43 ガープなるもの
諸般の事情により帰宅が遅れこんな時間に投稿となってしまいました。
遅れて申し訳ありません。
「先ほどアスニク姫がおっしゃった我々の過去の所業は真実です。
我々ガープは元の世界で最強・最悪の軍事組織として破壊と暴虐の
限りを尽くしておりました。」
凶悪な猛魚をモチーフとした改造人間ウオトトスの言葉に場は静まり返る。
リーナン皇子が小さく息を吸い込むのを傍らに居るピクシーの近習の
ソアは感じ取った。
ソア自身も戦慄している。その内容と堂々と告げるウオトトスの姿勢にだ。
それを告げる意味と影響を充分に理解してなお明言する事ができる理性と
深い知能。
反則ではないの?ソアは思う。
最初はリーナン皇子と同じく理性の無い操られた魔獣のようなものと
考えていた。だがウオトトスは知性を持ち凶暴な魔獣なぞより何倍も
タチが悪い。
こう見えてソアとリルケビットは導師級の魔術師並みの魔力を持っている。
二人だけで魔獣マンティコアを倒した事すらあった。
特にリルケビットと協力して放つ統合大魔法フェアリア・テリオンの威力は
絶大だ。対偶する呪文を二人が完全に同調して詠唱し放つ双極魔法。それは
ドラゴンすら退ける力がある。しかし…
(…無理ね。ああもう!なんでリーナン殿下は白銀騎士を全員連れて来な
かったの?!)
フェアリア・テリオンは強力だがそのドラゴンの群れを殲滅したバケモノに
通用するとは思えない。己の力不足に歯噛みするソア。
実は現在、リーナン皇子の陣営には3名の白銀騎士が在する。
最初はリア・ヴラウ1名だけだったが帝国街道の戦いの記録を持って
ソア達が妖精国ミーツヘイムへと支援要請に行った事で白銀騎士の追
加派遣が決まったのだ。
妖精王クリークは帝国街道の戦い、特にガープの活躍を予想以上に
重く捉え熟考し、二人にとって予想外の助言をリーナン皇子に示す。
皇子自身がガープと接触し見極めよ。
訳が分からなかった。追加の支援の準備を整える時間も惜しいと
妖精王の助言を携え先行して帝国に帰還した二人。納得出来ない
想いを抱えながらの帰還だった。
彼らは罪に問われる事を承知で妖精王の助言を正確に伝えなかった。
そしてそれはあっさりバレる。
支援のマジックアイテムを幾つか携えて増援の白銀騎士がやって来たのだ。
騎士リトゥールとカイセインの2名の白銀騎士とリーナン皇子の会見で
助言隠蔽が露見し二人は沙汰があるまで鳥カゴに放り込まれてしまった。
「…暴虐の限りを尽くしておりました。っと、過去形ですね。今は違う
とおっしゃるおつもりで?」
コトッ
やきもきするソアとリルケビットを他所にリーナン皇子は懐から一つの
水晶玉を取り出しながらウオトトスに発言の真意を問う。
(あれはリトゥール騎士様が持って来た妖精王陛下のマジックアイテム
の一つ!!でもあれは…)
魔力感知能力を持つソアから見てその小さめの水晶玉の魔力は弱々しく
見た目も地味で何の変哲も無い水晶玉にしか思えなかった。
「それは?」
「ウオトトス暫定指揮官殿、どうか嘘偽り無くお語り下さいますよう。」
「もとより。しかし申し訳ありませんが我等に魔法を使った真偽判定は
効果が無いと思われます。」
「いえいえ、これはそういう物ではありません。お気になさいますな。」
「……。」
(フム、するとこれは録音機に類する物でしょうか?この会談内容が
後で文章に纏められ公的文書とされる可能性がありますか。でもまあ
問題無いでしょう…)
「失礼しました。では改めて申し上げます。かつて我々ガープは凶悪無比
の戦闘勢力でした。今は多くの戦力を失った惨めな敗残者ですが。」
「は、敗残者?!」
聞いていたラースラン王国のユピテル王子が驚愕の声を上げる。
「ご心配無く。以前に比べ戦力を落としただけでラースラン王国の
同盟者として充分な戦闘能力を保持していますよ。」
「い、いえ。そういう事ではないのですが…」
ここまで強力な存在が敗残者という事実に驚愕したユピテルは受け答えに
窮していた。珍しい事に。
「最盛期の我々には私と同格の下級怪人が24体、倍する戦闘力の上級怪人
が9体、そして3名の最上級怪人に3倍の兵力の戦闘員とハイドルがありま
した。そして何より…」
ウオトトスの声に明確な嫌悪と畏怖が込められる。
「圧倒的なる邪悪、ガープ大首領が存在し君臨していたのです。」
「ガープ大首領?!」
「ええ。奴は冷酷無情で支配欲の塊。我等の居た地球世界を蹂躙し
支配する為にガープを組織いたしました。」
「侵略の為に作り上げられた組織ですか。まるで貴方達は魔王軍のようだ。」
「然り。我等は魔法無き世界の魔王軍でした。組織の基盤としてまず大首領の
命令により何の変哲も無い人間だった我々ガープ構成員は遺伝子検査という方
法で素質を選別され改造手術によって怪人や戦闘員といった怪物に変えられて
いったのです。」
『暗黒結社ガープ』は徹底的に合理主義、非人間的なまでの機能性で作り
上げられた組織だった。上級怪人と下級怪人、戦闘員に身分差など存在せ
ず昆虫的な役割分担あるのみである。上級怪人は戦略的な重点目標への投
入が基本で下級怪人は中小の作戦戦術の中核戦力を担い、戦闘員が編成や
装備を柔軟に変えながら基本戦力を形成する。
ガープ大首領による洗脳と統制、娯楽や悦楽を全て提供してくれる電脳仮
想空間によって全員平等に与えられる欲望充足の甘いアメ。同時代の他の
悪の組織と違い下克上や内乱の可能性の無い非常に強固な結束を誇る組織
であった。
外宇宙より飛来した超生命体、ガープ大首領の組み上げた組織は異質だった。
その特質は異世界転移という未曾有のイレギュラーでも組織を維持する役割
を果たしている。
「改造された?!では貴方も人間だったのですかウオトトス殿!」
「ええ、普通の市民、戦史と人文学に興味を持った郷土史家でした。
しかし今もこういう姿形をしただけの只の人間と言えます。変身では
なく改造なのですから。」
(…やはり異様に戦闘的な姿は改造されていたからか。しかも元が
半漁人ではなく人間とはかなり一線を越えた発想だ。)
リーナン皇子が以前に考えが至っていた推論が図らずも証明された
事に思いを馳せているとお茶と茶菓子が供された。
「どうぞ。お茶は帝国で入手しましたカミレック茶で菓子は我が方の
ティラミスという物です。カミレック茶との相性は良いかと。」
物腰の丁寧な戦闘員№100が給仕し後方でミディ補佐官がティラミス
が出た事に小さく歓声を上げたのが聞こえる。
リーナン皇子は最初は警戒して茶に手を出そうとしなかったが即座に
考えを改める。いまさら警戒して何になる?それより信用している事
を態度で示すべきだ。リーナン皇子は高級茶葉の高い香りを放つカッ
プに手を伸ばした。
「それで結局、邪悪なガープ大首領って奴はどうなったんだい?」
ティラミスをモリモリ食べながらバーサーン最高導師が問う。
「滅び去りました。正義の戦士達の手で。」
「ほほう?」
「我等が魔王軍のような者ならば相対する勇者もまた存在しました。
『特務小隊ソルジャーシャイン』彼らはガープの世界征服を阻むべく
立ち上がり世界の命運をかけて戦ったのです。」
かつての敵を語るウオトトスの言葉には確かな敬意があった。
「彼等はハイドルと互角に戦える時空戦闘機パルサーレインに乗って
我々の本拠地ガープ要塞に攻め入ってきました。全兵力を要塞に集結
させ迎え撃ったガープとの最終決戦に突入。そして…」
ウオトトスは顔を上げ静かになった周囲を見回す。全員がウオトトスの
言葉に耳を傾けていた。ティラミスを貪り食いながら。
「…ソルジャーシャインは全ての力を出し切りガープ大首領を討ち取りま
した。そして我等ガープも大損害を受けて大敗。彼らの正義と愛と友情の
力で地球世界は救われたのです。その後、我々は要塞と共に世界と世界の
狭間へと墜ちて行き、流れ着いた先が…」
「この世界という訳ね。あ、ティラミスのおかわり頂戴。」
魔方陣に捕らわれているアスニク姫が言い放つ。警戒心は緩め
ないが美味しいモノもしっかり確保する態度に性格が表れている。
「我々は大首領の末路に侵略行為の限界を見ました。その残忍非道な
行いの報いが我々に大きな痛手を与えたとも考えて。もはや侵略戦争
を命令する大首領から解放された事もあり現在の方針に大転換したの
です。」
「それが我が国を通じての異世界間交易による富の独占ですか。
あ、私もお茶とティラミスのおかわりをお願いします。」
ラースラン王国のユピテル王子が応えた。
「ええ、我々はこちらの世界の魔王軍とは違い魂だの怨嗟の思念だの
訳の分からないシロモノを糧に出来ませんので。侵略していた地球世
界でもチャッカリと経済活動は行っていて取引相手もいましたから。
破壊活動より独占的交易の方が莫大な利益を産む事を知っています。」
(もっとも、向こうで取引していたのは独裁国家や犯罪組織、地下シン
ジケートといった連中でしたけど…)
「つまり改心した訳ではなく方針転換として利益追求を目的とした
共存共栄に舵を切ったという事ですか。」
「その通り。故に利害が衝突する魔王軍やドラゴンの侵略国を叩き潰す
方針を取っているのです。安定的に利益を得る為に世界を安定させねば
なりません。」
「動機はどうあれ形としてはまるで正義の味方のような方針ですね。」
「そうですね。出来れば我々も大首領を倒した正義と愛と友情の力という
のを会得したいとは考えています。」
ウオトトスが少し砕けた口調でそう言った時だ。明るい少年のような声で
大笑いするのが聞こえた。この場の誰の声でもなく。
「あははははははははははははははははははは。面白いね。君達は
予想以上に面白いよ。」
「え?!」
ソアは声がリーナン皇子が置いたショボい水晶玉から聞こえて来る
事に気が付いた。同時に水晶玉が強い光を放ち竜巻のように強烈で
渦巻く魔力が立ち上るのを感じた。
光と共に水晶玉の上に人影が現れる。ピクシーのソアやリルケビット、
ハイフェアリーのアスニク姫よりずっと小さく親指ほどの身長の人物。
光から出現した人物は10歳ほどの少年に見えた。顔立ちは元気一杯の
イタズラ小僧といった風情だが表情は落ち着いて老成したそれであり、
深みある挙動に真の年齢が現れているように見える。
そして背中には極光の輝きを放つ光の粒子で出来たような蝶の羽。
頭に小さな王冠を戴き上等な衣服を纏っていた。ちなみにズボンは
カボチャパンツだ。
「ええええ?!なんでクリーク陛下がここに??」
リルケビットの戸惑った声が彼が何者かを示していた。
妖精王クリーク
妖精国ミーツヘイムを統べる名君は典礼に則り優雅な一礼を
披露するとウオトトスを見上げて、
「不意打ちのような真似をして申し訳なかったね。直接に君達の
言葉を感じたくて回りくどい方法をとらせて頂いたよ。妖精王ク
リーク、妖精国ミーツヘイムを代表する者です。」
「お初にお目にかかります。私はガープ怪人ウオトトスと申します。
既にご承知だとは思いますが。如何なる意図かは分かりませんが国家
元首がこのような場に出張っていて宜しいのですかな?」
「半ば自覚しながら問うて来るの?君達ガープの存在が既に重要案件
と此方が判断している事は分かっていると思うのだがね?」
「これは迂闊な事を言ってしまったようです。我々自身の自己評価を
再確認する必要がありそうですね。」
「まあ、国王として来るに足る案件ではあるけど今回は私だけの固有
スキルで君の言葉の真実を感じ取る為に現れたんだ。いや実に興味深い
経験だったよ。」
「おや?我々に魔法は効果が無いはずですが?」
「魔法じゃないよ。固有スキルは霊力とか神通力に類する力で持って
生まれる者は少ない。機能が限定的だけど相手に内在する魔力の有無
に関係なく効果を発揮する力なのさウオトトス君。」
「…興味深い情報です。」
「私の固有スキルは『心の音色』相手の言葉に込められた感情を正確に
感じ取る事が出来る。それを手掛かりに言葉の真偽を類推するんだ。」
妖精王はニカっと笑い、
「君の言葉は思考誘導しようと巧妙なレトリックを多用していた。けど
ガープ大首領に対する思いや勇者ソルジャーシャインに向けた気持ちは
はっきりと感じる事が出来た。故に私、妖精王クリークは君達ガープを
信頼する事に決めたよ。」
言われて数瞬、ウオトトスの時間が止まった。
瞠目したのちウオトトスは立ち上がり妖精王に向け深く頭を下げて
最敬礼し、
「我等を信頼して下さった事、心より感謝いたします。」
「うんうん。その言葉にも万感の想いが篭ってるね。という訳で
私にもティラミスなる茶菓子を供して貰えるかな?」
イタズラっぽく笑うと妖精王は全身でくるりと振り返り黙って見ていた
リーナン皇子に向き合うと
「こういう結果になったよリーナン。要請については君の判断次第だ。」
「その要請とは一体何でしょう?我等は如何なる話でも受け入れる
つもりですが?」
応えたウオトトスに妖精王は振り返り、
「正確には私からの要請ではなくて私の助言を受けてリーナン皇子が
要請を出す話なんだ。」
「その通りです。ガープの方々よ…」
ずっと沈黙していたリーナン皇子が意を決したようだ。
「私がもっとも信頼する者を親善大使としてガープの本拠地に
派遣したく思います。いかがでしょうウオトトス殿。」
親善大使の受け入れ要請。即断でウオトトスは快諾した。
「お引き受けいたしましょう。万事このウオトトスにお任せあれ。して、
親善大使たるお方はこの場に?」
「ええ、白銀騎士としてもっとも信頼するこちらのリア・ヴラウ殿を…」
「違うでしょ?」
妖精王クリークがハチドリのような機敏な飛行でリーナン皇子の鼻先に
飛び出す。
「リーナン。君の言葉に偽りが混じっているよ。真に信頼する者を
送らなきゃだめ!」
「ではアスニク姫を…」
「ちょっと待ったぁぁぁ!」
「騎士様もアスニク姫もリーナン殿下を護る貴重な戦力、ここは俺達が
行くぜ!!」
「駄目だよソア!!リルケビット!!ここは二人の出る幕じゃない!」
「また偽りだリーナン。君が二人の事を家族として愛し信頼している
故に心配する気持ちは隠しきれてない。…故に彼らなんだよ。」
「…そんな。ひどいですクリーク陛下。」
年齢相応の少年らしい顔に戻ったリーナンにウオトトスが真摯な言葉で
応える。
「二人の安全は保障しましょう。万が一、組織の方針が二人に危害を
加えるような事態を招く時は私が反逆を起こしてでもお二人を救出し
貴方の元に送り届けるよう尽力いたします。」
ウオトトスの言葉に妖精王がしっかりと頷いてみせる。
「心強いお言葉に感謝を。よろしくお願いします。」
リーナン皇子は深く深く頭を下げた。
「大丈夫だって。いざとなったら俺達だけで逃げ切って見せるぜ。」
「ちゃんと使命を果たしてくるから!」
「…口の周りにティラミスのクリーム付けたままじゃ
説得力無いんだけど……。」
ガープ艦の帰還。そこにちょっと変わった同行者が追加される
事となった。賑やかになりそうだと思いながらウオトトスは久
方ぶりに満ち足りた気分を味わっていた。




