表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/104

58 混沌の軍議と聖なる進軍




バタバタ…  バタバタ…


万余の軍勢が林立する軍旗を掲げ行軍している。




聖戦連合軍の集結地となっている交易都市メザーク。その城門を

整然と隊列を組んだまま入城する新たな軍勢が現れた。


王冠を被った鷲に交差する剣の意匠の軍旗。それは帝政トルフより

やって来たクレギオン公国軍1万5千の紋章であった。


率いるはクレギオン公国公女サニア。大公の長女であり後継者である。

およそ軍勢を率いるにふさわしくない。小柄で可愛らしくニコニコ笑み

を絶やさない優しげな少女だ。


だが兵士達に不安は無い。彼女の傍らには婚約者であり近衛騎士団長の

マウリッツが立ち、軍監の役職を持って実際の戦闘指揮を担っている。


主要街道から直通で移動できた各国軍の中でクレギオン公国が一番交通の

便が悪い。帝政トルフ内で最も東に位置し、まずトルフ領域を抜けてから

隣国のラースラン王国の東の国境から西端のメザークまで一気に踏破せねば

ならなかったが東部小街道と西方大街道はまだ連結しておらず街道外の行程

を経ねばならなかった。


故にこのクレギオン公国軍が集結する軍勢の最後の部隊であり、今日この時を

もって聖戦連合軍の全軍集結が完了したのである。



  


 ゼノス聖堂騎士団      5万5千名


 大アルガン帝国       7万1千名


 ロガー獣人族連合      3万5千名


 ポラ連邦          2万5千名


 帝政トルフ クレギオン公国 1万5千名


 義勇軍             7千名


 自主参戦傭兵団(合計)     7千名


 バーマ共同軍          4千名


 タンバート王国         2千名余


 クー・アメル朝       1千5百名余



およそ22万3千名の軍勢。ここに個人参加の高レベル戦士や冒険者が

九百名ほどが加わる大兵力だ。対する新勢力ガープの戦力は…




「モーキンと増援の戦闘員が抜けて、カノンタートル、お前さんと

戦闘員300名でここを守る事になった。頼りにしてるぜ。」


「冗談言いなさんな。最大戦力の闇大将軍自身を入れて無いですがな。」


ガープ前進基地。聖戦側の呼称では侵略基地となっているその司令室で

カノンタートルと闇大将軍が方針の確認を行っていた。


「ま、俺自身は超魔法文明の超兵器とやらの対処と五大賢者を打倒する為の

戦力さ。戦争は皆の力と基地の備えで対応出来る算段がついてる。」


そう言って闇大将軍はニヤリと笑い


「いいか、プロトンビームを聖戦連合軍に使わなくても充分な勝算が

立ってる。人間相手にプロトンビームの使用は禁止だぜ?」


「それ聞いてホッとしましたわ。」


「お前のプロトンビームと俺の武力が五大賢者への切り札だ。バーサーン

最高導師殿でも超魔法文明の兵器については不明だからな。手加減は最小限

で行こうと思う。」


五大賢者の参戦と超魔法文明の兵器。それはガープ側も把握している。


やかましいほど聖戦側が宣伝し秘匿などしていないのだ。ド田舎の子供でも

知っている話だった。


「ところで衛星偵察によるとメザークに新たな軍勢が合流したようで。」


「まだ確認を取っていないがクレギオン公国だろう。中世の戦は前もって

参加する勢力や指揮官を華々しく公表してくれる場合がある。順にリスト

と照会すれば諜報せずとも誰が合流したか丸分かりさ。」


「クレギオンでっか。それじゃ敵の集結は完了でんな。」



その時、第二級警報が鳴りオペレーター戦闘員が反応した。


「緊急事態か?でないなら可能な限り詳細に報告してくれ。」


闇大将軍に促され戦闘員が返答した。


「聖戦連合の偵察隊の飛行兵が何かを投下しました。位置は前進基地正面の

距離50メートル付近です。攻撃にしては妙ですね。」


「投下物の詳細判明。木材です。直径は10センチ未満で3メートルほど。丸太と

いうより木の棒ですね。塗料で目盛が記されているようです。」


テキパキ答えるオペレーター達。実は日常業務のように聖戦連合側の物見や偵察が

送り込まれて来ておりガープ側も慣れ、落ち着いた様子で報告を続けている。


「目盛付きの棒?そりゃ観測する為の標識か何かだな。どうやら戦場の図面を

作成しているな。結構な事だ。せっかく中世の水準でも分かりやすい難攻不落

の城塞の形態に作って見せてるんだ。しっかり確認しビビってもらわんとな。」


「ある程度偵察させたら気が付いたフリの警告灯な。最初っからこっちが

気が付いてる事を悟られないタイミングで頼んまっせ。」


「了解です。」


偵察行動に対しガープ側の慣れきった対処。そうなった原因の聖戦連合の

偵察行為が頻発するのも道理である。


何しろメザークとガープ前進基地の距離は10km未満の至近なのだから。







ホークマン偵察兵のリヴには悩みがある。


通常のホークマンの翼は野鳥と同じ色の羽毛をしていて頭髪の色が翼角付近

にメッシュで入るのが一般的だ。だがリヴの翼は産まれ付き真っ白だった。


純白の翼を背に生やした美しい女性。地球人が見れば天使と間違えそうである。


だが偵察専門の傭兵団『捉える瞳』に所属する彼女はゴワ付かず飛行に支障を

きたさない染料があれば地味な色に染めたくて仕方ない。


職務に支障をきたしかねない目立つ翼を持つ彼女が偵察専門の団に所属できる

のはその特殊な固有スキルのおかげだった。


『踊る絵心』、リヴは見た物を正確に絵図として描き出す事が出来る。

人物の似顔絵でも建物や風景でも写真のように正確に自動書記の如く

絵に描ける。


一定時間が過ぎると記憶が抜け落ちたように描けなくなるが見た直後なら

縮尺まで正確に絵図に書けるので測量標識ごと描けば専門家が対象の位置や

大きさを算出し正確な地勢図を作成する事が出来るのだ。


「あ!」


「引くぞ。急げ!!」


ガープ基地に不気味な光が灯り監視要員と思われる人影の動きが見られた。


リヴ達ホークマンやハーピーで構成された飛行偵察隊は即座に空域から離脱

を図る。同時に地上で地形に偽装していた物見隊も隠れたまま後退を開始した。


偵察の専門家は情報を送り届ける事こそ本分なのだ。聖戦連合が集結した今、

恐らく事前偵察はこれが最後だろう。リヴ達は使命を果たす為に全力で飛翔

しメザークへと向かうのだった。







全軍集結せし聖戦連合軍。各国の指揮官の中には意外な顔ぶれがあり

政治的な感性を持つ者を驚かせている。大アルガン帝国より来た軍勢

を率いていたのはメルタボリー皇女本人とザン・クオーク選帝侯だった。


帝国では次期皇帝を決める選帝侯会議があるのに何故?そう問われた

メルタボリー皇女はあっけらかんと本音をぶっちゃける。


「選帝侯会議が開かれるからじゃ。聖戦という文句の付けようも無い大義名分

で妾とザン・クオーク選帝侯が抜ける。皇位継承候補と選帝侯が欠ければ会議

の開催は延期じゃ。今の情勢ではメッサリナがあっさり皇帝に即位しそうじゃ

からの。時間を稼いで妾の派閥の諸侯に工作させておるのさ。」



「さ、さようですか…」


ロガー獣人族連合の司令官、獅子獣人のサダンは引き気味に応える。


メルタボリー皇女は身長2メートルを超え武芸にも秀でる豪傑女子だが

サダンはそれを上回る体格のライオン獣人だ。メルタボリー皇女は舌なめ

ずりしながら身を寄せる。


「ほんにサダン殿は逞しいのう。妾が殿方を見上げるなど久方振りじゃ。

どうじゃ?今宵は妾と寝所を共にせぬかえ?至高の夢心地を約束しようぞ?」


「そ、それは遠慮いたしましょう。今は大戦の前にございますれば。」


(獅子獣人の私より肉食系ではないか…)


「チッ」


「そ、そういえば結局あの妖精国ミーツヘイムやツツ群島国も聖戦に

参加されませんでしたな。」


「妖精国の王クリーク殿からは戦力が無いとの返事じゃ。何でも精霊使い

アスニク姫と白銀騎士を大切な使命に当たらせ動かせぬと。」


「ツツ群島国の大君ツツイ・ドゲザエモン殿は何と?」


「占星術の結果で参戦せぬと決めたそうじゃ。呆れるのう。」


そう宣いつつメルタボリー皇女はまたもサダン司令官の身体に身を寄せる。


(ひいいい…)


外見と異なり温和で気弱な面のあるサダン司令官は焦りつつ身を下げ

回避し、


「本日の夕刻には神聖ゼノス教会から聖戦を督戦される大神官コロシア様が

到着されます。そのまま大軍議へと進む予定ですし我等も準備に入るべき

ではありませんか?皇女殿下。」


「チッ!」


上手くかわされたメルタボリー皇女。だがサダンの正しい指摘に素早く頭を

切り替えると側近のソバスチャンを呼んで指示を飛ばし、サダンにこの場を

辞する事を告げると宿舎へと引き上げて行った。


ホッとしたサダン司令官は自らも大軍議に備えるべくペピート将軍ら信頼する

幕僚が待つ宿舎へと足早に立ち去った。




大軍勢たる聖戦連合軍の将兵はメザーク近郊に駐屯しているが各国の

将帥は市内の宿泊施設を借り上げ官舎として滞在している。


身分差などもあるが総司令のいない連合軍であり各国はそれぞれ自らの軍を

統括し行軍計画や人事管理、会計処理など面倒くさい軍政業務をこなさねば

ならず、それぞれ宿舎を確保し発令所を国毎に用意する必要があったのだ。


基本的には連れて来た軍政官僚らに行軍計画以外を丸投げするのだが

この前近代的な状況に先進的なポラ連邦のボロザーキン将軍やナグル

ガスキー大佐などは不満タラタラの態度でボヤいているらしい。こんな

指揮系統がバラバラでいざという時に大丈夫か?と。





高級旅館『月光』、クレギオン公国軍が宿舎として借り上げた宿の

公女サニアの居室。


明るい室内で花のように可憐なサニアが人形遊びに興じている様子。


だが良く見ればそれは人形サイズに縮められ小人にされた騎士団長の

マウリッツであった。


公女サニアは敬虔な神聖ゼノス教の信者でありゼノス神聖魔法を使い

こなすプリーステスであった。様々な状態異常の呪文を使い意外に

戦えるサニア。


サニアは聖戦の意義に異を唱えるマウリッツに対し『ミニマム』の呪文を

行使し小人にしてしまったのだ。


身体のみを縮小し装備は脱げ落ちてしまうミニマムの呪文。戦場で裸の小人に

される状態異常は強力で効果に時間の掛かる石化などより彼女が好む魔法だ。


「うわっ!いきなり何するんだ!おいよせって!」


幼い頃から身近にいた存在。プライベートでは気安い口調で話す二人だが

今回の遠征が決まった直後から現在までマウリッツは私的な場ではずっと

聖戦について疑義を示していた。トルフ皇帝家がやんわりと拒絶していた

戦に突き進む大公家の方針にも疑問を持ったし何より尊敬する覇道の剣の

ライユークが反対していたのだ。


だがここに来てまでゼノス教会は信用出来ないと言うマウリッツに敬虔な

ゼノス信者のサニアは言葉での反論ではなく実力行使に出たのである。


ちょこちょこ逃げ出そうとしたマウリッツをサニアの巨大な手が捕らえ、


「もうメザークまで来たのに未だにグダグダ言うのは覚悟が足らないわよ

マウリッツ?貴方にはお仕置きが必要だわ。」


弟のように思い可愛がっているつもりのサニアだがけじめは必要だと

考えていた。


「お仕置き?!いったい何をするつもりだ!」


妹のように思って可愛がっているつもりのマウリッツは同い年のサニアに

全裸で捕まえられ赤面しながら叫ぶ。


「この『リリカルちゃん』のドレスを着て反省してもらいます。」


「おまっ!!ふざけんな!少女人形の服じゃねえか!!!」


ジタバタ暴れるマウリッツにサニアの巨大な手が無理やり人形のドレスを

宛がい女装させようとする。その時、部屋に副官ボルデの声がかかった。


「サニア軍団長、マウリッツ軍監、間もなく大軍議の時刻になります。」


「ボルデ、ノックもせず入室するのは緊急事態だけにしてもらえないかしら?」


「しましたよノック。何度も何度も何ぁーん度も。いい加減に遊ぶのは止めて

仕度を整えてください。」


「遊んでいないわ!」


「遊んでねえ!」


声を揃えて抗議をしながら二人は慌てて準備を整え始めた。大軍議に

遅刻して国の恥を晒す訳には行かない。




刻限ギリギリだが大軍議場へと来られたサニアとマウリッツらクレギオン軍

代表団。ほぼ同じタイミングで来たタンバート王国軍を自ら率いて参戦して

いたパーデス王らと共に入室する。


広い会議場は豪華絢爛に飾り付けられており壁際には参加各国の国旗が

大きなタペストリのように飾られている。


幅広いUの字型に並べられた席。右最前列から聖堂騎士団のゴーザー団長が

副官、そして凄まじい美貌の少年従者を従え着座している。その隣にはロガ

ー獣人族連合のサダン司令官達が座っていてペピート将軍と打ち合わせして

いるようだ。


左側の最前列には大アルガン帝国のメルタボリー皇女とザン・クオーク選帝侯

が着席している。笑顔なのに刃を突きつけるような危険な雰囲気を放つザン・

クオークという人物にマウリッツは剣呑なものを感じた。その次には先進的な

軍服姿のポラ連邦のボロザーキン将軍とナグルガスキー大佐。次が自分達クレ

ギオン公国の席である。


全員が着席すると隣接する貴賓室からハイプリーストを従えた

大神官コロシアが現れる。


「神の敵を討つ勇士達よ。汝等の勇戦は必ずや英雄神も御照覧されよう。

世界の敵ガープを覆滅し世界の苦しみを除かん事を期待する。」


厳かに宣言すると少し奥まった位置の貴賓席に着座した。彼女は

会議の内容に口出しする意思は無いらしく黒い口を閉じ、表情も

姿勢も微動だにしない。その眼球が真横を向く。


大神官の視線が向いた場所に転移してくる者がいた。


その男は不思議な文様のローブを着込み、ベネチアンマスクのような

仮面を付けている。


奇妙な事に目元を覆うマスクには目の所に穴が無く、その変わり中央に

真紅で実に大きいガーネットが1つ嵌め込まれていた。その仮面の顔は

まるで単眼巨人サイクロップスを彷彿とさせる。



出現したのは五大賢者の一人、赤玉の賢人ラーテ。


「遅参申し訳ない。五大賢者を代表して赤玉のラーテ、大軍議に

まかり越してございます。聖戦の勝利に向け尽力する所存。よしなに。」


論壇で一言挨拶を済ませると赤玉の賢人ラーテは影のように移動し

会議室の隅に立つ。着座する気は無いようだ。



ラーテに替わり登壇したのはロガー獣人族連合のペピート将軍である。

ロガー連合は最も早くメザーク入りしておりガープ侵略基地への偵察

と周辺地理把握を主導し作戦原案を造り上げていた。


そこで大軍議における説明・進行役に抜擢されていたのである。


ただロガー連合の内情を知らない出席者の中には小柄なウサギ獣人が登壇した

事に失笑したり同じく前に出た強そうな黒ヒョウ獣人のガック隊長がペピート

将軍に絶対服従の姿勢でいる事に怪訝な表情を浮かべたりしていた。


「まあ、可愛いウサギさん。」


そうつぶやいたクレギオン公国のサニア公女の耳元にマウリッツが小声で

諭す。


「油断禁物。あれこそ吟遊詩人が歌う『ケルベロスを討ちしロガーの白兎』

ペピート将軍ご本人です。」


サニアが目を見開く中、ペピート将軍から基本戦略案が示される。



まずガープ侵略基地を攻略し、そこを策源地としてハヴァロン平原へと

軍を進めガープの本拠地である鉄の要塞に攻勢をかけ陥落させる。


基本中の基本。大規模な前進基地を無視して本拠地を攻める事はできない。

後方を遮断される危険もあるし鉄の要塞側と呼応して挟撃される危険もある。

実に常識的な基本方針でペピート将軍もここで異論が出るとは考えていない。


だが、まさかの異論が出た。


「全軍を2つに分けてガープの侵略基地と本拠地を同時攻略いたしましょう!」


ハイテンションで兵力分散に行軍経路や補給線維持をまるっきり無視する

浪漫主義的な方針をぶち上げたのはタンバート王国軍のパーデス王だった。


「……その場合、ガープの本拠地を攻撃する栄光を得る隊とそうでない隊

の間で不公平が生じます。我等は一丸となって聖なる戦いに臨まねばなり

ません。誠に申し訳ないがパーデス王陛下の案には賛同いたしかねます。」


ゼノス教会に累計で103篇もの詩を書きまくって送り付けたパーデス王に

戦理を説いても仕方ない。ペピート将軍は理論ではなく感情に訴えかける説得

方法でパーデス王に対処した。


「おおお、確かにその通り。いささか考えが浅かったようです。」


(いささかじゃないだろう…)


パーデス王があっさり自説を引っ込め基本方針が了承された。



「では次に新勢力ガープの侵略基地について把握している事と考察、

そして我が軍で考案した攻略作戦案を開陳いたします。」


ペピート将軍が顎を振ると待機していた剣歯虎獣人の副将ラゾーナが

配下に命じ演壇の後ろに大きな上面図を吊り下げた。



出席者の一部から驚きの声が上がる。


それは均整の取れた星型をしている城塞の見取り図であった。

いわゆるヴォーバン様式とか稜堡式城郭などと分類される星型

城塞である。


「これはまた随分と趣味的な形状ですな。」


「一見すると確かに趣味的に見えますが…」


バーマ共同軍のアッディーン公子が発言するのにペピート将軍が応えた。


「優秀な射撃兵器を保有するポラ連邦軍の方なら理解して頂けると

思いますが、こう突出した堡塁に射撃ポイントが設置されると…」


ペピート将軍が城塞の図面、鋭角に突き出た堡塁の辺に沿って木炭筆で

小さな丸を書き並べてゆく。


「…なるほど。これは考えねばならないなナグルガスキー大佐。」


「射撃戦を考えての設計はこの世界の標準とはかけ離れている。もし

優越する火力が向こう側にあるなら確かに危険だ。」


ペピート将軍は周囲を確認する。ポラ連邦の将軍以外で理解した様子なのは

アルガン帝国のメルタボリー皇女とクレギオンのマウリッツ軍監だけの模様だ。


そこでペピートは射撃拠点から射線を示す矢印を書き加えてゆく。


「ああ、これは?!」


「隙がまったく無い。もし有効射程の長い射撃武器がガープにあったら…」


射線は堡塁同士を相互に援護射撃でカバーし死角が無い構造となっており

どこから近付いても2方面からの射撃を受ける。下手に堡塁の間に進出して

しまったら濃密な十字砲火を浴びて抵抗する事も出来ず薙ぎ倒される事に

なりかねない。


「堅牢そうな備えじゃのう。無駄な犠牲を出さぬようここは是非とも古代の英知

を示して頂きたいものじゃ。」


メルタボリー皇女が赤玉の賢人ラーテへ目を向ける。


破城槌など普通の攻城兵器では接近せねば使えない。また射撃特化の城が射撃に

対応していない訳は無く古風な投石器などでは効果は期待できない。


五大賢者の超魔法文明兵器こそ強靭な城塞を粉砕する最良の手段であると

思われた。出席者の期待に満ちた視線にラーテは自信に満ちた態度で応える。


「超魔法文明の英知が邪なる要塞に穴を穿って見せましょう。お任せあれ。」


出席者全員が感嘆の声を上げた。軍議の空気が城塞の城壁を抜ける事を

前提にした話に変わっていく。


「計測した城塞の規模から駐留可能なガープの兵力はおよそ3万。多く

見積もっても5万を若干超える程度と思われる。堡塁さえ突破出来れば

圧倒的な兵力差でガープの戦力を撃滅する事が出来るでしょう。」


まさか駐留するガープの人員が想定の百分の一に過ぎない事は読めず

常識的な判断をするペピート将軍。それでも充分な勝算が立ったはず

だがペピートの表情は固いままだ。


「何か懸念があるのかね?ウサギの将軍殿?」


聖堂騎士団のゴーザー団長が揶揄するように問う。


「敵の城塞の側面や後方は散兵線を意識した空堀や対歩兵障害物が厳重に設置

されているのに正面は一定間隔で簡素な柵があるだけでガラ空き。しかも我が

方が全軍展開出来るだけの平地が広がっている…」


「正面の城門へと続く幹線道路がある為ではないのか?大量の物流があった

と聞いている。その為では?」


「そういう場こそ戦時では厳重に塞ぐものじゃ。これはじゃの。」


横から割って入ったメルタボリー皇女の意見に頷くペピート将軍。


「私もそう考え立案した作戦案がこちらです。」


新たな戦地図が吊るされ示される。今度は各部隊の配置と進撃路が矢印で

示された作戦図であった。


それによると正面は少人数の牽制隊と射撃隊だけを配置し、主攻撃軸を

要塞の右側面に配置し副攻撃軸を後方から進める形の堅実だが大軍が使う

にはやや効率の悪い攻撃案であった。


「能率が悪い案じゃ。それに余分な犠牲を覚悟せねばならん。」


「ですがメルタボリー殿下、正面に罠の可能性がある以上それを避ける方策で

戦わねばなりません。」


「しからばガープの罠を無効化してしまうのはどうじゃ?」


「と仰いますと?」


「妾が率いて来た大アルガン帝国軍のゴーレム隊を正面に突入させる。もし

罠があったら発動しようし無ければ城門に攻撃をかけ破壊するのじゃ。」


それを聞いていたクレギオン公国のマウリッツが疑問を呈する。


「果たして僅かな数のゴーレムに罠が反応するだろうか?」


「何を根拠に僅かなゴーレムとおっしゃるのかえ?我が軍が繰り出すのは

1千体のアイアン・ゴーレムじゃぞ?」


「何と?!」


合戦、それも攻城戦においてゴーレム隊を投入するというのは

よくある戦術。だが普通のゴーレム部隊はせいぜい百体。多く

ても2百は普通無い。さらに高価なアイアンゴーレムはクレイ

ゴーレムやウッドゴーレムと比べ格段に強力なのだ。


「ほほほっ、アイアンゴーレム1千体。もし罠を発動せねば要塞正面に

無視できぬ被害を与える事が出来よう。敵は嫌でも罠を使わざるおえん。

罠を命無きゴーレム相手に無駄使いさせた後に主攻撃軸を正面に据え右側

面に副攻撃軸を配置。これでどうじゃな?」


「高価なアイアンゴーレムを惜しげもなく。さすが大アルガン帝国だ…」


呟くロガー連合のサダン司令官に方目を瞑って応えるメルタボリー皇女。


「すばらしい作戦案です。私から付け加える事は何もありません。」


そう言ってペピート将軍も賛同し異論も出なかったので皇女の案が

正式に決定された。


「他に何か質問はありますか?」


「ガープの航空戦力はどうなっておりますかな?」


軍議の終盤、ポラ連邦のボロザーキン将軍が質問を発する。


「新勢力ガープには3隻の空中艦と若干数の戦闘艇があるようですが

鉄の要塞との往復も激しく長期にわたる不在の時期がある事も確認済み

です。最新の偵察では侵略基地の空中艦は出払っている模様ですね。」


「では侵略基地への攻城戦を仕掛けている途中で出現する可能性がある

かもしれませんな。」


「ええ、ですのでポラ連邦の空中艦隊の上空援護は不可欠。予定通り

作戦開始時には来援される事を期待していますよ?」


「申し訳ありませんが…」


ボロザーキン将軍が返答する前にナグルガスキー大佐が発言する。


「我が国では空中艦ではなく飛行艦と呼称しております。ラースラン王国の

空中艦隊とは区別して呼んでいただきたい。」


「失礼しました。ではポラ連邦の誇る飛行艦隊の上空援護をよろしく

お願いします。」


周囲から失笑が洩れ聞こえる中でペピートは律儀に修正に応じて艦隊による

上空援護を要請した。


(このボケが!!呼称など拘る場面じゃないだろう!国の恥を晒しやがって…)


ナグルガスキー大佐の意外なポンコツ振りに内心歯噛みするボロザーキン将軍。




ポラ連邦には締らない形だが全ての議論は出尽くし会議は終盤を迎える。


そして進撃ルートと行軍の陣形を決めコロシア大神官による開戦日時の

決定を持って大軍議は終了したのだった。





大軍議より4日後。22万余の大軍勢が全ての準備を整え開戦の日を迎えた。



    「聖戦の勇士に英雄神の加護を!!」



コロシア大神官の聖句とともに進軍ラッパが吹き鳴らされ無数の軍旗を掲げ

規則正しい軍靴を響かせ聖戦連合軍が交易都市メザークから進発する。



新勢力ガープを討つ聖なる進軍の開始であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ