表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/104

78 破軍兵器!!竜骨機とプリンセス忍者


ツツ群島国の西部最大の国土、鈴磨島。



鈴磨の地に四ヵ国を領有し五十万石余の力を有する守護、木川家が支配する

血ヶ崎藩の本拠地『三条谷』。この閉じた盆地に広がる要害都市に木川本城の

二河にかわ城』がある。


二河城の自慢の庭園には大きな池が掘られ美しい水が湛えられていた。そこに

泳ぐ美しい魚影。だがこの世界に錦鯉はいない。それは血ヶ崎の名の由来と

なった肉食魚牙鮒きばふなであった。輝くような赤、青に紫の美しいグラデーション

の体色をした魚だが鋭い牙を持ち地球のピラニア以上の凄まじさを持つ危険な

魚である。実は小型の魔物に分類されており、養殖され小さな魔石を量産する

手段として血ヶ崎で産業化されていた。



ポチャン…


バシャバシャバシャ!!!



初老の武将が笑みを浮かべて籠に入れられた大ネズミ達を生きたまま

掴み次々と池に投げ入れる。牙鮒が群がり水面が血に染まっていく事に

目を細める男の脇に怪しい人物が平伏していた。


平伏している人物は黒ずくめの装束に般若の面、手に手甲鉤爪を装備した

妖しい男、凄腕の忍者集団『死紋衆』を束ねる江戸主水えどもんどは牙鮒に餌を与える

雇い主の木川もくがわ 清康きよやすに声をかけた。


「藩主殿、どうやらご嫡男が到着されたようにござる。」


その言葉通り、精悍な顔立ちの実年の男が慌てた様子で駆け寄って来た。


「親父殿!!家老の須磨穂より聞きましたぞ!!陣触れを出し兵の動員を

かけたとの事!!それも今日この夕刻までに兵馬を整えよとの無理な下知!!

一体何事にございますか!!」


知恵袋と称される筆頭家老の須磨穂すまほ 賢作けんさくの慌てる様子を思い出しながら

清康の嫡男、木川もくがわ 家忠いえただは父親に詰め寄った。だが父清康は笑みを崩さす、


「喜べぃ家忠。ようやく瑠璃玻璃るりはり姫が見つかったぞ!!」


「な、何と?!」


「姫は狼賀の忍者、紅影と名乗っておるらしい。」


「紅影!!あの狼賀の紅影にございますか?その情報の出所や如何?」


「くくくっ、幕府の中枢よ。昨日の夕刻に燈明より魔道通信で原黒屋が

知らせてきたわ。」


「おおっ、それでは我が妹、白亜も無事なのでしょうか?」


清康の娘にして家忠の妹、そして紅影の母である白亜姫の安否を

確かめる家忠。だが父の応えは無情そのものだった。


「白亜?知らん。そんな事より瑠璃玻璃の所在じゃ!!」


(そんな事?!、か弱き白亜を野望の道具にした挙句そのまま捨てた事を

ここまで何とも思っていないとは……)


妹と姪の所在が分れば少しは人間味ある反応があるかと考えていた

父に対する期待を打ち砕かれた家忠に般若面の忍者がそろりと報告する。


「藩主殿がお喜びになるのも無理からぬ事。何故なら瑠璃玻璃姫は今、

この血ヶ崎に潜伏しておりますので。」


驚愕する家忠が何か言葉を発する前に清康がネズミを全て籠ごと池に

放り込こんで両手を広げ


「そうじゃ家忠!!姫は我が領土の鮫村城付近に潜伏しておる!!

千載一遇の好機じゃぁぁ!!」


背後でバシャバシャと激しい血飛沫と水しぶきが上がる中で絶叫する

清康の言葉を般若面の忍者、主水が補足する。


「例の鮫村城付近に不穏な気配があり徹底的に捜索しました所、戦闘力に比して

隠密行動が不得手と思われる紅影の姿を察知し狼賀忍軍が潜伏している事を確信。

その旨を報告いたすべく参上しました所、姫と紅影が同一人物であると藩主殿より

知らされました。」


「……確か狼賀忍軍は例の新勢力ガープと結託したと報告があった…親父殿、

どうやら赤玉の賢人ラーテめの読みは狂ったようで。」


胸中に渦巻く感情を押し殺し、家忠は容易ならぬ事態へと突入しつつある事を

思案し始める。


実は尊帝・倒幕に向け血ヶ崎藩は赤玉の賢人ラーテと取り引きを行っていた。

隠れ家や資金と資材を提供し、その代わりに倒幕の為に必要な力を得るために

超魔法文明の技術を求めたのだ。


ラーテは幾つかある拠点のうち血ヶ崎にある鮫村城を要塞化し

必殺の罠を仕掛けて待ち構える準備を進めている。


ガープの調査能力をラーテは甘く見ていなかった。


もっとも秘匿性が高く最重要の拠点は小規模な上に再生中の同志、

青玉のハーリクの復活装置が稼動していて戦えない。そこでバレる

事を承知で要塞化した別拠点を設け、そこにガープ追撃部隊を誘い

込んで撃滅し再起の手掛かりとする計略を企てたのだ。


「ラーテ殿の読みよりガープの反応は相当早いかと。既に手下と化した

狼賀忍軍が鮫村城を囲みガープの使節団が幕府入りしたとの事。罠と戦力の

充実を急ぎませんと間に合わぬ恐れがありますな。」


般若面の忍者、江戸主水がラーテの想定の甘さを指摘する。


ラーテは罠の準備が出来てからワザと姿を見せて新勢力ガープを釣り出す

つもりだった。鮫村城が標的とされるのもガープ使節が来るのもその後の

事と考え準備を進めていたのだ。


だが江戸主水はガープ使節が来た事で焦っていた。ラーテとの謀議で

ガープ使節が来るのは軍事行動の根回しであり、彼らが帰国すると同時に

ガープの大軍勢がここ血ヶ崎に攻めて来ると主水は考えていたのである。


実はそれ自体が大甘な見通しなのだったが。


「ガープーとかいう連中の事などどうでも良い!!それより何より

瑠璃玻璃姫じゃ!!主水よ、確か貴様らが鮫村城の軍備と実務を

統括しておったな?」


「はっ。ラーテ殿は魔術師ギルドと繋がっている疑いのある陰陽師や

魔道奉行に関わらせる事を嫌い我ら『死紋三鬼衆』が鮫村城の実務と

指揮を取っております。」


軍事指導では素人のラーテに変わり死紋衆の三人の頭領である三鬼衆、

江戸主水、晒咎さらとが土民吾どみんごらが鮫村城の大将格を務めている事を確認し

清康は命令を下した。


「よし。では明朝、払暁に鮫村の全ての怪物兵と兵器、むろん罠用の兵器も

動かせる物全て使い狼賀忍軍に強襲をかけよ!!我が軍勢も合流し狼賀を

打ち破り瑠璃玻璃姫を奪取するのじゃ!!」


「な?!、そ、それでは赤玉の賢人ラーテ殿の計画が崩壊しますぞ?」


「それがどうした?倒幕の最難関であった大義名分が転がり込んだのじゃ。

ラーテめの思惑なぞ暇な時に付き合ってやれば良いわ!!」


「しかし…それでは新勢力ガープと事を構える事態になりますぞ?」


「ふん、海外の連中の都合など知った事ではないわ。ガープーとかいう

連中が反抗するなら我が軍勢で潰してしまえ。それに手間が掛るようなら

ラーテの首を差し出せば良い。既に最低限必要な超魔法文明の力は得た。」




ここで狼賀忍軍の無着斎の予想と違う展開となった。無着斎は為政者たるもの

世界情勢に大きな足跡を残しつつある新勢力ガープの情報を掴んでいると想定し、

その傘下に入った狼賀忍軍に強引な手段は取れないと考えたのだ。元々、狼賀忍軍

は一目置かれる戦闘集団でもあり武力行使は無いと無着斎は算段した。


つまり無着斎は幕府側と尊帝派の両方に紅影の正体を暗示する事で

好条件を提示する両者と水面下の交渉が始まると踏み、利益確保と

群島での面倒事を整理するつもりだったのである。


だが血ヶ崎藩の木川清康は海外など何の関心も無く、倒幕に

血走った瞳を向ける最強硬派であり、結果、無着斎の想定は外れて

政治的な読みに長けた幕府の大君の想定が的中した形と相成った。


ただ、大君も読みを外した無着斎が紅影を血ヶ崎に派遣する事は

読めず事態は混迷を深めつつ急展開し始める。


戦略的に先手を取ったガープと狼賀忍軍、受けて立つ血ヶ崎藩と

五大賢者のラーテ、そして幕府と誰も予想していなかった事態に

突入してゆくのだ。




さて、



ラーテの首を差し出せば良い。


雇用主にそう言われた途端に般若面の忍者、江戸主水の雰囲気が変わった。

慌てた様子は無くなり落ち着いて思案した言葉を発する。


「あの狼賀忍軍を破り武名轟く紅影を捕らえるとなると鮫村城に

配備されている破軍兵器『竜骨機りゅうこつき』を全て投入する必要がありますが

よろしいでしょうか?」


「かまわん。何ならこの城にある試作の初号機と二号機、三号機も

持って行っても良いぞ。」


「それには及びません。流石に移送に時間が掛り過ぎますゆえ。

鮫村の竜骨機の全てと『勇気のポーション』を服用した怪物兵

など超魔法文明の力を使い我が死紋衆が総力を上げれば必ずや

瑠璃玻璃姫を確保してみせましょうぞ。」


「よし!!行けぃ死紋衆!!我らも軍勢が整い次第に鮫村城へと

急行する!!成功の暁には報酬に1万貫を加増してやろうぞ!」


「委細承知!!」


ドロロン!!!



江戸主水がドロンと煙を噴き姿を消す。


二人きりになって家忠が父に疑義を差し挟む。


「……親父殿、瑠璃玻璃を確保したとて簡単に『摂政』へと就任させ得る

事が叶いましょうや?」


「その辺に手抜かりはないわ。姫さえ手元に来れば一気に事態が動く

手筈になっておる。」


「姫……紅影が拒絶したら如何に?」


「はっ!!愚かな事を言うな。下賎な忍者などより姫君となる方が

良いに決まっておる。断る道理が無かろう!!」


(親父殿の心に情愛は無いのか?人の心を何だと思っておるのか…)


そう考えた家忠だがすぐに被りを振り否定した。父清康の

これまでの所業を思い返し、父の視野の狭さや己の理想実現

しか意識を向けない独善の化身であった事を思い出す。これが

親父殿なのだと。


実は現在、血ヶ崎藩内の家来衆の人心は清康から離れつつあった。

強い指導力と軍才を備えた清康。だがその気質は人の心を遠ざける。


老境の清康に代わって嫡男の家忠に人望が集中し始めていた。


(あの頃とは違う。白亜よ、今ならお前を救ってやれるかも知れぬ…)


かつて無力な兄として苦渋を味わった家忠。甘い物が好きで天真爛漫に

笑う妹の顔を思い出しながら家忠はある決意を固める。





十数年前、先々帝の代に木川家は朝廷に側妃として姫を送り込んだ。

性に奔放な先々帝の元に送り込まれたのは純情な生娘であった白亜姫。


幕府の妨害は制度的なものだけであり木川清康の目論見通りに

白亜姫を朝廷入りさせる事に成功する。


幕府側も勢いを増しつつある木川家を余り刺激せず強く反対は出来なかった。

それに純情で少し天然な白亜姫が清康の期待する帝を誘惑し篭絡するなど

出来る筈が無いと高を括っていた。ましてや懐妊などありえない。


天尊族と人間の間で子供が誕生するなど天文学的なほど少ない確率で

しかありえない。生命の女神の魔法や妊娠を促進するマジックポーション

を使っても数億分の一。太古の昔において2例あったと言われるが殆ど

伝説、昔話の領域の記録だ。


だが清康を狂喜させ幕府を愕然とさせる計算外が発生する。

白亜姫が帝の子を懐妊したのだ。


そうして産まれし待望の御子。


だが狂喜した清康を奈落に落とす結果が待っていた。


産まれた女児は天尊族の証である『虹の髪』を持っておらず

茜色の髪をしていたのだ。


見る角度によって様々な色に見える虹の髪。それを持たない御子は

結局、天尊族の一員とは認められなかった。むろん帝の子であるに

違いは無く鑑定の結果で超常の力を持っている事も証明されたのだが

天尊族に加われなかった御子は父帝の退位後には朝廷との関係が

遠のく事となる。


それでは清康にとって意味は無い。


朝廷に食い込み幕府追討の詔を得る目的に沿わない。実際、十年毎の代替わりに

よって帝が退位すると一旦は白亜姫と瑠璃玻璃姫と名付けられた御子は朝廷から

離れる事になった。先々帝は御子を可愛がり今後も会いたいと希望したようだが

清康は目的達成の為に断っている。


まず、次に即位した薔薇枝ばらえ帝に側妃候補を送り込まねばならぬ。

政治的影響力を喪失した先帝の要望に応える余裕は無い。


だが白亜姫懐妊に慌てた敵対勢力が白亜姫の子は不義の子であるとの

悪意ある噂を流し妨害する構えを取っていた。彼女らを利用して木川家が

側妃を送り込むのを阻止する狙いだ。そこで清康は先手を打って白亜姫と

御子の存在を消し去ろうと考える。


抹殺するのが手軽だったが息子の家忠が断固反対するのが目に見えていたし

直接殺せば帝の子を殺した者として尊帝派内での求心力を失いかねない。


要は消えればよい。直接手出しせずとも生き残れない状況に

追い込めば事足りる。



近隣の堂馬藩が後継争いで内乱が勃発し国境警備に家忠が軍を率いて

留守にしている間に清康は白亜姫と赤子であった瑠璃玻璃姫を追放した。


何も与えず身一つで不毛の荒野に追いやったのである。


白亜姫は家出したなどと平然と嘘を吐く父を罵倒し、帰還した家忠は

捜索隊を率い妹を探すが発見に至らず。だが父が期待した死去の証拠

ではなく何者かに保護された形跡を見出し、家忠は一旦捜索を中断した。


清康は慌てたが彼女らを擁し妨害工作をする動きが無いと見るや

この件に関し全ての関心を失った。清康がこの件を思い出すのは

12年後である。


姫の追放後、清康は名高い遊女で女侠客でもあった桔梗太夫ききょうだゆう

養女に迎えようと画策した。美貌に加え男性を誘惑する手練手管に

長けた桔梗を側妃に送り込めば新帝を取り込めると算段したのだ。


だが政治工作に利用されると知った桔梗太夫は断固拒否。

金銀財宝を積み上げた木川家に対し侮蔑の言葉を投げかけると

一瞥もくれず颯爽と立ち去ってしまう。


更に新たに即位した薔薇枝帝は実直で真面目な性格であり性に対して

不実な事を良しとせず側妃を迎えようとはしなかった。


軍備の方は着実に進んでいたが朝廷工作は頓挫したまま

10年が過ぎる。停滞に倦んでいたのだが次の新帝即位で

新たな展望が見えた。


次の帝は卑弥巫帝という。10歳ほどの童女の姿をした帝であった。


悠久の寿命を持つといわれる天尊族は不可思議な性質を持っている。

精神年齢に合わせて外見年齢が変化するのだ。若者のような姿の長老や

ナイスミドルの若輩者など実年齢に関係なく外見が精神状態に合わせて

刻々と変化して行く。


童女姿の卑弥巫帝は無邪気で天真爛漫であり文字通りの子供であった。

そこで遊び相手など勤める御伽衆の少女達が集められ『摂政』が立て

られる事になった。


ここ群島国での摂政は幼児の帝の変わりに数少ない政務を執行する

役職であり滅多に設置される事は無い。条件は天尊族かその血統を

引く者から摂政を選ぶ事となっている。


だが卑弥巫帝の摂政は決まらないまま日々が過ぎ、無期限延期と

なった。天尊族の方で引き受け手が出なかった上に正直言って

帝の政務は停滞しても問題無いのが現実であった。


この状況を知って狂喜したのが清康だった。側妃を送り込むには

品格など悪い噂が立つだけで駄目になる条件があったが摂政の場合は

血筋を証明する正式の書類があればよい。追放した瑠璃玻璃姫の

摂政擁立が成功すれば血ヶ崎藩が朝廷の政務を独占出来るのだ。





ポチャン…


肉食魚が全ての餌を食い尽くし血の池と化した水面を見ながら

清康は、


「摂政を通じて幕府追討の詔を得る。例え実効性が無くとも

大義名分は立つ。その上で幕府方との緒戦に勝利すれば後は

一気呵成よ。討幕派が次々と挙兵し日和見派もこっちに付く。

後は坂道を転がる雪玉じゃ。あっという間に我らの手に勝利が

転がり込んで来るわ!!」


「親父殿……」


「大義は我らにある!!太古の昔、群島の民は天尊族と直接繋がり理想郷を

謳歌していたのじゃ。筒井幕府の不当な支配など無かったいにしえの時代を

取り戻す。幕府を消し去りワシが高貴な天尊族を護る大将軍となり

武士の頂点に立ち全ての大名達を従え朝廷第一の政治を実現して見せる!」


筒井幕府が成立する以前は武士と言う階級も大名と言う身分も無かった。

それどころかマトモな文明すら無かった事実を清康は認識すらしていない。


「その大義、人道に反し家族を犠牲にしてまで達成するほどの価値が

あるとは思えませんが…」


たまりかねて呟いた家忠の言葉に清康は殺意の篭った視線で応えた。

とてもじゃないが父が息子に向ける目ではない。


「ええい!この腰抜けめ!!もう良い!貴様は留守居じゃ!軍勢は

ワシが直に率いて行く!!誰かある!出陣の支度じゃ。我が具足を用意せい!」


清康は吼えるように怒鳴ると家忠に一瞥も向けず主殿へと向かう。

家忠はその背を見送り小さく溜息を吐くのだった。



   ○  ○  ○  ○  ○





このマールート世界には月が3つあり深夜といえど適度に

明るい。その月はそれぞれ満ち欠けの周期が違うのだが

年に数回ほど同調する時がある。


夜半を過ぎ夜明けも近くなった血ヶ崎の地、3つの月が全て三日月となった

月光に照らされ鮫村城の異様な威容が現出していた。


曲輪や馬出などがなく幅広く水を湛えた堀に守られた主郭のみ。

主郭には石垣の上に御殿と5層の天守閣が一体化した主塔だけが

立っているという、漫画やゲームなどのフィクションに登場する

ボス城の如き極端な様式の鮫村城。




その異形の城の堀の対岸、特殊結界で秘された空間に裂帛の気合がこだました。


「どりゃあああああ!!」


鮫村城の南面に広がる森林を舞台に激しい格闘の

応酬が続いている。


猛烈に攻め立てているのは狼賀忍軍最強の紅影。涼しい顔で

受けて立つのはガープ大幹部の闇大将軍。


事の起こりは半刻前、ガープ戦闘部隊を搭載した時空戦闘機ハイドル隊が

到着した時の事だった。


指定地点に着陸し狼賀忍軍と合流、部隊展開を始める。その騒然とした

状況に闇大将軍が思わず確認の言葉を発する。


「おいおい、ちゃんと敵側への隠蔽は効いてるんだろうな?」


「はい。問題ありません。」


「ご懸念無用にて候。」


「隠匿、問題無く作用しております。」


ガープ戦闘員№39のサンキュー、狼賀忍軍の血愕斎と陰陽師の羽庭が

同時に応えた。


広域の穏行忍法『隠れ里』と超古代文明のデータで強化された

隠蔽の魔法結界が張られハイドルが到着する直前に強化されている。

さらにガープ側も光学迷彩やステルス、ホログラフ遮蔽など使って

おり魔法、忍法に科学の力で施された隠密性に抜かり無しとの事だった。


「いかに名高いと言えど魔術師のラーテや怪物兵に気取られる事ありえませぬ。

不用意に結界範囲から出ぬ限り大丈夫。ここで酒宴や盆踊りを開催しても気付か

れる懸念は無いかと。」


陰陽師の羽庭が太鼓判を押すが闇大将軍は思案顔で頷く。


「いかがなさいましたか?」


「いや、さっきガープ要塞から報告があってな。衛星偵察によると

血ヶ崎藩の本拠地、三条谷で軍勢が集結しているとの事だった。」


「何と!!…しかし……」


「そうだ、鮫村城の防衛なら最初から兵力を配置。挟撃を意図してなら

遅過ぎだ。あらかじめ兵を集めもっと近場に潜ませる。何か俺たちガープ

戦闘部隊を狙うには血ヶ崎藩の動きがチグハグで読めねえ。」


「いずれにせよ情報がもう少し集まってからでないと正確な判断は難しいかと。」


「そうだな。それに目的不明の軍の集結だけでバレたと考えるのは早計だ。」


陰陽師の羽庭の言葉に頷く闇大将軍の前に血愕斎が小柄な2名の忍者を

引き連れて参上した。


「闇大将軍閣下、此方に控えます2名は我が狼賀忍軍最強の紅影と蒼影に

ございます。なにとぞお見知りおき下さいませ。」


「おお、コイツらが紅影と蒼影か。かなり強ぇって話は聞いてる。その実力を

見せて貰える事が楽しみだ。…けどな、その格好じゃ見知り置くのは難しいな。」


今の紅影と蒼影は目の所だけが見えている全身黒ずくめの忍者装束であり

ほとんど見分けが付かないが紅影の後頭部から腰まで届くポニーテールの

茜色の髪が出ていた。そして腰の帯には刀の変わりに横笛1つ。


この場にいる狼賀忍軍は全員が忍者装束で臨戦態勢である。血愕斎もまた

胸に赤い『血』の一文字があるだけで同じ姿。まあ見分けが付いたら駄目

なのが本来の忍者なので当然であった。


闇大将軍の軽い応えに覆面の下で微笑んだ血愕斎は紅影と蒼影に

顔を出して挨拶させようとした時だ。


スッ


紅影が1歩前に出て口元を覆う覆面を下げて素顔を晒すと

不敵な笑みを浮かべ、


「それほどアタイの実力が見たいなら一つ立合いませんか闇大将軍閣下?

閣下も相当の実力と聞いてますから余り手加減しなくて大丈夫ですよね?」


「なっ?!控えよ紅影!!」


「馬鹿言ってんじゃない!!」


「いいぜ♪力が見たかったのは本当だしな。ただし実戦が近いから

必要以上に消耗する事は厳禁でラーテの出現が確認されるとか敵襲

があった場合は即座に停止。それでいいな?」


慌てる血愕斎や蒼影にニヤリと笑って手で制止し闇大将軍は戦闘員の

サンキューに向いて、


「って訳だ。しっかりデータを取ってくれ。頼むぜ♪」


そうして始まった仮戦闘。だがそれは手合わせとか立合いという次元を超えて

あっという間に激烈な戦闘へと突入して行った。



ジャギイイイイィィィィィィィンンンン!!


 ジャギイイイイィィィィィィィンンンン!!

  ジャギイイイイィィィィィィィンンンン!!


紅影の放つ斬撃が途切れる事無く闇大将軍に襲いかかる。

致命的な攻撃が同時多発的に全周囲から降り注ぎ回避など不可能であった。



血愕斎も蒼影も初めて見る紅影の猛攻撃。万余の軍勢を1人で撃退出来る

というのは比喩では無さそうであった。二人が初めて目の当たりにする

のはこうなる前に紅影は全ての敵を倒して来たからであった。


どう見ても本気で闇大将軍を倒そうとしている猛攻。だが血愕斎は

止めようとはしない。涼しい顔で猛攻撃を防ぐ闇大将軍と感情を

むき出しにして攻め掛かる紅影、どちらが優位か一目瞭然ゆえだ。


「へえ、凄い斬撃だな。髪の毛・・・でここまでの事が出来るなんて

忍法ってのもあなどれねえな。」


そう、紅影の攻撃の正体は音速を超えるスピードで襲いかかる髪であった。

忍法操糸術、髪や糸を自在に操り敵を切り裂いたり巻きつけて絡め取り

拘束する忍法技である。


髪の毛に秘伝の忍薬と竜の血で処理を行うと柔らかさはそのままに

鋼線を越える強靭さと切味を与えられる。


その髪を自在に操る操糸術、本来は片手の指で印を結び思念で操りながら

もう片方の手で髪を振り体術を用いて切味や威力を乗せる。だが紅影は

思念だけで脅威の高威力を発揮していた。


紅影には産まれ持った超常の力、チート能力があった。その力は

自分や自分に触れる意思無き物の質量を一時的に増減させる能力。


紅影は髪に質量を与え操作を容易にし威力を上げている。ちょうど

フライフィッシングの釣りのように糸に重さを持たせる事でより遠くに

糸を飛ばし速度を上昇させる事が可能なのだ。


彼女は指の操作や体術無しに髪を充分に加速し得た。それゆえ同時に

複数の髪を操る事が出来る。ポニーテールの髪もそうだがその中には

寄り合わせ継ぎ足した10メートルの髪が数十本、巻いた状態で収蔵

されており思念だけで自在に解き使用できた。


 ジャギイイイイィィィィィィィンンンン!!

 ジャギイイイイィィィィィィィンンンン!!


紅影の髪は音速を超える鋭利な刃。それも瞬間的にトン単位の質量を持つ刃だ。

その威力は鋼鉄の鎧や大岩をも真っ二つに切断する。そんな攻撃を同時に

24本を闇大将軍に仕掛けながら紅影は闇大将軍に向け跳躍した。


髪の操作から自由になっている本体も攻撃に加わる事が出来る。

紅影は跳躍の瞬間に自分自身の質量を軽減し大地を蹴って稲妻のような

速度で飛び蹴りを放つ。命中する瞬間に質量を増大させ破壊力を増すのだ。


その威力は騎馬武者を馬ごと吹っ飛ばすのだが……


「何でええぇぇぇ?!」


命中する瞬間、紅影は運動エネルギーを失ったかのように急停止し

その場にボテっと落下する。


実はこの時点で闇大将軍は最上級怪人として備える3段階の防衛機能のうち

第1段階の重力場フィールドに加え第2段階の反重力シールドも展開していた。


もっとも衝撃を中和しただけで威力や衝撃を反射する機能はOFFにしてはいたが

反重力シールドは聖戦の時に使用していない。それだけ紅影の力を評価した訳だ。


「おい、分析の結果はどうだ?」


闇大将軍は端末を操作する戦闘員のサンキューに紅影の計測結果を問う。


「白兵戦の攻撃能力だけならAAAトリプルエィランク、モーキン殿を上回り上級怪人や

使徒エネアド、武闘公インプルスコーニに匹敵する可能性があります。」


ひゅぅ♪


闇大将軍は口笛を吹くと上機嫌な声で紅影に賛辞を送った。大絶賛と言って良い。


「期待以上だな!!その攻撃能力は半端無え、こいつは途轍もない戦力だ。

頼もしいぜ紅影。今後が楽しみだ♪」


だが紅影はそれを聞いて屈辱に表情が歪む。その絶賛する攻撃を全て余裕で

防ぎきって一切の反撃をやって来ないのは子供扱いではないか?


闇大将軍は紅影に一切攻撃をしていない。ダメージらしいダメージも入っておらず

あえて言えばたった今、急停止させられ質量を持ったまま落下し尻を強打しただけ。

結構痛いが傷は無い。


「まだまだあぁぁ!!次は忍法込みで……」


修羅の形相で立ち上がり戦いを再開しようとした紅影を手で制する

闇大将軍。


「悪りぃが模擬戦闘は中止だ。敵襲のようだぜ。」


重力変動を感知した闇大将軍。言われて周りを見回すと殺気を感じ取った

忍軍や魔力変動で事態を察知した陰陽師、そして索敵機能を担当している

ガープ戦闘員の勧告でガープ部隊も臨戦態勢に移行しようとしている。


「あ~、良いとこ無しだったぁ。闇大将軍閣下、次に挑戦させてもらう時

までには修行積んで力を付けて勝ちますから!!」


「ん?もう充分強いだろうに何でそこまで力を求めてる?」


「ぶっ倒したい相手がいるんです。アタイと母ちゃんを救ってくれた

恩人を殺した仇がいる。絶対許さない。取り逃がさない為にもっと力を

付けないと駄目なんだ…」


「そうか。どんな奴か分からんがお前が負けるビジョンが見えねえ。

きっと仇を討てるさ紅影。」


「???びじょん??」


その時、鮫村城で動きがあった。狼賀忍軍とガープ部隊が本陣としている結界から

見て鮫村城の左奥に城の正門があり、そこから異形の軍勢が湧き出したのだ。


正門前の橋を渡り堀に沿った間道からこっちに攻め寄せる軍勢に人間の姿は無い。

大鬼と呼ばれるオーガーやトカゲ兵と称されるリザードマン。珍しい存在として

両手が大きく鋭いハサミになっていて2本足で立ち上がったザリガニのような

甲殻人類のバリタン人などが陣笠に胴丸鎧を装備し突撃し迫って来る。


そして鮫村城の御殿部分の屋根にある巨大な鬼瓦が此方を向き、魔道砲と

なっている鬼瓦の口から魔道エネルギー弾の連続発射を開始した。


ズギュウゥゥゥン!ズギュウゥゥゥン! 


ズガアアァァンン!!


ドッゴオオォォン!!


猛烈な砲撃だが結界の方角に乱射しているようで至近に着弾するものの

命中弾は無い。


「…転移阻害結界を置いてる包囲網の各拠点の様子は?」


「五つの拠点の内、二つに牽制攻撃が仕掛けられています。ですが小規模で

問題は無いようです。」


「つまり、包囲網突破じゃなくてこの本陣に援護させない動き、だが連中は

砲撃の精度から此方の位置を大まかにしか把握していない…ここに何が?」


闇大将軍は応戦体制を下命しながら状況の把握に努める。


「うぬ!!」


鮫村城の方向から広い堀の水面下を何か巨大な影が向かって来るのが

見えた。防衛の為に堀には肉食魚の牙鮒が大量に放たれているがその

影に怯え牙鮒の群れは散っている。


ザッパアアアアアアア!!!!!!


堀から巨人のような影が三体出現し圧倒的な存在感で陣地結界に迫った。


巨人のようなソレは巨大な鎧武者に見える。だが鎧の隙間や腕の関節から

見えるのは巨木のように大きい白骨であった。


三体のうち真ん中の黒い甲冑に水牛のような角飾りを兜に付けた巨大武者の

左肩にドロロンと煙が上がり般若面を被った異形の忍者が現れる。


「貴様!!死紋衆の江戸主水!!おのれぃ貴様らが加担しておったか!!」


「おうさ血愕斎。久しいのう!!見事な結界じゃが我らには通じぬ!!今日こそは

この破軍兵器『竜骨機』で引導を渡してくれるわ!!!」



竜骨機


それはドラゴンの骨を人型に加工し組み上げられたボーンゴーレムである。

只の骨格ではなく心臓部と各関節に魔石を組み込んだ魔法術式を備え、

超魔法文明の技術をふんだんに取り入れた特級の戦闘ゴーレムであった。


兜と竜の頭蓋骨で護られた頭部に竜骨機を操る操縦者が座していて

その能力がある程度機体性能に反映される。



江戸主水の言葉と同時に三体の竜骨機のうち左右の2体、赤い甲冑で兜に

狐の像を前立てに飾る機体と緑で狸像を兜に付けた機体が前進を開始した。


赤い竜骨機には江戸主水と同じ死紋三鬼衆の土民吾が乗っている。

そしてもう1人の死紋三鬼衆、晒咎が死紋衆の下忍を率いて現れた。


ちょうど鮫村城と反対側、結界陣地の裏側の森から晒咎の率いる死紋衆が

出現し堀側の竜骨機と挟み撃ちする陣形だ。


「ケケケケケケ♪貴様らはもはや袋の鼠よ!!走馬灯を楽しみながら

黄泉へ逝けぃ!!」


能面の一角仙人面を被り、背に海亀の甲羅を背負って手に鎖鎌を持った

晒咎は向かって右を指差した。


其方の方向は堀沿いの間道が続きやがて大きな街道へと至る。


その街道の方に軍勢がやって来るのが見えた。夜明け近く

薄明かりの中に数千という規模の兵力が確認できた。血ヶ崎藩の

軍である。規模と距離から小一時間もあれば到着するだろう。


前は竜骨機、後ろは死紋衆で左から怪物軍団が攻め寄せ右方向には

敵の軍勢が迫っている。


「…血ヶ崎の軍勢、徹夜で強行軍をして来たな。集結時は確か1万を超えるって

報告があったがだいぶ脱落したみてえだな。いっちょ各個撃破を狙うか。」


闇大将軍はそう呟き、軍勢が到着する前に周囲を制圧するよう指令した。

死紋衆には狼賀忍軍を当て、怪物軍団にガープ戦闘部隊を向かわせつつ、

城の砲台を破壊する為に2機のハイドルを離陸させた。そして竜骨機には、


「おい、紅影と蒼影よぅ。お前等の戦闘力ならあの竜骨機っての始末出来ると

読んだがやれそうかい?」


「出来るよ!!アタイの本気を見せてやる!!」


「は!!安んじてお任せあれ!!」


その戦力を確認した紅影と同等の力を持つとされる蒼影を

差し向けた。そうして闇大将軍は傍らに残った陰陽師の羽庭に、


「どう見ても敵は城の戦力をカラッポにして全部こっちに投入している。

んで、赤玉のラーテはまだ来て無いんだろ?」


「はい。まだ出現しておりませぬ。」


「やはり守備隊と血ヶ崎藩の独断だな。ラーテには寝耳に水ってこった。」


「!!それでは作戦は失敗では?!」


「逆だな。大事な拠点で騒乱が起こっている。いつでも転移で逃げられるつもりの

ラーテは様子を見に来るとは思わないか?」


「おおっ!!それは確かに。」


「って訳だ。いつでも転移阻害結界を発動出来るよう準備を頼むぜ。」


「承知仕りました。」


(予想以上に弱体な戦力、俺が本気を出したら一撃で壊滅も可能だが、それじゃ

ラーテが来ない可能性があるからな。それにどんな隠し玉があるかも未知数だ。)


「この性急な攻撃、狙いはさっぱり分らんが利用させてもらうぞ。」


そう呟き闇大将軍は各方面の戦いを睥睨する。





『良いか?俺が竜骨機で相手すれば勢い余って紅影を殺してしまう危険がある!

お前が相手しろ!!その間に俺が蒼影を始末し2機で紅影を生け捕るのだ!』


『承知!!』


赤い竜骨機に乗る土民吾が緑の竜骨機を操縦する上忍に指令を飛ばすと

通話に使った忍具伝話でんわというヒモが付いたコップのような物を引き戻し、

2機の竜骨機が背中に斜めに掛けている巨大な斬馬刀を引き抜いて構えた。


身長10メートルはある竜骨機がそれより長い全長12メートルはある

巨大な刃を構える。息を呑むほどの迫力だが紅影と蒼影は何の迷いも無く

駆け出す。


それに合わせて2機の竜骨機も駆け出した。超重量の巨体が忍者のような

身のこなしと速度で駆け抜ける!!


ダンッ!!!!!


緑の竜骨機が身長の10倍もの高さに跳躍する。10メートルの機体が

100メートルの高さにジャンプしたのだ。


『紅影覚悟!!我が刃を受けてみよ!!!』


拡声器で吠え立てながら100メートルの高さから巨大な斬馬刀で斬り降りて

来た!直撃すれば骨も残らず木っ端微塵だろう。


ドッゴオオオオオオオオオオオ!!!


凄まじい斬撃が大地を揺らし小規模ながらクレーターを形成する。

恐ろしい攻撃だが大振りだ。


難なく回避した紅影は歯を向く猛獣の笑みを浮かべ、


「アタイの相手はお前か。命知らずの代償は高くつくよ!!」


紅影は指で印を結び闇大将軍相手に使おうと思っていた忍法を用いての

本気の攻撃を仕掛ける。


「忍法!!影分身!!!」


忍法が発動すると紅影の左右に本人と同じ姿の分身が現れる。

この分身は一撃で消滅してしまうが自立的に行動し、本体と

同じ攻撃能力を有するのだ。


見分けの付かない3人の紅影がそれぞれ24本の切断髪を展開し

恐ろしい勢いで竜骨機に襲いかかる。


ワザと大振りな攻撃で紅影の注意を引いた竜骨機の操縦者は

戦慄の表情で紅影の攻撃に対応しようと操縦桿を握り締めた…




一方の蒼影は跳躍に次ぐ跳躍で猛烈な魔力弾の連射を回避していた。


赤い竜骨機の胸部装甲が開き魔道砲の発射口を露出。竜骨機に標準装備されている

戦列艦の主砲クラスの大口径魔道砲を容赦無く浴びせかけ蒼影を追い詰めようと

している。


ズギュウゥゥゥン!ズギュウゥゥゥン! 


ドゴオォォン!! バゴオォォン!!


「うっとおしいなあ。砲撃が邪魔くさい上に無駄にデカくて急所狙い

がやりにくいって!!うぜぇ!」


文句を言う割りに余裕の回避を続ける蒼影。長刀を抜いて攻撃の機会を

伺っていると後方の血愕斎からアドバイスの声が届いた。


「標的の大きさを考えよ。出し惜しみせず本性・・を現した方が

効率良く仕留められるのではないか蒼影よ。」


「お言葉ですが血愕斎様!今のこの姿が俺の本性ですよ!!」


そう反発しつつも戦いの効率を考えると血愕斎の言に一理ありなので

蒼影は小さくため息をつくと変身を開始した。


蒼影の姿は瞬間的に膨張し巨大化する過程で翼が生え長い尻尾を伸ばし

全身をサファイアブルーの青い鱗に覆われた。


現在の蒼影の姿は希少な竜族、ブルードラゴンの若竜であった。よく見れば

角が根元から削ぎ落とすように切り落とされており頭部にいささかの違和感

がある。


人間形態でも目立つ角は蒼影自らが切断し、額の鱗を前髪で隠し忍軍以外の者に

その正体を知られる事は無いよう工夫した結果である。


竜の姿だが後脚で立ち上がり右前脚で長刀をクナイのように握りしっかりと

構えを取っている。それは無理に人間体型にされた竜骨よりよほど人間的、

いや忍者的であった。



そう、蒼影は忍犬ならぬ忍竜なのである!!




ズギュウゥゥゥン!ズギュウゥゥゥン! 


ドゴオォォン!!


すかさず魔道砲の連射を放つ竜骨機だが大きくなっても速度と技量は

落ちておらずブルードラゴンと化した蒼影は華麗に回避して見せる。


「ぬははははっ!それが貴様の強さの正体か!だが珍しい種族とはいえ

所詮ブルードラゴンは下級ドラゴン。この竜骨機の戦闘力判定はあの

ミスリルドラゴンと同水準じゃ!どう足掻こうと貴様に勝ち目など無いわ!」


赤い竜骨機の中で勝ち誇るように吼える土民吾。だが彼は勘違いしていた。

蒼影の強さはドラゴンだからではない。ドラゴンの体力と生命力で限界を

超えるような過酷極まる修行を積んだ事で屈強の強さを得たのである。


「忍法!!影分身!!」


蒼影は左前脚の指で印を組み術を発動する。彼はドラゴンのまま全ての

忍法が使えるのだ。そしてストイックに積んだ修行の結果も全て忍法に

反映されている。紅影の分身の術を遥かに上回る10体の分身ブルード

ラゴンが出現し一斉に土民吾の竜骨機に襲いかかったのだ!!


「ぬおおおおおおお?!」


いきなり体格で匹敵するドラゴン11頭にタコ殴りにされ慌てる土民吾。

それも蒼影の攻撃は鉤爪や尻尾などの原始的な攻撃ではなく修練を積んだ

長刀での斬撃や体重を乗せての当身技であり竜の骨を原料に古代魔法文明

の技術で組み上げられた超性能のゴーレムと言えど全身が軋むダメージを

受ける。


特に全身の甲冑は分厚い鋼鉄で出来ているとはいえ通常装備だ。

一時的な強化魔法のエンチャントはかかっているが焼け石に水で

徐々に破壊されていく。


ヴァカン!!


遂に兜の一部、顔面を護る面具が破損し大きくズレた。

その奥に見える竜の頭蓋骨。操縦席は頑丈な頭骨に守られ

ているがその骨の目の空洞に土民吾の頭部が少し見えた。


能面の生成面を着けた土民吾と蒼影の目が一瞬合う。


 

  シュイン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



その瞬間、蒼影から土民吾の顔に極細の何かが撃ち込まれた。


「うがぁ?!」


パッカーン!!!


能面が真っ二つに割れ土民吾の眉間を高威力の何かが貫いた。


それは蒼影が吹いたブレス攻撃だった。ブルードラゴン種は凄まじい水圧を

乗せた水流を放つ激流ブレスを吹く。その水の威力は城壁に穴を穿つと言う。


だが蒼影は過酷な修練を重ねブレスを極限まで細く絞り撃てるようになっていた。

直径1㎜以下の水流は集束し続けながら本来の激流ブレスの数百倍の水圧がかかる。


原理的には怪人ウオトトスのウオーターカッターブレスと同じであり凶悪な威力も

遜色が無い。ただウオトトスのブレスが溶解液に対し蒼影のは真水という違いが

あった。だが蒼影は予備動作無しにブレスを撃てる上に人間形態でも使いたい

放題、僅かでも口が開いた状態であれば会話中でも使用できるのだ。


極細の超水圧ブレス。当然その扱いに蒼影は熟達しており僅かの隙間があれば

どんな小さな目標にも正確に命中させる事が出来た。額をブレスで打ち抜かれた

土民吾は一瞬で即死し、操縦者を失った竜骨機は糸の切れたマリオネット人形の

ようにその場に崩れ落ちる。


「ちぇっ!紅影に負けたかぁ。」


倒した機体を一瞥し周囲を確認した蒼影は紅影が先に緑の竜骨機を

倒しているのを見て苦笑い。


紅影は分身の髪を含め計72本の切断髪の総攻撃を叩き込み竜骨機の

両足を切断。実は強靭な竜族の骨を切断するのは中々の快挙なのだが

紅影は稽古試合で蒼影の骨を折ったり折られたりした経験があり特に

気にせずさっさと止めを刺した。


脚を奪い動きを止めた竜骨機の兜の隙間に紅影は髪を送り込み、

操縦席に侵入した髪は操縦者の首に巻き付いて質量を増しつつ

首を絞め落とし勝利する。蒼影とはタッチの差だった。


強大な力を持つ竜骨機は確かに破軍兵器であった。だがそれを打ち破った

紅影と蒼影もまた破軍なのであろう。


この戦いを見ていた江戸主水は絶句する。そして他の方面の戦いに目を向けても

絶句、絶句!絶句の連続で般若の下の顔色が悪くなるだけで言葉を発せられない。



後背の森では死紋衆と狼賀忍軍が激突していた。


深緑の忍者装束に簡易な鬼面を被った死紋衆の下忍達が超人的な身体能力で

駆け抜け跳躍し手裏剣や忍者刀で攻撃を仕掛けてくる。


黒の忍者装束の狼賀忍軍の下忍達もまた超人的な動きで駆け抜け跳躍しながら

自動小銃マクンバやハンド・グレネードガン、手榴弾で応戦した。


そう、この狼賀の下忍達は新勢力ガープから近代武器を供与された

科学忍術隊であった。体術や忍法で互角ならば武器の差が顕著に出る。


まるで卵と鉄球をぶつけ合わせたかの如くに一方的な展開となり

死紋衆は壊滅してしまった。


「おのれぃ!!」


死紋衆を指揮していた晒咎は怒り狂い、背負った海亀の甲羅を前に放つ。


甲羅は裏に張られた忍術呪符の効果で空中に留まり浮かぶ。この甲羅は

秘伝の忍薬と儀式で鋼の刃も通さぬ硬度に達し、更に魔法耐性のポーションを

練りこんだ漆を職人技で塗り込めた逸品。高い防御力をもって自動的に晒咎を

守護する盾となる。


甲羅に守備の全てを任せミスリル鎖鎌の達人技で敵を葬って来た晒咎。

その晒咎を仕留めようと狼賀忍軍を指揮していた上忍が前に出る。


「身の程知らずのザコめが!!貴様では相手にならん!!血愕斎か紅影を…ぎっ!

ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」


科学忍術隊を指揮する上忍は無言で高X線レーザーガンを放った。


有効射程を超えると馬鹿みたいに威力が落ちるが有効距離なら驚くべき

威力を発揮する携行火器のレーザーガン。


かつてポラ連邦の兵器試験場で標的の人形を貫通し背後の鋼鉄の支柱まで

赤熱化し大穴を開けて連邦首脳部を感嘆させたその威力はカメの甲羅なぞ

簡単に撃ち抜き晒咎に命中した。


胸の心臓を撃ち抜かれ絶命した晒咎は高熱のレーザーにより発火。

そのまま人間松明と化し一撃で即死から火葬へと処理されたのである。


「…な、何とした事ぞ……」


江戸主水は愕然としながら周囲の様子に翻弄された。


空には異形の飛行艇が舞い鮫村城の鬼瓦などの砲撃拠点を破壊し、

銃列を敷いた黒衣の戦闘員部隊の圧倒的火力に怪物兵団がバタバタと

薙ぎ倒されて行く。ここでようやく主水は事態を悟った。


「しまった!!すでに新勢力ガープの軍勢が合流しておったか!!

ぬかったわい。どうやら出し惜しみする余裕は無いようだな。」


主水は勝つ為ではなく生き残る為に手持ちの戦力を全て投入する事を

決断した。もはや紅影の生け捕りに拘る余裕は無い。


ピイイイィィィィィィ!


器用な事に主水が般若面の上から口元に指を当て指笛を吹くと

堀の水面が大きく波立ち始める。


ザッパアアアァァン!!


堀の水中から新手の竜骨機が次々と姿を現す。

 

水面から上半身を出し腕組みする竜骨機がずらり9機が並んだ。

最初に上陸している江戸主水を肩に乗せた機体を含め10機の

竜骨機が参戦するのだ。これは容易ならぬ戦力といえる。


全竜骨機に主水が攻撃開始の号令をかけようとした時だった。


突然、あたり一面に淡い光りが辺りを包む。直ぐに消えた光、場にいる人々には

良く分らなかったが上空から見ると鮫村城を中心にドーム状に光りが包み五つの

拠点から光りの線が延び一瞬だけ光の五芒星が現出した。その正体は……


「闇大将軍閣下!!赤玉の賢人ラーテが鮫村城に出現しました!即座に

転移阻害結界を発動し彼奴めを袋の鼠に致しましたぞ!」


「よっしゃ!!ここが俺の出番って事だな!」


陰陽師の羽庭の興奮気味の報告を受け闇大将軍が戦闘形態に変身した。

あまりの禍々しく凄まじい姿に初めて見る周囲の人々が後ずさるが

それに構わず闇大将軍は触椀と両手を前に構え、


「死にたくなかったら俺の前から退避しろ!出来れば周囲からも離れてくれ。

万が一巻き込まれたら絶望しかないぞ?」


そう宣言し、味方が退避したのを確認すると鮫村城を真正面に捉え闇大将軍は

攻撃技を撃ち放つ!


「喰らえ!超重力波グラビティ・タイダルウェイブ!!!」


どうやっても表記出来ない轟音を響かせ、放たれし超重力波攻撃が猛進する。


超重力波グラビティ・タイダルウェイブとは極めて強大で特異な作用をする

集束重力波である。超重力と反重力を交互に発生させ異常極まる重力波を

発生させる。その交替速度は1秒間に1億回以上で破滅的な破壊力を産み出し

敵対目標を容赦無く粉砕するのだ。


超重力波は堀を渡り鮫村城へと直進する。堀の中で腕組みしたまま整列していた

9機の竜骨機は巻き込まれ一瞬で粉砕され消滅。そのまま鮫村城の御殿と天守閣を

完全破壊し御殿の立っていた主郭の石垣の上半分も消し飛んでしまった。ここまで

かかった時間は僅か0,1秒である。


ゴゴゴゴ……


瓦礫の崩れる音が聞こえ、金縛りのように凝視していた敵味方の者達は

ようやくそれが現実の光景だと理解した。


「…こ、これは…。」


死紋衆の頭領、江戸主水はその場にへたり込み、力無く呻き声を

あげた。斜めにズレた般若面を直す事すら出来ないままに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ