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 五大賢者壊滅!! その報は瞬く間に大陸全土を駆け抜けた。




この世界の歴史、陰に陽にその影を落とし永きに渡って暗躍して来た

五大賢者。その存在に反発する者達すら五大賢者の滅亡が訪れるとは

信じられなかった。


信じられなかったのだが…摩訶不思議な事に誰も意外には思わなかった。


それは五大賢者を滅ぼしたのは謎の新勢力、ガープである故だ。


突如現れ大嵐のような騒乱を巻き起こし魔力を持たない謎パワーを

ほしいままに振るう新勢力ガープ。意外性の塊といえるガープと対決した

五大賢者の敗北は人々にとって何かしっくり来る結末であったのだ。


そしてその結末をもってガープの悪評が上がる事もなかった。


既に五大賢者の権威は失墜し多くの国々にとって嫌悪と怨嗟の対象と

なっていたが故に。


先帝を暗殺された帝政トルフの元帝都レオ・ブルスクでは五大賢者敗滅の

報を受け皇帝居館でささやかな祝宴が開かれ激辛料理バルネロの新レシピが

公表され、ロガー獣人族連合の首都スヴェートの『愛国戦士の丘』において

白兎将軍ペピートの墓標にサダン議長が賢者の敗北を報告した。


ガープの出現で数々の作戦に失敗しボロをぼろぼろ出し為政者や

見る目を持つ者達に能力と人格を見抜かれていた賢者達。その上で

あの聖戦の最終行動である。


聖戦のクライマックス、勇者ゼファーとガープの闇大将軍の対決に

割って入った五大賢者のラーテとパオロ。ガープによって音声が

拡大され戦場に居る全ての者達が見聞きする中で賢者達は全員を

巻き添えにしてガープを滅ぼすと宣言し巨大隕石を撃ち込んだのだ。


あっさりとガープが隕石を片付けたのでパニックの発生は未然に防がれたが

一般兵士や荷車を運ぶ輜重隊の人夫などは殺されかけた事を忘れる筈は無い。


大陸各地から集結した各国の一般兵士は帰国するや大いにこの事実を

広め、賢者の悪行と止めようとしたゼファーの勇気、そして簡単に

巨大隕石を処理してしまった新勢力ガープのトンデモなさは大陸の

隅々まで広まる事となる。


そして同時に出された神聖ゼノス教会のガープに対する世界の敵宣言の

撤回宣告によりガープに対する注目度が上がり五大賢者への関心は驚くほど

急速に薄れて行く。



それはこれまでガープに関心が薄かった国々でさえ外交や密偵による

諜報を企図させる程であり、幸か不幸かガープと関わった国において

その動きを加速させるに至った。



大陸中の視線がハヴァロン平原に存在する鉄の要塞へと集中してゆく…








城と言うにはあまりに巨大で異質な構造物。鋼色に輝く

特殊金属で造られた壮大な要塞。


新勢力ガープの中枢であるガープ要塞。



転移門を抜けその威容を厳しい表情で見上げる獣人達の一団。


アライグマ獣人のラスカルス全権大使の率いるロガー獣人族連合の

外交使節団である。彼らは仮であった停戦協定を和平協定とするべく

交渉に乗り込んで来たのだ。


「通告した時刻よりだいぶ早く来たつもりだけど転移門の連中はまったく

動じて無かったね。」


軍部を代表し副使として同行するサーベルタイガーのラゾーナ将軍が肩を竦め

呟いた。実際、妙に仲の良かったラースラン王国の魔導士と守備するガープの

戦闘員は予告より早いロガー使節団の到着に慌てる事無く対応してくれた。


「彼らの情報力ならば把握されていて当然かと。彼らガープに油断も隙も

ありません。必要ならば困難を承知で油断と隙を作らねばなりますまい。」


応えたのは随員に扮している諜報部のエース、黒ヤギ獣人のサバトゥラだ。


サバトゥラの応えに黙って頷くラスカルス全権大使。ラスカルスは…というか

ロガー使節団の全員、それこそサバトゥラ自身も含めそんな小細工が通用する

とは考えていなかった。要するに時間の余裕を欲していたのである。


気持ちの昂ぶりを押さえ最強の交戦国の中枢に入る覚悟を決め

心構えを組む時間を。


その要塞を見上げる貴重な時間、使節団を護衛する戦士団を率いていた

黒ヒョウ獣人のガック隊長がサバトゥラに話しかける。


「そう言えば五大賢者の最後って詳細は分ってるんですかい?」


「青玉のハーリクは秘密裏に抹殺されたらしく仔細は不明のままですが

赤玉のラーテの方は大規模な戦闘になったようである程度の情報が伝わって

来ています。それによるとラーテの隠れ家のあったツツ群島にガープの軍勢

を率い攻め寄せたのはあの聖戦の時に現れた大幹部の闇大将軍だったようです。」


「……あの化物かい!」


畏怖を込めてラゾーナ将軍が呟いた。


「ガープの攻撃は徹底しており赤玉ラーテは逃げる事も出来ず抹殺され

隠れ家も完全破壊された模様。また五大賢者側に味方した領主のモクガワ・

キヨヤスは生きたまま肉食魚が泳ぐ水堀に投げ込まれ悲惨な最期を遂げたと

伝わっています。その後のツツ群島国の大君も腫れ物を扱うようにガープに

対して細心の注意を払い対応しているとの事。」


サバトゥラの報告に慄然とする使節団。何かに気か付いたラスカルス全権大使が

重々しい口調で、


「我々も慎重な対応を心がけよう。…どうやら出迎えが来たようだ。」


ラスカルスの視線の先、今やガープ要塞の正面玄関と化した巨大な

航空機発着ゲートから異形な姿のガープ側人員が姿を現した。


戦闘員の一団を率いて向かって来るのは猛禽類と人間を組み合わせたような

姿の獰猛そうで攻撃的フォルムの怪人であった。護衛団の戦士達と黒ヒョウ

隊長のガックが臨戦態勢になりラゾーナ将軍が牙を剥き威嚇的に声を出す。


「我々はロガー獣人族連合の公式な外交使節団だ。武装した護衛の同行も

了承されている。文句あるかい?」


攻撃的な肉食獣系獣人達の迫力。穏便に済まさねばならぬ通常の外交では

控えるべきだが相手は威圧感も迫力も上のガープ怪人である。


そのガープ怪人モーキンは怯む様子も無くその鉄の盾も引き裂きそうな

鋭いクチバシを開いてロガー使節団に応えた。


「問題無いッス。武装を含め皆様の全ての権利を我が新勢力ガープは

保証するッス。ガープ要塞へようこそロガー獣人族連合使節団の皆様、

自分は案内役を勤めさせて頂くガープ改造人間のモーキンと申しますッス。」


ビシッ!!!


モーキンが敬礼するとその背後に整列していた戦闘員達も一斉に敬礼した。


「ロガー獣人族連合外交使節団の団長ラスカルス。今回の全権大使を務めて

いる者です。案内を宜しく頼みますぞモーキン殿。」


「お任せ下さいッス。公式の歓迎式典までまだ時間があるッスから使節団の

皆様にはゆっくり寛いでいただくッス。それでは客室へとご案内させて

頂くッスね。どうぞこちらへ。」


モーキンが一礼すると戦闘員達が脇に移動し要塞入り口まで左右に整列し

敬礼したままロガー使節団を迎え入れる。使節団と共に進むのはモーキン

だけだ。ガープ側が歓迎の意を示す一方で最初は面食らった様子だった

ロガー側だが直ぐに気を取り直すと警戒したまま要塞へと向かい始める。


これ見よがしに武装したまま使節達を護るロガー護衛団は整列する

ガープ戦闘員にガンを飛ばしモーキンの隣にはガック隊長とラゾーナ

将軍が立った。2メートルを超えるサーベルタイガーのラゾーナと

更に一回り大きいモーキンが並ぶと迫力満点だ。その上に主にロガー

側から険悪な雰囲気が発せられ危険な空気に拍車をかける。


「…アタシらは馴れ合うつもりは無いよ。いろいろ・・・・やってるようだけどね。」


モーキンから妙に良い匂いがする事に鼻を鳴らして唸るラゾーナ将軍。

嗅覚の優れたロガーの獣人達を安心させる為に人工香料をつけている

事を見抜かれたのだ。匂いに微かな人工的な要素を嗅ぎ取り彼らは

逆に警戒心と畏怖を抱くのだった。


(諜報活動で調べただけじゃない。生物学的にアタシら獣人が好む匂いを

分析し人工的に調合して間に合うよう準備しやがった。トンデモない連中だ。)


いままでロガー獣人族連合として人間の国々と交流を持った事は多々あったが

匂いまで気を配り工作してきた相手は初めてである。ガープに対しネガティブ

な印象を持つロガー側だがその中の『過小評価』という項目は綺麗さっぱりと

消え去った。だからといって好印象になった訳でも無いが。


一方のモーキンは内心で幾つかの反省事項をチェックしていた。


(ロガー側の怨恨は深く小細工は全部裏目に出たっぽいッスね。どうやら

同胞の死を悼む情の深さは予想以上っぽい。良い人たちッスね獣人さん達は。

それに怪人形態で応対に出たのは失敗だったッス…)


ガープ内部では戦闘員と怪人、最上級怪人に身分差は無く機能的な

役割分担があるだけだが外部から見える印象は違う。


3人の怪人は三大幹部に次ぐ存在と認知されており凶悪な外見と戦闘力を

備えるものの印象的なガープの中心人物として他の国々では見做され始め

ていた。怪人姿で応対する事が相手を重視している事を示すシグナルと

なる事を外交に利用していたのである。だが今回は失敗だったとモーキンは

評価を下した。


現在、ガープ要塞には3怪人が全員揃っているが聖戦に参加したカノンタートルを

ロガー使節団に会わせるのは刺激が強すぎると判断され、ウオトトスは次の任務の

準備に入っておりモーキンに白羽の矢が突き刺さったのである。





時間が早まったなら式典と交渉の予定を早めれられればモーキンの出番など

無かったのだが交渉を担当すべき三大幹部は皆多忙を極めていた。


まず闇大将軍はまだ帰還していない。ツツ群島国で戦後処理を手早く終えつつ

狼賀忍軍の本拠地、狼賀の里に赴き首領の無着斎と会談を行う事になっていた。


紅影と蒼影という強力な戦力を大陸に派遣して貰えるよう交渉する

など話し合う事は多い。


いよいよ魔王軍との決戦が近い。高レベルの戦力を少しでも多く

確保すべきとの判断からの準備の一環である。



そして死神教授も殺人的スケジュールをマッドな高笑いでこなしていた。


まず決戦に向け人工衛星の2号機と3号機を完成させた。命名する暇も無い

ので紫微星Ⅱと紫微星Ⅲと名付けられた衛星は闇大将軍が帰還する前に

打ち上げ予定だ。紫微星Ⅱは一号機と同じ仕様だが紫微星Ⅲは幾つかの

機能を削り大口径レーザー砲を搭載している。一号機や二号機のレーザー砲

に比べ10倍の威力と射程を持つ巨砲である。


さらにガープ要塞の外壁に備えられていた防衛装備、電磁バリアー装置や

高X線レーザー砲塔、イオンランチャー砲などを亜空間仕様から通常空間

仕様への改装などを終え魔王軍との決戦に万全を期す準備を進めていた。


その上でポラ連邦科学アカデミーと共同で建設中の秘密研究施設の

監修まで行いさらには……




『それは優先すべき仕事なのか?無理はしねえで後に回すべきだと

思うんだけどなぁ…』


『心配無用じゃ闇大将軍。全てのスケジュールを決して遅延などさせんわい。

それに科学技術関連はワシの専権事項じゃ。ワシがやるべきと判断した事は

断固としてやらせてもらうぞい。』



そう言って死神教授は上記の仕事をスケジュール通りに仕上げつつ他幹部の心配を

他所に電脳空間やデータの総点検を優先的に行う事を続けている。


それもソフトを使ってではなくハード的に調べつつバイオスーパーコンピュータと

化している自身の補助脳にデータの流れを経由させ教授が直接『観る』という

本人に負担と消耗を強いる方法で。どうやら何かの手応えがあるらしく教授は

核心へと迫るべくこの調査に没入しつつあった。




そして本来の交渉担当である烈風参謀はロガー使節団との会合前に本日より

スタート準備する秘密工作作戦の2つを進める仕事を行っており予定は早め

られない。


この度の交渉によるロガー獣人族連合との和平締結を持って聖戦終結と位置付け

烈風参謀は次なる作戦に取り掛かる予定だ。



その作戦は闇大将軍が帰還する前に開始する必要があった。


闇大将軍は帰還後に出撃準備を整え遂に魔王領域への侵攻を開始する。

出撃するのは闇大将軍にモーキンとカノンタートル、そして槍の英雄

アルル・カーンが参戦を表明しガープ部隊3個大隊とハイドルにガープ艦

を加え正面突破を図る。狙いは大魔王クィラを討ち取り魔王軍を滅亡させ

る事である。勇者ゼファーより先に大魔王を滅ぼす。


だが、そうなった場合、ゼノス教会の『降臨の議』は潰え裏切りを知った

ゼノス教会と邪神が姿を現し荒れ狂うだろう。それに効果的に対処する

為に禁忌の迷宮遺跡の最下層、ゼノス教会が隠匿しようとする『何か』を

探り出し対応手段の一つに加える。


その為に最下層を開くルーシオンの鍵を持って烈風参謀が自ら最上級怪人の

力で探索隊を率い禁忌の迷宮最下層へと突入するつもりだった。これは闇大

将軍が大魔王を倒してしまう前にやらねばならぬ。


その為に今現在進めている工作のうちより大規模な対ポラ連邦作戦の

指揮官をウオトトスに任せ烈風参謀が迷宮の前線に立つ予定であった。




ザッザッザッザッザッ…



ガープ要塞の正面からモーキンの案内で内部に入ったロガー使節団。

正門として設えられてはいるが未来的な要塞内部は機能的で合理的。

入り口から内部は広大な飛行艇ターミナルとなっている。


ずらりと整列している時空戦闘機ハイドルの様子や金属臭や機械臭に

目を丸くしつつロガーの獣人達はモーキンに誘われていく。


「ん?あれは?!」


ラスカルス全権大使がちょうど要塞の奥から現れた一団の1人に注目する。

6名の戦闘員に左右と後方を囲まれるような状態の竜族の令嬢。


「すっげえ、プラチナドラゴンだぜ。あのお嬢さん!」


ガック隊長がその令嬢、ベルクーナの額の鱗を目敏く確認し感嘆した。

ゴールドやシルバー、プラチナなどの上級ドラゴンは竜国の外には

滅多に姿を現さずロガー交渉団で見た事があるのは外交官のラスカルスと

ラゾーナ将軍だけ。それも数年ぶりである。


合理的で機能美に統一されたガープの士官用軍服を纏ったベルクーナは

何やらブツブツと呟きながら歩いていた。


「……まず反ルーフル派閥のシルバードラゴン、ギネブラン伯爵に接触し…そして

彼らの計画の中心に関与しキーマンの位置を占め…」


ふと、此方に気が付いたベルクーナは独り言を止めロガー使節団に向け

優雅に会釈。そのまま準備されていたハイドルに乗り込むべく歩を進めた。


「あのお方はいったい…」


「あれは竜国の侯爵令嬢ベルクーナ殿ッス。我がガープも関与していた先の

ラースラン・ラゴル王朝戦争の虜囚だったッスが捕虜交換の交渉成立により

お国に帰還されるッス。」


すっとぼけてモーキンは公式発表の内容を説明したが実態は違う。

竜国ルーフル王朝の反乱の陰謀を叩き潰す為にガープの協力の元に

準備を終えたベルクーナは使命を果たすために帰国するのである。


ガープ要塞で受けた合理的なカリキュラムで特殊工作員の技能を

習得したベルクーナはいまや感情を抑え冷静な判断が可能な一流の

諜報員であり、実は連行しているように見える6人の戦闘員も彼女

の指揮下に入っている諜報チームであった。


ベルクーナを支援する為にこれら戦闘員と荷電粒子ビーム砲搭載型の

時空戦闘機ハイドル2機を彼女の手持ちの戦力として貸与されている。


ここまでお膳立てを整えたが烈風参謀らガープ幹部や怪人達は参加しない。

余裕が無いのもあるが必要以上にガープに関与される事に竜帝王ルーフルが

難色を示したからであった。


その竜帝王ルーフルや現地のガープ諜報部隊と衛星通信で綿密な打合せ

を機内で行うベルクーナ達を乗せ2機のハイドルが発進して行った。


それを呆然と見送っているロガー使節団。ふっと彼らの傍らに

場に似つかわしくない軽やかな気配と甘いお菓子の匂い、そして

無邪気な声で語り合う存在が出現した。


「ベルちゃん大丈夫かなぁ?」


「イケるんじゃない?あれだけ特訓、特訓また特訓で頑張ったんだし。」


ベルクーナを見送りに現れたピクシーのソアとリルケビットである。

この無機質な要塞にあまりにもそぐわぬ姿にラゾーナ将軍などは

一瞬自分の目の錯覚かと疑った。


2人のピクシーは屈託無く笑っていたがロガー使節団に気が付くと

怯えたような表情でモーキンの傍に飛んで来て、


「何、この怖い人たち…」


「武装してるよ?いいの?大丈夫かなぁ…」



(((なんでだよ?!)))



凶悪無比な姿のガープ怪人より自分たちへ警戒の目を向ける

ピクシーの様子に戸惑いを禁じえないロガー使節団の面々。


「ソアさん、リルケビットさん。此方の方々は我がガープと和平条約を

結びにいらっしゃったロガー獣人族連合の使節団ッス。対等の立場として

護衛団の同行を認めてるんで問題無いッスよ。」


「そなの?」


「そうッスよ。この方々は大国ロガー獣人族連合を代表する方々。武装は

正当な権利であり、誇りと自制をもって無分別な武力行使などありえない

方々ッス。心配無用ッスよ。」


「そーなんだ。交渉って事は烈風参謀閣下と話し合い?」


「そうに決まってるじゃん。死神教授お爺ちゃんが交渉事なんて

しないよソア。頑張ってねロガーの獣人さん達。ここでの話し合いに

無駄なんて無いからね!」


「…ありがとう。良い結果を得られるよう努力するよ。」


一行に着いて来るピクシー姉弟に応えるラスカルスにサバトゥラがそっと

耳打ちする。


「彼らが報告にあった妖精国がガープに派遣したのようです。」


少し驚いた様子でソアとリルケビットに目を向けたラスカルスは

新勢力ガープに急速に接近する妖精国ミーツヘイムに関する報告を

思い出し、その中にあったガープに派遣された親善大使の項目に

思い至る。



妖精国ミーツヘイムの精鋭と言われる双子のピクシー姉弟。


他のピクシーやエルフと比べても群を抜いて高い魔力を持ち

大アルガン帝国の皇位継承権者リーナン皇子の乳兄弟であり、

リーナン皇子が誕生した時に従僕として妖精国からやって来て

一緒に育った2人である。


もしリーナン皇子が皇帝に即位していればソアとリルケビットは籍を

帝国に移し要職を与えられ妖精国と帝国の友好の礎となる予定であった。


だが新勢力ガープという規格外の存在にコミットする為に妖精王クリークが

二人を親善大使に送り込む決断を下した。優秀な上に神経も太く環境への

順応も早い。そしてどれほどガープの誘惑が魅力的でもリーナン皇子との

固い絆がある限り決して裏切る事も無いと考えての事だと思われた。



(優秀な精鋭…ねえ…)



「だからフレンチトーストはオーブンで焼く方が美味いって!!」


「いーや!絶対にフライパンで焼くべき!!バカなのリルケビット?」


先程からフレンチトーストなる未知の料理の調理法で無邪気な

口論を続ける双子のピクシーに懐疑的な目を向けるラスカルス。


だが人格はともかく能力に光る物があるのだろうとラスカルスは

考えを改めた。だが意外にこの無邪気で社交的な性格が役立つ場面も

あるのである。



つい最近、ガープ要塞で小さな混乱が生じた。


混乱を巻き起こしたのはデルゼ王国から乗り込んできたコレステ商会の

跡取り娘のローラ嬢。彼女は商工界から託されたコネクション造りに

勤しみつつガープ要員、特にカノンタートルに纏わりつき猛烈なモーション

をかけ、周囲を巻き込む騒動に発展しそうになる。


外交より帰還した烈風参謀がこの事態を把握し、その対応に乗り出した。


まず烈風参謀はローラ嬢の目的の推定から始める。その背後関係の調査報告や

身上調査を読み、その行動目的に背後は無くローラ個人の意志で動いている事を

確信。彼女の状況からその目的が大国中央を押さえる大商会を出し抜き、辺境国

の商会である実家を対ガープ取り引きで有利な位置を取って大躍進させる事を

目的としていると推定した。


もしくはその成功をもって会頭の父親を説得し自身の望みを叶えるつもりか。

いずれにせよ相手の望む報酬を用意して自在に動かすガープの常套手段にて

対応する準備を整え烈風参謀はローラ嬢と直接面談する。


『単刀直入に伺おう。ローラ殿の欲する物は何ですかな?』


『カノンタートル様と結ばれる事ですわ!!』


『……………………………………………………はい???』


烈風参謀の知能を即座に見抜いたローラは嘘や虚飾は無意味と

考え単刀直入に本音をぶっちゃけ、そのままカノンタートルの

何処に惚れたかを烈風参謀に説き続けた。


完全に予想外の返答。密かにローラ嬢の発言をスーパーコンピュータの

嘘発見機能や精神鑑定機能にかける様に指示を出したが内耳に仕込んだ

通信機に届いた報告はローラ嬢は嘘を吐いておらず精神状態も正常と

言われ、想定外の事態に烈風参謀はローラの恋心に生返事を返す事しか

出来なかった。



次に対応に乗り出したのは死神教授だったが、これが輪にかけて酷かった。


『改造人間のクローン体を作るのは不可能じゃが万能細胞で人間形態の

カノンタートルと同じ姿の培養人間なら作ってやれるぞ?まあ知能や能力

が無いのが欠点じゃが……』


『そんなモノを貰ってどーしろと?!』



結局、大幹部の中で世事慣れた闇大将軍が戻るまで切羽詰るかと思われた。

だがピクシー双子の姉ソアと人生経験豊かな戦闘員№240のゲンさん、

そして怪人のウオトトスがローラ嬢の説得へ動き出す。


『お嬢ちゃんの一途な恋心は分る。けどなぁ相手の気持ちも考えず突っ走るのは

どうかと思うぜ?ちょっと落ち着いてみな。気持ちを押し付けるんじゃなくさ。』


『それは分ります。ですが姿形に拘らない私は怪人のカノンタートル様を愛せる

のです。それを考えればあのお方がこの世界で伴侶を得られる唯一の可能性が

私ではないでしょうか?』


ゲンさんに応えるローラに何故かプンスカ怒りながらソアが言い返した。


『それってカノンちゃんをディスってるよね?カノンちゃんは怖い怪物だから

ローラちゃん以外の女の子に好かれないって事でしょ?』


『え?でぃす??』


『貶めてるって事!カノンちゃん達の世界の言葉で!!』


『そんな!!……いえ、言われてみれば確かに遠回しに醜い怪物と

貶めているも同然ですね…』


シュンとしたローラに怪人ウオトトスが語りかける。


『貴女に悪意が無い事は分ります。年頃を考えれば恋愛に熱中するのも

無理は無い。しかし貴女は聡明な方だ。そう遠くない未来に我々は大魔王

という大敵との一大決戦に臨みます。我が同僚のカノンタートルに貴女の

思いに応える余裕が無い事はお分かり頂ける筈。成すべき事を成すまで

彼に結論を求める事をお控え願えますか?彼が戦場に倒れる事は貴女も

決して望んでいないでしょう?』


そうまで言われてはローラも矛を収めざるを得ない。

時期が来るまで大人しくする事を約束するのだった。


その後、この話し合いを知ったカノンタートルがローラと二人きりで

随分長く話し込み、談話室から出た際に、


『もう一度言うけどワシは元の世界で多くの命を殺めた罪を背負う

咎人や。当たり前の幸せを手にする資格は無いと思うてる。けど…』


『それはガープ大首領という者に洗脳されての事ですよね?そして今

罪と向き合いこの世界で贖罪の戦いを挑んでいる。私はカノンタートル様

やガープの皆様が前向きに未来を望む事を是としますわ。』


『……ありがとうな。大魔王征伐を終えたら自分なりに考えた結論を

出す。それまで待っててくれるかなローラ嬢ちゃん。』


『ええ、納得行く結論をお出し下さい。このコレステ・ローラは

いつまでもお待ち申し上げます。』



こうして大幹部たちの意外なポンコツぶりを暴露させた

ローラの乱は一旦収束したのだった。






ザッザッザッザッザッ…



ロガー獣人族連合使節団は怪人モーキンと双子のピクシーという

アンバランスの取れた案内に導かれ要塞の奥に進む。


「おや?こんな所で会うとは奇遇…というべきですかね?ラゾーナ将軍閣下。」


エレベーターホールに向かう曲がり角で出会い頭に現れた人物が

ラゾーナ将軍に話しかけてきた。


ポラ連邦軍の軍服を着た小柄な美少年とミノタウロス族の男。

それはポラ連邦から派遣されてきたボロザーキン将軍、そして

副官を務めるミノタウロスのモルスタイン少佐という男だ。



「ああ、本当に奇遇だねボロザーキン閣下。」


声をかけてきたボロザーキンにラゾーナが応える。かつてはガープ討伐の

聖戦に参加した二人の将がガープの本拠地で再会したのだ。奇遇と言う

他に言葉が出ない。だが偶然に出会うような場所ではない事は分っている。


ごく自然にお互いの事情を話す流れ。


「なるほど、とうとうロガー獣人族連合も本格的な和平交渉へと動くのですね。」


「ああ、何せ勝ったはずのガープ側から寛大な条件を提示されたからね。

……ちょっと不気味なほどの寛大さだけどね。それで閣下がここに居る訳は

言ってもらえるのかい?」


「ええ、特に守秘義務を噛まされてはいませんから。我がポラ連邦は和平だけに

あきたらずガープと同盟関係を結ぶ事を目的にガープの対魔王軍作戦に援軍を送る

事を決めたのですよ。」


守秘義務は無いとは言いながら用意していた対外的プロパカンダを

いけしゃあしゃと語るボロザーキン。外見は可憐なハーフエルフの

美少年でも実態は苦労性のオッサンである。その辺の腹芸は心得ていた。


「それで閣下が?」


「ええ、先の聖戦で戦果を出せず損害を出した我が混成第2師団に汚名返上の

機会が与えられたのです。」


「なんてこったい…」


ラゾーナ将軍は顔を顰めて同情する。要するにポラ連邦首脳部は先の敗戦の

責任をボロザーキンら現場で戦った者に押し付け過酷な戦いが予想される

ガープVS魔王軍の戦争に送り出す暴挙に出た…とロガー使節団は考えたのだ。


その時、常人の倍の体格をもち3メートルを優に超えるミノタウロスの

モルスタイン少佐がグイィっと身を屈め小柄なボロザーキンに耳打ちをした。


「閣下、急ぎませんと、そろそろお時間が……」


モルスタイン少佐の白黒まだらな牛の顔には焦りの表情が見て取れる。

ボロザーキンは頷き、


「済みませんが現在の上司に当たるウオトトス殿との打ち合わせ

に間に合わなくなりそうですのでこれにて失礼を。皆様の交渉が

上手く行くよう祈りますよ。」


そう言って立ち去ろうとするボロザーキンにピクシーのソアと

リルケビットが反応した。


「え!!ウオトトスのとこ行くの?」


「僕達もついて行く!!」


二人はぴゅんぴゅん空中で回りながらボロザーキン達に付いて行ってしまった。


気を取り直し再び進み始めるロガー使節団。


「それにしても…色々と予想外というか斬新な体験だな…」


「そうだねぇ。アタシはもっとこう凄い化物の巣窟だと思ってたんだけどね

この要塞は。」


「そうッスね。住んでる自分らでもビックリ箱かと思ってしまう状況ッス。」


「なるほどねぇ……って、何でアンタが気楽に話に加わるのさ?!」


かなりガープ要塞を貶めるようなニュアンスで発言しているのに

平然と受けるモーキンの態度に驚くラゾーナにモーキンが応えた。


「いやぁ、皆様の感想は実にもっともで納得しちゃったッス。さて皆様、

ちょうどご用意させて頂いた客室に到着ッス!」



モーキンが部屋を指し示し、自動で開く扉を越え中に入る一行。

部屋は人数分を加味しても充分な広さがあり内装も一流だった。

そして何より…


「応接セットも調度品も全てロガーから取り寄せた一級品で揃えたか。

内装の様式も我が国の物で統一されているな。」


「ええ、それに隣の飲食スペースにはお国の品々を用意してるッス。

ご自由にお召し上がり下さい。それでは私は一旦退室するッスね。」


「待ちな、改造人間モーキン。」


「はい?」


ラゾーナ将軍は立ち止まったモーキンに、


「言い忘れてた。五大賢者討伐おめでとう。奴等は我が国にとっても

仇敵だった。その鮮やかな戦果に敬意を。」


「痛み入るッス。その言葉だけで…」


「ところで改造人間モーキンはこの後は忙しいのかい?」


「いえ、皆様への対応が現在の仕事ッス。目障りにならぬ様に

隣室で待機するつもりッスけど…」


「それなら此処に残ってアタシの話を聴いてくれないかい?」


「話?」


「そうアタシ等にとって大きな存在、英雄だった白兎将軍ペピートの

話さ。」


そう言ってラゾーナはモーキンを真正面から見据える。真剣な眼差しだった。


「アタシは悔しいのさ。ペピート将軍を倒したアンタ等ガープがその

ペピート将軍の事を何も知らない事が。誰か一人でもいい。ガープの

誰かに知っておいて欲しい。ペピート将軍の過去や人柄、そして彼を

失ったアタシ等の痛みの大きさを。」


「そう言う事なら是非ともペピート閣下の話を拝聴させて頂くッス。」


姿勢を正しモーキンはラゾーナ将軍に返答し話を聴く事を応ずるのだった。






同時刻



要塞内の別フロア、多目的ルームにある洒落たカフェレストラン風の

ダイニングルームにおいてローラと槍の英雄アルル・カーン、そして

もう1人、目の覚めるような美少年が寛いでいた。


掛け値なしの美貌、だが女性的とか中性的という感じではなくあくまで

少年らしい眉目秀麗な顔立ちである。


「しっかし、ここは天国じゃね?飯は旨ぇし娯楽も万全。それに女も男も

俺に色目を使ったり強引に関係を持とうとしない。気楽な暮らし万々歳だな!」


澄ましていれば貴公子のような彼はだらしない格好で菓子を貪り

いささか品性に欠ける言葉使いで好き放題しゃべっていた。


「私、聖堂騎士団団長専属の少年従者ってもっと上品な方だと

考えていましたわ。」


「はんっ!嫌な事を思い出させねぇでくれ。俺は元々スラム出身なんだ。

上品ぶるのは疲れるんだよ。下品でいいじゃねえか。」


そう言って鼻を鳴らす美少年、聖堂騎士団の少年従者ミルスである。


ミルスはふっと表情を緩め、


「それにしても色目を使ってこないで普通に話す女っていいね。…これだけでも

気が休まるってもんさ。」


「私は人の外見に対して価値を置いて無いですから。」


とローラが応え、続いてアルルも


「私が長く滞在していたルアンの地には絶世の美少年ビーエル殿がいましたわ。

それに慣れていたのであまり驚きはありません。それに元々色恋事には疎いたちで

…あ、ですがミルス殿の容貌が大した事は無いと言ってる訳ではありませんわ。

むしろビーエル殿と絶世の美少年の称号を争えるレベルだと思います。」


「そんな気色悪い称号なんて俺いらね。そのビーエル殿って奴が独占してくれて

全然いいぜ。」


「どうもミルス殿は自身の容姿を誇っておられないように見受けられますが?」


「……何の後ろ盾も無いスラムのガキがツラだけ良いってのがどんなに悲惨か

じっくり教えてやろうか?」


ミルスの瞳に暗い炎が宿る。思わず押し黙るローラとアルル。そこに背後から

第三の女の声がした。


「その悲惨な境遇を生き抜いた経験がボロザーキン将軍の急所を蹴り上げる

ほどの逞しさに繋がったではないですかな?」


そう言って現れたのはガープ大幹部の烈風参謀。烈風参謀が指摘したのは

治療が終わった直後のミルスが拉致った事の報復にボロザーキンの股間を

蹴り上げて治療セクション送りにした顛末の事であった。


(俺に色目を使わない3人目…ってかこの方だけはちょっと違う感じだよなぁ…)


「さてミルス殿。完全に復調された御様子である事を見込んで一つ依頼を

お願いしたい。宜しいかな?」


「それって最初に言ってた断っても問題無い奴?」


「然り。」


「んー、まあ話は聞くけど…」


「まずミルス殿には聖堂騎士団の本拠地ソドメンス城塞に帰還し

ゴーザー団長の元へ…」


「お断りだね!」


ミルスは即答した。


「俺ぁな、もうこれからはケツの穴をクソをひり出す事にしか使わねぇって

決めたんだ。悪ぃが他を当たってくれ。」


あまりに下品な言い回しにローラとアルルは閉口するが烈風参謀は不敵な笑みを

浮かべて、


「これはミルス殿を弄んだ聖堂騎士団と拷問にかけたポラ連邦のステーレン政権を

同時に叩き潰す作戦なんだが?」


聞いた瞬間、ミルスは腕を組み難しい顔で目を閉じた。暫しの瞑目の後に

口を開く。


「ソドメンス城塞には俺と同じように騎士共に玩具にされている騎士見習いや

従者の少年が大勢居る。そいつらを全員助けてやってくれ。それが引き受ける

条件だ。」


「良いだろう。全員を確実に救えるように算段をつける。」


「あ、それと俺が貰う報酬は別だからな?新勢力ガープが用意出来る物なら

なんでも叶えてくれるって最初に言ってた報酬の事だぜ?」


「安心したまえ。忘れてはいないさ。成功の暁にはお望みの物を進呈しよう。」


「よっしゃ!!じゃあやるか!!それじゃ烈風参謀閣下、詳しい説明を頼むぜ!」


吹っ切れた表情のミルスに烈風参謀は大きく頷き作戦の詳細を説明し始めた。






     ○  ○  ○  ○  ○






帝国領ルアン、その領都カッツエの北西は荒地の平原となっており

その地の一段高い舌状台地に巨大な城塞が築かれていた。


地球の基準で言うと1km四方の敷地を2重の城壁で囲んだ

堅牢な要塞で規模から言えば城塞都市を名乗っても可笑しくない。


これぞゼノス聖堂騎士団の本拠地ソドメンス城塞である。


城塞の規模から10万近い兵力が駐留可能であり、今その最大値まで

人員が集結している最中であった。


とはいえ、その騎士の質については疑問符が付く。かの聖戦に総動員令で

正式な騎士団員の精鋭が全て投入され、大損害を出した。だが騎士団長の

ゴーザーを始め騎士団首脳部の新勢力ガープへの闘志は衰えず、ガープに

反撃するべく各地の駐屯地へ号令をかけ、訓練中の未熟な騎士や老齢の者、

はては雑務や税金を取り立てる位しか能の無い者など、おおよそ騎士団に

所属する人員を全てソドメンスに集めて反撃の戦力として編成しているのだ。


あのガープに対して質より量。


おおよそ正気の沙汰ではないがゴーザー団長などは既にまともな

判断が出来ないほど頭に血が上っている状態。


聖戦参加各国が櫛の歯が抜けるように聖戦から離脱して行き、

騎士団の度重なる上訴を無視し神聖ゼノス教会は第二の聖戦

発動を行わなかったばかりか新勢力ガープに対する世界の敵

宣言を撤回してしまった。


怒りと焦燥が続く中、今日はようやく前向きな情報が飛び込んで来て

ゴーザー団長はソドメンス中央居館の玄関へと急いでいた。


「おお!!心配したぞミルス!!良くぞ戻った!!」


居並ぶ騎士達、そして二人の副団長のうち武闘派のムーゲル副団長に

保護される形で長らく行方不明だった少年従者ミルスが泣き笑いのような

表情で帰還しゴーザー団長を見ていた。


スキンヘッドで髭モジャ、如何にもな強面のトーヒ・ムーゲル副団長は

『粗暴』という単語が人間になったような男だった。そのムーゲルは、


「城門正面に現れたミルスを連れて参りました。一応規則ですので

法度破りの脱走か否かを審問すべき…」


「無用だ!!見て分らんのかミルスの窮状が!!だいたい脱走なら

ノコノコ戻ってくる筈が無いわ!」


ミルスの窮状、その身にまとう従者の制服はボロボロであり至る所に

小さな怪我を負っている。そして何よりその美貌の右頬に剣によるらしい

切傷がザックリと刻まれているのが痛々しい。その痛ましい傷にゴーザー

団長は目を剥いている。


最初にミルスを発見した若い騎士が、


「団長殿、ミルス殿の顔の傷は……」


「そんな事はどうでもいい!!それよりミルスの顔の傷は何事だ!!」


「…ぇぇぇ」


(相変わらず人の話を聞かねえなぁこのオヤジは…)


内心で呆れながらもミルスは弱弱しく演技した声でゴーザー団長に

訴えかけた。


「団長閣下、こ、この傷はポラ連邦軍の兵士に斬られて出来た

傷でございます…うううっ」


「ポラ連邦軍だと?!ガープではないのか?」


「はい。私はあの聖戦の折にポラ連邦に拉致され拷問を受けた挙句に

あの新勢力ガープへと引き渡されてしまいました!」


「何だと!!ポラ連邦め、何ゆえそんな真似を…」


「ガープの連中が言っているのを聞いたのですが、ポラ連邦はガープと

密約を結び水面下で手を組んでいるとの事です。」


この瞬間、この場にいる騎士達にどよめきが起こる。


「そして既に奴等はこのルアンの地を狙える場所に共同で秘密基地を

建設しております!!私は捕虜となっていた聖堂騎士達の手助けを得て

その基地の方から脱出して来たのでございます。」


「その騎士達は?」


ムーゲル副団長の問いにミルスは悲しげに頭を振るばかりだった。


それを合図にその場の騎士達が騒ぎ出し騒然となる。


「なんと言う事だ!!」


「ポラ連邦めが!もしや聖戦の時から裏切っていたのではないのか?」


「ミルス殿を疑う訳ではないが…従者の言葉だけで証拠も無く決め付けて

良いのだろうか?相手は列強国の一角だぞ…」


怒号の他に疑問の声も上がるがそれに対する応えの声が場に響く。


「ミルス殿の言葉に嘘はありませんよ。」


『陰険』という単語が人間になったような中年男がきっぱりと言い切る。

文官出身で事務方を担当する副団長のクセーヤ・ゲットゲロウという男だ。

高額の賄賂を要求したり強引な物資の徴発を行うなど周辺地域ではゴーザー

団長やムーゲル副団長より有名人だ。悪名ではあるが。


ゲットゲロウは青く輝くオーブを掲げ、


「この『真実のオーブ』はミルス殿の言葉に唯の一度も嘘を示す赤い光を

発しませんでした。彼の言葉は全て青、真実と判定されたのです。」


(そりゃそうさ、真実のオーブを使われる事は分りきっていたからな!)


ミルスは内心でニンマリ笑う。確かに彼はは言っていない。


顔の傷はガープ要塞で麻酔をかけた上でポラ連邦の兵士に斬ってもらったし、

拉致されたのも拷問を受けたのも本当でガープに引き渡されたのも事実。

そしてガープとポラ連邦の密約も嘘ではない。


そして秘密基地の方角・・から来たのも本当で捕虜となり寝返った

聖堂騎士達の手引きでここまで辿り着いたのも事実である。

ちなみに元捕虜の騎士達は別に死んでおらず多額の報酬を得て

ホクホク顔で立ち去った。


とはいえ、これ以上この場で話を詰められるとボロを出しかねないと

考えたミルスは一芝居うつ事にした。


「どうしたミルス!!しっかりしろ!!」


ヨロヨロとその場にへたり込んだミルスをゴーザー団長が抱き止め、


「もう無理はするな。治癒のポーションで傷を癒し奥で休んでおれ。」


そう言ってゴーザー団長はガープとポラ連邦の秘密基地の大まかな

位置だけを聞くとミルスを自分の寝室へと連れて行くよう命じる。



「直ちに偵察隊を編成し、ガープとポラ連邦が建設しているという

秘密基地の位置を特定しろ!!」


「はっ!!」


矢継ぎ早に指令を発するゴーザー団長の目は血走っていた。

そして一際大きな声で聖堂騎士達に大号令を発する。



「怨敵ガープと手を組んだ裏切り者に遠慮は無用だ!!場所が分り次第に

騎士団主力をもってガープと共に連邦軍を徹底的に叩きのめしてくれる!!!」





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