25 ドラゴンVS改造人間
かつて22世紀の地球において各国空軍、そして特務小隊
ソルジャーシャインの時空戦闘機パルサーレインと壮絶な
空中戦を戦っていた時空戦闘機ハイドル。
そのコクピットにて歴戦のパイロットである戦闘員NO.88、
通称はっちゃんは少しもどかしく思っていた。
帝国街道上空でラースランの空中艦隊の前方に展開するハイ
ドル編隊。数はガープ艦に残る予備の2機、艦隊直援の2機
を除く4機だ。
艦隊の左前方、岩山地帯上空800m以内の雲の中に10機、
いや生体反応があるため10体の何かが隠れている事を
ハイドルのレーダーとセンサーが感知している。
「生き物かい。まっ、ファンタジーな世界だからな。」
敵味方識別は当然働かない。機の戦術AIは99%敵であると
判定しているが100%ではない。目標が何らかの行動を
起さねばAIの判定に変化は無いだろう。
4機のハイドルは30mmバルカン砲の有効射程まで進み
照準を合わせるだけに留めている。
他の武装、ミサイルや高X線レーザーガン、荷電粒子ビーム砲など
は誤爆・誤射が有った場合にその威力からアルガン帝国との友好に
ひびが入りかねないので基本的に赤作戦側の機体の武装はバルカ
ン砲だけを搭載している。
ラースラン艦隊の砲撃艦が対地攻撃の体制を取った時、雲の中の
存在が動きAIの判定が敵率100%に変化、レーダーの輝点が
敵軍を示す赤に変わった。
即座にハイドルがバルカン砲の射撃を開始する。初速1100m/sの
焼夷徹甲弾の猛射を受け4頭の緑竜や黒竜が墜落した。
「30mmバルカン砲の直撃を受けて即死しないのか。やっぱり
ファンタジーしてるなドラゴンってのは。」
ドラゴン軍団の中では格下と思われるグリーンドラゴンや
ブラックドラゴンが翼をはじめ全身に重傷を負い飛行出来
なくなって岩石地帯に落ちて行く。が、死んではいない。
生きてはいるがこの高度からシオズイー山の岩石地帯に墜落
しては戦闘不能だろう。
4頭が撃墜されると同時に6頭のドラゴンが飛び出し、翼を
折り畳み太陽を背に対地攻撃をしようとしている砲撃艦の真上
から急降下で襲撃してきた。
砲撃艦隊は対地攻撃を中止し退避を開始。また装甲コルベット
や艦首に中口径砲だけを搭載した小型艦艇のガンボートがドラ
ゴンに牽制をかける。
襲撃隊のリーダーとおぼしき体長30メートル近いレッドドラ
ゴンは配下に反転を指示。本格的な空中戦へともつれ込んでゆく。
「味方艦艇が射線に入る恐れがあるな。ここは無理に介入しないでおくか。」
ガープの時空戦闘機ハイドル隊は空戦に直接参加せず援護の体制を取る。
ここで飛んでいるドラゴンは囮で主力は地上に居る。ラースラン艦隊だ
けで充分対処できる数だろうと判断したからだ。
その判断は正しかった。
メッサリナ派主力の正面にドラゴンの群れが出現したのだ。
モンスターの王者ドラゴン。暴虐なオーラがその巨躯から放たれ
見る者全てに畏怖を与える。その鱗は鋼の武器さえ通じず鉤爪は
鉄の盾をも引き裂くという。
どのドラゴンも亜竜のタラスクより格段に獰猛な面構えだが目には
狡猾な知性の光りが宿っている。
そんな怪物が21頭。
しかし、その正面に立たされたメッサリナ軍主力の将兵は崩れなかった。
精鋭である誇り、そして最前列で平然と戦闘態勢を取るデーモン軍団の
二つに支えられて。
グルオオオオオオオオンン!!!
中央でひと際目立つ巨大なゴールドドラゴン。体長は軽く30メートルを
超え左右に大型のレッドドラゴン4頭を従え咆哮する。
「ぐはははは!!喜ぶがいい虫ケラども!!この偉大なるゴールドドラゴン、
ガリッガー様の手に掛かる事をな。逃げ出さぬその勇気を称え念入りにすり
潰してやろうぞ!!」
ウオトトスは牙だらけの口を半開きにした。笑ったらしい。
「さて、連中が散開する前に一撃で形勢を決めてしまいますか。」
ウオトトスはこの作戦に参加する前にハヴァロン平原で得たドラゴンゾンビ
のデータから死神教授が算出したドラゴンの推定能力についてレクチャーを
受け検討している。
「コポポ…上級の…ゴールドドラゴンについては未知数ですが…コポ…私の
能力を知られ対処される前にドラゴンを…コポポ…半数は沈められましょう
…コポポポポポ…」
ウオトトスの全身からゲル状の粘液が染み出し覆ってゆく。
戦闘の可能性の有る任務中などの時は常に1mm程のゲル層を
形成するのだが全力で戦う場合は遥かに大量のゲルを分泌する。
あっという間にウオトトスの全身が数十cmもの粘液層で覆われた。
かつて地球でガープが宿敵ソルジャーシャインと最終決戦で
戦った時以来のウオトトスの本気だ。
あの決戦の時、相性最悪のモーキンは予備兵力として後方配置、
カノンタートルは他の支援型怪人と共に援護射撃に徹していた
のに比べウオトトスはソルジャーシャインと真正面から対決し
生き残っている。
戦闘力だけなら上級怪人すら一目を置いていた下級怪人最強
のウオトトス。
あっという間に準備を終えたウオトトスはその場に腹這いになるや
猛烈なスピードで突進した!!
シュビュウウウウウウウウウ!!!!!!
魚の尾と尾ビレを持つウオトトスの全身は水滴を横にしたような
形の粘液の中にあり、まるで水を持参した魚が地上を泳いでいる
ようだった。
実際にはそれは腹這いずりに近く摩擦を大きく下げる粘液に浮きながら
蛇腹状の腹部の鱗を動かし進んでいる。魚のような尾ビレをラダー
のように使い方向転換やバランス取りしながら荒地の地面を縦横無尽
に走り回る。
「うぬ?!」
加速を徐々に上げる事も無く、いきなりトップスピードの時速250kmで
走り出した怪異な存在にドラゴンも驚きを禁じえなかったようだ。
最初は戸惑いを見せていたが元々は好戦的な性格をしているドラゴン共は
気を取り直し攻撃を開始する。
ゴゴオオオオオオオォォォォ!!
ゴゴオオオオオオオォォォォ!!!
突進するウオトトスにドラゴンが鎌首を上げ次々とブレスで攻め立てる。
グリーンドラゴンの細い火炎ブレスに混じりレッドドラゴンの
極太で炎の色が白く輝く高温の業火ブレスが飛んで来る。
ホワイトドラゴンの冷気ブレス、そしてゴールドドラゴンの口から
稲妻を纏った高電圧の球電が高速で打ち出された。
轟音を轟かせるドラゴンブレスはウオトトスの周囲の地表を
高熱で溶かし超低温で凍結させ高電圧のサンダーボールが炸裂し
破壊の限りを尽くす。
しかし、そのブレスの大半が命中していた怪人ウオトトスは
何事も無かったように平然と絶好の攻撃ポイントへ移動している。
ゲル粘液の異常な熱伝導率に守られたウオトトスに火炎ブレスの高温も
冷気ブレスの超低温も届かない。逆に通電性の優れたゲル粘液は電撃を
アースのように地面に受け流しこれまたウオトトス本体に影響を与えない。
この場には関係ないが生物・化学兵器に対しても極めて高い防護能力を
持つチート粘液。
むろん問題も有って粘液の劣化は激しく熱や電気を受けると劣化速度が
加速する。しかし劣化し凝固した粘液は次々と剥がれ落ち、新鮮なゲル
粘液をウオトトス本体が分泌し続ける事で防護力が維持されるのだ。
ブレス攻撃をものともせずウオトトスは攻撃の有効射程圏内に
到達した。ドラゴンはまだ変身した直後、横に並んだ状態だ。
(散開されると一匹ずつ虱潰しにするのが面倒ですからね。)
ウオトトスは足の裏から粘液の摩擦を低減する効果を中和する
酵素を分泌してその場に素早く立ち上がった。
突然止まったウオトトスにぎょっとするドラゴン共。
事態の展開が早すぎるため隊列を組み替えもせず横一列のままで。
それは戦場に立つ者としてはあまりに不注意だった。そしてすぐに
その報いを受ける事になる。
シュキイイイイイイァァァァァ!!!!
鋼鉄の装甲をチーズケーキのように切断してしまうウオトトスの
超高圧ウオーターカッター・ブレスが横に一閃するように薙ぎ払い、
並んだドラゴンの中央10頭の首を切り裂いた。
格下のグリーンドラゴンとブラックドラゴンの首が飛び、
やや大柄なホワイトドラゴンは首の皮一枚で繋がっているが
絶命している。
しかし、大型で鱗も強固なレッドドラゴンに対してはさしもの
ウオーターカッターの刃でも致命傷には至らず皮膚と筋肉層を
浅く切り開いただけで気道や血管などに届かなかった。
そしてゴールドドラゴンのガリッガーに至っては切断された鱗すら
数枚程度、皮膚に糸のように細い掠り傷が横方向についただけである。
流石は伝説級モンスター、上位のドラゴンは並みの生物の範疇を
超えている。
だがドラゴン側も下位とはいえ5頭ものドラゴンを一撃で倒し
上位のドラゴンに浅いとはいえ手傷を負わされた事に驚愕していた。
浅手の傷とは思えぬ激痛と傷口からジュウジュウと湯気を立てながら
鳴る音にガリッガーは不安を覚え冷静に傷と敵を確認しようと考えた。
しかし全員がそうではなかった。傷の痛みに激怒したレッドドラゴンの
1頭が至近距離からウオトトスに火炎ブレスを吐きかけようとする。
「!!っ。止めい!ゲロス!!」
ラゴル王朝のドラゴンは全員が貴族でありガリッガーが制止しようとした
この短気なレッドドラゴンは副将のゲロス男爵という男だ。
ゲロス男爵がリーダーの制止を無視した結果は悲惨であった。
火炎ブレスはウオトトスに通じず逆に開いた口からウオーター
カッターを打ち込まれ脳天を撃ち抜かれて絶命してしまった。
「痴れ者がっ!竜の鱗あってこそあの奇怪な攻撃に耐えられておるのだ。
効きもしないブレスの為に弱点を晒しおって!!」
だがガリッガーはまだ事態の深刻さに気が付いていなかった。
次の瞬間までは。
ズズウンン…
ドサッ
ズダン…
「?、どうした皆?!」
他3頭のレッドドラゴンが次々と倒れる様子にゴールドドラゴンは
狼狽する。そして一目で分る理由に戦慄した。
「く、首の傷が?!ばかな!偉大なる竜族に毒物なぞ!!」
倒れたレッドドラゴン達の首の傷は大きく抉れ溶け崩れていた。
殆ど3頭とも首がもげ落ちかけて絶命している。そして先に倒された
下位のドラゴン達の首や胴体上部もドロドロに溶け崩れていた。
「フフフッ、無機物にさえ作用する特殊溶解液です。まして有機物で
ある以上、どれほど強靭でもドラゴンの肉体にも作用しますよ。そう、
貴方にもね。」
ウオトトスのウオーターカッターとして撃ち出すのは水ではない。
超強力な溶解液だ。ハイパーチタンや宇宙合金、ドラゴンの肉体、
そして対抗酵素を体内に持ってなかったらウオトトス本人さえ
分解してしまう恐るべき溶解液。
ガリッガーは慌てて長い首を回し直接自分の傷を見た。
黄金の鱗に弾かれ付着した溶解液は少量だったのだろう。
しかしそれでも傷は大きく抉れ血液を吹いている。もはや
浅い傷とは言えず筋肉層を抜け太い血管や気道などに溶解が
到達するのも時間の問題と思われた。
「おのれ…おのれ!おのれ!!おのれぇぇ!!!」
激昂したガリッガーは前脚の鉤爪を渾身の力でウオトトスに
振り下ろす。しかし…
ガリュ!!ツルン!
「な、何いい?!」
渾身の攻撃が滑って弾かれた事にガリッガーは驚愕する。
ウオトトスを覆うゲル粘液の一番のチートは熱伝導率でも
通電性でもない。恐ろしい事にこのゲルは摩擦係数を限りなく
0に近付けるというチート機能を持つ。ほとんど摩擦が働かず
つるつるに滑るゲルの下にはモース硬度10とダイヤモンドと
同等の硬さの鱗がウオトトスを覆っている。
その防御力はゴールドドラゴンの鉤爪さえ寄せ付けない。
「勝負ありですね。フフッ貴方の事は忘れませんガリガリ殿。冥府の底で
永劫の眠りに沈みなさい。」
「わっ、我が名はガリッガーだぁぁぁ!!」
怒り狂ったガリッガーは絶叫し至近距離から最後の突進を仕掛けて来た。
(そう。それが正解でした。もはや手遅れですが)
ウオトトスに対抗する手段としてドラゴンなど巨体を
生かせる存在なら体当たりの衝撃でゲル粘液を弾き飛ばす。
魔法が使えるなら水属性魔法でゲルから水分を奪い凝固させるか
風魔法で吹き飛ばす。
対処法は工夫次第なのである。しかし種族の強大さに驕ったドラゴン共は
工夫も対処も考えなかった。
「傲慢ゆえの怠慢。これがその結果です。」
シュキイイイイイイァァァァァ!!!!
ウオトトスのウオーターカッターが動き始めた直後のガリッガーに向け
撃ち出された。狙いは喉首に開いた大きな傷口。
ズズウウウウンンン
今度こそ首を切り飛ばされゴールドドラゴン、ガリッガーの
巨体は突進する勢いのまま倒れ込み絶命する。
ガリッガーの身体と衝突しそうになったウオトトスは実に
華麗なステップで回避する。粘液まみれのままで。
そのウオトトスの耳?に騒がしい羽ばたき音が聞こえた。
「…やれやれ、ドラゴンとは誇り高い存在だと思ってたのですがねぇ。」
その音は幹部が倒された事に動揺し逃げようと飛び立つドラゴンの残党の
羽音だった。
間髪を入れずガープ戦闘部隊の追撃が始まる。戦闘員達は肩に担いだ
筒状の物、携行式ミサイルランチャーから次々と対空・対戦車に使える
多目的ミサイルを発射し攻撃を掛けた。必死に回避行動をするドラゴンを
無慈悲に追尾するミサイル。ほぼ全弾が命中し空中に火の花を咲かせた。
しかし流石に歩兵携行のミサイルでは威力が弱冠足らず、不幸にして
数発のミサイルを受け墜落した3頭を除き傷だらけになりながらも
上空へと逃げ去った。
落ちた3頭に止めを刺しながらウオトトスは呟く。
「まあ、敵将のドラゴンは討ちましたし残敵は空の勇士に任せましょうか。」
ドラゴン隊主力が撃破された。
これにメッサリナ軍が沸き立ちザルク軍に動揺が広がる。
この機を逃さずレクトール選帝侯はメッサリナ軍に攻撃
開始の下知を飛ばした。
前進を開始する軍勢の邪魔にならないよう脇に避ける
ガープ戦闘部隊。
「ウオトトス暫定指揮官。我々は戦闘に参加しなくて
よろしいのですか?」
戦闘員NO.100、通称カタブツ君がウオトトスに
意図を聞く。
「フッ、我々がドラゴンを排除した事で数の上で優勢だった
メッサリナ側が有利になっています。有利な時の援軍の手出し
など手柄ドロボウと嫌われかねません。我らが成すべきは不利
になった時に味方を支える事です。」
その時、通信兵装の戦闘員が報告してきた。彼は武器は持っておらず
ガープ艦とを繋ぐ通信機器や周囲を索敵する対人センサーや偵察ドロ
ーンを装備した索敵・通信兵だ。
「暫定指揮官、近くで対人センサーに妙な反応が。」
「妙な反応?」
通信兵が示すタブレットの数値を覗き込むとウオトトスは
「…数値が小さすぎます。ウサギか何かの小動物では?」
「は、小官もそう思い、とりあえず目視確認して驚きました。
現在位置ですと10時方向、距離55メートルの低潅木の上です。」
ウオトトスがそちらに向き直り正面からしっかり観察する。
岩石地帯にある低潅木の上で小人が2人、こちらを覗きこんでいた。
小人は背中にトンボのような美しい羽を持っており、見えている
上半身から推定身長30cmから40cmほど。短いトゥニカの
ような衣服を着ていて野生動物などではないと思われる。
距離があり、何より対象が小さい為にどんな顔をしているか
ウオトトスには見えなかった。
しかし小さい彼らはウオトトスに真正面から見られた事に
ひどく狼狽したようで慌てふためき逃げ飛び去った。
「ふむ、これは嫌われましたかな?」
「ドラゴンを溶かす存在が正面を向いて来たら逃げますよ。
…どうします?撃墜しますか?」
「無用です。どこかの斥候だったとしてもね。我ら下級怪人や
戦闘員の戦力までなら秘匿する必要は無い。烈風参謀どのの
判断です。」
そう言うや興味を無くしたウオトトスはふたたび主戦場へと
向き直るのだった。




