65 仮名の猛禽の世直し旅
圧倒的な科学力を持ちそれに裏付けられた軍事力を行使する新勢力ガープ。
だが新勢力ガープ自身が考えている力の優位性はそれではない。
それは情報格差だと認識していた。彼らガープはこのマールート世界文明の
力、魔法に強い関心を寄せ必死に調べ情報獲得に動いていたのに比べ、敵で
あった五大賢者は魔法を絶対視し相手の力である科学に関心を向けなかった。
もし、相手の事を侮らず戦略的に緻密な方法論で魔法文明の力を行使していれば
一方的にガープが圧倒する展開にはならなかったろう。
故に油断すれば簡単に優位性を失う事を新勢力ガープは当然と考え現在も
積極的な情報収集を継続・拡大させていた。
まず最初に通常の情報、地理や経済構造に民族と言語、そして宮廷作法から
一般的な社会の慣習と常識を徹底的に調べ上げた。何せガープはマールート
世界の新参者であり何も知らないに等しい。それは潜在的な危機だ。
それが一段落つくと本格的な諜報活動を開始する。
かつて主力だったハッキングなど電子的な手段の情報収集シギントは
不可能なのでオシントやヒューミントをフル活用を行っている。
変身し諜報員となった戦闘員を各方面に送り込んだり金で買える情報は
資金力に物を言わせて買い漁る。各地の情報屋にとって新勢力ガープは
大口の顧客となっていた。これは情報屋を味方につける意味もある。
こういったヒューミント活動以上に力を入れているのがオシント、つまり
公開情報の解析だ。
各国政府や各種ギルドの業界団体、その他の公的な機関が出す布告や発表、
声明などはささいな内容でも全て貪欲に収集しオシント情報として分析し
整理して活用していた。
公開情報を大規模に収集して徹底的に分析し検討を加えるオシント情報。
その力は侮れない。
地球の過去、第二次大戦の東部戦線においてソビエト連邦政府の一般的な
新聞やラジオ放送、ニュース映画などを収集し徹底的な分析と検討を加える
事でドイツ参謀本部はソビエト軍の大攻勢の時期と軍部隊の移動を正確に捉え
ソビエト軍大本営を震撼させた逸話がある。
『秘密結社が諜報活動を行わんでどーするんじゃ?』
元魔王軍幹部のプルが死神教授に新勢力ガープが情報収集にリソースを
割り振り過ぎると疑問を投げかけた答えが上記だ。
ガープは聖戦連合との戦さに突入しようとしている時さえ諜報員と情報
収集用の小型ドローンのガープハウニブとドロン母と呼ばれる大型の
無人機Dー112型ドローン母機を搭載したガープ艦を各地に送り込んでいた。
あまつさえ衛星画像で判明した他の大陸や別の文明圏の痕跡らしき物を
発見しガープ艦の1隻に調査団を乗せ送っている。まあこれは余談だが。
大規模な戦闘前夜に大きな戦力である空中艦艇や航空部隊をこのような
方面に使う事にプルは少し呆れたのだ。結局、戦いが始まっても空とぶ
ガープ艦はポラ連邦空中艦隊に10分間だけ対艦ミサイルを放った後で
さっさと情報収集活動に戻ってしまった。
こうして集められた情報は量子コンピューターを駆使し烈風参謀の指揮する
情報分析チームが検討と分析を加え整理しアーカイブしていく。
そうした情報は衛星通信を使いガープ構成員全員が持つ携帯端末で
閲覧可能なのだった。情報の信頼度評価までついた内容を異世界の
人々に見られても大丈夫なように英語や日本語など地球言語の文字で
何時でも閲覧する事が出来る。
だが、そんなガープでも情報収集能力を知り抜いて逃げる脱走者達を
未だに発見する事は出来ていなかった…
時は少し遡る。ちょうどラースラン王国の境にある交易都市メザークに
聖戦連合軍が集結し始めたころだ。
大アルガン帝国の辺境、トレパニア地方からルアンに至る寂れた街道。
トント旧街道とよばれる道に彼らは居た。
オレンジ色の髪をした若者、人間変身したモーキンと5人の仲間が
小岩に胡坐をかいて座り、ガープ・ネットワークから切り離された
情報端末を操作していた。
彼等の前にはむさ苦しい連中が20人ほどボロボロな姿で平伏している。
「…情報端末を操作して本当に俺達の所在がガープ要塞側にバレないのか?
俺はちょっと心配だぜ『ロンパ』」
元戦闘員№240のゲンさんはエレクトロニクスの技術担当であった仲間に
不安を訴える。
ガープから脱走した彼らは今、人間変身し偽名を名乗っていた。
元戦闘員№240のゲンさんは『ゲン』に。元戦闘員№335の
マンガンテンパイは『テンパイ』で№560評論家は『ロンパ』と
名乗り、№583ラーメン大王は『メンマ』。他の皆はネーミングに
工夫が足らないとほざいた№700マッサージの鬼は『ツボキック』
と名乗っていた。
そしてモーキンは『ラプター』と名を変えている。
「問題無い。端末から通信機能をハードから取り外し電波や量子を発しない。
何度使用しようとも感知される事は無いはずだ。」
キリッ
ロンパと呼ばれた元戦闘員№560は自信たっぷりに断言する。切れ者の
キャリアウーマンといった風情の彼女は言葉のたびにキリッキリッという
擬音が聞こえそうな怜悧な女性だった。
そう、戦闘員には性別が女性だった者も在籍していた。もっとも目的合理主義の
極致ともいえるガープという組織においては性別などY染色体の有無でしかなく
職務や権限、扱いについて差異は無かった。
「ま、標準装備の端末から通信機能を取り払ったからこんなモンを使う事に
なってるんだがな。」
ツボキックに肩揉みをしてもらいながらメンマがいささか古風な小型の機械、
特殊トランシーバーを取り出した。
暗黒結社時代の初期に外部協力者に貸し与えていた自動的に暗号化された
通信で遣り取りする使い捨てトランシーバーである。
使い捨て要素、つまり使用者ごと消す証拠隠滅の為の自爆装置を取り外し
出力も最小に絞り電波到達距離を五百メートル以内とした改造をロンパが
施し人数分を用意していた。
理論的に使用中に五百メートル範囲内にガープ・ハウニブでも飛んでいない限り
発見される心配は無い。特殊な事情でもない限り分散行動を取るつもりは無く、
今後も使う局面は限られるはずである。
彼らは完全に無計画・無目的で脱走した訳ではなかった。
聖戦連合軍との戦いを拒絶し逃げ出したが彼ら独自でもこの世界の悪と対峙し
人々を救う為に戦う贖罪の旅をするつもりなのだ。
その為に旧式の装備などチョロマカし、切断する寸前まで情報端末に世界情勢や
地理情報、そしてガープが調査し収集した大小の悪の情報を詰め込んで来たのだ。
「見つけたッス、『ゴクロゥ山賊団』どれどれ…」
モーキンが携帯を見ながらそう声を上げると平伏しているむさ苦しい連中が
ビクッと身をすくめた。
モーキン、いやラプター達は西方の辺境へと向かう旅の途中、この寂れた
街道でゴクロゥ山賊団と名乗る集団に襲われ…コテンパンに叩きのめした。
平凡な旅人を装ったラプター達に対して油断していた山賊共はあっという間に
降参しその処遇が今まさに決まろうとしていたのである。
「ハアァァ、そういう事ッスかぁ。」
オレンジ髪の頭をガシガシ掻くとモーキンことラプターは携帯端末から
彼らの方に目を向け直し、
「情状酌量の余地ありッス。条件次第で許すしかないッスね。」
情報によるとゴクロゥ山賊団は魔王軍の侵攻で故郷を失った難民とか侵略の
影響で破産した者で構成されたニワカ山賊であり、脅しはしても殺しはせず
余裕のありそうな相手しか狙わない食い詰め集団とあった。指名手配も出さ
れていない。
お頭のゴクロゥという男はヒグマのような髭面の大男だが元の職業は両替商だ。
ゴクロゥはラプターの言葉に頭を跳ね上げると縋り付くような声で、
「その条件とはいかなる内容でございましょう…ごぜえましょう?」
「あのッスね、ゴクロゥさん…」
「な……なんでがすか旦那ぁ?」
「いや、無理に山賊風に喋らなくてもいいッスよ?」
「……。」
「……。」
ふうっと一息つくとラプターは立ち上がり、
「とにかく、許す条件は足を洗って真っ当な生き方をしてもらう事ッス。」
「そりゃ俺達も足を洗えるなら洗いたい。しかし先立つ物が……」
コトッ
ラプターが合図すると仲間のテンパイが小さめのインゴットをゴクロゥの
前に置いた。
金や銀ではないまったく別の金属のインゴット。最初は訝しげに見ていた
ゴクロゥは目を見開き、
「こ、これは『軽銀』だ!!それもこんな大きさの!」
軽銀と呼ばれたインゴットの正体はアルミニウムである。
地球においても電気分解による精錬方法が確立する近代以前は
黄金やプラチナを超える価値を持った希少金属であった。
マールート世界においても軽銀ことアルミニウムは希少価値を有しており
錬金術師達の代表的な研究課題の1つは軽銀の安定した製造方法の確立だと
されている。
このアルミのインゴットはガープの交易品目の1つであり、活動資金に
する為にラプター達が脱走する際に幾ばくか頂戴したのであった。
数ある交易品の中でこれを持ち出す事に決めたのは軽く持ち運びに便利なのと
製品や嗜好品などは換金する際に足取りがバレる可能性があったからである。
「比重計も秤も無いからどの程度か断言できんが…最高品質の軽銀に違いない。
くそ、手が震えるな。現役時代でもこれ程の品にめぐり合った事は無い…」
両替商としての顔でゴクロゥが呻いた。そんな様子を見ていたラプターは
優しく語りかける。
「その軽銀を2つ進呈するッス。それで山賊団全員の生活再建を図るッス。」
実感が篭ったラプターの言葉。
何せ彼等の旅支度はアルミのインゴット1つで整ってしまったのだ。
馬車に馬2頭と飼料20日分。充分な量の保存食に飲料水を産み出す
マジックアイテムの水差しまで入手できた。もっとも受け取ったものの
魔力の無い脱走ガープ組にはその水差しは使えなかったが。
その他の日用品も多めに購入したにも関わらずお釣りに多額の金貨が戻って
来た。ずっしり重い金貨袋を思いゴクロゥ達を再起させる充分な資産価値が
アルミのインゴットにあるだろうと考えたのだ。
「おおおおおおおおお!!これだけあれば全て再建出来る!!
何と感謝を申し上げればいいのか!!」
目に涙を浮かべ喜ぶ山賊団の様子にラプターは頷き、
「どうやら資金は足りそうッスね。」
「ええ、本当に有難うございます。さあテシター君、生活の再建に
取り掛かるぞ。まずは皆の家族を呼び寄せよう。」
「はい!ゴクロゥさん!!」
若いながら商店を持つ気鋭の商人だった手下のテシターと共に
再建計画を語り合うゴクロゥ。その様子はもはや山賊のそれではない。
次々と感謝を述べる山賊達にラプター達は治療薬を分け与えた。
制圧する際に手加減し致命傷は与えていなかったが念の為だ。
怪我を一気に回復させる細胞再生軟膏と破傷風予防の抗生物質の
内服薬をそれぞれ渡していると
「旦那、いえラプターさん。どうかこの剣を持って行ってください。
皆さんが強いのは分かりますが丸腰ですと不逞の輩に目を付けられて
しまいます。…まあ私等が言うのもアレですが…」
そう言ってゴクロゥ達は自分達が持っている武器のうち一番上等な
ショートソードやロングソードを6本差し出した。
そう、ラプター達は素手で彼らを制圧していたのである。人間形態になっても
強化された改造人間の力を完璧に押さえ込む事は出来ず、下級怪人モーキンで
あるラプターは常人の3倍以上の身体能力があり元戦闘員の皆も2倍余りの
力を有し戦闘訓練も受けている。平凡な旅人と侮れば痛い目を見るだろう。
その後、繰り返し感謝する元山賊たちと別れ旅を再開した
ラプター達の馬車が旧街道をゆっくり進み始めた。
「まあ、不逞の輩を誘い出す為にワザと丸腰だったんッスけどね。」
ゴクロゥ達の姿が見えなくなる頃に苦笑しながらラプターは呟く。
実際、これまでにカクザ盗賊団やらモータク山賊といった連中を成敗し、
道中の街の官憲に突き出して来たのである。
さわやかな風が吹く旧街道。真っ青な空を3頭のワイバーンに乗った
竜騎兵の巡回隊が飛んで行く。辺境伯が出しているパトロールだ。
街道脇の歴史ある石柱や地球の物とは様式の異なる石畳などが道行く
脱走ガープ組に異世界に来た事を実感させていた。
「何だか遺跡の道を進んでるような錯覚を覚えるが…轍沿いに生えた
雑草がペッチャンコになってたり馬糞が落ちてると生活道路だって
分からせてくれるな。」
ツボキックがラプターの首筋を揉み解しながら口にする。
道行く人もまばらな旧街道。実は数キロ離れた場所に併走するように
レーバ西方大街道という道が通っているのである。
3000年前に神聖ゼノス教会が勃興してから整備された西方大街道は
ゼノス教会の本拠地である聖山ロルクを直通するコース取りとなっていて
往来が多く大きな宿場町もあった。またこのあたりはルアン地域と辺境の
境であり勇者の拠点である城塞都市ベルグリムへも通じている。
ルアン、つまり大魔王の闇の領域と対峙している地域だ。
聖戦連合の戦いにより軍勢の移動による力の空白。それが魔王軍の
跳梁跋扈を引き起こすだろうと脱走ガープ組は予想しそれに立ち向かう
べくこの地域を目指したのだった。
ただ、胡散臭いゼノス教会や五大賢者に感付かれてはマズいので大街道ではなく
旧街道から進み辺境を中心に回る密かな活動で行く方針である。
ガタゴト…
ガタゴト…
街道を行く一行の馬車。もうだいぶ日が傾き空が赤く染まり始めた。
「もうそろそろルアン地域から辺境の入り口ってあたりですね。」
「この辺はどんな地域なんだろうな。」
「資料によると人は極少ないけど人口はあるっぽいッスよ。」
「え?」
「人間とかと共存が苦手な種族の集落の方が多いって事さ。」
「なるほど。つまりドワーフとかスプライトみたいな連中か?」
「ああ、ちなみにドワーフの呼称はドウォーフ族と呼ばれていてこの地にも
いない。過去の魔王との戦争で種族が激減し、鉱山地下都市クルナバルトや
ガーレン渓谷といった自治地域に人口の大半が引き篭もって外部との接触に
消極的らしい。実際、いままでドワーフと遭遇して無いだろ?」
「遭遇はしていないけどドワーフらしいのは目撃したッス。確か旅を始めた
直後に立ち寄ったオーア・キナイ市とかいう大きな街で鍛冶道具を抱えて
歩いていたッスよ。」
「ま、どこにでも変わり者は居るって事だな……何か物音がしないか?」
言ったゲンを含め全員がほぼ同時に戦闘らしい喧騒を聞き取った。
どうやら前方の丘陵に近い集落で戦闘が発生しているようだ。
戦闘とはいえ届いて来るのは幼い泣き叫びと破壊音、恐ろしい怪物のような
吼え声であり一方的な蹂躙だと思われる。
ラプター達は即座に反応した。目線で連携を確認しながら装備を積んだ
馬車を走らせるゲンを除くラプター達5人が馬車を飛び降り全力で駆け出す。
「ここは素直にゴクロゥさん達に感謝ッス!!」
馬車に隠した銃火器などの装備を用意する時間は無いと判断し、ゴクロゥから
譲られたショートソードを持って現場に急ぐ。
緊急を要する事態だ。とにかく現場に駆けつける。そして剣や素手では手に余る
と判断した時は躊躇無く怪人に変身して戦うつもりだ。何があろうと助けを求め
ている人々を救わねばならない。
「あれは…子供ばかりッスか?!」
「いえ!!おそらく子供のような姿の小人のホビック族だと思われます!」
「エネミーも確認!エネミー№37『ババヤガ』だなあれは。」
ロンパとテンパイの報告にラプターが目を向けた先には泣き叫ぶホビック族に
襲いかかっているエネミーの姿があった。
身長3メートルはあるざんばら髪の人型の怪物。その口は耳まで裂け上顎と
下顎から長く鋭い牙が幾本も突き出ていた。長い鉤爪とギラギラした目を
持つ怪物ババヤガはかなり強力なモンスターだ。だが……
「どうやら変身無しで対処出来そうッスね。」
ババヤガの胸には大きな斬り傷が開き鮮血を噴出していた。
(…誰が斬ったッスかね?ホビック族の人達じゃないっぽい…っとと!まずは
人助けに集中ッス!!)
ババヤガに追われて少女のようなホビック族の女性が幼児の手を引き赤子を
背負って逃げてきた。
「△○◎△×○○!!」
自動翻訳機が無い今、知識に無い言語は分からないが助けを求めている事は
疑う余地が無い。ラプターは彼女を庇うように前に出てババヤガと対峙する。
「キシャアアアアア!!!」
ラプターを敵と見定めたババヤガが咆哮を上げ肉切り包丁のような鉤爪で
連続攻撃を仕掛けてきた。ラプターは落ち着いて鉤爪の軌道を読み直撃を
回避しつつショートソードを構え間合いを詰めて行く。
その間も元戦闘員の仲間達がホビック族を保護しつつババヤガを包囲する。
「カウガ!!○△○レプレポース!」
「カウガ!カウガ!」
「◎△×○レプレポース!」
助けが来たと分かったホビック族が何かを訴えたり、粗末な槍で一緒に
戦おうとしていた。そんな彼らを勇気付けるべくラプターは叫ぶ。
「大丈夫ッス!必ず助けるッス!!!」
怪物と戦いながらふとラプターは思った。
殺戮を目論むガープ怪人から市民を守ったソルジャーシャイン達も
こんな感じだったのかと。グッとショートソードを握る手に力が篭る。
「ギイイイイ!!キシャアア!」
怒り狂ったババヤガの瞳が不気味な光を発する。相手を金縛りにする
ババヤガの視線の魔力である。
ババヤガの放った技の性質が不明なので全力で回避するラプター。
その攻撃は魔力由来でありラプターに当たっても影響を受けはしないが
用心に越した事はない。
「今ッス!!!」
眼光を光らせて動きの止まったババヤガの隙を突きラプターの
攻撃が炸裂する。
グサアアア!
ショートソードの扱いについては素人のラプターは剣術の技能が
無くても狙える効果的な攻撃、刺突を選択し全力でババヤガの
胸の傷を刺し抉った。
苦悶するババヤガの背後にメンマとロンパが回りこみババヤガの
膝の裏側の腱を切り裂く。仰向けに倒れ激昂の叫びを上げようとした
ババヤガの口の中を構えていたテンパイがロングソードで刺し貫いた!!
「ご無礼!!ロンですよっと!!」
「ガアアアア!!」
血泡を吹いて断末魔の吼え声を上げていたババヤガはしばし痙攣していたが
程なく動きを止め絶命した。念のためにホビック族を守護していたツボキック
も合流し全員でババヤガの首を切り落とす。
その瞬間、どっとホビック族の喚声が上がった。彼らは救われたのだ。
間を置かず集落の救援を開始するラプターたち。どうやらババヤガ来襲の直後に
介入出来たらしく被害は思った程でもない。だがそれでも犠牲は出たし怪我人も
いる。合流したゲンの馬車から治療薬を持ち出し救護しながら何が出来るか周囲
を観察していた。
「やっぱり被害からの再建に多少の資金を置いていこうと思うッス。」
「それ賛成。けどアルミは止めといた方がいいと思うな。換金の時に
彼らホビック族がお宝を持っていると知られたら別の災いをツモって
しまうと思う。物資を手に入れた時のお釣りの金貨と生活物資を分け
与える方が無難かな?」
「アルミはあと17個あるッスけど、確かにその方がいいッスね。」
ラプターがテンパイと話しているとロンパが質問してきた。ちなみに
会話しつつも治療行為の手は止めていない。
「犠牲者がこの集落中央の広場に集中していますね。何故でしょうか?」
「多分、あれだな。あの中央にある大きな建物、おそらく共同貯蔵庫だ。
冬越えの食料や燃料を備蓄してあるのだろう。裕福と思えない暮らしぶり
から貯蔵庫を失えば集落の生活、いや生存が立ち行かなくなるぞ。」
「なるほどッス。ん?」
治療を継続しているラプター達の前に赤子を背負った少女が現れた。
最初に庇った若い母親だ。
「◎△×○△△レプレポース。」
「あれ?もう助かったッスよ?って、そうだったッスか…」
ここでラプターは勘違いに気が付いた。何度も何度も彼らが叫んでいた
カウガとかレプレポースという言葉が助けを求める言葉だと思っていたのだ。
だがそうではなかった。こういう時に言う言葉は決まっている。ラプターの
気持ちが熱くなった。
カウガとは『頼もしい』という意味でありレプレポースとは『ありがとう』
もしくは『心より感謝します』という言葉なのである。彼らは最初から感謝
していたのだ。
助けに来てくれてありがとう
救いの手を差し伸べてくれてありがとう
ありがとう……
「うっく…」
ラプターは目頭が熱くなるのを堪える。暗黒結社時代は無論、洗脳が解け
改心してからの活動もあくまで贖罪であり見返りを求めておらず感謝など
期待していないし受けなくても気にしなかった。
そんな彼の心にホビック族の裏表の無い感謝の気持ちは深く刺さったのだった。
こみ上げる色々な思いを笑顔で押し込め、
「さあ、治療が済んだら破損した集落の修理に取り掛かるッスよ!」
想いを共有しラプターと共に救護活動に注力する脱走ガープ組。だが…
「…ラプターさん、妙な物音がします。」
「武装した多人数ッスね。集落の危機を知った辺境伯の派遣した
救援の可能性は?」
「急いでいる様子は無いのに到来が若干早い。十中八九違いますな。」
「……ロンパさん、ゲンさん頼むッス。」
最悪の事態を想定しロンパとゲンに馬車の中で装備を用意しての待機を
頼み残りのメンバーで警戒態勢を取った。
やがて現れた一団。それなりの武具で重武装した連中は粗暴で下卑た
態度で騎士や警備隊などではない事が知れる。
「蹴られたくなきゃさっさと退け!!鈍いチビ共が!!」
横柄な態度でようやく災難から逃れたホビック族を追い散らし
集落に乱入する謎の兵団。連中はラプター達に目を向け、
「手前らか?せっかく集落に追い込んだババヤガを始末しやがったのは?」
「程よく襲わせてから助けに入って恩に着せる予定がパーだぜ!!お前等の
おかげで徴発がやりにくくなっちまった。ただじゃ済まさねえからな!」
(そうか、コイツ等がババヤガを…)
連中の幹部と思しき1人が羊皮紙の巻物を広げ共通語で布告する。
「我々は勇者を補佐する偉大なる傭兵団『ゲルグ軍』である!!
勇者の戦いの為にこの集落の食料と物資を徴発する!!世界の
平和の為に全ての物資を残らず差し出すように!!!」
布告を受けたホビック族はぽかーんとしていたが共通語の分かる
何人かが狼狽し始めた。だが布告さえ済めば義務は果たしたと
いわんばかりにゲルグ軍はホビック族を押し退けて共同貯蔵庫に
向かう。
ドカ!!バキィ!!
貯蔵庫の扉を蹴破ると中の物資を運び出し強制徴発、いや略奪を開始した
ゲルグ軍にホビック族が悲鳴を上げて殺到する。この場にいた者ばかりで
なく集落中から貯蔵庫を守ろうと集まったホビック族を文字通り蹴散らし
ゲルグ軍は貴重な備蓄を奪って行く。体格差と戦闘力、それに人数も違う
ゲルグ軍兵士は広場を包囲しながら横暴の限りを尽くし始める。
「○◎△×○○!!」
あの若い母親も粗暴な兵士にすがり付き必死に訴えかけている。
彼女はせめて子供の為の食べ物を残すよう懇願していたのだ。
「うざってえ!!邪魔すんなチビ!」
ゲルグ軍兵士は乱暴に彼女を突き飛ばし罵声を浴びせた。
背負った赤子を怪我させまいと身体を捻って倒れこんで
しまった彼女は悲しげにすすり泣く。非力ゆえ子の為の
食料まで奪われる悲哀に満ちた母の泣き声だ。
「ちっ。余計な手間を取らせるんじゃねえ……どげええええええ?!」
悪態を付いていた兵士は強烈な衝撃を受け吹き飛んだ!!
カエルのようなポーズで縦に回転しながら落下し地面に激突して
痙攣する兵士の姿に辺りに沈黙が訪れる。
鎧姿の兵士を片足で蹴り飛ばしたラプターに周囲の注目が集まった。
突然訪れた静寂にラプターの声が響く。
「胸糞悪い連中ッスね。勇者の為?世界平和?大嘘を付くのも
大概にしろッス。こんな行為を勇者が許すはずが無いッス。」
「んだとぉ?俺達を知らねえのか!」
「三大英雄の手下の傭兵団だろ?随分と悪名が高いようだな。」
「この略奪も隠蔽するつもりだろう?恩を着せての徴発に失敗しても
略奪を中止せず強行したあげく凶行に及ぶつもりとは見下げ果てた連中だな。」
メンマとツボキックの言葉に目を細めるゲルグ軍幹部。その様子は
凶賊そのものだ。
「これ見よがしに略奪してホビック族の皆さんを広場に集める。生存者を
出さぬようその周りを包囲して皆殺し。勇者には怪物に襲われた集落を
救援に行ったが間に合わなかったとか報告って所か?」
「お前等みたいな奴等の手口はよーく分かってるッス。断じてお前等の
思った通りにさせないッス。覚悟するッスよ。」
「ククク、アーハハハハ。どうやらバレバレのようだね。」
傭兵共の後ろから一際豪華な鎧を纏った男が前に出て来た。
二刀流らしく長剣を左右の腰に差している。
モーキン達を見下しホビック族も見下し、配下のゲルグ軍の兵さえ見下す。
自分以外の全てを見下す男。
(資料に有ったッス。確かこの男は……)
「名推理だけど無意味だったねぇ。君たち目撃者も生かして帰す訳が無い。
覚悟するのは君らさ。邪魔してくれたお礼にしっかり斬り刻んでやろう。」
ゲルグ軍のボス。三大英雄の一人である高速剣士ボーグ・サリンガは
余裕の態度と酷薄な表情でラプター達に死を宣告した。




