

ホオジロザメに手足を生やしたような極めて攻撃的な外見をしている。


両腕の肘や膝付近に胸ビレ、腹ビレのような刃が付いており全身凶器といった

姿で巨体に似合わず足取りは軽やか。股関節をはじめ関節部分はかなり強靭な

ようで機動性は高そうだ。


その怪物に目を奪われていたルーシオンは開発局の戦闘員が立派な盾と

ブロードソードを持っている事に気が付き、その刃の色に驚きの声を

上げる。


「ミスリル製の盾と長剣?!それもかなりの業物だ。」


「うむ、かなり高かったからの。バーサーン最高導師殿、この剣と盾に

攻撃力増強と防御の呪文を付与して頂けますかな?」


「はいよ。」


死神教授の要請でバーサーンが呪文で強化すると魔法に反応しミスリルの

輝きが強くなる。そのまま死神教授が合図するとまず強化されたミスリル盾が

サメ怪人の前に突き出された。


ガブッッ!!!!


ヴァッキャアアアッッ!!!


「な、何いぃ?!」


魔法で強化されたミスリル盾がまるでトーストのようにサメ怪人に

食い千切られた。これではどんな防具を装備したとて一溜りも無かろう。


「ククッ、ただの顎の咬合力だけで威力がある訳ではないぞ。牙の全てが

高周波カッターとなっていて切り裂くのじゃ。まあ咬合力もティラノサウルス

くらいはあるがの。そして次はミスリル剣じゃ。それ!!」


死神教授の合図と共にサメ怪人にミスリル剣が振り下ろされる。

もし本物のホオジロザメなら三枚下ろしにされていただろうが

被害を受けたのは剣の方だった!


ギャギャギャリン!!ギャギャ……


かん高い破壊音を響かせ強化されたはずのミスリル剣は粉々になった。


「サメの全身を覆う小さな刃のような楯鱗もまた一枚一枚が高周波カッターじゃ!

コイツに触れた物理攻撃は剣だろうが肉弾攻撃だろうが木っ端微塵じゃわ!!

中々の防御能力じゃろ?他にも背ビレに尾ビレ、両手足のヒレも全て高周波

カッターとなっていて白兵戦はお手の物。ついでにウオトトスと同じ腹這いずり

で時速80kmで機動可能じゃ!!」


つまり全てを切り裂くサメが時速80kmで迫って来るのだ。

かなり凶悪な怪人だと言える。そのサメ怪人が牙だらけの

口を開いた。


「教授殿、飛び道具のお披露目はしなくていいいの?」


その姿に似合わない美しいボーイ・ソプラノの声に

教授が応える。


「うむ。そっちまで公開するなら大掛かりな準備が必要じゃからの。

射撃兵器については口頭で説明するわい。」


「ほほう、つまり彼は白兵戦特化ではなく射撃も可能と?」


死神教授に質問したのは戦闘員№76のワガハイだ。


「そうじゃ。コイツにはマイクロ波照射器官を搭載しておる。高レベルの

マイクロ波を集束照射すれば壁の向こうの敵を蒸焼きに出来るし、威力は

落ちるが自己を中心に広範囲に分散照射すれば敵兵の皮膚の水分を加熱し

激痛で無力化して多数の敵を簡単に制圧可能なのじゃ。」


「汎用性の高い射撃やな。いろんな局面に対応可能な新怪人やね。」


「高周波振動装甲と集束マイクロ波照射攻撃を備えていた侵略ロボット

ジェノサイダーガープに通じるコンセプトだな。」


カノンタートルや烈風参謀の評価を肯定すよう頷く死神教授。


「そうじゃ。コイツは単独の作戦行動を取る機会が多いと予想して

単機行動前提の戦略兵器のジェノサイダーガープのコンセプトに

寄せて設計してのう。なにせ……」


死神教授は両手を広げ叫ぶ。


「我がガープにおける初の魔法対応怪人なのじゃ!!コイツなら魔法のバフも

かかるし転移門を使い遠方への瞬間派遣も可能なのじゃ!!」


「なのじゃ!なのじゃ!は結構だけどさ死神教授殿。」


サメ怪人はそう声をかけると同時に人の姿に変身した。

一瞬で身体はスマートになり全裸の美少年に姿を変える。


「いつまでもコイツ呼ばわりは嫌だし、そろそろ俺の怪人名を決めてくんね?」


サメ怪人の正体、元騎士団従者だった美少年ミルスは戦闘員から差し出された

ジャージと呼ばれる部屋着を着ながら名付けを要望した。


「ふむ、そうじゃな。ワシ等の世界で切り裂くサメという意味合いの言葉で

『シャーク・ザ・リッパー』ではどうじゃな?」


「長くね?」


「では『リッパーシャーク』はどうじゃ?」


「いいね。何か立派な感じで気に入った!」



呆気に取られ無言のルーシオンに代わってバーサーンが興味深そうに

リッパーシャークとなったミルスを見て尋ねた。


「この可愛らしい坊やが新怪人かい。ふむ…若干の魔法の素養もあるようだね。

修行しだいである程度の呪文が使えるようになりそうだ。」


「…………こちらのお婆さんはどなた様で?」


疑問形で応えるミルスに烈風参謀が説明してくれた。


「そういえば君は初対面だったな。こちらは魔術師ギルド総帥の

バーサーン最高導師様だ。我々に不足する魔術の知識で大いなる

援助を賜っているお方だ。くれぐれも無礼の無いように頼む。」


「魔術師ギルドの総帥!?」


一瞬で居住まいを正したミルスは左胸に手を当て深く頭を下げて

バーサーンに最敬礼をすると


「知らぬ事とはいえ大変な御無礼をお許し下さい。私は新勢力ガープに

加入し新怪人リッパーシャークを拝命いたしましたミルスと申す者です。

どうか今後ともお見知り置きを。」


「いや、そこまで遜られても困るんだけど。その容姿に所作、若いのに

結構苦労してきたようだね。…ちなみに怪人ってのは役職じゃないと

思うのだけどさ。これはアレかい?カノンタートルさんと同じ方式で行く

から元の名前も残すって話かね?」


「ええ、カノンタートルとプーガ商会会頭カメデッセーのように表舞台では

ガープ特使ミルスと怪人リッパーシャークは別人として活動させる予定です。」


「まあ外見の落差が巨大山脈くらいあるから簡単には見抜かれないだろうけど

声色はなんとかした方がいいよ。」


「心得ておりますわい。それよりもリッパーシャーク改造に合わせ準備頂いた

品のお礼を言わせてくだされバーサーン最高導師殿。」


「え??俺の改造に準備された品って……」


でっかいハテナマークを浮かべたような顔のミルスに死神教授が少し驚いた

表情で説明してくれた。


「なんじゃ、知らなかったか。リッパーシャークよ、オヌシは魔力を持つが

魔法の不利な影響も受けるゆえ対処するアイテムを魔術師ギルドに依頼して

いたのじゃ。改造直前にその内の一つが先行して届いたので装備しておいた。」


「最初に完成した『精神支配無効化』魔法効果のアミュレットを先に送ったのさ。

超魔法文明の研究も取り入れた強力な品でミスリルとソーサリアージュエルで

造った特注品だよ。」


死神教授とバーサーンの言葉に目を丸くするミルス。


「え??俺そんなの知らないし、今も持ってないよ?」


「アミュレットは指輪程度の重さの薄いメダル型じゃからオヌシの体内に

埋め込んである。ちなみに頭蓋の内側じゃ。他のも届き次第にドンドンと

埋め込んで行くぞい。」


「うげげげげぇ?!」


思わず頭に手を当てて呻くミルス。美少年の滑稽な様子に場の雰囲気が

和らいだ。そこに真剣な声が響く。ずっと黙っていたルーシオンだった。


「すまない。先程から聞いていた事を確認させてくれ。その強力な怪物に変身する

能力は魔力が無くても、又この世界の人間でも与えてくれる事は可能なんだな?

其処の少年のような力をこの俺にも……」


「その通りじゃ。だがミルスと同じかと言えばちと違うの。」


死神教授は悪そーな顔でニンマリ笑う。


「流石は運命によって邪神と対峙する勇者に選ばれただけあって強運じゃな。

ルーシオン殿、貴殿はリッパーシャークやカノンタートルら下級怪人を大きく

上回る戦闘力を持つ上級怪人の遺伝形質を持っておる。より強大な力を持つ

怪人になれるという事じゃ。ただし、騙すような事はしたくないので前もって

言っておくが一度改造を受けたら二度と普通の人間に戻れんぞ。それは覚悟して

もらわねばならん。」


「元より俺は普通の人間じゃないさ。俺の行く末はゼノスと共に死ぬか

ゼノスを倒して死ぬかだけだ。そんならゼノスの野郎をぶっ飛ばして

前のめりで倒れてやる!!もう覚悟は出来てるのさ…ナントカ教授さん。」


「……う、うむ。任せておけい。最高の上級怪人に仕上げて見せようぞ。」


「勇者ルーシオン、貴殿の決断に最大級の感謝を。貴殿と共に我がガープの

精鋭部隊が総力を結集すれば邪神ゼノスといえど必ずや打ち破れよう。」


烈風参謀の言葉にその場の全員が力強く頷く。こうして新勢力ガープは

勇者ルーシオンとの邂逅で来るべき対ゼノス戦に備え大きな光明を得た。



強力な対ゼノス特化の上級怪人という切り札を獲得したのである。




     ○  ○  ○  ○  ○



ルーシオンが改造を快諾してから僅か1日で改造プランを纏め上げた

死神教授。綿密な検討を重ね、上級怪人としてはバランスが取れる

ギリギリで戦闘攻撃能力を高めた性能構成で、完成すれば以前に上級

怪人最強と評価されていた猛毒怪人ダイオキシアンと同ランクの戦力

ながら一段上の攻撃力を保持する予定となっていた。


ちなみに上級怪人ダイオキシアンは核戦力を除く1つの先進国の全軍を

壊滅させ軍港都市を丸ごと消滅させた化物だ。核戦力と同等の最上級

怪人に次ぐ暗黒結社ガープ最大級の戦力だった。そのダイオキシアンが

特務小隊ソルジャーシャインに倒された事が暗黒結社ガープが敗北へと

転がり落ちて行く最初の契機となる。


「よし、改造の第三段階まで成功じゃ。培養槽での生体再構成が完了次第に

一気に最終段階まで改造するぞ。」


纏めた直後に改造を開始し、現在ルーシオンは培養槽の中で眠っている。

改造は1日で完了する予定だ。たった1日、されど死神教授の技術力で

丸一日かかると考えれば上級怪人にかかる手間は途方も無い。


現在の死神教授は2つの追加衛星の製造と打ち上げに成功し、要塞の

防衛機構の復活も果たしたので半吸血鬼のクミスカ・ペーペの協力で

死霊術の解析と電脳空間探査だけを続けている状態であり、優先的に

ルーシオン改造を実行出来た。


ネクロマンサーのペーペの協力とポラ連邦の魔道科学を補助線に

死霊術やアンデッドに対する科学的アプローチ法を確立し基礎研究

をスタートさせる事が出来た。アンデッドを科学解析である。地球に

いた頃の死神教授ならアホだと思った事だろう。


学術的興味は尽きなかったが今現在はルーシオン改造が最優先だ。

培養槽で薬液に浸かり再構成中のルーシオンの肉体。改造を次の

段階まで進めるのに時間が空いたので改造手順を再確認しようと

した時だった。



「むむ?!」


死神教授の脳が流れる電脳データの中にある信号をキャッチした。


「電脳空間に例の信号じゃ!!それも活性化状態!」


自身の副次脳に常に流しチェックしているデータの流れ。以前から

何度も出現している謎の信号の存在を確認していたが大半が休眠状態

と思しき不活性状態で、電脳世界で接触しても痕跡さえ得られなかった。


活性状態で電脳空間表層に出現するのは稀で接触をしようとする前に

逃げられていた。そこで死神教授は一工夫を加える事にした。


死神教授は罠を意識して工夫した対象の関連データの電算速度を調整して

一時的に接触可能な状態にする仕掛けを準備して待ち構えていた。


そして今回、準備してから初の活性化状態で現れたのだ。


即座に罠を作動させ、急ぎ電脳空間都市へとダイブする死神教授。

ようやくインプルスコーニこと剣豪プルに警告された謎の存在に

迫る事が出来る。教授の気持ちは高揚したが一抹の警戒心も湧いた。


(ワシが待ち構えているであろう時間にあえて現れたようにも感じる…)





ネオン輝く近代都市。様々な娯楽産業がひしめく電脳空間都市ガープ横丁。

様々な店の間を死神教授は急ぎ足で歩く。横道から裏道へ急ぎながらデータ

を解析し、死神教授はある戦慄の可能性へと行き当たっていた。


「ここじゃな…」


裏路地の突き当たり、ガス燈ランプ型の照明一つに抑え気味の

小さな看板を掲げた半地下のショットバー『ヴァルハラ』という

小さな店。データ上では今この店に客はいない状態で表示されている。


カランカラーン……


扉を開き入店する死神教授。間接照明の効いたシックな店内と

七三に分けた髪型にチョビ髭、暗い目付きの某独裁者にソックリな

バーテンダー。そして…居る筈の無い客がカウンターに座っている

のが見て取れる。


「フォフォフォ、よもや君ほどの狂的な科学の信奉者が無知蒙昧な

現地人の直感とやらを信じ私の所まで辿り着くとは計算外でした。」


座ったまま背を向けていた客は楽しげに死神教授に語りかけながら

ゆっくりとこちらを向く。


黒の中折れ帽子に黒のスーツを着た小太りの中年男、電脳空間のアバター

としては地味だが唯一奇妙なのは掛けているメガネだ。左目側だけ漆黒の

サングラスとなって右目が露出している。その右目は例えアバターであろうと

ここまで濁った目付きはそうはいないだろう。濁りに濁った真に邪悪な瞳だった。


そのメガネと右目だけは以前のアバターと同じ。死神教授の戦慄の予感は

確信に代わり声を荒げて絶叫した。


「何故じゃ!!貴様は敗死し完全消滅した筈じゃ!!ワシは何度も確認したぞ?!

一体どうやって蘇った?答えよガープ大首領!!!!!」




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