50 始動するガープ新戦略
ギュオオオオオオオオ!!!
星々が垣間見える高高度。轟音を響かせ真上に向かって
出力全開で急上昇する一羽の鋼の巨鳥、時空戦闘機ハイドル。
計算された軌道を外れる事無く正確に昇り成層圏を軽く突破、
中間圏に熱圏、外気圏へと一気に進み大気圏を突破したハイドル
は星が輝く宇宙空間へと到達する。
地上のガープ要塞とのデータリンクに合わせ正確無比に
ウエポンベイを開き、搭載量ギリギリの『大荷物』を
ズドンと射出した。
ガープ多目的人工衛星『紫微星』は最小限のロケットモーターと
噴射ノズルを備えた推進機器によって予定軌道へと到達。
そして……
「人工衛星『紫微星』、衛星軌道に乗り惑星周回開始。紫微星からの
起動信号受信し確認。人工衛星打ち上げ成功じゃ!」
ガープ要塞のコントロールルーム内に歓声が上がった。
人工衛星の設置によってようやくガープは通信ネットワークとGPS、
衛星偵察などが使える。
今まで両手を縛って戦っていたようなものだ。だが今後は本来のガープ
戦闘システムを使っての作戦行動が取れる。
「ねぇーねぇー、空の上の星々の大海にキカイを送り込むのってそんなに
凄い事なの?」
「うむ!これで衛星偵察情報を元に指揮統制システムや電子交換システムを
駆使して戦えるのじゃ。」
「???」
この場に居合わせた妖精国の親善大使の1人、ピクシーのソアの質問に
がっつり専門用語で返答し余計に混乱させる死神教授。
「要するに遠くに離れていても頻繁に連絡が取れるようになったって
事で良いんだろう?俺達が理解しておくのは。」
そう割って入ったのはオリハルコン級冒険者のライユークだ。
この要塞に来てからはや7日間。ライユークら『覇道の剣』一行は
何一つ隠し事をする事無く素直に五大賢者に対する疑念を述べ、彼ら
五大賢者に対し一線を引くガープと接触するつもりで来たのだと正直に
申し出た。
大陸一とも評されるオリハルコン級冒険者との協力関係構築の機会は
ガープにとっても渡りに舟。この世界で五大賢者や神聖ゼノス教会に
対し疑念を持ち危険性を感じ取れる存在は貴重である。
お互いに意見交換と今後について協議を行い、密かに手を結ぶ事と
相成った。ラースラン王国や大アルガン帝国のメッサリナ皇女に続き
覇道の剣にも無線通信を託す事になった。
「申し訳ないが我々の機器は転移門を通れないので後ほど空路で
指定された地点に配送させていただく事になる。二度手間になって
しまうが……」
「了解だ。それで問題ない。場所は転移先のラースラン王国の
アークランドル空中艦港で受け取ろう。連絡が可能になるのは
早ければ早いほどいいからな。」
そう言ってライユークは何か思い出したかのような仕草で
「ラースラン王国といえば例の前進基地が完成し闇大将軍殿が既に
基地に向かわれたそうだな。」
「ええ。前進基地はこれから行う作戦計画の要の一つ。最優先で建設を
進め無事落成に至りました。計画の詳細をお話しするには時間がありま
せんが成功の暁には例の五大賢者と神聖ゼノス教会の策謀に大きな楔を
打ち込める事でしょう。」
「それ故にあの闇大将軍殿が出張られたという事か。」
7日前に初めて闇大将軍と邂逅した時の事を思い返しながらライユークは
頷き納得していた。
要塞到着当日、
ガープ要塞内の電脳空間のシアターで魔王軍とガープ迎撃部隊との
死闘を記録した戦闘映像を視聴し圧倒された一行。
「聖王国の都を滅ぼした超巨大魔獣と巨大ゴーレムの対決は凄かったな!」
「うん。凄かったけどぉ…やっぱりちょっと怖かったよ。」
ソアとリルケビットは戦闘の激烈さに感じた恐怖を娯楽映像を見たと
いう風に誤魔化している様子だった。
覇道の剣のメンバーは流石に戦いの達人揃いで各人それぞれに分析して
いるようだ。
「あの武闘公インプルスコーニと互角に渡り合った死神教授殿でしたか?
彼の人と烈風参謀殿は同水準の戦闘力を備えておられるのだろうか?」
ライユークは案内人の戦闘員№100のカタブツ君に質問する。
「いえ、純粋な戦力としてなら死神教授より烈風参謀殿の戦闘形態である
最上級怪人クリスタルテラーの方が強いですね。」
「なるほど、やはり烈風参謀殿がガープ最高戦力という事……」
「あ、いいえ最高戦力は闇大将軍の戦闘形態ベクターカオスです。
もうすぐ負傷が癒え再びガープ戦力の中心となるでしょう。」
「負傷?」
「ええ、闇大将軍はもっとも困難な戦いの時は常に先頭に立ちますから。
現在は負傷で戦闘力が大幅に低下していますが復調すれば無類の強さを
発揮するでしょう。」
「反省会を兼ねた集会が終わり次第、皆様とは死神教授と闇大将軍が揃って
お会いし三幹部揃って会合を持つ事を予定しておりまする。三幹部の中では
闇大将軍がもっとも気さくな方ゆえ直接質問してみるのも良いですぞ。」
そうして充分な歓待を受けた後、いよいよ三幹部揃っての会談となった
のだが……
(え、えげつ無えぇぇ……)
相手の力量を見極めるライユークの直感は過去最大の負荷に擦り切れそう
だった。超人ライユークとまで呼ばれし者が気を失わなかった自分を褒め
たい衝動に駆られるほどにショックを受ける。
カタブツ君の説明通り死神教授の戦闘力は烈風参謀の六割から7割ほどだと
見極めた。だが闇大将軍のソレは言語に絶する物だった。
(これでケガによる戦闘力低下状態?!このままでも烈風参謀と死神教授を
同時に相手するより何倍もヤバイぞ!もし万全になったらどれほど……)
ライユークの目を釘付けにしている闇大将軍。その下半身は移動式治療
ユニットに納められているが背中から蜘蛛の脚のような触椀を6本も生
やした大悪魔の如き凄まじい上半身に真紅の一つ目に角が四本の凶悪顔。
闇大将軍について視覚情報と直感が一致したライユークだが話した印象
だけは大きく裏切る事になる。
頬をカリカリと気まずそうに掻きながら闇大将軍がライユーク達に頭を下げ
頼み込む。
「あー…、覇道の剣で良かったか?済まねえがアンタ達、そっちの妖精国の
二人を俺からガードする格好になって貰えないか?それとウオトトスよう、
お前もソア大使とリルケビット大使を護るってリーナン皇子って人と約束
したんだろ?二人の傍らでサポートしてやってくれ。」
ソアとリルケビットの二人は闇大将軍の姿を見るなり怯えきってしまい、
涙目で二人抱き合ってガタガタ震えていた。
闇大将軍自身の依頼で覇道の剣やウオトトスらが闇大将軍から護衛する形に
なった事でようやく落ち着きを取り戻したピクシー達に距離を開けたままで
闇大将軍がぺこぺこ頭を下げる。
「済まなかったな。ケガのせいで力も出ねえし人間形態に変身も出来ねえ
からこんな格好で驚かせてしまった。けどアンタ達が勇気を出してくれて
助かったぜ。」
「え?勇気って……」
「逃げ出さずこの場に踏み止まったろ?大使としての使命を忘れずに。」
落ち着き始め怯えた事に気恥ずかしさを覚えたソアとリルケビットに
きちんとフォローを入れる闇大将軍。指揮官としての懐の深さは一級品だ。
「見た目が物凄えのにカタブツ君が言った通り本当に気さくなんだな。」
覇道の剣の格闘士少女キャミルが妙に感心していた。
「まあ、見た目は凄いのは言い訳できへんけどな。」
「なんて言うか…ゲームで理不尽な広範囲攻撃して来た後で起き上がりに
ガード不能攻撃を重ねる非道なハメ技を使う裏ボスって感じっスね。」
「ううむ、否定できん。この姿を鏡で見る度に自分でも似たような印象を
抱いちまうからなぁ。」
キャミルに合わせて同じ怪人のカノンタートルとモーキンが言いたい放題に
して来るのを怒りもせず調子を合わせる闇大将軍。
(雰囲気を和らげる為にワザと……という訳ですかな?)
賢者ルシムが内心で分析していると傍らの鬼神戦士グウキがポツリと
呟いた。
「…ウマが合いそうだな。」
「ああ、確かにな!」
ライユークが二カッと笑い腹を括る。例え乗せられていようとも
こういった気の使われ方は嫌いではない。
全て打ち明けて洗いざらい話してしまおうと決めたライユークは三幹部らと
腹を割った話し合いを始めるのだった。
それから7日間、覇道の剣とガープとの討議が進む中、ガープ要塞の重工業
プラントが全力稼動して膨大な建設資材や重機を製造し機関士としての訓練
を受けている戦闘員らの実習カリキュラムを兼ねてガープ艦が資材を搭載し
ガープ要塞と前進基地建設現場を往復する。現場では重機や大型ロボット、
トラクタービーム式クレーンなど用いた高速建築工法で急ピッチに前進基地
の建設が進められた。
さらに死神教授は大車輪で働いて人工衛星の最終調整とガープ構成員の
人間形態への変身能力付与手術をドンドン進めて行った。ワーカーズハイ
状態なのかマッドサイエンティストの本能なのか高笑いしながら働き続け
ている様子は何と言うか凄かった。
5日後、長かった治療を終え遂に自らの足で立ち上がった闇大将軍は皆に
祝福されながら人間形態に変身し、満を持して完成直前の前進基地に向けて
出立した。今後の要となる作戦の陣頭指揮を取る為に。
そして今、覇道の剣はガープ協力者としての協定を結び帰還する
事となったのである。密なる連絡と定期的にガープ要塞を訪問する
事を約束しラースラン王国へと通じる転移門へと向かうのだった。
○ ○ ○ ○ ○
ラースラン王国の王都アークランドル。
その中央通りから南西地区の貴族邸宅街へと向かう剣呑な一団あり。
全身から不機嫌なオーラを漂わせたオリハルコン級冒険者パーティー
君臨者の一行である。
彼らの不機嫌の理由は仕事の仕込みの不首尾であった。ガープを陥れる
扇動活動がまったく上手く行かなかったのである。
考えてみれば当然で最もガープの影響力が浸透しているラースラン王国
での策謀が成功を収めるのは困難な事だった。
リーダーの魔術師エルドや暗殺者ニトゥが得意とする裏社会、盗賊ギルドや
犯罪シンジケートへの働きかけすら徒労に終わる。
計画的に人脈作りを進めていたガープは金でしか動かない者には躊躇無く
金を使った。また裏社会と結託している汚職官僚などの行動原理を熟知する
ガープは要点を押さえた金のバラマキ方で裏社会へも甘い汁が流れ込むように
仕向けていたのだ。オマケに大規模な金の流れで生じる証拠が隠滅される前
に官憲の手に渡るように工作までしてのけていた。
甘い汁にありついた盗賊ギルド等は君臨者の働きかけには極めて消極的であり
ガープの資金操作の前に君臨者は敗北を喫していたのである。
仕方無しに彼らは扇動活動は一旦置き、久々に指名依頼の仕事を請けるべく
呼び出された指定場所へと向かっているのだった。
依頼内容の詳細は会った時に明かされるとの事。だが彼らにとって依頼内容
より重要な報酬については実に興味を引かれる高額の報酬で彼らは既にこの
依頼を受ける事を決めていた。
「…間違いない。ここですね。」
貴族街のあちこちにポツンポツンと点在する表札も無ければ紋章も無い
豪華な別邸の一つに辿り着いた。呼び出しをかけ名を名乗ると応対に出た
侍従は丁寧な態度で君臨者一行を案内する。
屋敷の主と思われる豪華な装いの女性が出迎えるが
「真の依頼人は奥の広間にてお待ちしております。」
名乗る事もせず君臨者一行を奥へと誘うのだった。
ギイィィ…
案内された先で一行は奥の間の香木で造られた豪華で重厚な扉を開く。
中で待っていたのは神聖ゼノス教会の司祭だった。目の所だけ開いた
黒い三角頭巾と黒マント姿。首から下げているホーリーシンボルの大
きさや細工の細かさから高司祭である事が伺える。
「これはこれは、神聖ゼノス教会の高司祭が依頼人という事ですか。」
「いえいえ、拙僧個人ではなく教会が出す依頼とお考え頂いて結構。」
リーダーのエルドに高司祭が応えながら金貨の詰まった皮袋を差し出した。
ずっしりと重いそれに君臨者一行の目が光りだす。
「これは前金や手付けではありません。この依頼を聞いて貰う為の
心付けです。ささっ遠慮無くお納めを。」
「ほほう、どうやらよほど我らに依頼を受けて欲しいようですね。」
「ええ、オリハルコン級として当代随一の実力者である上にガープの
危険性を察知し人々に啓蒙する知性を持った貴方達は宝物のように
貴重な存在。その価値を知る教会の依頼を是非受けていただきたい。」
それを聞き不敵な笑みを浮かべたエルドが
「…詳しいお話をお聞かせ願いますかな?」
エルドに促され神聖ゼノス教会の高司祭は明朗な口調で依頼内容を
語り始めるのだった。
「当初の予定より大きな話になって来たな!!」
「ふふふ、災い転じて何とやら。最初の躓きが大儲けのチャンスに繋がり
ました。さあ準備しましょう。この仕事はモノにします。その時は近い。」
行きの不機嫌とは打って変わり上機嫌で中央通りを戻る君臨者一行。
交通量の多い中央通り。彼らの傍らを多くの通行人や荷車が行き交うが
特に大きく帝国風の密閉型の大型馬車が5台連なってやって来た。
君臨者一行と大型馬車がすれ違う時、君臨者の斥候でもある暗殺者ニトゥ
だけがそちらに目を向けた。
先頭の馬車の御者台に実直そうな御者の隣で陽気なオレンジ色の髪の若者が
周囲に向け興味深そうな様子で見回している。
「どうしましたニトゥ?何か気になる事でもありましたか。」
「……ただらなぬ気配と威圧を感じた。」
「だが御者台の男はどいつも丸腰だぜ?」
ニトゥの言葉に馬車へ目を向けた戦士のスモートが気楽な調子で流す。
「馬車の中に何か居るのかも知れんな。まあ今の王都には諸勢力が入り込んで
大わらわだ。何があってもおかしくは無いさ。」
「ま、今の王都を正すのは私達の仕事ではありません。関係ない事は放って
おきましょう。お金にならない事に興味ありません。」
女僧侶クラーガが強引に話を打ち切るとニトゥは頭を振り一行は大通りを
立ち去るのだった。
ガラガラガラ……
王都の空中艦軍港から中央通りを通って5台の帝国風密閉型の大型馬車が
王都アークランドルの郊外に向けて進む。
王都の城壁の外に出ると周辺の荘園や衛星都市が見渡せるのだが
西の方角に異様な一画がある。
自然の丘陵っぽいが植物が無く岩の色が明らかに違うその丘をぐるっと
城壁が取り囲んでいた。そしてその丘の頂に巨大な塔が聳え立っている。
馬車の列は真っ直ぐそこに向かって行くのだった。
「止まれ!!ここを通り『魔術師の塔』へ行くには特別な許可が必要と
なる!!許可無く立ち入りは出来んぞ。」
城壁の門を護る兵士が見上げるような大型馬車を止め誰何した。
すると御者台の上のオレンジ髪の若者が飛び降りた。
なんと彼は上に向かって飛び、空中で一回転すると身を屈める事無く
着地してそのままスタスタと歩み寄ると書類を兵士に差し出した。
「これが俺等の身分証でこっちが特別許可証っス。確認を願うっスよ。」
そう言ってオレンジ髪の若者は破願した。
逆に書類を精査する兵士の顔から脂汗がどっと出る。
「……新勢力ガープの関係者?」
ハッと顔を上げると兵士は大慌てで開門し
「失礼いたしました!!どうぞお通り下さい!」
「いえいえ、お役目お疲れ様っス。」
オレンジ髪の若者は片足で軽く地を蹴り2メートル近い御者台に飛び乗った。
馬車列は丘の道を登り魔術師ギルドの本部たる巨大な魔術師の塔の
正面で止まる。御者を残してオレンジの髪の若者が降り玄関前に
並ぶ出迎えの人々の方に進んだ。
その間にわらわらと馬車の中から如何にも一般人といった格好の人々が出て
来て妙に統制の取れた動きで荷物を運び出し始める。
馬車の中からひと際強烈な異彩を放つ人物が現れ塔に向かって進む。
紫の長髪に紫の薔薇のコサージュを付けた独特な雰囲気の美形の男で
既に塔の前で出迎えている者達と相対しているオレンジ髪の若者の隣
に立った。
「ここまで来れば結界が防護してくれる。もう偽装する必要は無いよ。」
そう言って出迎えてくれたのは魔術師ギルド長のバーサーン最高導師だ。
「ふふ、一別以来ですねバーサーン最高導師殿、息災そうで何よりです。」
そう言って前髪を払う紫髪の美形にバーサーンは呆れたような声で
「アンタほど見た目が変わっても印象が変わらない存在は他に無いよ
ウオトトスさんや。それにモーキンさんも良く来てくれた。頼りにさ
せて貰うよ。」
「お任せっス!第一次『禁忌の迷宮遺跡』探査チームとして精一杯やるッスよ!」
胸を張るオレンジ髪の若者、怪人モーキンは陽気な笑顔で破顔するのだった。




