69 ガープ要塞の一日
トロール?ああ、大嫌いだよ。けどお前さんは違うだろ?
(これは…あの頃の……)
ハーフトロールの神官パンガロは混濁した意識が整って行く中で
懐かしい日々の夢を見ていた。
愛する故郷と愛する母をトロールの襲撃によって喪失した
若きハーフトロールのパンガロ。
生き残り一人で放浪する彼は有形無形の様々な迫害を蒙った。
人々からは忌み嫌われ官憲からはあらぬ疑いを掛けられる日常。
辛くはあったが悔しくはなかった。
「…トロールの血なんて酷い目にあって当然だ。トロールなんか
滅びればいい。」
石持って追われあて無き旅の途上、パンガロは最初の劇的な出会いを果たす。
放浪の途中で彼が立ち寄ったのはアマン内海と呼ばれる大陸最大の淡水湖の
湖畔、バーマ半島と呼ばれる小国家が乱立する地域にあるゼナーク王国の僻地、
アマン内海に面し半漁半農で生計を立てる小さな村落であった。
ここに立ち寄った時、村の名を知る前にパンガロは戦いに巻き込まれる。
湖面から半漁人ギルマンの大群が出現し村を襲撃してきたのだ。
元々ここはギルマンの被害が出ていたらしく、村で雇った冒険者が
迎え撃っていた。
だがここは貧乏小国のゼナーク王国の片田舎の村である。充分な資金を
捻出する余裕などなくこの依頼で雇われた冒険者はアイアン級冒険者の
『燃える闘志』の1パーティーのみ。それも不穏な動きを見せるギルマンの
調査依頼として来ていた彼らにとっても予想外の襲撃であった。
百体近いギルマンの相手をするにはあまりに荷が重い。
若い冒険者に村の若者たちが及び腰で助太刀するのを見かねたか旅の神官と
たまたま立ち寄ったコボル族の剣豪チュクワ、そしてパンガロが助太刀して
の大混戦となる。
激闘の末、邪妖精に憑り付かれ正気を失っていたギルマン・リーダーを
撃破するとギルマン達は退散して勝利を得る。元々、彼らの生息域は
離れている上に餌も豊富な湖だ。今まで人間の生活圏に接触して来る事は
無かった。原因は邪妖精であったようだ。
「まあ、次の繁殖期には新たなギルマン・リーダーを決める競争が始まり
此方に関わって来る事も無くなるだろう。本件はこれで解決したと判断しても
良いと思う。まあ念のため私が暫く滞在し様子を見るとしよう。」
剣豪チュクワがそう結び喚声が上がった。
戦いが終わって被害の確認や怪我人の救護、そして祝宴の準備などが
始まる中で独り離れて座るパンガロ。そのまま誰にも相手にされないまま
時が過ぎると思われていた。
「え?」
それなりの怪我を負っていたパンガロに暖かな治癒魔法の光が向けられ
痛みが引いて行った。パンガロは目前で治癒してくれた旅の神官に、
「…助かる。……ところで貴方はトロールにも救いの手を差し伸べるのか?」
「そのトロールが悪事を働か無きゃな。けどお前さんは人間だろ?」
そう言って豊かな口髭を生やした初老の神官はニカっと笑う。
これがパンガロの師匠、秘神の神官キューケンとの出会いであった。
キューケンによって誘われ秘神の徒となる決意をするパンガロ。
神官としての修行は決して楽な物ではなかったがキューケンの飄々とした
人柄とその奥に秘められた叡智に触れる充実した日々を送った。
「パンガロよ、お前は誰より理不尽な運命と不公平な扱いの辛さを知っている。
考えようによっては財産だ。人に対して公平に接する事の尊さを最初から知り、
理不尽な運命に翻弄される人に救いの手を差し伸べる事の大切さも知っている。
これは良き神官として大切な資質だ。誇りを持って旅立て。愛弟子よ。」
生来の生真面目な性格により神官として立派に成長したパンガロは
修行の一環として人々を救う旅に出る事を申し出たのだ。
キューケン師は快諾し快く送り出してくれる。共に修行した
兄弟弟子達も。
初めて出会った時には開口一番、
『俺はお前と馴れ合うつもりはない!俺はトロールが大嫌いなんだ。』
『奇遇だな。私もトロールなんか大嫌いだ。』
『はあ???』
そう言っていた弟子仲間が今では一番パンガロの事を心配し
あれこれ多数の餞別をパンガロに持たせてくれた。
大きく手を振り神殿の門を出るパンガロ。再び一人旅となったが
寂しさや心細さは既に無い。帰るべき場があり世を救う使命感が
胸を高鳴らせ…悪なるトロールを滅ぼす暗い復讐心を心の奥底に
秘めた彼には寂寥なぞ感じる暇は無くパンガロの目線はまっすぐ
未来を向いていた。
「キャアアアアア!!」
旅を続けるパンガロがラースラン王国の地方都市スミックに立ち寄った時、
大勢の悲鳴が轟き大通りを暴走馬車が爆走して来た!!
ドガガガガガガガガ!!!!!!
御者を振り落とし興奮しきった馬が爆走して人々が逃げ惑う中、
パンガロが馬車に駆け寄るのと冒険者と思われる一行が同じく
暴走する馬車に飛び出だすのがほぼ同時であった。
リーダーらしい男が御者台に飛び上がり手綱を引いて馬のコントロールを
試みる。興奮した馬の制御はなかなか上手く行かなかったが幾分は勢いが
衰えた。そこをパンガロの巨躯が真正面から受け止め馬車の静止に成功した。
固唾を呑んで見守っていた人々の喚声が上がる。結局、犠牲者は無く
御者台から振り落とされた御者のおじさんが腰を打ったのと正面から
馬を受け止めたパンガロの2人が怪我を負ったのが犠牲の全て。
パンガロ自身が治癒魔法で御者のおじさんと自分を治癒し解決した。
「へえ、アンタ神官かい。」
人懐っこい雰囲気と笑顔で冒険者一行のリーダーが話しかけてきた。
「俺はリポース。『自由の速き風』ってパーティーのリーダーをやってる。
なあアンタ、ウチに入らないか?ちょうど神官を探してたんだ。」
「…私はパンガロと申します。なぜ私をお誘いに?貴方はトロールを嫌悪されぬ
のですか?」
「トロール?ああ、大嫌いだよ。けどお前さんは違うだろ?」
自分でも悪い癖だと思いながらも毎度の事を問うパンガロに人好きする
笑顔で即答するリポース。これがパンガロの人生における第二の大きな
転機、自由の速き風との出会いだった。
(…本当に…素晴らしい仲間達でした。共に笑い共に苦難を乗り越え、
アゼル鉱山のサイクロップス退治やサーニスの悪霊事件、そして
我が故郷のトロール征伐に極めつけはあのガープ要塞偵察…どんな
大事件も皆と共に切り抜けて来た。何の差別も軋轢も無く…そう、あの
高貴な身分を隠していた若者もまた公平に…接してくれて……)
コポポポッ……
次第に意識が鮮明になり全身の感覚が戻り始め、自分が体温と同温の
液体の中に浮かんでいる事を感じ取る。
(私は…生きている!!)
この時、はっきりとパンガロの意識は覚醒した。自分の命運はまだ
尽きておらず再びあの素晴らしい仲間達と会えるかもしれない。
液体に浮かぶ中、ゆっくりと目を開くパンガロ。
そして自由の速き風の仲間と再会する望みは0.1秒で叶えられた。
パンガロの目の前には自由の速き風が全員揃っておりパンガロが目を開くと
同時に喚声を上げたのだ。
リーダーのリポース
軽戦士キャンデル
斥候のクゥピィ
上級魔術師ルティ
そして元メンバーで今も絆で結ばれた仲間ユピテル
彼らと再び会えた事をガープメディカルセンターの培養槽の中で
パンガロは秘神に感謝していた。薄く青い培養液に涙が溶け出す。
「どうじゃ?ワシが計算した通りの時間にパンガロ殿の意識が戻ったじゃろ?」
黒いドクターコートを着た、まるでマッドサイエンティストのサンプルのような
人物が悪だくみしているような笑みを浮かべてリポース達に声をかける。
(死神教授殿…なるほど、ここは…)
パンガロは自分がガープの施設で高度な治療を受けた事を理解した。
そうすると色々と納得もつく。切断された筈の下半身が元通りに
繋がっている事や肺の中まで謎の液体に満たされているのに呼吸が
出来てまるで苦しくない事、培養槽の表面に葉っぱの画像が表示されて
全裸のパンガロの股間を隠している事などガープの超技術あっての事だろう。
「気分はどうじゃ?そのままでも会話は可能ゆえ教えてくれんかパンガロ殿。」
「上々ですよ死神教授殿。痛みも殆どありませんし怪我が残っているとしても
軽微かと。後は自分で治癒致しますゆえ此処から出していただけますかな?」
「それは重畳。貴殿の生命力は強靭じゃったがそれを加味して考えても怪我の
具合は深刻じゃった。よく耐えたのう。さて治療魔法を行使されるなら是非も
無い。すぐ出して進ぜよう。ところで相談なのじゃが…」
「相談でございますか?」
「うむ、報酬を出すゆえ神聖魔法の行使を行う際にセンサー類で計測し
記録させて欲しいのじゃよ。ジジルジイ大導師殿の協力で魔術師系魔法
のデータを、妖精国のソア殿とリルケビット殿から精霊魔法のデータを
頂戴した。次は法力とも呼ばれる神聖魔法のデータじゃ。何度か短期で
訪れている『覇道の剣』のルシム殿には断られてのう。」
「何ゆえ断られたのですかな?」
「なに、我々には魔法が効かんのでな。ちょうど怪我人もいなかったので
クローン体を作り出し怪我を負わせそれを治癒してもらおうと思ったのじゃ。
ところが…」
賢者ルシムはワザと怪我人を作るような邪法の行為に協力するのは
教義に反すると丁重に断って来たのだった。善悪以前に宗教家と
マッドサイエンティストとの発想には大きな齟齬があるのだった。
「…それは…断られるでしょうね。」
「そこで貴殿じゃ。自分自身の治癒を行うなら教義とやらに反さんじゃろ?
報酬も出すので頼まれてくれんかの?」
「報酬など無くとも…」
「遠慮は無用じゃ。貴殿は外見のせいで大変な苦労をして来たと聞いておる。
我が改造技術の応用で生命力の強靭さや筋力はそのままに外見・容姿をより
良い姿に変えられるぞ?どうじゃな?」
「むろん協力は致しましょう。致命傷を癒していただいた恩義がございます故。
ですがその報酬は謹んでご遠慮いたします。」
「いらんのか?」
「この姿形こそが人としての私の有様そのものですので。」
ふむ、っと死神教授は感服した様子で、
「…どうやらパンガロ殿の事を見くびっていたようじゃ。済まなかったの。
では改めてデータ収集の件を宜しくお頼み致しますぞ。」
死神教授の要請をパンガロは快く引き受け、全てに一段落がついたところで
全員で電脳空間都市ガープ横丁へと誘われた。
「快癒したようで何よりですなパンガロ殿。ユピテル殿下を通じての
依頼を見事達成して頂きこの烈風参謀、自由の速き風の皆様には心より
の感謝を述べさせて頂きたい。」
まず一行を出迎えてくれたのは烈風参謀だった。
迎えの挨拶を行いつつ皆をエスコートしてきた死神教授とも
頷き合う。そこにスイっとパンガロが手を挙げた。
「此処へ来る道すがら私が倒れた使徒エネアドとの戦いから既に
10日が過ぎ、聖戦も終結したと聞きました。ですが大枠でしか
伺っておらずもう少し仔細をお聞かせいただけませんか?」
パンガロの問いに烈風参謀がしっかり頷き明朗に応える。
「あれから10日、コードネーム『黒タケノコの塔』に我がガープの
科学調査班と魔術師ギルドの魔道研究チームとの合同調査隊が入りました。」
ここで烈風参謀は軽く頭を振り、
「だが残念な事に心臓部と思われる最上階はまるで室内で大嵐が
巻き起こったような惨状で魔法装置や転移門も破壊されており、
資料の多くも喪失してしまっていた。ゆえに誠に遺憾ながら最後の
五大賢者、赤賢人ラーテの逃亡先を特定するに至っていない。」
「最後の五大賢者?!」
「ええ、聖戦における攻防で黄玉の賢人シスと緑玉の賢人パオロが倒れ
黒タケノコの塔で黒玉のジャミアが消滅。そして今回タケノコの塔に
僅かに残った資料によると青玉のハーリクはもっと以前に倒れていた
事が判明しました。」
「それが分かっただけでも成果充分じゃ。そして断片的に残った資料から
既に『魂魄石』なる物と奴等の目的と思われる『魔法帝国グレイゼンベール』
なる物の資料を得た。魔術師ギルドの分析結果が届き次第、我がガープの
量子スーパーコンピューターで解析し連中の全て暴いてくれる。そして何より
例の鍵を得た事も………」
烈風参謀の言葉を死神教授が楽しげに継いだタイミングで新たに
電脳空間にINして来た者達が現れる。
紫の長髪をした美形と人間大のピクシーの美少女と美少年。そして左右の
瞳の色が異なる女騎士とマルチーズの仔犬のようなコボル族の剣士だ。
「烈風参謀殿、ソア大使とリルケビット大使に豪槍戦士アルル殿、そして
剣士プル殿を御案内致しました。」
紫髪の男、人間姿のウオトトスがそう報告すると紫の服の胸元にある
紫のバラのコサージュに優雅に手を当てる仕草をする。
「今はいいけどさぁ、ウオトトスは怪人姿の時でもそんなキザなポーズを
良く取るよね?それ止めた方がいいと思うなぁ。」
「フフッ、心の目でよく御覧下さいソア殿。そうすればきっと同じに
見えるはずです。」
「…それは目の検査事案だろう。」
ピクシーのソアの突っ込みに図太い感性で返すウオトトス、それに呆れた
言葉を発する元魔王軍四天王だった剣士プル。どうやらガープ側が予定した
人員が全て揃ったようだ。
「話の途中で済まないがこれよりマールート世界の方々に見て欲しい
映像がある。例の偽ガープ騒動に端を発するプロパカンダ戦への我々の
カウンターの柱となる映像だ。事前に説明した通り…パンガロ殿には後で
仔細を含め全て御説明申し上げる。話の続きも依頼達成の祝宴も映像の
後でという事に。」
パンガロは烈風参謀の要望を了承した。要するに事前に説明したのは敵の
仕掛けたプロパカンダ戦に効果の無いバカ正直な弁明を行う選択を捨てて
宣伝戦で対抗する旨を掻い摘んで皆に説いたのである。
理想論を好むアルル以外は現実主義者であり、そのアルルも現状を良しとせず
さりとて具体的な代案も持ち合わせていなかったので協力する事に同意していた。
ガープ・スーパーシネマ
電脳空間都市にある巨大映画館で炭酸飲料やポップコーンを持ち込んで
全員が着席する。当たり前だが貸切であり上映時間は全員が着席した瞬間だ。
始まった映像はまさに超大作アクション映画だった。
『勇者だろうと魔王軍だろうと我々新勢力ガープの目的を邪魔する者は
叩き潰すのみ!!苦痛ある死を恐れぬなら掛かって来るがいい!!』
場面はあの聖戦連合軍とガープ前進基地との聖戦の場面、勇者ゼファーの
出現と闇大将軍との対峙から始まっていた。
臨場感に溢れている。それも当然でこれは実際の場面映像だったからだ。
各国の兵士も目撃している現実の場面。
ただしドローンによる映像や超望遠撮影などで撮った勇者ゼファーのアップや
俯瞰画像がカットバックで入りドラマチックに編集されていた。
『ほほう?守旧派の連中が魔王軍とか言うカス共を利用する計画を進めていると
聞いていたが戦闘部隊を動かしたとは聞いていなかったな。一度本拠地で確認を
取らねばなるまい。』
そうして映像はスムーズに流れて行きドラマチックに進行する。やがて聖戦が
終結し闇大将軍が帰途に付く場面と平行してガープ要塞内での騒乱の場面に
変わった。
守旧派と呼ばれる一団が魔王軍をガープ要塞内に引き入れ闇大将軍の留守に
組織を掌握しようと実力行使を開始した場面から守旧派の怪人達が魔王軍から
借り受けたアークデーモンやグレートデーモンの大軍が暴れる寸前、人質だった
ラースラン王国のユピテル王子が一緒に囚われていたコボル族の凄腕剣士プルと
一緒に機転を利かせ隔壁を下げ時間稼ぎに成功し、帰還が間に合った闇大将軍が
反逆した守旧派と激しい戦闘の末に撃滅する様子が最高のアクション映画のように
描かれている。
最後は魔王軍の危険性を訴えるユピテル王子がガープ側に一時休戦と和平を
提案し闇大将軍が偉そうな態度で受け入れる場面で映画は終わった。
館内に明かり灯るとリポースが開口一番に
「おいリヒテル!!じゃなかったユピテル殿下!!凄い事をやり遂げた
じゃないか!!けどあの後は大丈夫だったのか?!」
「……いや、あの聖戦場面の後は全て作り物ですよ?だいたいあの気さくな
闇大将軍が偉そうな態度で終始する訳無いでしょう?」
「へ?あっそうか。」
「それもそうだな。」
自由の速き風一行やアルルがそれを聞いて落ち着く様子に
死神教授が満足げに頷く。
「ふむ、内容の出来栄えは合格点じゃな。我が方の内実を知る皆ですら
一瞬信じてくれるほどじゃ。」
「くくくっ、前半は本物の記録であり各国軍や各勢力の密偵が直に目撃した
内容だ。そこから自然な繋ぎで後半を見る者の大半は我がガープの内側を
知らず闇大将軍の個性も知らん。魔法による真偽判定も受け付けぬ映像で
ある以上充分な効果が期待できるな。」
計画では解放されたユピテル王子が王族の彼を手助けした功労者のプルを伴って
ラースラン王宮に帰還しこの映像を各国にばら撒いた後で王国の魔術師ギルドが
ガープとの和平への仲介支援を行う手筈になっている。
「魔王軍と手を切ったと見えれば彼らの大義名分も揺らぐだろう。おまけに
水面下で我々に接触を図って来た相手にポラ連邦とクー・アメル朝があったが
…なんとゼノス教会も続いて来た。この宣伝戦、第一歩を間違えねば意外と
早期に終息させられるかもしれん。」
その後も映像の感想を言う一行の言葉を烈風参謀と死神教授は丹念に拾い
どんな小さな感想でも粗略にせず参考にしてゆく。
こうして映画館を出る一行、その時にパンガロがポツリと質問した。
「色々と知りたい事が出来ましたが時間が掛かりそうなので一つだけ。
あの、モーキン殿はどうなりましたか?未だに姿を見せられないので…」
過酷な処分を受けたのではないかとモーキンを心配するパンガロに
死神教授が応えた。
「脱走組の処分は来るべき魔王軍への大規模攻撃の際に闇大将軍と共に
突入する最先頭部隊への配置と決まった。サボった分コキ使う為じゃ。」
「それではモーキン殿達は無事なんですね。」
「それが無事といって言いいのか…」
「6人ともメチャクチャ落ち込んでるんだよ。」
「え?」
キャンデルとクゥピィが困った顔で説明してくれた。
帰還した後、聖戦における聖戦連合軍の目を覆わんばかりの被害の実態に
絶句したモーキン達。その主因がAI制御の自動銃座からの無慈悲な攻撃だと
知って絶望的に落ち込んでいるという。
『闇大将軍さんがAI制御にしたのは引き金を引く戦闘要員の心理的負担を
減らす為だったと聞いてるッス……自分等の脱走騒ぎが無かったらそんな
配慮は考慮されなかった筈ッス。俺らのせいで大虐殺に……』
「なんと…」
「闇大将軍は脱走騒ぎに関係無くAI制御銃座は採用するつもりだったと
言っておるがモーキン達は納得せんでな。もう一方の原因である兵士の
心理操作を行ったゼノス教会と五大賢者を倒す事で責任を果たせと
ワシは言っておるのじゃがのう。」
「後で私の方からモーキン殿達の所へ参りましょう。あのような心優しい
方々が苦しむなど放置できません。」
「うむ、かたじけない。まあ気分転換になるかと思ってな。明日の夕刻に
来る予定の『覇道の剣』のライユーク殿にモーキン達に振舞うペナルティ
用料理のバルネロという奴をお願いしてある。スコヴィル値300万を
超える超激辛料理じゃ。それで鬱々を吹飛ばしてくれると良いが……」
パンガロがモーキン達の事を考えつつ仲間たちの方へ歩を進める
後姿を見やる死神教授にずっと黙っていたプルが横から声をかけた。
「教授、俺の直感だといまこの電脳空間内に居るのは俺達を含めて
122名だが合ってるか?」
「残念じゃが121名じゃ。お前さんの直感は凄まじいがここは
科学の真髄のような場じゃからのう。やはり間違っとるよ。」
データウィンドウを開き確認する死神教授は言い切った。
実は何度も同じやりとりを行っている2人なのである。
「…直感だと常に1人多く感じる。この電脳空間に何者かが常駐し…」
「根拠の無いオカルトじゃと思うがな。まあ次の定期メンテナンスでは
項目を増やし徹底的に調べてみよう。さて、急がんと自由の速き風任務
達成の祝宴に間に合わんぞ。」
そう言って歩き出した死神教授にプルは小首を傾げて頭を振り
トテトテと皆に付いて行くのだった。
その翌日、ガープ要塞に隣接する王国施設にある転移門が輝き数名の
男女が姿を現す。
重機関銃を持った戦闘員が出迎えに待機していた。
「ようこそ覇道の剣の皆様、お迎えに参上いたしました。
ここは日が落ちるとゾンビが湧き出す土地ですので急ぎ
要塞へと向かいましょう。まあ、皆様なら大丈夫だと思いますが。」
「はっはっはっ!出迎えかたじけない。そういえば夕刻に到着した
のは初めてだったな!!ではさっそくガープ要塞へと入ろうか。」
覇道の剣のリーダーのライユークが豪快に笑い先頭にたって歩き出す。
ふいに頭だけ振り向いて、
「心配はいらん。話せば分かる連中だ。」
落ち着かせる為に穏やかな口調で言葉を掛けた。
いつも通り要塞に入ると中央区画から中枢へと向かうエレベーターで
三大幹部が常駐する中央作戦室へと至った。
「覇道の剣、ただいま参上!!おおっと!」
入室すると同時に目前に烈風参謀と死神教授が並んで待機しており少し
面食らうが構わずライユークは容量極大のマジックバックから蓋をされた
大きな鍋を取り出す。
「バルネロを持って来た。このまま暖め直して皿に盛り付けるだけだ。
旨いぞ!」
「おお済まんのう。」
死神教授が礼を言いその隣で待機していた戦闘員が鍋を運んで行く。
その様子を見送りライユークは真顔で正面を向き、
「見ての通り今日は俺達だけじゃないんだ。」
ライユークの後ろ、覇道の剣に守護される隊列で1人の女性が立っていた。
若い女性と思われる女性は頭から顔まで覆うベールに包まれている。
意を決したように彼女は前に出るが最初の言葉がなかなか出ない様子だった。
「あー、彼女は…」
見かねたライユークが紹介しようとした時、既に情報部からの
報告を受けていた烈風参謀が気勢を制し言葉を放つ。
「旧ラゴル王朝の名家、ヴァルファー公爵家の令嬢ベルクーナ殿ですな?」
衝撃を受け驚愕した様子の女性は震える手でゆっくりとベールを取る。
優美で豊かな髪から2本の形良い角が生え、目鼻のくっきりした
美貌と額のプラチナ色の鱗が現れた。だが本来なら意志の強そうな
瞳は戦慄に染まって見開いたまま絶句するのだった。




