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75 中将の悲嘆



新勢力ガープに転移の力は無い。



似た物として開発中の物質転送装置は実現段階に入っているが対象を素粒子に

分解する過程を経る為に無生物しか送れず消費電力も膨大な上に一定の確率で

転送失敗が発生し通常の運用に耐えうるシロモノではなかった。



なので現在、神聖ゼノス教会との陰鬱な交渉に続きクー・アメル朝との

交渉を終えた烈風参謀が搭乗する時空戦闘機ハイドルはマッハの速度で

次なる目的地、北の大国ポラ連邦へと急行している。


「ふむ、どうやら聖戦参加各国との講和交渉は順調な滑り出しとなった

ようだ。入念に事前準備と根回しをした効果が出たな。」


「ですが充分な時間が得られていれば事前に和平を成立させ講和交渉の場は

ただの調印の為のセレモニーにも出来たでしょう。」


戦闘員№76のワガハイは各方面から届く報告を読む烈風参謀に

応え工作活動の期間に時間的余裕が無かった事を残念がった。



「ふっ、限られた時間、限られた条件で最善を尽くすのがプロフェッショナル

だろう?さて、後は聖戦に参加しなかった列強諸国、妖精国ミーツヘイムと

ラースラン王国、そしてツツ群島国に特使を派遣する。まあ、これは名目で

ツツ群島国に行く特使は闇大将軍と戦闘部隊になるがな。」


自信に満ちた声で応える烈風参謀。ちなみに一部が聖戦参加した大アルガン帝国は

入念な講和交渉を重ねている事になっているが実際は無線通信で次期皇帝に即位と

なる予定のメッサリナ皇女にメールを送っただけで済んでいる。後はもっとも

都合の良いタイミングで講和成立を発表するだけだ。


「………あと1ヶ国残っておりますが?」


「…ああ、例の詩人国王か。タンバート王国からの交渉開始条件は『王たる

者同士で直接対話』との事。だから闇大将軍がツツ群島国へ向かう途中で

寄り道してもらう事になった。そう言う事情なので将軍には怪人形態で

タンバートのパーデス王と会ってもらう。」


「弱小国なのに威嚇効果が高過ぎませぬか?!闇大将軍の怪人形態はバケモノ過ぎ

ですぞ。きっと国王以外のタンバート王国の人々は涙目ですよ。可哀想に…」


「……うむ、まあそこは闇大将軍の手腕に期待するほかあるまいな…」


烈風参謀もいささか同情的に応えるしかない。元々がタンバート国王が望んだ

条件なのだ。それに一悶着なども無いだろうと楽観もしている。闇大将軍は

見た目と違い強硬論などと程遠い柔軟な思考の持ち主でありその手腕は任せる

に足る力量を備えていると烈風参謀は評価していた。


「タンバート王国にとって悪い結果にはしないつもりだ。せいぜい

オバケ屋敷を体験する思いで交渉して頂き妥結した結果に安堵して

貰うとしよう。」


「オバケ屋敷ですか…。」


「それよりも我々の仕事だ。っと言ってもクー・アメル朝との交渉が

スムーズだった故に時間に余裕が出来、仕事の段取りが早く整ったのは

僥倖だった。ふふ、クー・アメル朝の指導体制はあなどれん。近い将来に

弱小国から抜け出し大いに躍進するだろうな。」


ワガハイも大きく頷き、


「クー・アメル朝のオトメス王妃は噂以上でしたな。あそこまで

的確に情勢を読み先手を打てる人材はそう多くはありますまい。」


「ふふふ、オトメス王妃はむろんだが国王ハヌビス三世もなかなか

の大人物だぞ。」



ワガハイの言葉に烈風参謀が応え、ワガハイはクー・アメル朝の

王都サヌビアで会見したハヌビス三世の事を思い返した。


国王としては物腰の柔らかい人物で自分の事を飾らぬ物静かな

王様という印象だった。唯一目立つ事と言えば妻である王妃

オトメスの事を誰よりも評価し誇っている事であった。


『我が王妃は素晴らしいだろう?』『我が王妃は国の宝、王妃を

護る為なら我が命も惜しみはしない。』満面の笑顔でそう言いきる

国王は王妃オトメスを褒められると子供のように喜んだ。


逆に王妃オトメスの方が困り気味で何度も国王を窘める始末である。


「あの国王は面子などかなぐり捨て優秀な王妃に裁量権を譲り政治の派手な部分は

王妃に任せ、自身は貧民区の人口や最下級労働者の賃金の調査など地味な仕事に

徹しっている。ここまでくれば王位を王妃に譲り女王にした方が手っ取り早い

がそれはせず…何故かわかるかな?」


「いえ。」


「何か問題があった時に王妃を庇う為だと見る。その時は王妃に権限を与えた

自分が責任を取る。権力と権限は王妃、責任と負担は自分へと。そんな事が

出来る王なぞ中々いないぞ。」


「そうですね。そして国力が向上しクーアメル朝が強国となった暁に王は王妃に

位を譲り女王とするつもりでしょうな。立派な王様です。そして王妃もまた王を

蔑ろにせず深く愛し慕っている様子が見て取れました。」


「それ故の弱点もある。どちらかが囚われ人質にされたら機能不全に陥り

一時的に力を失うだろうな。」


「一時的…ですか?」


「扱いが難しいぞ?もし人質に危害が及んだらあの王妃か王は復讐の化身として

敵を粉砕するだろう。ふふ、純愛で結ばれた存在を害すると後が怖い。」


「純愛ですか。あの聖都ロルクの陰鬱さに比べると実に清清しく思います。」


「ああ、神聖ゼノス教会。予想以上に闇が深かったな。」


烈風参謀の顔に黒い笑みが浮かぶ。


「ゼノス教会の目的は実におぞましい物ではあったが…交渉相手としては

他愛なかったな。もし件の前ザン・クオーク選帝侯が生存し交渉に乗り出し

て来ていたら手こずっていたであろうに。」


神聖ゼノス教会の手駒にして五大賢者の共犯者、そして魔王軍の手先であった

前ザン・クオーク選帝侯。自己中心的で欲望を剥き出しにした各勢力の調整役

を果たし、あまつさえそれに乗せて自身の権益をも獲得して野望達成の糧にして

しまった男。


「よっぽど前ザン・クオーク選帝侯に面倒事を任せていたのだろう。

自ら交渉を行うが内容は稚拙そのもの。人数を集めてのコケ脅しに

我らの目的を検証もせず鵜呑みにした挙句に自分達の野望を暴露。

おそらくあの最高大神官は命令を下した経験しかないのだろうな。」


「所詮は宗教家ですからね。それに提示したこちらの目的もリアリティが

あったのでしょう。『表層記憶移植』の効果が現れたものと推察します。」


表層記憶移植


実は烈風参謀は対テレパシスト防衛策としてガープが行っている表層記憶移植と

いう技術を用いていた。簡単にいうと脳の表層に直接情報を送り込む学習機能を

使い偽記憶を貼り付け表層意識を一時的に偽装する技術である。


烈風参謀が自らの脳に植えつけたのはガープ大首領が生きていて現在のガープの

状況でいかなる野望を計画し策謀を思案するかを量子スーパーコンピューターで

再現シュミレーションを行ったデータであった。


それは魔法を活用した地球征服計画や全異世界征服など苛烈な侵略計画と精神。


もしあの状態の烈風参謀の頭の中をテレパシーで覗いたり魔法を使って心を

読んでもそこに見えるのは滅んだガープ大首領のドス黒い野望だったはずだ。


キーワード1発で表層記憶を只の記憶に変換し不快で邪悪なガープ大首領の

思考を消し去った烈風参謀は、


「交渉手法は他愛なかったが神聖ゼノス教会の目的はとても放置出来ない

危険な代物だ。『神聖』が聞いて呆れる。あれは邪神教団そのものだ。」


「では降臨の議は断固阻止ですな。」


「むろんだ。」


勇者と魔王をゼノス神に捧げる生贄の儀式。世界を救う使命を背負った勇者が

魔王と共に邪悪な神に食われ50年間も噛み砕かれ続けるなどと考えるだけで

総毛立つ。


「脅しただけで確約も取らず我らを思い通りに動かしたと考えている

ゼノス教会を出し抜き奴等の目論見を粉砕して…」



本当に出し抜く事に成功したのか?



不意にわいた疑念と不安。


烈風参謀の中で生まれた疑念は無視し得なかった。予め予想していた

魔法的な誓約や契約書の類で約束を縛る事もないチョロさ。それが

この世界の裏で三千年も暗躍してきた邪教集団の仕事だとすれば

粗末に過ぎないか?


(ゼノス教会だけならまだしも…彼らの裏に黒幕、この世界に顕現し

出現したゼノス神とやらが何処かに隠れ潜んでいる…)


「いかがなさいました?烈風参謀殿。」


「…ふむ、君からの報告でモーキンとゼノスの使徒エネアドとの戦闘の中に

ゼノス神より付与された『全知』なるスキルの事があったな?」


「ええ、私が直接その戦いに参加しておりました故。モーキン殿の力場シールド

を認識した直後に次の一手でエネアドは力場のウィークポイントを見抜きました。

あれは検証や推理ではなくスキルで見抜いたと考えられます。」


全知・・か…もしやゼノス教会側は我々が約束を反故する事を読んでいる…

その可能性はあるな…)


「一旦、ゼノス教会との交渉結果への評価を保留する。一連の交渉を終え

要塞に帰還し次第に情報局で分析と検討を加える。」


「随分と慎重ですな。参謀殿。」


「ふっ、この件で我らが叩き潰す相手は交渉下手な宗教家だけではなく

神を自称する謎の存在だからな。」


不敵に言い放つ烈風参謀。かつて世界征服を目論んだ元秘密結社たるものに

謎の敵にビビって消極的になる可愛げなど存在しない。


打てるだけの先手を打つ思案を纏めつつ対ポラ連邦交渉・工作の準備を

整えている烈風参謀一行を乗せたハイドルはポラ連邦の領空を通過する。



  キュイイイイイイィィィィン……… …… …



眼下に雲海を望む高々度を飛行するハイドル。その操縦席から

烈風参謀に報告が入った。それに応える烈風参謀。


「何事か?問題発生ならば詳細を。」


『天候の急変です。目的地周辺が気象予報と違い強烈なブリザードが

吹き荒れています。飛行・着陸に支障はありませんが不可解な現象で

すので報告致しました。』


ガープは衛星よりのデータと各地上空に放った気象観測気球により

気象観測体制を整えていた。現在、急ピッチで製造が進められている

人工衛星2号機が打ち上げられればこの大陸のみならず惑星全体の

天気予報が可能となるだろう。


中世において正確な天気予報は重要な情報資源である。

海上交易の安全な運行や農業、そして戦争において

確度の高い天候予測は大きな影響力を持つ。


早い段階で整備された気象観測体制によりこの大陸の

天候予測をガープは手中に収めていた。


その『ガープお天気予報』によればポラ連邦首都がある中枢、

ヒエールスク地方の今日の天候は曇りのち晴れの予報であった。


「突然の猛吹雪か…。どうやらポラ連邦は我々の訪問を隠したいらしい。」


「とおっしゃいますと?」


「我々が到着するタイミングで不可解な天候急変。どう考えても人為的な

現象だろう。目的は我らとの接触を隠す事。それも国の内外に向けてな。」


「なるほど、ポラ連邦の仕業ですか。人為的ならば…これは私見ですが吾輩は

ポラ連邦のブリザード発生は自国民向けの隠蔽が主目的だと思われます。」


「同感だな。まあ、典型的な統制国家だという事なのだろう。」


ほどなく時空戦闘機ハイドルはヒエールスク地域上空を駆け抜け、

吹き荒れる吹雪の中に冷厳とそびえ立つ大都市へと到達した。




ポラ連邦首都 ツァーリングラード



ツアーリングラードを確認するとパイロットの戦闘員、№88の通称はっちゃんは

機体を覆う亜空間スクリーンの機能を調整しステルス機能をOFFにする。


(まあ、ポラ連邦側の魔道レーダーにステルスが何処まで機能するかは未知数だが

機体は首都防空圏内に入っている。程なく我らを見つけ確認・警告の通信が…)



  ジリリリリン! ジリリリリン!



はっちゃんの予想より幾分早く通信機のコールが鳴る。発信源はポラ連邦に

供与していた無線通信機だ。


連邦が水面下で接触を図って来た時に情報提供の見返りと今後の交渉を

遅滞無く推進する為に供与していた機材である。


「こちら新勢力ガープ時空戦闘機ハイドル、機体番号GG12.外交使節団搭乗機だ。

着陸許可と誘導を願う。」


『こちら!!連邦航空局管制であります!私は通信技官シポレフと申します!!

初の完全科学式通信機の運用を任せられる栄誉を賜りました!!!そちらの

感度はいかがですか?』


「………感度良好。着陸許可と誘導を願う。」


はっちゃんが憮然と応えていると向こう側の背後に相当数の人員が

いるらしい様子が伺える。やれ『通じました!同志中尉殿!』だの

『遂にガープと初接触だな!』だのとまるで宇宙人との遭遇のような

騒ぎが丸聞こえであった。


結局、


ハイドルが誘導されたのは連邦軍統帥本部である。ここは国防省直轄ではあるが

司令部や参謀本部が置かれているだけでなく2000名という連隊規模の常駐兵力

が存在し地下格納式の空中艦艇港を有し兵器試験場までも備えているという首都に

配置するにはいささか物騒な軍施設であった。


高いコンクリート防壁と有刺鉄線で囲われた統帥本部敷地。


その空中艦港の連絡艇用ポートの鋼鉄扉が開き無音で低空飛行の

ハイドルが誘導に従って着陸態勢を取った。


華美だが防寒性に欠ける服装の若い兵士の手旗信号に従い着艇。

ハイドルがポートから飛行艦用の掩体壕へと入ると同時に扉が閉鎖される。


吹雪から隔絶し掩体壕内部に照明がつくのと同時にハイドル搭乗口が

開き烈風参謀と戦闘員№76のワガハイを始め10名の幕僚が機体から

降りた。幕僚の内5名は戦闘員形態のまま大きなアタッシュケースを

運搬する。ハイドルにはパイロットのはっちゃんとガープ科学陣の

6名が機体に残り待機していた。


烈風参謀らの足元には長い絨毯が敷かれ、勲章をいっぱい付けた将軍らが

ずらりと並び盛大な拍手で出迎える。


よく見ると拍手する将軍らに続いて容姿で選抜したと思われるハンサムな

青年士官が幾人も並んでおり拍手しながら笑顔を烈風参謀に向けた。


おそらく来訪するガープ代表が女性だと知り用意したのだろう。

これが闇大将軍や死神教授だったら選り抜きの美女を揃えたに違いない。


(なんとまあ使い古された手法を…)


内心で苦笑いしつつ烈風参謀は颯爽と歩み出てこの場の責任者と思われる

人物の前に立つ。


カーキ色の軍服に大量の勲章をジャラジャラ付けた人物と烈風参謀は

向き合ったまま同時に敬礼を行った。


「ようこそガープ使節団の皆様。私はこの統帥本部の防衛を所轄する

トンドロポフ大将であります。」


「歓迎に謝意を。新勢力ガープを代表して参りました烈風参謀と申します。

よしなに。」


トンドロポフは笑顔で頷きながら情報局からの報告を脳内で反芻する。

曰くガープの烈風参謀とはガープの最高幹部の1人であり単独で参謀長と

外務大臣を兼任する優秀で油断ならない人物であるとの事。


(烈風参謀殿の方でも我々の事を調査しているだろう…ここはもう

下手な芝居はやめて無難に凌ぐべきか…)


トンドロポフは権威主義の小物を装うべくこれみよがしに勲章を付けたり

好色を装った目線を向ける行為で本性を欺いていたが実際には明晰な頭脳を

持ち処世術に長けた男だった。野暮ったい中年男という自身の外見も利用する

狡猾さを持つトンドロポフは安全第一で行く事に決めた。


「それにしても機械の様に正確な時間で到着されましたな。流石です。

ガープの皆様なら予定の遅延などありえないでしょうが補佐として

滞在期間中はこちらのシノービチ特務少尉を皆様に随行させます。」


トンドロポフが目線を送ると控えていた目付きの鋭い青年が前に出て

敬礼する。


「ご紹介にあずかりましたシノービチ特務少尉です。滞在期間中は

新勢力ガープの皆様の補佐・・をすべく粉骨砕身に働く所存です。」


一瞬、烈風参謀とシノービチがアイコンタクトを交わす。


実はシノービチはガープの傘下に入った狼賀忍軍が送り込んでいた隠密であった。


ガープの要請を受け狼賀忍軍が以前から送り込んでいた隠密に工作活動の下準備を

開始させていたのである。今後は彼らの手引きで次々と忍者が送られてくる手筈に

なっていた。


「お気遣い感謝いたしますトンドロポフ大将殿、今後はこちらの特務少尉殿を

通じて諸事・要望をお伝えすれば宜しいのですな?」


「ええ、彼はとても優秀ですから何でもお申し付け下さい。」


責任転嫁、仕事丸投げする気まんまんで応えるトンドロポフ大将。そのまま

形式的な武装解除と手荷物検査が行われた後にポラ連邦首脳部との会談場所

へと移動する一行。


会談と交渉を行うのは豪華に飾り付けられた大会議室であった。

巨大なポラ連邦の流星旗とガープアイの旗が交差する壇上で連邦側

首脳陣がホストとして出迎えた。


そこで待っていたのはデラーゼ副総統。そして軍を統括するヤーミル元帥と

科学庁長官ポヤッキーであった。


(…やはりステーレン総統は姿を現さないか……)


内心で状況を確認しつつ烈風参謀は堂々と壇上に進み双方が向かい合うと

同時に敬礼する。


実はこの時点で和平が成立していた。事前の話し合いでポラ連邦、

新勢力ガープの双方が和平条件で妥結しており今日の主題は今後の

友好条約から秘密協定の締結にあった。


要するに密約を結ぶ会合でもあるために開催を秘匿する工作が成されたのである。

烈風参謀としては大仰に過ぎるように思えた。普通に和平会談だけを行ったと

発表すれば良いだけではないのか?


(これがこの国の個性だな…)


敬礼の後、相互に名乗り烈風参謀が配下の戦闘員に身振りで手土産を

ポラ連邦側へと差し出させた。


未来的なケースを開くとポラ連邦を象徴する流星マークが刻印された

SFチックな拳銃のような物が収められていた。


「偉大なる指導者、ステーレン総統閣下への贈呈の品です。これは

高X線レーザー銃。我がガープの最新の個人携行火器です。」


 高X線レーザー銃 GGP23


小型軽量の拳銃タイプとしては群を抜く高威力を誇るレーザー銃である。

量産性に難が有るのと所詮は小型軽量の拳銃サイズで主力兵器となりえず

戦闘員への正式装備を見送られた武器である。


大型化してレーザーライフル化された事もあったが威力に比例して消費電力が

増大し、同レベルの電力を使うなら既に量産されている電磁レール砲の方に

リソースを割り振るべきとして開発が一時中断されたままになっている。


高度科学の兵器の登場に首脳陣は勿論、居並ぶ連邦側の幕僚や軍人達も

目を輝かせ凝視する。その時とんでもない奇声が上がった。


「きょえええ?!そ、それを僕に見せてくれたまえ!!」


上品な科学者といった印象だった科学庁長官ポヤッキーが奇声を上げ

高X線レーザー銃に向け全力疾走で突進しそうになる。


スッ


どべしゃああ!!


強面のヤーミル元帥が無表情のまま足を出してポヤッキー長官を引っ掛け

勢い余ったポヤッキー長官は顔面から床にズッコケた。


「流石にこの場では自重せよポヤッキー長官。それにこの武器は総統閣下への

贈呈品だ。分を弁えねば立場を失う事になるぞ。」


氷の女と呼ばれるデラーゼ副総統から冷厳な声で窘められ消沈したポヤッキー

長官に烈風参謀が優しく声をかけた。


「御安心下さい科学庁長官殿。会談の後に兵器試験場で我がガープの携行武器の

デモンストレーションを行う予定ですがその際に試験用のレーザーガンの試射も

披露する予定になっております。総統閣下に贈呈する最新型には少し劣りますが

充分に強力なレーザーガンの威力を御覧いただけるでしょう。その時に実物を

手にとり存分に検分して頂いて結構です。」


それを聞き萎んだ風船のようになっていたポヤッキー長官は一気に空気が

入ったようにバシッと立ち上がり、


「是非是非是非お願いしますぞ!!正確無比の機械のように美しいガープの

指導者殿!!」


目をギラギラに輝かせ食いついてくるポヤッキー長官の姿に烈風参謀は

死神教授や魔術師ギルドのジジルジイ大導師と同じ人種だと結論付けた。


外見はマッドサイエンティスト系ではなく気品ある老紳士なので度外れた

行動様式にインパクトがあったが。



そんなこんなで始まった会合だがまず最初に和平条約の調印から始まった。

デラーゼ副総統が既にステーレン総統の調印済みの条約文を提示し、それに

烈風参謀が調印する事で和平条約が発効する。


「偉大なるステーレン総統とポラ連邦に繁栄あれ!!国家統制党ばんざい!!」


「「「偉大なるステーレン総統とポラ連邦に繁栄あれ!!」」」


デラーゼ副総統が調印文を掲げ歓呼すると全員が唱和する。むろん烈風参謀も

礼節を重んじ呼応するのだが文言が若干違った。


「国母クレープスカヤの御照覧の元、偉大なるステーレン総統とポラ連邦に

繁栄あれ!!」


水を打ったように静まり返る場の中心に平然と立つ烈風参謀。

完璧な笑顔を浮かべ、


「私どもが知りえた正式な文言ですが間違っておりましたかな?」


「いえ、そうではありませんが…いささかその…古い情報かと…」


歯切れが悪く受け答えするヤーミル元帥。その様子に烈風参謀は

内心で意地悪く笑う。その名がタブーとなっているのは知っていたのだ。



国母クレープスカヤ


勇者スプーチと共に魔王ジュガシビリを倒しポラ連邦を樹立した

建国の母と呼ばれる指導者である。


ステーレン総統が実権を握った後、病気療養と称して表舞台から姿を消し

動静は一切伝わっていない。生きていれば現在71歳のはずである。


ポラ連邦が極端な独裁国家に変わったのはクレープスカヤが表舞台から

退場した時期と一致している。



「……和平条約は成立した。過ぎ去りつつある過去より未来に向けた

話を始めるのが建設的ではあるまいか?」


「同感ですな。実りある未来にすべく仕事に取り掛かりましょう。」




デラーゼ副総統は強引に話をまとめ密約の交渉をスタートさせた。

不都合な事実を覆い隠すが如き態度に笑みをもって同意する烈風参謀。


交渉開始と同時にまず烈風参謀がポラ連邦との秘密同盟に新勢力ガープが

興味を持った理由を説明した。


最初に異世界交易独占による権益を確保する目的でラースラン王国と

手を組んでいる事を説明し、ラースラン王国と組むだけでは目的達成に

不足があると判断したと説く。


「ラースラン王国が擁する魔術師ギルドの魔法と我がガープの科学技術。

相互に異質過ぎて組み合わせる事に難航しております。そこで貴国です。」


流れるような烈風参謀の弁舌は続く。


「魔法と科学を融合した魔道科学が発達した貴国が結節として協力して

頂ければ我らの目的は大いに前進するものと期待する次第であります。

これが1つ目の理由となります。」


「なるほど…で、他にも我が連邦を選択するに至った理由があると?」


烈風参謀は頷き、


「まず、貴国は他の国に比べ数段進んだ高い文明レベルを有する

きわめて優秀な国家です。貴国ならば我々の持つ科学技術の価値を

認めてくれるものと確信しております。」


自尊心をくすぐられ、ガープの補佐をすべく控えているシノービチ少尉以外の

全ての連邦側の人間は満足げな表情を浮かべていた。自分達こそが進歩的文明人

であると考え他国を見下すのが連邦人の気質なのである。


「この世界にやって来た我々は今、空中艦の試験的な運用を行っていますが

主動力である魔道機関の技術移転はラースラン王国に拒絶されました。我々が

持っている技術情報開示を交換条件にしたにも拘らず。」


「何ともったいない!!」


「所詮は蛮族国家だ。宝玉の原石と石コロの見分けも付かん連中よ。」


ざわつく連邦側の声に密かな下心が透けて見える。曰く我々ならその技術を

高く評価し上手く活用して見せますよ。…と。


「ラースラン王国は大切なパートナーだが我々は真の理解者を求めている。

高水準にあるポラ連邦に我々の秘密計画に参加していただきたい。我々と

王国、そして貴国の三者で『枢軸』を結成すれば世界を牛耳る事も可能

でありましょう。」



「極めて建設的な提案である。私としては前向きに受け入れるべきだと

考えるが幾つかの確認事項を質問したい。宜しいかな烈風参謀殿?」


「何なりとデラーゼ閣下。」


烈風参謀の返答に満足げに頷き、デラーゼ副総統は確認事項を問い始める。


「まず、我々の持つ魔道機関の技術を提供すればラースラン王国に開示する

予定だった科学技術情報を我々に供与してもらえるのか?」


「否。」


ポラ連邦側がざわつき、デラーゼ副総統が静かに口を開く。


「……では此方から追加の条件を提示すれば技術移転してもらえる

と言う事だな?」


「それも否です。科学技術の提供は無条件で行う所存。どうせ他の国に

提供しても習得はおろか理解すら出来ないでしょう。貴国、ポラ連邦のみが

我々の科学を理解し習得しうると信じます。ゆくゆくは魔道科学に長けた

貴国と兵器の共同開発を視野に入れる長期計画の策定も考えています。」


瞬間、ポラ連邦側から盛大な歓声が上がった。特に大きな奇声が

科学庁長官の口から上がった。


だがデラーゼ副総統は冷静な態度を崩さず、


「確認するが密約を結べば新勢力ガープは無条件で全て・・の技術情報を

我々に引き渡してくれるのかね?」


「流石に鋭いですな。我々にとって核心的ともいえる技術だけは

提供する訳には行きません。」


デラーゼの氷の表情に僅かな笑みが浮かぶ。


「それを聞き逆に安心した。好条件が過ぎるのは怪しいからな。

で、その核心的技術とはどんな物かな?詳細を話せぬほどの

秘匿技術ならわざわざ口に出しはすまい?」


烈風参謀は微笑むだけで後ろで控えていたワガハイに合図を送る。


軍服姿のワガハイが立ち上がると同時にその身体が急激に変貌した。


常人より一回り大きい外骨格の装甲に覆われた単眼の戦闘員形態へと

変身したワガハイ。それが幻でない証拠に爆ぜ破れたガープの軍服が

足元に散る。


「人間を改造し、このような兵器人間にする技術。これが我がガープの

核心的技術でありアイデンティティであります。こればかりは開示する

訳に行きません。」



「……なるほど。では他の技術なら制限無く開放してもらえると考えて

よろしいのですな?」


「ええ、技術水準で同レベルに近付けなければ共同開発は出来ませんから。

むろん、我が方も魔道科学の技術協力を頂きますし先の聖戦のようなゴタゴタ

が発生した時はポラ連邦は我々ガープの味方になって頂けると期待しています。」



「それについては正式に協定へと組み込んで公文書としよう。だが最初に

アクションを起こすのは新勢力ガープ側としてもらう。まず科学技術移転

を先行して開始して頂きたい。」


「そのつもりで準備して来ました。本日、我々はガープ科学陣の科学者と兵器局の

技術者の精鋭6名と機器と機材、科学論文や資料を伴ってまいりました。彼らは

ここツアーリングラードに残りポラ科学アカデミーに駐留する予定です。」


動じる事無く応えた烈風参謀の言葉にポラ連邦側が興奮を押さえきれぬ

様子であった。特にガープ科学技術陣と直ぐに会わせてくれと懇願する

ポヤッキー長官に優しく語りかける烈風参謀。


「まず我らの兵器の試験が先ではありませんか?長官殿も御執心だった筈。」


「くぅー!!そういえばそうでした!!」


「何事も段階的に進めるべきです。科学アカデミーに駐留する科学者とは別に

大規模な研究施設の建設を提案いたします。将来、共同研究の拠点とするべく

我がガープは最新の設備を提供し人員を送り込む所存。施設が稼動すれば

新勢力ガープの科学部門のトップ、死神教授が顧問に付き全面協力を行う

つもりです。」


烈風参謀が提案した建設予定地はポラ連邦南西部のハヴァロン平原に面する

荒野であった。ガープ要塞のあるハヴァロン平原に面しているため秘匿性を

保ちながら機材の搬入が可能。さらに平原を挟んだ南側の比較的近い距離に

勇者ゼファーの拠点やゼノス聖堂騎士団の根拠地がある帝国領ルアンがあり

魔王の領域が近いが魔王軍の活動は抑制されている。


理想的な適地。


そう判断したデラーゼ副総統は烈風参謀の提案を受け入れ秘密研究施設の

建設を決断した。そうなると独裁国家の動きは早い。その場で建設責任者

を任命し、ガープとの秘密協定の締結と同時に設計・建設準備を開始する

運びとなる。


ここまで烈風参謀の独断場のようだが実際は中身が薄い割りに話の長い

連邦軍人の発言があったり実益ではなく国家統制党の権威にこだわり

議決を渋る高官が現れたりと硬直したファシズム国家らしい融通の無さ

から実際の交渉会議は随分と長引いた。


それでも妥結が近付く最終局面、ガープ側が最後に出した要求に

デラーゼ副総統が聞き返す。


「我らに兵力を出せという事か?烈風参謀殿。」


「はい。我らは近く魔王軍討伐を行う決意。枢軸を組む以上、名目でも良いので

出兵して我がガープ要塞に馳せ参じて欲しいのです。」


「ううむ、しかし…」


「秘密とはいえ同盟を組むのです。本気度と誠意を見せていただきたい。

我々ガープは先の聖戦に参加したポラ連邦の精鋭部隊の派遣を期待しています。」


「聖戦に参加した部隊………混成第2師団か?!」



 ざわ…ざわ…

   

   ざわ…ざわ…


先程よりざわつくポラ連邦側。だがその雰囲気はいささか弛緩したものであった。

そこに畳み掛けるように烈風参謀の強く望む言葉が続く。


「我々は力の源泉である科学技術の提供を交渉前から準備しました。

誠意を持って。私はポラ連邦が誠意には誠意で報いてくれる文明国

だと信じております。」


「1万5千名の兵士に対して6名の科学者の提供ではいささか釣り合わぬ

計算だが我々ポラ連邦の新勢力ガープへの友情の証として要求を受け入れよう。」



何とも恩着せがましいトーンでデラーゼ副総統がガープ側の要求を

受け入れる事を表明し、これをもって全ての条件で妥結した秘密協定

は成立。後の歴史でいう『六月の密約』である。




交渉終了後、ポラ連邦のデラーゼ副総統とヤーミル元帥は幕僚らを

引き連れて統帥本部敷地内を兵器試験場へと向かっていた。


ガープ側は射撃試験で使う火器、連続発射可能な重機関銃や電磁レール砲、

そして高X線レーザーガンの搬入の為に時空戦闘機ハイドルの方へ向かった。

科学庁長官ポヤッキーはスキップするような足取りでそっちに付いて行って

しまっている。


吹雪が止み、嘘の様に晴れて青空が見える敷地を歩きながら

ヤーミル元帥が嘯く。


「油断ならぬ相手と聞いていましたが新勢力ガープの調査能力の

限界が見えましたな。歓呼の文言といい兵力提供の要求に混成

第2師団を指名する事といい粗が見えました。我々の情報局の

防諜体制の手柄でもありましょうが…」


情報局長官を兼務するデラーゼ副総統を軽くヨイショしながら

機嫌よく囀る元帥にデラーゼが応える。


「理論的に考えれば世界情勢に深く関わる戦役に精鋭部隊を派遣すると

考えるのが常道。あの烈風参謀は論理思考を持った合理主義の権化だと

私は見た。合理主義で考えれば一大決戦に使い捨て・・・・部隊を派遣する

など考えつかんだろう。ガープは冷たい機械と考えよ。これが今後の

新勢力ガープをコントロールする手法となる。」


「なるほど。」


「くくっ、1万5千名と6名の科学者、良い取り引きが出来た。

超科学の力を得られるなら三等や四等国民の兵など惜しむ理由

などない。もし混成第二師団が壊滅しても決してガープに苦情など

伝えるな。ガープとの同盟で得られる利益に比べれば混成第二

師団の兵の命など何の値打ちも無いゴミ同然だ。」


「心得ました。混成第二師団は指揮官も三等国民のハーフエルフ。

消滅しても惜しくない。むしろ祖国ポラ連邦の躍進に寄与するなら

彼らも喜んで死ぬでしょう。」


「うむ、我がポラ連邦は大躍進を遂げるだろう。あの小さな飛行機械の

残骸から大きなチャンスを獲得したのは僥倖だった。我らは臆する事無く

前進あるのみだ。」


ポラ連邦の首脳達は気が付かなかった。彼らの上空20メートルで追跡する

その小型飛行機械がいる事を。ホログラフ迷彩に紛れデラーゼ達の歩調に

合わせて飛びながらガープ・ハウニブは監視・記録を採り続けていた……







    ○  ○  ○  ○  ○





ガープ使節団がツアーリングラードに到着してから三日後。

ポラ中央国家統制府の廊下を呼び出しを受けた1人の軍人が

緊張した足取りで先を急いでいた。



ポラ連邦軍少将だったボロザーキンは嫌な予感に目を背けながら

呼び出された副総統執務室の扉を叩く。


「誰か?」


「混成第2師団長、ヤダン・ボロザーキン中将です。副総統閣下の

ご命令により出頭致しました。」


呼び出される直前に中将への昇進の通知。喜び以上に不安な気持ちが

増大する。


見た目はハーフエルフの美少年だが中身は苦労性の中年男。理由の無い

昇進に喜ぶ無邪気さなど霧散して久しいのだ。


(作戦失敗での責任追及や粛清は無かったが…それだけだからな。)


聖戦よりの帰還後、軟禁状態で監視下に置かれた事で生きた心地がしなかったが

蓋を開ければお咎め無しとなった。


目的達成は出来ず大損害を出したが拉致したゼノス騎士団団長の愛人の少年従者が

ゼノス教会が魔王軍の偽装部隊による偽ガープ活動を把握していた事実やゼノス騎

士団の内部情報などの情報をもたらし、その情報を手土産に新勢力ガープとの接触

に成功した事で任務失敗の責任は相殺されたと聞いた。


「お入り下さい中将閣下。デラーゼ副総統閣下がお待ちです。」


人間味を感じないデラーゼの第二秘書に促されボロザーキンは入室する。


執務室内にはデラーゼの他にもう1人重鎮がいた。ラーゴダ連邦軍大将という

ボロザーキンの上官でありヤーミル元帥の腹心として陸軍を仕切る男である。


だが、まずはこの場の最上位者へ挨拶せねばならない。


デラーゼの執務机の前にボロザーキンが来るとデラーゼ副総統も立ち上がり

相互に敬礼をする。


「混成第2師団長、ヤダン・ボロザーキン中将、副総統閣下の

ご命令により出頭致しました。」


「ご苦労。早速だが本題に入る。君は我が連邦が新勢力ガープと和平を

結んだのは知っているな?」


「はい。聞き及んでおります。」


直接関わる部署ではないがボロザーキンも将官の端くれ、新勢力ガープの

集団指導体制の1席を占めるガープ最高幹部の1人が和平交渉の為に

このツアーリングラードへ来訪している事は知っていた。


「今後は和平条約から更に一歩前進し安保条約を結びガープと同盟関係へと

進むべく幾つかの秘密協定を結ぶ事を総統閣下は決定した。そして協定を

結ぶ条件をガープは幾つか出してきたが…その1つに出兵要請があった。」


「………出兵要請…ですか?」


非常に嫌な予感に襲われるボロザーキンにラーゴダ連邦軍大将は

予感的中と同義の命令を告げる。


「ガープ最高幹部の烈風参謀殿から直々の指名だ。聖戦に参加した混成第2師団の

派遣を要望するとな。正式な命令だ。ヤダン・ボロザーキン中将、混成第2師団を

率いガープ要塞に駐屯し新勢力ガープの指揮下に入れ。なお装備一式はガープ側が

用意してくれるとの事なので準備期間は必要ない。動員が済み次第に進発とする。」


「…了解しました。ヤダン・ボロザーキン中将、混成第2師団を指揮し新勢力

ガープと合流いたします。」


(装備無し、丸腰で行けと?!まるで武装解除した人質じゃないか!)


絶望的な気分になったボロザーキンにデラーゼ副総統から追い討ちがかかる。


「ボロザーキン中将、君は一足早くガープ要塞に行ってもらう。本日帰還する

予定のガープ使節団と共に進発せよ。混成第2師団は動員が済み次第に飛行艦隊で

送り届ける。」


「…あの、つまり私1人だけ丸腰でガープ要塞に?!」


「ガープが要求する手土産の護送役としてガープの烈風参謀殿が直々で

指名して来たのだ。…心配するなガープとの和平は結ばれた。非道な

仕打ちを受ける心配は無いだろう。」


ラーゴダ連邦軍大将は同情をこめて言う。


「閣下、その手土産というのは?」


「君が連れ帰ったゼノス聖堂騎士団団長の愛人、少年従者ミルスだ。ミルスは

情報局第5室において尋問を受けたがとりあえず生きている。」


「情報局第5室、確か拷問する所でしたね。」


「そう、拷問する所だ。あの年代の少年従者には効果的だったようで

多くの情報を引き出せた。」


「そんなボロボロの少年従者などをどうして…」


「ボロボロでかまわないらしい。ガープへの敵意を燃やすゼノス聖堂騎士団。

その団長の愛人なら人質として価値があると判断したようだ。あのガープの

烈風参謀というのは相当に冷酷な女だぞ。」


(ひいっ!!デラーゼ閣下に冷酷と言われるなんてどんだけ?!俺は

そんな人の所に丸腰で出張するのか!!)


「とにかくこれは命令だ。困難が予想される任務ゆえ成功の暁には

聖戦前に約束した褒章を与えよう。万難を廃し任務を遂行せよ。」


「はっ!!了解いたしました!」


もとより拒否権など無い立場である。ボロザーキンはヤケクソで

命令遂行に邁進しようと決めた。どうせ悲嘆に沈む暇など無いのだ。








「…うううっ…うぇぇ…」


移動式ベッドの上で拘束されている少年は痛ましい姿だった。

全身を血が滲んだ包帯で覆われ呻きとすすり泣きを繰り返す。

相当の美少年だと言われているが右目以外も包帯で覆われ

容貌は分からない。その右目からは絶えず涙が溢れていた。


「………。」


任務に邁進するつもりだったボロザーキンだが包帯の少年ミルスの姿に

半端無い罪悪感が湧き上り申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになる。


なにせ、こうなった原因はボロザーキンがミルスを拉致した事だからだ。

さしもの苦労人も未成年者の悲惨な姿を目の当たりにして心が揺れた。


結局、ボロザーキンは何も言葉を掛けられないまま飛行艦発着場で

発進準備を整えつつある時空戦闘機ハイドルの元に辿り着く。


あの聖戦で目撃したガープ戦闘員が真面目に作業しているのに

面食らっていると何時の間にかボロザーキンの目前に黒髪の美女が

笑顔を浮かべ立っていた。


「ボロザーキン中将閣下と聖堂騎士団従者ミルス殿ですな。

お待ちしておりました。私が使節団の責任者で烈風参謀と申します。」


優しげな笑顔のほだされて気が緩みそうになったが烈風参謀と聞き

ギシッとボロザーキンは硬直してしまった。何とか気を取り直し

返答すると烈風参謀は当たりが柔らかいままハイドル内へと誘う。


「お気楽になさるといい。機内には快適に過ごせる設備が整っております。」


「分かりました。お気遣い感謝致します。」


空調が稼動する搭乗スペースに入ると、


「この機体はガープ要塞まで直行する予定です。巡航速度が速いので

それほど長時間の搭乗になりませんからご安心を。」



「!!ううううぁぁ!!うえぇぇん!!ああ!!」


口腔内も酷く傷ついているらしく保護のマウスピースを嵌められた

ミルス少年が泣き叫びながら暴れ始めた。どうやらガープ要塞に

連行される事を今始めて知ったらしい。


プス。


「!!!」


戦闘員スタッフがミルスに注射を打つ。


「心配ご無用。これは鎮痛剤です。鎮静効果もある優れた薬剤。これで

少し落ち着いて話を聞いていただきたいミルス殿。」


烈風参謀がミルスに優しく語りかける。


「まず、我々にはミルス殿を手荒に扱う必要はありません。また

危害を加える理由も無いので御安心下さい。」


ミルスの右目が見開き驚きを表す。


「ガープ要塞にてミルス殿の治療を行い全ての苦痛を取り除き

身体を元の状態に戻し賓客として最高の待遇を約束します。これは

無条件で。その上で我々の依頼をお願いするつもりです。」


依頼と聞いてミルスの瞳が不安げな様子になる。


「むろん断って頂いても結構。その時は責任を持って無事に送り返して

差し上げる。ですが依頼を受けて下さった時は我がガープで贈る事が

可能な報酬なら何でも用意いたしましょう。その上でミルス殿はガープ

の協力者として政治的、武力的に我がガープの庇護対象として護る事を

約束する所存。…まあ、今すぐ決めなくとも宜しい。まず身体を治す事

が先決ですから。」


鎮静剤の効果か眠り始めたミルス。彼を医療スタッフに引き渡すと

烈風参謀は呆然と見ていたボロザーキンに向き直る。


「突然の指名にさぞ驚かれた事でしょう、ボロザーキン閣下。ですが

貴方のような優秀な将をこそ我らの計画に必要なのです。」


「優秀?!この私がですか?」


「これはまた御自分を随分と過小評価されているようだ。貴方は聖戦において

我が軍と対峙した敵将。失礼ながら過去の経歴や指揮の実績、提出した作戦案

など詳細に調査させていただきました。その結果、貴方は優秀なのに不遇を託つ

将軍であると私は理解した。」


「……おおお…。」


「下らぬ身分制度のせいで連邦軍内で冷遇されている優れた指揮官。

ポラ連邦政府がいかに閣下を不当評価している事か。この烈風参謀は

閣下の能力を正当に評価し、是非とも協力を仰ぎたいと考えています。」


「感無量です……そこまで認められては是非もない。最大限協力させて

いただきますぞ!!」


「なに、私はただ公平な評価を行っただけ。それは混成第二師団についても

同じ。統制された価値観や評価基準ではなく純粋な戦闘力だけで評価すれば

お分かりのはず。強大な体力を持つミノタウロス兵や機動戦闘を得意とする

セントール兵など種族の特質に合わせた戦術を用いれば無類の強さを発揮する

でしょう。…我がガープが供与する武器を持たせればツアーリングラードを

攻略する事も可能な戦力でしょうな。」


「は???」


一瞬、呆けた表情を見せたボロザーキンだが次の瞬間には

強固な意志を表情に現した。


「連邦軍人として祖国に仇なす裏切りなど組するつもりは無い!!

例え冗談でも肯定する事はありえない!!私にも矜持と忠誠があるのだ!!」


軍人として意外な気骨を見せるボロザーキンに黒い笑みを浮かべ

前方のディスプレイに映像を流すよう合図を送った。


「あれは…デラーゼ閣下にヤーミル元帥?!」


それはガープ到着初日、交渉妥結の後で兵器試験場に向かうデラーゼ副総統と

ヤーミル元帥の姿を撮影した映像だった。そしてその中から聞こえてくる

会話にボロザーキンの表情からどんどん精気が抜け落ちていく。




 『…もし混成第二師団が壊滅しても決してガープに苦情など

 伝えるな。ガープとの同盟で得られる利益に比べれば混成第二

 師団の兵の命など何の値打ちも無いゴミ同然だ。』


 『心得ました。混成第二師団は指揮官も三等国民のハーフエルフ。

 消滅しても惜しくない。むしろ祖国ポラ連邦の躍進に寄与するなら

 彼らも喜んで死ぬでしょう。』





「我々は何も祖国を裏切れというつもりはありません。現政権を

打倒すべきと提案しているのです。」


「……ステーレン政権をですか?」


死んだ魚のような目で消沈したボロザーキンだが次の烈風参謀の言葉に

驚愕する事になる。


「我々はこのツアーリングラード滞在中に国母クレープスカヤとの

コンタクトに成功しました。」


「国母と接触?!まさか!!」


ボロザーキンとて将官の端くれ。国母クレープスカヤが病気療養ではなく

ステーレン政権によって幽閉されている事は知っていた。


「国母は厳重に囚われ魔法結界のみならず強力な科学式の防衛機構で

防備を固められている筈だぞ?!どうやって接触したんだ??」


「我ら新勢力ガープ相手に科学式の防衛機構?傲慢な事は言いたくないが…

笑わせないでくれますかな?ボロザーキン閣下。」


黒い笑みを浮かべて言い放つ烈風参謀。


恐ろしいが凄い。ボロザーキンは己の未来と祖国の未来を勝ち取る為に

ガープの差し出す手を握る決意を固めた。悲嘆など投げ捨て勇気を掲げて。






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