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67 秘されし古代遺跡




超魔法文明時代の遺跡ゼオ・メオ・アリアス


この世界で最も古い遺跡群の1つであり冒険者や学者にとって有名な遺跡。

かの冒険者の街バーゼルーク近郊にあるレムリン遺跡群に並ぶ古代遺跡で

あり……もっとも調べ尽くされ目ぼしいお宝は全て発掘され終わって久しい

とされている『枯れた遺跡』だとされていた。


今現在はゼオ・メオ・アリアスは冒険対象ではなく、あの五大賢者の

拠点である『賢明の塔』がある地として有名なのだ。


とは言え、賢明の塔以外は自由に立ち入る事が出来た。ただ宝物の無い

空っぽの遺跡であり考古学者の護衛かこの地に棲む特殊な素材が取れる

モンスターを狩りに来るくらいしか冒険者は訪れない。



…筈であったが。





「もう間もなく例の座標地点に到達するぜ?」


ゴールド級冒険者パーティー『自由の速き風』のリーダーである

リポースが少し緊張気味に仲間に告げる。


ラースラン王国を中心に活動している自由の速き風一行がユピテル王子と

ガープの要請を受けてゼオ・メオ・アリアス遺跡群にやって来たのは

ちょうど聖戦連合軍がガープ基地に向け聖なる進軍を開始した日であった。


この地域を管轄するギルドの職員は最初は怪訝な顔をして遺跡探検の

届けを出して来た一行を見たが資産家で珍しい物好きの好事家と名乗る

ワガハインなる人物の遺跡見物の護衛と聞き、そのワガハインなる者が

成金趣味満載の格好で規定の仲介料を一行に代わってギルドに支払った

事で事情を理解したようだ。


『あまり危険は無いと思いますがお気を付けて。』


よく整備された街道、数え切れないくらい人の手が入った遺跡。

珍しい素材を産出するが弱い魔物と稀に出会うだけの極めて安全な冒険。

送り出すギルド職員にも緊張感が無く探索先としての不人気ぶりが窺がえた。


何も無いの遺跡。



「記録にあるだけで何百年も探索され続けたゼオ・メオ・アリアスに

未踏地があるなんて驚きだぜ。でもよう、ガープならとっくに調べは

ついてるんじゃねえか?」


「科学にも限界がありまする。実際、あのハヴァロン平原でラースラン王国が

設えた監視陣地に施された隠蔽や気配遮断、透明化の魔法は我がガープ要塞の

センサー群に対して効果を上げてございました。」


コボル族の斥候クゥピィが道中に発した質問に変装したガープ戦闘員ワガハイが

丁寧に返答する。ガープ全てを含む地球由来の物質は魔法の効果を受けないが

魔法で創り出された現象の影響は受ける。魔法で発せられた炎で地球の肉を

焼肉に出来るし、逆に言えば魔法の効果に科学の力で対応する事も可能にして

いるといえる。ライトニングボルトを避雷針で避けられる様に。


「ああ、アンタ達が転移して来た直後の事だね。けど色々と出来るアンタ達なら

何とかして私等を逆監視してたんだろ?」


軽戦士のキャンデルが小型ドローン・ガープハウニブなど思い浮かべながら

応える。ワガハイはにっこり微笑んで誤魔化した。


「最初の話に戻りまするが、我々もかの『賢明の塔』を中心にドロン母を

中継にガープハウニブを送り込み威力偵察を兼ねた調査を幾重と繰り返して

来ました。」


「賢明の塔に?!」


「ええ、賢明の塔に侵入したガープハウニブの99%が撃墜されましたが

生還機や撃墜直前まで送信されたデータなどの成果を精査した結果、あそこ

に重要な機密は存在しないと結論。そしてアプローチを変更し…」


「判明したのが例のエイセイ画像か…」


リポースは出発前に見せられた映像を思い出しながら呟く。



地方都市スミックでユピテル王子から依頼され正式に請け負った後で

見せられた画像。


それはゼオ・メオ・アリアスを上空から見た衛星画像であった。そこに

冒険者ギルド等に残っていた過去100年の探索記録を重ね合わせた図。

ある座標地点を中心にぽっかりと穴が開いたように何も探査記録が

無い地域が存在していた。


ガープ情報部門の報告によると謎の空白地帯にガープハウニブを送り込んでも

空間にされる異様な現象が発生した。例えば南から進入しても空白地域に

入った瞬間に北側から飛び出してしまい中に留まる事が出来ない。


『普通であれば熟練の冒険者や魔術師が異常を察知するのでしょう。ですが

魔術師ギルドのジジルジイ大導師の見解によれば禁忌の迷宮遺跡の偽装に

使われていた幻影魔法と高度な認識障害が施されて誰も気が付かないよう

隠蔽されていたのではないかとの事です。』


『禁忌の迷宮みたいに隠蔽されていても怪現象を発生させてたら分かるだろ?』


『どうやら隠された場所には禁忌の迷宮遺跡のような暴走魔力の発生は無い

ようです。それゆえ異常現象なども無く隠蔽の効果が保たれた。』



依頼についてのミーティングは衛星通信を通じてしっかり行われた。

そして彼らへの依頼内容の詳細を聞き何故彼らが選ばれたかの理由も

徐々に明確になって行く。


五大賢者の重大な監視対象であるガープ戦闘部隊を動かせば即座に察知され

対応されてしまう可能性大。魔力の有無や強さで敵対勢力の動きを察知する

技術を持つ五大賢者に魔術師ギルドが動けば先手を打たれる危険性がある。



小人数、それも実績ある本物の冒険者パーティーが好事家の依頼で

ゼオ・メオ・アリアス入りする。これが一番目立たず自然な流れで

調査可能なのであった。


「っで、例のポイントに到着したら魔術師ギルドから託されたアレを使う訳だ。

ルティ、そっちの準備はどうだ?」


「ばっちりです。いつでも使えます。」


実力を伸ばし、もうすぐ導師級にも届くと目される上級魔術師のルティは

恐ろしく透明度の高い『ソーサリアージュエル』で作られた杯のような

魔道祭具を取り出しリポースに応える。


これまでは稀に超魔法文明遺跡から発掘されていたソーサリアージュエル。

製法不明で恐ろしく魔力伝導率の高い高純度結晶体であったそれを魔術師

ギルドは創り出す事に成功していた。


ソーサリアージュエルの祭具には魔術師ギルドが総力を挙げ組み込んだ

強力な対抗魔法の術式が封じてある。かつて禁忌の迷宮遺跡を隠蔽していた

幻影と認識障害の魔法を解くのに魔術師ギルド総動員で儀式まで行う大規模

な解呪をせねばならなかったがルティに託された祭具を用いればルティ単身

で同レベルの隠蔽魔法を消去可能との事だった。


ソーサリアージュエルの製法や対抗魔法の術式は禁忌の迷宮遺跡上層から

得られた古代魔法資料の研究成果の第一弾である。


研究は急速に進み魔術師ギルドの魔道技術水準は爆上げ中だが

その成果をさっそく現場に投入された訳であった。




「よし、どうやら目的地点に到着したようだ。」


リポースは上を仰ぎ見て立ち止まる。ちょうど崩れかけた蛇の尻尾を持つ

ニワトリの彫像をあしらったアーチ門の残骸が積み上がっていた。


衛星画像で確認した目印。この先が未踏地である。



無言で全員の視線が魔術師のルティに集中した。


臆する事無くルティは歩を進めソーサリアージュエルの祭具を

掲げて流れるように韻を踏んだ長い呪文を間違う事無く唱える。


フォォォォォ…


呪文詠唱に同調し淡い光を放ち始めた祭具は強烈な7色の光を放ち始める。

まるで攻撃力を備えているかのような強い光が人々の目を惑わせ狂わせる

まやかしの魔法を打ち破った。




「…こいつぁ…スゲぇや。」


「まるで無色透明の幕に隠されていたような…」



目の前に新たに現れた廃墟群。だがそれまで見えていた物とは明らかに違う

手付かずで整然と並んだ遺跡市街。その中心にそびえ立つ漆黒の尖塔が見えた。



「隠蔽魔法と同時に空間歪曲も解除されています。進みましょうリーダー。」


祭具をしまいながらルティがリポースを促す。


「ああ、幻が消えた事で進むべき目標も一目瞭然だしな。」


「あのコゲた黒い竹の子のような尖塔が隠されていた主体でありましょうな。」


「タケノコ??なんだそりゃ?」


ワガハイの言葉に思わず聞き返すリポースに歩きながら説明するワガハイ。

そのまま臨戦態勢で前進を開始した自由の速き風一行。異常な静寂のなか

彼らの足音とワガハイの言葉だけがあたりに響く。


タケノコの生態から食べ方にまで説明が進み料理の話が三品目に

突入するあたりで黒い尖塔の前に到着した一行。


「そういえば例の増援への連絡は上手く送れたよな?」


「抜かりなく。ルティ殿が対抗魔法を行使している間に連絡しました。

間もなくミーツヘイムの精鋭が駆けつけて来られる筈。」


もうすぐ一流の冒険者への仲間入りを果たせそうな自由の速き風だが

流石に五大賢者の最重要拠点に仕掛けるには実力不足であり彼等の役割は

その場所の発見と到達であった。


ユピテル第三王子の読みでは五大賢者は聖戦と勇者対応で手一杯であり

不在であると考えられていたが絶対に油断は出来ない。


そこで増援だ。最初はガープ戦闘部隊を想定していたが事情・・により

作戦参加が可能な怪人の調整が付かないのと転移出来ない

ガープ部隊では即応困難だと考えられていた。


そこでガープ要塞に着任している妖精国ミーツヘイムのソア大使と

リルケビット大使が動いてミーツヘイムの精鋭隊が派遣される運び

となったのである。



「皆さんを転移のマーキングポイントとしてミーツヘイムの増援が準備が

整い次第に飛んで来るかと。このまま……」


「…成程、貴様等のような木っ端冒険者が空間歪曲と隠蔽を突破出来たのは

裏に黒幕の妖精国がいるからか。残念だが妖精王の目論見はここで潰えさせて

もらおうか。」


ワガハイの言葉を遮るように背後から冷酷な女の声が響いた。


武器を構え全員で振り返ると殺気を放つ2つの人影が戦闘態勢で

迫っていた。


「…黒玉の賢人ジャミア!」


呻くように呟く魔術師ルティ。そう、彼らを排除しようと出現したのは

五大賢者の一人、黒玉の賢人ジャミアだった。大きなブラックオニキス

が嵌め込まれたマスクと奇妙な文様のローブ。そういえば黒い尖塔付近

の遺跡にも似た文様があった。


そしてジャミアを守るように前に出ている戦装束の男。

巨大な戦斧を掲げたその姿は壮絶な存在感を放っていた。


「妖精王も耄碌したものよ。どうやら新勢力ガープの出現を受けて

旗色を鮮明にしたようだが…愚劣な判断を下したツケを払う羽目に

なる。新勢力ガープとともに妖精国も滅ぼしてくれよう。」



「我等がミーツヘイムを滅ぼす?その汚い言葉を吐き出す口を閉じなさい。」


次の瞬間に転移で現れた者達がジャミアの嘲笑を聞き咎める。ジャミアと戦斧の男は

新たに出現した敵の方を向いた。もはや自由の速き風一行なぞ眼中に無い。


現れたのは妖精国ミーツヘイムが誇る最強の精霊使い。ハイ・フェアリーの

アスニク姫。そして三大英雄や闘魔将に匹敵すると言われる白銀騎士が二人、

リア・ヴラウとリトゥール・ハーが輝く剣を構えアスニク姫の左右に立つ。


「ふん、いずれにせよ此処を見た以上は全員生かして帰さん。…ルスタン、

属性を対精霊とせよ。パッシブスキルは『スピリット・デストロイ』だ。」


戦斧の男、破壊斧戦士ルスタンは緑のオーラを身に纏い間髪を入れず

猛ダッシュでミーツヘイムの増援へと迫る。


対象の属性に対応するルスタンのパッシブスキルの威力は破滅的だ。

全ての攻撃、牽制技や弱攻撃に至るまで全てが致命的な一撃と化す。


ましてや大技や武技はパッシブスキルによって破壊力が乗算で向上し

無限大の威力となって敵を屠るのだ。


巨大な戦斧をレイピアのように軽々と振るい機械の様に正確無比の

攻撃を繰り出すルスタン。白銀騎士リトゥールは念のため盾で防護

しながら身を引いて回避。その際、僅かに斧が盾を掠った。


ヴァガアアン!


掠っただけで守護の精霊の宿ったミスリル製のエルヴン・シールドが打ち砕かれ

宿った精霊ごと消滅してしまった。


「…これほどか!」


白銀騎士たちは互いに目線を交すとほぼ同時に風の精霊魔法『加速』を発動させ

連携して高速戦闘を挑む。あの威力ではまともに打ち合えば剣が折れ鎧兜も役に

立たたず敗北する。回避を主体にした一撃離脱の連続攻撃で対応するのだ。



惚れ惚れする技量と抜群のチームワークで戦う白銀騎士。だがルスタンの攻撃を

1発でも受ければ終わる悪条件に三大英雄としての確かな実力を持つルスタンに

対する決め手を欠き、2対1ながら徐々に形勢は不利な方へと傾き始める。



だが…



「お行きなさい大地の化身ベヒモス!!我等の敵を踏み潰しておしまい!!」


アスニクは満を持して召喚した大地の上位精霊ベヒモスに攻撃命令を放つ。

大地に足が着いている限り無限の活力を得て驚異の再生力を持つ巨獣の姿の

上位精霊ベヒモス。アスニクの命を受け敵意をむき出し猛然と突進を開始した。


それを受けてルスタンを左右から挟むフォーメーションを取る白銀騎士。

ベヒモスの突進を横に避けられなくなったルスタンだが恐慌に陥る事無く

巨大な戦斧を構え震度が測れそうな地響きを立て迫るベヒモスを迎え撃った。



ズッシャアアアアアアアア!!!!



恐らくルスタンは無言のまま正体不明の武技を放ったのであろう。

構えていた戦斧が一瞬で振り終わり凄まじい命中音と斧を振った事で

発生したと思われる豪風が吹き荒れた。一瞬遅れて到達した衝撃波が

一撃の凄まじさを物語り、ベヒモスがその場に崩れ落ちた。


ルスタンの一撃で9割の生命力を喪失したベヒモスだが大地からエネルギーを

吸い上げ急速に再生を始める。だが…



ズッシャアアアアアアアア!!!!ズッシャアアアアアアアア!!!!


9割の生命力を削る攻撃を2撃3撃と打ち込まれ生命力再生を開始する

事すら出来ないままベヒモスはボロ屑のように切り刻まれ消滅してしまった。



「…くっ!!だがまだまだ!!」


痛みを堪えるように表情を歪めながらアスニクは次の召喚を開始した。

それをルスタンは阻止しようとしたが牽制攻撃の嵐がそれを押し止める。


白銀騎士に加え自由の速き風の軽戦士キャンデルと斥候クゥピィも

一撃離脱の牽制攻撃に参加したのだ。


コボル族の二人は加速の魔法を使う白銀騎士に引けを取らない素早さで

見事にルスタンの動きを掣肘してみせる。


「奴は今は対精霊の状態だ。俺達への攻撃や防御は大した事は無いぞ!!」


自由の速き風のリーダーであるリポースは熟練の冒険者らしい観察眼と

決断力で仲間を鼓舞しパーティーと共に突撃した。


「木っ端冒険者ごときが!」


黒玉の賢人ジャミアは苦虫を噛み潰す。破壊斧戦士ルスタンの属性チェンジの

難点は正にそれで同時に複数の属性を相手にできない。その柔軟性の無さを

後方から冷静に指揮するジャミアの戦略眼で補って来たのだ。


(まだミーツヘイム勢が残っている以上は属性変更は出来ん。となると

あのパーティーの神官を狙うか…)


ジャミアはまず回復や治癒で冒険者パーティーを支える神官・僧侶を狙い討つ

戦略を取ろうとした。普通なら脆弱な僧侶なら属性を変えなくても倒せると

考えられるからだ。だがジャミアは舌打ちしその戦略を捨てざるおえなかった。


自由の速き風の神官はハーフトロールのパンガロである。身長270cmある

筋骨隆々の体格でトロール由来の革鎧のような表皮と再生能力を持った上で

鎧を着込んでいて簡単に倒せそうに無い。自由の速き風の強みの1つがこの

回復役が強靭な防御力を誇る戦闘坊主である事だった。



(やむおえん、一旦足止めしミーツヘイムの者共を先に始末するか。)



ヒュッ



「うおお?!何だこれは??」


異様な様式の短刀がジャミアから放たれリポースの影に突き刺さる。

短刀の表面には奇妙な文様の字が並びそこから光を放っていた。


リポースの身動きが封じられパーティーの前進も急停止する。


「とりあえずこれで良し。」


パーティーを組む冒険者の基本はチーム単位での行動である。リポースを

縫い止めた『禁呪の短刀』はしっかり解呪しなければ抜く事は出来ない。


実際、唯1人を除いて冒険者のミーツヘイム勢への援護が一時的に止まった。

唯一動いているのが私服を着た民間人のような男、おそらくミーツヘイムの

エージェントだと思われる人物だが感じ取れないほど微弱な魔力で戦力外と

ジャミアは判断していた人物である。


男は奇妙な金属の筒のような物を持ってルスタンに向かって行く事にジャミアは

興味を持ったが注意を振り向けなかった。まずは脅威であるミーツヘイム勢を

排除する事を優先した。


その決断が何をもたらすか想定出来ないままに。



成金趣味な私服姿の男、ワガハイは筒状の金属ことハンド・グレネードガンを

至近距離から撃ち放った。数名の兵士を打倒する擲弾はワガハイに対して無警戒

であった破壊斧戦士ルスタンの頭部に命中する。


ドゴォォォン!!!


「何ぃい?!」


頭部を中心にルスタンの上半身は爆発に包まれルスタンはたたらを踏んで

その場に崩れ落ちた。驚愕したジャミアはアミュレットのような魔道具を

掲げワガハイを調べる。


「魔力は確かに微弱だ。…いや、これは魔力皆無?!そうか!!貴様は

ガープの手の者か!!!」


だがワガハイには其方に向ける余裕は無かった。


倒れていたルスタンが焦げ臭い硝煙に覆われた身体をむっくりと

起き上がらせたのだ。


「うげ!!」


「人間…なのか?」



硝煙が消え周囲の者達が目の当たりにしているルスタンの姿。髪が半ば

焼き払われ顔と頭部の半分が割れ砕け脳髄がむき出しになっている。

そんな状態で立ち上がったのだ。ゾンビのように不気味に蠢いたりせず

普通の人間のように平然とした態度で。



赤くない・・・・血や体液で濡れ湿った顔と身体。だが半分残ったルスタンの顔に

浮かぶのは落ち着いた無表情であり無事な右の眼球がワガハイを凝視していた。



 ピンッ、


 ムニュ、


 シュタッ!!



ワガハイは即座に反応した。合理主義組織の新勢力ガープ戦闘員らしくまず

目前で未撃破の敵対者が立ち上がった以上ただちに敵を無力化する手段を講じ

ねばならない。驚くのも考察も後回しだ。まず次弾装填を諦めたハンド・グレ

ネードガンを手放し跳躍した。


懐から2つの手榴弾を取り出して安全ピンを抜き、ルスタンに飛び掛るや

割れた頭蓋から見えている脳ミソに手榴弾を1つねじ込むと大きく跳躍して

距離を取るワガハイ。そして着地する前にもう1つをジャミアに向け投擲し

着地と同時に戦闘員形態に変身するのだった。



流石のルスタンも頭をカチ割られた状態ではワガハイの攻撃に

即座に対処は出来なかった。



バゴォォン! バゴォォン!!



ほぼ同時に連続して鳴る2つの爆発音。ルスタンの頭部は完全に消滅し

首や胸の上部なども大きな損傷を受けて破壊斧戦士はその場に膝をついた。


そして黒玉の賢人ジャミアは咄嗟に魔力障壁を展開したが僅かに遅れた

為に手榴弾の威力を完全に防ぐ事が出来なかった。


「ぐわああああ?!」


とはいえ五大賢者の一角であり手榴弾も個人携行の支援武器に過ぎない。

不完全ながら防御出来た事で損傷は軽微だった。だが…


(おのれ!!魂魄石に衝撃が!!!)


持っていたアミュレットを取り落とし両手でブラックオニキスが

嵌め込まれたマスクを抑えて混濁しそうな意識と眩暈を押さえ込んだ。


「△○●×●○△!!」


ここを好機とばかりに一斉に攻めかかってくる白銀騎士と自由の速き風。

集中出来ず呪文も満足に唱えられないジャミアは古代語の合言葉を叫び

黒い尖塔の入り口を開くと内部へと逃げ込んでしまった。


尖塔の入り口が閉じられるとジャミアとの繋がりが絶たれたせいか

モゾモゾと蠢いていたルスタンの身体が静止する。


「くっ、逃がしたか。」


「追跡すべきですがまずは立て直しです。幸いこのルスタンなる化物は

沈黙したようですし。」


ワガハイの提案により僧侶パンガロによる怪我の治療とアスニクとルティが

共同でリポースを呪縛する不気味な短刀を解呪し尖塔への突入準備を整えた。



「よし!!奴を追うぞ。確か合言葉で塔の入り口が開いたな。」


「奴が言っていた合言葉は古代語で確か…」


「しばしお待ちあれ。」


リポースとアスニクの話にワガハイが待ったをかけた。


「詳細不明の遺跡、万が一に合言葉を間違えたらどんな影響が出るか

分かりません。アスニク殿であればうろ覚えなど無いでしょうが

ここは万全を期す事と致しましょうぞ。」


そう言ってワガハイは指を立てる。


ヴイィィィィィィ……


中空から降下して来たのは1機の小型ドローン、ガープハウニブだった。


「ルティ殿が隠蔽空間を解除した際に後方への連絡と同時に発進させて

いたドローンにございます。調査・戦闘の記録を取る為に可能な限り

ドローンを配置するのがガープの規定でありますので。」


「記録を?」


「ええ、ですからこういった事が可能なのですよ。」


ワガハイが携帯端末でガープハウニブを操作すると尖塔の扉の前に

ドローンは飛んで行き、



  『△○●×●○△!!』



「?!」



ゴゴゴ……



録音していたジャミアの声を再生し尖塔の扉を開かせるのだった。


「それでは皆様、これより調査と黒玉ジャミア討伐作戦を開始しましょう。」


呆気に取られる一行に戦闘員姿のワガハイが声だけで分かる満面の笑顔で

突入を促すのだった。








黒き尖塔の最上部。


もっとも学問から遠い者の目にも恐ろしく学術的価値が高い事が分かる

超魔法文明で彩られた広間。その一角にある転移門を使いジャミアは何か

巨大な装置を送り出していた。


「一度で魔道エネルギーを使い切ったな。再充填が済むまでこの門は

使えんが無事に送り届けた。あとは皆に任せて……」


「何故そんなガラクタを優先して退避させる?」



背後から声をかけてきた者にジャミアはゆっくりと振り向いた。


「我等は同志を決して見捨てない。我等の裁量への口出しは謹んで頂こう。

大神官ドーメル殿。」


いまジャミアが別のアジトへと送ったのは魂魄石を制御・復元する

魔法装置であり復元中の青玉ハーリクの魂魄石と共に退避させたのだ。


この場に常駐しているらしい神聖ゼノス教会の大神官ドーメルは2名の

ハイプリーストを従えたまま糾弾を続けた。


「復元するかも分からぬガラクタを優先し『ルーシオンの鍵』を残すなど

愚劣としか言いようが無いぞ?」


「…口を慎まれるよう申した筈だが?それにルーシオンの鍵なぞ禁忌の聖域に

到達する者でも現れぬ限り使われる事など無い。」


ドスを効かせた声で大神官の言葉を跳ね除けるジャミア。暫し沈黙の後。

表情を変えず大神官が別の事を問い質した。


「貴様がここで悠長に過ごしている間に勇者ゼファーは野放しか?」


「心配せずとも三大英雄の1人ボーグ・サリンガとその兵団ゲルグ軍が

勇者を監視している。多少は人間性が歪んでいるが聖戦にて新勢力ガープを

壊滅させる程度の期間はゼファーを抑えてくれるだろう。」


「…成程。……ともかく空間歪曲と認識障害が破れこの『常闇の塔』と

ルーシオンの鍵が世に露見した以上、契約は解除させてもらおう。」


「…何?」


「貴様に貸し与えているゼノスの使徒エネアドの肉体を返還して貰うぞ?

使徒エネアドは常闇の塔とルーシオンの鍵を護る聖なる任務を果たさねば

ならぬからな。」


だが口元を歪めジャミアは拒絶の言葉を口にする。


「それは出来ん相談だ。今は色々と立て込んでおりこの身体を

返還出来る情勢ではない。」


だがジャミアの態度など御構い無しにドーメル大神官とハイプリースト達は

膝を折り頭を垂れて、


「偉大なるゼノスの使徒エネアドよ。契約が破れし今、その聖なる任務を

果たす為に我等の前にお姿を現し顕現したまえ。」


「何を…う、ううぁああ?!…があああああああ??」


変化は突如として始まった。ジャミアの皮膚がヤソ最高大神官のように

漂白したように真っ白になって行き、濃紫の髪も皮膚と同じ色に染まり

揺らぎ始めた。皮膚と同色である事や蠢く有様から髪だか皮膚から生えた

触手だか分からなくなる。


「身体の自由が利かぬ?!こんな馬鹿な!魂魄石の支配は緩んでいない筈なのに

手が…手が勝手にっ!!」


「愚かなり黒玉の賢人ジャミア。神の使徒は超常の者であり契約が無ければ

貴様の支配など何の抵抗も無く振り払えるわ。」


もはやドーメル大神官の嘲笑を聞く余裕すらジャミアには無かった。

ジャミアだった者の両手が目元を覆うマスクに手をかけると顔から

一気に剥ぎ取ってしまう。


「ぐわあぁぁ!!!ラーテ!!パオロ!!シスよ!!後を頼む!!」


剥がれる瞬間、そう口にしたのがジャミアの最後の言葉だったのだろう。

もはや完全に別人となったその者の手の中でマスクとブラックオニキスが

一瞬輝いたかと思うと強い衝撃を受けたように粉々に砕け散る。


別人、だが果たしてそれは人だろうか?


一瞬で真っ黒に染まった唇。その顔には目も鼻も耳も無かった。

白い顔には黒い口があるだけなのである。


次の瞬間、その身を包んでいた謎の文様のローブが消し飛んだ。

その裸体も異様。どこにも性別を示すモノが無い。



  (大儀である)



その異様な者、ゼノス神の使徒エネアドはドーメル大神官達の

頭の中に念話で直接話しかけた。


「ははっ。」


 (ジャミアの失態で常闇の塔に敵の侵入を許したようだ。だが

  戦う為にはいささか力が足りぬ。そなた達の力を提供せよ。)


「喜んで!!謹んで使徒エネドアに我が全てを供します!」


そう言って大神官ドーメルとハイプリースト達は胸をはだけ

上半身を外気に晒すと直立不動の姿勢を取る。


エネアドが彼らに手をかざすと変化は直ぐに現れた。


大神官たちの皮膚は黒ずみ肋骨が浮き出て生きたままミイラのように

朽ち果てて行く。生命力や魔力を吸い取られながらも大神官達の表情は

恍惚としたままであった。


大神官ドーメルとハイプリーストの全存在を喰らい尽くし貪った

エネドアの黒い口に悦楽の笑みが浮かび全身から凍りつくような

冷厳とした波動を放ち始める。


そうして大神官等の肉体が燃え尽きた灰のように崩れ落ちた時に

この常闇の塔最上部に侵入者が到着した。


自由の速き風とワガハイ、アスニク姫と白銀騎士を認識すると

ゼノスの使徒エネアドは異様な波動を全身から放ちつつ中空に

浮かび上がり全員の頭の中に直接宣戦布告を突きつけて来た。



  (我が神に刃向かう愚者どもよ。我が名は使徒エネアド。

   汝等に絶対の破滅、絶対の死を与える者である。)



無感情の敵意に武器を構え応戦の構えを取る冒険者と妖精国の精鋭。

正にいま死闘の幕が開こうとしていた。




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