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68 死闘の果てに見たもの



秘められし古代遺跡群の中心に立つ漆黒の尖塔。


冒険者パーティー、自由の速き風と新勢力ガープの戦闘員ワガハイ。

心強い援軍として妖精国ミーツヘイムのハイ・フェアリーのアスニク姫

と白銀騎士のリア・ヴラウとリトゥール・ハーの2名はその漆黒の塔を

着実に攻略していった。


真の名を常闇の塔、彼らが仮称として黒タケノコの塔と呼ぶそこは

地下迷宮のような構造ではなく素直な構成の建造物ではあったが

どこか宗教的な重要施設を思わせる荘厳な造りと外敵を阻む防衛機構が

存在している。


ジャミアは魂魄石の制御と構築に用いる魔法装置を動かす算段をつけ

青玉のハーリクの魂を封じてあるアクアマリンと共に退避させていた。


それも破損したアクアマリン再生作業を中断せず稼動状態で動かす為に

充分な時間を稼がねばならぬ。ジャミアは駐在するゼノス教会の大神官の

非難を受け流しながら全ての防衛機構を稼動させ移動準備を進めた。


結局、ジャミアはゼノスの大神官に見限られ破滅するのだが

彼女が残した防衛機構による罠やモンスターはそれと関り無く

侵入した白銀騎士や冒険者パーティー自由の速き風に襲い掛かる。


だが迷宮探索の専門家ともいえる冒険者パーティー自由の速き風の

経験と精霊の声を聞き危険を知るアスニク姫、そしてワガハイが持つ

小型ドローンの能力で時間をかけながらも次々と障害を突破し高い塔を

攻め登って行くのだった。



壁面から斬りかかって来る魔道エネルギーの刃を回避し、最終防衛ラインを

守る7色に輝き魔法攻撃を反射するクリスタルゴーレムの群れを撃退。そして

ついに最上階へと至る階段に迫った。次はいよいよ黒タケノコの中枢である。


全員が可能な限り魔法によるエンチャントやバフを掛け自身を強化する。


ガープ戦闘員のワガハイには魔法の効力が付かないがハイパーチタンの

プロテクター付きの改良型戦闘服を着用し戦いに臨んでいた。この服は

先の魔王軍との戦いで戦死した3名の戦闘員の戦訓を取り入れ弱点部位や

呼吸器官などの防護が向上し旧来の生物・化学兵器対応の他に不定形生物

の侵入を阻止するプロテクト・シャッターが新設されているシロモノだ。


しっかりと準備を整え、意を決し全員で最上階へと突入する。


そこで彼らを待ち受けていたものは…




「何だこりゃ…ただ事じゃねえ…」



自由の速き風のリーダー、リポースは呻いたが愛剣を構え直し臨戦態勢を

整える。他の者は無言でそれをなした。



そこは最上部の階層全てを使った空間で左右対称に幾何学的な図形と魔法陣が

描かれており窓も無く特定の光源も無いというのに非常に明るかった。


室内には魔道装置や転移門、魔道書の類が並ぶ書架があるが何より重要に

扱われているのは最奥に設えられた祭壇のような場所だろう。


だが冒険者たちが脅威に感じているのは荘厳な魔道文明でも無く

衣服と灰と人骨が小山になっている事でも無かった。


彼らが目を離せないでいるものは…


部屋の中央。その中空に浮かぶ異形の存在が部屋の入り口付近に展開する

彼らの方を向き、不気味な黒い口にニンマリとした笑みを浮かべている。


黒い口。そう、その全身が真っ白な人型の異形の顔には口しか無かった。

白い身体に頭部から長い白い髪だか触手だか分からないモノが逆立って

蛇のように蠢いている純白の化け物の唯一その唇だけが真っ黒なのである。



  (我が神に刃向かう愚者どもよ。我が名は使徒エネアド。

   汝等に絶対の破滅、絶対の死を与える者である。)



「チッ、どうやらルスタン並みにとんでもねえ化物みてえだな!塔を登るのに

時間をかけ過ぎちまったか!!化物を準備してジャミアの野郎は転移門で何か

持って逃げたらしい!!」


斥候のクゥピィが大規模な物を転移門へと動かした形跡を見つけ忌々しげに

叫んだ。すると空中で不気味なオーラを発するエネアドが、


 (我をルスタン如き肉人形と同列に見るとは笑止。滅ぶべき者共よ、

  冥府への土産に教えてやろう。ジャミアは魂魄石と共に消滅した。

  もはやこの世界に存在しない。)



「魂魄石??」



  (問答の時は終わった。次は汝らの時が終わるのだ。)



シュアアアアア!!!!


念話とほぼ同時にエネアドの全身から白濁としたガスが噴出し、

瞬く間に階層全てに充満する。


「ふん!!甘い事を。」


アスニクが精霊魔法を行使しながら言い放った。


発動した魔法『シルフの加護』が味方全員を包み謎の白い気体からの

影響から切り離す。シルフの加護がある限り毒ガスなど有害な気体の

脅威は除かれる筈であった。



  (愚かな事を…一呼吸で楽に逝けるというのに足掻くつもりか。

   だが…しょせんは無駄な足掻きだ。)



エネアドの言葉は謎めいていたがその場に居る者達には謎ではなかった。

すぐにその意味を知る事になったのだから。


「風の精霊達が命と魔力を吸われ苦しんでいる?!」


シルフの加護を発動し維持している風の精霊達の異変にアスニクが

驚きの声を上げた。白い気体に直接対峙している精霊達から生命力や

魔力が気体に引き込まれるように滲み出し吸い取られる。アスニクの

声は切迫したものだった。


それを聞き加護の効力が長く持たないと判断した一行は即座に攻撃を開始する。


「マナの電光よ!我が敵を打ち砕け!!」



ズギュウウウウンン!!!



上級魔術師のルティが上位の雷属性攻撃魔法『紫電』をエネアドに向け放つ。

同時に白銀騎士が右側から、リポースとクゥピィ、キャンデルが左側から

エネアドに斬りかかった。


だがルティの放った電撃呪文はエネアドに届く前に霧散してしまう。

正確には呪文を構成する魔法術式がガスにより解かれ魔力エネルギーが

白く濁った空間に溶け出し統合と指向性を失った電気は無秩序に放電して

しまい威力を発揮できなかったのだ。


そしてリポース達の武器や防具に掛かった強化魔法のエンチャントや

白銀騎士の装備に宿る精霊力もエネルギーを抜き取られ威力を落とす。


使徒エネアドの身体は魔法援護を失った武器で傷付けるには

異質なほど硬く歯が立たなかった。


  (クククククッ…)


エネアドは避ける素振りも見せず白い髪を蠢かせている。


魔力の流れを見る事が出来る者の目には白濁とした空間に

溶け出した魔力を触手と化したエネアドの髪が貪り吸って

いる事を見て取る事が出来たろう。


「くそっ!!」


攻めあぐねているリポースにエネアドの指が無造作に向けられた。


ガスがあるおかげで見えた無色透明の球状の物がリポースを襲う。



ボゴォォォォ…



「ぎゃああああ?!」


凄まじい衝撃を受けリポースは壁に吹き飛ばされた。鎧の胸部分が拉げ

右腕と両足が異様な方向に曲がっている。エネアドが放った念動力による

邪悪な衝撃波の威力は強烈でリポースの状態は深刻だった。


牽制攻撃に出たクゥピィやキャンデルを無視し、リポースを庇う白銀騎士や

パンガロごと衝撃波でトドメを刺そう指を向けるエネアド。



その時、エネアドの側面に回り込んだガープ戦闘員ワガハイが

狙い定めたハンド・グレネードガンの引き金を引いた。


「くっ!!!」


だがエネアドの念動力で書架から1冊の書物が飛び出し、グレネードガンの

銃口の前で遮った。発射直後の擲弾が書物に当たってしまいその場で炸裂する。



ドゴォォォン!!!



  (ソレ・・は何かに当たれば爆裂するカラクリであろう?ククッ…)



爆発によりハンド・グレネードガンとワガハイの右手首が吹き飛ぶ。


ワガハイは後方に跳躍し距離を取って治療ユニットを使おうとする。

魔法が効かないワガハイは今リポースが僧侶パンガロから受けている

治癒の魔法は受けられない。



エネアドに更なる追撃の隙を与えぬよう次の一手をアスニクが放つ。

1対多数ながら押しまくられている状況を打破せねばならない。


「シルフィードサイクロン!!」


衰弱した風の精霊を送還し新たな風の精霊を可能な限りの数を召喚し直して

猛烈な竜巻を巻き起こす。風の精霊魔法としては上位の攻撃呪文であり

普通なら味方以外は敵だろうと障害物、そして毒ガスなども吹き散らす。


たとえ屋内であろうと効果時間中はガスなども渦の範囲内から除外される

筈なのだが…


「…おのれ!!これも駄目か!!」


小さな家など倒壊させるような暴風がカマイタチを伴って荒れ狂う。

室内の魔法装置や家具などもぶっ飛ばされる中でエネアドだけは平然と

浮かんでいる。ニタニタと黒い口に余裕の笑みを浮かべて。


シュァァァ…


エネアドが妖気の様なガスを再び放つとそれに触れる暴風が急速に衰弱し

力を喪失して行くのだった。


  (強き力には強きエナジィが宿る…実に美味、美味ぃぃ…)


サイクロンが消失しエネアドの黒い笑みが深くなる。


魔力も生命力も奪う死のガスが全員を押し包もうとしていた。


「…くっ、何か方法は無いか?!」


「1つ考えがございます!!ここは私めにお任せ下され!!」


リポースの治療を終えた僧侶のパンガロが前に出た。


「真なる叡智の彼方に座す秘神よ!我に力を!!『聖域結界』!!」


(リポース殿を治癒していた時、我が神の法力が奴のガスに及んでも

殆ど影響を受けなかった。おそらく…)


淡く暖かい光を伴って現れた結界は自由の速き風一行と妖精国の騎士達を

包み、見事に邪な力を退けてくれた。ガスが押し退けられ一行の周囲に

清浄な空間が出現する。



「やはり!!使徒エネアドよ、異なる神の法力を消し去る事は

叶わないようですな!」



ギリィィィィ…


エネアドは歯噛みした。パンガロが見抜いた通り他の神の御力は

吸収し辛く困難。同じく魔法という根本原理を欠く謎の力で作動する

ガープの動力と共に著しく吸収が難しく味が不味い。


白濁としたガスの無い空間を確保しようやく反撃の標が見えた。だが…


  (醜き異教徒めが!!死ぬがいい!!!)


遊びは終わりだと言わんばかりに強烈な衝撃波をマシンガンのように連続で

撃ち出しパンガロを叩き潰そうとするエネアド。だがその全てが聖域結界に

よって阻止された。邪な魔力に対する絶対の防御、それが聖域結界である。



     ( ………。)



グニュウゥゥゥゥゥ…………………………………………………………………


戦意の衰えぬエネアドの口から黒くとてつもなく長い舌が伸び、そして…



!!シュバ!! 

ガキーン!!!


鞭のように撓った黒い舌が音速を超えパンガロを襲う。

コボル族の軽戦士キャンデルが即座に反応しショート

ソードで黒い舌の斬撃を受け止めた。


だが何のエンチャントも無いショートソードは黒舌に一撃で両断され

キャンデルの体勢が大きく崩された。続いて反応したクゥピィや白銀騎士が

到着する前に返す刀で黒舌がパンガロを襲いその胴体を真っ二つに切り裂いて

しまう!! 邪な魔力を防げる結界も物理攻撃には無力であった。


万事休す。


だが聖域結界は消失しなかった。両断され上半身と下半身が切り離されても

パンガロは生きていて魔法を維持していたのだ。


神聖魔法は魔術師魔法や精霊魔法とは違い呪文を唱える必要は無く

術者の意識と信仰心がある限り行使できる。


トロールの血による強靭な生命力と仲間達に対する信頼と想いが

パンガロを支えていた。


「…ふふっ…覚悟されよ使徒エネアド、…僅かな時さえ稼げれば

私の自慢の仲間達が貴方を…滅ぼすでしょう!!」


白濁たるガスの影響が無い中、リポース達は武器のエンチャントを

急ぐ。パンガロが作ってくれた好機を逃さぬ為に。



   (…ではその僅かな時をも奪ってくれよう…)



「やべえ!!」


エネアドの黒い舌が翻りパンガロを襲う。守りを固めていた白銀騎士の意表を

突き、直上から真後ろの軌道で迫る黒舌。それを受け反応できたのは斥候の

クゥピィだ。舌の軌道からパンガロの首を狙っていると見たクゥピィは剣で

受けるだけでなく自分の身をも盾にするつもりで飛び出した。


「くそぉ!!駄目なのか?!」


黒い稲妻のような舌の速度にあと1歩及ばなかったクゥピィの叫び。


  


  ギイィィィィン!!




間一髪でエネアドの黒舌は弾き飛ばされた。音速の鉤爪・・によって。



     (な、何なのだ?あの化物は?!)



「な、何なんスか?あの化物は?!」



塔の最上階に現れた新たなる侵入者、猛禽類と人間を組み合わせたような

攻撃的な姿の怪人がエネアドと向き合い同時に相手を怪しんだ。


「モーキンの旦那じゃねえか!!」


「リポースさん!!それに自由の速き風の皆さん!!助太刀するッス!!」


モーキンと共に颯爽とした女戦士が見事な槍を構えて現れ、5人の戦闘員が

自動小銃を手に展開する。


「警告!!エネミーは銃火器に対する理解と対策を有している!!

対応無く射撃戦を挑むのは危険!!」


ネットワークの切れている元同僚にワガハイが口頭で警告を発した。

言いたい事は多々あるが今は戦いの真っ最中だ。



警告を受け乱入して来たゲンたち元戦闘員ズは銃の安全装置を入れて

ハイパーチタンの銃剣による刺突攻撃に切り替えた。


「ガープ戦闘部隊に……三大英雄のアルル・カーン?!何とも珍妙な

組み合わせだが今この状況では最上の援軍だな!」


戦乙女の精霊を剣に宿そうと急ぐ白銀騎士リア・ヴラウが呟く。

彼女達が見守る中でエネアドとモーキン達との壮絶な白兵戦が

始まっていた。



ガキーン!! ガキーン!! ガキーン!!



騎士リアの言う通り敵味方共に魔法行使に制限のかかる状況において

モーキンの分が最も良い。そしてアルルが持つ魔槍ムーライアは神器

アーティファクトの一種であり断罪を司る古代神の力が付与されている。


実際、エネアドは白き死のガスの影響を受けない攻撃手段を持つモーキンと

アルルの攻撃以外は無視していた。


「くそっ!!ハイパーチタンの銃剣が通らねえ!!」


「高周波ブレードか単分子カッターでも用意しないと無理ですね。」


ゲンとロンパがエネアドの硬さに驚きつつも攻撃の手は緩めない。

主力であるモーキンとアルルに少しでもチャンスを作り与え事態の

打開を図る為に。


ガキーン!! ガキーン!! ガキーン!!

ガキーン!! ガキーン!! ガキーン!!


戦いの正面に立つ主戦力は白兵戦特化の怪人モーキンだ。


鋼鉄の装甲板を切り裂く鉤爪を瞬間速度マッハ19・4の

高速で斬撃するバケモノのモーキンだが得意なはずの

その斬り合いで劣勢に立たされていた。


エネアドの黒い舌の斬撃はその威力と速度でモーキンの鉤爪を

凌駕していたのだ。武術の型など関係ない変幻自在な軌道を飛び

神速で迫る黒い刃と化した舌はモーキンを押しに押しまくる。


「はっ!!そこです!!」


シュギイィィィン!!


豪槍戦士アルルの的確な横槍がエネアドの動きを掣肘し

モーキンと穂先を揃えた連携でエネアドと互角の勝負へと

持ち込んでいた。だがその均衡は徐々にエネアド側に傾き

始める。



  (目障りな化物め。バラバラになって散るがいい!)



シュバアア!!! …  ドヨオォォォン!!



     (は?!)


遂に黒舌がモーキンの動きを捉え首を刎ねるかと思われた瞬間、

物理攻撃を弾くモーキンの力場フィールドがエネアドの舌を

跳ね返し一瞬の隙が生じる。


「今ッス!!」


ビュン!!シュババババ!!!



遂に訪れた反撃のチャンス。


モーキンは逃す事無く鉤爪の連続攻撃をエネアドの身体に突き立てた。

エネアドの胸と右の二の腕、右太腿にぱっくりと斬り傷が開いたが

出血が無いのが不気味である。たじろぐ様子からエネアドにダメージが

あったのは確かだが強固な鉤爪の高速斬撃をもってしても両断出来なかった

事をモーキンは驚いていた。


「まるで堅ぁいスジ肉を割り箸で突いたような感触ッス。

アンタは一体何なんスか?っておいおい!!」


気持ち悪い事にエネアドの胸と腕、太腿に開いた斬り傷が見る間に

黒い口に変化し、ぬるぅぅっと新たな黒い舌が次々と伸びる。



  (…奇怪な技を使う化物め。だがその力場バリアーのウィークポイントは

   我が神ゼノスより賜った『全知』により見切ったぞ。)



「よりによってお前に奇怪とか言われたく無いッス!!」



叫びながらモーキンは先手を取って攻撃を仕掛ける。エネアドの言動と

数を増やした黒舌から守勢に回っては不利だと判断したのだ。


賢明な判断。


1本をアルルに対する攻撃に振り向け3本の黒舌がモーキンに襲い掛かって

来たが初撃は全て対処できた。押さえ込まれないようにモーキンは必死に

左右の鉤爪を繰り出し斬り合いに応じてゆく。


ガキーン!! ガキーン!! ガキーン!!


斬り合いでリズミカルに突き出した左の鉤爪をモーキンが引いた時だった。

右の鉤爪と鍔迫り合いをしている1本を除く2本の黒舌が不気味な速さで追い

すがり、再び突き出そうと一瞬止まった左鉤爪そのものに絡みつくように

黒舌が鉤爪の根元を斬り飛ばした!!


ザクッッ!!!!!!


「あがあああ?!」


モーキンは左手側の親指を除く4本の指と鉤爪を失ってしまった。


そう、モーキンの全身を防護する力場フィールドの唯一リカバー

されていないのが鉤爪部分なのである。それも当然な話でそこまで

力場フィールドで覆ってしまうと鉤爪を相手に当てる事も出来なく

なってしまうからなのだ。


それを即座に見破り強固な上に高速で動く鉤爪を難なく切断してのけた

使徒エネアド。勝利を確信し舌を伸ばしたまま4つの口にドス黒い笑み

を浮かべた。だが…


「覚悟せよエネアド!!」


「我が剣を受けてみよ!!」


戦乙女の精霊を宿し終えた輝く剣を振りかざし白銀騎士たちが参戦する。

魔法の加速でスピードでも遜色なくなった騎士たちはエネアドの舌と

互角の戦いを展開する。


「お待たせだモーキンの旦那!!傷口から黒舌を体内にねじ込まれない様に

気をつけなよ!!」


コボル族のクゥピィもショートソードのエンチャントを終え戦いに

加わった。


アルルと元戦闘員達、そしてモーキンも残った右鉤爪を構え再びエネアドに

挑む。ここで一気に決着を付けるべく。


そして後方から更に次の者も加わろうとしていた。


「これを使えキャンデル。俺よりお前の方が可能性がある。」


リポースが武器を喪失した軽戦士キャンデルにエンチャント済みの

剣を渡しながら、


「いいか?やみくもに奴を斬っても新しい口が出来るだけかもしれん。

だから奴のココを狙え。」


ベエッ…


そう言ってリポースは口を空けたまま舌を出しその口の中を指差した。



ベテランのアドバイスにキャンデルは不敵な笑みで応え、


「なるほどね。了解したよ!」


言うと同時に抜刀し駆け出すキャンデル。


なるほどと見れば既にエネアドには左わき腹と腹部中央に新しい傷口が刻まれ

瞬く間に黒い口へと変じていた。


そこにキャンデルが稲妻のような勢いで飛び掛る。


  (ええい!!うっとおしい!!所詮ザコが何人集まろうと烏合の衆よ!

   塵が積もった所でゴミに過ぎん!!)


エネアドは新たな口からキャンデルに向けて黒舌を伸ばし迎撃しようと

試みる。だがタッチの差でキャンデルの剣先が届いた。


「これでも食らいな!!貪欲な使徒さんよ!!」


キャンデルの剣がエネアドの左わき腹の口の中に突き刺さった!!



  (うぎゃあああああああああああああああああああああ??!!)



エネアドの身体がその瞬間に硬直しエネアドの絶叫念話が全員の脳内に轟いた。


その場の全員の目線が交差し、理解した全員で一斉攻撃に打って出る。



右太腿の口に白銀騎士リア・ヴラウの長剣が突き刺さった。


  (うぎゃあああああああああああああああああああああ??!!)


右腕の口を刺し貫いたのは白銀騎士リトゥール・ハー。


   (うぎゃあああああああああああああああああああああ??!!)


腹中央の黒口を刺し抉ったのはクゥピィである。


   (うぎゃあああああああああああああああああああああ??!!)


顔にあったエネアド本来の口にはモーキンの鉤爪がぶっ刺さる。

 

   (うぎゃあああああああああああああああああああああ??!!)


そして胸の黒口にはアルルの魔槍ムーライアが古代神の霊気を纏ったまま

突き通されエネアドの体内深く刺し込まれた。


  (ぐ、ぐわあああああああああああああああああああああ!!!!)



「妖魔調伏!!○◎△$$$$◎△○!!」


アルルが古代神の聖句を古代語で唱えると魔槍ムーライアの穂先から

神秘の力が溢れ出しエネアドを内側から焼き清める。


さしもの使徒エネアドも、否、使徒だからこそ耐え切る事が出来なかった。



エネアドは弾けた。


実に呆気なく、断末魔の声も上げず粘液の詰まった水風船が弾ける様に

パチンと弾け異様な高エネルギーを含むドロドロの粘液と化して床に

ぶちまけられた。


しゅうぅぅぅぅぅぅぅ……


粘液から略奪されていたエナジィがマナへと変換され空中に放出されると

粘液は徐々に消滅し、この空間のマナの濃度が著しく高くなる頃に粘液は

消滅し床に微かなシミが残るだけとなった。




「終わった…ようだな。」


「ああ、しかしとんでもねえ化物だったな。よく勝…」



ドサッ


「おい!!パンガロが!!」


戦いの勝利を見届けるとパンガロの上半身は崩れ落ち聖域結界が消滅した。

自由の速き風の仲間達が駆け寄ろうとした時、パンガロの身体が透明な氷に

覆い尽くされる。驚く皆にアスニクが説明してくれた。


「精霊魔法の『氷棺』よ。仮死状態で眠らせたまま長く保存できるわ。

僧侶パンガロは絶命寸前でしたが氷棺で眠らせながらなら安全に後方へ

移送できるわ。あとは大神殿で最上級の治癒術を施してもらえば…」


「だが生命の女神の神殿に連れて行く訳に行かん。別の宗派の神官は基本的に

嫌がられる。ゼノス教会みたいに最初から治癒がない場合ならともかく普通の

宗派だと法外な金を要求される上に失敗しても容認する旨の誓約を書かされる。」


「けどよ、パンガロの宗派はマイナー過ぎて信者以外は神の名を明かせず

『秘神』で通し総本山の位置も秘匿されてるぜ?連れて行きようが無え。」


苦虫を噛み潰したようなクゥピィの言葉にモーキンが応えた。


「だったらガープ要塞へパンガロさんを連れて行くッス!ガープ医務局や

死神教授さんは例え首からでも身体を再生する技術を持ってるッスよ。」


モーキンの言葉で暗い雰囲気は吹っ飛んだ。少なくとも自由の速き風一行は

首から再生した人物を知っている。


気持ちが軽くなったクゥピィがいつもの調子を取り戻し、いつもの調子で

モーキンに質問した。


「そういえばグッドタイミングで助けに来てくれたけどモーキンの旦那達は

どこから来たんだ?」


「サラディア辺境伯領からッス。」


「サラディア辺境伯領?この西方辺境地域の帝国側の?目と鼻の先じゃねえか。

そんな近くにガープ部隊が居たなら最初から合流してくれた方が良かったじゃ

ねえのか?」


フイッ


クゥピィがそう言った途端にモーキン達が目を逸らした。その彼らの前に

ワガハイが進み出る。


「下級怪人モーキン殿、並びに同志№240、335、560、583、

700の諸君。皆の脱走劇はここまでにございます。吾輩と接触した以上

これ以降は皆の行動は全てトレースされまする故。」


「…分かってるッス。このままパンガロさんと一緒にガープ要塞に

出頭するつもりッス。」


「え…脱走って…」


絶句するリポース。モーキンの人柄はよく知っているがそれとは別に

恐るべき戦闘能力を持つ怪人や戦闘員が野放しだった事に戦慄せざるおえない。


無理も無い。どんなに人に懐いていたとて猛獣が鎖から放たれ野放しになって

いたようなものだ。モーキン自身もそう思うゆえ言い訳の言葉すら出ない。


そこに轟くような大声で弁護が入る。


「暫し待たれい!!彼らは何ら悪事を働いてはおりませぬ!!彼らが如何に

弱き人々を救い善を成したか証言をする為にこの槍戦士アルル・カーンも

ガープ要塞とやらに出頭させていただく!!宜しいですわね!」


キーン…


「いや、それはかまいません。しかしそんな絶叫せずとも宜しいですぞ…」


「??私は普通に話しておりますが?」


耳を押さえたまま絶句するワガハイ。結局その大声に毒気を抜かれたのか

場の雰囲気は和らぎ、まず勝利を喜び室内の調査を簡単に行う事となった。


とにかく長時間調査する余裕は無い。そこで戦闘でメチャクチャになった室内で

唯一何の影響も受けてない奥の祭壇部分だけ調べ魔術師ギルドとガープとの合同

調査チームへと引き継ぐ事となった。


全員で祭壇のような場所へと進む。


「ここで止まって。危険だわ。」


アスニクが精霊からの警告を受け止まるよう告げ、魔術師ルティとともに

鑑定に入る。そして…


「何か重要な物を収蔵している…それを守る為に『死の禁呪』が施されて

いるようね。超魔法文明のプロテクトは簡単に解呪できないわ。」


「死の禁呪?」


鑑定結果を告げるアスニクに死の禁呪についての解説を求めるリポース。


そこでなされた説明によると死の禁呪とは並みの魔法などとは違い

対象者の体内に内蔵される魔力に直接作用し死をもたらす禁呪であり、

魔法防御や対抗呪文でも防ぐ事は不可能で無生物であるゴーレムなどに

開けさせてもゴーレムを動かす魔力に作用しバラバラに自壊させてしまう

恐ろしい死の罠だという事だった。



「どっこいしょっと。」



なので体内に魔力が無いガープの戦闘員ゲンが祭壇をガポッと開き

中から一抱えほどある宝箱を取り出した。当然のようにゲンは元気だ。


運び出され床に置かれた宝箱。斥候のクゥピィが厳重に調べ罠などが

無い事を確認した。おまけに鍵も掛かっていない。ここまでの防護に

絶対の自信があったのだろう。


箱は古代の様式で蓋に不気味な浮彫り装飾が施されていた。

ゼノス教会のシンボルに酷似した黒い口から長い舌が蛇行して

伸びてる図案。


「それでは開けるぜ。」


全員が注目する中、ゲンが箱を開くと中には2本の鍵が収められていた。

大仰な箱なのに他に何も入っていない。


「随分と透明で見辛い鍵だなぁ。」


「これは魔力結晶ソーサリアージュエルで出来ていますね。」



向かって右側の鍵は重厚な装飾のような物が付いておりもう一方の

鍵は控えめな印象を受ける。


下から見ると重厚な方の鍵は鍵山が7つあり花のように開いていた。

一方の質素な鍵の方は4つの鍵山が十文字になっている。


(これって…)


モーキンには箱の蓋に彫られた口の意匠と十文字の鍵穴に見覚えがあった。


「間違いないッス。これは禁忌の迷宮遺跡の最下層への扉を開く鍵ッス!」


確信を込めてモーキンは断言し全員を驚愕させるのだった。







一方、まさにこの時、三大英雄の1人ボーグ・サリンガと五大賢者である

黒玉の賢人ジャミアが不在の城塞都市ベルグリムにおいて大アルガン帝国の

冒険者パーティー『銀輪』が勇者ゼファーと接触。情報封鎖が破られた。


遂に勇者が新勢力ガープという存在と聖戦勃発を知る事となる。




これが聖戦を誰の予想をも覆す驚愕の展開に至らしめる原因のひとつの

顛末だったのである。






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