28 竜の国
時は少し過去に遡る。
時系列でいうと大アルガン帝国のレクトール選帝侯領で
メッサリナ皇女が挙兵を宣言していたのと同じ日時。
ラゴル王朝の領空、ドラゴンに率いられた一団が
雲の間を駆け抜けるように飛んでゆく。
先頭を行くグリーンドラゴンには黄金の装飾をあしらった
豪華な鞍が付けられておりこれまた豪華な鎧を来た若い竜
人が乗っていた。
その額には七色の光りを反射する美しいミスリル色の鱗が
生えている。それは彼がラゴル王朝の王族たるミスリルド
ラゴンであることを示すものであった。
本来なら竜帝府直轄とはいえ偵察隊を率いるような身分で
はない。
「やはり、国境を巡検する飛行隊が消息を絶ったのは小癪な
ラースランの羽虫が宣戦布告して来たせいでクズ共が敵前
逃亡しているからでは?ルーフル閣下。」
上司を乗せているグリーンドラゴンがクズ共と言う所で後ろ
から付き従って飛んでいるホークマン兵に目線を向けつつ
ミスリルドラゴンにして臣籍降下させられた元王族のルーフ
ルに意見する。
ルーフルは顔を顰め部下の言を嗜めた。
「彼らは我が王朝の為に身を捧げる兵士達だ。証拠も無しに
疑念を持つのは感心しない。」
「……。」
ルーフルの言葉をグリーンドラゴンは聞こえないフリで
無視した。
その様子にミスリルドラゴンの若者は溜息を付く。彼は
ラゴル王朝の竜族第一主義を批判しその他の種族の権利
向上をを訴え、竜帝王によって王族から外され閑職へと
左遷されて来たのである。
ルーフルは偵察隊を構成するホークマン兵達の方を見る。
小柄な人間の背に鳥の翼を生やしたような彼らは飛行能力
と視力によって偵察任務や空中戦闘のサポートなどに活躍
する存在だ。
しかし彼らの身分は低く待遇も粗悪。それは彼らの装備に
も現れていた。
粗末な貫頭衣に簡素な革の胸鎧を着け、青銅の手甲と脛当て
と兜、武器として弓矢と短剣を持っただけの貧弱で質素な装備。
どこまでも豪華な竜人とどこまでも粗末な他種族の扱い。
ルーフルはこんな歪な体制が続くのは不健全だと考えて
いた。たった700頭余りしかいないドラゴンが贅沢を
極めそれ以外の国民は他国の奴隷以下の暮らしを強いら
れている。
(フィン…)
ルーフルはフィンという名の少女ホークマン(注・種族名なので
ホークウーマンにはならない)に目を向けた。
フィンはルーフルの屋敷に勤める奉公人の娘だった。幼い頃から
一緒に育った彼女の事をルーフルは好いていた。
明朗快活なフィンはルーフルが王族籍を剥奪され屋敷を出て
官舎住まいに移っても付いて来てくれた。目の良さと弓の腕前
をアピールしてルーフルの偵察隊に入隊し常に傍らに居てくれる。
(馬鹿馬鹿しい。下等種族に入れ込んで何になる…)
グリーンドラゴンのゼネポスは上司の趣味の悪さを蔑み、
半ば呆れながら後続のホークマン隊に目を向け続ける
ルーフルから目を離す。
実際にはルーフルの視線はフィンに集約されていた。
ホークマン兵らラゴル王朝の雑兵に支給される貫頭衣は布地を
ケチる為か丈が短い。フィンの裾も短く何かの拍子に下着が見
えそうでルーフルはいつもハラハラする。
ふいにフィンの表情が険しくなった。ルーフルは自分の疚しい
気持ちが見抜かれたかとキョドったが、彼女の口から出た言葉
は遥かに深刻だった。
「敵襲!!!」
全員の視線がフィンが示す右前方に集中する。
前方の雲から妙に平べったい奇怪な飛行艇が驚愕の速度で
出現し迫ってきた。
迫る謎の敵は4機。うち2機は胴体下部に極太の筒状の物を
装備している。おそらく大型の魔導砲の類に思われた。
「武装した飛行艦?!、まさかラースランの羽虫がここまで
入り込んでいるのか?」
そう、ここはラゴル王朝の空域のど真ん中。国境までは相当の
距離があり会敵するとは考えられていなかった。
さらに何か言い募ろうとしたグリーンドラゴンに向け極太で
真紅の光線砲が放たれる。
魔導砲よりも長射程なそれは荷電された重金属の粒子を
亜光速で撃ち放たれたもので直撃したグリーンドラゴンの
身体を貫通し内側から原子崩壊させ超高温で焼く。
荷電粒子ビーム砲搭載型の時空戦闘機ハイドルがドラゴンを仕留めると
30mmバルカン砲搭載型が近接戦闘を仕掛けるために加速した。
(今、ドラゴン化すればあの謎攻撃の的になる!)
人間形態のまま空に投げ出されたルーフルはそのまま自由落下に
身を任せた。地上ギリギリで竜化し墜落を避ける。それがこの場
を切り抜ける第一歩と考えたのだが……
ドゥルルルルルルルルル!!!!
ドゥルルルルルルルルル!!!!
猛烈な連射音が響き、10名のホークマン兵のうち5名が弾け飛んだ。
ミンチですらなく粉々にされる。フィンは生き残った5名の内に入った
が何かの衝撃を受けたのか兜が脱げ気絶したようだ。
それを認識した瞬間、
ルーフルは光り輝くミスリルドラゴンに変じ急上昇、フィンを右前脚で
保護するとホークマンたちに告げる。
「皆、私の懐に入れ!!」
ミスリルドラゴンが自らの身体を盾として兵たちを守護する。
そこに時空戦闘機ハイドルが情け容赦無い攻撃を叩き込んた。
ヒュー…ズビュウウウウン!!!
「ぐああああっ!!」
ホークマン達の守りを優先している為に回避が遅れて荷電粒子
ビームの直撃を受けてしまう。竜化した状態でこれほどの激痛
をルーフルは経験した事が無かった。
ビームが照射された部分、不可侵とまで言われたミスリルの鱗
さえも原子崩壊を起こし貫かれてしまう。しかし並みの物質よ
り遥かに強靭に持ち応えた為に肉体は完全に貫通せず深手では
あるがルーフルは生き残った。
その間も30mmバルカン砲は間断なく浴びせ掛けられるように
撃ち込まれている。鱗は貫通しないが当った衝撃は強烈で激痛
をもたらしルーフルを苦しめた。
「一か八か…」
ルーフルは皆を抱え込むと翼を畳み急降下を始める。
自由落下とは違う猛スピードだ。
もし構造に脆弱性を抱えている飛行艦ならば空中分解しかねない
ほどの急降下。ルーフルは地上スレスレで引き起こす気でいる。
魔道エンジンの推力で追尾して来た空中艦では十中八九、地面に
激突する。来なければそのまま低空飛行で逃げ、距離がある内に森
林地帯に到達し人間形態になって皆と森に隠れる。応戦ではなく
全力逃走するにはこれしか手段は無い。
(何としてもこれ以上の犠牲は防がねば。)
だが、ルーフルの目論見は潰えてしまう。
地表寸前まで降下した時、気が付けば前後左右を4機の
敵機に包囲されているのに気が付いた。これは単なる追
尾ではなく同調するように急降下し位置を合わせる離れ業
をやってのけたという事だ。
絶句するルーフルに向け敵機から音声が放たれる。
『ラゴル王朝飛行隊に告ぐ。諸君は包囲されている。無駄な抵抗を
止め武装解除し即時投降せよ。武装解除に応じない場合は即刻戦闘
を再開する。繰り返す……』
時空戦闘機ハイドルの戦術AIがもっとも成功率が高い早期戦闘終了の
方法は降伏勧告だと算定した。荷電粒子ビームの直撃を受けて死なぬ
怪物相手には妥当な手段であろうと思われる。特に疑問に思う事も無
くパイロット達はAIの指示に従った。
ルーフル側には選択肢なぞ無い。そのまま着地しミスリルドラゴンは
両前脚を上げホークマン兵たちは弓矢や短剣を捨て武装解除に応じる
のだった。
ゴウゥン ゴウゥン
ゴウゥン ゴウゥン
立体円形陣の隊形でラースランが誇る空中艦隊が進撃している。
陣の中央よりやや前方に艦隊旗艦マトゥが飛行していた。
ギレネス級戦列艦のマトゥは艦隊旗艦として司令部機能を拡充
する為に同型艦とは違い艦橋下の副砲塔を撤去、空いた空間に
指令本部と作戦室を設けている。
室内の中央にはラゴル王朝全域の地図を模した巨大な作戦卓があり
幾つもの線や矢印が記入されたそれの上をラースラン艦隊を現す
模型が配置されている。
模型の上には光る魔方陣が描かれており艦隊の現在位置に合わせ
模型も自動で進む仕組みだ。
「現時刻1105。今、敵の阻止限界線を突破いたしました!」
参謀士官が中央で睥睨する総司令官ネータン・デラ・バルフへと
報告する.報告を受けて総司令官を務める王太女は頷いた。
士官が忙しく動き回り幕僚らの指令が続々と発せられる作戦室、
引っ切り無しに伝令のホークマン兵やハーピー兵が出入りする。
彼らはラゴル王朝の同族らと違い、正式な身分と装備を与えられた
正規兵。彼らの主な任務は旗信号で伝えきれない細かい指令を飛行艦
に届ける伝令や砲撃観測、艦艇の死角の監視や転落した乗組員の救助
など空中艦隊に不可欠な仕事を任されて士気は高い。
幕僚の1人としてこの場にいる烈風参謀はそんな彼らの活躍を見、
作戦卓の模型の動きに注視した。
「貴公らから見て随分と原始的なやり方に映るだろうな。」
「まさか。」
ネータン総司令の剣呑な響きを含んだ声に烈風参謀は平常そのもの
で答える。
「正確な地図と概略図、それに模型を使った位置関係の表示。魔法
だろうと科学だろうと作動原理に関わらず必要な機能を備えている
ならば何も問題はありません。」
「フッ、技術的優位に驕る事も無く油断もせん。恐ろしい女だ。」
「その褒め言葉、そっくりお返し申し上げいたします。」
小さく肩をすくめたネータン総司令は作戦卓を示し、
「さて、参謀殿に伺おう。阻止限界線を越えたがハイドル隊から
特段の報告はあったのかな?」
ラースラン艦隊からの要請を受け長距離探知能力を持つ時空戦闘機
ハイドルが敵の目となる航空偵察隊を先制攻撃で潰して回っている。
何か異変があれば真っ先に気が付くのは彼らだ。
「『ハイドル殲滅隊』よりの報告では大きな変化はありませんな。
せいぜい敵の偵察隊に少数のドラゴンが混じるようになったよう
ですが敵の密度に変化はありません。」
「阻止限界線を超えたのにか…どうやらこれは…」
ここでいう阻止限界点は地球での用語とは多少のニュアンスが違う。
地上部隊や海上船舶のように地形や要害、海流などに妨害される事
の無い空中艦隊は攻撃する事でしか行動を掣肘する手段が無い。
阻止限界で戦闘を挑まないと艦隊は戦略目標や最終防衛ラインまで
フリーパスで到達してしまう事になる。
「ええ、総司令官閣下の読んでおられる通り竜帝王は此方の意図を
察知して万全の準備で迎えてくれるようですな。」
「我が軍を誘い込むとはな。竜帝王が賭博師を気取るか。くくくっ、
これは勝ったようだ。」
偵察部隊が多数落とされているのに阻止限界線まで艦隊が進出して
もラゴル王朝の軍勢は姿を現さなかった。偵察部隊という目を潰さ
れても相手が侵攻して来ている事はわかるはず。それでも何も動き
が無いというのは実に怪しい。
「ん、失礼。」
その偵察部隊を狩りまくっているハイドル隊からガープ艦の中継
を経由して烈風参謀の端末に連絡が入る。
一読した烈風参謀は何か企む顔をして、
「閣下、どうやらハイドル殲滅隊が面白い拾い物をしたようです。」
ネータン総司令官をまっすぐ見つめ報告を始めるのだった。
○ ○ ○ ○ ○
空中艦隊の最後尾、他の艦から妙に距離を開けられて飛んでいる
2隻の異形の艦船。その飛行甲板からひっきりなしに平べったく
カブトガニのような形状の戦闘機が離発着をしていた。
ガープ艦1号と2号である。その2号艦の飛行甲板に1号艦配置に
なっているはずの改造人間、猛禽類のようなモーキンと直立したワ
ニガメのようなカノンタートルの2人が並んでいる。
他に武装した戦闘員が6名。少し離れてラースラン軍の士官2名に
兵士6人がいる。
「…なんで2号艦なんスかね?普通は2番艦じゃないんスか?」
「死神教授の命名や。あの人に艦船の命名法則とかの興味あるはず無いで。」
烈風参謀の指令を受けて待機していたが予定より時間オーバーとなって
おり怪人たちは雑談に花を咲かせている。
「しっかし、まどろっこしいっスね。参謀さんと引き離されて通話しか
出来ないってのは。」
「まあ、分断と言うか人質を目論んでちゅうのは心配性の軍幹部の
考えやろな。あのネータン総司令はそんなんでワシ等の力が削げる
なんて気楽な事は考えてないやろ。あそこまで甘さの無い女性は他に
知らんわ。」
「烈風参謀さんも甘くないッスよ?」
「知らんのんかい。あの人、モフモフ属性やで?」
「ええっ?!初耳っス。でも今は亡き上級怪人のデスピラーさんとか
撫でたりしてなかったっスよ?」
「毒毛虫怪人の猛毒針毛をモフモフに含めたらアカンわ…」
「いずれにせよネータン王太女さんの婚約者さんは大変っスね。」
それを聞いていたラースラン軍関係者は必死に神妙な顔を維持して
黙っている。
彼らは知っていた。ネータン王太女が婚約者の公爵令息ノービタウの
前ではデレッデレに甘えまくっている事を。温厚で芸術を愛好する
ノービタウはネータンの仕事に決して口出しせず熱烈な相思相愛を
貫いているのだ。
「話戻すと参謀さんを艦隊旗艦入りさせる意見をネータン総司令が受け
入れたんは烈風参謀さんの作戦立案能力をとことん利用する為やろな。」
「成る程っス。お、どうやら到着したみたいッス。」
猛禽類のような鋭い視力を持つモーキンが待ち人の到来に
気が付いた。
4機のハイドルに左右上下を囲まれて光り輝くドラゴンとホークマン兵
がやってくる。彼らはハイドルに搭乗せず自力飛行を選択し、怪我や
疲労の為か飛行速度が落ちていたせいで到着が遅れたのだった。
モーキン達が待機していたのは捕虜のミスリルドラゴンの受け入れの為
だった。いざという時にミスリルドラゴンを制圧可能な戦力があるガープ
艦に収容する事が決定されていたのである。
「あれがミスリルドラゴンっスか。ファンタジーしてるっスね。」
磨き上げられたプラチナのような色合いで圧倒的な光沢を放つ
表皮と鱗は7色の光を反射する幻想的な美しさを持っていた。
美しいだけでなく強靭さも伝説級でありミスリルドラゴンより
上は神竜の異名を持つオリハルコンドラゴンだけだ。その神竜
は神界や精霊界に棲み人界には100年に一度現れるかどうか。
実質的にはミスリルドラゴンが竜族のトップである。
「綺麗な色やな。光ディスクの裏面を豪華にした感じや。」
「身も蓋も無い感想っスね…」
そのミスリルドラゴンのルーフルの左前脚の付け根の上、左翼の
下の部分に焼き抉られたような深い傷があった。それを見た改造
人間ズは、
「ハイドル搭載型の大口径の荷電粒子ビーム砲の直撃受けてアレっぽち
で済むんかいな。恐ろしいバケモノやで…」
「普通は生物に向ける攻撃じゃないッスからね…」
巨大な軍艦や地下軍事施設を撃破するのにも使う兵器である。直撃すれば
下級怪人の彼らでもタダでは済まない。怪人三人衆で耐えられる可能性が
あるのはウオトトスだけだろう。
この世界にも油断できない相手がいる。
彼らは心を引き締めた。
指示通り飛んできたミスリルドラゴンのルーフルは指定されるままに
奇怪な飛行艦の上に着艦する。その甲板には自分達を圧倒した飛行艇
が何機も並んでおり、目前に凶悪無比の怪物2体と黒い戦衣の戦闘員
が武器を構えていた。息を飲むルーフルの前にラースラン軍士官が歩
み出て来てホッとする。
「ラゴルのドラゴンよ。投降する意思に間違いないか?」
「ああ、間違いない。」
「では人間形態に移って貰おう。そうしないと真の意味で武装解除
したとは認められん。」
「了解した。ただし私はともかく部下たちに無体な真似は止めてくれ。
条件を付けるつもりじゃないが命を賭して守った者達なんだ。」
一瞬、モーキン達に目を向けルーフルは懇願するように言う。
「心配は無用だ。抵抗しない限り君たちへの手出しは上から厳禁
されている。その後の扱いは上の方々が到着しだい自分で交渉を
してくれ。」
納得したルーフルは気絶したままのフィンを降ろし、竜形態から
人間形態へと変身した。意外なほど短時間で姿が変わるのをその
場に居る者達は息を飲んで見つめていた。
人間形態になったルーフルは全裸である。ドラゴン化した瞬間に
装備がはじけ飛ぶのだから。本来なら付き人が替えの服を用意す
るところだ。
(まったくの無駄だ。いちいち弾け飛ぶのに贅沢な服や鎧。あれら
一式でホークマン達の装備を百は揃えられる。)
それならいっその事、一般種族の装備の改善をするべきだろうに。
そう考えるルーフルは粗末な装備の部下達と充実した装備を身に
付けているラースラン側の兵士を見比べてしまう。
ズキン
「うぐぁぁ…」
背中の傷が疼き、痛みでルーフルはその場に倒れ込んでしまう。
身体が人間化しても傷は消えない。身体の大きさに比例した
サイズの傷が残るのだ。
ラースラン士官より早く救護しようとモーキン達が駆け寄る。
その時、
「うおおおおおおおおおああああ!!!」
気絶していたフィンが跳ね起き、ルーフルを守ろうと
素手でモーキンに飛び掛って来た!!




