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74 外交の季節 下






元帝都レオ・ブルスク


静かな古都の佇まいを見せる城塞都市。その碁盤のように通りが並ぶ

規則正しい街の中央に壮大な皇帝宮殿…の廃墟を整理し城塞都民の

家庭菜園が広がる。現在の皇帝居館は城壁にある見た目だけは立派な

正門より内側の直ぐの場所にある瀟洒な館であった。



「やはり、もう少し奥の防衛しやすい立地に宮殿を建てて頂けない

ものだろうか…」


そう呟いたのは豪華な毛皮のマントを羽織りオパールを散りばめた頭環を

被った壮年の男性であった。ソル公国の大公コレートである。


「左様ですねぇ。皇帝家と各大公家との関係が良好になって久しいというに

皇帝家もいつまでも清貧を気取る必要は無いでしょうに。ひゃひゃひゃ。」


受けて応えたのはフェルディー公国の女大公ヴァンデア。同じような豪華な装い

を纏い海に面したフェルディー公国を表す真珠を散りばめた頭環を被っている。

知恵者と評判の大公だが遣り手婆のような油断も隙も無い婆様だといわれる。


「『今時このトルフ皇帝家を狙う輩などおるまい』と嘯いておられるが…もう少し

皇帝家の存在価値を自覚して貰いたいな。まあ、我ら大公家の祖先が散々に皇帝の

権限と財力を簒奪して来た報いだが…帝室が無気力のまま消えてしまったらこの

帝政トルフは空中分解となりかねん。」


そう頭を振るのはアメジストを散りばめた頭環を被ったデュラック公国の

大公ザナクラート。他の大公に比べ若年だが落ち着きがあり肥満体型な事も

相まって挙動に重みがあった。


彼ら4人の大公が居るのは皇帝居館の2番目に豪華な歓談室。最も豪華な

謁見の間は普段は皇帝自身も立ち入らない。掃除が大変だからである。


それぞれレオ・ブルスク入りしていた大公達はこの地にある大公居館に滞在し

いよいよ皇帝との謁見が間近になり皇帝の居館へと参集したのだ。


宮殿では無く居館。それも出張所の如き大公居館よりも小さく質素である事が

過去の皇帝家と各大公との軋轢を想起させて居心地の悪さを感じさせる。


費用を四公国が持つ事を前提に宮殿造営を皇帝に上奏しているのだが

帝室からはそんな事に金を使うなら臣民の福利厚生に使えとにべもなく

断って来るのだった。



「……この度は皆に多大な迷惑をかけ言葉もござらん…。」


消沈した様子で深々と頭を垂れているのはクレギオン公国の

大公バウアーである。サニア公女にどこか似た感じの線の細い

壮年の男性で威厳を出す為なのか豊かな口髭をたくわえている。


あまりにも深く頭を下げている為にエメラルドを散りばめた頭環しか

見えずその表情は覗えなかった。



「後ろ向きになっても事態は好転しませんぞバウアー殿。まず新勢力ガープとの

講和を成立させる事。そしてこれを好機としてその交渉の過程で我ら帝政トルフ

としての結束を世に示すべきかと。」


デュラック公国の大公ザナクラートがそう言い、妙に明るい態度でバウアー大公に

応じた。他の大公も国を代表する者としては巻き込まれたと言う不平不満を持って

しかるべきなのにクレギオンに対しての態度が柔らかい。


その理由をソル公国のコレート大公が語り始めた。


「この交渉にはライユーク皇弟殿下が我らの護衛に覇道の剣と共に同席して

頂く事になっているが、実はライユーク殿下には新勢力ガープとのパイプが

あらせられる。」


「何ですと!?、……そうか、ラースラン・ラゴル戦争の時にか。」


「そう、各々方の隠密組織からの報告があったと思われるがあの紛争にガープの

戦闘部隊が参加しており我がソル公国軍も参戦した。そしてライユーク殿下も。」


「流石は大陸一の冒険者にして随一の豪傑さね。戦場でガープとのパイプを得た

ライユーク殿下からの情報によれば帝政トルフを統一国家と見做したガープは

アルガン帝国に次ぐ大陸第二位の超大国として我らを評価しこの交渉を寛大な

条件でまとめ帝政トルフを友好国へと引き入れる事を画策しているそうな。」


フェルディー公国の女大公ヴァンデアはそう言うとイジワル婆のような顔をして、


「ちゃーんと裏は取ってある。ラースラン王国で新勢力ガープの産品を

取り扱うプーガ商会ってのがあってね。そこから仕入れた話だとガープは

魔王軍との対決に意識を向け交戦国との講和を急ぎ、あわよくば強国を

味方に引き入れる事を画策しているらしいのさ。」


「つまり、我らが結束して強国『帝政トルフ』としてふるまえば新勢力ガープと

有利な交渉を結べる。見通しは暗くは無いぞ。」


「建前は建前。これを奇貨にガープとの通商を始める好機としたいよね。

調べれば調べるほどガープとの商売でラースラン王国は潤っていた様子。

交渉が此方に不利じゃないなら我らも美味しい実利を手にしたい物さね。」


(なるほどな。結局、人的損害を出したのは我がクレギオンのみ。他の公国に

とっては前向きの材料が揃っている訳か。だが3公国が協力し帝政トルフとして

強気の交渉が叶うなら賠償も最小限。サニアやマウリッツ坊をも守れよう…)


四公国を合算した帝政トルフの国力は侮りがたい。そして大陸最高の冒険者

ライユークの力添えもある。バウアー大公の瞳に希望が灯り、そのまま熱心に

4人の大公は今後についての協議を始めた。皇帝ケンマースとの謁見までには

まだ余裕があるのだから。



さて、その皇帝ケンマースは何処に居るかと言うと…



 グツグツグツグツグツグツ…


溶岩のように赤い液体を煮込む大鍋。その上がる湯気は蜃気楼のように

景色を歪ませる凄みがあった。


「ムッ!!!ここだ!!ここで一気に火力を上げる!!」


筋骨隆々の料理人姿の男が地獄の釜のような真っ赤な料理を煮込む

大鍋の下に薪をくべ炎を燃え上がらせ一気に沸騰した鍋から辛さが

厨房内部に充満した。



ここは皇帝居館の厨房。熱気と辛味が充満する灼熱の飯炊き場であって

地獄などではない。黙々と、だが楽しそうに仕事をしている赤いコック

服の男。彼が大鍋をかき混ぜ仕上げに掛かっていると後ろから力強い声で、


「…今度のバルネロ新作は旨そうというより強そうだな。ケンマース兄貴。」


声をかけたのは覇道の剣のリーダーにして皇弟のライユーク。

そう、つまりこの料理人姿の男こそが皇帝。


帝政トルフ 第十五代皇帝 ケンマース・ゴストルフ・アルベッテ・インペラーク


代々、研究者や芸術家で名を成したトルフ皇帝達。その例に洩れず

ケンマース皇帝は名高い料理研究家であり至上の料理人と呼ばれる

料理界の巨人であった。


近年では激辛バルネロの改良や関連料理のレシピの研究に没頭している。


不敵な笑みを浮かべるケンマースが口を開く前に横からライユークに

声が掛かかった。


「強そうって表現は面白いね。けどまず料理は食べてみないと分かんないよ?」


大柄でゴージャスな美人といった感じの女性が宿屋の女将さんのような口調で

試食を進め飯屋の女将さんの様に慣れた手つきで大鍋のバルネロを小皿に盛り

ライユークに差し出す。


「おお、良い匂いですな義姉上!!けれどそろそろ義姉上は支度を

なさらないと間に合わんかもしれんのでは?」


「ええ?!アタシも今日は皇后やらなきゃ駄目なのかい?今日は外交交渉だろ。

皇后が出て来たって時間の無駄になるだけじゃないか…」


ケンマース皇帝の皇后イライゼは市場で値切る奥さんのように

ゴネ始めたが、


「外交交渉とはいえ四大公が揃う式典に皇后陛下がお出ましにならぬなど

ありえませぬ。」


厳かな口調が皇后イライゼの駄々を斬って捨てた。


「…ブラッカ典礼長官がそう言うなら諦めるしかないねぇ。じゃアタシは

着替えて来るわ。皇后の正装なんて着付けるだけで時間が掛かるもの。」


そう言ってイライゼは姿勢を崩さないブラッカ典礼長官の大きな身体に頭を下げ

厨房を出て行く。


ブラッカ長官は外見に似合わず皇族に対する最敬礼を持って皇后を送り出す。

礼儀作法は完璧であった。


ブラッカ典礼長官は全ての式典や礼法、トルフの宮廷作法の全てを記憶し

皇帝家の権威を守っている苦労人である。厳格で清潔な人格者で人にも

自分にも厳しく、厳格という単語が具現化したような人物だった。


普通なら尊敬を受けてしかるべき人物だが他国から見下される事があり

決して自分では表舞台に立たない。皇帝家の恥になるくらいなら一生を

日陰者で行く覚悟を決めている男だった。


彼はオーガーとして生まれてしまった。先祖にハーフオーガーがいた事で

先祖返りで人の両親からオーガーとして生を受けた。遺伝の不思議の

犠牲と言う訳だが彼はめげず必死に勉強し、家の役職である典礼長官と

して就任を果たす。そしてそれは多くの祝福を受ける就任でもあった。

彼には外見以外に欠点の見当たらない真面目で高潔な人物だったからである。


強いて欠点を上げるならば伝統と格式に拘り過ぎる事と戦闘経験が無い事だろう。

2メール半を超える巨躯、鍛えていないのに盛り上がった筋肉で子供の胴より太い

腕だが教養として修めている武術はレイピア。しかも実戦で使ったことは無い。


そんなブラッカ典礼長官を先代皇帝べガールは重用し、青黒い肌やツノと牙が

生えてるブラッカをバケモノ呼ばわりした使節に激怒した話が残っていた。


そしてもちろんケンマース皇帝も彼を信頼している。


「それじゃ俺も着替えて皇帝としての職責を果たす準備をするか!」


「陛下、式典までの時間が短こうございます。お言葉遣いなども修正された

方が宜しいかと。」


「……式典長官の言やよし。余も準備を万端整え式典に赴く事とする。」


そう言ってケンマース皇帝は厨房から隣室の扉を開くと既に皇帝の正装が

用意してあった。各大公家から1名ずつ、4人の小姓が着替えの手伝いの

為に待機していたが…厨房から流れ込む辛味たっぷりの空気に鼻を押さえる

小姓の少年達に噴き出しそうになるケンマース皇帝。


「ここでお着替えになるので?匂いが衣装に移ってしまいませんか?」


「一流の料理人たるもの消臭の生活魔法は心得ているさ。次の料理に

風味が移るのを防ぎやすいからな。」


そう言ってケンマース皇帝は王冠を手に取る。


ソル公国を示すオパール、フェルディー公国を示す真珠にデュラック公国の

アメジストとクレギオン公国のエメラルドを均等に飾り付けられたオリハル

コン製の帝冠を掲げ


「今日の交渉は成功させるぞ。大公達や臣民の不安は絶対に取り除く。しかる後に

使節のウオトトス殿とやらを帝室の晩餐に招いて新作バルネロを味わって頂こう。

ライユークの話だと随分と舌が肥えておられる方らしいからな。」



こほん。


「陛下、お言葉が乱れております。注意を怠らぬよう臣は願っております。」


「……あー…済まぬ。」





 …プツン……




映像を終了させたウオトトスは時間を確認し、


「我々が元帝都レオ・ブルスクに到着する予定時刻まで1時間を切りましたか。

では此方も交渉の準備を整えておきましょう。帝政トルフ側があれほど誠実に

交渉に臨むなら我らも誠意をもって答えねばなりません。」


「はい。それにしてもライユーク殿の根回しはしっかり効いている様子

でしたね。これならスムーズに事が運ぶでしょう。」


「フフッ。一見ライユーク殿の振る舞いは粗野に見えるかもしれませんが

しっかりと考えて行動される方です。力押しだけで大陸最高の冒険者に

登りつめられるほど甘くは無いでしょうから。彼は能力の面でも信頼出来る

頼もしいお方ですよ。」


そう応えながらウオトトスは資料を手に取り確認を再開するのだった。








さて、東の大国、帝政トルフと同じように西方にある世界最大の淡水湖

アマン内海に突き出たバーマ半島のにおいても新勢力ガープの使節団を

待つ人々がいた。



デルゼ王国の王都アーテム


かつて隆盛を極めた歴史を持ち半島一と称えられる壮麗な宮殿を持つ

デルゼ王国を新勢力ガープを迎え入れる舞台に決定し、聖戦に参加した

国々の首脳が集結していた。


正直、その決定にデルゼ王国は不満タラタラである。新勢力ガープが来るのが

恐ろしかったし交渉なら各国別個にやって欲しかった。会議に掛かる経費も

馬鹿にならないのだ。


だが、デルゼ王国は飲むしかない。聖戦で最も大きい費用負担を行ったのは

湖航路の拠点である交易都市ランケンでゼナーク王国は傭兵団『鷲の団』との

交渉や神聖ゼノス教会やラースラン王国との調整、行軍計画の策定など面倒な

事務手続きを引き受けた。シャラント太守国に至っては指揮官として嫡男である

アッディーン公子を送っている。他の国では貴族の次男や三男を送り、しかも

連絡参謀なる変なポストを作り出し本国との連絡確保の名目でメザーク市に滞在、

前線の戦闘区域に出向いたのはアッディーンだけだった。


要するにデルゼ王国は費用負担は最低限で面倒事とも関わらずと最も

貢献度が低い。オマケに指揮官として参加する予定だった貴族の次男

は王太子の幼馴染で、その貴族と王太子が謀って貴族の次男と偽り

厩番の少年従者を身代わりに送っていた。それが発覚した時には

デルゼ王国の女王リーゼロッテは愕然とし、その貴族を処分し

問題の多い王太子ボーンクラウスを叱責した。


こんな経緯で今この荘厳なデルゼ王宮の大広間に半島の主要国の首脳が

集まっているのである。


「…やはりゼナークのヘタレック王陛下は来ていないようですな。」


見事な口髭と恰幅の良い体格が特徴的なシャラント太守国のマフード太守が

嘆息する。


「仕方ありませんな。彼の臆病さは大陸一ですからね。」


応えた瀟洒な伊達男は交易都市ランケンのザール代表だ。その彼らに

頭を下げる上品な紳士が声を絞り出す。


「かような大事に我が国王陛下を説得し連れて来る事が出来無かった事、

誠に申し訳なく情け無い思いでいっぱいです。」


国王名代として来たゼナークのシックハック宰相である。彼の嘆きに

マフード太守が本音をぶっちゃけた。


「何、いつもの様に貴殿が全権を担って来てくれてホッとしておるよ。

あの軟弱者が来たとて役に立つまいからな。」


正直、このゼナーク王国の屋台骨を支える有能な宰相が来てくれた方が

ゼナーク王より頼りがいがあるというのが参加者全員の本音だった。


彼ら首脳とその幕僚達の他にも交渉に参加する者達がいた。


バーマ半島全域に販路を持つ大商会、コレステ商会の会頭とその娘である。

半島経済に多大な名影響力を持つコレステ商会だがここに参加している

理由はそれではない。


コレステ商会は最近話題になっているラースラン王国で新勢力ガープの要人と

太いパイプを持ちガープとの交易品を扱いその情報にも詳しい『プーガ商会』と

接触し、今回の交渉の肝となる情報を数多入手していたのだ。


その情報を元に交渉条件を整え今日の会談に漕ぎ着けたのである。

その責任者として見届けるつもりの彼らにツカツカと歩み寄る者がいた。


「おお、これはボーンクラウス王太子殿下。いよいよガープの使節団が到着する

頃合です。気合を入れて…」


「なぜ貴様がここに居るのだ!ローラ嬢!」


コレステ商会のナイデ会頭を完全無視してボールのように丸々と肥えた

娘に王太子は罵声のような言葉を放つ。


「お前との婚約は破棄した筈だ!すぐ出て行けコレステ・ローラ!!

私に未練を抱いても無駄……ぶへっっ?!」


パーンと王太子の頬に良い音を鳴らせ、張り倒す勢いで平手が飛ぶ。


「は、母上?!」


王太子の頬を張り飛ばした女王リーゼロッテは女々しく頬に手を当てる

王太子の言葉を無視しコレステ商会親子に頭を下げた。


女王が謝罪の言葉を口にするよりも早く王太子は叫んだ。


「何をなさっているのです母上!相手はたかが平民ですよ?!」


ブチブチブチ…


青筋を立てる女王が暴発する前にナイデ会頭が穏やかに執り成した。


「まあまあ、私は気にしておりませんゆえ女王陛下もどうかその

尊い頭をお上げくださいますよう。そして王太子殿下、本日我が娘

ローラを連れて来たのは娘の鋭い知能と観察眼に頼る為です。私は

何度もこれに救われましたので…」


「は?嘘をつくな!!容姿が悪い者の知能が優れている筈が無い!!

醜い者は愚かに決まって……ブハ?!ウゲッ!!」


パーンパーン!!!


女王リーゼロッテは怒りの往復ビンタを叩き込みながら内心である決断を

下していた。


(我が子ながら駄目だコイツ。容貌しか取り柄が無いわ。幼少期は何があっても

へこたれない心の強さがあると判断してたけど…無神経なだけだったわ。次に

しくじりがあったらボンボーンに王太子を挿げ替えね…)


デルゼ王国 第二王子ボンボーン


温和な性格で他者にプレッシャーを与えない優しい少年。気配りが出来る

癒し系の王子で宮廷の人気は高い。ただ容貌が地味でぽっちゃり体型な為

顔とスタイルだけは良い兄ボーンクラウスの方が接触の少ない人々からの

人気は高く弟の人気はイマイチである。


更にボンボーンが短期留学した大アルガン帝国では王子とはいえ小国の

王位継承しない第二王子である為扱いが軽く、ある貴族令嬢に容姿だけを

理由に激しく罵倒され女性恐怖症に陥り超奥手になッてしまった。帰国した

今でもそれは癒えていない。


以上を踏まえ嫌々ボーンクラウスを王太子にしていたのだが流石に今日で

限界を超えた。




その時、宮殿の外が騒がしくなった。宮殿内部の大広間まで聞こえて来るのは

相当の騒乱であろう。だがそれはあっという間に静寂へと変わり、息を切らせて

侍従が駆け込んで来て首脳陣に報告する。


「ご報告申し上げます!!只今、新勢力ガープの飛行艇が到着し宮殿前正門に

し、新勢力ガープ使節団が来訪されましたぁ!!い、いかが致しましょう?」


「…丁重にお通しするように。決して無礼があってはなりませぬ。」


深く息を呑んでからリーゼロッテ女王が命じた。他の人間は全て

沈黙を守り静寂の中で踵を返し遠ざかる侍従の足音だけが響く。


まずこの広間に使節団を迎え入れ相互に挨拶し和やかな雰囲気を

醸成しつつ談笑して関係者の顔合わせの後で会談会場へと移る

予定となっていた。バーマ地方の典型的な外交スタイルである。


程なく侍従2名を伴って侍従長が大広間に入りガープ使節団の到着を告げる。

リーゼロッテ女王が静かに頷くと2名の侍従が通用口ではなく正面扉の左右に

付き、侍従長が厳かな口調で先触れを告げた。


「新勢力ガープ使節団の御到着!!」


ギイィィィィ…


侍従長の言葉に合わせ正面扉が左右から開かれた。そして現れるガープ使節の

姿に集まったバーマ共同軍側に緊張が駆け抜ける。


(こ、こやつはあの映像にいた怪物じゃ…)


マフード太守は自国の宮廷で見た聖戦の映像の中でガープの闇大将軍と共に

勇者ゼファーと対峙していた怪物が目前に居る事に戦慄する。


凶暴な肉食亀を直立させ攻撃的な姿に進化したような怪物。そいつが黒衣の

戦闘員を10名ほど引き連れて首脳等の前に進み出てきたのである。


(もはやここまで来たらコレステ商会の情報と根回しが効を奏する事を

祈るしかないな。)


交易都市ランケンのザール代表は腹を括って達観する。



「遠路はるばる話し合いの為に来訪下さった事に心よりの感謝を申し上げます。

この身はデルゼ王国の女王デルゼ・クレフェルト・リーゼロッテと申します。

ガープの使節団の方々よ、本日は実りある会談にしたく存じます。どうぞ

宜しくお願いします。」


まず女王リーゼロッテが自己紹介を行うと首脳達も次々と名乗りを上げ

礼節を通す。さてこの怪物はどう反応するだろうかと耳目が集まった

ところで…


「これはこれは御丁寧に。私はガープ使節団長を務める事となりました

ガープ改造人間のカノンタートルと申します。お互いによーく話おうて

一番ええ形で和平を確立させましょう。」


本当にこの怪物の口から出たのかと戸惑うほど丁寧で陽気な口調の

挨拶を行い、正しい作法で頭を下げるカノンタートル。


この場に漂っていた緊張と恐怖は一気に薄れたが流石に

そのまま和やかな雰囲気で談笑という感じにもならぬ。


だが気まずい沈黙は長くは続かなかった。コレステ商会の親子が

にこやかに挨拶したのである。


親愛を示すように両手を広げたナイデ会頭は誠実な笑みを浮かべ


「恵みの湖にいだかれしバーマの地へようこそ!!歓迎いたしますぞ

和平を齎すガープの使者様。私はこの地に根を張るコレステ商会で

会頭を務めるコレステ・ナイデと申します。今後ともご贔屓に。」


「おお、コレステ商会の噂はかねがね伺っておりまっせ。辺境から

中央への販売網を持ちマジックアイテムの取り扱いでは一目置かれる

商会だとか。和平が成立した暁には是非とも我がガープとも交易を

結びましょう。決して損はさせしません。…ところでこちらの方は?」


ナイデ会頭と一緒に頭を下げた真ん丸体型の令嬢に目礼しながら

カノンタートルが会頭に伺うと彼女が意外に優雅な仕草で一礼し、


「コレステ・ナイデの長女、コレステ・ロールァと申します。発音が難しければ

ローラと御呼びいただいて大丈夫ですよ。此度の和平の成就、心より期待しますわ

カノンタートル様。」


「……えっ…ああ、どうも御丁寧に。」


クス。


ローラは小さく笑うとマジックアイテムになっている首のチョーカーに

手を触れ、音の精霊シレーナの力を開放する。


そうして魔法により一方向、カノンタートルの耳にだけ届く小声で


『今ので確信しましたわ。カノンタートル様、いえプーガ商会の

カメデッセー会頭と御呼びした方が良いでしょうか?』


『!!。誤魔化しは…通用しそうにあらへんな…』


カノンタートルも同時通訳機の指向音声を調節し彼女にだけ

小声を飛ばした。それほど突き止められた事実は重かったのだ。



そう、巷で話題の急成長を遂げる新進気鋭のプーガ商会とは新勢力ガープが

資金を出し設立させたフロント企業なのである。まあ、企業舎弟のような

物だが利益確保と言うより経済活動にコミットするチャンネル作りが目的だ。


実際に指揮し真面目に商売もこなすのはカノンタートル。既に各方面に

パイプを構築しつつ商売も繁盛させていた。


人間形態でカメデッセーと名乗り経済界に立場を構築し様々な活動に

カノンタートルは従事していたのである。


今回も新勢力ガープ中枢とパイプを持ち先進的な交易品を取り扱うと

喧伝しているプーガ商会に聖戦参加した各勢力が接近してくるのを

待ち構え上手く取り込んで工作していたのだ。


プーガ商会の会頭カメデッセーとして彼らにガープが望む交渉条件を

教え有利となる情報をアドバイスする。


そして怪人姿のカノンタートルとして教えた条件に符合する交渉を

行い和平交渉をスムーズに妥結させてしまう。


こうしてカノンタートルは効率の良い1人マッチポンプ作戦で

担当する傭兵団など小勢力と次々と和睦を成立させてきたのだ。


それが今、頓挫する危機となったが…


『ご心配にはおよびません。秘密を暴露するつもりはありませんわ。

こんな小細工で通話している時点でお察しでしょう?』


『それでも何か条件出すつもりやろ?けど、なんでバレたんや?』


『姿だけでなく口調も変えておられてましたが言葉の組み立てが同じ。

そして仕草と癖ですね。貴方は相手の名前など記憶すべき事を聞く時に

そのつど小さく頷く癖があります。そして目線の動きと身振りにも

相当の同一性がありますわ。』


(まいった。まさか烈風参謀はん並みに観察眼と洞察力を持ってる

人がいるとは想定外や…)


『そして決定打が先程の事。前にカメデッセー会頭として私達親子と

お会いした時と今の私の姿が違う事に戸惑い、素知らぬふりに……

失敗されましたね。』


『……降参やな。それでローラお譲ちゃんはどうする気なんや?』


ローラがにっこり笑い何か言おうとした時、


「どうしたんだいローラ?そんな小声でカノンタートル殿と。私には

よく聞き取れなかったが余り失礼な事を言ってはいけないよ?」


父であるナイデ会頭に言われて潮時と悟るローラ。短時間とはいえ

首脳が揃っている場面で内緒話をするのは限度だろうと考えた。


「お父様、どうやらカノンタートル様は私の姿に違和感を持たれた

ようですわ。流石は新勢力ガープ。国の重鎮の方々も揃っていますし

ちょうど良い機会です。私の『固有スキル』の秘匿を止めこの場で

公開しようと思います。」


「あー。成程、そういう事か。見破られたなら仕方ない。姿を

偽っていては疑念をもたれてしまうだろうし良い機会だろう。

ローラや、固有スキル『体型変化』を解除なさい。」


微笑んだローラ。その瞬間に彼女の身体に劇的な変化が起こる。



固有スキル『体型変化』


ある種の人々にとって羨望の的となるスキルで自身の身体のスタイルを

自由自在にコントロールする事が出来る。どれほど自堕落な生活習慣や

食習慣があろうと関係無い。彼女の身体を太らせたり痩せさせたりが

出来るのは彼女の意思のみ。出すべき所を出し引っ込む所を凹ますのも

自由自在なのである。


一瞬でボールのような肥満体がスマートに変わり若草色の髪とヘーゼルの瞳を

持つチャーミングな美少女に変化した。ちなみにローラはマジックアイテムの

形状記憶ドレスを着用しており脱げ落ちるハプニングは阻止されている。


「……サギちゃうんか。」


カメデッセーとして会った時の姿になったローラを凝視しつつ

声を絞り出すカノンタートル。その時だ、


「おお、我が愛しの婚約者よ!そんな怪物の傍に居てはならぬ!」


そう言ってボーンクラウス王太子がローラを引き寄せようと手を取った。


カノンタートルが現れた時からずっと高い背を縮こまらせ女王の背後に

隠れていたのだがローラの変身を目の当たりにし飛び出してきたのだ。


王太子はローラに白い歯を光らせるハンサムな笑みを見せ、キザなポーズで

ローラを抱きとめようとする。だがローラは毅然と王子を突き放し、


「もはや婚約は破棄されておりましてよ?王太子殿下。」


「一時的な気の迷いで出た言葉だよ。君がこんなに美しいと知っていたら

決して出なかった冗談さ!!その証拠にまだ母上から正式な破棄の宣告も

出されていない…」


「正式に婚約破棄といたします。」


女王リーゼロッテが即座に破棄を認めたが王太子は一瞬目を向けた後で


「改めて婚約しよう!愛しいローラ。君は大輪の花の様に美しい。」


「見上げた面の皮だのう。」


と呆れるシャラント太守国のマフード太守。


「手の平の返し方も達人の領域に達しているようで…」


苦りきった声でシックハック宰相が応える。


「イケメンの坊やだが態度と経緯が最低最悪。恋愛ってもんを

無意識に見下してるな。あれで靡く女の子がいたら奇跡だ。」


伊達男のザール代表は王太子にあからさまな侮蔑をみせた。


だがもっと侮蔑の態度を表していたのはローラである。


「王太子殿下。私はこのスキルを持つゆえ外見で判断する事の軽薄さを

知っております。容姿で相手を見定める人をお慕いする事は出来ません。」


「奇遇だね。私も大事なのは外見などではなく真実の愛だと思っているよ。」


「私を笑い殺しにするつもりですかボンクラ殿下。」


「今、なにげに酷い名前の略し方をしてなかったか?!」


「気のせいですわ。ともかく離れて下さいませ。…私には既に心に決めた

殿方がおりますので。」


「な?!」


そう言ってボーンクラウス王太子を押し退けるとローラは熱い瞳を

カノンタートルに向けた。非常にマズい予感に襲われながらカノン

タートルは咳払いし、バーマ首脳陣に交渉開始を提案する。


「どうですやろ、もう充分に場も和んだ事やし和平交渉を開始しては?」


それにバーマ共同軍各国も同意しスッタモンダあったものの

ようやく交渉会議が始まったのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 砲亀さんに春が来た。 狩られる側だけどw 異世界側にも優秀な人材が多くて侮れないなー。 科学などの知識がないだけで、知能が低いわけではないと良く表現されてる。
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