表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/104

19 王宮てんやわんや


カツーン


 カツーン


磨き上げられた王宮の廊下を複数の規則正しい足音が響く。

 



ラースラン第三王子ユピテルは王宮中心に向かう廊下を急いでいた。

むろん1人ではなく警護の騎士2名、そして姉であるネータン王太女。


いよいよ国王を迎えての国家の最終判断を下す御前会議が開催される。

他国と違いラースラン王国では御前会議は儀礼的なものではなく国の

最高意思決定の場として機能していた。


午前中いっぱいガープ側と意見調整を行い王国側だけで準備会合を

重ねていたが準備不足感は否めない。


刻限にはまだ余裕があったが姿勢良く颯爽と行く姉に歩調を合わせる

せいで自然と早足になるユピテル。程なく到着した目的地へと繋がる扉。

そこを護る儀仗兵が槍を掲げ敬礼すると侍従たちが扉を開く。王太女と

ユピテルは儀仗兵と侍従に応えながら入室する。



謁見の間



国王に拝謁するだけでなく国家の重要懸案の最終決定する場として

広さも豪華さも別格の広間である。


美しい大理石のモザイク床を進むネータン王太女とユピテル王子。既に

集まり始めている廷臣や諸侯からの挨拶を受けながら奥へと進む。


最奥は2段高い所に玉座がありその下、1段高い場所に王族が着座する

椅子が左右に並ぶ。玉座の後方には豪華な織りで王家の紋章を象った

巨大な旗が天井から吊旗として掲げられていた。


ユピテルが向かう一段高い定位置には既に兄である第二王子ロムルスの

姿がある。王家の正装を着心地悪そうにし公式の場に引っ張り出された

事に不満げな様子を隠そうとしない。


(兄上は一刻も早く魔術師ギルドの研究室に戻りたいんだろうけどね…)


導師級の魔術師としてギルドに籍を置くロムルス王子は古代魔術の

上級研究員として充実した日々を送る魔術マニアであり政治にも

権力にもまるで関心がない。


「公式の場でだらしない態度を取るな!」


ネータン王太女の叱責が飛び、しぶしぶ態度を改める第二王子。


「姉殿下におかれましてはご機嫌麗しく…」


「麗しい訳が無かろうが。とにかく背筋を伸ばせ。おそらく今日は

貴様にとっても興味深い話が聞けるはずだ。」


王太女は第二王子の玉座側の隣に立ちながら応えた。ユピテルは

兄王子の逆側に並びながら兄の瞳に興味の光がともるのを見る。


程なく第二王女イモーテアが慣れない様子で入室して来た。デピュタント前

の11歳の妹姫は公式の場でヘマをしないよう緊張している様子だ。


「王太女殿下、ならびに兄殿下方にはご、ご機嫌麗しく…」


「もう少し肩の力を抜くといいイモーテア。まったくロムルスと

足して二で割るとちょうど良い感じだな。」


「は、はい。」


第二王女は仕切り直しの挨拶を無事に終えて列の末席に並ぶ。

ネータン王太女の弟にしてロムルスとユピテル、イモーテアら

の兄である第一王子アニーサスを除く兄弟が揃った。諸侯も全て

揃ったようだ。


(こんな時にアニーサス兄上がいたらな・・・)


豪快で明るい性格の兄王子を思うユピテル。聖王国をめぐる魔王軍との

戦いで消息不明となってしまった第一王子については現在も王国の特務

機関『夜風』が懸命の捜索を続けている。


王子たちは玉座の右側に並び左側には王族の重鎮達が列を成した。

主要な重臣達も揃っていたが異彩を放っているのは魔術師ギルド長

のバーサーン最高導師がこの場に現れた事だった。



ヒソヒソ話す声や身じろぎする衣擦れの音だの騒がしいと言うほど

ではないが空気がざわついている。定例ではない御前会議の開催に

事情を知る者も知らぬ者も等しく緊張しているようだ。


ほどなく王の到来を告げる先触れが現れるとざわめきがピタッと

収まり緊張感の増した静寂が場を支配する。


儀仗隊の中で特に優れた容姿で選ばれた先触れ役は華美な装束を纏い

国王を称える文言を滔々と述べたあと王の到来を宣言した。


玉座の近く、王専用の扉から国王レムロス6世が王妃アグリッピナを伴い

姿を現し進み出る。


国王が玉座の前に立つと王妃や王族を含めた全員が王に向かって頭を垂れた。


「王国に忠誠を誓いし愛すべき股肱の臣よ。本日の急な召集によくぞ

馳せ参じてくれた。余は嬉しく思う。」


国王が右手を差し上げると全員が頭を上げた。


「今日の御前会議は我がラースランにとって必ず歴史書に記されるであろう

重要な内容と成ろう。しかしまず議題に関する事で皆に知らせねば成らぬ

事がある。」


王妃が段を一つ降りて王族の列に付くと国王は手を下ろして話を続ける。


「件の令嬢の事だ。余はかの令嬢と会見を行い真の身分と名を確認し、

その存念を聞いた。彼女は本来ならば今は帝国の外に在する事は許されぬ

立場だ。それは親ラースラン派であるレクトール選帝侯の失点にも繋がる

事柄である。故に公式の場であるこの御前会議でその名を明かす訳にはゆかぬ。

どうか皆も承知して欲しい。」


異論は出ずこれより御前会議が始まる。王族列より王弟にして宰相を務める

オジオンが歩み出ると廷臣達の中から貴族院議長を務めるエラッソン侯爵が

出てきて国王の前に2人が並ぶ。彼らは会議の進行役だ。



「畏れながら」


会議が始まると間髪を入れず廷臣の1人が発言の機会を求めた。財務大臣を

務めるロゥ・コストー伯爵だ。


(コストー財務大臣か。彼を含め半数近くの廷臣には根回ししきれなかったな…)


ユピテルが内心で対応を思案しているなか、国王は鷹揚に頷きコストー財務

大臣に発言を続けるよう促す。


「件の令嬢の護衛を大義名分としてレクトール選帝侯に援軍を送る計画、

誠に妙案でそれ自体は私も賛同いたします。ですが、」


コストー財務大臣は憂慮の表情を浮かべ、


「派遣する艦隊は第二主力艦隊の第一戦隊、戦列艦5隻、装甲コルベット

10隻に砲艦10隻、それに支援艦隊として補給艦5隻にガンボート

11隻を付けて派兵する計画だったはず。しかし提出された予算要求は

予定より一桁多く更に『第一次要求』となっていました。これは如何なる

事でありましょうや?」


「若干の計画変更と要求の詳細については後ほど通告する事になっていたが?」


「若干ですと?!」


デザリアムス国防大臣の言葉に財務大臣は噛み付いた。


「これほどの増額が若干などと!!公文書として詳細を記した物は後ほど

頂戴するとして今この場にてご説明を賜りたい!」


「良かろう。それは私から説明しよう。他にも初耳の者も居るだろうから

心して聞いてもらいたい。」


ネータン王太女の言葉にコストー財務大臣を始め皆が静聴する姿勢になる。


「まず参加兵力だが、第一主力艦隊、第二主力艦隊、第一から

第三までの即応打撃艦隊にラッケン特務艦隊。それに補給艦

17隻が出撃する予定である。」


「?!、では本国に残るのは近衛艦隊と第四即応打撃艦隊のみに?

それにラッケンに駐屯する特務艦隊を動かしてはラゴル王朝との

国境が不安定に…まさか?!」


クローニン民生局長官の言葉をネータン王太女は肯定する。


「そうだ。大アルガン帝国派兵計画『赤作戦』とラゴル王朝征伐の

『青作戦』を同時に決行する。」


コストー財務大臣はキツネに抓まれた顔をして


「そんな馬鹿な。それでは逆に予算要求が少なすぎる。信じられん。」


「そうだ。本来ならオリハルコン級の冒険者に白兵戦で竜帝王を

討ち取る依頼を出す予定で莫大な報酬を準備せねばならなかったが

…タダになった。」


「はぁ?」


「これは本日の第二の議題に関わる事だが先に話して置こう。

皆も聞き及んでいるだろう。魔王軍の闘魔将を仕留めた新勢力が

ハヴァロン平原に出現した事を。」


「ええ、その新勢力ガープと申す者達が我が国と国交樹立の交渉の

為に来ている事は存じています。」


「そのガープが友好を示す為に赤作戦と青作戦に闘魔将を潰した戦力を

提供すると申し出があったのだ。交渉を円滑にする為に前提条件無しでな。」



「なんと!!」


「さすがは王太女殿下、彼らを利用する事に成功されましたか。」


「待たれよ!!そんな得体の知れぬ連中を信じて良いのか?へたをすれば

国の存亡にかかわるぞ!」


「第一、本当にガープとやらが闘魔将を仕留めたのか?後になって

虚偽だったなど洒落にならんぞ?!」


「それについては魔術師ギルドの幹部が確認している。問題なかろう。」


「いやいや、だからと言って全幅の信頼を置くべきではないわ。」


場は騒然とし初耳だった諸侯は勿論、根回し済みの者達まで不安げな

様子を見せ始めていた。場を納めようとユピテル王子も発言する。


「落ち着かれませ貴族諸賢の方々!新勢力ガープとの友好関係の樹立と

条約締結の方針はこれまでの実務会議で決定しております。いまさら

否定しても良い結果に繋がりませんよ?」


「失礼ながらユピテル殿下におかれましてはこの件において独走気味かと

思われますぞ?」


場を納めようとする努力もユピテル王子の独断専行を揶揄する

反応まで起きて上手く行かない。遂には国王の見解を求める声まで出た。


「畏れながら陛下、不確定な戦力を当てにして開戦を企図するのは無謀で

あると臣は考えます。陛下におかれましてはラゴルとの戦争をいかにお考え

なのかお示し頂きますよう願います。」


あくまで慎重論を唱えるエラッソン侯爵の具申に王は落ち着いたしかし

力強い言葉で決意を述べる。


「少し認識の違いが有るようだが余はガープの戦力を得て開戦の意向を

持った訳ではない。ラゴルがいつもの国境侵犯程度の動きならば国境を

固めラッケンの駐留部隊に警戒態勢を取らせれば良い。」


国王は頭を振り、


「だが此度のラゴル王朝はアルガン帝国の内乱に介入し分不相応の

野望を顕わにした。我が王国としてはこれを座視できぬ。

いまラゴル王朝の策謀を粉砕せねば我がラースランに未来は無い。」


「それであれば尚の事。得体の知れぬ連中より隣国のソル公国やラゴルを

警戒しているロガー獣人族連合と同盟を組み共同作戦を…」


「時間が掛かり過ぎる。同盟交渉をしている間に大アルガン帝国は

ラゴルに併呑されるぞ?」


エラッソン侯爵の意見をネータン王太女が横から切って捨てた。


「私はガープの者達と接触しこの目と耳で確かめた。奴等を

使う以外に選択肢は無い。」


「しかし…」



「皆の者の事を慎重に吟味する姿勢は頼もしく思う。だが直接相手と

接触した者と話に聞かされただけ者の間には認識に差異が生じている

ようだな。正しい結論を得る為にも彼等・・にも会議に加わって

もらおう。」


廷臣達に緊張が走り静寂が訪れる。彼等・・がこの場に登場する

事は予め聞かされていたが予想よりだいぶ早まった事に戸惑いが溢れている。


会議が騒然としてる間、発言時以外は口端を上げて様子を見ていた

ネータン王太女はいつの間にか笑みを止め国防大臣に目配せを送る。

国防大臣が小さく手を振ると壁際に並ぶ完全武装の騎士の数が増えた。

護衛兵が増強されると侍従長が彼等・・の入場を告げる。



「新勢力ガープ使節団の来場です。」



玉座から最も遠い対角線上にある扉が開き、たった今まで議題に

登っていた者達が姿を現す。そして押し黙った廷臣達の視線が

集中する中で気にする素振りも無く堂々たる態度で歩み出る。


荘厳な中世風の謁見の間を近代的な軍服姿の女性と科学者風の

怪人物が並び進む。


黒髪の美女の容貌に息を呑み怪科学者の顔の半ばを仮面で隠す

凶悪顔に息を殺して見つめる宮廷の人々。


烈風参謀と死神教授に続くのは2名の戦闘員だ。ハイパー・チタンの

プロテクターを着けた黒い戦闘スーツに身を包み常人より一回り

大柄な彼らは両手に1つずつジュラルミンケースを持っている。


その後ろを人間が2人は入れそうな巨大なキャリーケースが続く。

それは誰も引いてないのに自動で動いていた。その自走鞄にどよめきが起こる。



ユピテルは隣の兄王子が小さく印を結び小声で呪文を行使して

いるのを横目で見た。


(観測術?)


「……信じられん。本当に魔力が無く術も使っていない…。」


ロムルス王子が囁くように呟く。そんな魔術マニア王子の

様子を他所に場の動きは進む。


烈風参謀らガープ使節団は王の御前に到着するや膝をつき

完璧な所作で挨拶する。いつの間に調べたのかラースラン

宮廷の作法に完全対応できていた。



長々とした挨拶の口上を続けようとするガープ使節団に

国王は柔らかく制止した。


「良い。そなたたちガープ使節団からは到着の挨拶を

既に受けておる。我がラースランは形式より実務を重んじる。

到着時の謁見から間を置かず同じ事をする必要はなかろう。」


既に個別の謁見は済ませている事を廷臣たちに知らしめる。


「さすが列強として名を轟かせる尚武の国ラースラン王国。

その質実剛健さにこの烈風参謀、心より感服申し上げます。」


耳に心地よい烈風参謀の口上に国王が満足げに頷き廷臣や

貴族諸侯が自尊心を擽られている様子にユピテル王子は

安堵より警戒心を持つべきだと考える。


(新勢力ガープは劇薬。取り扱いには細心の注意…)


さっと見渡して確認したがガープを警戒する様子なのは

貴族院議長のエラッソン侯爵とクローニン民生局長、そして

ネータン王太女と国防大臣をはじめ軍関係者。


その他の廷臣たちは戸惑ったり友好的だったり様々だが

国王と宰相のみ平静を保ち中立の構えを崩していない。


「ガープ使節団の方々、予定より早く貴殿らを呼び入れたのは

他でもない。貴殿らの処遇をめぐりいささか会議が紛糾しておる

ゆえだ。」


オジオン宰相の言葉に烈風参謀は意外な反応を示す。


「おお、それは頼もしい。」


「頼もしい?紛糾し意見が割れてしまっておるが?」


「客観的に見て我々は正体不明に見えましょう。その我らに対し

意見が割れる。無邪気に信用するでも無く頭から否定して

可能性を潰すでもない。これはこの国の中枢が健全に機能して

いる証拠であり…」


烈風参謀は廷臣たちに向き直り


「ここに集う王侯貴族の方々の知能と教養の高さを示す

もの。実に頼もしい。」


かつて地球における暗黒結社ガープにおいて外交交渉や

政治工作など各国の政治中枢に干渉するのは烈風参謀の

担当する仕事だった。


場の雰囲気を読み相手が望む言葉を使って翻弄する。


「実に嬉しい事をおっしゃられる。しかし外交辞令は結構。

せっかく出て来られたなら貴公らの意見を述べられてはいかがかな?」


それでも一筋縄でいかないのが政治というもの。警戒の色を消そうと

しないエラッソン侯爵が烈風参謀に告げる。


「貴族院議長閣下。我々が国中枢の意思決定に意見するなど

僭越の極みなり。我らに出来るのは我らの価値の高さを示すのみ。」


烈風参謀は懐から1枚の書面を取り出し傍らで成り行きを見守っている

コストー財務大臣に手渡した。


「?。これは我が政府への譲渡書…なんと!454.6ガットの金塊?!」


財務大臣が読み上げると同時に巨大な自走キャリーケースが2台、

自動的に前に出て一列に並びゆっくり横倒しになり口を開くと

黄金の延棒がぎっしり詰まっている中身を晒した。


いきなり出現した黄金の輝きに場は静まり烈風参謀の言葉だけが響く。


「重量単位の換算表の用意が遅れ半端な数字で申し訳ない。我々の単位で

金塊1トンずつ2セット用意させて頂き、先刻の拝謁で国王陛下への進物と

共に王室に1トン献上させていただいた。こちらの金塊1トンもぜひ国庫へ

お納め頂きたい。」


まるで指揮者のように両手を広げる烈風参謀の隣から滲み出る

影のように死神教授が前に出る。


「次にワシ等の『力』をお見せして進ぜよう。」


死神教授が指を鳴らすと黒衣の戦闘員が前進しジュラルミンケース

を置いて開く。


中に詰まっていた謎の機械が不規則に点滅したかと思うと

大きな作動音と共に強い光を放ち始めた!!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ