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23 ある奴隷商人の希望

今回は痛い表現が少しだけあります。苦手な方はご注意下さい。


城塞都市ククファバード


援軍到着に沸くレクトール選帝侯領の領都。その高い城壁と

一体化したククファバード城はいつでも兵の増員が出来る様に

広大な内部構造を持ち、政庁や裁判を行う機能も全て集約され

ており重犯罪人を拘置する地下牢もここにあった。



その地下牢の1室。外の喧騒に反応して1人の男が項垂れて

いた顔を上げる。


「聞いたか!ラースランの援軍を連れて皇女殿下のお帰りだ!!」


「ああ!俺はもう見たぞ。強そうな空中戦艦が何隻も来てたぜ!」


「それに魔術師ギルドも味方についた!強力で絶対服従のデーモン

軍団を召喚して先頭に立たせるらしいぞ!!」


「これでドラゴンや精霊相手にも戦えるな。」


「それさえ何とかなればザルク派やリーナン派の兵など我らの

敵ではない。一捻りにしてくれる。」



交代時間でもないのに看守や牢の警護兵が引っ切り無しに

出入りし詰め所で熱く語り合っている。



「…いよいよ最後か。」


牢の中で絶望に染まった男、奴隷商人ラハブは喧騒で何が起こったか

悟り弱々しい声で苦悩の言葉を呟いた。破滅に転がり落ちたあの日

の事を思いながら。




  ○ ○ ○ ○ ○




奴隷商人ラハブがククファバードに到着した日。思ってもいなかった

大歓迎が待っていた。


市内に繋がる正門に到着し名乗りを上げ身分証を提示するやラハブの

隊商は入場の列を無視して中に招き入れられた。


奴隷の予約を入れた好事家の買い手は予想通りこの街の有力者なの

だろう。案内された場所はまるで迎賓館のような場所で迎える

人々の服装も豪華で大勢の衛兵がずらりと並んでいた。


ラハブが恐縮するほど全員が笑顔だった。もはや取引は成功したと

この時は確信していた。


だが。



ラハブが赤毛の女奴隷を披露した途端、場の空気は一変する。

周囲の笑顔は憤怒に変わり怒号が飛び交う中でラハブはひっ捕らえ

られてしまう。


乱暴に地下室へと連行されたラハブを待っていたのは過酷な

拷問だった。


両手の指を1本ずつハンマーで叩き潰された。治療魔法で指を

再生されるや再び右の親指を潰され怒号のような尋問が始まった。


「吐け!!メッサリナ皇女殿下をどこにやった!」


ここでようやくラハブは自分が奴隷に扮した皇女を転売してしまった

事を知ったのだった。



懸命の弁明、転売の話を持ちかけたのも皇女を引き取って行ったのも

奴隷商ワルモン・アクーニンである事を訴えた。そして何も知らなかった

事や悪意の無い事を示し慈悲を求めた。


徹底した尋問の後、とりあえずの治療を受け地下牢に投獄された。

隊商の皆がどうなったか、自分がこれからどうなるのか何も分らない

まま幽閉されれる。



幾日か過ぎた後、アクーニンが捕えられたと一報が入った。

あろう事かアクーニンはハヴァロン平原の真ん中でアンデッドに

包囲されメッサリナ皇女を見捨てて逃走したらしい。


レクトール選帝侯は怒髪天をつき激昂。アクーニンを公開処刑の

牛裂き刑で処断してしまった。


その様子を見せられたラハブに絶望が告げられる。


「よいか?もし皇女殿下が無事にお戻りされなかったらお前やお前の家族、

一族郎党全てと従業員達も含め全員を奴と同じ牛裂きにしてやる。皇女殿下

が戻られたら慈悲を以って帝国法で処してやろう。」


帝国法にて皇族に危害を加えた罪、つまりラハブは斬首の上に全財産没収、

一族は追放と決まってしまった。


ラースランの冒険者によって保護された皇女が戻るまで処分は保留との事

だが牛裂きにしろ斬首にしろラハブの命は終わる事が確定している。





  ○ ○ ○ ○ ○




「出ろ。」


重く軋んだ音を立て牢獄の扉が開いたかと思うと

看守や警護の衛兵ではなく完全武装の騎士がラハブを呼び出した。


「……。」


(これは…このまま処刑場で首を打たれるのか…。)


抵抗する気力も無くラハブは連行される。皇女が無事に帰還した

と知った時から覚悟はしていた。ラハブは斬首される自分の事より

無一文で追放される家族に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



大アルガン帝国の軍で採用されている兜には角がある。

一般兵はピッケルハウベにあるような1本角、騎士の兜には

雄牛のような2本角。前を行く逆光に浮かぶ角の生えた騎士

の姿はラハブには冥府の獄卒のようにも見える。


「入れ。決して無礼の無いように。」


「?」


しかし案内されたのは処刑場ではなく囚人の面会などにも

使われる談話室だった。



そこでラハブを待っていたのは2人の女性。


帯剣し、完全装備の女騎士ゼノビア。彼女は何の表情も浮かべず

護衛に徹している。そして…


(メッサリナ皇女殿下!!)


贅を尽くした皇族の正装に身を整えた真紅の髪の皇女。

その姿を確認するやラハブはその場に跪き謝罪と慈悲を

訴えようとした。


「謝罪は無用です。」


「え?」


気勢を制して皇女はラハブに言葉をかける。


「私達は初対面・・・なのですから。無礼を受けた事も

危害を加えられた事もありませんわ。」


「…初対面?」


「そう。私達は会った事も無く私が変装して国外に出た事実・・

もありません。」


ここで表情を消したままのゼノビアが口を開きラハブに告げる。


「メッサリナ皇女殿下の名において奴隷商人ラハブに恩赦が与えられた。」


「お、恩赦!」


「貴方に下されていた判決・処罰は全て取り消させました。もう大丈夫ですよ。」


絶望が取り払われ希望の光が現れた。


皇女の言葉を理解した瞬間、ラハブの瞳に涙が浮かび感極まった

彼は感謝の言葉を述べようとする。


「お、おおおお!何と感謝を申し上げればよろしいか…」


「感謝も無用ですわ。私達は初対面で、貴方が皇族に危害を加えた事実も

無いのですから。」


少し苦笑しながらメッサリナ皇女が初対面と重ねて強調する意味を

ラハブも察する。


「分りました。この事は決して他者に漏らしません。何があろうと

秘密は守り通します。」


ラハブの言葉にメッサリナ皇女は微笑んで、


「理解が早くて助かります。ところで貴方を見込んで頼みたい事が

あるのですが。」


「皇女殿下のおおせならば。何なりと申し付け下さいませ。」


ラハブの返答にひとつ頷いてメッサリナは説明する。


「私と共に見捨てられ保護されたスキッパーというアクーニンの

下働きだった者を貴方の所で雇用してあげて欲しいのです。」


「アクーニンの下働きですか?」


「彼はアンデッドによって大きな怪我を負いましたが私達を保護し

治療を施してくれた者達の説明によると他にも彼は大きな問題を

抱えていました。スキッパーは重度の薬物中毒患者でした。」


怪我の治療より薬の影響を消去する方が大変だったとガープの

治療班から聞かされた説明を思い出してメッサリナが言葉を続ける。


「事が薬物ですから帰還してすぐ調べさせたのですが、下働きや

奉公人の界隈では有名な話らしく簡単に判明しました。アクーニンは

『疲れの取れる薬』と称して違法な薬物をスキッパーに与え続け、

疲労を感じなくなったスキッパーに休息や碌な食事も与えず昼夜を

問わずに酷使していたのです。」


「アクーニンめは手広く商売している割に下働き1人で回していたのが

不思議でしたがそんなカラクリでしたか。」


「さらにスキッパーの給金は彼の唯一の身寄りである老いた母親の所に

送付すると言って本人には支払われず、調べた所ではスキッパーの母の

所にも給金は届いておらず生活は困窮しているとの事。」


「なんとまあ…」


さすがにラハブは呆れてしまった。


「そこで貴方の所で雇用しスキッパー親子を救済してやって欲しいのです。」


「わかりました。私もスキッパー君もいわばアクーニンの被害者同士、

喜んで引き受けましょう。」


快諾はしたが心の内に怪訝な思いもよぎる。何故に皇女殿下ほどの方が

こんな小さな事を?と。


その表情を読み取ったメッサリナは噛み砕かず・・・・・説明する。


「彼はアクーニンの下に居たと知られています。そして彼本人は

アクーニンが影武者用に皇族ソックリの奴隷を仕入れたと思い込ん

でいます。それこそ読心魔法を使われても問題無いほどに。」


「そう言う事ですか。わかりました、スキッパー君はキャラバンで

使う隊商馬車の御者として雇いましょう。そうすれば色々な場所で

話す機会も増えるでしょう。」


メッサリナ派が暗に望む情報拡散に手を貸すと請け負ったラハブに

微笑で返す皇女。


「どうぞ、よしなに。それにしても…」


「どうかなさいましたか?」


少し憂いたメッサリナは、


「私の帰還がもう少し早ければアクーニンの命も救えたかもしれません。

前科や余罪がありそうなので無罪とは行かなかったとは思うのですが

せめて命だけでも永らえさせらたかも。」


「それは…皇女殿下がお気に病む事ではありますまい。」


ラハブの言葉に女騎士ゼノビアが無表情のまま大きく頷いた。


「…ありがとう。それでは奴隷商人ラハブ、あなたはもう自由です。

さしつかえ無ければ今後どうなさるおつもりか尋ねてもよろしくて?」



「はい。まずは隊商の皆と合流し本店のある商都オーア・キナイへと

帰ろうかと考えています。」


「オーア・キナイ市。ちょうど帝都の向こう側ですね…」


メッサリナは強い口調でラハブに告げる。


「忠告しておきます。安全に帰りたければ帝都を経由したり近郊を

通る経路は止めておきなさい。」


「皇女殿下?」


「ロォス帝国街道は避け、遠回りでもバラー南方街道かフォルモン

北方街道をお行きなさい。…帝都近郊は間違いなく荒れます。」


「っ!」


ラハブは息を飲んだ。間も無くメッサリナ皇女が帝都奪還の戦いを

始める事を悟ったのだ。


「ご忠告、肝に刻みます。」


ラハブの返答にメッサリナは満足げに頷く。そして刻限を告げる

ゼノビアに促され談話室を出て牢獄区画の外まで来るとそこに

ラースラン王国風の軍服を纏った群青色の髪の若者が待っていた。



「随分とお早い。もう午前中に対処する予定の執務は片付いた

のですか?」


「ええ。少しでも時間を作り貴方様とはじー…くりと話しをする

機会を増やしませんとね。」


「ははっ、お手柔らかに頼みますよ。」


メッサリナは最後にラハブに会釈し群青髪の若者と共に衛兵の守る

主郭へと去る。


その後姿に向かいラハブは深く、深く頭を下げた。


「ラハブ。」


素っ気無い呼びかけと同時に女騎士ゼノビアが振り向いたラハブに

金貨がぎっしり詰まった皮袋を差し出す。


「皇女殿下からだ。依頼達成の報酬とあの3人の奴隷の代金。そして

充分な額の迷惑料も足してある。どうだ、我らの主君は素晴らしい方だろう?」


再び涙がこみ上げてきたラハブは感極まった声で


「はい!あのお方こそ皇帝陛下にふさわしいお方です!」


「その通りだ。メッサリナ殿下こそアルガンの栄光を担う帝位に

就くべきお方なのだ。その為ならばわが命など惜しくはない。」


その場にいた衛兵や騎士たちはゼノビアの言葉に姿勢を正して

頷き肯定する。


帝位継承の争いはメッサリナ派が制するだろう。ラハブは

そう確信しながらその場を後にした。





ククファバード城の外郭を抜け外の練兵場付近を急ぎながら

ラハブは物資搬入場に近い馬車待機所に向かう。


(伝書鳥は高くつくが魔道通信に比べればマシだ。とにかく本店に

連絡を取って帰還する事、スキッパーの家の在地へ人と金を送り

スキッパーの母親の救済の手配、あと連絡する事は…)


ドン


考え事に夢中になっていたラハブは角を曲がったとたん

何者かとぶつかり尻餅を付いてしまった。


「これは失礼し…う、うわああああああ!?」


ラハブの目の前に立っていたのは半漁人ギルマンのような怪物だった。

半漁人より二周りは大きく遥かに凶暴なフォルムをしていて攻撃性に

溢れている。ずずず!!っとラハブは尻の力だけで2メートルは後ずさった。


(何故こんな所に怪物が?!と、とにかく声をあげ助けを呼ばないと!)


だがその前に目前の怪物が動き出す。きっと恐ろしい吼え声をあげ

襲い掛かってくるに違いない。ラハブはそう思ったのだが、


「おお、これは失礼致しましたジェントルマン。お怪我はありませんか?」


そう言って怪物は頭に載せていた奇妙な帽子、地球のシルクハットを脱いで

洗練された作法で頭を下げた。


「私は魔術師ギルドによって召喚され使役される栄誉を賜ったデーモンの

ウオトス・フェレスと申す者。血の契約により味方陣営の人間には一切の

危害を加える事は出来ません。どうぞご安心めされよ。」


味方になった魔術師ギルドがデーモン軍団を召喚したと看守たちが

話していた事を思い出し、気を取り直したラハブは立ち上がって

腰を払い汚れを落とす。


「これはみっともない所をお見せしてしまって…」


「お気にめさるな。我らの容貌は怪異である事は自覚しております。

貴方の反応は正常ですよ。では我らは作戦会議があるのでコレで

失礼します。このお方に生キャラメルを。それでは。」


「お詫びにコレを。」


魚デーモンは優雅に一礼し、デーモン軍団の一員と思われる単眼の

甲殻人間が菓子の入った紙の箱をラハブに手渡した後にデーモン達は

悠然と立ち去った。


白昼夢を見た気分でポカーンとしていたラハブは頭を一つ振り

隊商の皆が先に待っているはずの馬車待機所へ向かう。




その後、ラハブの隊商がスキッパーを伴って領都を離脱しバラー南方街道で

生キャラメルの旨さに驚嘆している頃、兵力が集結し全ての陣容が整ったと

判断したメッサリナ皇女がククファバード城で挙兵を宣言していた。




挙兵せしメッサリナ派。総兵力10万を号する。



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