84 開かれし禁忌の扉
ラースラン王国の王都アークランドルの郊外に聳える
魔術師ギルド本部『魔術師の塔』。
普段は魔法文明における知の殿堂として静かに佇むこの場所が
今、騒然とした騒ぎになっている。
「お忙しい中、魔術師ギルド総出のお出迎えに感謝を。
…………これは相当に期待されているようですな。」
「…………そうなんだけどね…ちょっと失礼して、アンタ達!!仮にも
魔道の智を極める高位魔術師たる者がお菓子にガッつく悪ガキみたいに
集まるんじゃないよ!!」
烈風参謀を魔術師ギルドに迎え入れたギルド総帥のバーサーン最高導師は
玄関や窓から鈴なりに顔を出し騒いでいる魔術師たちを怒鳴りつけた。
膨大な知識を持ち威厳と尊厳に溢れた高位魔術師達、だが彼らは
知的探求に対しどこまでも純粋であり知識欲を満たしてくれる
対象には童心に帰るほど貪欲なのだ。
遂に禁忌の迷宮遺跡の最深部への探査が始まる。
それもガープ最高幹部の1人、烈風参謀が先頭に立ち、秘めた強大な実力を
発揮して禁忌の迷宮に挑むという。必ず成果があるはず。そう確信し目を
爛爛と輝かせる魔術師ギルドの重鎮達に向け烈風参謀は完璧な敬礼で応え、
「まず、魔術師ギルドへの感謝を述べさせていただきたい。皆様が研究し提供して
下さった超強化・転移阻害結界はツツ群島およびポラ連邦における我々の作戦を
成功に導く原動力になりました。あの勝利は皆様の助力無しにはありえなかった。
皆様の業績は称えられるべきものです。私は今後も魔術的研究資料を獲得した
場合には魔術師ギルドに提供するのが正しい選択だと確信した次第であります。」
烈風参謀の言葉に聞き入り、ギルドの功績を高評価し始めた段階で魔術師たちの
瞳は輝きを強め烈風参謀が魔術的研究資料を獲得したら今後もギルドに提供という
言葉が出た瞬間、全員同時にガッツポーズを取った。年齢を重ねた老賢人の如き
大導師級の術師からフードを目深に被った若手まで皆が最高の笑顔でタイミング
バッチリにガッツポーズを決めている。
「さあさあ、烈風参謀さんは私と打ち合わせが終わり次第に禁忌の迷宮遺跡に
向かうんだよ?皆、同時視聴しながら研究するって張り切ってなかったのかい?
急いで研究資料等の準備をしたほうが良いと思うんだがね。」
前回の浅い階層の探査の際に探査キャンプにしか同時視聴モニターが無い事が
不公平だと言う意見がブーブー湧き、ギルド本部の大広間にも特大モニターが
設置され手の離せない者の為に幾箇所かにも小型モニターが設置された。
魔術師たちはリアルタイムで探査を視聴しながら超魔法文明への
アプローチを試みつつ研究を加速させるつもりなのである。
バーサーン最高導師の言葉に魔術師たちは超即反応。挨拶も無くドタバタと
走り去る魔術師多数、既に烈風参謀から研究資料提供の言質は取った。今は
急いで研究準備だとばかりに走る。高位の魔術師どもなどは転移の呪文を唱え
次々とヒュンヒュン消える始末だ。その中にはケイロゥ大導師までいた。
重鎮であり側近でもある大導師の転移に目を剥くバーサーン最高導師。
「何やってんだいケイロゥは!アンタの自室はこの1階のすぐそこじゃないか!」
この玄関からも扉が見える自室へと転移して行った大導師の魔力の無駄使いに
バーサーンが呆れた声を出した時にはもう誰も居なくなっていた。
突然の静寂、バーサーンは気恥ずかしそうに烈風参謀を見返した。
「……まったく、どうにもみっともない所を見せてしまったね。」
「お気になさらず。求道者とはああいった者かと。我がガープにも同じような
者が居ります故。」
バーサーンの脳裏に高笑いする死神教授の姿が浮かぶ。実感を込めて
頷いて応える最高導師に烈風参謀の言葉が続く。
「そういえば我がガープとの関わりが多く死神教授との関係も良好な
ジジルジイ大導師の姿が見えませんでしたな。」
「ああ、ジジルジイならドルーガ・ライラスの中心遺跡の探査準備に
行ってるよ。アイツはガープの科学技術を信頼してるからね、禁忌の
迷宮遺跡の方は衛星通信で見るってさ。」
「なるほど、それで竜国方面のドルーガ・ライラスへ派遣している
時空戦闘機から探査映像の送信を求める申請が届いていたのですな。」
首肯する烈風参謀に表情を改めたバーサーンが真剣みを帯びた声で
尋ねる。
「さて、……打ち合わせの前に幾つか聞いておきたい事がある。」
「何なりと。」
「ちなみに五大賢者どもの裏事情やゼノス教会が企む降臨の議について
じゃないよ。そっちは幾度も詳細な報告をくれたおかげで把握している。」
(まさか妖精王陛下……師匠から聞かされた『五大賢者の闇』とやらが
私等が調査する前にあっさり暴露するとはね……)
新勢力ガープが五大賢者の首を刈り獲りながらゼノス教会に対し直談判に
かかる直球ど真ん中の正攻法で正面突破してしまうとは思わなかった。
どこまでも前向きな姿勢で高い技術に裏打ちされた秘密結社の作戦は
ヒーローの妨害というイレギュラーが無ければなんと成功率の高い事か。
「聞きたいのはこのタイミングでの禁忌の迷宮遺跡探査を実行する意味さ。
以前、内々に聞かされた時期より早い上にアンタ達のスケジュールが詰まる
今を選択する理由が知りたい。」
「当然の質問ですな。」
バーサーンの疑問に烈風参謀は丁寧に説明を始める。
「当初の予定では大魔王を打倒し、その後に交戦するであろうゼノス教会との
決戦準備の一環として取り掛かる予定でした。ですが私がゼノス教会と交渉に
赴いた際に得られた情報は深刻で迂遠な計画を修正する必要が生じたのです。」
烈風参謀はゼノス教会の総本山ロルクでの異様な会見の様子や
その最高大神官との交渉内容の評価を保留した事を説明し理由
としてゼノス側が持つであろう全知なるスキルについてガープ内で
検討を重ねた結果をバーサーンに伝える。
「……つまり、ヤソ最高大神官はガープが大魔王征伐に動いた瞬間から
降臨の儀の成功の為に手段を選ばず行動を開始するって事かい。」
「ええ、禁忌の迷宮遺跡の探査が遅れたら間に合いません。逆に探査を
早すぎるタイミングで行えば教会を出し抜いての大魔王征伐を読まれる
危険があります。ベストな時期は闇大将軍が魔王領へ侵攻する直前、
つまり今なのです。」
「そんなに禁忌の迷宮最深部にある何かの情報が重要なのかい?」
「……現在、望みうる限りの邪神ゼノスの情報を集め統合的に分析した
予想値、そこから我々がゼノスと戦った場合のシュミレーションを量子
スーパーコンピューターで行いました。」
烈風参謀の声はまったくの平常である。
「結果、最悪の場合はゼノスが勝利し新勢力ガープは壊滅します。」
「は?!」
「むろん我々が勝利する可能性も出ています。その場合に新勢力ガープが
受ける損害は戦闘員の七割が倒れモーキン、カノンタートルにウオトトスら
3名の改造人間は全滅し最高幹部も最低1名、極めて高い確率でこの烈風参謀が
死亡すると判定されました。」
絶句するバーサーン最高導師。かまわず烈風参謀が話を続ける。
「我々の損害などより深刻なのは勝利条件です。現時点ではゼノスを倒し
消滅させる手段が分らない。先のシュミレーションでの勝利とはゼノスを
数年単位で行動不能にするダメージを与えるという条件で算出したに過ぎ
ないのです。……そこで禁忌の迷宮です。」
「え?」
「五大賢者やゼノス教会が禁忌の迷宮遺跡に対する特異な態度、その
忌避感を持ちながら執着する様子から封印の維持に拘っているのは
間違いない。私の推論、スーパーコンピューターの推定は同じ結論を
導き出しました。」
「なあるほど、最深部にゼノスを滅ぼす鍵となる情報があるんだね?」
バーサーンの応えに力強く頷く烈風参謀。
「然り。それを手に入れる為に私は来ました。」
「それなら聖堂騎士団やポラ連邦なんか後回しにして戦力を整えて
来た方が良かったんじゃないかね?せめてウオトトスさんだけでも
連れてくれば……」
「後顧の憂いを断っておく必要がありましたので。」
「後顧の憂い?」
「聖堂騎士団はゼノス教会の世俗戦力、戦略的に潰す選択をしたまでですが
ポラ連邦のステーレン政権のような全体主義的な独裁政権を放置し暴走させ
ては災厄となります。我々の世界の歴史では世界大戦の引き金を引いた国や
自国民を含む数千万人を殺戮した政権がありました。大魔王や邪神と戦った
後の弱体化した我々ガープでは抑えきれない可能性があり事前に潰す方針を
押し進めたのです。」
「それなら全体のスケジュールを調整して万全に動けるようにすべきだと
思うけどね。大魔王征伐を順延させれば時間に余裕が出るだろう?」
「それでは刻限に間に合わないかもしれません。勇者ゼファーがどう動くか
分らない以上、最速に事を運ばねば。」
「そうか、勇者が動くまでが締め切りって事かい……」
知る人ぞ知る機密情報によると聖戦で退却した勇者ゼファーが時間の流れの
違う閉鎖空間で修行に入っているらしい。勇者が何時その修行を終え充分な
力を得て出て来るか分らない。もし勇者ゼファーがガープより先に魔王軍と
戦い始めたらガープの計画は根本から狂うだろう。また四天王を2名も失い
闘魔将が幾人も倒され疲弊した魔王軍、先に勇者が大魔王を倒してしまっては
全ての予定がペッチャンコだ。
「我々が勇者に干渉する動きを見せた段階でゼノス教会側に気付かれる
可能性があります。それを行わず最適の方針を模索した結果が現在の計画
なのです。」
「けどね、そういう動きも含めすべて『全知』で見抜かれ連中に裏をかかれる
かもしれないよ?」
「我々もその可能性を考え検討を重ねました。結論を申しますと『全知』の
使用に制限ないし制約があるだろうと考察しました。全てを把握している割に
彼らは不利な状況の回避に失敗する事例が多過ぎます。」
「ふむ……」
「全知のスキルが全世界を網羅する完璧な物なら五大賢者は壊滅せず
勇者ゼファーの行動も完全管理され聖戦に姿を現す事なども無かった
でしょう。その使用には条件と限界があるなら過度に恐れる必要は
ありますまい。」
烈風参謀の瞳に力が篭る。
「ゼノスが目指す『最高存在』とやらは完璧な『全知』を含む全知全能の力を
得た存在なのでしょう。邪悪な者にそんな力を与える訳にはいきません。」
「結構、結構。アンタ達が予定を早めた理由は納得したよ。で、その遺跡の
情報を得られたらゼノスに勝つだけでなくアンタ達の損害も軽減できるって
事だよね?」
「はい。新しい情報を得られればより有効な戦術を組む事が可能となり
ゼノスに対する勝率も向上するかと思われます。」
「……それだけじゃなくってさ、出来ればアンタ達の被害も出来るだけ少なく戦を
終わらせておくれな。アタシ個人はガープやアンタの事を気に入ってる。ギルドも
末永く新勢力ガープと付き合っていくつもりだしさ。」
「ありがとうございます。可能な限り善処致しましょう。」
不意に出たバーサーンの気遣いに感謝の気持ちを憶える烈風参謀は
内心で
(大魔王征伐でも損害が出る公算が大きいのだが…あえて言うまい。)
ガープの味方になってくれた人々をこれ以上心配させる必要はあるまい。
烈風参謀は自信に満ちた態度で力強く応えるのだった。
そんな烈風参謀を見つめるバーサーン最高導師。隙無く堂々たる態度で
胸を張る完璧な筈の烈風参謀に何故か悲しげな瞳を向けたまま
「魔術に関する事なら私達は力になれる。いいかい、自分達も守れない者は
世界なんて守れっこ無いのさ。私等は魔術バカで政治的な裏表は苦手。余計な
心配はせず頼ってくれていいからね?」
流石に2023年という永き歳月を生きてきたハイ・エルフの最長老を
誤魔化す事は出来なかったようだ。烈風参謀は降参とばかりに深く頭を下げ、
「御助力の申し出、有り難く受けさせていただきます。我々とて自滅前提で
戦うつもりはありません。」
「素直でよろしい。いいかい?アンタ達は強いさ、武力も内面もね。だからって
何でもかんでも負担を引き受けちゃいけない。それは違う形の傲慢だよ。」
「肝に銘じましょう。」
烈風参謀は改めてバーサーンに頭を下げながらここに来る直前にも
ガープに与する事を宣言した者が居た事を思い返す。
(罪滅ぼしだけでなく恩返しもせねばな……我々を受け入れてくれた
この世界に……)
○ ○ ○ ○ ○
「俺を仲間にしてくれ。」
「??、それは……どういう事かな?」
ガープ要塞の中央司令室に付随するセッションルームに
元気な少年と少したじろぐ烈風参謀の会話が響く。
烈風参謀が魔術師ギルド本部へ旅立つ2日前にガープ要塞に帰還した
ミルス少年に烈風参謀が彼が欲する報酬を訊いた際の意外な返答、
その意図をはかりかね思わず烈風参謀は聞き返していた。
「だから、俺を新勢力ガープのメンバーに加え入団させてくれって話。
報酬として俺を雇ってくれ。頼む。」
「それは得する選択とは言えないのではあるまいかな?」
「何で?」
「まず普通に要求されれば使いきれない財に関係国に働きかけ然るべき地位と
我々の保護を受け安楽に暮らして行けますな。一方、我がガープに加入すれば
過酷な戦いに参加せざるおえなくなる。無理に我々のような後ろ暗く恐ろしい
組織に入っても後悔するだけでは?」
ミルスは小さく溜息をつき頭を振る。その優れた容姿での立ち振る舞いは
全てが貴公子のようだ。
「アンタ達はさぁ、凄ぇ分析力を持ってるのに自分達への評価は
トンチンカンだな。アンタ達はスッゲー良い奴だよ。まあ見た目は
ちょっと恐ろしいが後ろ暗い事なんかあるもんか。」
「良い奴?」
「ああ、俺の頼みでソドメンスから助け出してくれたガキ共のその後の
世話も焼いてくれただろ?普通はそこまでしてくれねえよ。」
ソドメンス城塞から救出された少年達、彼らのその後をガープはしっかり
フォローしていた。実家に帰れる者はきちんと送り届け、家の事情で帰り辛い
者はその国の行政に手を回して個別の事情に丹念に対応し帰還を促した。
また大多数の帰れない者達はプーガ商会で雇用し生活全般を世話しながら
将来の為に読み書き計算の教育を施し冒険者や傭兵を目指す希望者には
武芸を習わせる段取りをつけている。ついでに開放された下働き達にも
生活再建の手助けを施していた。
そういった弱き人々の苦悩、社会の細部の不幸や理不尽が悪の計画を
始動する社会の隙、導火線になりうる事を熟知するガープは可能な限り
丁寧にケアしていたのだった。そう説明し善意などではないと説く烈風
参謀にミルスは明快に応えた。
「それって結局は世のため人のためって事じゃん。後ろ暗い組織なら弱い
連中の苦境に付け込んで利用するはずさ。要するに逆なんだよ。」
弱者の立場で欲望の捌け口にされ苦労を重ねて来たミルスには
生き残るため確かな観察眼が備わっていた。
「アンタたちガープは世界の為に戦うんだろ?俺にも手伝わせてくれよ。」
「ミルス殿。」
「……俺さ、スラム出身でさ。まあスラムにも見栄えの良い奴はいるんだよ。
けどそういう奴は大抵はスケコマシやヒモ、要するに女の子を食い物にする
クズ野郎か男娼になる。そんなの俺は絶対嫌でさ。何とか自力で出世してやろう
と足掻いたんだけど……」
ミルスは自分の顔を指差し
「結局、俺の売り物ってコレしかないじゃん?どう働きかけてもヒモか
男娼みたいな方へ墜ちて行っちまう。あのゴーザー団長も最後まで俺の
顔とケツしか見てなかった。けどアンタ達は俺に外見以外の価値を見出して
くれた。たとえ利用価値だったとしても悪い気はしねえ。何しろ律儀に
俺との約束を守って戦略的に意味の無いガキ共救出をやってくれたんだ。
利用され冥利さ。」
どうやらミルスの意思は固いと見た烈風参謀は、
「だが我がガープに加入するという事は改造人間になるという事。
一度改造されたらもう2度と普通の人間に戻れない。それでも?」
「分ーってるって。逆にこんな外見だけの小僧のままじゃ足手まといだし
改造は望む所さ。ちゃんと覚悟は出来てる。お客様待遇じゃなく戦闘員から
下積みするつもりだし……」
力強く応えるミルスに後ろから別の声が掛かった。
「組織としての軍的階級はあるが改造人間に身分差は無いぞい。上級怪人と
戦闘員でも同格、あくまで役割分担あるのみじゃ。どのタイプの改造人間に
なるかは遺伝形質によって選別される。」
声の主は三大幹部の死神教授だった。
「それでじゃ。実は我が新勢力ガープと関り接触を持たれた人々の遺伝情報を
記録しとっての。再生治療など施す場合に事前に調べておいた方が都合がいい
のでな。でじゃ、ミルス殿はモーキン達と同じ下級怪人への改造が出来る。」
「よっしゃああ!!」
笑顔でガッツポーズを決めるミルス。
実は死神教授が集めたサンプルによればこの世界の人間の遺伝適合率は
かなり高い。戦闘員になれる者の比率からして高い、というか不適合の
者が殆ど居ない。滅多にいない筈の下級怪人への適合者もミルス以外に
2名、ラースラン王国の書記官ミディ・ミトラと大アルガン帝国のレクトール
選帝侯の副官であるリットマス将軍が該当した。それどころか上級怪人に
なんと奴隷商人アクーニンの哀れな下働きだったスキッパーの遺伝形質が
適合している。
ただ、エルフやピクシー、獣人など異種族に関しては基礎データ不足により
現時点で改造については解析不能の為、あくまで人間限定での話である。
「じゃが、もう一度警告するが人間に戻すのはワシの技術を持ってしても
極めて困難じゃ。まだ完成したミックスジュースを戻しミルクや果物などの
原材料を木に実った状態へと戻す方が遥かに簡単なくらいでの。改造の後で
後悔しても普通の人生に戻れんぞ?」
「普通の人生?そんなもの最初から俺には無かったさ。」
そうしてミルスは姿勢を正し頭を下げて
「どうせ俺は天涯孤独で故郷と呼べるのはオーア・キナイ市街の
薄汚いスラム、俺にはふり返る過去なんて無い。未来だけなんだ。」
ミルスは白金貨やミスリル貨の詰まった皮袋を差出して言う。
「ほら!入会金が必要ならこれこの通り金ならあるぜ。」
「……それはソドメンス城塞から盗って来た金では?」
「迷惑料を徴収しただけさ。聖堂騎士団の幹部連中には散々な目に
遭わされて来たからな。俺はアンタ達がそんな世の不幸を減らそうと
しているって見ている。俺の未来を預ける価値ありさ。」
「ふむ……入会金なぞいらん。我らの同志に迎え入れるのにワシに異存は無いが
改造について一つ条件がある。まず深層心理検査と思考探査をさせてもらおう。」
「思考探査??」
「改造人間は常人を上回る戦闘力を持つ。心の奥に凶暴な性質を秘めている
ような危険な可能性があるなら変身機能に制約を設けるぞ。人々を無意味に
殺戮するような行為を止める為にのう。それでも力に溺れるかもしれんなら……」
「粛清かい?いいぜその条件で。俺も怪人になるのは良いが殺戮者には
なりたくねえや。」
「…いや、粛清ではなく入団を断るって話なんじゃが……」
故意に威圧感を込めて話していた死神教授はまるで動じていない
ミルスの応えに目を白黒させた。
結局、新しいメンバー加入についての権限を独占していた大首領が
消え去った今、暫定としての加入ルールとして三大幹部の承認と
思考探査を経る事と定められ、衛星通信により闇大将軍の承認と
深層心理検査と思考探査に見事に合格したミルスがマールート世界
ガープ構成員第一号と決まる。
最後まで翻意する事無く入団を希望し続けたミルスの粘り勝ちで
1日で入団決定を勝ち取ったのであった。
「ようこそ同志ミルス。今後とも宜しく。」
「こちらこそ宜しくお願いします烈風参謀閣下。」
騎士団での少年従者仕込みで完璧な礼法で応えたミルスは最後に
ニカっとイタズラ小僧のように笑う。
苦笑いする烈風参謀や死神教授にミルスはハキハキとした声で
「それでこの後すぐに自分の改造手術に入るのですか?」
「まあの。まずは生体データーを元にした改造プランの作成と
精子の採取と凍結から始める。」
「せーし??」
「子種じゃよ。遺伝の多様性を維持し子孫を残す可能性の為に男性からは
精子、女性からは卵子を採取し凍結保存する規則じゃ。何、なにも心配は
いらんわ。ナノマシンを用いて何も感じぬまま採取するゆえにセクシャル
ハラスメント的な事は何も無いからの。」
「それは要約すれば私はカノンタートル様の子を望めるという事ですわね!!」
バーン!!!と大きな効果音が聞こえそうな勢いで話に割って入ったのは
カノンタートルと一緒にセッションルームにやって来ていたコレステ商会の
令嬢ローラであった。
「異議ありまくりの『要約』の定義じゃな……」
「ちょちょちょっと待ちいやローラ嬢ちゃん。そんな恥ずかしい事を女の子が
言うたらアカンて!」
胸の前で両掌を組み瞳を星のようにキラキラさせながらパワフルに語る
ローラに鼻白む死神教授と慌てて宥めに入るカノンタートル。ようやく
落ち着いたカノンタートルは改めてミルスに向き直り、
「それにしてもウチの組織に入りたがるなんて物好きやなぁ。」
「その認識はちょっとズレてますよ先輩。この新勢力ガープへの理解が
進んで行けば肯定的に捉え積極的に関わろうとする者が増えるに決まってる。
俺のケースを叩き台に加入のルールを整えなきゃ大変な事になりますって。」
「それは確かにミル坊の言う通りですわ。カノンタートル様。」
「……ミル坊?!」
呼び名に不服アリアリなミルスを無視しローラは言葉を続けた。
「新勢力ガープという組織の有益性と影響力を鑑みれば入団を含め様々な手段で
食い込もうとする勢力や人々が現れるでしょう。私が見るガープの数少ない欠点の
一つは自己評価の低さ。恐ろしく有能なのに客観性がやや乏しいと感じます。
これまでは悪評が壁の役割をして来ましたが今後も上手く行くとは限りません。」
「一考に値する意見だな。しっかり受け入れ今後に生かすとしよう。」
(以前の我々は紛れも無く悪の権化だった。だが今では……)
かつて地球で暴れ回っていた暗黒結社時代の自責の念が自らの評価を
下げている事を改めて自覚し、改善へと踏み出しても良いかもしれないと
心の奥底で烈風参謀は思い始める。考えながらローラに向き直り
「それでローラ嬢はもう出立されるのかな?」
「はい。暫しのお別れになります。」
ニッコリ笑みを浮かべ応えるローラ。
もうすぐ魔王領への侵攻作戦が始まる。相当の激戦が予想され
ここガープ要塞も戦いの推移しだいでは戦場になる可能性があり
非戦闘員の居留者たちに退避勧告が出された。
まだ日程に余裕があるにも拘らずローラは真っ先に荷造りを済ませて
帰還を表明し、今日デルゼ王国へと帰還する予定である。
「てっきりカノンタートル先輩にしがみ付いて抵抗すると思ったんだけど
存外に素直なんだなローラさんは。」
「私が居ても足手まといですわ。」
ミルスの揶揄が入った感想に即座に応えるローラ。
「愛しい殿方の足を引く訳に行きません。私は女の外見しか評価しない男が大嫌い
ですが同時に『私と仕事とどっちが大事なの?!』などと寝言をほざく女も大嫌い
ですの。口先で殿方を愛するとほざきながら結局は自分の事が大事な我侭女。私は
そんな者と同類になりたくないの。」
ローラの表情に迷いは無い。
「私に出来る事はとっとと退避して新勢力ガープの負担を減らしその勝利に
貢献する事。私はガープが大戦に勝利し再びお会い出来る事を信じております。
その日が楽しみで仕方ありませんわ。」
カノンタートルと何やら小声で言葉を交した後、ローラは最後まで
迷い無い笑顔を浮かべたまま旅立って行った。
(我々ガープを信じてくれる者に共に戦ってくれる者……
この世界や人々を断じて大魔王や邪神に蹂躙などさせん。何としてもだ。)
烈風参謀の決意。それはガープ構成員全員の想いと同一であった。
○ ○ ○ ○ ○
「ここか。」
禁忌の迷宮遺跡の中層最奥、あの魔金ゴーレムが守っていた大きな玄室へと
やって来た烈風参謀とガープ戦闘部隊。
バーサーン最高導師には打ち合わせの際に探査計画を詳細に説明してあるが
書面でも提出しており大多数の魔術師達も探査の手順は理解しているだろう。
純粋ではあるが知能も高い方々だ。
いくら魔力の影響を受けないガープといえど未曾有のレベルで
狂乱の魔力が荒れ狂う禁忌の迷宮の最深部は何が起こるか分からない。
魔術師ギルドのサポートは重要な生命線の一つなのだ。
がらんとした玄室内には既に各種機材が運び込まれ中間基地の様相を呈している。
ここに駐屯し後方との連絡線を担う通信スタッフ以外に烈風参謀と共に最下層へ
突入する戦闘員は20名。想定される状況に対応可能な装備を整え整列していた。
あらゆる手段で視聴している各所の関係者が固唾を飲んで注目している
先頭の烈風参謀はいつもの軍服ではなく戦闘員の物に近いタイツのような
黒衣のバトルスーツを着用している。
対峙しているのは刻々と変化を続ける異形の扉。
禁忌の迷宮最下層への関門。
突如、
何の前触れも無く烈風参謀の体が変化を果たす。変化は急速で瞬間変身と
いえる勢いで彼女の身体が二回りほど大きくなり全身が硬質のクリスタル
のような外骨格へと変化。限界まで伸びたスーツが爆ぜ破れる瞬間にその
変身は完了する。
流線型を基調とし輝く硬質クリスタルの外骨格で形作られ洗練された
フォルム。まるで戦闘機に変形しそうな人型の高機動メカを7色に輝く
クリスタルで造り上げたような姿。
烈風参謀の戦闘形態。最上級怪人クリスタルテラーだ。
前頭部の角のような突起と赤く輝く単眼しかない頭部だが
問題無く発声は出来るようだ。
「ルーシオンの鍵をこちらに。」
いつもと変わらぬ烈風参謀の声で命じると戦闘部隊の隊長である
戦闘員№76のワガハイが装甲ケースを開きゼオ・メオ・アリアスで
入手した鍵を差し出した。
2本の内、扉の鍵穴と同じ十文字の鍵山の形状をした1本を手に取るが
少し考え、
「全員、ABC防護機能を最大にし外装式の電磁バリアーを展開せよ。」
そう指示してから烈風参謀自身も防御機能を発動した。目に見えないが
光に影響を与える何かがクリスタルテラーの全身を覆ったらしい。
外骨格に反射する輝きが青紫一色へと変化する。
「光子リフレクション・シールド及び磁場フィールド展開完了。さあ行こうか。」
クリスタルテラーが無造作にルーシオンの鍵を差込み最下層への扉を開く。
瞬間、蠢く扉の表面が動きを止め、次の瞬間には模様が鍵穴付近を中心に
渦を描く。同時に扉が歪みながらも滑らかに開き始めた。
重低音、どこか地の底から響く呻き声のようにも聞こえる音を鳴らしながら
姿を表した扉の向こう側。
其処には暗黒が広がっていた。暗闇で何も見えないはずなのに
何故か闇そのものが渦巻いているのが視認出来る。
あまりにも異常で凄惨なまでの神秘。常人なら二の足を踏む光景だろう。
だが神秘に対し笑えるほど鈍感で鉄の感性と合理主義を持つ新勢力ガープには
なんの躊躇も見られなかった。
超強力なサーチライトを用いて眩く照らし、無数の小型ドローンが発進して
扉の奥に突入。予定していたシステマチックな下準備をドンドン進めた後、
満を持して超科学の装備を持った戦闘部隊を率い烈風参謀が迷宮最深部へと
第一歩を踏み入れたのだった。




