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8 戦乱の帝国 赤の皇女 上

今回の話は長くなりすぎたので分割投稿いたします。


その少女は鮮明な赤い髪を持っていた。ルビーのような真紅の髪と真紅の瞳。




年齢に釣り合わぬ重い責任と義務を背負いまっすぐ前を見つめる姿勢と

凛とした表情にぶれは無い。



その整った顔に厳しい表情を浮かべ紅蓮の炎を上げ戦いの喧騒に包まれた

巨大都市を見据えている。



「殿下ぁ!メッサリナ皇女殿下!帝都に炎が!帝都が燃えております!」


周りの侍女や侍従達が自分より歳若い赤髪の少女に頼り縋りつくように

泣き叫ぶ。



「皆、落ち着きなさい。慌てたところで事態は良くはならないわ。」



帝都で燃えさかる戦火から目を逸らさず真紅の髪を持つ皇位継承者

アルガン・ゴナ・メッサリナ皇女はきっぱりと言い切る。



大アルガン帝国千年の都にして巨大都市、帝都バンデル。3重の城壁に

守られた帝国の中枢は今、突然の戦闘による混乱の極みにあった。


ここは帝都郊外にあるメッサリナ皇女派閥のレクトール選帝侯の

離宮である。武闘派の選帝侯だけあってここは上級貴族の宮殿と

言うより城塞であった。


堅牢な防壁を持ち不測の事態に備え強兵で知られるレクトール

騎士団の精鋭部隊が次々と配置についてゆく。




本来は今頃には皇位継承者の選出の為の最初の選帝侯会議が

開催されている頃合であった。むろん1回の話し合いで済む

ような話ではなく水面下の駆け引きなど様々なプロセスを

経ながら幾日も会合を重ねていくはずであった。


まさか利害を調整しようやく漕ぎ着けた初回の会議での戦乱勃発は

予見できなかった。


側妃ヤネルとその子であるザルク皇子、そしてザン・クォーク選帝侯が

結託して挙兵。選帝侯会議に集っていた他の皇位継承者や選帝侯、他派の

貴族を襲撃したのだ。


継承権は会議で決まるとはいえ暫定の順位がありザルク皇子は最下位。

その勢力は小さく本来ならば帝位が巡って来る事は無い。


常道で望みが叶わぬなら非道で。


ザルク皇子の母である側妃ヤネルはドラゴンに変身する竜人の国

ラゴル王朝の貴族出身であり自身もシルバードラゴンの化身。


密かに故国に支援を求めるヤネル妃。巨大帝国を竜人の支配下に置く好機と

見たラゴルの竜帝王は密かに支援の手を打った。


ラゴル王朝からの使節団として帝都入りしていた使節が実は全員が

ドラゴンに変ずる貴族階級の変装であり、その日全員がドラゴンに変身し

側妃ヤネル派のザン・クォーク選帝侯の軍と共に決起したのだ。


最有力候補の一角であったメズマザル皇子を始め幾人かの皇位継承者が

倒れ、危うくメッサリナ皇女も逃げ遅れそうになった。


ザルク皇子派に立ち向かったのは有力候補であったリーナン皇子と

その支持者であった。


リーナン皇子の母は妖精国ミーツヘイムより輿入れしたハイ・エルフであり

その陣営には妖精王クリークより派遣されていたハイ・フェアリーにして

最強の精霊使いアスニク姫がいたのだ。


アスニク姫が召喚した上位精霊のフェンリルやビヒモス、イフリートなど

がザルク皇子派のドラゴン共に対し帝都を舞台に真正面から激突。激しい

戦いは続いている。



悔しげに帝都の戦乱を見つめるメッサリナもまた最有力の

継承権者の1人である。


亡き皇太子パトロスの同腹の兄妹であり帝国最大の勢力と通常兵力を

持つレクトール選帝侯を血縁に持ち軍務経験などを通じて全帝国軍を

動かす指揮系統を掌握しているのだ。


だが…


「ザルク皇子やリーナン皇子が既に外部勢力を呼び入れていたとは。

このワシともあろう者が何たる手落ち。我ながら情け無い。」


海賊の親分のような恐ろしい面構えの初老の巨漢が鎧姿のまま

悔しげに頭を振る。


「レクトール選帝侯、いえ叔父上。どうか気落ちしないでください。

まだ挽回は充分に可能なのですから。」


「申し訳ありません殿下。こんな事態になると予見出来ていれば我等も

ラースラン王国から魔導空中艦を借り受けていたものを。そうしていれば…」



メッサリナ皇女派にも外部にラースラン王国という有力な支援勢力を持って

いた。しかも早い段階でラースラン王国側から事前に空中艦隊の供与の打診が

あったのだ。


最新鋭のギレネス級戦列艦を含む巨大な戦列艦5隻、装甲コルベット10隻と

砲撃艦が10隻の艦隊に百戦錬磨の乗組員をつけて派遣する用意があると。



「あの時、時期尚早と派遣を保留にしたのが裏目に出るとは。あの規模の

艦隊がいま手元にあればドラゴンの群れや上位精霊とも互角に戦えたはず!!」


「過ぎた事を悔いても意味は有りませんよ叔父上。問題だった事を記憶に留め

次に生かせばよいのです。それよりも今後の方針です。」



通常兵力において圧倒しているがまとまった戦力はレクトール選帝侯領にあり

押さえている指揮系統を通じて檄文を発し帝国軍全てを掌握しても動員や集結に

相応の時間を要する。今の手元に大きな戦力は無い。



「まず殿下の指示された通り我が選帝侯領の軍に動員令を魔道通信を

通じて下命しました。集結次第、戦闘態勢に移行できましょう。次に全土の

帝国軍に仮の勅命と檄文を殿下の名で発しましたが署名文書を直接送付

せねばならず現地到着まで時間が掛かるかと思われます。」


「さすが叔父上。本当に仕事が速い。これで机に座る仕事から

次に移れるわね。」


「檄文の文面と各文書への署名を殿下が書き終えておられたからですよ。

それよりも撤退計画についてですが再考すべきではありませんか?」


「再考…ですか?」


「私と共にレクトール選帝侯領まで撤退いたしましょう。殿下の

御身は我が騎士団と私めが命を賭してお守りいたしますゆえ。」


「レクトール第1騎士団の忠誠と精強は疑ってはおりません。

ですが私が無事に撤退するまでに少なくない犠牲が出るに違いないのです。」


「殿下。」


「それに叔父上の案では侍女たち非戦闘員は取り残される可能性があります。」


「非戦闘員なれば降伏すれば身の安全は図れるのでは?」


「帝都の動乱をリーナン皇子が制すれば大丈夫でしょう。ですが

ザルク皇子派に掌握されればドラゴンが来ます。彼らラゴル王朝は

竜人以外は奴隷、いえ家畜以下の扱いをする惨い選民思想の国です。

捕われば情報を得る為に拷問され命を奪われるでしょう。」


「・・・。」


「叔父上が心配なさる気持ちも分かりますが既に決めた脱出計画を用いての

撤退こそが最善手なのです。」


皇女の強い瞳が決意を翻す事を拒否していた。





レクトール候宮から非戦闘員達が退去して行く。レクトール騎士団や

皇女の旗印が残っているので先に脱出して行く彼らにはあまり注意が

向けられなかった。


むろん皇女が紛れて逃亡しないか変身や幻覚の呪文を破る対抗魔法で

調べられるが全員が本物の使用人なので問題は無く去っていく。


さらに関係者ではない出入りの業者や商人も立ち去る準備を進めていた。




そしてレクトール候宮の地下倉庫の小部屋においても重要な準備が進んでいる。



「このような事をしなくても転移門が使えましたら安全に脱出できました

でしょうに、、、。」



騎士団の女騎士がメッサリナ皇女の着替えを手伝いながら悔しげに

言う。



「選帝侯会議の期間中は帝都周辺での転移門の設置も門を稼働できる

上級魔道師も出入りは禁止よ。仕方ないわ。」


「しかし皇女殿下、密かに魔術師を手配しておけば宜しかったのでは?」


「同じ事は敵側も考えているでしょうね。もし敵が最上級魔術師を

用意していたら転移に干渉してレクトール領ではなく敵の牢獄に

出るような事も考えられるわ。」


「最上級魔術師など魔術師ギルドによほど太いパイプが無ければ

用意できるはずはございません。」


「可能性は排除できないわ。それよりどう?似合うかしら?」



着替えを終えたメッサリナ皇女が女騎士に向き直る。


結い上げられていた真紅の髪は下ろされ、その身に纏っているのは

粗末な貫頭衣と靴代わりの粗末なサンダルだけだ。


腰の辺りをベルト代わりに紐で結んだ貫頭衣の裾は股下ギリギリの

短さで少しでも動けば下着が見えそうである。



思わず女騎士は声を上げた。



「やはりダメです殿下!!そのように素肌を晒すなど!お御足や腕が

丸出しにならぬよう品位ある衣服にお替え下さい!」


「品位ある服を着た奴隷などいないわ。それより『仕上げ』をおねがい。」



用意された服の中で1番粗末な物を選択した皇女は絶句する女騎士に

次の用意を促すと女騎士は鈍い光を放つ鉄の首輪を取り出す。



「…失礼いたします。」


女騎士は皇女の首に首輪を取り付ける。付けた瞬間なにやら

奇妙な文様が浮き出て光りそして消える。



「これは本物の『隷属の首輪』です。奴隷自身では外せない上に

主人の意向に背く行為や発言を行おうとした場合かなりの苦痛と

衝撃を受けます。どうぞお気を付け下さい。」


「ありがとう気をつけるわ。それでは行きましょう。」



小部屋を出る扉の前で皇女はもう一度振り向き、



「ここを出たらもう只の奴隷と騎士様よ。互いに態度と言葉遣いに

気を付けましょう。では騎士ゼノビア、貴方の武運を祈ります。」


「私の名をご存知で!、、はい!皇女殿下もどうかご無事で

レクトール選帝侯領にて再会いたしましょう。」



バタン



部屋を出るや女騎士ゼノビアはメッサリナ皇女の両手首に

鎖で繋がった手枷を嵌めて厳しい表情のまま



「ぐずぐずしている時間は無い。さっさと行くぞ。」


「はい。」



そのまま地下倉庫からすぐの物資搬入口まで奴隷姿のメッサリナを

引き立てていく。



搬入口付近は脱出しようとしている商人たちとその隊商馬車が

何台もあり、そのうちの1台へとゼノビアとメッサリナは向かう。



鉄格子の嵌った荷台を持つ馬車の傍らで恰幅のいい男が待っていた。



「待たせたなラハブ、出発の準備は出来ているか?」


「お待ちしておりましたゼノビア卿。ええ準備万端ですとも!」



にこやかに笑みを浮かべたまま奴隷商人のラハブは応えると

視線を奴隷姿のメッサリナに向ける。



「コレが例の売約済みの奴隷ですか。なるほど、なるほど。」



ラハブは上から下までメッサリナを目視で検分する。


整った顔立ちや豊かな胸元、丸出しに近いふとももに目線が

走るが好色の色は無くあくまで商品を値踏みする眼だ。



「なるほど美しい娘ですが私が頂戴した報酬ほど値打ちがあるとは

思えませんな。買い取られた方はこの娘がよほど気に入ったと見える。」



「そうだ。先方は尊い御身分の方でこの娘を大変に気に入っておられる。

この娘を悪く言ったり傷1つ、アザ1つ付けてもお怒りになるだろう。

必ず無事に輸送しお届けするのだ。いいな。」



「おお怖や。ですがご安心を。レクトール選帝侯領への街道は手馴れて

おりますし荷を連れて行くだけで充分な報酬と上客となりそうな新しい

顧客との縁も結べそうだ。必ず無事お届けいたしますよ。」



機嫌を悪くしたような女騎士ゼノビアの言葉に自信たっぷりに

奴隷商は応える。そしてすぐ出立するといって檻になっている

荷馬車の鍵をあけて戸を開き、


「ほれ、さっさと乗れ。」


メッサリナの手鎖を引きお尻をパシンと軽く叩いて荷馬車に押し込めた。


その瞬間、女騎士の視線に殺意が込ったが歯を食いしばり必死に

気持ちを押さえつけ動き出した奴隷商の荷馬車を見送る。



(どうぞご無事で皇女様)



奴隷商一行を始め多くの者達にメッサリナを只の奴隷と説明し

本当の身分は明かしていない。


万が一に検問などで奴隷商が引っ掛かり読心の呪文などで心を読まれても

本当に奴隷売却の仕事をしていると思っているゆえ問題は無い。



まさか皇位継承権を持つ皇女が本物の隷属の首輪を嵌められ

奴隷として売り飛ばされるとは思われまい。


奴隷商の馬車が搬入口から見えなくなるまで見送った女騎士ゼノビアは

計画の成功を願いながらその場を後にした。




メッサリナ皇女の脱出後、レクトール第一騎士団は要人守護の決死の

撤退ではなく堅実な撤退作戦を決行しザン・クォーク選帝侯の軍や

主戦場から送られた何頭かのドラゴンの追撃を振り切り脱出。


ザルク皇子派とリーナン皇子派の戦闘が終結していない以上、追撃での

深追いを断念した攻撃隊はレクトール候宮の占領をもって成果とした。



レクトール候宮には金銀財宝を敢えて残し、オマケにデタラメな内容

の重要書類を本物のレクトール選帝侯やメッサリナ皇女の署名入りで

大量に残されていたのだがザルク派軍はまんまとこの毒餌に引っ掛かり

貴重な時間をメッサリナ派に稼がせる事となる。




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