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72 暗黒首脳会談




「ほう、これは中々の業物だな。魔力付与されているようだが

…永続化された『研ぎ不要』の魔法か。なかなか便利な剣だな。」




元魔王軍四天王、今はコボル族の剣豪プルは贈り物として手渡された

サーベルを確認していた。ミスリル製で魔法が付与された魔剣である。



「お前さんなら『攻撃力増強』や『霊体斬り』などの魔法を付与した

剣などいらんじゃろう?」



ここはガープ要塞のメインゲート近くの待機スペース。装備を整え

旅立ちの準備を終えたプルに王都の鍛冶屋に特注で製造依頼していた

サーベルを贈呈した死神教授はさも当然というように頷く。



「ああ、生半可な魔力付与より俺のスキルの方が強力だからな。

いい剣を作ってくれて礼を言う。大きさや重心も今の俺の体格に

合わせて作成してくれたようだ。良く手になじむ。」


「それでじゃ。もう一振り予備にこの刀を受け取ってくれんかの?」


「ふむ、これは…」


「このマールート世界で採掘した資源で精錬した初のハイパーチタンの

刀じゃ。表面には超硬度テクタイトでコーティングしてあるから強度と

切れ味は折り紙付き。この世界の物質で出来ておるから魔力も通せるぞい。」


ハイパーチタン刀を手渡しながらも何故か死神教授は残念そうな表情を浮かべ、


「本来なら『高周波振動ブレード』とか『単分子カッター』を贈呈したかった

のじゃが動力源や精密部品まではまだこの世界の材料では作れておらん。

魔力を宿す事も転移門を通る事も出来ん武具を贈る訳にはいかんでなぁ。」


「これで充分以上だ。あまり特殊な装備を持っていたら悪目立ちするだろう。

成程、この形状はツツ群島国の刀、いや大きさ的に小太刀か。良い出来だ。」





今日、ついにユピテル王子が王国に帰還する。そしてプルもまた彼と共に

ラースラン王国へと赴きこのガープ要塞から旅立ってゆく。


現在、ユピテル王子は情報交換と今後の方針について大アルガン帝国の

メッサリナ皇女と立体ホログラフィーを使った衛星通信でテレワーク会談を

行っている。そしてその終了予定はかなり超過しているようだった。


「アルガン帝国を発った烈風参謀は既にゼノス教の総本山に入った。こちらも

予定通りユピテル王子のラースラン帰還と例の動画のバラ撒き作戦の開始じゃ。」


そう言いつつプルが抜き身の刀身を確認するのを眺めていた死神教授は

ぽつりと言葉を漏らす。


「しかし『小太刀』のう…」



暫し死神教授は瞑目し烈風参謀が狼賀忍軍の宇即斎から伝えられた

驚愕の情報について熟考する。


(刀、漢字にひらがなにカタカナ。そして古い様式の日本語…)


驚愕の情報とは赤玉の賢人ラーテの行方や謀略公クロサイトの破滅だけでは

なかった。むろんセスターク皇子生存情報でもない。


それらも重大情報でありガープにとっても黄金の価値のある話であった。

その情報をもたらした宇即斎に烈風参謀は以前からツツ群島国についての

疑念と推論を質問の形で問う事を実行する。


ツツ群島国において変質した『日本語』が使われている事や社会風俗が室町時代の

日本に酷似している事について。烈風参謀の質問に対し宇則斎は特に重要な話とも

考えていない様子であっけらかんと応えた。


『ああ、それは初代のツツイ大君が前世記憶を持つ転生者だったからです。

今から約600年前に現れたツツイ大君がそれまで原始人のように暮らしていた

群島国を独自の様式の文明を持つ国に仕立て上げたのですよ。ま、これは庶民に

知らされていない話ですがね。』


転生者


その事実がガープに与えたインパクトは絶大だった。


元々、この世界の単語や固有名詞・名称には発音や意味で地球世界と酷似した

物があり文物にもその存在が散見される。ツツ群島国の日本語など極端な例だが

その存在をガープ側は次のように推論を立て解釈していた。


過去において我々ガープのように時空を転移して来た者がいた、と。


定期的に別世界の魔王が出現する世界であり自分達ガープという例もある。故に

転移して来る勢力を想定しての準備をガープは進めていた。そして古い日本語が

公用語となっているツツ群島国こそ過去の転移勢力についての重点調査対象として

調査計画を策定していた所だったのだ。


(じゃが転移ではなく前世記憶を持つ転生者…まったく非科学的な話じゃが

非科学が確かな力を持つ世界じゃからのう。)



「どうかしたのか?」


「いや、小太刀からツツ群島国の転生者について考え込んでしもうてのう。」



約600年前にツツ群島に出現した転生者はツツイなる苗字を名乗り

下の名前は記憶から失せていたらしい。


前世はイガウエノ国に住むモノノフであり武将の子であったと言う。


『以上の情報を素直に読み解けば初代ツツイ大君を戦国武将 筒井順慶の類縁と

考えるのが妥当だろう。』


筒井家が豊臣秀吉から大和国より転封され伊賀上野20万石に移り住んだのは

順慶の死後である。そこから烈風参謀はそう推理していた。


600年前となると時系列に齟齬が発生するが次元の壁の彼方の別世界同士。

時間軸がズレる可能性は大きいだろうと考えられた。


その後、狼賀忍軍の調査によれば次の転生者が群島国に現れたのは100年前。

それも地球世界ではなくスペーカー世界という魔法文明世界から生まれ変わった

少女であったという。


(人口にもよるじゃろうが1つの国家で転生者が発生するのは数百年に一度。

それも地球から来るとは限らんという訳か…)



「転生者か…俺がいたアロル世界では概念すら無かった話だな。」


プルは直立したマルチーズの仔犬のような姿で重々しく頷き、


「だがお前達ガープの事だ。既に対応策は立てているのだろう?」


「うむ。実例と接触したりサンプルを得ておる訳ではないから転生のメカニズムの

解明や法則性の把握はまだ出来ておらん。ただ過去の事例の調査と現在に転生者が

居る確立の算出。そしてその持っている異世界の情報や能力による影響力の評価と

我等に対して友好的であった場合と敵対的であった場合を想定してのシュミレート

を量子コンピューターを使って行い対応マニュアルを作成中じゃ。」



「相変わらずの強引な論理手法だな。だがそのロジカルな対応は頼もしい。」


「対象は転生などという非論理なシロモノじゃがの。」


死神教授は表情を改め、


「いずれにせよ、この世界に転移や転生を発生させておる原因の1つが

アレじゃろうて。竜都ドルーガ・ライラスの地下遺跡に存在するらしい

異世界召喚門『アストラル・ゲート』の研究施設跡を調べれば確たる証拠も

出るじゃろう。…アレ、つまり定期的に異界の魔王を召喚しておるから

次元の壁に歪みが出ておるというワシの推論の証拠がな。」



アストラル・ゲート


魔力により次元に穴を穿ち、世界と世界の狭間を通って異界とを繋ぐ

超高等魔術。ガープの亜空間制御とは全く別の魔法による異次元への

アプローチ法であった。そしてこれこそがゼノス教会や五大賢者が

魔王召喚に使っている手段だとガープは推測している。


「魔術師ギルドにおいても長らく実在を疑われていた高等魔法じゃが確かに

存在した事が立証された。ただ次元の穴を穿つ時に付近の魔力が暴走・・・・・する

との事じゃから実証実験はできんらしいな。」


「魔力の暴走だと?それはつまり…」


「うむ、禁忌の迷宮遺跡の最下層調査の重要性が増した訳じゃ。確実に

関連はある。」


「そして既にガープは迅速に対応に当たっているのだろう?いつもの様に

手抜かり無く…手抜かり…」



ここでプルは逡巡するような様子で間をおいた後、話を変えるようで悪いがと

前置きで断り、



「…しっかり調査してくれた事は俺も確認しているがもう一度だけ

電脳空間の調査をやっておいてくれないか?」


「ふむ、例の電脳に常駐する何者かの存在か。この世界に来る前のワシなら

非科学的と笑い飛ばす所じゃがお前さんの直感は凄まじいからのう。」


元魔王軍四天王の直感はあなどれない。


なにせプルは電脳INした人数を正確に1名余分に当て続けていたのだ。

233名と234名、81名と82名というふうに1名多いだけの

数字を100連続以上も当てている。というか一度も外していない。


「俺の直感だとこれは絶対に放置しては危険だ。死神教授、アンタなら

必ず解明し処置できるだろう。俺はアンタの能力を誰よりも買っている。」



「う、うむ…」


珍しく死神教授は顎に手を当てたじろいでいる。


流石は元魔王軍四天王というべきだろう。プルは真っ直ぐな賛辞であの

傲岸不遜な死神教授を照れさせたのだから。



パシュー


その時、スペースの自動ドアが開きアルガン帝国のメッサリナ皇女との

通話を終えたユピテル王子が入ってきた。彼も既に出立の準備を整えている。


「随分待たせたみたいで申し訳ありません。出来るだけ情報交換と今後の方針に

ついての話だけで纏めようと思ったのですが…」


冷静さが売りのユピテル王子が少し照れながら二人に声をかける。


「なあに、充分に時間の余裕は取ってあったゆえ問題無しじゃ。」


「こっちも教授と話し込んでいた。気にする必要は無い。」


ユピテル王子の通話相手は婚約者でもあるメッサリナ皇女である。

多少の時間超過は皆にとっては折り込み済み。


二人とも野暮ったい事は言わなかった。



三人は護衛の戦闘員2名を伴ってガープ要塞を出て転移門が設置されている

ラースラン王国の連絡拠点へと向かう。


「そういえば烈風参謀殿は既に聖庁府ロルクへと入城したらしいですね。

確かその後は…」


「うむ、水面下で接触を図って来た勢力、神聖ゼノス教会の次は

クー・アメル朝、そしてポラ連邦へ順に向かい交渉を纏める手筈じゃ。」


歩きながら今後の展開についての謀議が続く。


「まず最重要のゼノス教会との話を纏める。一番の難所じゃろう。次に向かう

クー・アメル朝は事前の調整は完璧で我々の要望を予想した上で最善手の

落し所を提示して来た。あの国の指導者は傑物じゃな。その後に烈風参謀は

我がガープ技術陣と合流してポラ連邦へと向かう予定じゃ。」


「ガープ技術陣?」


「戦闘に参加せぬ戦闘員、兵器開発部門のエンジニアと科学者のうち

6名が機器の設計図や機材を持ってポラ連邦に向かう。奴等にとって

垂涎の餌じゃろうて。」


「どうやらポラ連邦には素直な対応をとる気が無い様だな。」


何かを察したプルの言葉に死神教授は頷き、


「ポラ連邦はこの世界では希少な近代民主主義国家じゃが実体は一党独裁の

ファシズム国家じゃ。放置すれば有害な事この上ないわ。じゃから少々策を

巡らせ荒療治するつもりじゃ。」


「荒療治ですか。」


「まあポラ連邦の国民にとっては良い方向へ行かせるつもりじゃし、ワシ等は

これから色々と忙しいので連邦と全面戦争するような手間をかける訳にもいかん。

何せ宣伝戦を行いつつ群島国へ兵を出し赤玉の賢人ラーテを討ち、次に禁忌の

迷宮の謎を解きながら魔王の領域への攻勢の準備を整え…大魔王征伐を始める。」


「遂にか。」


元魔王軍四天王としてプルは感慨深いものを感じた。


「俺の力が必要になったら何時でも言ってくれ。受けた恩義を

忘れはしない。」


ガープの強さは知ってはいるが大魔王クィラの底知れぬ実力も

知り抜いているプルは壮絶な戦いを予期しながらガープへの

力添えを宣言する。


「その際には我が国も協力しますよ。そして大アルガン帝国も動くでしょう。」


ユピテル王子も力添えを約する。


「先ほどメッサリナ殿下から開催された選帝侯会議についての話がありました。

メッサリナ殿下の得票は事前の票読み以上。このまま決選投票まで行けば確実に

メッサリナ殿下が皇帝です。殿下が大アルガン帝国を掌握すればかの超大国が

我々の味方として全面的に協力してくれるでしょう。」


「…かたじけないのう。面倒をかけるつもりはないがもしもの時は

よろしく頼む。」


悪の秘密結社としてずっと孤立無援で活動してきたガープ。

『利用する相手』ではなく『味方』がつく事に死神教授や

直衛の戦闘員たちの胸に万感の思いがこみ上げた。


かつて世界を破壊する為に活動していた時と世界の安寧の為に

活動する現在。


(行いの結果とはかくも如実に現れるのか…)


親切にすれば人に好かれ悪事を働けば忌避される。スーパーコンピューターで

計算しなくとも分かる事が知覚出来なかった以前の自分達がいかに異常な存在

だったかを死神教授は噛み締めた。


程なく到着するラースラン王国中継拠点。当たり前である。ガープ要塞に

寄り添うように建っている拠点は徒歩1分の好立地だ。


拠点に常駐し転移門を管理している魔術師達に挨拶し転移ルームに入る。

転移門の本体として機能する大きな光る魔法陣の中心にユピテル王子と

プルは並んで立った。


「それでは一旦お別れです。これから色々と大変ですが諸事が片付いたら

またお会いしましょう。」


ユピテル王子の出立の挨拶に死神教授が応えて、


「うむ、再会の日を楽しみにな。その頃には色々と決着が付いて憂いなく

と行きたいものじゃ。しかしまた少し寂しくなるのう。」


「フッ、寂しくなる?どうせ一時的な事だろう。」


プルが妙な自信を込めて応える。


「好むと好まざるとにかかわらずお前達ガープは世界情勢の動きの

中心の1つだ。今後もこのガープ要塞に様々な立場、目的の者達が

来訪して来るだろう。賭けてもいい。」


その時、魔法陣が音も無いまま強く輝き、下からオーロラのような光の幕が

揺らめいてユピテルとプルを包む。神秘的な光景が最高潮に達した瞬間、

二人の姿が虚空に消えた。


見慣れた、しかし決して自分では体験出来ない転移の旅立ちを見送った

死神教授は誰もいなくなった魔法陣を見つめながらポツリと呟く。



「……電脳空間の再調査、次は根本的にアプローチを変えてみるか。」



かつて死闘を繰り広げ、プルの殺気を読む能力や直感の凄さを誰よりも

知る死神教授はその警告を何よりも優先すべき課題だと位置付けていた。






     ○  ○  ○  ○  ○






西方辺境地域から北に広がる峻険な山岳地帯の奥。


人の往来を拒絶するような険しい岩山に囲まれた

ゼルバート高原地帯全域に広がる神権都市の中心。


神聖ゼノス教会の総本山、ロルク聖庁府である。


壮大な建造物だが壮麗というより異様さを感じるのは

巨大建築物なのに窓という物が1つも無く全体のサイズに

比して小さい正門が1つあるだけ。


そしてその広大な壁面を埋め尽くすように歯向いて笑う口を

デザインしたゼノス神のホーリーシンボルが無数に張り付いて

いる様が何とも言えず人外の感性を思わせた。



そのロルク聖庁府の中央回廊の廊下を案内され進むのは

新勢力ガープ大幹部の烈風参謀だ。


まるで巨大な邪教の祭壇の如きロルク聖庁府の中、武装解除され

随員とも引き離されてたった一人で進む烈風参謀。だが彼女に

まったく動じる様子は無く普段と同じ堂々たる態度で歩を進める。


「…こちらでございます…」


抑揚の無い無機質な声で顔まで覆う僧服に身を包んだ待僧が案内すべき

場へと到着した事を告げ、両開きの重厚な扉に付随する青銅の鐘を鳴らす。


荘厳だが陰鬱な鐘の音が響くと重厚な扉がゆっくりと開き、中から

2名のハイプリーストを従えた大神官が姿を現す。そして立ち去った

気配も無かったのにいつの間にか案内役の待僧の姿が消えていた。


「新勢力ガープの大幹部、烈風参謀殿ですな。私は大神官コロシアと申す。

ここより先の奥殿は私が案内しよう。」


「よしなに。コロシア大神官。」


無感情な大神官の言葉に完璧に感情を抑制した烈風参謀が応えて

奥殿へと進む。


重厚な造りの廊下を静かに進む一団。


無言である。とても4人の人間が動いていると思えないほどの無音。

分厚い敷物のせいか足音すら無く呼吸音すら感じられるまま大礼拝堂

に近い玄室へと到着した。


構造としてはルアンの領都カッツエにあるゼノス大聖堂にあった最重要

会議室『祈念の間』と同じである。というか各地の大聖堂の構造が

このロルク聖庁府に範を取って建造されたので同じなのも道理であった。


磨き上げられた大理石で造られし円形の空間。壁面にはゼノス神の

ホーリーシンボルが並び床には六芒星が描かれ向かい合うように

2脚の椅子が配置されている。


だが、誘われし訪問者が冷静沈着な烈風参謀でなければギョッとし

たじろぐであろう状況に玄室内はなっていた。


案内してきたコロシア大神官を含め13人の大神官が整列し、

目の所だけが見えている三角巾を被ったハイプリースト数十名が

大きな鎌を持って壁に沿い並んでいた。


そして彼らを統率するのはヤソ・レイシス最高大神官。

髪も眉もそり落とし漂白したような白い肌を持つ怪人物は

まっすぐ烈風参謀を凝視している。


そこは何とも言えず邪な気配が漂い闇が匂う玄室だった。


弱気な者であれば遁走し正義感が強い者ならば闘争心を

滾らせ仁王立ちになろう。されど烈風参謀はいずれでもなく

全身から悪のオーラのような威圧を発し堂々と入室するのだった。


「我が呼びかけに応じよくぞ参られた。新勢力ガープを代表する者よ。」


「お招きに感謝致します。最高大神官猊下。」


ヤソ最高大神官は一瞬たりとも烈風参謀から目を離さず身振りで

着席を勧めつつ、


「烈風参謀殿、貴殿がこの交渉についての全権を握っているのか?」


「然り。」


最高大神官と同時に着座しながら烈風参謀は応えた。


「私を含むガープ三大幹部は完全なる同格。それぞれ役割分担を分けている

に過ぎません。外交交渉は私の専権事項。これについて他の幹部は私の決定

を覆す事は出来ません。」


「ならば重畳。」


座った瞬間からほとんど姿勢や表情を変えないままヤソ最高大神官が問う。


「率直に伺おう。新勢力ガープ何を欲し何を狙っている?」


脚を組み首を少し傾けて座っていた烈風参謀は何かを納得するような

仕草で、


「相手の要求を問う。利害調整の第一歩ですな。いきなり我等の妨害を

行って来た五大賢者とは違い猊下は弁えておられる。」


「問いの答えになっていないが?」


「よろしい。これ以上邪魔をされぬよう我々ガープの目的を

先に明かすとしましょう。」


そうして烈風参謀は魔法の一切存在しない地球世界での決戦に敗れ

異次元に転落するハプニングでガープがこの世界に漂着した経緯を

要約して説明し、


「この世界で初めて魔法なる物を知り、特に転移など空間を跳躍したり

デーモンを異界から召喚する魔術に着目しました。これらと我がガープの

亜空間制御を組み合わせれば元の世界との安定した次元通路を形作る事が

可能だろうと目算が立った…」


そこでガープはこのマールート世界で表向きは友好的な態度に出て

魔法研究の協力を得つつ兵器などを製造し戦力を蓄えて地球世界への

逆襲を準備すると言う事を烈風参謀は理路整然と述べてゆく。


「魔法はあるが科学技術で遅れているこの世界。ギリギリまで油断させ

最終局面で一気に植民地とし、同時に地球世界に逆襲をかけ征服する。

魔法を利用して…」


「魔法を使うのか?」


「まず、通路が開通すると同時に地球にマナを送り込む。そして…」


「万物に魔力が無き世界にマナを送った所で直ぐに霧散してしまうぞ?」


「短時間で宜しいのです。虜囚とした魔王軍四天王インプルスコーニへの

尋問で魔霊なる我が検知機能をすり抜ける存在がマナの薄い我がガープ要塞に

侵入した事を知りました。」


烈風参謀は背もたれに体重をかけながら一気に言い放つ。


「魔霊や邪妖精といった魔術を行使すれば物質の壁を透過したり僅かな隙間から

侵入できる者共を地球に送り込む。そうして転移の為のマーキングポイントを

設定いたします。」


「マナが薄ければ小さな物体しか送れぬぞ?しかも魔力を宿す物でだ。とても

お前達の兵を送れるとは思えんが?」


「砂粒程度の物を送れれば宜しい。地球の各地にある動力源、核融合炉の中心に

この世界で生成した反物質を送り込む。反応中の核融合炉は大規模な爆発を起こし

周囲を死の大地に変えるでしょう。間髪を居れず我がガープの侵攻部隊が攻撃を

開始。地球は一日で我がガープの手に落ちる。」



「…なるほど、貴様等ガープの狙いは世界征服。それも2つの世界を同時にか。

なかなか欲深い事だ。」


「否。」


烈風参謀は軍帽を深く被り直す。目元が隠れ美貌は影で覆われた。

唯一見えている口元に歯を剥く猛獣の笑みを浮かべ、


「せっかく異世界と安定的に繋がる通路を確保してそれだけでは謙虚すぎる

でしょう?数多ある別世界に侵略の手を広げる。地球とマールートから同時に

1つの世界に侵攻をかければ容易く墜ちる。そうして次々と発見する限りの

世界を征服し全ての世界を手に入れ我々ガープは『絶対支配者』となる。」


黒い笑みを浮かべたまま烈風参謀はオーケストラの指揮者のように

両手を広げ世界征服を宣言するのだった。


流石に少し鼻白んだヤソ最高大神官は少し呆れたような口調で、


「業の深い野望を抱いているようだが異世界通路がまだ出来ておらぬというに

我欲に突き進むのは勇み足になろうぞ。」


「情報を投入し未来の可能性を計算させるコンピューターという物で

算出させた結果、竜都ドルーガ・ライラス地下で発見した研究施設遺跡

からアストラル・ゲートの全情報を獲得しゲートの研究結果を加えれば

異世界通路完成の可能性は高いと計算出来ました。勝機があるなら突き進む

のみです。」


アストラル・ゲートという言葉を受け最高大神官の表情に微細な変化が

あったのを烈風参謀は見逃さなかった。


(ここで一気に畳み掛けるか。)


「これが我がガープの狙っている物です。で?神聖ゼノス教会の方では

何を欲し何を求めておられるのかな?」


「我が教会の望みなどささやかな物。偉大なる英雄神ゼノスの御心に

寄り添う事のみ。」


(流石に動じる事はないか…)



「…成程、してその英雄神は何を欲しておられる?」


「『降臨の議』を成してゆく事を我ら下僕に示しておられる。」


今度は烈風参謀が内心の動きを顔に出しそうになる。


降臨の議とは故ザン・クオーク選帝侯の残した資料にもあった言葉で

彼らが勇者と魔王に拘る重要な理由であるらしい。


「降臨の議について詳しく知りたい。我等と利害が衝突するか否か

見極めたい。」


「言われずとも説明するつもりであった。我が方が望むのは降臨の議への

協力だからな。」


ヤソ最高大神官の黒い口が笑みを形作った。


「説明といっても単純な事だ。最終決戦で勇者と魔王を一騎打ちさせるだけ。

その時、我が神ゼノスが降臨し勇者の身に宿る。魔王との戦いの活力をゼノス神に

提供し受けるダメージや苦痛は全て勇者が引き受ける。そうして魔王を倒しその

魔力と魂、そして肉体の全てをゼノス神がお召し上がりになり、そのまま勇者は

魔力に魂と肉体、存在の全てをゼノス神に献上し消滅してゆく。」


「「「「羨むべし!!ゼノス神に全てを捧げる名誉と栄光を!!」」」」


ヤソ最高大神官が説明したのに合わせ周囲を取り囲む大神官とハイプリースト達が

いっせいに唱和した。


(…つまり、魔王の特質に対応した勇者の力を利用して戦い、

そのまま勇者と魔王を生贄として同時に貪り喰らうのか!!)


烈風参謀が降臨の議の全貌に戦慄している間もヤソ最高大神官の

説明は続いた。


「降臨の議を終えた後、ゼノス神は50年かけて吸収した存在を咀嚼し

味わいながら吸収し自らの力を高め進化して行かれる。降臨の儀を続けて

行けばやがて偉大なる英雄神ゼノスは全ての生命、全ての神々の上に

君臨する『最高存在』へと至るであろう。」



「…『最高存在』か。我がガープの目指す絶対支配者などより

よほど壮大な話だな。」


「当然である。神と人では基準からして違うのだからな。」


「だが、神が欲する降臨の議だけが望みで神聖ゼノス教会独自の狙いや

野望が無いなら我々と利害の衝突は無いな。…勇者の命運など興味は無い。」


「重畳、重畳。では新勢力ガープは我等と手を組むという事だな?」


「そちらの望みは勇者ゼファーと大魔王クィラとの直接対決を演出し

その戦いに手出ししない事でよろしいか?」


「それと禁忌の迷宮の最奥を開く『ルーシオンの鍵』を引き渡してもらおう。

鍵がガープの手に落ちた事は分かっている。禁忌の迷宮の最奥は何があっても

開かせる訳にはいかぬ。」


「無理だな。鍵は魔術師ギルド総帥バーサーン最高導師と共同管理となっている。

そして魔術師ギルドとの契約で禁忌の迷宮遺跡の探査も行う手筈だ。我等の目的

の為に魔術師ギルドによる協力は不可欠だからな。」


ヤソ最高大神官の瞳に剣呑な光が宿る。


「貴様等は野望成就の為に表向きは友好的態度に出るつもりだろう?我らが

『世界の敵宣言』を撤回しなければ各国との関係改善など出来はせんぞ?

それに貴様等ガープの本当の野望もどこからか洩れるかもしれぬなぁ。」


その言葉に猛獣の笑みを浮かべていた烈風参謀の口元は悔しげに閉じ

ヤソ最高大神官の瞳に勝ち誇りが浮かぶ。


「……鍵の持ち出しには時間が掛かる事は承諾頂きたい。禁忌の迷宮最奥の

探査は『非常な困難により停滞』する事にする。」


「困難による停滞?」


永遠に停滞・・・・・。最奥に何があるか我等も魔術師ギルドも把握していない。

中層や下層で得た超魔術文明の資料を定期的に与えておけばギルドも

大事にはすまい。何せあの迷宮に入れるのは我等だけ。ギルドには

真実を確かめる術はないのだから。」


「それで手を打とう。それでガープは何を望む?世界の敵宣言の解除だけか?」


「解除は是非に。他には五大賢者の抹殺と我等との敵対を叫ぶゼノス聖堂騎士団の

撃滅の許可を頂きたい。」


「好きなように殺すがよい。使えぬガラクタと失敗した役立たずだ。」


冷厳に言い放ちヤソ最高大神官は立ち上がった。交渉は妥結したのだ。


烈風参謀も立ち去る為に立ち上がる。その時、


「我がガープの異世界征服が順調に進んだ暁には異世界の魔王を養殖し

定期的にこの世界にお送りして進ぜよう。いかがか?」


 クックックックッ…


顔の表情を変えないまま喉の奥で含み笑いをする最高大神官。



「魔王を養殖か。汝らガープは実に面白い。本日の会談は有意義であった。

約束の履行を切に願う。大儀である。」



こうしてもっとも困難だと思われた神聖ゼノス教会と新勢力ガープとの

秘密交渉は成功に終わった。相互に相手をまったく信用しないままに。




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