53 挑戦の定理
長い歴史の闇に閉ざされた禁忌の迷宮。
最初にここを造り出した何者か以外、誰も足を踏み入れた事が無いであろう
最深部へと続く広大な玄室の内部を照明用ドローンやガープ探検隊が持ち込
んだ10000ルクスの投光器のギラギラな明るさが照らし出し、室内の闇
を追っ払っていた。
光り輝く戦いの舞台となった玄室内で異形の存在たちが激突し死闘の
火花を散らせている。
一方の異形、玄室の主たる魔金ゴーレムのゴールド・タイタンは流体金属の
身体を変幻自在に変形しながら積極的に攻撃を仕掛けていた。
いきなり巨大な人間の生首になったかと思えば次の瞬間には異様に
触手の長いイソギンチャクのような形に変わり触手を伸ばして攻撃
してくるといった具合に一瞬たりとも同じ姿を保ってはいない。
一方の異形は全身をゲル粘液で覆われた怪魚のような姿の怪人ウオトトス。
そして物理攻撃に対する防御の力場フィールドを持つ怪人モーキンの2体が
ゴールドタイタンに正面から白兵戦を挑んでいる。
ガープ怪人コンビは積極的に戦闘正面に立っているが防御や回避を主体とし
堅実な戦い方を堅持していた。
彼等が正面でゴールドタイタンを引き付けている間に次々と戦闘員達が
交代しながら様々な射撃兵器で攻撃を仕掛けているが効果は薄い。
ゴールド・タイタンの攻撃が戦闘員側を指向する度に躊躇無く後退し、
射撃しながらセンサーなど総動員してゴールド・タイタンのデータを
後方に送っていた。
衛星を通じたデータリンクによりデータを受け取っているガープ要塞でも
量子スーパーコンピューターや死神教授が対応策を検討しているが上手く
いかないようだった。
水銀を硫化水銀のように結晶化させる如くゴールド・タイタンを凝固させて
無力化しようと企てたが高度に魔化された魔金なる物質を化学変化させる
方法が不明なのである。
現時点で魔化や魔力付与といったものの基礎研究が不足している以上、
科学的アプローチには限界があった。魔金のサンプルが欲しいのじゃぁ!
と叫びながら死神教授が別のアプローチを検討している最中である。
こうなると頼みの綱は魔術師ギルドだ。
『ソイツに関しては御伽噺のような伝承があるだけで弱点とかは不明さね。
ここで無理せず一旦撤収したらどうだい?』
インカムを通しての魔術師ギルド総帥バーサーン最高導師の提案にゴールド
タイタンの攻撃を捌きつつウオトトスが応える。
「いえ、このまま戦闘は継続して行きます。攻略法は不明ですがこの有利な
状況を捨てるのは悪手かと。」
『有利だって?!倒す方法も分からないのにかい?』
「我々の方も重大な損害を受けておらず戦闘データの蓄積が進んでいます。
最高導師殿、奴は孤独に戦い我々の後ろには貴方達やガープ要塞の皆が
ついている。情報戦において有利です。」
迷宮のボス戦、もし通常の冒険者が戦闘する場合は歴戦の冒険者が現場で
戦いながら敵を見極め戦いつつ対応策を講じねばならない。
だが彼等ガープ探検隊には魔法の最高権威である魔術師ギルドや科学の精鋭
たる死神教授らガープ科学陣、データを解析し戦術を算出する量子スパコン
が後方よりデータ通信でリアルタイムに応援してくれている。
「それに今撤収したら魔金ゴーレム、っていうか迷宮側にも対応する時間を
与えちゃうッスよ。これだけ特殊な迷宮なら何があっても可笑しくないッス。」
そう、これはゲームではない。一時撤退すればボスの魔金ゴーレムがボスルーム
中央に鎮座し戦う前と同じ状態、能力で動きを止め待つ。…とは限らないのだ。
『一理あるね。けど、頼りにされているのに悪いがすぐに対処法は
浮かばないよ。無敵なんて称される伝承のゴーレムだからね。』
「これは…よっと、…俺の持論なんッスけど…っと」
回避に専念しながらモーキンがバーサーン最高導師へと途切れ途切れに通話を
送ってくる。
「長所しかない完璧人間なんて居ないし完全無欠の制度や仕組みも無いッス。
そして多分…おりゃ…完全な物なんて世の中に無いと思うッスよ…とっ。」
『そりゃそうさ!長く生きたアタシでも長所しかない者なんて会った事は
無いし万物は等しく滅びるもんさ。』
「つまり、あらゆる物に弱点、ウィークポイントは在るッス。無敵なんていう
存在はソレが発見されて無いだけ。必ず突破口はあるに決まってるッス!」
『…そりゃそうさ…そりゃそうだよ……ガープ探検隊!少しだけお待ちな!』
言うやバーサーンは無詠唱で瞬間転移。魔術師の塔からゴーレム作りの権威
であるグランパード上級導師とゴーレム関係の資料をドッサリ持って戻って
来た。バーサーン最高導師はこの支度を40秒で整えて、
『魔術師ギルドのゴーレム関連の知識を総動員する!検討結果と有用と思われる
資料をここの機械を通してガープ要塞に送ろう。量子ナントーカーとか死神教授
にこれを使って戦法を算出してもらうよ!』
魔金ゴーレムとの戦闘をリアルタイムで確認しつつグランパード上級導師を
中心に討議が始まった。持ち込んだ資料だけではなくギルド本部の秘書庫の
封をぶっちぎりトップシークレット級の研究資料なども若手の魔術師達が往
還して持ち込み解析を進める。それは五大賢者に並び称される魔術の最高権
威たる魔術師ギルドの誇りをかけた知の総力戦だった。
「モーキン副隊長!!魔金ゴーレムは『糸』の次はそのまま『ミスト』を
放って来るようです。回避準備を!」
「合点承知ッス!」
武器を構えずモニターに徹している戦闘員がモーキンにゴールドタイタンの
行動予測を伝える。即席の対処法としてゴールド・タイタンの変形パターン
を全て記録しそこから次の攻撃行動を量子コンピューターが予測しモニター
戦闘員に指示を送って来ているのだった。
『糸』はゴーレムが身体を極細のワイヤー状に伸ばして網を構成し相手を
包み雁字搦めにして捕らえて収縮し切り刻む攻撃でウオトトスのゲル粘液
に守られた身体を攻める有効手段となっていた。
『ミスト』は小さな水滴と化したゴーレムの破片をミスト状に吹き付ける
攻撃だ。こちらは衝撃力ゼロの漂うミストの為にモーキンの防御フィール
ドに反応せず付着してしまう。それ自体は無害だからだ。その後に付着し
たゴーレムの粒は寄り集まり一定量の大きさになると敵に対して攻撃を開
始する。
多種多様な魔金ゴーレムの攻撃パターンのうち上記の2つがウオトトス達に
とって危険な攻撃だった。ゴーレムの攻撃パターンと効果を知る為にもう既
に22機の小型ドローンが撃墜されている。
糸もミストも攻撃範囲が限定的である為に予想さえ出来れば回避可能だ。
実際、間一髪でモーキンは魔金ゴーレムの危険な一撃を回避した。
後方では懸命に対応策を模索している。そう信じて現場では辛抱強く戦線を
支えていた。そうして、遂にその粘りが報われる。
『ソイツと同系統のゴーレムの資料が見つかったよ!超魔法文明の滅亡直後、
コールタールを用いた不定形ゴーレムだ。形状だけじゃない!魔法術式も
素材以外は何もかも酷似している。製造法も弱点も同じなはずさ!!もう
既にガープ要塞にも詳細は送信したからもうちょっとの辛抱だよ!!』
バーサーン最高導師からの通信を受け戦うガープ探検隊は奮起した。
「他の調査作業を中断し後方支援隊を投入して下さい。無理は承知、
一時的な措置です。今こそ可能な限り連携を!!」
間もなくガープ要塞から敵の分析結果と現場にある機材と戦力での最適な
対処法と戦術が伝達されるはずである。伝達から即座に対応戦術が取れる
ようウオトトスは指示を飛ばした。
『第一次迷宮探査チーム二伝達ス。ボス・エネミー解析結果ト処置方法……』
一刻を要する戦闘中である。待望の結果は量子スーパーコンピューターから
直接通信で伝えられた。
曰く、魔金ゴーレムとは不定形の流体金属に高度魔法文明の結晶といえる
コントロール・コアを組み込んで制御させゴーレムとして成立している存在。
そのコントロール・コアを破壊すれば活動停止に追い込めるとの事。
「けどゴーレムの全身に攻撃が当ててるッスけど効果は無いっぽいッスよ?」
怪人モーキンの疑問へ即座に回答が示される。コントロール・コアの直径は
推定で約1cm未満でゴーレムの内部をランダムで不規則移動を続けている
との事。ゆえに効果的な直撃弾が無かったと類推された。更に中途半端な損
傷だとコア自体も魔力を吸収して自己修復すると考えられ確実な破壊を期する
必要があった。
次にスーパーコンピューターが魔金ゴーレムとの効果的な戦い方と対処法を
指示。ウオトトスとモーキンがゴーレムを引き付け時間を稼いでいる間にそ
れに合わせた機材の準備に取り掛かる。
まず小型ドローンのセンサーユニットのアタッチメントを交換し金属の内部構造
を透視するX線CTセンサーを搭載した。
次に地下発掘作業との事で準備だけしていた溢れる地下水を組み上げるつもり
だったバキュームポンプをハイパーチタン製のタンクに接続し搬入する。
「準備は整いました。作戦開始です。」
ウオトトスが隊長として号令を発すると同時に腹這いの高速移動体勢を
取り魔金ゴーレムを中心に高速で旋回移動を始めた。移動回避に専念し
一切の攻撃行動は取らない。
「クエーケケ!!お前の相手は俺ッスよ!!」
ズッシャアアア!!!
ザクッ!!グフゥ!!
ウオトトスとは対称的にモーキンが前に出て積極的に高速鉤爪攻撃を
繰り出してゆく。ゆえにゴーレムの注意は完全にモーキンを指向。
更に、
ヴイィィィィィィィ…… …
作戦開始と同時にX線センサー搭載型のドローン群れが放たれゴーレムを
囲む陣形で飛行する。その位置をキープしたままセンサーでゴーレムの内部
探査を進め比重と材質の違う小物体、コントロールコアの位置を特定した。
ピッ
各ドローンから一斉にレーザーポインターが放たれコントロールコアの位置を
示した。全周囲からのポイント照射はゴーレム体内で動くコアの位置を正確に
伝えている。
「今だ!!」
シュキイイイイイイァァァァァ!!!!
誰かが叫ぶのとウオトトスが至近距離からコントロールコアを狙撃する
のと同時であった。
命中、効果不明なまま一呼吸遅れて戦闘員達の対戦車ライフルが轟音を響かせ
レーザーポインターで示された点を打ち抜いた。勢い余ってドローンの一機が
被弾して落ちてしまうほどの射撃。果たしてその効果は………
「魔金ゴーレム、動きを止めて沈黙ッス!!って、おおっと!!」
ビチャ…ドロロロロロロ……… …… …
動きの止まった魔金ゴーレム、ゴールドタイタンは形状を維持できず
解け崩れ黄金色の水溜りと化した。これをもってコントロール・コア
の破壊を確認。勝利まであと1歩である。
バキュームポンプのホース口を持った戦闘員達がドタバタ走り寄って
汚泥を吸い出す要領で元ゴーレムの魔金をギュンギュン吸い出し始めた。
「コアを含め魔力から遮断しないと復元する可能性を量子コンピューターが
推定しています。1秒でも早くコア残骸と魔金を分離し、ここから隔離する
事で完全勝利となります。」
吸い出された魔金はガープ製で魔力ゼロのハイパーチタン・タンクに封入。
その過程でワイヤーネットフィルターで濾過しコントロールコアの残骸を
魔金から取り出してやはりガープ製の容器に仕舞うと魔力溢れる禁忌の迷宮
からとっとと全て外に運び出してしまった。そして遂に、
「完全勝利ッス!!!」
現場は無論、地上でも魔術師ギルド本部やガープ要塞でも歓声が上がった。
こうして伝説の無敵ゴーレム、ゴールドタイタンを倒し迷宮最深部探索に
向けて確かな楔を打ち込む事に成功したのである。
○ ○ ○ ○ ○
「本当にいいのかい?」
魔術師ギルドを代表してバーサーン最高導師が遠慮がちに念を押す。
「ふふ、らしくもないですね。遠慮はご無用です最高導師殿。」
第一次調査終了後、ガープ探検隊はコアの残骸と魔金の殆どを魔術師ギルドに
引き渡した。ガープ側は魔金のサンプルを200cc、つまりコップ一杯分だけ
受け取るのみである。
「能力もあって意欲もある場所に研究資料は在るべきッスよ。」
「……ありがとうよ。もし魔法で困るような事があったら何時でも言って
おくれ。魔術師ギルドはアンタ達の味方だからね。」
「お気の早い。まだ禁忌の迷宮探査は終わっていませんよ?」
「ああ、そうだったね。…それにしても見事な変身だねアンタ達。」
既に人間形態に姿を改めたウオトトスとモーキンを見ながらバーサーン最高導師
は感嘆していた。
「変身する速度は竜人族や変身魔法より早いじゃないか。それがあんた達の
本来の姿かい。」
「正確に言うと改造前の姿へと変身してるッス。」
改造手術を受ける直前の姿への変身。飲食や排泄なども可能で夜の生活なども
営めるが精子や卵子が無い為に子孫は残せない。また形態変身であるために
老化なども進まず、いつか若い姿で老衰死する事になるだろう。
もっとも兵器として長持ちさせる為に細胞内のテロメアが細工されており
ガープの改造人間はかなり長命なのであったが。
「ついでに言っちゃうと髪色も違うッス。」
「え?!」
「本来、我々の世界では烈風参謀殿のような黒や茶色の髪が一般的、なので
改造ついでに毛根に細工を施し自分の意思で好きなように髪色を変えられる
ようになっています。」
「まあ、流石に一瞬とか無理で1時間ほどかけて変化させるッス。」
「……死神教授だったかね。あの人の技術水準の評価をだいぶ上方修正しないと
いけないね。こりゃとんでもない技術だよ。」
そう言って小さく肩を竦めるバーサーン最高導師にウオトトスとモーキンは
別れの挨拶を述べる。
「それでは我等はここで一旦お暇いたします。そう遠くない先、迷宮最深部を
目指す第2次探査計画あたりでまたお会いする機会があるでしょう。それでは
どうかご健勝で最高導師殿。」
「それじゃお元気でまた会うッス!」
むろん、探査済みの迷宮区画の調査や中間基地設置、防衛任務などで50名ほど
の戦闘員とコントロールシステムは残して行くが戦力の中心たる改造人間のウオ
トトスとモーキンには次の仕事があり探査終了後には最初から帰還する予定にな
っていた。
帝国風の大型馬車に向かう二人に向かってバーサーンも別れの挨拶を口にする。
「ああ、また会う時を楽しみにしてるよ。それにしても今回は色々と勉強に
なった。特にモーキンさんや、アンタの挑戦する者としての心構えは肝に銘じ
させてもらったよ。何事にも突破口はある、それは研究者にとっても値千金の
考え方さね。」
そう言って手を振る最高導師と怪人コンビ。そのまま二人を乗せた馬車は
静かに発車する。
これまで韜晦し冷めた視点で物事を考えてきたバーサーンはモーキンの若々しく
前向きな思考に触れ自らを省みていた。
「まったく、知らぬ間にババ臭くなったもんだね。我ながら情けない。」
去って行く馬車の後姿を見送りながらバーサーン最高導師は割と大きく
つぶやくのだった。
ガラガラガラ……
魔術師の塔のある王都郊外から中央通りを通って帝国風密閉型の大型馬車が
王都アークランドルの空中艦軍港を目指して進でいる。
「あれ?行きと比べ随分と道が混雑してるッスね。」
オレンジ髪の若者姿のモーキンが疑問を投げかけた。
「どうやら中央通りが交差する街の中心広場で何かやってるようで。」
実直な御者姿の戦闘員№240、通称ゲンさんが様子を伺う。
その時、魔法による拡声でもされているのか二人が息を呑む
大きな叫びがはっきり聞こえた。
「神聖ゼノス協会の総本山!聖庁ロルクより布告!!新たなる世界の敵が
認定された!!新勢力ガープこそは新たなる世界の敵なり!!」
この日、神聖ゼノス教会は新勢力ガープを魔王軍の同盟者にしておぞましき
怪物軍団だと宣告。打ち破るべき『世界の敵』であると全世界に向け布告した。




