閑話 妖精王クリークの思惑
不定期に閑話が入る事があります。ご了承くださいませ。
パチン♪
ガープ艦の艦橋に突如現れた実体の無い丸鏡のようモノ。
それは妖精王クリークが指を鳴らした瞬間に出現した。
「相変わらずデタラメな魔力量だねクリーク陛下。簡易とはいえ
精霊門を直接開いちまうなんてね。」
「我が妖精国ミーツヘイムは精霊力による三重結界に護られた
隠れ里だからね。転移魔法が使えない。書類仕事が山積みだか
ら急いで帰らないといけないからね。仕方無いさソーマ。」
呆れた口調のバーサーン最高導師に妖精王はバーサーンをミドルネーム
で呼んで応える。ソーマというミドルネームはバーサーンの子供時代に
渾名のようによく使われていた。
「それにしてもチンケな水晶玉に隠れていたものさね。流石の穏形術って
ところだね。」
「あははは。でもねソーマ、私なんかよりずっと隠れ潜む事が巧みな
連中が居る。君達が古代遺跡の件で争っている五大賢者とかね。」
「おや、ようやく連中の事に関心を向ける事にしたのかね?あいつ等の
強引なやり口での古代魔法文明の独占は以前からだろうに。」
「それだけじゃない。連中の闇はもう少し深いかも知れないよ?
あいつ等と結託している英雄神ゼノスの信徒もね。もっとも疑念
を持っていても確証を得るまで動けなかった。とんだボンクラ王
だな私は。」
「確証?」
「うん。セスターク軍壊滅をはじめ色々と賢者共の計算に狂いが生じた
らしいね。奴らリーナンとバーテラ選帝侯の仲介に動く過程で弥縫策に
走り…その慌てぶりは私から見て疑念を確信に変えるに足るものだった。」
「まあ何にせよ陛下、いや師匠が味方になったら頼もしい事この上ないね。
何しろ国を護る為に山を動かしちまう魔力を持っているんだから。」
三代前の魔王軍襲来の時、妖精王クリークはミーツヘイムに迫った魔王軍に
対し強大な魔力を駆使して山を動かし魔王軍をペッチャンコに潰して見せた。
「期待に沿えるか未知数だけどね。自由に動ける身分じゃないから。」
そう言って妖精王クリークは飛ぶ。その後ろを魔法をかけられたティラミスの
ホールケーキがヘロヘロ飛んで付いて行った。お持ち帰り用である。
「あ、そうだ。我が娘アスニクが迷惑をかけて済まなかったね。
和平協定違反について必要があればミーツヘイムとしても対応
させていただこう。アスニク、どんな処分でもしっかり受け入れ
反省するように。では。」
ハチドリのような機敏な飛行で妖精王が精霊門に突入すると
空飛ぶティラミスも慌てた様に追随し精霊門に消えた。
「リーナン皇子殿下、それにアスニク姫。」
役割を終えて消滅してゆく精霊門を見つめながらユピテルが
特務武官として提案する。
「我が方に被害は無く今回の事は不問、というか無かった事と
致しましょう。幸いここは高空。他に目撃した者も居りません。」
「アタシは処分など恐れはしないしフェニックスの痛みも忘れない。
けれど父上が頭を下げた以上は私も退くしかない。」
「流石ですね。一番良い落とし所を即座に提示される。貴方のような方が
メッサリナ皇女殿下の婚約者であるならば私は帝位を諦めるのも吝かでは
ありません。」
「リーナン殿下?」
「元々、私が帝位に動いたのは哀れな操り人形のザルク皇子やセスターク
皇子、飽食皇女メルタボリー殿下が積極的に動き内戦が勃発したからです。
あの軍人皇女メッサリナ殿下が戦火を鎮め貴方のような理性的な婚約者を
得たなら資格は充分だと思います。」
「メッサリナ皇女殿下は私が居なくても充分な能力を備えておられますよ。」
「ですがメッサリナ皇女はワーカーホリック気味。何でも1人で抱え込み、
目を離すと働き過ぎてしまいます。」
「それは確かに…」
「そしてあのザン・クオーク選帝侯がチョロチョロ暗躍している。万が一に
ザン・クオークの息の掛った人物にメッサリナ皇女の婚約者が挿げ替えられ
たら流石に帝位を譲る訳にはいきません。」
「そんな事は絶対にありえないのでご安心下さい。」
満面の笑みでユピテルはきっぱりと断言してみせた。
彼らから少し離れた艦橋中央、
何か思案中のバーサーン最高導師にウオトトスが話しかける。
「それにしても最高導師殿は妖精国関係者と深い縁を結んでおられますな。」
「ハイ・エルフのババ様をやってると流石にしがらみだらけさね。まったく
面倒ったらありゃしない。」
軽く受け答えしながらバーサーンは再び思考を深めていく。妖精王の言葉
を反復しつつ。
(『連中の闇はもう少し深いかもしれないよ?』ねえ…)
○ ○ ○ ○ ○
強い緑の香りに満ちた空。森の息吹を感じ目を見開けば巨大な霊樹が
連なり花いっぱいの都と調和している絶景が広がる。
妖精国ミーツヘイムの都ノーアトゥである。
妖精王クリークは輝く羽を勢い良く震わせ鱗粉のように光の粒子を
振り撒いて力強く飛翔した。
そのまま周囲に無数の光が満ち広がって行く。
王の帰還を知った都の住民が歓声を上げ、辺りの空間が喜びの感情で
満たされてゆく中、妖精王クリークは王城に入った。
「今戻った。皆には心配をかけて済まない。」
「賢君たる陛下の御判断。どれほど時間が掛ろうと全て意味がある事と
理解しておりますれば。」
華やかな仕立てだがシックな様式の文官装束のエルフ女性が応える。
ミーツヘイムの宰相オーロア。常に笑みを絶やさないが
その頭脳と決断の鋭さで妖精王の懐刀として辣腕を振るう
女傑である。
そして傍らには7名の白銀騎士が膝をつき頭を垂れて並ぶ。
頼もしい家来達に信頼の目を向け妖精王は語る。
「例のガープの件、予想以上に良好な結果を得た。手綱を握る
には手間が掛るだろうが現状でも此方の都合でコントロールは
可能だろうと思う。」
「陛下の判断らしからぬ形に帰結しましたか。それほどガープなる
者達は意外性に富んでいたと?」
「その通り。いや本当に面白い連中だと思う。ただ色々と予想外過ぎ
て少し考えを纏めたい。報告書の確認と決済については後にしたいが
大丈夫かな?」
「本日中であれば問題ありません。では後ほど居室に持ち帰られた
菓子を毒見の上で切り分けしてお茶と一緒にお持ちします。」
「ああ、頼む。」
メルヘンチックな妖精の国でも実務やデスクワーク業務から逃れられぬ。
とりあえず思考を整理する時間を割いて妖精王は居室に入った。
妖精王の居室は銀枠にガラスが嵌められたサンルーム。光り輝く室内には
生花の温室のように美しい花々が並んでいる。
その中で特に大きく特徴的な形の蘭に似た花に妖精王クリークは降り立った。
美しい色合いのクッション・ソファーに似た形と弾力の花に腰を下ろし
ゆったり寛ぎながら妖精王は考える。
(魔力を持たない。つまり如何なる属性にも影響を与えうる強大な力。
彼らガープなら勇者に代わり魔王を仕留め得るかもしれぬ。)
勇者
この世界の勇者とは異界から侵入なり召喚なりされて来た
異分子が悪意を持って世界に災禍をもたらす時に世界の自
浄作用が働いて生じる存在だ。
悪意の災禍が始まった時、秘めた素養ある者に天啓の如く使命を
自覚させ敵に対抗しうる強力な能力を開花させる。覚醒だ。
侵入した異分子の特質に合わせた力を持つ勇者はさながら
病原体に対する免疫抗体と言えた。逆説的に勇者以外がそ
の悪を排除するのは難しい。
強大な魔力を持つ妖精王ですら属性の関係で魔王を倒すのは困難で
五大賢者の跳梁跋扈を故意に見逃し勇者に魔王を倒させて来たのだ。
まして今回出現している大魔王クィラは歴代の魔王の中でも最大最強。
影の精霊ナールヴを通じて知った大魔王の力は想像を絶した。
力を計る目安としての魔力量は魔王軍全体の総合計より大魔王個人の方が
何桁も多い。妖精王に比してさえ千倍以上も強力だ。
近付くだけで影精霊ナールブの精神は歪み、徐々に大魔王の下僕へと
変わるほどの悪の磁場。妖精王は継続していた大魔王に対する偵察を
断念せざるをえなかった。
今の時点で妖精王が大魔王について理解している事柄は一つだ。
(おそらく大魔王は遊んでいる。自ら直接手を下さず魔王軍を組織して
敵味方の命を駒に戦争ゴッコを楽しみ、戦乱の災禍を巻き起こしている…)
大魔王クィラを倒せるのは勇者ゼファーのみ。魔王召喚をやらかしている
黒幕共の思惑に乗るしか世界を救う方策は無いかと思っていたが…
(ここで属性や性質を問わないまさかの例外の登場だ。彼らは
…利用できる。)
妖精王は怪人ウオトトスの言葉と込められた感情を思い返しながら冷静に
考えを進める。
(ウオトトス氏の過去を振り返る言葉には強い後悔と贖罪の想いがあった。
そして『出来れば我々も大首領を倒した正義と愛と友情の力というのを会得
したいとは考えています。』、あれを言った時の強い憧れの気持ち。あれが
ガープ構成員の共通認識だとしたら…)
「やれやれ、私は悪辣な王だな。彼らの贖罪の想いを利用してガープと
大魔王を戦わせようとしているのだから。」
もっとも全ては派遣するソアとリルケビットを通じてガープの本気の
実力を調べてからだ。期待通りなら魔王軍に対する有力な手駒になるだろう。
「だがもし期待以上だったら…あの魔王襲来の元凶、英雄神を自称する
太古の邪神に対する切り札になるかもしれない。」
妖精王は決して五大賢者や神聖ゼノス教会の暗躍に対して気が付かなかった
訳ではなかった。ただ手の施しようが無く静観するしかなかったのだ。
だが新勢力ガープの登場で対策を打つ事が出来る。
少年のような容姿ながら老成した哲学者のような表情で妖精王は
じっくりと考えを深めていた。
っと、
ふいに鳴るノックの音。妖精王は落ち着いた様子で応えた。
扉を開けオーロア宰相が入ってくる。
「お茶と菓子をお持ちしました。少し休憩なさって下さい陛下。」
室内に満ちる花の香りに対抗するようにハーブティーの爽やかな香り
が広がる。
「お言葉に甘えて。そうさせてもらおう。」
妖精王クリークはニッコリ笑うと指を鳴らす。するとオーロアが
手に持った銀のトレイが上に乗ったお茶セットとティラミスごと
浮き上がり妖精王の前に供される。小人のような王にとってダイ
ニングテーブル代わりだ。
「…オーロア宰相。なんかティラミスがチンマリしたサイズなんだけど?」
「陛下の体格なら充分な分量があるかと。」
「まあそうなんだけど、もっと豪勢に切り分けても良かったんだよ?多分
これ日持ちしない菓子だと思うから後置しても良くないと思うしね。」
「畏れながら陛下、その一切れで最後です。」
「はあ?!」
「充分な毒見を行いました故、それだけしか残りませんでした。」
「まさか宰相が1人で全部?!」
「まさか。本当は1人で行うつもりでしたが忌々しい事に白銀騎士たちが
次々と毒見役に志願し、貪り毒見し尽くしてしまいました。結局私は半分
ほどしか毒見できず…」
「オーロア宰相。あのな…」
キリっと擬音が鳴りそうなほど完璧に姿勢を正すとオーロア宰相は
主君である妖精王に言上する。
「献策いたします陛下。この菓子を定期的に帝国から購入致しましょう。
出来うるならばレシピと必要な材料を入手するルートを確保すべきかと。」
「いやティラミスはガープの産品なんだが?」
「では彼らとの接触の際には交易の協定を結びましょう。そうしましょう。」
妖精国ミーツヘイム。黄金に輝く最高級蜂蜜が特産のこの国の住人は
種族や地位に関係なく大の甘党揃いなのだった。
妖精王クリークは小さく苦笑するしかない。あらゆる意味において
新勢力ガープとの関わりに神経を使う事となろうから。




