18 王太女
雲ひとつ無い晴天。ラースラン王国の王都アークランドルの上空に
異様な飛行物体が姿を現す。
『時空戦闘機ハイドル』
ガープが誇る万能戦闘攻撃機で全長30メートル、全幅18メートルの
カブトガニに似た形状をした航空機だ。完全ステルス性で超音速VSTOL、
宇宙空間・亜空間飛行能力を備え戦車並みの防護能力を有している。
30mmバルカン砲か電磁レール砲を固定武装に持ち大きな搭載量を生かして
多数の爆弾か荷電粒子ビーム砲ユニット、武装した戦闘員24名など任務に
合わせ搭載する。
王宮近くの魔導飛行艦の発着港に集う王国側関係者が固唾を呑む思いで
見上げる中、高速で飛行して来た1機のハイドルが空中で急停止し不気味に
鳴動しながら降下を始めた。
コックピットに当る部分にガラスの風防などは無くモノアイ・カメラが
妖しく光るだけ。随分と威圧的な外観だがちゃんと意味がある。
亜空間飛行するのにガラス張りのコックピットなど自殺行為だし不気味な
鳴動は超音速飛行に付物の『熱の壁』空気が急速に圧縮される断熱圧縮に
より空気が高温になり機体にダメージを与える現象に対応する為に亜空間
制御で機体表面に極薄の空間の歪みを発生させているせいで鳴る音なのだ。
小型魔導飛行艦よりさらに小さいが異様な存在感を持った機体。だが
意外なほどに静かな着陸で居並ぶ王国関係者や整列する騎士団は何の振動も
感じなかった。
ハイドルの下、カブトガニでいう所の下腹部にあたる部分に幾何学的な
目の紋章『ガープ・アイ』が意匠された扉、搭乗ハッチがあり静かに開く。
王国側の関係者は己の鼓動の音を聞きながら無言でその時を待った…。
同時刻、王宮に付属する迎賓館の正面玄関にて伝令兵の声が響いていた。
「『新勢力ガープ』の小型飛行艇、第3飛行艦ターミナルに到着したと
連絡がありました。」
「ふむ、予告してきた刻限通りだな。」
伝令の報告に鷹揚に頷きながらリヒテルは同じ王宮の迎賓館前に居並ぶ
女性に抗議の声を上げる。
「姉上、やはり私も港で彼らを出迎えるべきだったと思いますが。」
「…私は国王陛下の名代としてこの場にいるのだぞ?」
「失礼いたしました王太女殿下。」
空中艦隊が所属する空中軍高級将校の制服に階級章と功績を示す大勲章を
付けた大柄な女性。リヒテルと同じ群青色の髪をきっちり纏め、整っては
いるが甘さの全く無い女性らしからぬ精悍な容貌。
ラースラン第一王女にして第一主力艦隊提督、ネータン・デラ・バルフは
眼だけを弟に向け、
「出迎えは格式に則りモルトフ外務大臣と親衛騎士団長カリバーが行っている。
ユピテル、親衛騎士団の副長に過ぎないお前が出る必要は無い。」
リヒテル、もといユピテル第三王子は不満を隠そうとせず、
「事の始めから関わってきた私が真っ先に会おうとしなければ彼らに不信を
抱かせる恐れがあります。」
「そうか?偽名のまま騎士団の副長として会おうと?それも充分に不信を抱かせ
る結果に繋がると思うがな。」
「場合を考慮すれば仕方なかった事です。来訪されれば全てを明かし謝罪する
つもりです。ともかく事の始めから関わってきた以上、私が窓口として動かな
ければあまりにも無責任かと。」
「そうやってガープ勢力との事柄全てに関わり彼らとの唯一の顔繋ぎ役に
なるつもりかい?」
「王太女殿下は私の野心を過大評価されておられるようだ。」
ユピテル王子は苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「私が今回の件で実績を残そうとか影響力を高めようなどするはずが無い。
殿下が何を含んでお考えなのか分りませんが私には調和を乱す上昇志向は
ありません。」
「そなたに上昇志向が無いのは阿呆でも分るわ。」
提督たる第一王女は第三王子に顔だけを向ける。口元は笑みを浮かべているが
眼光は鋭い。
「王位を狙うどころか継承権を放り投げて捨てようと思っているんだろう?
冒険者になったり婚約破棄して惚れた女と添い遂げたり。望んでいる下降指向
を認めさせる為に実績が欲しい。違うかい?」
「まったく別の話です。それにここで責任放棄するほど楽天家でもありません。」
ユピテルはにべも無く言い放ち、
「失礼ながら殿下は彼らの事を正確に把握されていない。新勢力ガープには慎重に
当らねばならない。彼らは劇薬です。取り扱いを間違えては大事になる。今、私の
頭の中に自分のささやかな望みを考える余裕はありません。」
フムっと王太女は思案顔になり、
「話半分に聞いたとしてもガープとやらが来たる戦いの帰趨を決める決定的戦力で
あろうかと考えてはいる。だが判断を確定するのは自分の目と耳で彼らを見て聞き
確認してからだ。これが私の性分なのでな。」
ネータン第一王女は顔を前向きに戻しながら
「お前は普段は冷静に計算し慎重に行動するが好機到来の時は大胆に
取りに行く。今回の性急なガープとの同盟から軍事行動へと画策する
などお前の性分の典型だ。」
「……。」
「チャンスを物にする姿勢は案外と冒険者や改革者向きだな。逆にギャンブラー
には向かん。目前に好機を投げ込まれたら簡単に喰らい付き釣り上げられる…
…ふむ、どうやら来たようだ。」
最重要施設である空中艦軍港はほぼ王宮と隣接しており専用の幅広い
幹線道路が通っている。午前中なので明かりは灯っていないが美しく
装飾され光の精霊の力を利用した街路灯が並ぶその道を要人警護用の
頑丈で豪華な馬車が3台やって来た。
訓練が行き届き歩調まで合わせた馬達が動きを止め3台の馬車は
迎賓館前で停車する。
到着した馬車の重厚な扉が開くと大柄な軍装の男、騎士団長カリバーが
姿を現した。カリバーが扉の横に立つと港に居たのとは別の、この場に
待機していた騎士団がカリバー団長に合わせて整列。従士達が馬車の扉の
下から長い絨緞を敷き伸ばすと外務大臣モルトフにエスコートされ烈風参謀
と死神教授が絨緞の上に歩を進め王都の地に降り立った。
2台目の馬車から怪人モーキンと冒険者パーティー『自由の速き風』のメンバー。
3台目からは手荷物を持った黒衣のガープ戦闘員が8名姿を現し歓待を受ける。
「『新勢力ガープ』使節団を代表して会談受け入れに感謝を。使節団長を務める
烈風参謀と申します。以後お見知りおきを。」
烈風参謀が完璧な敬礼をする。
「ラースラン王国王太女ネータン・デラ・バルフである。国王陛下の
名代として新勢力ガープ諸君を歓迎しよう。諸君との会合が互いに良い
結果に繋がる事を願う。」
ネータン王太女は右手の拳を左肩に当てるラースラン空中軍式の敬礼で応えた。
固い挨拶の後は少し打ち解けた雰囲気になる。ネータン王太女が烈風参謀に
尋ねた。
「ここで断る返答が無いという事はモルトフ外相を通じて依頼した件は
了承して頂いたと考えてよいのかな?」
「そう理解して頂いてかまわない。国王陛下に拝謁させて頂く刻限までには
最初の報告が出るだろう。」
ここで烈風参謀の視線は王太女の隣に居る第三王子に向き、
「一別以来だな。リヒテル殿も息災そうで何よりだ。」
「…まずは我が謝罪をお受け下さい。レップウ参謀殿。そしてガープの方々。」
彼は深く頭を下げると胸に手を当てながら滔々と謝罪の弁を述べる。
「私の本当の名はユピテル・トゥ・バルフ。ラースラン王国の第三王子です。
職責を果たす為とはいえ皆様に正体を偽っておりました。決して愚弄する意図は
ありませんでしたがご不快な思いをされた事を心より謝罪いたします。」
(凄えっス!!参謀さんの読みがドンピシャに当ったっス!)
怪人モーキンは内心で舌を巻く。実は前もって烈風参謀はリヒテルが身分詐称を
していると読んでいた。曰く『只の騎士団副長にしては与えられている権限が
大きすぎる。おそらくもっと高い階級を有しているか王族か王族に匹敵する高貴な
身分かのいずれかだろう。』
あらかじめ予見出来ていた事柄である。ガープの反応は決まっていた。
「お気になさらず。そうやって正直に打ち明けて頂いた以上、もう我らを謀る事は
無いと考えましょう。改めてよしなに。ユピテル殿下。」
烈風参謀の対応に恐縮するユピテル。その様子に儀礼は終ったと判断した
ネータン王太女が迎賓館に迎え入れる。
「さて玄関先で立ち話などこのへんで。予備会談や御前会議までまだ時間が
ある。サロンで寛ぎながら意見調整を行おうではないか。」
豪華な内装のサロンに案内されメイド達の手から軽食やハーブティや薔薇水の
ような飲料が提供される。
「さすがに今は酒精あるものは出せないのでな。酒は晩餐会まで待って頂く
事になる。」
「お気になさらず。それよりお借りした資料を返却させていただこう。」
烈風参謀は向かい合う形で着座している王太女に戦闘員から受け取った
ジュラルミンケースの中身を差し出した。
「ほう、転移門を通じて送った資料をもう書き写したのか。」
「ええ。電子データに写し取り量子スーパーコンピュータの戦術AIを駆使して
内容を検討させて頂いた。正直驚かされました。アルガン帝国への増援計画
だけでなく既にラゴル王朝侵攻計画も策定されていたとは。しかも完成度が高い。」
「りょうしすーぱー何とやらについては時間がある時に説明いただこう。っで
完成度の寸評が出来るまで把握したという事はガープ側の作戦対応も完成してる
と理解してよいな?」
「ええ、充分な作戦研究されたラースラン軍の作戦案がなければ間に合わなかった。
これがあるからユピテル殿は共同軍事行動をもち掛けたのかと納得している。
まず、ラゴル王朝戦については第2案を参照させて頂いた。」
ラースラン軍令部でも本命であった第2案を烈風参謀が採用した事に王太女の
目が細くなる。
「ほお、」
「第1案と第3案はラゴル軍を誘引して撃滅する案で第4案は奇手の類。
第2案は竜都ドルーガ・ライラスへと電撃侵攻する計画案。敵の特殊性を
鑑みればもっとも合理的な作戦だろう。」
「ああ、ラゴルの主戦力はドラゴン共だ。そのドラゴン軍は全て贅沢に暮らせる
竜都に駐留している。一気に竜都まで急進すれば迂回されたり挟撃されたりする
事も無く主力を引き出し捕捉出来る。そうして・・・」
「空中艦隊とドラゴン軍主力が戦う間に竜都の宮殿を別働隊が急襲する。
艦砲射撃を厭う竜帝王は宮殿に篭っている。そこにオリハルコン級の冒険者を
先頭に陸戦隊の精鋭を送り込み竜帝王の首を狙う。この部分を私は修正した。」
烈風参謀の言葉に王太女は口端を釣り上げ怖い笑みを浮かべる。
「竜帝王は強大なミスリルドラゴンだ。最上級の冒険者や精鋭部隊でも
大きな犠牲を払う事になろうし勝ち目も微妙だ。そこで別働隊を全て
我がガープが引き受ける。」
烈風参謀はハーブティに口を付け、
「王太女殿下、いや提督もそれを期待しておられるのでしょう?」
と言ってのけた。
「くくくっ、話が早いな。その通りだ。闘魔将グロリスを瞬殺した実力、
大いに期待している。」
元々、1年以上の時間を掛けて立案していたラゴル王朝侵攻作戦。計画の詳細を
詰め物資の集積も進んでいたが魔王軍への備えと帝国の動乱の可能性から宰相から
反対され、更に作戦の肝であるオリハルコン級の冒険者達への要請も話が纏まらず
作戦計画は保留になっていた。
そこに弟ユピテルが持って来た構想だ。最初は慎重に検討したが新勢力ガープが
闘魔将を仕留めた事実、それも魔術師ギルドの最高幹部であるジジルジイ大導師の
送ってきた報告によれば一方的に打倒したらしい事に王太女を含む軍令部は構想に
乗る事を決定していた。
「失礼致します。」
「おお、ダラン。私はここだ。」
(あれは姉上の右腕の幕僚、ダラン准将?)
ユピテル王子はカイゼル髭を生やした実務派の准将が姉である王太女に
何か書類を手渡す様子を見た。准将の表情は何故か緊迫しているように見える。
「姉上…いえ、王太女殿下。それはいったい?」
「ふふ、私は何事も確かめなければ済まぬ性分でな。ガープの実力の一端でも
知るべくモルトフ外務大臣を通じてレップウ参謀殿にハイドルなる飛行艇の
性能比較試験をさせて頂く事を依頼してな。その最初の報告が届いた所さね。」
「は?!」
「最高速度、上昇力、運動性能と防護能力に標的の廃船に向けての搭載火器の
試験射撃で威力の確認、それらを我が軍の試験官が確かめる。」
烈風参謀も涼しい顔でハーブティを飲みながら
「試験第2弾に向け無線通信で拠点から模擬戦用のペイント弾と試射用の荷電粒子
ビーム砲を取り寄せています。確か模擬空戦では王国の装甲コルベット2隻にガン
ボート5隻と同時に相手にするとの事。もうすぐそちらの用意も整うでしょう。」
カチャリ
涼しい顔のままティーカップ置く烈風参謀。一方の王太女は無言で報告書に目を
通していた、何度も確認するように読み進めるうち表情は消え眼光の鋭さが増し
て行く。無言の王太女に烈風参謀の自信あふれる宣言が届いた。
「ラゴル王朝侵攻戦には闘魔将グロリスを倒した怪人カノンタートルと怪人
モーキンの2体に戦闘部隊とハイドル16機の投入を予定。大アルガン帝国
支援部隊には怪人ウオトトスに戦闘部隊とハイドル8機を随伴させ必ずや
貴軍の勝利に貢献する事でありましょう。」
ラースラン王国王太女ネータン・デラ・バルフは報告書から顔を上げると
真正面から烈風参謀に向け歯をむいて笑う猛獣の笑みを浮かべて言い放った。
「見くびった事は謝罪しよう。戦果については大いに期待させてもらうぞ
参謀殿。」




